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ドレッドノート 異世界開拓記  作者: 白銀悠一
第二部 エクストラエピソード
66/70

落ちる涙 前編

 私は機械だ。

 人を殺すマシーンだ。

 かつて、そう自分を定義したことがある。

 その定義は間違いではなかったのだろう。管理政府という尺度から見れば。

 しかし絶対無欠なはずの定義は、新たな視点から私という存在を計測をした時にエラーを起こした。

 私は、人だった。

 どれだけ必要性を入力したとしても、その事実は覆らなかった。

 真摯に向き合えば向き合うほど、その事実は私を蝕んでいく。

 有り体に言えば、私は優秀過ぎたのだ。

 政府の意図を越えてしまうぐらいに、私は有能だった。



 ※※※



「妙だ」


 暗い部屋の中で独りごちる。

 それは唐突に湧いた疑問だった。

 妙なのだ。この世界の在り処が。

 管理政府の構造に、疑問を抱いてしまった。

 単に私は自らの仕事の精度を上げるために、思索に耽っていただけだった。

 なのに、いつの間にか社会の成り立ちや仕組みに疑問を抱き、それが溢れて止まらなくなった。

 どうしたって破綻している。そして、多くの人々がその破綻を見て見ぬふりをしている。

 それは社会の歯車として正しい反応なのだろうか。

 いいや、違う。私が社会の歯車であるならば、当然、社会がより円滑に回るように様々な工夫を凝らさねばならない。

 遺伝子で指定された役割を超越する行為だが、遺伝子に記された性能は本来できて当然のこと。最初からできるように指定されているものをやっているだけでは二流である。

 そして、社会をよりよくするためには、一流になる必要があった。

 だから、そのプロセスに疑念は感じなかった。

 私は社会の歯車なのだから。

 思えば、政府は私を完璧に設計し過ぎたのだ。

 だから、ある種数十世代にも渡る呪いが、私の代で表面化した。


「トリガーベースは戦闘力に優れているだけでなく、従順で目標達成のためにあらゆる犠牲を度外視する。非常に強力な個体だ。おまけに珍しく世代が途切れたことがない。どの世代も死亡する前に子を成している」


 私は私の祖先のレクチャーを遺伝子工学の研究者から説明を受けていた。

 私はGMHの例にもれなく親と会ったことがない。

 知る必要もなかった。子育てなどする者の方が少なかったのだ。基礎的な知識は生まれた時に専門の教育機関で入力される。

 特殊環境下での教育は、変異を誘発しやすい。なのでよほどの自信家以外は、平均的な教育を子どもに受けさせる。

 どの人間も型を外れてはいけない。遺伝子に記された役割から外れてはならない。

 だが、政府は最大限の貢献をせよとも命令している。すると、どうしても遺伝子から逸脱する他ないのだ。

 戦闘用GMHが通信技術を会得し、機械の修理方法を学び、兵器の設計開発のための知識を得る。

 一人の人間がオールマイティに貢献を行うことで、政府の方針を最大限に全うすることができる。

 だが、それは他人の貢献機会を奪うことと同義だった。

 他人の仕事を奪う。それすなわち、他人の命を奪うことに繋がる。

 だから私はブラックベレー隊を引退した。

 軍の警護部へと移動し、他人の貢献機会を極力奪わないように努め出した。

 それが社会の在り方だと信じていたからだ。

 あの日も、私は今まで通り任務を行うつもりでいた。



 ※※※



「研究員の護衛任務。対象Fプロジェクト提唱チームの主任研究員……」


 難易度は非常に低いミッションだった。当然、得られる貢献度も非常に低い。

 だが不満はなかった。貢献度は十分確保している。

 無駄遣いもない。必要最低限以外は全て貯蓄に回し、この細々とした稼ぎでもある程度の期間は生存可能だ。何なら生殖だって不可能ではない。一切仕事をしなくてもいいぐらいだ。

 しかしそんな怠惰な生活は有り得ない。私は社会の歯車である。

 任務概要を確認し終えた私は、装備を整えて通路へと出る。

 緑を基調とした軍服とミリタリー帽。宇宙軍と情報軍の二種類しかない軍は、制服のカラーリングで軍属の分別をしない。

 せいぜい高級士官が赤い制服を纏うのみだ。大尉である私は緑色だった。

 エレベーターの中に入り、腰の拳銃を意識する。武装はPX-2拳銃の九ミリ弾仕様と近接戦闘用のナイフ一本のみ。軍の任務のほとんどが警備である現状ではライフルの類は不要だった。

 軍の敵……テロリズムを起こす反乱分子はブラックベレーに狩られる運命にある。

 エレベーターが音を立てて下降し、外の景色が映し出されている。

 白色の街並み。

 貢献活動に勤しむ市民。

 ガラスに反射して映る私の顔。


「瓜二つだな」


 自分の母親のプロファイルデータを閲覧した時の感想を独りごちる。

 ヒキガネ家の母親は常に似たような顔つきだ。クローンと言われても驚かないくらいに。だが、クローン技術は種の存続という観点で劣っているのでそれは有り得ない。

 単純に起源となった遺伝子が父親に比べて強いのだ。

 GMHのプロトタイプシリーズの遺伝子に元々そういうプロテクトが掛けられていたのか、偶然起こってしまった産物なのかは知らないが、私の家系は必ず私と似た顔の女が産まれている。

 そして、祖先は全員子をなしている。……その観点から考えれば私も子孫を残すべきかもしれないが。


「優秀な遺伝子が組み込まれた精子などそう簡単に見つかるものか」


 エレベーターが開く。外に出て早々、私は風変わりな男と鉢合わせた。

 一言で説明するならば、だらしない男と。


「ああごめん。遅れてしまった」

「あなたがプロフェッサーウィリアムですね」


 私は定型文を述べるが、内心では呆れている。清潔感のない乱れた白衣、ぼさぼさな黒髪。容姿に無頓着なのだろうが、そういう乱れは変異へと繋がる。


「そういうあなたがナミダ・ヒキガネ。迎えに行こうとしてたんですが、遅れてしまって」

「不要です。お気になさらず。さぁ、行きましょう」


 促しながらこの男の行動に理解を示せないでいる。なぜ護衛を護衛対象が迎えに行こうとするのかさっぱりわからない。

 もしかするとこの男は変異体バリアントなのかもしれない。希少だが、類稀な技能と貢献機会を得たことで処刑を免れる変異体は存在する。

 私が彼について考えていたように、彼も私のことを考えていたようで、


「あなたは変わり者だど聞いています、ナミダさん」

「どういう意味でしょう」


 私ではなくあなたの方ではないのですか、とは言わなかった。


「優秀なブラックベレーながら、なぜか突然軍への配属を希望したとか」

「おかしいことではありません。管理政府に仕える市民として当然の義務を果たしたまでです」

「当然の義務、とは」

「先程の言葉通り、私は優秀です。そのため、私が他人の貢献機会を奪ってしまう」


 自信過剰な発言のようにも聞こえるが、実際に私が原因と思われる離職や処刑は起きていた。ブラックベレーは反乱分子を狩る部隊だ。反乱分子が現れなければ貢献できないし、現れても始末できなければ貢献度は得られない。

 その点私は優秀過ぎた。敵を炙り出し、向かってくる敵を殺し……健常体ヘルス変異体バリアントだと認定して殺そうとする味方を是正させたりもした。

 結果としてまだ利用価値があったはずの個体が離脱したり処分されたりしてしまった。

 それは政府にとって大きな損失だ。使えるリソースは最後まで使われるべきだ。


「だからあなたは、ブラックベレーを辞めたと」

「はい。管理政府のために」

「……奇遇ですね。僕もあなたと似たような発想をして今ここにいるんですよ」

「似たような発想とは?」


 私の質問に男は並歩しながら応える。


「プロジェクトFの概要は知っていますか」

「偶然繋がった異世界を開拓するという計画のことですね」

「その通り。かの世界はきっと、人口過多で窒息しかけている我々の社会を救済する土地となるでしょう。その労働力として、私はバリアントの使用を提案しているんです」

「それは……なるほど。確かに私と類似した発想ですね。管理政府にとっても有益でしょう」


 捨てるはずの資源を再利用する。

 現状、変異体バリアントは処刑されるか処分されるかの二択だ。

 だが、そこにもう一つの選択肢を提示することで、テロ行為を減少させることも可能だろう。

 そして、異世界Fの整備も進めることができる。

 一石二鳥の計画。

 その思想は管理政府にとって益となるはずだ。

 私が表情を表に出すことなく感心していると、男は突然声を潜めた。


「けどね、本当は建前なんです。僕は……」


 小声で発した男の本心は耳を疑うものだった。

 目を見開いてウィリアムを見つめると、彼は気恥ずかしそうな笑みを浮かべる。

 詳細を訊ねようとしたが、研究チームが集って来たため中断させられた。

 ウィリアムは会釈して、他の研究員と共に会議室の中へ入っていく。

 私は護衛に来た他の警護部隊と待機しながら、彼の発言を思い返した。


「バリアントを、一人でも多く救いたいんです。例え偽善とすら呼べない……救済策ですらない、ささやかな援助だとしても」


 変異体バリアントを救いたい。そんな思想を持った男が存在する。

 衝撃的と言えばその通りだった。

 変異体バリアントを救う。

 それはバカげたことだ。少なくとも、今世界にいる人間のほとんどはそう考えている。

 身体か精神のどこかに異常がある変異体バリアントよりも、健常者ヘルスの方が多い。現状、世界に変異体バリアントを養うキャパシティはないのだ。

 だが男の言う通り、異世界になら……ここではないどこかであれば、彼らが生きる余地がある。政府としても好んで人殺しをしているのではない。むしろ、避けられるのならば避けた方が余計な反発は招かない。

 社会のリソース足るヘルスが、テロリズムに巻き込まれて死亡することもなくなる。

 ウィリアムの理想は、管理政府の方針とかみ合っているのかもしれない。

 ……興味が湧いてきた。

 彼の思考を理解することで、私は政府により多くの貢献ができるかもしれない。

 他人に影響を及ぼさずに、自身の優秀さを発揮することが可能になるかもしれない。

 いずれにせよ、現状では満足に貢献することは不可能だ。

 ゆえに、会議が終わった後、私はウィリアムの専属護衛を申し出た。



 ※※※



「Fにはどうやら人間がいるらしい。……これは困った事態だ」


 ある日、研究室でウィリアムは私にそう告げた。悩んでいる様子で。

 彼の苦悩は私も理解を示せる。先住民がいるとなると異世界開拓に何らかの支障をきたす恐れがあるからだ。少なくとも、変異体バリアントには戦闘訓練を施さなければなるまい。武器はおろか戦闘騎兵までも必要となるかもしれない。


「リソースの支出が必要となりますね」

「いや、問題はそこじゃない。……過酷な作業だ。僕は、過ちを犯したのか」

「いくらバリアントと言えどもGMHです。多少の労働は」

「……違うんだ、ナミダ。きっと政府は、現地の住民を殺すように命令するだろう。バリアントたちは、殺すか死ねという二択を突きつけられることになってしまう。元より……苦肉の策だった。だが、これでは……慰めにすらならない」


 訂正しよう。彼の苦悩は私の理解を越えていた。

 彼はどうやら変異体を第一に考えているようだった。

 下手をすれば危険思想を持ったテロリストと認定されてもおかしくないくらいの固執だ。しかし、彼は変異体バリアントだけに肩入れすることなく、世界の情勢を鑑みながら最善の方法を模索しているので処刑対象にはならなかったのだ。

 疑問が尽きない。どうしてそのような発想を得られるのか。或いは、それが彼の遺伝子なのか。生まれ持ったスペックなのだろうか。


「上手くいかないね。みんなが救われる方法なんてないのか」

「断言しましょう。そんなものはありません」


 任務を逸脱した言葉を私は自然と口に出していた。

 すぐに自分の失態を思い知ったが、それでも留めることなく話を続ける。


「例えば、あなたの言う通りより多くの人々が救われる方法があるとしましょう。ですが、必ずその方法を実行する時に死人は発生します。数の大小はあれど。ですから、みんなが救われる方法なんてものは机上の空論でしかありません」


 ウィリアムの表情が曇る。しかし反論することはない。

 彼もわかっているのだ。例え最高の方法を思いついたとしても、必ず犠牲者が出てしまうことを。

 だが、私の言葉はまだ中途だ。


「しかし、理想を掲げるのは政府貢献への基礎条件です。理想を見据え現実で動くことこそが政府に従う市民の姿。もっと精進するべきでしょう」

「……そうだね。ありがとう」


 ウィリアムは微笑んだ。なぜ彼が笑うのか、喜ぶのかは謎だ。

 しかし不思議と悪い気分はしなかった。

 その日を境に、ウィリアムはプロジェクトFの改善案を模索し始めた。

 現状、プロジェクトFの中止は有り得ない。このままでは物資が枯渇し人類の絶滅は免れないからだ。

 本来の計画である外宇宙探査計画は元来、藁にでも縋るような計画だった。理想的な移住先が見つかるかどうかも不明瞭な計画だ。

 確実に移住できる世界が見つかったのに、博打に近しい計画を実行に移す者は存在しない。政府の方針はプロジェクトFに変更されている。

 ウィリアムはプロジェクトFの改良に勤しんだ。妥協するべき部分は妥協して、譲れない部分は譲らない。

 しかし彼が目指した理想とは異なる方向に事態は進んでしまうようだ。

 結局のところ、他人を殺して自分が生きるか、自分を殺して他人を生かすかという状況に変化は見られなかった。


「改善点はバトルキャバルリーの使用を認可できたことだけか」

「それだけではないでしょう。Fでの貢献活動は、こちらで活動するよりも多くのポイントが付与されます。向こうで稼いで生存権を確保できる個体も多くいるでしょう」

「本当にそう思うかい?」


 ウィリアムは疲れ切った眼差しで私を見つめてくる。

 安易な同意は可能だったが、確かに現段階では何の保証もない。


「理論的には不可能ではないこと、ですが」

「理論的にはFを開拓せずとも外宇宙探査で十分に事態は打開できるはずだ。移住先の候補となる惑星はいくつか見つかったのだから」


 だが、どちらも実際に現地に辿り着いてみないと判然としないという問題点を抱えている。

 加えて、外宇宙への進出はリスクが非常に高いことも挙げられる。一度行って戻れる保証はどこにもない。

 しかし、Fは戻って来れる。偶然の産物で繋がった二つの世界は、ドライブが稼働を続ける限り自由に行き来することができるのだ。

 わざわざ不透明な計画を推進するものはいない。実際、ウィリアム以外で反発を覚える者はほとんどいないと言ってもいい。研究者たちは一律にプロジェクトFを邁進している。

 もうこれ以上計画に変更を加えるのは不可能だろう。一歩間違えれば、反乱分子として処罰されてもおかしくないぐらいに、彼は踏み込んだ。

 それは専属警護員として見過ごせない。私はそっと彼の肩に触れた。

 理性的な私はその行為の必要性を疑問視していたが、理性とは別のシステムが彼の身体に触れさせていた。


「及第点でしょう。これ以上は警護責任者として看過できません」

「君には申し訳ないが、僕の命なんてどうでもいい。僕はどうにかして彼らを」

「それは……」


 と私が彼の考えを改めさせようとした時だ。

 突然、研究所の一区画から爆発音が轟いた。警報も鳴らない無防備な状態での襲来だった。

 異常事態だ。プロジェクトFは世界の命運を担う重要な計画である。セキュリティランクは最高位であり、襲撃があれど攻撃を受ける前に発覚するはず。

 可能性として考えられるのは、


「貢献度を稼ぐためにわざと見逃したな」


 有り得ない話ではなかった。社会の欠陥の一つだ。

 貢献度を稼ぐことのみを念頭に入れてしまい、目的を忘れて本末転倒の事態を引き起こしてしまうという問題が今の社会では蔓延している。

 だから私はここにいる。似たような事件を引き起こさないために。

 そしてもう一つの理由を実行するべく、私は彼を椅子から立ち上がらせた。


「こちらへ。ここも危険です」


 拳銃を取り出してセーフティを解除し、スライドを引く。ウィリアムをシェルターまで避難させなければならない。

 彼はプロジェクトFの主任研究員。彼が死んでしまえば、多少なりとも計画に支障が出る。


「しかし」

「先程、自分の命などどうでもいいとおっしゃいましたね」


 私はホロモニターで敵を確認しながら言う。訓練用のプロテクターが三機。

 恐らく、プロジェクトFの試行に合わせて稼働していた訓練施設から抜け出してきたのだろう。全員、変異体バリアントだ。


「ですが、それは無責任では? あなたが計画を提唱し、彼らをその主要人員として組み込んだのです。あなたにはその完遂を見届ける義務がある。そう、私は考えますが」

「……わかった。案内してくれ」


 彼は首肯して、私は扉の外を確認する。既に迎撃に戦闘騎兵が何機か発進しているはずだが、爆発音が響き渡っているところを見ると撃墜はできてないらしい。


「命取りだぞ」


 殺せる敵を野放しにして太らせるという愚策は。

 私は呟きながらクリアリングを終了。通路の安全を確保しながら、ウィリアムを先導していく。


「軍は……いや、そうか。社会構造の欠陥か」

「ええ。彼らは社会よりも自分を優先したようです」

「ここを任されるようなエリートでも、そうなってしまうものか」

「妙なことをおっしゃいますね。私たちにエリートなど存在しません」


 遺伝子の段階から仕事ができるように改造されているのだ。できて当たり前の仕事をこなす人間をエリートなどとは呼ばない。

 できる者とできない者の二択なだけだ。健常者と変異体の二つのカテゴライズだけ。


「遺伝子に全てを委ねたツケか」

「そうとも言える、かもしれません」


 自分で責任を取ろうとしない人々が招いた自業自得の末路。一部の人間のみが自己保身に奔るなら世界は問題なく回るだろう。しかし全員が自分のことしか顧みない場合、普通なら起こり得ない呆れてしまうような問題が起きる。

 今回もその例に漏れなかった。個人が横暴に振る舞った末路のようにも思えるが、根本の原因には個人を大切にしない社会にある。

 だが、私はその社会に生き奉仕すると誓ったのだ。問題点を指摘することはあっても、反旗を翻すことはない。

 避難経路を通る間も、彼は深刻な表情を維持したままだった。敵の襲撃に危機感を覚えているのではなく、社会構造の問題点に難色を示しているのだろう。

 奇妙な男だ。しかし、社会のことを第一に考えている。

 理想的な市民だ。


「もうすぐシェルターに到着します」


 私はナビゲートをしつつ索敵に集中する。と、足音が前方から聞こえて来たので、右手に拳銃を構え、左手でナイフを引き抜く。


「いたぞ!」


 という掛け声を出した男の眉間をまず撃ち抜き、敵から放たれた銃撃はナイフで切り裂く。四人いた敵の内、三人を一瞬で絶命させた後、最後の一人は銃と片足を射抜いて行動不能にした。

 女の傍に近づいて、尋問を始める。


「目的は?」

「くそ、ヘルス。ヘルスが」


 左腕を撃つ。悲鳴と共に返答がもたらされた。


「プロジェクトFの中止! 中止だ!」

「なぜだ」

「それ、は」


 今度は肩を撃とうとしたが、引き金を引く前に女が喋ってくれた。


「い、言う! 言うから撃たないで……。疑問に、思うこともないでしょう。奴らは私たちのようなバリアントを、殺す気だから」

「現状取れる最善の救済策だが」

「あれが救済!? 冗談でしょう!! 利用価値ができたからただ奴隷のように使い潰すだけじゃない!」

「奴隷なんて言葉を知っているのか。博識だな」


 私は感心する。奴隷は死語の一つだ。

 社会構造の問題点に気が付いた私が、旧来の支配体系を調べる最中で偶然身に着けた知識の一つ。

 なるほど確かに、奴隷と言って差し支えないかもしれない。奴隷は不本意な形で労働を強いられ、従わなければ最悪殺されることもあったのだから。

 だが、現状の変異体を奴隷と呼ぶならば。


「一つ、訊くが」

「何」

「私たちのようなヘルスと、何か違いがあるのか」

「な――は……? あなた何を」

「従わなければ殺されるのはヘルスも同じだ」

「自分の言ってる言葉の意味、わかってるの? あなた、自分を奴隷だって宣言しているようなものよ」

「奴隷と差し支えない。私たちは。私たちも」


 奴隷が自分の意志で……自由意志で業務に従事することがあったのか?

 これだけは断言できる。なかったと。

 奴隷の扱いに時代や地域の差はあれど、好んで奴隷になるような奇特な人間は存在しなかった。借金のかたに仕方なく。戦争に負けたから。誘拐されたから。生まれついての奴隷だったから。

 そんな風に他人によって、或いは社会の風習、政府の事情によって強制的に奴隷にされたのだ。


「な、なのに……なのにあなたはどうして」

「当然の義務だからだ。改善の余地はあるだろう。だが、疑問を挟む隙間はない」

「バカじゃないの!」

「何が賢くて何が愚かなのか。私は判断する立場にない。だが、己の生き方の責任を取ろうとしないのは愚かな行為だと言える」

「私が無責任ってこと?」

「お前だけではない。世界に生きる人々のほとんどが、そうだ。……抵抗するなら殺す。どうする?」


 私は女の瞳を見つめる。しばらくして、耐え難いというように女は目を逸らした。

 私は背後のウィリアムを振り返る。


「彼女の意見は貴重なサンプルになるかと」

「そうだな。その方がいい。ありがとう」


 ウィリアムは同意し、感謝までを述べてくる。

 何を勘違いしているかは知らない。そのままの意味で言っただけだ。

 副次効果として少なくとも計画が実行に移されるまで彼女が生かされることになるとしても、それはあくまで余分な事象だ。

 私はウィリアムと捕虜を連れてシェルターまでたどり着いた。

 が、何名かは到着しているものの、全員は揃っていない。


「コレスとジャックはどうした」

「敵と交戦中の模様です」


 同僚は素知らぬ顔で告げる。二人はVIPの避難よりも敵と交戦した方が貢献度を稼げると判断したのだろう。


「まだ落とせないのか!」


 シェルター内では断続的に振動が続いている。……先程の発言は誤りだ。

 落とせないのではなく落とさないのだ。その方が貢献できると血迷っている。

 私はウィリアムへ向き直った。


「私が撃墜してきますので、あなたはここに」

「しかし、ナミダ……」

「すぐに戻ります」


 私は急いで格納庫に向かう。所属部隊に数機配備されていたディフェンダーに搭乗しようとしたが、機体に辿り着く前に発進してしまった。

 他の部隊の者が勝手に使用したのだろう。舌打ちして別の機体を探す。

 そして運よく未使用の機体を見つけた。未塗装のダンゴムシのような騎兵だ。


「例の試作機か……申し分ない」


 スペックは現在テロリストが使用している機体と同程度だ。味方のほとんどが使い物にならない状態では、数的に不利だろう。

 無論、それは盲目的にマニュアルに従っているパイロットが戦うならだ。

 私は灰色のダンゴムシの腹部からコックピットに乗り込む。


「ふむ……オフライン状態か。道理で誰も使わないはずだ」


 まだ研究段階の機体である。データリンクが済まされていないため、誰も騎乗しようとは思わなかったのだろう。

 私は自分用に数値を調整しながらペダルを踏み込む。六本足の未塗装の機体は灰の装甲を煌かせながら振動を立てて前進する。


「流動システムが搭載されていたはず。……やはり。此度の戦闘ではキャバルリーモードの方が有利だが……」


 脳裏をよぎったのはウィリアムの嘆きだった。

 もしここで私がキャバルリーモードのみで戦い、単独で三機の敵を撃破したとしよう。そうすると、上層部は流動システムの必要性を疑問視しオミットしてしまうかもしれない。

 この機体は性能を評価するために作られた試作機だ。

 改良を前提としたプロトタイプではなく、最低限度の性能を図るための実験機。

 強者が扱うなら酷な話ではない。武装など、最低限度の威力さえあれば十分だ。

 しかし弱者が扱うのならば……性能は、できる限り。


「さて、随分とノロマだが」


 重量感のある振動はさながら戦車のように遅い。六つ足はFの大地に柔軟に適応するための移動方法だ。もう一つの二足歩行形態と組み合わせて、この騎兵はFの開拓作業に従事する。

 ただ、事前に閲覧させてもらった資料の中では、この騎兵独特の地上走破方法が存在するはずだった。


「さて……これか」


 私はスターターボタンを押し込む。コックピット脇に設置されている俯瞰モニターを見ると、マニュアルに記載されていた通りダンゴムシが丸まった。原生林をなぎ倒し、円滑に進軍するための移動方法。

 私はそれを躊躇いなくコロニー内で実行する。


「邪魔だ、退け」


 私は格納庫で獲物を観察しているディフェンダーに告げる。だが、ディフェンダーは獲物を取られまいとして動かなかった。

 なので、遠慮なく弾き飛ばさせてもらう。そのためのパワーがダンゴムシにはあった。


『うわッ!? 貴様、横取りする気か!?』

「違う。任務を遂行する」


 私は素知らぬ顔で応答して、通信を切る。下手をすれば背後から奇襲を受けるかもしれないが、敵が増えたところで対応は変わらない。

 コロニーの上空では、上方に浮かぶ市街地を背景に数機の戦闘騎兵がやり合っていた。いや、正確にはまともに攻撃しているのは敵だけだ。味方は敵を傷つけないように正確に狙いをつけて、敵機すれすれにレーザーを撃っている。

 当然、流れ弾は市街地に降り注ぐ。敵が味方を殺すのではなく、味方が味方を殺している。

 そして管理政府は咎めない。むしろ褒め称えさえする。人口削減に繋がったと。


「……ナミダ・ヒキガネ、戦闘行動を開始する」


 私は有効射程圏内までダンゴムシを転がして、背部ランチャーによる砲撃を加えた。

 敵プロテクターの脚部に直撃。全員の注意が私に向く。

 が、その隙を衝いてプロテクターの一機が油断する味方に発砲し、ディフェンダーの残骸が街中に降り注いだ。

 通信ネットワークに響くのは歓喜の声だ。……味方の。


「愚かな」


 別のプロテクターに砲撃を続行。だが、訓練機とは言え空戦装備のプロテクターと地上戦を想定したこの試験機では、単純な砲撃戦では分が悪い。

 私はダンゴムシを後退させる。物陰に隠れ流動装甲をキャバルリーモードへ。

 カチカチという装甲とフレームが変形していく音が響く。

 そして、丸みを帯びた巨人が露わとなった。


「これが本来の姿、か。プロトタイプ――レンジャー」


 命名理由は……確か古い映画群、或いはその元となった職業だったか。

 開拓者の命を守るためのバトルキャバルリー。

 そして、先住民の命を奪る戦闘騎兵だ。

 弱い者を守護すると同時に殺害するための兵器を使って、私は反乱分子と対峙する。

 装備は実弾式カービンマシンガンとヴィブロブレード。

 シールドはない。報告によれば、インディアンの主武装は弓と斧、剣と槍らしい。

 なので、盾は存在しない。万が一反乱が起きた場合に備えて、防御力を下げる目的もあるようだ。

 だが、これ以上この機体の性能を下げさせるようなへまはしない。

 私は再びペダルを踏み込む。左腕に構えるマシンガンで威嚇射撃。


『流動システム……新型があるなんて聞いてない! 情報では――』

「お前の期待に沿うような性能ではないがな」


 私は背部スラスターを吹かして手近の建物の屋上に飛び込む。飛行ユニットの有無がネックだ。接近戦を挑まなければ勝ち目はない。

 いくらバリアントと言えども、己のアドバンテージを放棄するようなことはしてこない。プロテクターで上空から銃撃を続け、私は何度か回避運動を行う。


「埒が明かないか」


 私は右腕で背部に格納されているブレードを引き抜いた。わざと直撃を受けて盾の必要性を訴えてもいいが、露骨が過ぎると逆に性能ではなく数を重視してさらなるコスト低下を招きかねない。

 ブレードで銃撃を切り裂いて、しばらく一方的な撃ち合いを耐える。

 状況が停滞して不利になるのは敵だけだ。早速、敵の一機が私に向かって近距離戦を挑んできた。他の友軍機――あれを友軍と呼べばだが――は結局手をこまねいているので、彼らの優先排除対象は私だ。

 実弾式マシンガンを穿ちながら敵機が接近してくる。左手に構えたナイフで、レンジャーのコックピットを潰す気だろう。

 私はあえて接近を許し、刺突が繰り出される瞬間を待った。至近距離でナイフが煌いた刹那、私は左手のカービンマシンガンを投棄し、敵の右腕を掴んで手前に引っ張りながら回避運動を行う。胸部装甲すれすれを掠めるナイフと、同タイミングで飛来する閃光。

 友軍機が私ごと敵を排除しようとするのは予想できていたので、レーザーはブレードで切り裂き直撃を避ける。


「稚拙な」


 友軍の幼稚さに呆れながら、私は転倒したプロテクターの両手足を切断。行動不能にし、投げ捨てたカービンマシンガンを拾い直した。

 すぐに銃弾が見舞われる。が、残った二機のプロテクターは戦闘不能に陥った味方の安全に配慮した射撃を行ってきた。

 片や味方ごと敵を始末しようとし、片や味方を傷つけずに敵だけを倒そうとする。

 これではどちらが有能なのかわからない。

 どちらが正しいのか。

 いや、ここでは正しさなどどうでもいいことか。

 私は戦闘行動を続行。挟撃しようとした敵の動きは露骨に過ぎて、どのタイミングでどんな攻撃を仕掛けるのかが手に取るようにわかった。

 私はあえて待ち、予想通り銃とナイフによる敵の挟撃を確認。

 そして、敵の予想を超える。近接を行った敵には銃を穿ち、射撃を選択した敵にはブレードを投擲した。

 至近距離で銃弾を受けたパイロットは中身がズタズタに引き裂かれ、遠距離でブレードが突き刺さったプロテクターは直立のまま沈黙する。


『ゼック! ペイル!』


 悲痛な叫びを送信するプロテクターに私はレンジャーを近づける。レンジャーがうつ伏せに倒れる四肢を失ったプロテクターに接近すると、コックピットハッチから敵のパイロットが出てきた。

 ズームして確認する。少女が涙を流している。


「お前たちは悪だ。悪魔だ……死ね、くたばれ! 死んでしまえ! 一人残らず、死んでしまえばいい! このおぞましい……バケモノどもが!!」


 恨み言を呟いて、少女は自分の頭を拳銃で撃ち抜いた。

 すぐに通信を別の憎悪が占領する。


『手柄を独り占めしやがった。卑怯な奴。あいつなんていなければよかったのに』


 言い訳をしたり、侮蔑する気は起きない。

 ただ私はやるべきことを行った。なら、本来の任務に戻るだけだ。

 レンジャーを格納庫へと戻し、護衛対象の元に戻る。

 そして、涙を見た。


「ウィリアム?」

「ナミダ……お帰り」


 ウィリアムの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。先程自殺した反乱分子と相違ないぐらいに濡れている。嫌な予感が芽生え、私は彼の身体状態をチェックした。


「――まさか、どこか怪我を!」

「い、いや違う。僕はいたって健康だ」

「では何事ですか? もしや、先程のテロリストが……」

「彼女も無事さ。大丈夫だよ」

「だったら一体……」


 疑問視する私に彼は涙を拭いながら応じる。


「悲しかったんだよ」

「あの反乱分子たちの死が、ですか」

「それは否定しない。けれど、正しくもないな」

「……どういう」

「君だ。君が可哀想だった」

「何です?」


 私は彼の発言が理解できなかった。

 一体何を言っているのか。いつの間にか彼の脳には致命的な欠陥が発生したのではないのだろうか。

 そういう私の理性的な思考を吹き飛ばすように彼は行動した。

 私の身体を温もりが覆い尽くす。

 ウィリアムは私を抱きしめていた。


「な……」

「すまない。しかし、こうしないとだめだ」

「……あなたが?」

「違う。君だ。君は泣いている。涙を流している」

「私は泣いてなどいません」


 と否定しながらも私は困惑している。

 なぜ彼を引き剥がさないのか。

 管理政府の規定した倫理に反していると批判しないのか。


「……」


 私は呆然と涙を流す彼の横顔を眺める。

 わからない。本当にわからない。

 どうして……私の中の何かが喜びのようなものを感じているかがわからない。

 だが、プロセスは……過程は不明瞭だとしても、もう答えは決まっているように思えた。

 私はゆっくりと彼との抱擁を解く。


「……ヒキガネ家は、一度も世代が途切れたことがない」


 仕事口調ではなく素の言葉で彼に伝える。


「お前、私に遺伝子を提供する気はないか?」



 ※※※



 思い返せば、あれは最悪の告白だったように思える。

 少なくとも、今の私ならそう理解できる。

 かつての私ではあれでもかなり譲歩したものだ。

 しかし兵士としての鋭さが失せ、人間として胸を張れるようになった今は、違う。


「告白というものはもっとロマンチックなものらしいな。こう、頬を赤く染めたりなどして……」


 私は話し相手に告げるが、彼女はあまり興味がないようだ。


「私のような失態は、ぜひともお前にして欲しくないものだ」


 しかし彼女はまともな返答を返さない。

 当然だ。彼女はまだ物心すらついていない赤子なのだから。


「なぁ、シズク」


 私は自分の子どもを見下ろす。小さなベッドに眠る彼女は私ではなく虚空を見つめ、そこにいる何かと遊んでいるように手を動かしている。

 私に見えない何かがそこにいるのかもしれない。絵本か何かで登場した妖精――精霊などが。……そのような遊び心のある思索も兵士としての私には不可能だったはずだ。


「いずれお前も、戦う時が来る」


 シズクもヒキガネ。戦闘用GMHだ。

 幸運なことに五体満足、精神変異も確認されなかった私たちの子どもは、結局私と似たような人生を送ることになる。

 それが幸せだったと、昔の私なら言えたかもしれない。

 しかし、今は。だから、せめて。


「お前の望みは、全て叶える。それが私の務め。……愛情だ」


 私はシズクを抱きかかえる。シズクに微笑みかける。

 しかし、彼女が笑うことはなかった。



 それから、シズクは何一つ問題なくすくすくと成長した。

 従来の教育方針に反して、家庭での子育てを選択したが、未だにその判断が正しかったのかわからない。

 だが、私とウィリアムはただの兵士を育てるつもりは全くなかった。

 人間を育てたかったのだ。

 しかし、シズクは昔の私と同じように、氷のように冷たかった。

 笑ったところを一度も見たことがないぐらいには。


「ただいま、ナミダ」

「おかえり、ウィリアム」


 四歳となったシズクから離れて、ウィリアムを出迎える。

 シズクを産んでからというもの、私は仕事を休んでいた。

 今が一番大事だという予感があったからだ。

 歯車を人にするきっかけを作るには。


「今日のシズクの様子はどうだい?」

「……今日も笑う気配がない」

「なるほど。でも、急く必要はないさ。昔の君の方が愛想は悪かった」

「そうか。私はそんなに不愛想だったか」


 不貞腐れながら告げる。が彼の言葉は一理ある。

 かつての私が今の私を見たらなんて言うのか。想像に難くない。


「おかえりなさい」


 背後から声がして振り返る。

 シズクがウィリアムに挨拶をしていた。


「ただいま、シズク」


 ウィリアムがシズクに微笑む。

 しかし笑みが返されることはない。ただじっと父親の顔を見ている。

 観察している。

 シズクはずっと周囲を観察している。

 私と夫を見て学んでいた。

 可愛らしい顔で。しかし無感情な瞳で。

 私はシズクを抱きかかえた。


「夕飯にしよう。既に準備できている」

「そうだね」


 シズクをテーブルの前へ移し、それぞれの料理を並べていく。

 私とウィリアムの食事はオートミール。当然、無味だ。

 対してシズクの食事は私が見よう見まねで作った味のあるおかゆだった。

 シズクはいつも興味深そうに私たちが食べる物と自分の物を見比べている。

 彼女は違いを理解しているのだ。……自分の方が良い物を食べていると。


「いただきます」


 古い慣習に倣い感謝の言葉を述べて、私たちは食事を始める。


「おいしいか、シズク」


 ウィリアムがシズクに訊ねるが、彼女は首を傾げた。


「おいしいって何」

「わからないなら、まだいい。いずれわかる」


 私は彼女の問いには答えない。……答えられない。

 美味しさを理解させるためには、単純に美味しい料理とまずい料理を交互に食べさせればいいだけだ。つまりはこの、無味の携行食料を食べさせれば彼女は味とは何かを理解することができる。

 なのに、それを教えるのは憚られた。

 味には依存性がある。

 不安定な世界の中での高級品に、娘を慣れさせることが正解なのか私たちはわからなかった。

 未来は不透明だ。プロジェクトFがフロンティア開拓計画となって正式に動き出し、既に第一陣がフロンティアに向かった現在も芳しい噂は聞いていない。

 曰く、インディアンに反撃を受けたなどという血迷った報告も上がっていると聞く。

 いや、聞いたのだ。ウィリアムに。


「ごちそうさま」


 シズクは早々に食事を終えると、自分の部屋へと引きこもった。そこで彼女は世界について勉強をしている。

 人の殺し方を、学んでいる。


「続報は?」


 私はシズクの耳に万が一にも入ることがないよう声を潜めて訊く。


「芳しくない。当初の予定より大幅に遅れている。……原因のほとんどが獲物の取り合いだ。効率を考えず自分のことだけを考えて行動するから作戦が思った以上に進まない。移住もだいぶ先のことになりそうだよ」

「例の未確認情報については?」

「上層部はまともに調査しようともしない。例の記憶喪失のバリアントも、即時処分されてしまった。似たような状態の少年や少女がアラモ砦に戻ったようだけど、その子たちも全員、処刑だ。おかげで全く事態が把握できない。上はバリアント特有の精神的な問題で片づけるつもりだ」

「しかし、もしその存在が報告にあった通りの存在なら、脅威だぞ」

「有り得ないと疑ってかかる上層部の気持ちもわからなくはないけどね。まるで……」

「魔法?」

「シズク……」


 シズクがリビングへと戻って来ていた。彼女の手には馴染み深い……切っても切り離せないものが収まっている。

 銃。拳銃。

 人を殺すための武器。


「おかあさん。撃ち方、教えて」

「…………っ」


 私は娘のために全てを捧げると誓った。

 これもその全てに含まれるのだろう。

 ああ、贅沢だとも。家族で共に暮らせるなどと。

 これは贅沢だ。死と隣合わせのホワイトベレーなどよりは。


「ああ、いいぞ」


 私はシズクの両手を支えて、拳銃の構え方を教える。

 部屋の隅に立てかけてある容姿確認用の鏡が見えた。

 そこに写る私の顔は、親が子に勉強を教える姿とはかけ離れていたに違いない。

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