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最終決闘

「くそッ!」


 毒づいてコンソールを叩く。

 これが本当に望んだ世界なのか。自分たちが生きるに値する世界だと言うのか。

 世界の声は……人々の意志は憎悪となって弱者を刈り取りに来ている。

 いや憎悪ならばまだいい。これは悪意ではない。明確な善意なのだ。


『味方の損害率……四十八パーセント! 隊長、このままでは!』

「わかっている! グィアン!」


 ドレッドノートとプロテクターが並び、ランチャーと弓を前方の敵集団に構える。

 精霊術を行使。物理法則を無視した閃光と矢が精確に敵部隊の戦力を削ぎ取った。

 数多の爆発。しかし、誰一人致命傷を帯びてはいない。


『ダメです、シズクさん! 道が塞がって……きゃっ!』

『シャリーちゃん! このッ!』


 脚部に被弾したシャリーのディフェンダーを援護すべくミーナが射撃するが、一体を反撃不能にした後すぐに敵が三体も湧いてきて声に詰まる。

 どこも似たような状況だった。敵の数が想定以上に多すぎる。

 ハザードの演説が効いたようだ。私もまたマイクをONにする。


「変異がなぜ発生するか知っているか! 遺伝子調整された我々に変異などという欠陥が発生する理由を! 答えは単純だ、変異は欠陥などではない。人間が正常に成長した結果発生した進化だ! 人口過多に陥った人類への救済措置――ぐッ!」


 背後から狙撃を受けて、精霊術ウォールを転回する。怯んだ隙に数機のバトルキャバルリーに包囲された。


『世迷言を! 汚らしいテロリストが! ハザード大佐のおっしゃる通りだ』


 そう強気に語る彼は知らない。今話した私の言葉こそ、他ならぬハザードの受け売りであるということを。


「くッ……逃げないなら、退けぇ!!」


 抜刀。精霊術による高速機動で周囲の敵機の武装を切り刻む。レーザーライフルが爆散し、敵が後退。即座に新たな敵が立ち塞がる。

 八方塞がり。背水の陣。絶望的な状況だ。

 個人の力で勝てるのは戦闘までだ。戦争には勝ちえない。

 撤退戦という比較的難易度の低い作戦でもこれだ。

 私一人で逃げるなら容易い。ドレッドノートの機動力と精霊術。この二つの組み合わせに敵う存在など一人しか思い当たらない。

 その相手はまだ出てきていない。サルベイションのシートの上で高見の見物をしているのだろう。


「お前たちは本当に、この世界で満足なのか!」


 敵部隊の目前でドレッドノートを可変させ、騎馬形態へ。ペガサスの剣翼で敵を切り裂き、再び戦闘機に変化。ミサイルコンテナから多量の小型ミサイルを射出して、最後はキャバルリーモードへ。

 ライフルとリフレクターシールドを使って、急所以外を撃ち抜いていく。

 無数に生み出された戦闘不能状態の戦闘騎兵は、それを上書きするほどの光線の雨によって破砕される。


「こうして、自らのことしか考えず!」


 彼らに味方はいない。隣にいるのは囮。上手く利用して、貢献度を独り占めにするための駒だ。死ねばいいと思っている。貢献度が人を殺すごとに増加する性質を利用した、獲物を太らせるためのエサとしか認識していない。


「他人を踏み台にして――自分が踏み台にされないかと怯えながら生きていくのが!」


 味方をも巻き込んで敵を殺そうとする所業を間近で目撃し、我に返ったらしきフォルシュトレッカーが僚機に断罪される。

 まだ終わっていない。まだ何も成していない。

 私は機体を前進させて行動不能の騎兵の前に出た。

 精霊術を防御へ転用し、数多の射撃から彼らを守る。


『な、なぜこの女――私たちを庇っている』

「同類だからだ、お前たちは! お前たちも!」


 白銀の騎士が黒いテントウムシたちを守る。生贄たちを。

 もうたくさんなのだ。殺すのも、殺されるのも。


「決断しろ! 流されるな! ぐッ!?」


 前面へ防御ウォールを張っていたドレッドノートは背後からの攻撃を対処できない。私が庇っていた敵機集団の内一機が、私に向けてサブウエポンのレーザーピストルを放っていた。


『隊長!』

「フィレン、お前は自分の役割に集中しろ……くッ」


 ドレッドノートの流動装甲は堅牢だ。生半可な攻撃では、傷を付けることすら敵わない。しかしダメージ値は蓄積されていく。微小な攻撃でも、ずっと同じ個所を狙われ続ければ穴が空くのだ。

 それを承知しながらも、援護は求めなかった。ここで凌げずに誰がドレッドノートと言えるのか。

 数発直撃を受け続け、突然新しい閃光が背後で瞬く。

 守護していた別の騎兵……フォルシュトレッカーが、私に危害を加える同型機を破壊したのだ。


『お、俺はもううんざりだ……フロンティアに行く』

『貴様、変異したな! この汚らしいバリアントめ!』

「違う、ヴァリアントだ!」


 私の一喝に、少年兵が驚き呻く。


『ヴァリアント……勇気の証』

「そうだ。勇敢になれ。勇敢に――生きろ!」


 グィアンがドレッドノートに精霊術を施し、私は機体を進ませる。一機でも多く武装を壊す。傍目では味方が爆散している。私たち側についた者たちも、逃げきれずに死んでいく。

 こんなことは望んでいない。これを止めるために私はここにいる。

 でも今の私だけでは。仲間たちの力だけでは足りない。


「ほんの少しでいい、私に力を貸してくれ」


 精霊に請う。皆に求める。

 私は許されざる者だ。

 だが同時に勇敢でなければならぬ者だ。

 私を勇敢だと認めるならば。

 ドレッドノートだと言うのなら。


「頼む……!」


 私が助力を求めた瞬間、不思議な光景が目の前に広がった。

 赤子がいる。笑っている。

 すぐに思い出す。その赤子の顔を片時も忘れたことはない。

 あの時の赤ん坊。

 レンジャーで母親ともども切り裂いた赤ん坊。

 赤子らしく泣き叫ぶことも、私に怒り狂うこともなく。

 微笑んでいる。天使のように。母親に笑いかけるように、私に――。

 直後、異変が起きる。

 敵軍の背後――ワープポータルにうねりが生じ、アウェルが異常発生の旨を報告してくる。私は食い入るようにその先を見つめ、中から現れた存在に息を呑んだ。

 戦闘騎兵バトルキャバルリー。レンジャーとフォルシュトレッカーを改修した機体たち。

 多くの機体が飛び出してくる。レジスタンスを囲んでいた敵軍は、突然の増援に渦のような隊列を乱し始めた。


『シズク隊長。あなたの声は――こちらにも届いていました』

「お前たち……どうして……」

『門は開きました。中に入れるなら外にも出れる。常識ですよ』


 アラモ砦の警備を一任したホワイトベレーたちが、援護のために敵軍へ攻撃を開始する。背後からの急襲に連携が乱れ、渦の中に穴が空いた。先程の私たちがシャチの群れに狩られる小魚の集団ならば、今や逆転してイワシの群れを端から捕食するサメだ。

 敵軍の輪が砕けた間を縫って、レジスタンス機が再度撤退を始める。


『誇りあるブラックベレー隊が腰抜けのホワイトベレーなんぞに!』


 憤慨したフォルシュトレッカーパイロットが支援に訪れた宇宙戦装備のレンジャーを破壊しようとしたが、


『では、元ブラックベレーが、あなたの名誉を守りましょう』


 レンジャーと共に退路を切り開く同型機の射撃で爆散する。そのパイロットの声には聞き覚えがあった。真っ先に反応したのは私よりも付き合いが長いであろうシャリーだ。


『シルヴィーさん!? で、でも確か』

『ええ。私たちはシズク・ヒキガネの不可思議な力によって記憶を失い、ただ穏やかな時間を享受していました。ですが、声を聞いたのです。いいや、そのような抽象的なものではない。命令を、受けました』

『命令……で、でもあなたに命令を下す……人は――』

『ええ、不思議ですね。不思議なことだらけ。私はヒキガネには従いません。私の所属はハンマー隊。ですので、シャリー・ハンマー隊長、私たちハンマー隊にご命令を』

『え、あ……は、はい! ハンマー隊、レジスタンスの援護を! 敵を分散させて道を切り開いてください!』


 シャリーの命令を受けて、ハンマー隊は洗練された動きを披露した。粗が多いレジスタンスとは違い、完璧な連携を見せて活路を構築していく。

 死神部隊の異名は伊達ではない。シャルリが鍛えた隊員たちは、彼女が不在でも十分な戦闘力を発揮する。


「少し複雑であることは否定しないが、喜ばしい。願わくば傍で妹と仲間たちを直接援助したかったが、その役目を君に譲るとしよう。日陰者は日陰者らしくな。この表現は正しいかな」

「日陰者という自己評価は不適切だ」

「そうか。……後は任せる」


 シャルリの幻影が失せる。本当にお節介な女だ。

 私はハンマー隊の機体コードを一覧して、アスミのそれがないことに気付いた。

 アスミはこちらに来ていないのだろう。

 それでいい。今はまだ。


『隊長さん、私たちは!』

「ああ、ハンマー隊と共に退路を維持する。アウェル!」

『補給船は先に脱出を。フィレン・リペアはミーナ・カーと共に直掩を』

『わかりました! ミーナさん!』

『行くよフィレンちゃん!』


 フィレン機とミーナ機が補給船の護衛に入る。それを狙撃で援護するアウェル。

 ハンマー隊とホワイトベレーの攻撃によってぽっかり空いた穴の中へ進んでいく補給船。撤退するレジスタンスと世界と決別した人々。

 しかし防御は完璧とは言えない。より強固にするべく私たちも動き出す。


「グィアン!」

『承知している』


 ドレッドノートとプロテクターが無自覚の悪意或いは善意で構成されたリングの中に突撃する。私は左側に展開する無数の敵機の内一機へ、流動装甲をホースモードに変形させながら直進。馬の四つ足でディフェンダーを踏み台にして加速。ツインレーザーソードによる斬撃で損傷を与え、背部に搭載されたランチャーで穿つ。アンカーを射出し、別の騎兵を踏み台にしながら鉄球のように振り回す。

 反対側では、グィアンが弓と矢の原始兵器に精霊術を惜しげなく纏わせて、数十機の敵を生きるデブリに変えた。

 私たちが時間を稼ぐ間に、補給船がワープポータルの目前へ到着する。後は転移するだけとなった刹那、巨大な閃光が敵部隊を巻き込んで放たれた。


「サルベイション……!」


 ブラックベレー旗艦サルベイションから発射された主砲は多くの命を塵あくたに変えて補給船に直撃した。だが、船は無傷だ。私とグィアンによる精霊術によって。

 しかしそれこそが狙いであることは明白だった。モニタリングされている僚機の損傷状態が一気に黄色――中破へと表示が切り替わったのだ。

 私は瞬時にキャバルリーモードへと機体状態を可変する。


「グィアン!」

『左脚部を損傷した』


 精霊術の持つ弱点を突いてきた。攻撃と防御を同時に行うことはできず、また展開できる場所にも限りがある。どれほど強力で未知数な力でも、必ず弱みは存在する。

 クリミナルやナミダがあっさりと急所を突いてきたように、ハザードも難なく精霊術というアドバンテージを突破できる力量と知恵を持っている。


『もういいだろう? シズク。復讐を始めよう』

『隊長、未知の機体が接近しています』

「わかっている。……私が相手をする」


 グィアンのプロテクターを銃撃した方向へ目を凝らす。それは逃げも隠れもしなかった。

 多くの戦闘騎兵が虫のように蠢く中で、圧倒的な存在感を放っている。

 漆黒の機体。煌びやかな騎士。

 細部は異なるが、その機体のベース元は一目瞭然だった。


「ドレッドノート……」

『イコライザー、さ。予期できたはずだ』


 ドレッドノートはニカが補給任務で訪れた基地に放置されていた騎兵。

 そしてそれが意図的なものであったことはジョン・テレグラムの反応で裏が取れている。この機体が私の手に渡ったのもまたハザードの采配。

 ならば、同型機に彼が騎乗していても何も不思議ではない。


『決闘をするためには、両者が同じ武器を持って戦うのが通例だ。片方が高性能な武器を持ち一方的な戦いをすれば……それは決闘とは呼べない。ただの虐殺だろう』

「ホワイトベレーを狩るブラックベレーのようにか?」


 ハザードの出撃により、周りのバトルキャバルリーが呑まれている。巻き添えを喰らいたくないのだろう。ドレッドノートの性能は今までの戦闘で嫌というほど学んだはずだ。

 それがまた一機登場し、さらに決闘を始める……とあらば、周囲にも被害が及ぶのは確実だ。

 ハザードの顔が通信ウインドウに表示される。驚くことに彼はパイロットスーツを身に着けておらず、黒色の制服にベレー帽を被ったままだった。彼はナミダやクリミナルのような義体ではない。

 絶大な自信の表れか、或いは己の生死などどうでもいいのか。


『ベレー帽と言えばシズク、君に言いそびれてたことがある』


 今度こそ戦場は静寂に包まれていた。ハザードの会話だけがコックピット内を反響する。全ての機体が彼と私の動きを待っていた。西部劇で決闘を固唾をのんで見守る群衆のように。


『なぜホワイトベレーがベレー帽を被っているか。君は疑問に思ったことはないかね?』

「ベレー帽は本来……特殊部隊が着帽するものだ。スクラップと揶揄されるバリアントの集合隊に本来装着が義務付けられるものではない」

『いやいや、それは謙遜というものだよ、シズク。彼らほど敬意に値する存在は知らないね。ベレー帽はホワイトベレーこそが被るものだ。真実に目を背け、コンピューターに管理されていることすら気付かない愚鈍なヘルスなどという人種よりも』

「お前はヘルスが嫌いなのか?」

『まさか、愛しているとも。私は人間を愛している。これほど面白く、おかしく、豊かで愚かな生命体は他にはいない。君もそうだろう? 愛しているはずだ』

「ああ……そうだな。それは否定しない」


 否定できるはずがない。もし人間が嫌いなら、さっさと逃げてしまっていた。

 いや、最初からフロンティア側に付くこともなかったはずだ。

 ただ必要最低限の仕事をこなし、他人との接触を避けていればいい。

 しかし、そうならなかった。

 私は人間を愛していた。

 妹も友達も仲間も、インディアンも、バリアントもヘルスも分け隔てなく。

 嫌いな部分もある。愚かだと思う部分もある。素敵だと、心を奪われる一面もある。

 愛に好き嫌いは関係ない。例え嫌いでも、愛することはできる。

 これが私の変異の一端なのだ。どうしようもなく愛してしまっている。

 人間を、人類を。


「私は人を愛している。だから戦うことに決めた」

『それが君と私の共通点であり、変異だ。ずっと待ち望んでいたよ。同類が現れる瞬間を』

「だがやり方が決定的に異なるな。私は他者が傷つくのを是としない。例えこの身が血に塗れていようとも」

『構わないとも。そして、こうも考えている。私と君はわかり合うことがない、とな。であれば話は簡単だ。言葉による交渉が困難な場合に、人間が取るもっとも原始的な交渉手段を行使しよう』


 イコライザーが右手に構えるライフルを持ち上げる。

 私も右手の操縦桿を動かした。


『来い、シズク。――楽しもう! 最後の戦いを!』

「行くぞハザード!」


 それが決闘の合図だった。引き金を引き、また引かれる。

 閃光が煌いた瞬間、周囲の時間も動き出した。

 イコライザーは漆黒の流動装甲をファイターモードへ変換。私も追随するべくドレッドーノートを戦闘機に変化させる。


『隊長!』

「避難に集中しろ! 全員だ!」


 私の指示で援護射撃を行っていた味方が、友軍の避難活動へ戻る。ハザードの駆るイコライザーは見向きもしなかった。狙いは最初から最後まで私のようだ。

 私は牽制するべくミサイルを放つが、ハザードはあっさりと誘導を振り切って機体を旋回。こちらに向かってレーザーキャノンを放つが、私はドレッドノートをキャバルリーに戻してシールドのリフレクト機能を起動させる。

 反射したレーザーを、ハザードは二丁ライフルによる射撃によって掻き消した。


『精霊術を使って機体性能は引き上げないのかね? 君の持つ唯一の切り札だろう。出し惜しみする理由があるか?』


 ハザードは私に必殺技を促そうとするが、私は冷静にコアシリンダーを回転させて、リボルビングシステムを稼働させ続ける。何の考えもなしに精霊術を使って性能を向上させたところで、この男に決定打を与えられるとは思えない。

 もっと決定的な攻撃が必要だ。ハザードにマニュアルは存在しない。その裏を掻くという旧来の方法では勝ち目がない。

 強敵たちを打倒した時と同じように。ハザードの上を行く必要がある。

 次なる一手を講じようとした瞬間、矢がイコライザーへと迸った。


『ほう、決闘に手を出すのかね?』

「グィアン!」


 グィアンは片足を喪失したプロテクターで、イコライザーへ矢を連射する。

 そのどれもが宇宙の彼方へ消失していく。


「お前は……お前も撤退だ!」


 背後では補給船が無事にポータルの中へ逃げ込んだところだった。後続の部隊も続々フロンティアへと帰還を果たしている。

 ヒキガネ隊及びハンマー隊の順番も迫っていた。


『俺も戦う。お前を一人残してはいけない』

「お前が行かないと皆も残ると言い出す。例外は認められない」


 イコライザーがブレードを引き抜きドレッドノートへと切迫してきた。私もブレードを装備して斬り合いへ移行する。グィアンは矢を構えて援護を続行しようとしたが、大量のフォルシュトレッカーからレーザーを受けて回避を余儀なくされた。


『しかし、シズク!』

「理解しているはずだ。ハザードはここで討たなければならない」


 周囲に展開しているブラックベレーと軍はワープポータルを通り抜けフロンティアへ侵攻するほど士気が高くない。下手に突撃すればアラモ砦で待ち構えている警護部隊の反撃を受けるのだ。そんなリスクを冒すほど彼らは死に急いでいない。

 そしてハザードもまたそのような追加命令は下していなかった。彼は興味がないのだ。私と戦うことしか。

 グィアンの存在でさえも、彼の眼中にはない。彼は私を見ている。

 私が彼を見つめているように。


『だからこそ俺が必要なはずだ。レンジャーカスタムでは対抗できないが、俺には精霊術がある。……俺はお前よりも精霊術の扱いに長けている』

「らしくないぞ、グィアン。冷静さを欠いてるな」

『否定はしない。だが、以前のように二人で戦えば……』

「確かに、その方が勝率は上がるな。だが、敗北も必至だ」


 矛盾した一言を放つ。俯瞰モニターでは、ドレッドノートとイコライザーが激しくブレードを振るい合う。

 今までの強敵たちとの交戦経験を踏まえても、現在の私は冷静だった。自分でも恐ろしくなるほどに感情を制御できている。今まで以上に戦えている。

 社会の歯車として? 否。兵士として? 否。

 人間として、愛する者を持つひとりの女として、戦っている。


「プロテクターの出力では脱出不可能だ」


 敵が攻めてくる恐れが低いとは言え、扉を開けっぱなしにしておくのは賢明ではない。スターゲイザーはまだ存在している。ハザード以外の誰かが軍に攻撃命令を下せば、少なからず攻勢に出る者がいるかもしれない。

 十分猶予は与えた。これ以上はフロンティア側を危険に晒す。

 扉を閉じる時だった。異世界に通じる最後の扉を。

 これが閉じた瞬間、フロンティア移住計画……異世界開拓は終了する。


「しかしドレッドノートなら、扉が消失する前に脱出できる」

『精霊術を用いればいい』

「理想論だな。精霊はそこまで都合の良い存在ではない。わかるだろう? 例え私たち二人でハザードを討ち果たしたとしても、お前が帰還できなければ意味がない。……約束を忘れたのか? 女との約束を破る気か。甲斐性なしの男だな」

『人との決闘最中に痴話げんかとは、本当に面白いな、シズク!』


 イコライザーがドレッドノートを弾き飛ばす。衝撃が保護機構を貫通して、私は呻きながらも願う。


「グィアン、私を信じてくれ。みんなも」


 これは自己犠牲ではない。自殺行為でもない。

 生きるための戦いだ。

 みんなで家に帰るための戦いだ。


「私は仲間の……家族の元に、絶対に帰る!」

『いいぞ、シズク、その意気だ!』


 今度は私がイコライザーに斬りかかる。私の帰りを待ってくれている人がいる。

 カグヤ、リムル。多くの人たち。

 安息に過ごす資格はないと知っている。それでも帰ると約束したのだ。

 最初は両親を殺してしまった罪悪感から生まれた偽りの動機だった。

 妹とそっくりの少女に突き動かされた衝動だった。

 だが今は私の本心であり、本能だ。


「頼む、みんな……!」


 イコライザーは背転による回避を行い、再突撃の際に騎馬へと変化した。そのまま急進。私はスラスターの出力を上昇させたが、退避する前にスタンワイヤーが左足を捕縛する。


「これ以上、被害が出る前に! 早く!」


 敵の群れは狩りやすいレンジャーカスタムとフォルシュトレッカー、レンジャーリペアに集中している。被弾したシャリーのディフェンダーとグィアンのプロテクターも彼らにとっては狙い目だ。

 しかし全体の士気は落ちてきている。戦争は終わった。

 後は個人的な決闘だけだ。


『わかりました、隊長。ご武運を。……ポータルの制御権はあなたに委ねます』


 最初に理解を示してくれたのはアウェルだった。フィレン、ミーナも後に続く。


『隊長を信じます。隊長が私を信じてくれたように』

『戻って来ないって選択はノーですからね、隊長さん』


 気心の知れた仲間たちがワープポータルへ消えていく。ハンマー隊も撤退を開始した。


『早く戻って来てくださいね。二人になんて説明すればいいのかわからないので』

「ああ、すぐ戻る」


 応答しつつ、騎馬の突進をシールドで防御する。前足で何度も盾を蹴り飛ばされ、長所であるリフレクト機能が停止した。私はブレードでワイヤーを切り裂いて、盾をイコライザーへと投げ飛ばす。


「グィアン!」

『くそッ』


 ようやくプロテクターは反転した。安堵する間もなくイコライザーが猛撃する。

 至近距離で放たれた可動砲台によるレーザー砲撃は精霊術で防ぐ他なかった。

 精霊術を体得していなければ死んでいた。冷や汗が顔の表面を滴り落ちる。


『俺は……お前を巻き込んだことを後悔していた』

「グィアン?」


 ドレッドノートはイコライザーに蹴飛ばされ、私は姿勢制御に集中しながらその独白を聞いていく。奇妙なことに純粋に戦闘に集中する時よりも調子は上がっている。

 彼が私の戦う理由の一つであるからだ。


「今更……だなッ!」


 ツインレーザーソードによる突斬をライフルによって牽制し、あえてファイターモードに変更してこちらも突貫する。

 互いが致命傷を避けるべく正面衝突を避けて、僅かに機体同士をぶつけながら交差した。


「私も後悔しているッ! おあいこだ!」


 グィアンの力は必要だった。彼が私の力を必要としていたように。

 だがそれはあくまで戦術的判断だ。

 本当の、嘘偽りない私は彼に戦って欲しくなかった。

 強弱は関係ない。必要性もどうでもいい。

 だから後悔している。どのような結果に終わっても、きっとその後悔は払拭されないだろう。

 それでいい。それが自然。それが人間なのだ。


「私たちは似た者同士だ! 運命共同体だ! だからこそ、お前には待っていてもらわなければ! 帰る場所がなければ、私は帰れない!」

『俺を道標にするのか』

「そうだ。お前という座標がなければ、私はここで散る! 散ってしまう!」

『わかった。俺も勇敢になろう』


 グィアンのプロテクターが加速する。最後の獲物を逃がすまいとフォルシュトレッカーの群れがグィアン機に火力を集中したが、精霊術によって無傷のままポータルに入り込む。


『待っている、シズク』

「待っていろ、グィアン」


 グィアンがフロンティアへと消えた。私はキャバルリーとなったイコライザーの銃撃を躱し、アウェルから譲渡されたワープドライブの制御システムにアクセスする。設置した爆弾を起爆。ゲートの残留時間カウントをスタート。残り時間が全方位モニターの片隅に表示された。


『邪魔者は失せたな。これで純粋な闘争に集中できる。これこそが人。人間と切っても離せない本質だ。素晴らしい。実に素晴らしい』

「私も否定しない」


 闘争は未だに人間の心理構造に組み込まれている。否定したところでどうしようもない。

 そして私は本能のままに争いに奔る人間さえも愛してしまっている。

 いずれ改善するべき問題点だが、それは今ではない。

 そう、今は。


「決着を付ける……ハザード!」

『そうとも……それでいい、シズク!』


 義務でも義理でも役割ですらなく、フロンティア独立戦争すら終えて。

 私はハザードとの個人闘争の決着を果たす。

 ドレッドノートとイコライザーが、遠目に浮かぶ壊れた地球を背景に激突する。

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