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ドレッドノート 異世界開拓記  作者: 白銀悠一
第二部 エクストラエピソード
67/70

落ちる涙 後編

 私たち夫婦の難題は、シズクの望みを聞き出すことだった。

 人として生きるためには、大なり小なり欲求を持たなければならない。

 生への執着に繋がる布石。

 生きることの喜びに直結するものだ。


「……戦い方を教えて欲しい」


 しかしシズクはそう返す。

 彼女が求めていたのは私の技術だった。

 人を殺すための技。

 長い年月をかけて磨き上げた、敵を抹殺するための方法。

 無論、私は私が教えられる限りのものを全て教え込んだ。

 主にマニュアルを逆手に取る手法だ。

 一部の凄腕にマニュアルは存在しないが、普段相対する敵は基本的にマニュアルに従った行動を取ってくる。

 お手本の動きをして攻撃するのだから、その動きは筒抜けだ。見極めるべきはそういった教本に従わない突飛な戦闘行動であり、それを注視するだけなら対処は容易い。

 当然、適切な対処をするためにはマニュアルを熟知し、かつ全ての動きを自分で行えなければならない。そのような心配は杞憂だった。

 シズクは良くも悪くもヒキガネだ。優れた戦闘資質を持つ。

 私が教えるべきなのは戦い方では断じてない。もっと、大切な……。

 などと、焦っていたのは事実だ。

 だから、シズクが初めて望みを口にした時、私たち夫婦は忠実に履行した。

 家族が欲しいという純粋な願いを。




 生まれた子どもにはカグヤと名付けた。

 シズクが望んだ通りの妹だ。

 妊娠と出産のプロセスには、何一つ問題はなかった。

 問題は、産まれた子ども。

 そして、社会だった。


「カグヤはバリアントか」


 出産を終えた私はベッドからウィリアムに訊ねた。

 彼は苦悩の表情で首肯する。


「足が動いていない」

「お前の仮説では……確か」

「ああ。バリアントは変異などではなく進化の賜物だ」


 ウィリアムが長年の変異体観察で得た知見。荒唐無稽のように聞こえるが、信頼性の高い根拠が存在していた。

 私は痛みを堪えて小さな命に視線を移す。

 生殖管理法に抵触する恐れがあった。

 求められるのはヘルスのみ。

 バリアントは……特に身体に問題を抱える変異体に居場所はない。


「カグヤの命を賄えるか?」

「はっきり言おう。僕一人の貢献度では、無理だ」

「なら私が復帰すればいいだけだ」


 私は身を起こした。GMHと言えども、出産には相当の体力を消耗する。

 だが、寝ている暇はなかった。今すぐにでも動き出して、貢献活動に勤しまなければ、カグヤは殺されてしまう。

 社会の不用品のレッテルを貼られる。それだけは何としても避けなければ。


「しかし、軍では……ブラックベレーでも……」

「なら、ホワイトベレーに行く」

「……っ。それはダメだ。それだけは」

「案ずるな。私は優秀な戦闘員だ。職務をこなせる。万全にな」


 ベッドから起き上がる。身体がふらついて、ウィリアムに支えられた。


「殺せるのか。君は。インディアンを」

「……」


 無実の命を救うために、無実の命を殺す。

 殺すか死ね。いや、私はその法則に囚われてすらいない。

 そうであったらどれだけ良かったか。

 私が死ぬことで娘たちが平穏に生きられるなら。

 私は笑みを浮かべた。それは他人に伝染するような健やかな笑顔ではなかったはずだ。私に力をくれた彼の笑顔とは真逆のモノ。


「殺せるぞ、ウィリアム」

「ナミダ……」

「私は殺せる。誰であろうとも。娘を守るためならば……くっ」


 二度目とは言え慣れるものでもないらしい。

 私の意識はそこで断裂した。

 ウィリアムの悲哀に満ちた顔を最後に。



 次に目覚めた時、私は知らない場所にいた。

 自然と身体が戦闘可能状態に移行する。

 身を起こして、私は見知らぬ男の存在を感じ取った。


「お前は、誰だ」


 私はベッドの隣に立つ男に問い質した。……そこはウィリアムが立つべき場所だ。


「そうだな。名前は……クリミナル」

「咎人?」

「そうだ。そのように呼んでくれ」


 咎人を自称する男は、背後にある何かの邪魔にならないよう退いた。

 私の視線の先には拳銃と……ホロモニター。

 映っているのはカグヤとシズクだった。


「……こういう処刑をするのか。しかし、まだ猶予はあるはずだ」


 私は呟きながら、既に戦術を模索している。

 だが、私の兵士としての勘が、今の状態ではクリミナルに勝てないと告げていた。

 私は優秀で有能だ。なのに、勝てないという直感が頭にこびりついて離れない。


「そうだな。君の戦術眼は正しい。君のスペックでは、私に勝てないだろう。と言っても、悔しがる必要はないがね」


 奇妙なことにクリミナルは私を慰めているようだ。皮肉や嘲笑交りの言葉ではなく、単純に事実を述べているような感覚。

 さらに妙なのは、この男から私の伴侶と同じ匂いがすることだ。

 優しい匂い。

 だが、血臭も混じっている。


「お前は何者だ」

「自己紹介はしただろう……なんてな。君が気にしているのは個人名ではなく、組織名だろう」


 クリミナルはホロモニターの方を見つめた。姉が妹を興味津々に眺める画面から、突如黒い惑星が現れる。

 地球。人類の生まれ故郷であり、人の業が殺してしまった星。


「スターゲイザー。それが私たちの名前だ」

「星の観察者。大仰な」

「まぁ、おおげさであることは否定しない。だが、名前負けしないほどに手回しは聞く。……私は君と取引をしにきた。またの名を、勧誘だ」

「スカウト? 私を? なぜだ」


 どのような取引かは追求せずに、私の勧誘理由を尋ねる。

 男は間違いなく私に匹敵する強さを持っているはずだ。なのに、わざわざ私を手に入れようとする理由がわからない。兵士は不要なはず。


「正直に言えば、君の強さ目当てではない。強さも見上げたものではあるが、君の真価は別にある」

「私はヒキガネだ」

「何のヒキガネかな。銃の? 或いは――」


 クリミナルは不敵な笑みと共に不穏な単語を囁いた。


「変革の?」

「変革……社会に対してテロリズムを起こすつもりか?」

「それは革命だろう。そして革命では誰も救えないし、何も変えられない」

「どこが違う」

「革命は国に対して起こすものだ。しかし変革は世界の全てを変容させる」

「……私が管理政府に反旗を翻すことはない。私は政府のリソースだ」

「だが、君は意図せず管理政府の法律を破ることになってしまったな」


 ホロモニターの画面が移り変わる。心臓の鼓動が早まった。

 シズクとカグヤの映像に戻っている。シズクは興味津々の様子でカグヤを抱きかかえていた。


「まだ挽回できる。貢献度を稼げば……」

「しかし、君は有能過ぎている。異端を排除するのが管理政府だ。君も気づいているだろう? 有能であれば有能であるほど、政府は有害だと認識する」

「そんなことは――……いや」


 事実、私は政府が指示した以上の働きをしている。

 政府が意図した以上に動き、政府が想定しない範囲で行動した。

 政府が欲するのは社会を円滑に動かすための歯車だ。

 有能過ぎて有害になってしまうような人間もどきではない。


「君と、彼は、とても聡明だ。特に、彼……ウィリアムだ。彼は多くの真実に気が付いているだろう」

「ウィリアムに、手を出すな」


 夫の名前がクリミナルの口から放たれるのは、非常に耐え難いことだった。

 私を受け入れてくれた男。人間もどきにしてくれた人。

 彼には指一本触れさせない。触れていいのは私だけだ。


「怖いな、ナミダ。落ち着いてくれ。私は彼に手を出さない」


 私を宥めながら、しかし彼は発言とは真逆の行為をする。

 これ見よがしに置いてあった拳銃の元へ歩んだかと思うとそのグリップを握った。

 そして、さらに不可解なことに……私の方へ放り投げてくる。


「何……?」

「君にとってはそれが、お守りであり鎮静剤だ」


 生まれた時から、生まれる前から私の命に組み込まれていたものが、再び私の手に収まる。この四十五口径の拳銃は社会であり政府だ。

 その中の一部……撃鉄や撃針と連動する引き金が、かつての私だった。

 私は娘を抱えるよりも容易く拳銃を握りしめる。

 片手で精確に狙いをつけるなど、娘の料理を作るより簡単だった。

 ましてや人殺しなど、子育てよりもずっとイージーだ。


「なるほど。君はナミダだな」

「……」


 私が無言を貫くと、クリミナルは私の瞳を覗き込んでくる。


「君は泣かない。だが、泣きそうになると……悲しくなると、すぐにわかる」

「黙れッ!」


 私は激情して、ベッドから飛び降りる。拳銃の狙いを常にクリミナルの頭部に定め彼から距離を取った。

 だが、この感覚は何だ。確かに存在するのに、気配がない。

 まるで、物だ。……この男は本当に人間か?


「ふむ、悪かった。怒らせるつもりはなくてね」

「ウィリアムはどこだ」

「君を人にした男なら……」


 クリミナルが唯一の扉を指し示した。嘘か真かはすぐにわかるだろう。

 私が逃走経路を試算していると、そう急くなとクリミナルが諭した。


「まだ本題にすら入っていない」

「私のスカウトだろう。返答はノーだ」

「結論を急ぐな、ナミダ」

「思索の余地があると思うか?」

「十分にあると私は考えるが」


 クリミナルは娘たちが映る画面を一瞥する。その度に心臓を締め付けられるような感覚に襲われる。


「娘に手は出させない」

「手を出すのは私ではない。……有能な人材をスカウトする時、君ならどうするかね」

「……テストを、行う」


 管理政府が手配した人員なら、テストなど行う必要はない。スペック通りの性能が約束されているからだ。

 だが、個人で別の職種を志望した場合はテストが行われる。

 私が軍に所属申請した時も、簡易なテストが実施された。


「何を、させる気だ」

「ただ、選択してもらうだけだ」

「選択だと?」


 口答えしながらも、私の全身からは何かが抜け落ちている。

 戦意に近しく、闘気にも似ている。

 だが、明確に違うもの。


「さて、君はどちらを選ぶのか。妻であることを選ぶか母であることを選ぶか……」


 クリミナルは呆然とする前で他人事のように諳んじる。だが、言葉と表情は真逆だった。いや、この男が何を考えているかはどうでもいい。

 すべきことをする。ああ、そう難しいはずはない。

 なのに……いや、だからこそか。拳銃を持つ右手は自然と垂れていた。


「これ以上の問答は不要だろう。早速、試験を開始しよう」


 男が指を弾くと同時に扉からウィリアムが入ってきた。戸惑いを隠せない様子だが、私の方を見て安心の灯った笑顔を浮かべる。


「ナミダ、無事だったか」


 クリミナルの傍を通り抜け、私の前へと歩み寄ってくる。

 私は彼を見た。そして、モニターに映る娘たちを見る。

 最後に、馴染み深い拳銃を。

 感情は妻でいろと喚いていた。

 でも、私は。

 ――私は、母親だ。


「ナミダ……」


 銃を持つ右手は遺伝子にインプットされた通りの運動をした。

 腕をぴんと伸ばして、銃口の狙いを定める。

 簡単だった。

 とても簡単に、私は夫の脳を銃弾で破壊することができた。


「早かったな、ナミダ。では、支度をしよう」


 クリミナルが先に部屋を後にする。

 私も彼に追従して通路に出ようとして立ち止まる。

 ウィリアムの顔を改めて見つめる。

 あの時の顔だ。

 私に涙を見せた時の顔で、死んでいた。



 ※※※



 私は世界を見上げている。

 黒い球体を。死んだ地球のように見えて、違う物体を。


「これが世界の心臓か」

「その通りだ、ナミダ。人類統括管理システムシェパード。これが存在する限り、我々は常に傍観者のままだ」


 クリミナルの説明に反論はしなかった。シェパードは管理政府……つまり世界を運営するためのシステムだ。元々、ウィリアムは似たような仮説を立てていた。

 この世界の硬質さを指摘し、人間以外の手で動かされているのではないかと疑問視していたのだ。

 彼の有能さがまた証明された。しかし誇ることはない。

 常に蘇るのはあの死に顔だ。


「だから、世界に変革が必要であると、お前はそう考えている」

「ご明察だ。だが、今のところ相応しい人員は現れていない。……君もわかっているな」

「ああ。私はスターゲイザーに相応しかったのかもしれないが、世界の変革者には成り得なかった」


 片方を選んでしまった時点で、私にその資格はない。

 真の変革者は両方を救おうと努力する者だ。

 クリミナルに騙されたと糾弾することも可能だった。

 彼を全ての悪だと断じて復讐心を抱くことも。

 しかし、あれは最善の策だ。

 娘たちを少しでも延命させるためには、ああするしかなかった。


「君は本当に……母であることを選ぶのだな」

「社会の成り立ちを考えれば当然だ。生物学的に考えれば、一人の男に固執する必要性は皆無だ」

「人間の本質に触れる時、学問など何の意味もないとは思わないかね」

「人を人と定義するのが学問だ。お前が一番理解できているはずだろう」


 私の返答に、クリミナルは悲しげな表情をみせる。

 奇妙な男だ。私に娘か夫かを選択させておきながら、その実、一番悲壮感に満ち溢れているのがこの男だ。

 下手をすれば、殺した私よりも悲しんでいるかもしれない。

 いや、実際にそうだろう。私は涙の一つも流していないのだから。

 彼は話題を転換するようにホロデバイスを使用して映像を空間に投影した。


「彼女たちは順調に成長している。シズクは、姉として責任をもって妹を世話することを選んだ。……珍しいケースだ。君たちの教育の賜物だ」

「だが、私たちのことは忘れているのだろう」

「ああ。解離性健忘……防衛機制ディフェンスメカニズムが働いたようだ。罪悪感に耐えかねて。……君が思っていたよりも彼女はずっと人間だった。寡黙な中に情念を秘めていたのだ。現に、彼女は君そっくりだ。自分は無味の食事を食べて、味付きの食事をカグヤに提供している」

「些末なことだ、興味はない」


 生きてさえいれば、それでいい。生きていれば。


「嘘が下手だな。……そうそう、君は義体化を希望していたな」

「不服か? もし義体化すれば私はお前を殺せるようになるからな」

「何も脅威は感じていない。もし私を殺すなら殺せばいい。だが、義体化は便利なだけではない。最大の難点は死ねないということだろうな」

「自分を殺すに足る相手が現れなければ、だろう」

「君は確信しているな」

「お前だってそのはずだ」

「しかしそれは、本当に君が望むことなのか」

「当然だ」


 私がにべもなく答えると、彼はまたその人工物の顔に悲しみを滲ませた。


「行こう……」

「ああ」


 私は同意して、彼の背中に追随していく。

 通されたのは議場だった。星の観察者たちの集会。

 皮肉にもシェパードが設置された議事堂に似ていた。

 中心には黒い地球のホロが浮かび、様々な職業の男女が席についている。

 その中の二人がクリミナルに反応を示した。

 どちらも軍人だが、私は黒の軍服を着込む男の方に興味が惹かれた。

 ブラックベレーの指揮官だ。その名前には聞き覚えがあった。


「ハザード・ブラックタロン……」


 ハザードはベレー帽を外して気取った風に会釈する。

 が、私が彼に反応を返す前に隣の正規軍服の男がクリミナルに突っかかった。


「クリミナル!」

「何だね、ジョン」

「こんな茶番をいつまで続ける気だ」

「それをみんなで議論するために私たちはここに集まったのだ」


 ジョン――ジョン・テレグラムという男は、クリミナルに対して不満を抱いているようだ。私のことなどお構いなしに、蓄積していたであろう鬱憤を彼にぶつけている。

 会話の内容から鑑みるに、彼はスターゲイザーの介入によって世界の革命を成そうとしているようだ。……私には愚策としか言い様がない。それではただの規模が大きいテロリズムと変わらない。

 力が必要なのは否定しないが、力だけではだめなのだ。万人の心に訴えるだけの意志がなければ。


「君は穏健派のようだな。全身に付着する血の匂いとは裏腹に」

「ブラックタロン大佐――」

「こんにちは、ナミダ・ヒキガネ大尉。クリミナルはジョンとの論議で忙しいようだ。君の席は幸い私の隣だから、先に着席するといい」


 ハザードに促された通り、私は席に座る。


「穏やかだが、しかし、その腕前は見事なものだ。ここに集う者たちよりも強いのではないかね?」


 と言うハザードの実力は未知数だった。何の前触れもなくブラックベレーの指揮官に任命された男は、星の観察者の特権だけを利用してその階級についたわけではない。


「君がブラックベレーを辞めたと聞いた時は非常に残念だったよ」

「ブラックベレーでは満足に貢献できませんから」

「嘘だな。ふふ、君はこの管理政府の法律で縛られている限り、満足な貢献など不可能だっただろう。だから、君は娘への献身のために夫を殺した」


 ウィリアムの死に顔が脳裏をよぎったが、私はおくびに出さない。

 ハザードはそんな私の反応を楽しんでいるようで、ジョンの主張を聞いているクリミナルの方を見ながら問うてくる。


「君は彼のもとで貢献できると考えているかね?」

「……いえ」


 私は正直に答えた。彼は甘い。

 私に夫を撃ち殺させたのも最大限の譲歩の結果だった。

 何の代償もなしに救済は成し得ない。

 クリミナルが例え許したとしても、世界が許さなかっただろう。

 だから彼は私に選ばせた。

 世界の声を代弁して、それがさも自分の罪であるかのように。

 そして私は妻としてではなく母としての最善を選択した。

 ……両方を演じる勇気はなかったのだ。そこまで勇敢にはなれなかった。

 だから、私は変革者ではない。どちらも救いたいという強欲さこそが、世界の全てを包み込む優しさこそが勇敢なる者の証なのだから。

 ハザードは知っている。クリミナルの善性を。


「彼はあのジョンに対しても寛容だ。どう考えようともジョンの発案は早計過ぎる。それにジョンが実行する予定の計画は、シェパードが行うそれと大差ない。ただ実行者が変わるだけだ。むしろ、彼はより強力に人類を管理するようになるだろう。そして、それが正しいと妄信している。だからこそ、簡単に手駒へ加えられるのだが」

「……何が目的だ?」


 警戒心を露わとするが、彼はさして気にした様子もない。


「目的などと……君も彼から概要は聞いただろう? 我々は全員で一つの目標に向かって進んでいくようなお行儀のよい組織じゃない。別々の目的を携える者たちが、世界の真実を知っているという共通項だけで集った集合体だ。ただ単に同じ側にいるだけ。あそこにいる彼も、その隣の彼女も、同じ卓に座ってはいるがそれぞれ命題は違う。私が恩師であるクリミナルと思想を違えているように」

「お前は……クリミナルを殺そうとしているのか?」

「自分が違うと思う考えを口に出すのはあまり感心しないね」

「……」


 ハザードに見抜かれて私は黙る。クリミナルの殺害計画を立案するとすれば、それはハザードではなくジョンだ。彼は思想こそ違えどクリミナルに悪感情を抱いているわけではない。恩師と表現したことがその証明だ。その想いは偽りではなかった。

 だが、尊敬することと同じ道を歩むことは別物だ。


「しかし君相手に隠し事をしたところで、きっと状況は進展しないだろうな。君はジョン・テレグラムのように万人が知り得ぬ知識で熱に浮かされるような愚人ではない。だから、会議が終わった後、私は真実を口にし君をスカウトしようと思う」

「またスカウトか」

「そうだとも。そう悪い条件ではないと約束する。……いくつか制約があるが、それを上回るメリットを提供しよう」

「メリット……?」


 私の疑問が解消する前にクリミナルが私の隣へ着席し、話は打ち切られた。


「随分と熱心に話し込んでいたようだが、何か建設的な論議でも重ねていたのかな?」

「そのようなところですよ、我が師」

「ええ……」


 誤魔化すハザードに論調を合わせるが、どうにもクリミナルは気付いているようだ。

 構わないのだろう。それで世界を変革する者が現れるのなら。

 表情には出さず疑心を抱く私に置いてきぼりにして、星の観察者の集会が始まる。

 その内容は……傾聴する必要を感じなかった。議論をするわけでもなく、仲間の協力を求めるわけでもない。

 ただ淡々と自らが進める計画の進捗状況を報告するだけ。

 結局のところ、スターゲイザーでさえも……管理政府に生けるGMHたちとその本質は変わりなかった。



 形式的な集会が終わった後、私はハザードに誘われるまま彼の管理下にある設計局に訪れていた。ここで管理政府の人々が同胞を殺すための武器の設計が行われる。

 或いは、異世界の隣人たちを殺すための兵器の開発が。

 研究員が参照するテキストの中には、以前私が騎乗したレンジャーの量産型のデータも含まれていた。


「君の操縦のおかげでレンジャーは最適化された。意図した通り、グレードがダウンすることもなくね」


 ハザードはそう言って、研究室の横を素通りし、目当ての場所へと私を誘う。

 通されたのは、騎兵格納庫だった。

 騎兵搬入出用の大型扉を潜り抜けると、一機のバトルキャバルリーが姿を現す。

 神々しいフォルム。青銅のカラーリングが特徴的な騎兵は、奇抜なことにボードのようなユニットを背部に装着していた。

 私の知識にはないバトルキャバルリー。……この機体の出所は恐らく――。


「君の推察通り、これは失われた騎兵(ロストキャバルリー)だ。名前をリピーターと呼ぶ」

「革命期のバトルキャバルリー……」

「バトルキャバルリーのプロトタイプその二、と言ったところか。ピースメーカーと同じように、旧式ではあるが性能は既存のバトルキャバルリーを凌駕している。空戦仕様で流動装甲の性能評価を兼ねた実験機だ」

「この機体はあなたの?」

「そうだ。そして、これから君の機体になると私は確信しているよ」

「これがあなたの提示するメリット?」


 破格であることは間違いない。

 カタログを閲覧しなくても、このキャバルリーの性能はひしひしと感じられる。

 少なくとも数で押し負けることはなくなるだろう。実力だけでなく機体性能も匹敵するような騎兵とパイロットが敵に回らない限り、私は負けなしになる。

 だが、それは……ある意味、目的から遠ざかるようになってしまうが……。


「考えても見たまえ。君と、クリミナルが注目している人物が、もし君たちの目論見通りに育った時だ、その最終評価を下すのは君になるだろう」

「あなたは……」

「さて、私の目的を話してなかったな」


 ハザードは思い出したように話題を変える。指を鳴らして、格納庫に場違いなワインとグラスが運ばれてきた。ハザードはワインをグラスに注いで私に差し出してくる。

 私は赤色の液体を少しだけ口に含んだ。すぐに知らない感覚が全身を駆け巡る。


「薬を、盛ったのか」

「そうとも言えるし、そうではないとも言える。これは本物だよ。一部の物好きが形だけのロールプレイをするわけではなく、GMHが酔えるようにアルコール濃度を調整した酒だ。もっとも、旧人類が一口でも含めば即死だろうが。そういう意味では毒だな」

「これがアルコールの感覚だと」


 GMHが体感できなくなった未知の感覚に戸惑う私を見て、ハザードは満足げに微笑んだ。


「……私の目的は他の同類たちに比べてシンプルだ。私と同じような存在に会いたい。そして、その強さを確かめたい」

「そんな理由、か?」

「単調過ぎると思うかね? それは認めよう。しかし、何事にも代え難い望みだ。君は到来を予期しているだろう。我らが恩師も。世界を変革するに足る勇気を持つ者、ドレッドノート。それが君が見込む通り、君の娘なのか――ああ、警戒するな、気付いているとも――はたまた別の誰かなのか知らないが、私は会ってみたいのだよ。この世界で、そんな勇気を持つ条件が限られた場所で、どうしてそうなったのか、そして、どんな結末を描くのか、私は見てみたい。バリアントが正常な進化だと気付けない愚かな人間たちに流されることなく、しかしてそのような人間たちを慈しむ存在を――そう、私は」


 ハザードは両手を振り上げた。拍子にワインがこぼれたが彼は気にせず続ける。


「私は私と同じ――人間を愛する存在と戦いたい! 人のなんたるかを知った上で、善行も悪行も、愚行も賢行けんこうも愛するドレッドノートとね!」

「お前は人間を愛しているのか?」

「もちろんだとも。善人も悪人も、賢人も愚人も私は大好きだ。君は……違うね。全員は愛せない。君が愛するのは夫と二人の娘だ。しかし君の娘はそうはならないだろう。もし、全てが上手くいけば。君たちの教育が真にあの娘に影響を与え、彼女が自覚すれば……きっと全ての人間を愛するようになる。愛がゆえに、変革の引き金にね。それは君たちだけではなく、私にとっても朗報なのだよ。しかしだ」


 ハザードはリピーターを見上げた。終末戦争の名残のディテールに目を凝らしながら、


「私はこの騎兵を凌駕する機体を開発した。もちろん、勝負をするなら真剣勝負が望ましい。正々堂々、平等な勝負がね。西部劇の決闘のように。そのための手配はする……もちろん馬鹿正直にくれてやるつもりはないが。しかしだ。例え銃が見事でも、撃ち手が弱ければ宝の持ち腐れだ。しかし、私が直々に訓練するわけにもいかない。つまり、誰かが彼女に手ほどきをしてやらなければならないのだよ。その誰かこそ――」

「私、だと?」

「そうとも。君以上に相応しい人間がいるかね? ああ、クリミナルの方は心配いらない。どうせ、彼のことだから手加減するだろう。勝負自体に手を抜きはしないが、武装はグレードを落としたものを使用するだろうからね。つまり、君が備えるとしたら、私との戦いだ。どうする? ナミダ。みすみす私にシズクが殺されるのを静観するかね? それとも……」


 ハザードはリピーターを腕で示した。

 ――それとも、この騎兵で娘の到来を待ち、ハザードの倒し方を教授するか。

 元々、博打だ。シズクが私の予想通りに育つとは限らない。私に出会う前に死んでしまうかもしれない。いや、その公算が高いだろう。

 しかし、娘に自分の全てを捧げるならば、どれだけ確率が低い未来だろうとも私は信じなければならない。

 娘が道に迷わぬように。正しい道に進めるように。


「私は……戦う。それが母親としての務めだ」


 私は一気にグラスを飲み干す。苦みを主体とした旨味が口の中に充満し、血が燃えるような熱い感覚が全身を回る。

 きっとドレッドノートであれば、飲むことはないのだろう。

 けれど、私は母親だから。

 妻ではないから。

 兵士だから。


「ああ……鍛えるとも。でなければ、お前は殺せない」

「そうだとも。そうでなくては困る。……これが最初で最後の酒だ。これを飲み終えた後、君は義体を手に入れる。そして、一生を娘に捧げる。死ぬまで、ではなく殺されるまで。素晴らしい親子愛だな。それこそが、君の変異だ」


 私はハザードの言葉を聞きながら、自分が駆ることになる戦闘騎兵を見上げる。

 後で知ったことだが、この機体は私……私たちの家計にとって縁の深い機体らしかった。

 私たちのベースになったトリガー遺伝子。

 その最初。プロトタイプが操縦していたバトルキャバルリー。

 それがリピーターだった。

 愛する娘たちではなく、人殺しの道具が、私が肉眼で見た最後の存在となった。



 ※※※


 

 肉体を義体へと改造した私は、ハザードの下で動くことになった。

 クリミナルは何も言うことはなかった。不満も不平も漏らさず、ただ私の行為を認めてくれた。

 それが良いことなのか、私にはわからない。

 ただ私は私が求める者の訪れを待つだけだ。その点はクリミナルと一致している。


「見たまえ、ナミダ」


 ハザードに呼び出された私は、彼が設計した新機体を拝見する機会を預かった。

 二機の機体が並んでいる。一機は試作型のようで灰色。もう一機は完成型のようで、ブラックベレーの部隊色である漆黒だ。


「名前は何です」

「ドレッドノートだ。あちらが私の機体。そして、こちらが」

「シズクの、機体……」


 私の娘が乗ることになるかもしれない。いや、乗るだろう。

 クリミナルの試験を越えて、そしてハザードが仕掛けた刺客すらも打倒して。

 彼女は来る。私の元に。

 私を殺すために。


「この機体はリボルビングシステムという新機構を搭載している。しかし起動するにあたって、ちょっとした難点を抱えていてね。彼女がそれに気付けるかどうか。全てそれにかかっている。哀れなジョン君には起動しない失敗作だと伝えているがね」


 ハザードはおかしそうに笑った。ジョン・テレグラムはハザードの傀儡だ。

 彼はこの騎兵を駆るに値する相手が出てきた時の試験官役。試運転の時に相手をする体のいい練習相手だ。

 彼をそそのかしてレジスタンスを纏め上げたのも、全てはこのために。


「さてさて、どうなるか……楽しみだ。そうだろう? ナミダ」

「ええ」


 同意しながら、機械化された身体でドレッドノートを見上げる。


「シズク、カグヤ……」


 思い起こすのは、娘たちの顔と。


「ウィリアム」


 亡き夫の顔だ。

 今の私は涙を流しているのだろうか。

 それすらも、もうわからない。

 だが、それでも。

 やるべきこと、果たすべき義務はわかっている。


「私を殺しに来い、シズク。ドレッドノート……」


 私は人生の命題を呟く。

 ウィリアムの死に報いるために。

 私はシズクに殺される。

 それが私の愛し方。

 ――愛だ。

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