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変革

 見込み通り、メインドライブに罠など設置されていなかった。事前に持ち込んでいた携行型リモート爆弾を貼り付けて、エミリーの残したプログラムをインストール。これでワープシステムの遠隔操作が可能になった。

 簡易通信増幅装置も設置したため、ジャミングされても問題ない。仮に起爆システムを奪われても、精霊術で強引に爆破させることも可能だ。無論、爆弾には外そうとした瞬間に感知して爆発するえげつない仕組みを組み込んである。例え私たちが脱出不能に陥っても、フロンティアに火の粉は振りかからない。

 もっとも、ここで朽ち果てるつもりは毛頭ないが。


「後は戻るだけ、か」


 無人の議事堂の外へ出る。そして、敵の部隊に囲まれた。

 全員、馴染み深い制服とベレー帽を被っている。


「ホワイトベレー……!」


 貢献度を稼ぎに来たのだ。フロンティアへの入り口は私の仲間が占有し、異世界開拓は事実上の停止を余儀なくされている。

 だから、彼らが処分を免れるためには、このようなチャンスを生かすしかない。

 私はサブマシンガンを構え直す。

 勝てるかは言うまでもない。だが……。

 いや、ここで説得できなくして、誰がドレッドノートだと言うのだろう。


「私を殺しに来たのか?」


 リーダー格らしき人物へ問い質す。黒髪黒目。不変的なGMH。

 しかし彼女の内側には私の預かり知らぬ変異が内包されている。

 地雷を踏んではならない。敵意を静めなければならない。


「当然でしょう。……テロリスト」

「そうだな。私はテロリスト。ルール破りの悪人だ」


 その点について否定する気はない。私は紛うことなきテロリスト。

 世界に反乱を企て、人類の希望の目を摘み取ろうと言う極悪人。自己中心的で性格が壊滅的な人でなし。散々人を殺しておきながら、今になって人を殺したくないなどと泣きべそをかく情けない女だ。

 それでも、私を勇敢である、と信じてくれた人がいる。私が私を信じれなくても、私を信じてくれる人たちのことは信頼できる。

 私はサブマシンガンを地面に落とした。ホワイトベレーたちがざわつく。

 SAAと拳銃も忘れない。ナイフも地面に突き立てた。


「投降するのか……?」

「まさか。私にはやるべきことがある」


 困惑するホワイトベレーたちを差し置いて、私は両手を上げる。

 傍から見れば降参のポーズにしか見えない。

 しかし前述したように私には使命がある。人として生き、死ぬ義務がある。


「お前たちは知ってるか」

「何?」

「食べ物には味がある。味を感じたことがある者はいるか?」


 私はホワイトベレーたちを一瞥する。敵集団に囲まれながらも平然と質問を投げる私に、数で圧倒的有利に立つホワイトベレーたちが度肝を抜かれている。

 そのうちの何名かが神経質そうに顔を歪めた。神経症は厄介な変異だ。

 私は無抵抗状態を維持しながら問いを続ける。


「鳥の鳴き声を聞いたものは? 鳥とは実に奇天烈な鳴き声を放つ」


 声や手が上がることはない。何名かは緊張の面持ちで、また数名は苛立ちをみせている。余裕の態度が気に食わないのだろう。

 私にしてみればただ必死なだけなのだが。


「自然の中にいると、匂いを感じる。驚くだろうが、フロンティアはとても臭いんだ。いろんな匂いが溢れている。最初は嫌悪感を抱くが、気付くと……それがないと耐えられなくなっている」

「依存症か」

「そうだな。依存症かもしれない」


 今の私は味がない食事に耐えられないだろう。匂いがない世界に嫌悪を示すだろう。原生生物の騒音が響かない空間に嫌気が差し、真っ白な光景には物足りなさを感じてしまう。

 随分、贅沢になったものだ。元々その兆候はあったが。


「しかし私の妹は言っていた。それは普通のことだと」


 味のある食事を食べることを。人らしく生活することを。

 この貢献に満ち溢れた世界を構築したのがシェパードなら、かのシステムは羊のことをよく理解していた。羊飼いは羊へ無闇に快楽を与えない。ごほうびを、飴をちらつかせるのだ。

 よく働けば報酬を。成績が悪い者には罰を。

 世界は瞬く間に塗り替わった。戦争ばかりをしていた人類は、戦争を止めた。

 生きることに必死になったからだ。戦争をする余裕がなくなったからだ。

 人が戦争をする時は贅沢がしたい時と、しなければ死ぬ時だけだ。

 人々は貧乏になった。だから生活を止めた。

 人々は絶滅の危機だと悟った。だから異世界開拓を始めた。


「そんなことは――」

「ああ、管理政府が許さない。許可しても、それは貢献度と引き換えだ。貢献できない者はあらゆる快楽の享受を許されない。そして、貢献度をより多く稼ぐ人間ほど、享楽に貢献度を使用しない」


 生きていくのに必死だから、今まで稼いだポイントは全て貯蓄に回される。

 なんと奇妙な世界だ。そしてなんと滑稽だろうか。

 私も人のことは笑えない。私は確かに貢献度をよく消費していたが、それもひとえにカグヤのためだ。もしカグヤがいなければ、私も必要最低限しか使わなかったと自負できる。


「私は不要だと考えていた。味も匂いも色も」


 様々な物を無意味だと思っていた。私は社会の歯車だから。


「でも、今は違う。私は人間だ。人とは強欲なものだからな」


 飽くなき欲望を抱えた罪深き生命体。

 異種生物の命を奪うだけでは飽き足らず、自身の欲を満たすため同種族間で殺し合う。

 食べ物に困ったから隣人を殺し、土地の資源が羨ましいから他人を殴殺し、性欲を吐き散らかすために見知らぬ人間を犯す。

 しかしそれだけが人間の側面ではない。悪しき面は存在する。だが、人は欲望を制御できる。過ちを認め、改善することができる。

 贖罪をすることができる。無論、私の背負う罪は消せない。善行を積んだところで、以前に犯してしまった罪はなかったことになどならない。

 けれど、赦しを得ることはできる。罪滅ぼしは行える。


「それは立派な変異だ。政府の方針に反する!」

「お前たちが変異について文句を言うのか?」

「つ、つべこべ言うな。連行する」

「本当にそれでいいのか? 管理政府の意向に従い、バリアントを殺すのか? 他ならぬバリアントであるお前たちが」

「決起を促そうとでも? その手には乗らんぞ」


 リーダー格が冷や汗を流しながら告げる。そうだ。武装蜂起しろ、などと言っても無意味だ。

 管理政府は悪だ。私に従って敵を殺せ。世界に革命を起こせ。

 そうたくましい言葉をのたまうことはできる。

 しかし革命で人々は救えない。例え救えても多くの血が流れることになる。

 だから。


「戦えとは言わない。抗え」

「錯乱したか? 追い詰められて。その言葉に何の違いがある」

「生きろ、ということだ。自分の意志で、生きろ。運命に抗え」

「それは戦えということだろう」

「いいや違う」


 私はリーダーに向かって歩み始める。止まれ! という裏返った声。

 しかし私は止まらない。止まる気など微塵もない。

 銃がかちゃりと音を立てる。しかし私は怖じたりしない。


「このままここにいても死ぬだけだ。戦え、などと無責任なことは言わない。戦う者は戦う覚悟がある者だけでいい。だが、ここにいる者たちは本当に戦う意思があるのか?」

「戦う意思……だと」

「そうだ。戦いたくて銃を執ったのか? 人を殺したくて武器を向けるのか? 違うだろう。生きるためだ。人を殺したくて銃を執ったわけじゃない」


 ホワイトベレーも、ブラックベレーも。軍も。全ての人々も。

 何のために戦うのか? そんなことは決まっている。生きたいからだ。

 裕福に生活したいからだ。もしそこで他の理由を口にする者は目的と行動がこんがらがってしまっている。当初の目的を見失っている。

 快楽殺人でさえも、人生を豊かに彩って生きたいという欲求でしかないのだ。

 全ての欲求は生に直結する。そのことをみんな忘れている。

 固定観念は捨てるべきだ。生きたいのなら、チャンスを逃してはならない。

 また、他人の救いをあてにしてはならない。まずは自分で生きることに全力を注がなければ。


「お前はどうだ? お前は? 何のためにここにいる? 何のために生きている」


 沈黙が波となって広がる。誰も答えを持ち合わせていないのだ。


「生きたいなら備えろ。宇宙船を捜索しろ。もう少し経ったら合図がある」


 私は落とした銃器を拾い集める。ホワイトベレーたちは動けない。

 平然と背中を見せドレッドノートへと歩いていく。

 何人かが銃器を構える音がした。だが、引き金を引く者はいない。

 私を殺したとしても、救われることがないからだ。政府がそんな都合の良い存在でないことを身を持って知っている。

 幾ばくかの猶予は与えられるかもしれない。だが、末路は変わらない。

 私を殺しても死ぬし、そのままこちらの世界に留まっても死ぬ。

 選択肢は二つに一つ。後は彼ら次第だ。

 私はドレッドノートに騎乗する。撃鉄を起こしてコアローディングをし、シートの後ろへ振り返る。

 ホワイトベレーたちが呆然と戦闘騎兵を見上げていた。


「アウェル、戦況は?」

『先程と変わらず。マチルダはまだ抵抗していますが……』

「ブラックベレーは?」

『未だ姿は確認できません』


 私は相槌を打ってペダルを踏み込む。ドレッドノートが飛翔する。

 背後のホワイトベレーたちの視線を受けながら。



 

 宇宙は先程の戦闘が嘘のように静寂だった。唯一の騒音はガバメントのレーザー音だ。と言っても、宇宙に音はない。厳密に言えばゼロではないが、基本的に騒がしいのはコックピット内で生成される疑似精製音だけだ。

 マチルダは予想外の抵抗をみせていたが、脅威にカテゴライズされるほどではなかった。グィアンに終始圧倒され、既に左腕と胴体以外の部位を失っている。


「補給が必要な機体は補給船へ向かえ」


 私は周辺の敵が掃討された宙域を見回す。後方に待機していた補給船へ何機か接近し、そのまま補給と整備を受け始めた。幸い、友軍の損害率は微少だ。被弾した機体も数機見受けられるが、大破には至ってない。

 しかし、ここまではチュートリアルだ。

 本番は今すぐにでも現れる。


『この……スクラップ共が……!』


 マチルダが吠えている。もはやほぼ負け犬の遠吠えと言っても差し支えないが、追い詰められた人間の恐ろしさを私は身を持って知っている。


「手早く片づける。行くぞグィアン」

『了解した』


 グィアンがナイフを装備し、私もブレードを引き抜く。

 プロテクターとドレッドノートの挟撃なら、そこそこ優秀なパイロットらしいマチルダも凌ぎようがない。

 呼吸を合わせる必要はなかった。私とグィアンは既に一心同体だ。

 ドレッドノートとグィアン専用プロテクターが切迫していく。


『この――忌々しい者どもめ! 知恵遅れがぁ!』


 斬撃によってガバメントを屠ろうとした――刹那、


『それは君の方ではないかね? マチルダ』

「何ッ!?」


 ガバメントに穴が空く。私は飛来方向を確認するが、射撃手は既に特定できている。私に世界の在り方を教授した存在だ。


『隊長さん、来ました!』

「ブラックベレー……!」


 死神部隊。反乱分子を駆除する処刑人たち。旗艦サルベイションが首都コロニー付近に展開するレジスタンスを睨んでいる。

 彼らは何も知らない。自分たちが哀れな羊であることも。

 遺伝子変異が正常な進化であることも。

 何も知らない。興味がない。ただ生きられていればいい。

 社会性を重んじながら、個人のことしか考えていない。それが巡り巡って自分に災厄を振りかけることになると知りながら、見て見ぬふりをしている。

 ならば、彼らは知らなければならない。知る権利があるのだから。

 信じようとも、信じなくとも。


『フォルシュトレッカーの発進を確認!』

「アウェル、ポータルの起動準備にかかれ」

『了解しました。全部隊通達、座標コード2452にポータルを展開予定。それから……』


 通信枠に表示されるアウェルは私に目線を移す。許可を求めている。

 私は頷き返した。

 直後、先手を打つかのようにハザードの号令が通信網を占有する。


『全軍に告ぐ。彼らレジスタンス……もしくはテロリストは、我々の心臓である首都コロニージャッジメントを占拠した。指導者たちを皆殺しにし、コロニー内の人間を一人残らず殺している。痛ましいことだ』


 ハザードは平然と嘘を織り込んでいる。しかも効率的な嘘だ。ヘルスを狩るバリアントなのだから、嘘を吐くことに関してはプロ級である。友軍の何名かが当惑する音声をネットワークに流したが、否定したのは以前なら真っ先に戸惑ったであろうフィレンだった。


『隊長はそんなことしません! これはハザードの嘘です!』


 僅かに乱れた意思疎通が万全の状態に戻る。ハザードの演説が終わるまで、私たちは動けない。なので、敵のアクションが起こるまで待機する必要があった。

 ハザードの演説は続いていく。当てつけのように。試しているように。


『諸君らの知っている通り、奴らは管理政府の敵である。いや、世界の敵だと言っていい。フロンティアの資源を独占し、多くの人間を飢えさせた。そしてまた、清き思想を持ったヘルスすらも洗脳し、ごみのように使い捨てた』


 フロンティアの先住民を自分たちが虐殺していることには目を瞑り。

 変異体を問題があるからという理由だけで処分したことには蓋を閉じ。

 彼らは士気を高めていく。ハザードに操られているとすら気付かない。

 そもそも戦う理由すら、最初から存在しなかったかもしれないのに。


『彼らを許してはならない。世界に生きる全ての人間たちよ。ヘルス、バリアントを問わない。戦え! 彼らの始末という貢献を果たした者には相応の報酬が約束されるだろう!』


 ハザードのほくそ笑いが目に浮かぶ。この宣言は確実に、多くのGMHの心を躍らせた。

 私たちを殺せば貢献度が得られる。ヘルスもバリアントも、ホワイトベレーもブラックベレーも関係ない。誰だって、命の代金を稼ぐことができる。

 このようなチャンスを不意にするのはそれこそ馬鹿者だ。現に、多数の機体がワープポータルを通って出現し始めた。レンジャーに宇宙飛行用ユニットを装着しただけの簡素な機体も存在している。

 軍もまた動き出している。邪魔になるとしてハザードに止められていた敵が動き出し、私たちへの包囲網を完成させた。

 西部劇における決闘のように、私たちと敵は対峙している。

 一触即発の空気感。これがもし画面の中の映像なら、胸をたぎらせていたかもしれない。だが、これに高揚感などない。ただ虚しさがあるだけだ。

 真相を知ってなお、それに尽くすと決めた相手と戦うならばいい。

 しかし、彼らは違う。自分の意志で戦うと決めたわけではない。

 戦わされている。生かされている。

 ならば私のやるべきことは一つだけだ。


「アウェル、準備は?」

『いつでも問題なく。あなたに、忠誠を誓っていますので』


 アウェルは恭しく返答し、


「そうか。フィレン、平気か?」

『怖いことは否定しません。でも、ビヒスさんに怒られる方が怖いですし』


 フィレンは己を奮い立たせ、


「ミーナ、準備はできてるか?」

『当然ですよー、隊長さん。ヨークが美味しい物用意してくれるって言ってましたし』


 ミーナはその後を見据えて滾り、


「シャリー。お前は……」

『もちろんです。私はお姉ちゃんの代わりに。そして、私自身の意志で。向こうに着いたらカグヤとリムルにお詫びをして、それから……お墓参りに行きます』


 シャリーは姉の意志を携えている。

 最後に、私はグィアンに通信を送った。


「グィアン。聞くまでもないか」

『ああ。みんなお前を待っている』


 私は目を閉じた。精霊に最後の我儘を告げる。

 そうだとも。これで終わりだ。私の役目は、これで最後のはずだ。


「全軍――」


 私が皆に呼び掛けると同時にハザードもまた同じように語り掛けた。



「撤退せよ! 何としてもフロンティアに辿り着け!」

『攻撃開始! レジスタンスを殲滅せよ!』


 全てのバトルキャバルリーが一斉に動き出す。

 敵はレジスタンスを始末して貢献度を稼ぐために。

 レジスタンスは敵包囲網の先に構築されたワープポータルへ逃げるために。

 最後の大規模戦闘が始まったが、私には戦う前にやるべきことがあった。


「ヒキガネ小隊、援護を頼む!」


 全員から即座に了承の通信。私は通信回線を開くと同時に、精霊術を使ってこの世界全ての人間たちと接続を開始する。


「全員、どうか話を聞いて欲しい。私はシズク・ヒキガネ。あなたたちがテロリストと呼ぶ者だ。その認識は、間違っていない。私自身、私の行為が絶対的に正しいものだとは考えていない。だが、私はこうして戦っている。それがなぜなのか、あなたたちに聞いてもらいたい」


 フォルシュトレッカーが数機私の元へ向かってきたが、ヒキガネ小隊の射撃で無力化されていく。だが、敵の数はこうしている合間も増加の一途を辿っている。このままでは単純に物量に敗北するだろう。レジスタンスは敵軍の網を抜け出そうともがいているが、今の私たちは人間に絡め捕られる魚も同じだ。彼らは網を海底に落とし、魚が逃げ道を失っていく様を眺めていくだけでいい。

 敵の猛射撃を避けきれなくなった仲間が撃破されていく。

 複数の敵機に囲まれて、リンチされるようになぶり殺しにされていく。

 私は全ての力を使って、人々に叫ぶ。


「手短に語ろう。管理政府は、私たちを管理している。そう、管理だ。導くことをしない。そして私たちも、何かを決断しようとしない。流されている。私もそうだった。それしかない。そうするしかない。ずっと固定観念に囚われて、自らの可能性の種を潰してきた。私は戦闘用GMHで、戦うしか、殺すしか能のない人間だと。だが、果たしてそれが真実なのか? 今の社会構造は、適切だと言えるのか?」


 敵部隊が波のようにうねる。敵の狙いはある程度分散していたが、やはり火力が集中するのはドレッドノートだった。

 現状、話しているだけでは味方の損害が増加するだけ。

 流動装甲をファイターモードへ。仲間たちと共に敵の渦へ突っ込んでいく。


「遺伝子に支配され、社会の維持のため貢献し、歯車として果てていく。それが正解なのだろうか。いいや、この仕組みが間違っていることはみんな知っているはずだ。私たちは異世界開拓をしている。この世界とは違うリソースに頼り切っている。その時点で、社会システムは破綻しているが、誰もが目を逸らしてきた。インディアンを殺して、簒奪してしまえばいいと。だが、そんな強引なやり方をした結果、私という個性が発芽した。私は変異した。自覚した。無視してきた問題を直視したんだ」


 二十機ほど敵機を戦闘不能にしたが、戦闘騎兵の数は減るどころか倍以上に増えている。むしろ敵の中で仲間割れが発生するような状態だった。獲物が少ないから取り合いになるのだ。敵の誤射で敵が死んでいく。そしてそれは管理政府が推奨するやり方だ。

 仲間を、人々をなるべき巻き込んで敵を処刑する。人口削減に繋がるから。

 これが人口過多で喘ぐ世界の真実だ。


「自らが死んでしまうからと言って、平和に暮らしている誰かから略奪するのは間違っている。この世界の咎は私たちのものだ。異世界の人々に押し付けていいものではない。だが、あなたたちは口を揃えてこう言うだろう。自分のせいじゃない、と。確かにそうだ。しかしそれでも、殺していい理由にはならない」


 これは正論である。しかし正論だけでは人を救えない。

 彼らはしがみ付いている。生きるために必死なのだ。そのような人間に道理を説いても、正論で訴えても、何の変化も起きはしない。

 ならば、どうすればいいか? これまた単純明快だ。


「でも、現実はそうも言ってられない。だから、私は今一度あなたたちに問いたい。こんな世界で満足しているか? 他人を殺して生きる生き方に喜びを感じているか? 他人と違うという理由だけで生贄とする世界に何の不満もないのか? もし、不満があるのなら。納得していないと言うのなら――」


 私の前に向かって来たフォルシュトレッカーが固まる。私もまた、敵の目の前でドレッドノートを可変させ、ブレードを抜いた。

 剣の切っ先を、出現したワープポータルへと向ける。


「逃げればいい! 扉は既に開け放たれている! フロンティアは、あなたたちを見捨てはしない! あなたたちは管理されるだけの羊ではない! 個人の意志を持った人間なのだ! 歯車でも、機械でもない! 人だ、人なんだ! 生きる権利はここにいる全ての人間に存在している!! 自ら決断し、自らの意志で選択しろ!」


 動揺が敵軍に広がる。その隙を縫って、味方が数機ワープポータルへ入っていく。その光景を見た敵が、騎兵を反転させた。

 戦場が混迷を極め始める。武器を捨て、フロンティアへ逃げることを決断した敵。

 それを見咎め、攻撃を加える敵。その敵を救おうと応戦する味方。

 敵の指揮系統は混乱し、混沌が場を支配する。機転を利かせたアウェルが全コロニーにワープポータルを展開したため、同様の混乱が世界中に広がった。

 これが私の選択だった。

 血で血を洗う革命ではなく。

 遺伝子に束縛される運命でもない。

 私が導き出した変革――。


『上手くいきましたね』

「ああ……だが」


 全ての人間が私に共感したわけではない。

 現に敵の数の方が多かった。最初にフロンティアへ逃走した者たちもレンジャーの宇宙戦仕様だった。

 ブラックベレーたちのほとんどがこの場に居残る決意をしたようだ。

 依然、敵の数が多い状況に変化はない。私は演説を再度続けようとするが、


『く、くそ、私……どうすれば……ああッ!?』


 迷っていたフォルシュトレッカーが破壊される。破壊者は喜々としながら私に接近してきた。ニカの幻影が囁く。


「カナリが来たよ、シズク」

「わかっている、ニカ」


 フォルシュトレッカーサーベルヴァリエーション。今度は私を目の敵にして、二振りの大剣を手に突撃してくる。


『ようやく果たせるわね――あの時の雪辱を!』

「カナリ……お前も気づくべきだ! この世界の在り様は歪んでいる! 私たちに戦う理由など存在しない!」

『あるわ、あるに決まっている! あなたは私に屈辱を与えた! 世界の在り方などどうでもいい! ニカもお前も! 私は私の意志で殺すと決めたのよ!』


 剣戟を鳴らす。ブレードと大剣の斬り合う最中も、味方と敵が爆散する。


「なぜお前はこうも――」

『知るか! 知らない知らない知らない何も知らないッ! 私はただこう生きるだけ! 私に屈辱を与えた人間に――!』

「そんな生き方をしていたら……くッ!」


 誰かに救われること。それが必ずしも幸福とは限らない。

 カナリはその典型だった。生まれ持った気質なのか、プライドが高すぎた。

 助けられるということは、少なからずその助け人に劣っているという証明になる。

 カナリはニカに救われて、プライドを傷つけられた。劣等感が芽生えてしまった。

 最初はスキャナーで検知されるほどの変異ではなかったのだろう。しかし今は。


「いずれ自分に殺されるぞ!」

『うるさい黙れ、ヒキガネ! あの子と同じように無念を抱いたまま死になさい!』

「お前はニカに、コンプレックスを抱いていた! だがその劣等感の本当の意味を、お前は知っているはずだ!」

『戦場の真ん中でお説教とは! 本当にあなたはくだらなく愚かなバリアントね!』


 ドレッドノートの性能はフォルシュトレッカーを圧倒している。

 そして、今の私の技量もカナリより上だ。

 カナリはニカを殺した。

 多くの変異体を殺してきた。

 それもまた生きるためだ。彼女に訊くときっとはぐらかされるだろう。

 誰も生きるためにもがいている。

 映画に出てくるような絵に描いたような悪人はいないのだ。

 いや、もしかしたらそのような邪悪は存在するのかもしれない。

 だが、今の世界にはいない。現れるほどの余裕がない。

 少なくとも、カナリは違う。今の私は確信している。

 だから、私は。


「ニカはお前を赦している! なのにお前はまだ引きずって――!」

『はぁ? 何を言ってるの! あいつは私が殺した! 私があなたを殺すのは、私が殺したいからよ!』

「それは明確な変異だ! お前は既に本来の目的を忘れている!」


 カナリ機の二振りの大剣をレーザーブレードで切り裂く。すかさずカナリは両腰のサーベルを引き抜いて二刀流で斬撃。それを左手のシールドでいなす。


『人のことをバリアント呼ばわりですって? 他ならぬバリアントであるお前が!』

「変異は他人に指摘されて初めて気が付ける! バリアントに変異するのはヘルスだけだ! そんな当たり前の常識に蓋をしてしまったら!」

『戯言はそれまで……死になさい! ニカと――ニカと同じようにッ!!』

「くそッ!!」


 私は決断した。

 ブレードの出力に物を言わせて、カナリの二斬を弾き飛ばす。

 そこへシールドバッシュを捻じ込み、体勢を崩したフォルシュトレッカーSヴァリエーションの両腕を切落する。


『なッ――嘘……』

「私にお前は勝てない。なぜなら……」


 コックピットに映るニカの幻影が寂しそうな表情を浮かべている。

 ありがとう、と感謝を述べて画面の先――フォルシュトレッカーの中へ吸い込まれていった。


「私は、お前と勝負などしてないからだ」


 襲ってくるから、社会の歯車が狂っているからしょうがなく戦っただけ。

 殺したかったからでも、勝ちたかったからでもない。

 ただ生きたかっただけだ。


「扉は開いている。まだ遅くはない」


 そう呟いて、別の敵に狙いを定める。味方が全員脱出するまで、敵軍を引き付ける必要があった。

 多勢に無勢。カナリ一人にずっと構っている余裕はない。

 彼女は救いを拒否している。全て自分の力で覆せると。

 ならば私にできることはもうない。例え結末がわかっていても。


『くそッ! 待て! ヒキガネ、ヒキガネヒキガネヒキガネ! ああああ!』


 ヒキガネ小隊と連携して、友軍機の援護に戻る。戦列に戻ったドレッドノート。

 対して、戦場から流され、外れかかるフォルシュトレッカーSVの周りにサーベル隊が集結しつつあった。


『何をしてるの! 早く私をサルベイションに戻しなさい! すぐに騎兵を乗り換えて……リベンジしてやる!』

『バリアント……』


 隊員の誰かが呟く。フォルシュトレッカーが大破したカナリ機を囲んでいく。


『な、何をして……まさか、ち、違う!』


 カナリが狼狽する。だが、もう手遅れだ。どうしようもなく遅すぎた。

 助けが必要な時は素直に認めて、その手を取るべきだった。例え声を上げなくとも、救いが必要なのは事実だったのだから。


『バリアントは、処刑。処刑しなきゃ。積極的に』

『それが管理政府の在り方。私たちの生き方』

『貢献度は稼がないと。隊長が命令した通りに』

「くッ、やはり――」


 私はドレッドノートを反転させる。カナリは失敗した。判断を誤った。

 因果応報なのかもしれない。今まで犯した罪の報い。だが、やはり。

 サーベル隊を無力化しようとした私の先――カナリ機の前で佇むニカが首を横に振る。


「彼女は求めてないから。もう、無理だから。君は君のするべきことに集中して。彼女の魂は、私が連れて行く」

「しかし!」

「本当に優しいんだから、シズクは。でも、もういいんだよ」


 その間にもカナリは叫ぶ。喚く。

 自分が違うと言い張る。その姿こそ、致命的なほどにそうであるという証でになってしまうのに。


『違う! 私は違う! 私はヘルス! バリアントじゃない――!!』

『いいバリアントは、死んだバリアントだけ……』


 サーベル隊がライフルを穿つ。

 カナリ・サーベルは。変異してしまった変異体バリアントは。

 管理政府の敷いたルールに則って処分された。

 これが今の世界の在り方。似たような光景が戦場に広がっていく。

 そして、私はこの光景を二度と目にすることがないように戦場を駆け抜ける。

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