白狼の咆哮
あまりに痛いと、人は痛みがわからなくなるらしい。
もしくは、痛覚を司る部分が損なわれてしまったのかもしれない。
裂け目から光が漏れている。太陽の光。
人類を照らす希望の光。その隙間から覗く死神は――。
怖いのだろうか。不思議と怖いって感覚が湧いてこない。
ただひたすらに胸の中で敷き詰められる感覚は。
「悲しいな……」
※※※
どうやら私ことニカ・アトミックという少女は変らしい。
指摘されて自分が他人と違うということに気付いた。
というか物心ついた頃からみんなの扱いは同じだったから、きっとそれが普通なのだろうと思っていた。
その反応が奇異である、ということを強く自覚したのは管理政府御用達の執行部隊ブラックベレーにお前は変異体であると告げられた時だ。
「私が変? 何で?」
純粋に男の兵士に問う。その男は私に鏡を見せた。
つまり私を。……確かに違う。
まず髪の色。みんなは黒が当たり前。なのに私の髪は白かった。
次に瞳の色。こちらも同上。
それでようやく自分が他人とは違うことに気付けた。ああ、私は変だったんだと。
みんなが私を遠巻きに見つめるのは、私が変だったからなんだ。
「でも、精神疾患の類はないよ。成績は優秀だし……」
「そんなことは関係ない。管理法に則り、お前はバリアントとして扱われる。規定された貢献度を納めなければ、殺処分だ」
「それっておかしくない?」
私は兵士に突っかかった。黒いベレー帽子を被った死神様に。
だって、おかしいはずだった。こんなことは有り得ないはずだった。
私の色はおかしいかもしれないけど、その他はちゃんとできていた。
成績だって優秀だったし、貢献活動もちゃんとできていた。
だけど、彼らは私を健常者と認めない。異常者のレッテルを貼ってくる。
「おかしいのはお前だ」
そう彼らはあしらって、私の声を封殺した。
そこからはとんとん拍子だった。
最初からそうなる運命だったようにコロコロ転がっていって。
気付いたら、私はレジスタンス活動になんて、従事していた。
「なんでだろう」
そう呟かずにはいられない。なんでだろう。でも、きっと答えは見つからない。
私は現在の拠点であるコロニー内の封鎖区画のビルの上から、住民たちが貢献活動に勤しむ白い街を眺めていた。
彼らはそれを普通だと感じている。流石の私も、働いちゃいけないなんて怠惰の人間みたいなことは言わない。
けど、疑問を感じずにはいられなかった。何で自分たちは働いているのだろう。
人のため、社会のため、政府のため。
みんなそう応えるけれど、たぶん私だって訊かれたらそう返すけれど、頭と心、本音と建て前は乖離している。
だってみんな、自分が生きるために必死だから。
誰かのためになんてみんな働いちゃいない。結局は自分のためだ。
生きたいと願う気持ちを否定する気はないけれど、このままではどこかで歪みが生じてしまう。歯車が正常に動いていないのだ。今は大丈夫でも、いずれ大きなうねりが生じて、政府というシステムを転覆させる事態が起きかねない。
そして、その歪みを修正する方法が存在しなかった。それを誰も指摘しないという盲目ぶりもセットだ。
「昔は選挙とか。でも、今、選挙なんてシステムはない」
それはある意味とてもいい仕組みなのかもってちょっとだけ思う。
選挙ってのはつまり、政策を見て議員を選び、それが国家に反映されるのを見届けるシステムだ。多くの議員が議論を重ねて国の方針を決めるのは、間違いを犯さないという点では有用だけど、どうしても時間が掛かるし雑味も多くなってしまう。
それがないってことはつまり、議論するまでもなく上層部がきちんとすべきことを全部やってくれているということ。
だからきっと素敵なことだと言いたいけれど、残念なことに政府はまともに機能していなかった。というより、本当に偉い人が判断してくれているのだろうか。まるで機械が物事を全て決めているかのように温かみがない。
SF映画に出てくる機械の頭脳も、もうちょっと指針みたいなのがあってもいいだろう。なのにこの世界の指導者は、人類を導くことをしてくれない。
まさに、管理しているだけだ。家畜のように。
そしてその家畜の中に混ざる私は、醜いアヒルの子なのだろう。
みんなは黒い羊。でも、私は白い……ちょっと格好をつけるなら狼。
「染めたりしたら、楽だったかな」
私は白い髪を撫でる。すぐに首を横に振った。
ないない。なんで、せっかくのキュートな白髪染めなきゃならないの。
「何してるんだい? ニカ」
「クィン!」
その呼び声に私の心が高鳴る。クィン。気になっている男の子。
そして次に大事なのが、レジスタンスの整備兵だって部分。恋する乙女にとって、男の子が何の役目を持っているかなんて二の次なのだ。
私は全力で自身の魅力をアピールしながらクィンにすり寄った。
ああ、きっとこの感覚をみんな味わったことがないのだろう。
誰もかれもが身体目当てだ。貢献度を稼いで、いわゆる普通の人たちが生殖活動を行うのは、ただ単に本能が訴えるからとかそのような理由でしかないのだろう。
でも、私のこれは違う。この胸の高鳴り、身体の疼きは、本能から発せられるものかもしれないけれど、確かにこれは私の意志が介入している。
私が選んだのだ。彼を。
「どうしたの? デートのお誘い?」
「残念だけど、違うよ」
クィンは遠方を指さした。目で先を追うと馴染み深い光が輝いている。
バトルキャバルリーの推進剤の光だ。私はため息を吐く。
「ここももうダメかな」
「コロニー内じゃ、やっぱり監視網がキツイね」
「いい場所があればいいんだけど」
クィンは苦悩する。私も悩んでいる。
こんなどう考えたってバレる場所を拠点として選んだのは、ここ以外に候補がなかったからだ。そしてまた逃亡生活が始まる。勝ち目のない戦いに延々と挑み続ける羽目になる。
でも、仕方ない。そうしないと殺されてしまうから。
私は立ち上がって、左腕のリングデバイスを操作。リモートシステムでVカスタムを起動させると、クィンに別れの挨拶をした。
「じゃ、待っててね。愛しい人」
ビルの屋上から飛び降りる。タイミングを合わせて飛来した白塗りのディフェンダーの腹の中に私は吸い込まれた。
後は馴染み深い行動を繰り返す。操縦桿に手を掛け、ペダルを踏み込み、仲間に危害を加える恐れのある敵を、灰塵へと変化させる。
でも、もし。といつも考えてしまう。有り得ないことを、有り得ないからこそ。
もし、別の未来があれば。平和な世界なんてものがあれば。
私は幸せに生きられたのだろうか。異常者なんてレッテルを貼られることもなく。
「君には素質がある」
そう告げた人がいた。星の観察者なんて仰々しい名前の組織の人だ。
おまけにその人は自分のことを咎人なんて名乗っていた。仰々しいにもほどがある。でも、不思議と私を迫害した人たちよりも親身になってくれている気がした。
「素質、ですか。何の? バリアントの?」
「勇気を持つ人。ドレッドノートだ」
「ドレッドノート……?」
自分が他人よりもちょっとばかし勇敢だ、なんて思ったことはない。
どちらかというと私は怖がりなのだ。単純に死にたくなかった。
そして、心に贅肉もついていた。自分という個性を失うことも恐ろしかったのだ。
例え自分を曲げて、標準化したとしても、それは私という個性の死。
だから怖くて怖くて、刃向かうことにした。死にたくなかったから。
「君には人々を鼓舞する魅力がある。見た目もさることながら、中身もだ」
「褒められてるのかな」
「褒めているとも。……まだ愛する者を見つけてないのが難点だが」
その時はまだクィンと出会っていなかった。クリミナルはじっと私を観察している。吟味している。
その感覚は正直、不快ではない。本当に不思議だった。正直に言えば、異常者を見る目つきで自分を見られるのは嫌いだ。そこまで考えて、彼の視線にそのような悪意が一切含まれていないことに気付く。
「愛する人がいれば何か変わるの?」
「いれば試験ができた」
「試験」
その単語を聞いてぱっと顔を輝かせるほど、私は甘い人生を送って来なかった。
瞬時に全身が臨戦態勢となる。クリミナルはしかし眉一つ動かさない。
「それもまた君の自由だ。……しかし私が求めているのとはいささかニュアンスが異なる」
「ニュアンス? 知らないね」
私はお気に入りのSAAに手を伸ばした。オートマチックのように、一触即発の状態でスライドを引かなければならないほどのんびり屋さんではないのがシングルアクションリボルバーの利点だ。
だが彼はテーブルの下でこっそりと拳銃の撃鉄を起こした私に気付いているようで、
「珍しい武器を使うんだな。私も西部劇は好きだ」
「へぇ、意外。同好の士なんていないものと思っていた」
「探せば、いや、待てば……いずれ。残念ながら私も君も、最後までことを見守れはしないだろうが」
「ここで私を殺す気」
「君がここで殺される気があるのなら、そうだろう」
当然、その気はなかった。私は机をひっくり返して銃撃する。直撃した感触はあった。なぜかとても硬質的な音が響いたが、気に欠けている余裕はなかった。
その後は逃げて、クィンと出会って、仲間をちょっとずつ集めて、また逃げて。
逃げて逃げて逃げて少し戦って逃げて逃げて逃げて逃げて……。
「いつもこんなんばっかり」
でもそうする方が人にまだ近しいから。
人の形をした機械にはなりたくないから。
「さくっとやっちゃうか」
私は追手であるフォルシュトレッカーへライフルを向けた。引き金を引く。
あっさりと撃墜する。彼か、彼女かは死にたかったのだろうか。
いいや、たぶん違う。死にたい人なんていない。
死にたくないから殺すのだ。私も、名前も知らないパイロットも。
※※※
「あー参ったねぇ」
新しい拠点に移動し終えた私は、両腕を頭の後ろに組んで一息つく。
到着するまでドラマチックな銃撃戦があったのだが、そこは割愛しておく。
正直なところ、趣味としての戦い……ゲームとかは大好きだけれど、実際に人を殺すのは好きじゃない。もし絵に描いたような、わかりやすいザ・悪役みたいな人がいれば、私はこぞって武器を振り上げるかもしれない。天罰だとか、天誅を下すとか、因果応報だとか、カッコいい決め台詞でも言って殺せたかもしれない。
けれど、そんな奴に出会ったことはない。そこまで情熱的な悪役には。
「疲れたのかい?」
「そう思うなら私のこと、癒してくれる?」
「肩揉みとかなら」
「もー、GMHに肩こりなんて有り得ないよ」
どうせ揉むなら胸とか揉んでくれればいいのに。なんてちょっとえっちなことを想ってしまうけれど、クィンはそんな風に肉食獣よろしく私に手を出すことはない。
だからこそ惹かれた、という部分も少なからず存在している。なので深く追求はしない。というか本音を言えば嫌われそうで怖い。あーあ、全く。人の心ってのは難しい。
「ねぇ、どうすればいいと思う?」
椅子の後ろに立ったクィンを見上げて私は問う。ちょっとあざといかもしれない。
でも効果は覿面なご様子で、クィンは気恥ずかしそうに目線を逸らした。
こっそり胸の中でガッツポーズ。
「やっぱり、協力者が必要だと思うな。僕たちのようなバリアントもそうだけど、政府にもある程度融通が効く、協力者が」
「スターゲイザーか……」
私をスカウトしようとした組織の名前を呟くが、あれに協力を求めた時点でこのささやかな反逆は終わりな気がしてならない。それに、クリミナルは愛する者がいれば試験をすると言っていたのだ。そして今、私にはクィンがいる。
ろくでもならないことになるのはわかり切っている。星の観察者は却下だ。
「でもそんな怪しさ満点の奴と協力関係を結ぶなんてできる?」
世界が優しさに満ち溢れてるなら、心の底から同意できたかもしれない。だけど私たちは同族同士で椅子取りゲームをして他人を蹴落とし、最近は異世界にまで手を伸ばし始めた悪鬼だ。まさに西部劇に出てくるインディアンを迫害する非道の悪役。本来なら正義のカウボーイに蹴散らされる配役だ。
ああ、でも本当に謎だ。憎んでいいし、罵倒したっていいはずなのに、私にはその悪役を堂々と非難する気が湧いてこない。
「いるかもしれないよ。そんな、いい人が」
「いればいいけどさ」
まさにギャングがはびこる街にふらりと訪れる用心棒のように。
でも、残念ながらこの世にクリント・イーストウッドはいなさそうだ。今や彼は古いアーカイブの中に存在する過去の伊達男。フィルムの中の存在。
だから、しばらくコロニーや廃棄された宇宙ステーションを放浪として出会ったその男についても、私は素直に信用することができなかった。
「私はジョン・テレグラム中佐だ」
「……よろしくお願いします」
形式的な握手を交わす。彼の到来は吉報だったはずだが、どうしても手放しに信頼することができない。と言っても、彼の助力は必要不可欠だった。なんと彼は放置されていた軍事小惑星であるリベリオンをレジスタンスの活動拠点として提供してくれたのだ。
そして、多くの物資に加えて、敵に捕捉された場合の対処法も提示してくれた。いつの間にか彼はレジスタンスの主要人物となった。
私としては、レジスタンスのボスなんて呼ばれても肩身が狭いので一向に構わないのだが、胸の内に燻る不安は拭えない。
「警戒するなというのも無理な話だ。行動で君の信頼を獲得しよう」
「期待していますよ、中佐」
それから、私たちの活動は本格化していった。
以前よりも同志が増え、また死ななくてもいい命を救えるようになった。
それでも勝ち目は薄い。というより、勝ち目なんて最初から存在していない。
けれど、諦めて死ぬなんてこともできない。
そのために、私は今もこうしてバトルキャバルリーに乗っている。
今度の私の任務はバリアント処刑施設から救出した味方をリベリオン基地に避難する誘導する間の囮役だった。
「まぁ、いつも通りか。ブラックベレーは厄介だけど――」
ヴァリアントを駆り、前線基地に強襲を駆ける。ほとんどが実戦経験皆無の処女と童貞だ。歴戦のビッチである私には敵わない。
『ディフェンダーVカスタムの調子はどうだい?』
「ヴァリアント! 順調だよ。クィンの整備のおかげだね」
呼称を訂正しながら、警備用のディフェンダーを無力化していく。できるだけ殺さないように努めているが、やはり何人かはあの世行きだ。せめて天国に行ければいいけど、神様は人間が嫌いみたいだし、やっぱり地獄行きなのだろうか。
ああ、この世は生き地獄。せめて死後くらいは幸せになって欲しいけれど。
「ごめんね」
私は謝罪して、撃つ。敵機が爆散した。
敵のレーザーを避ける。後方のコロニー住宅街に殺戮の雨が降り注いだ。
きっとこの人たちは、私がいなければ死ななかった。
私が多くの人を救う途中で、結局同じくらいの、酷い時はそれ以上の人間が死んでいる。
私の行為は、管理政府のそれと変わりがあるのだろうか。
「ああ、ダメダメ。集中集中……ッ!」
気合を入れ直した瞬間に、機体の間近を閃光が迸る。
鋭い射撃だった。実戦慣れしている。
「ブラックベレーのお出まし、ね」
死神部隊のご登場。白を狩りに来る無粋な連中。
と強気に出たいところだけど、私は彼らも悪役と認識することができなかった。
それでも、私は殺そうとしている。本当に彼らと同じだ。
「さて、と」
私は思考を切り替える。ブラックベレーは強いが、幸い私は自他共に認めるエースパイロット。自画自賛とも取られるかもしれないが、自分でエースだと豪語するくらいじゃないと戦場ではやっていけなかった。日常生活ならそんなことしなくてもいいかもしれないけれど、戦場では無理だ。
誇る気は微塵もない。でも、示さなければならなかった。
スラスターを制御して、ヴァリアントを操縦する。この子は私の手足だ。どこをどう動かせば、どのような行動を取るかを考えなくとも理解している。
レーザーを避ける。背後では無実の人たちがきっと死んでいる。
悲しい。悲しいけれど、止められない。
『死ね、反逆者!』
「悪いけれど、死ねないね」
私は返答して、レーザーソードを構える。GMHが備える不変的反射神経を用いて閃光を両断、接近してフォルシュトレッカーのコックピットに刃先を突き刺す。どのように彼女が死んでいるかが簡単に想像できる。人体を即座に蒸発させる高熱の光が肉体を溶解して、一瞬で絶命させるのだ。
それは人の死に方か? と問いたいところだけど、私は理想的な死に方なんてものがわからない。
私は躊躇いなく一人を殺し、次の敵を殺すための作業に移った。
三機編成の生き残りのうち、動きがちょっと遅い方へ狙いを定める。長らく戦場に身を置いていると、そういう倒しやすい雰囲気を肌で感じ取ることができるようになってくる。
もちろんそこから油断が湧いて返り討ちにあってしまう、なんてこともあるので油断はしない。長年の人殺しによって培われた技術を元に、その僚機を射撃で貫くが、
「こいつ――」
最後の一機がタイミングを見計らったように突撃してきた。
見慣れた光景ではある。敵の脅威度を上げる――味方を犠牲にして獲物を太らせるブラックベレーはとても多い。しかしこの敵は単にそういう輩だと決めつけて対処するには技量が高すぎた。
先程の鋭い射撃をしたのもこのパイロットだろう。先程射抜いたパイロットとは別の雰囲気をこの相手からは感じる。
……この感覚は今までで経験がなかったものかもしれない。初体験だ。
『レジスタンスのパイロット。あなたはここで終わりよ』
「はいそうですか、なんて私が言うと思った?」
コロニーの上空で射撃戦を繰り返す。が、埒が明きそうにない。私が撃てば敵の処女も避ける。向こうが撃てば私が避ける。周囲の被害がどんどん広がっていくだけだ。おまけにブラックベレーは周りを巻き込めば巻き込むほど褒められる。人口削減に繋がるから。
そのやり方を受け入れられないと叫ぶことは簡単だった。だが、それはできないと直感する。
そうして私が急くのを、相手は待っている。ヒーローを気取って私が止めに入った瞬間に、彼女は私を殺すだろう。
そして私はそのリスクを回避するために、あえて射撃戦を続行できるぐらいには薄情だった。
『挑発に乗って来ないとは――酷い人ね』
「そうだね。私は酷い人だよ」
撃ち合いを続けて、近接戦を挑むタイミングを計る。相手の策略に乗らず、こちらが優位に立つための方法を模索する。
私はサブモニターを一瞥して、作戦状況を確認。
作戦は完遂している。今回の私の役目は囮だ。
だが、敵がそう易々と逃がしてくれるとは限らない。
私はあえて機体を反転させて隙をみせた。
『私と同じことをして倒せると思うのかしら?』
「まぁ……だよね」
私は苦笑して、機体をさらに転回。振り向き様の銃撃は、コロニーの上方を貫く。心は痛む。けれど、だからこそ私は止まれない。
互いにコロニーの大地を抉りながら、コロニーの通用口までデスレースを繰り広げる。物資搬入用の手狭なゲートへと私は飛び込んで、そのまま撤退すると匂わせた後急展開。レーザーを穿つニカへ接近戦を仕掛けた。
『予想できてるに決まってるでしょう!』
「ああ、わかってるよ!」
私たちは友達同士みたいに話し合いながら殺し合う。戦慣れすると不思議と起きてしまう現象だった。殺し殺される相手と普通に会話できてしまうのだ。或いは、相手が自分の最後を見届けるかもしれない存在だから、そうしてしまうのかもしれない。
けれど当然、私も彼女も死ぬつもりは全くない。
敵はライフルを撃って、通用口を傷つけた。私はなるべくコロニーを傷つけないよう留意しながらソードを振るう。敵側は一切配慮することなく鋭い斬撃を放ち続け、未来永劫斬り合いが続くかと思われた。
『何ッ!?』
が、突如通路脇から爆発が起きて、状況が一変する。
敵機の視界が爆風で塞がれる。皮肉にも、彼女が強引に振るった攻撃が通路の裏を通っていたフォトンラインか何かを傷つけてしまったのだろう。
そして、私のようなエースとの戦いでは、そのちょっとしたアクシデントが命取りになる。
私はフォルシュトレッカーの右腕を切り落とし、同じように反対側の腕も切断した。両足も同様に切り落とす。達磨状態にして、敵機を戦闘不能に追い込んだ。
「殺した方がいい……この子は強敵」
私は実行するべき事柄を口に出す。この子は強い。今日は幸運にも勝ちを得た。だけど、次に同じように勝てるとは限らない。負けなくても、苦戦は免れないはずだ。
兵士として、パイロットとしての勘が殺せと囁いている。そして、その動機を与えてくれるかのように敵のパイロットはコックピットから出てきた。
対騎兵用のロケットランチャーを構えている。ロケット弾は危うく命中しそうになったが、私は寸前のところで切り落とし、フォルシュトレッカーに射撃を見舞った。
『きゃああああ!』
通信ネットワークに少女の悲鳴がこだまする。機体が爆発した反動で少女は通路の中を吹き飛ばされ、通用口の中をバウンドした。
『ぐ、あ……』
全身を打撲して、少女は苦悶しながら宙に浮かんでいる。私は愛用するSAAのキャバルリーモデルを手に取ってコックピットの外に出た。
少女はホルスターから抜け落ちた拳銃を取ろうと手を伸ばしている。だが、距離は遠い。私はその拳銃をSAAで撃ち壊して、漆黒のパイロットスーツを着込む少女の前へと移動した。
「あ……」
少女は怯えていた。
その顔を見て、情けないとか、卑怯だとか、可哀想だとか。
そんな感情は不思議と湧いてこなかった。
ただ、親近感を覚えた。
この少女は動機も目的も私とは異なっているけれど。
たぶん、本質は私と同じなのだろう。
私も似たような状況に陥ったら彼女と同じ顔をする。
「君も、私と同じで自分を騙してるんだ」
私は強いふりをしている。かっこいいと思う自分を演じている。
そうでもしないと動けなくなってしまいそうだから。
彼女も同じだ。私はリングデバイスを操作して、彼女の個人情報を閲覧する。
「カナリ・サーベル」
殺すべき相手の名前を口に出す。カナリは息を呑んだ。
殺されると思っている。逆の立場だとそうするから。
他の子であれば見逃すという選択肢はさほど悪いものでもない。
何せ、いつでも倒せるのだから。敵を一人や二人減らしたところで、この絶望的な状況にさして変化はない。
けれど、カナリ・サーベルは違う。逃がすことで、自分や仲間が殺されるリスクは確実に高まる。
このことがあだとなり、惨めな死に方をしてしまう可能性は十分にある。
だけれど。
「困ったね、カナリ」
本当に困った。まるで自分を殺すみたいではないか。
ああ……私のバカで弱虫め。きっとこの判断は美談なんかじゃ終わらない。
彼女が私に恩義を感じてくれるはずもない。むしろ執着されてしまうかもしれない。
それでも……私は――。
「さようなら」
「ひぅ!」
カナリは恐怖に目を瞑る。対して私はと言えば笑って懐にリボルバーを戻しただけだった。カナリが不審がって目を開く頃には、私はヴァリアントのコックピットへ戻っていた。
そのまま宣言通り去って行く。心の中がすかっとしている……なんてことはない。
不安でいっぱいだ。けれども、殺せなかった。
少なくとも、無防備な彼女を殺すのは一番やってはいけないことだと確信していた。
それがどんな結末を招こうとも。
私は管理政府とは違うのだから。
『ニカ……アトミック……白狼……』
カナリが私の名前を呟く。
結果として、この邂逅は私の人生にとってのターニングポイントとなった。
※※※
「本当に参ったね」
リベリオン基地での生活も安定して数か月が経ち、私たちは新たな問題に直面していた。
ずばり、進展がないこと。反乱の手立てがないこと、である。
今までは処刑から逃れるのに必死で、先のことを後回しにしてきた。
しかし今はじっくりと考える余裕ができた。そのために確実に避けられない問題を直視する必要が出てきたのだ。
何度も言っているように、私たちに勝ち目なんてない。
けれども、みんな心のどこかで勝てるのではないかと考えている。
「ニカが拾って来たアレに、みんな期待しているみたいだけど」
「動かないんじゃ、しょうがないよねぇ」
私は私色に染め上げたバトルキャバルリー……ドレッドノートに思いを馳せる。無重力の部屋の中でぷかぷか浮かぶ私の傍で考え耽るクィンを眺めて楽しみながらも、私の脳裏に浮かぶのはあの動かない巨人だ。
カタログスペックだけを見て、私は歓喜した。この騎兵があれば、もしかしたらもしかするかもしれないって。
それがいけなかった。みんなも同じ考えに取りつかれてしまったのだ。
ああ……まるで核があれば何でもできると思い込んだ昔の人みたいだ。
実際に核ができたことと言えば、地球を真っ黒に染めて壊してしまっただけ。
「強力な兵器があれば敵に勝てる……か。実際に、勝てた試しは……」
戦闘ならば勝ち目はある。だけど、戦争に勝ち目なんてない。
世界を相手取るならなおさらだ。
そんな絶望的な戦いに身を投じてしまったことを後悔はしていない。
けれど、みんなには酷だろう。
「私は無責任だったのかも」
助けられたから助けてしまった。
後先のことは考えず、殺されるのは理不尽だと。
「君は最善を尽くしているよ、ニカ。僕が保障する」
「そう? じゃあ、ごほうびってことでいっしょにお風呂入ろっか」
私が茶化すとクィンが咽せた。GMHに咳なんて出るはずないのに。
本当に可愛いし、カッコいい。私の中の欲望がきゅんきゅんしている。
本当は、本当はね。私は君といっしょにどこか遠くに行って。
幸せに暮らしたい。何もかも忘れて……。でも、それは――。
「仲間が必要だと思う」
誤魔化すようにクィンは言う。けれど、正直なところ少し仲間が増えた程度じゃ根本的な解決にならない。数の差が圧倒的すぎる。
「言われなくても仲間は増やすし、増えると思うよ。ほっとけないから……ねっ!」
クィンの背後に急襲を仕掛ける。抱き着いて、胸をがっしり押し付ける。
クィンはわたわたしている。尊い。
今すぐにでもセックスしたいくらい。でも、無理だ。自信がない。
彼に溺れてしまいそうで、怖い。依存して動けなくなってしまいそうで。
「ち、違うよ。ちょっと違う。ニュアンスが」
「ニュアンス、ニュアンスねぇ……」
図らずもスターゲイザーの言葉を思い出す。ああ、ジョン・テレグラム中佐が連中の仲間でなければいいけど。
「彼女だよ」
「彼女? ああ、最近噂になっている子」
その子の名前はシズク・ヒキガネ。もちろん情報規制が掛けられて軍の関係者かブラックベレーぐらいしか知らないが、フロンティアで裏切りを働いたとされる少女のことだ。
噂ではアラモ砦を制圧し、こっちに攻めてくるらしい。大方、ワープドライブの破壊を目論んでいるのだろう。
何のために裏切ったのかはわからない。案外、好きなだけセックスしたいとかそんなものかもしれない。
いや、たぶん本当は……。
「あの子はエースみたいだね。ブラックベレーも返り討ちにしたみたいだし」
「ハンマー隊だね。彼女も味方に引き入れられれば良かったけれど」
「たぶん、無理だったんじゃないかな。ブラックベレーと接触なんてしたら絶対カナリが追ってくるし」
あのストーカーにはうんざりだ。自業自得とは言え、予想通りになってしまった。
なのに全く後悔していないのだから、私という奴はきっと惨たらしい最期を迎えるに違いない。
でも、クィンだけは……彼だけは。
「クィン、一つ聞いていい?」
「何だい?」
「私以外の女とセックス、できる?」
「……突然、何を」
「答えて」
クィンは私へと振り返って息を呑んだ。私の本気が伝わったのだろう。
彼は少し迷って、返答する。
「無理だと、思うな。僕は……」
「そっか。もうクィン君たら私にぞっこんなんだから」
私はウインクしてその場を離れる。クィンのアイデアは一理あった。
シズク・ヒキガネを仲間に加えることは……直接的な解決になるかはともかく、何かしらの希望を私たちに与えてくれるかもしれない。
だから私はテレグラム中佐と打ち合わせをして、その時を待った。
意外と早くその時は訪れた。
みんなに注目されていることを知ってか知らずか、シズクは堂々と作戦を開始した。そんな間抜けなことをするはずがないとして、誰もが監視の目を緩めていたクオリアコロニーに堂々と姿を現したのだ。
まさに灯台下暗し。実際彼女の判断は正しかった。
カナリ・サーベルというエースパイロットの存在がなければ。
「カナリってば本当にもう。実は同性愛者だったりしない?」
コロニーに潜伏する私はリングデバイスで情報を確認しながら、シズクを追い詰めるべく展開するサーベル隊と別の部隊の作戦行動をこっそり監視する。
監視映像で見たシズクはとても可愛い子だった。容姿は合格。いやまぁ、容姿端麗じゃないGMHなんているはずないんだけど。
「腕前も結構……。そして……一番大切な――」
動機。信条。戦う理由。
政府に反抗するという精神は立派だが、人というものは自分が正しいと思い込むと平気で道を踏み外しがちだ。
レジスタンスの仲間にも、管理政府に属するものは全て破壊してしまえばいいという過激思想の味方はいた。大体の味方は説得すれば理解を示してくれる。けれど、中には言うことを聞いてくれない人もいる。
ただ闇雲に味方を増やしていいわけじゃないのだ。実力者ならなおさらのこと。
私たちはあくまで管理政府の方針を変えさせたいだけだ。管理政府を滅ぼしたり、政府を正しいと思う人間を皆殺しにしたいわけじゃない。
平和になればいい。ただ他人と違うという理由だけで人を異常者扱いする世界を正したいだけ。
それもまた、シズクは――。
「合格……誰?」
私は背後にSAAを向ける。白光りの銃身が薄暗い通路に輝く。
バトルキャバルリーの操縦はもちろん、白兵戦にも自信はある。
今まで、気配を気取られずに敵の接近を赦したことはない。
この敵は……いや、果たして本当に敵なのかな?
「お前は俺の敵か?」
「それは私が聞きたいところなんだけどさ」
挑発的に言い返して、敵の反応を窺う。通路の先からゆっくりと現れた男の全貌が通路脇から漏れる光で見えてくる。
流石の私も驚きを隠せなかった。びっくり、と呟いて、
「インディアン」
「そうだな。俺はお前たちが言うところの先住民だ」
「というか、え? インディアンが私たちの言葉を話せるの?」
「言語を学ぶのはお前たちだけの特権ではない。デジャブか」
男は懐かしむように笑った。楽しい思い出のようだ。
正直なところ面を喰らっている。確かに先住民だから知能が低いと考えるのは早計だ。だとしても、この男の学習能力は異常に高いとしか言いようがなかった。
この男は既にこの世界に馴染んでいる。しかし、流石に私の容姿には少しばかり疑問を感じているようだ。
「お前は、白いのか」
「うん。そういう変異って言って、伝わる?」
「わかる。お前たちの言葉でバリアント」
「本当に博識みたいだね」
と返事をしながらも銃を下ろすにはまだ早い。男は弓を手に持っている。
GMHは銃弾すらも反射神経で防ぐし避ける。弓程度、本来なら脅威でも何でもないが、私の兵士としての勘が油断するなと告げている。あのシズクがわざわざこちらに連れて来たと思しき男だ。少なくとも味方と確信するまでは。
「君は何が目的で――ッ!?」
私は咄嗟に身を翻す。突然、男が矢を放ったからだ。
しかもただの矢ではなかった。不可思議な光を纏っている。丁度、私たちがマテリアルフォトンレーザーをライフルから撃つかの如く。
私は矢が飛来した先へ振り返る。と、私を襲撃するべく突撃してきていた敵兵たちが崩された天井で足止めを喰らったところだった。
「これで信用してもらえたか。……お前の力が必要だ」
「なるほど。その力について詳しく訊きたいところだけど……今は」
私は監視映像でシズクの現状を俯瞰する。シズクはカナリに敗北し、連行されていくところだった。
その後は恐ろしくなってしまうほど簡単に事が進んだ。まさに脱帽という表現が相応しい。
グィアンというインディアンは端的に言って強かった。シズクのフロンティアでの勝利は、きっとこの男の存在が大きかったのだろう。
戦力的にも、そして精神的にも。
シズクは、恋をしているのだ。私と同じように。
だから彼女は魅力的に映る。その心が。
だけど、それは。この想いは。
「いつか取り返しのつかないことになりそうだよね」
帰還した私はリベリオン基地で、シズクと彼女の仲間たちとの邂逅を見ながら呟いた。
※※※
シズクの存在は、レジスタンスにとってかけがいのないものになっていた。第七騎兵隊を率いる私なんかよりもずっと強くて頼りがいがある存在だ。
本音を言えば、全てを彼女に任せてしまいたいぐらい。私よりもきっと彼女は強い。実力はともかく、精神的に強い。
妹を救うために人生を捧げ、その過程でフロンティアも救うことを選んだ。世界を担う救世主。みんなが焦がれ憧れる勇敢なる人。
そして彼女の仲間たちも協力だ。変異体だと説明されなければ常人だと間違ってしまうほどにたくましい。彼女たちも例外なくヴァリアントだ。
私なんか必要ないと言って、クィンとラブラブな逃避行したいぐらい。けれど、やはり私は必要で、だからこそ、私とシズクはバディを組んで何度か共に出撃した。
共同戦線を幾度も張り、その度に互いの実力を確かめ合った。
シズクのおかげで止まっていた歯車が動き出したのだ。
その後は、あっという間に時が過ぎ去ったような気がする。
いや、実際に猛烈な勢いで過ぎ去った。
瞬く間に過ぎ去った時は、私を地球に誘うことに決めたらしい。
憧れていたけれど、夢も希望もない母なる大地へと。
そこで私は……気が狂ったのだ。
カナリの到来は予言だった。
私は博打に負けた。利用できると踏んだ相手を制御しきれなかった。
私は、多くの言い訳をしながら皆を殺すための手筈を整えてしまった。
地球への訪問は罠だった。私はそれが罠である可能性も十分に理解しながら、例え罠でも踏み越えられるとして先へ進んだ。
その結果が、これである。
「みんな――」
全方位モニターの先に広がる戦場では、戦闘という名の虐殺が広がっていた。
指揮系統は混乱し、絶叫を上げて、世界に絶望しながら死んでいく。
お前は死ぬべきだと告げる世界に、無残に、無慈悲に。
助けに来た、と私は言った。みんな私に救いを求めた。
今までがそうだったように。
けれど、そのみんなは敵の銃撃によって爆発四散した。
「ああ……」
私のせい、私のせいだ。
私のせいなんだ。
『ニカ!』
シズクが私の名前を叫んでいる。
しかし今は、私は敵しか見えない。
敵の言葉しか聞こえない。
クィンを一番最初に殺したと得意げに語ったテレグラム中佐のバトルキャバルリーしか。
私は吠えた。たぶん、客観視すれば狼のように見えたに違いない。
ヴァリアントを操縦して、暴れる感情に従って攻撃する。
今まで持ったことのない明確な殺意を携えて、私は獣のように戦闘騎兵を操作する。
きっとこれはみんなが持っているものだ。
そして誰にもみせないようにしているもの。
それを私は余すところなく解放して、狼になる。
「黙れ!」
『なぜ社会への恭順を拒んだ。自身の個性を守るため? マイノリティの守護者を気取って……その結果がこれだ。本当に意味がわからない。白い髪が黒く染まって何か不都合があるのかね? 白い瞳が目立たなくなって何か問題があるのかね? 君は、自己主張がしたかっただけだ。大勢の人間にアピールをしたかっただけだ。自分が優れているぞという自己満足に浸りたかっただけだ。そしてその自己中心的な考えに巻き込まれて、君の想い人や仲間は死んだ。本当に自分勝手な女だ。もしや君は本気で他人のためを思って動いていたのかもしれないがね、それは余計なお節介と言うものだぞ』
中佐の言葉は真実を射抜いているように感じられた。
私は私のエゴでみんなを死なせてしまったのだ。
パニックになる。もう何が何だかわからない。
「うるさい! それでも私は! 私は!」
『だからその結末として――君は己の善行に殺されるのだ!』
中佐の白銀のキャバルリーは強敵だ。
冷静な私。自分を客観視できる私は、そんな乱雑な戦い方では勝てないと忠告してくる。
けれども、私は本能に従うことを選んだ。
自分の中の獣を、心に住まう怪物を暴走させる。
ああ……なんだこれ。
なんなんだこれは。
気持ちいい。すっきりする。
あぁ、もう少し早くこうしていたら。
楽だったかもしれないのに。
……なんて、考えたからだろう。
突然光が迸って、コックピット内にアラートが響き渡る。
私を罰するために、彼女が戦場に訪れたのだ。
カナリ・サーベル。私が救った少女。
救ってしまった少女。
彼女の救済も私のエゴだ。
ああ、私のエゴが私を殺しに来ている。
カナリのフォルシュトレッカーサーベルヴァリエーションとの戦闘はもう慣れている。
なのに私は劣勢だ。当然だ、とも思う。
兵士として戦っていないから。
獣として動いているから。
クィンがカスタムしたヴァリアントの性能はカナリの機体と同等だ。
だから、私が彼女を倒すためにはあらゆる知恵をフル回転させて理性的に戦わなければならない。
無心で倒せるような相手ではない。あらゆる手立てを行使して、ようやく引き分けに持っていけるかという強敵だ。
そんな相手に私は獣として戦っている。笑えてくる。
ペダルを踏んで回避して、操縦桿を操って武器を振るう。
馴染み深い動作なのに、別のことをしている気分になる。
がきんとかばきぃとかふざけた音が鳴っている。
けれどそれらの音は確実に私を殺しに来ていて。
いや、これは自殺、自死かも。
因果応報、自業自得。
私は正義の味方として、悪を成した私を殺すのだ。
斬り合いの最中、獣の反射でカナリのソードを防ごうとしたヴァリアントの右腕にレーザーが命中する。
「え……?」
奇しくもあの時とは逆だった。
呆然とした次の瞬間には、私の身体をカナリの刺突が貫いていた。
死ぬ時はとても痛そうだといつも思っていた。
辛くはあった。苦しくはあった。
けれど、痛くはない。
たぶん、痛いという当たり前の感覚すらもわからなくなることが死なのだろう。
『ニカ!!』
シズクの叫びが聞こえる。悲しそうな叫びが。
「悲しい。悲しいよ。シズク……カナリ」
私はコックピットの裂け目からカナリのフォルシュトレッカーを見つめている。
辛いし苦しいし、悲しいけれど。
だからこそ、私の口から血の水晶の他に謝罪の言葉が衝いてくる。
「あ……ぁ……ご、め……」
『ニカ!?』
シズクは驚いていた。私も驚いている。
喋れる。まだ生きている。
というより死んでいないと言う方が正しい。
私はもう死ぬ。だから、せめて死ぬ前に。
ごめん、ごめんなさい……。みんな……わたしの、せい、わたしの。わたしの、わがまま……かふっ。ごめん、ごめ……ごめん、ごめん。
話す。語る。懺悔する。
シズクは謝る必要がないと言ってくれたけれど、やっぱり私は悪者で。
でもシズクは謝罪を受け付けてくれた。だから謝る。謝り続ける。
わたし、は、ほんとう、よわいこ、だった。つよい、ふり、してただけ。みんなを、だました。
嘘を吐いたのだ。強いふりをして、みんなを期待させてしまった。
いざとなったら守ってあげるなんてカッコいいセリフをのたまって、みんなを死なせてしまった。
それで、みんな、しんじゃった。まもれなかった。わたしの、エゴで。
『それは違うわ』
その否定の声ははっきりと聞こえた。聞き馴染みのある声だ。
「カナ……リ……」
彼女に対しても謝罪の念が沸き起こる。
彼女も私に不幸にされた人間だ。
私の最後を見届ける人。
結局、私はカナリを憎めない。恨めない。
だって彼女は……。
命が尽きる前に、私はシズクに改めて謝罪した。
「きみも、ごめん、シズク。まきこん、じゃって」
『巻き込まれたつもりはない。懺悔は受け付けると言ったが、それとこれは違う。謝るな。感謝してくれ。私もお前に感謝している。伝え切れないくらいにな』
シズクは本当に優しい。そしてカナリも、私のことをわかってくれている。
最高の死に方ではないだろう。
でも……最低では、なさそうだ。
だから自然と感謝が漏れた。
「ああ……そっか。そう、だよね。ありがとう……シズク。みんな、ありがとう。カナリも……ありがと」
『……終わった? ニカ。じゃあ、楽にしてあげる』
それが私が聞いた最後の言葉。
死の直前にふと思う――。
ハーモニーの最後、トァンたちも似たような気持ちだったのかな。
「君はもう十分頑張ったよ、ニカ。おいで」
「クィン!? 迎えに来てくれたの!?」
目の前で大好きな男の子が両手を広げて呼んでいる。
私はその腕の中に、笑顔を浮かべて飛び込んだ。




