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管理政府

 レーザーが飛び交う。バトルキャバルリー同士がすれ違う。

 これほどの大規模戦闘を行った経験はさほど多くない。だが、私たちは経験を活かせている。これまでの戦いは無駄ではない。死んだ仲間たち、そして敵の命すらも無意味ではない。

 私は前方から迫る三機の緑色のディフェンダーから放たれた射撃をシールドで受け止める。

 そして瞬時に角度を調整し、レーザーを反射した。

 三機のディフェンダーが自らの攻撃で武装を破壊される。


「リフレクターシールド……いい調子だ」


 フィレン考案の新型兵装。レーザーを反射し、攻撃へと転用するリフレクト技術を詰め込んだ試作品。リフレクター自体はありふれた技術だが、通常のレーザーシールドよりも遥かに多くのエネルギーを消費してしまう大喰らいだ。それをドレッドノート用に再設計し、適切なタイミングでリフレクトすることで運用可能とした。

 彼女曰く、隊長なら問題なく扱えるとのこと。その見立ては正しかった。

 敵部隊の無力化効率が上昇。より素早く、確実に。ドレッドノートは敵機を無力化していく。

 閃光が煌く。呼応して爆発が輝く。

 一見すると煌びやかな光景だ。宇宙の星々のように幻想的で、傍観する者を魅了する。映画であれば引き込まれたであろう。しかし当事者である私は、その景色を美しいと評することはできない。

 終わらせに来た。このような光景を。散命の儚き輝きを。


「この分なら……問題ない。しかし……」


 私はディフェンダーのマテリアルフォトンレーザーを的確に反射しながら、周辺の宙域に注意を配る。

 敵の部隊はこれだけではない。むしろこの後に控える軍勢こそが本命だ。

 前座で戦力を消耗するわけにはいかない。いや、願わくば……。


『隊長、あなたはお先に』

「いや、周辺の掃除が終わってからだ。少なくとも……」


 私は全方位モニターに映る戦艦へ視線を注ぐ。サルベイションに比べれば小規模だ。コロニー警備用の軽巡洋艦。バトルキャバルリーを二十機は積載可能であり、戦時下では様々な用途を与えられ重宝されたという。

 戦艦がバトルキャバルリーを運搬する以外の役目を失って久しいが、それでも搭載される手法の威力は強力だ。


「あれは落とす。手を貸してくれ」

『了解しました。フィレン・リペア、ミーナ・カー』

『わかりました!』

『頼まれたっと』


 ヒキガネ小隊が動く。数機のディフェンダーが阻止すべく前面に出たが、アウェルの狙撃によって武装を破壊されていく。私が駆るドレッドノートの意図に気付いたであろう敵艦が砲撃するが、精霊術によって無効化。同時にキャバルリーモードからファイターモードへと移行する。

 そこへ二機ほど敵機がレーザーソードで切りかかってきたが、私は艦砲の防御に集中した。

 フィレンとミーナの二機のレンジャーカスタムによって、軍仕様のディフェンダーが無力化される。

 軍人と聞けば戦闘のエキスパートのように思えるが、彼らは実戦経験が皆無である。異世界開拓をホワイトベレーに一任し、裏切り者はブラックベレーが狩り立てた。軍が行うことと言えば形式上の警備だけであり、ここにいる部隊もそのほとんどが初陣のはずだ。

 単純に、軍学校での成績が良好だった者たち。最優ではなく良好。

 ブラックベレーにスカウトされるほど優秀ではなく、またホワイトベレーに成り下がるような変異は発生していない人々。不変的なGMH。

 代わりがいくらでもいる人たち――。


「それでも、私は」


 例え死したところで損益がないとしても。

 私のスタンスは変わらない。文句があるなら倒してみせるがいい。

 これがドレッドノートの在り方なのだから。

 俯瞰モニターと全方位モニターで、白銀の戦闘機が敵陣を易々と突破していく。敵艦は弾幕を張るが、こちらは回避などという回り道をするつもりはない。圧倒的性能差で数的不利を覆す。

 卑怯だと罵ればいい。私は聞く耳をもたない。使える物は何でも使って、世界を救うと決めている。

 瞬く間に敵艦の目前に移動した私は、ドレッドノートを人型へと戻す。レーザーライフルを構えて、どこを射抜くかを瞬時に判断。トリガーボタンを引き絞ろうとして、


『シズク』

「上か」


 グィアンの警告と共に上方から現れた敵機の来襲を私はただモニターの上部を見て取るだけで済ませる。白銀のガバメントが太陽光を反射していた。搭乗者の個人名はわからないが、集団名なら答えられる。


「スターゲイザー」

『どいつもこいつも……ふん、使えない。ジョンも、ハザードも。他の連中は静観するのみ。だから私が直々に倒してやろうというものよ』


 女の声で宣告したスターゲイザーはピストルをこちらに向ける。同時に敵艦が極太のマテリアルフォトンレーザーを照射したため、私は後退した。部隊の頭がいるのならそちらを倒した方が手っ取り早い。

 私の作戦を見抜いたであろうグィアンが、矢をガバメントへと放った。

 私の意図にそぐわない、しかし私を思いやった攻撃。


「グィアン」

『当初の予定通りお前は敵艦を無力化しろ。母艦を潰されれば敵は撤退するしかない』

「スターゲイザーはどうする? 奴もそれなりのはずだ」

『俺に任せろ』

「わかった。頼む」


 いつもなら逡巡していたが、今日は迷わない。

 私は再び敵艦へ接近を試みる。無視されたと憤慨するガバメントが射撃してくるが、直後に放たれた矢に回避行動を余儀なくされた。

 私は難なく戦艦の側面へと貼り付くと、ライフルからブレードへと装備を変更。物理粒子剣による斬撃で迎撃用砲台を順番に破壊する。


『くそッ、ヒキガネ、調子に……!』

『お前の相手は俺だ』

『何……貴様、インディアンか!? バカな、先住民風情がバトルキャバルリーを!?』

「全く同感だ」


 劣った文明で育ったはずの男が、異世界言語を喋るだけでなく最先端技術の塊である戦闘騎兵までも乗りこなす。バカげているし、有り得ないと一蹴したいところだが。

 彼は私のかけがいのない仲間であり、


「私が惚れた男だからな」


 副武装を大方壊し終えて、メインである主砲へと狙いを定める。と、敵スターゲイザーはグィアンの猛攻に晒されながらも、私に向けて射撃する余裕が残っていたらしい。マテリアルフォトンレーザーが煌くが、私はフィレンお手製のシールドで反射した。


『ぐッ――そんな……!』


 左手に所持していたピストルが自らの弾丸で射壊される。愕然とした音声がエミリーが遺した通信網に響き渡った。


『有り得ない。お前たちは、寄せ集め。不良品。どうしようもないゴミクズだ』


 もう一丁のピストルでグィアンへ反撃しながらスターゲイザーは狼狽する。

 今思えばそうやってレッテルを貼られる機会はあまりなかったかもしれない。どちらかと言えば私の方がホワイトベレーにレッテルを貼り侮っていたのだ。所属すると決めた時から格下の人間で構成された部隊であると思い込んでいた。しかし、私の周りにいる変異体バリアントたちは格下などでは決してない。

 自身が如何に盲目的だったのかを改めて思い知らされる。これではハザードの言う通りだ。だが、人は過ちから学ぶことができる。他ならぬ私がそれを証明してきた。

 だから、もう迷いはない。躊躇いなく行動できる。


『主砲、喪失! マチルダ様――!』

『くッ、この役立たずどもめ! ブラックベレーさえ運用できれば――!』

『他人に成果を求める前に、自分で手柄を上げてみればいい』

『黙れ、このインディアン風情が!』


 知的なはずのスターゲイザーが激情している。これほどまでの屈辱は初めてなのだろう。

 ふと、このマチルダというスターゲイザーがヘルスなのかバリアントなのか気になった。もし彼女がヘルスであれば、誰でも変異体バリアントになり得るという証明になるだろう。

 健康を保てている人間はただ単に、変異体になってしまうような機会に巡り合わなかっただけなのではないか。もし条件さえ揃えばGMHは誰であれ、変異体になってしまうのではないか。


「我ながら……」


 敵地にいてさえそのような思索を巡らせてしまうとは。だが、だからこそ私は万全だった。

 事前に伝えた通り敵艦を戦闘不能にし、ドレッドノートを再度ファイターに変化させる。そのまま加速させ、敵コロニーの入り口へ。申し訳程度に設置された砲台を機銃で無力化しながら搬入口を突破し、コロニー内へ。


「ここも味気がないな」


 首都コロニーの質素な風景を目の当たりにし、私はナミダの残した座標位置へドレッドノートを移動させる。白い建物ばかりで目的地がどこであるか迷いそうになるが、ナミダの残したデータは的確に場所を示してくれていた。

 コロニー内にも敵機はいたが、外に展開していた部隊とは比べ物にもならない。訓練用のプロテクターとディフェンダーの混成部隊などドレッドノートの敵ではなかった。

 再変形した騎兵の右手を動かす。ドレッドノートの右腕も私の意図通りに可動して、警護部隊の足や腕をスクラップへと変容させる。

 彼らは恐らく何も聞かされてないのだろう。もはや自分が何を守っているかすらわからない。

 何のために戦っているのかわからない。何のために働いているのかわからない。

 何のために生きているのか……それすらもわからない。

 それは恐らく私とて同じだろう。生きたいという欲求は芽生えた。しかし、その欲望の理を求められたところで私が答えられるのは一つだけ。

 ただ生きたいから、という望みだけ。あらゆる生命体に神様が付与した願いだけ。

 その曖昧で不確かな願いを抱えてトリガーを引く。カチリ、カチリ。私が発する音は微小でまた壮大だ。ドレッドノートは私の意志を敵兵に向かって容赦なく叩きつける。一切の齟齬なく正確に。だから誰も死んでいないのだ。

 少なくとも今のところは。私はペダルを踏み込んだ。

 ドレッドノートは混乱でどよめく首都コロニーを縦横無尽に突っ切って、人類統括管理政府の議事堂の前へ飛行した。

 外見はただの巨大な箱だ。白色の箱。同じ白で連想される政府施設であるホワイトハウスのように白色を基調とした煌びやかな印象は一切与えないその建築物は、一見すると謙虚さの塊のようだ。だが、実質は違う。管理政府はここで、大勢の人間が死ぬのを黙認してきた。

 なぜそうしてきたのか? ああ、きっとそれすらも彼らはわからない。

 赤い服を着た軍の士官たち。世界の命運を握る学者たち。

 今の世界に生きている全ての人間が、生存理由を知っていない。

 ただしがみ付いている。既に狂っていた歯車を正常だと思い込んで。

 コックピットから出てきた男の兵士も。ランチャーの照準をこちらに構えている女性兵士も。


「無駄な足掻きはするな。戦う意義も見出せないまま」


 戦意を喪失していない兵士たちがドレッドノートに銃撃を加える。私はそれに対し何のアクションも起こさなかった。全方位モニターのあちこちに銃弾が着弾する。命を削る弾丸の雨。殺戮の嵐。しかし勇敢なる者には届かない。

 彼らに意志がないからだ。戦う理由も守る意義も……生きる理由でさえも。

 ランチャーの砲弾が直撃して、煙が視界を遮る。私は俯瞰モニターに目を移し、煙が晴れてドレッドノートが無傷であることを確認する。

 敵も即座に太刀打ちできないと理解したのだろう。それぞれの武装を投げ捨てて撤退を始めた。

 ある意味これも変異と呼べるのだろうか。だとすれば、彼らは殺される。

 少し奇妙に思う。健常者ヘルスはああも簡単に逃げていく。しかしアラモ砦で戦ったホワイトベレーはインディアンのように逃走しなかった。逃げたら死ぬとわかっていたからだ。

 エンカレッジたちもやり方こそ横暴の極みであったが逃げることはなかった。リーダーが殺されても戦意を喪失しただけだ。

 レジスタンスたちも、逃げることはなかった。バリアントに逃走という自由はない。逃げたところで殺されると知っている。だが、彼らは知らない。或いは、自分たちは例外だと考えている。

 本当に不思議だ。人は。誰でも落ちる可能性のある落とし穴を見ても、自分は平気だと慢心する。そして手遅れになった後で、それが脅威であったと気付くのだ。何事にも例外はないと。


「アウェル、施設内に突入する。外の状況は?」

『こちらは異常なく。ブラックベレーも確認されていません』

「そうか。手早く済ませる」


 人間の奇天烈さに思いを馳せながらも、私のやることは定まっている。サブマシンガンを構えドレッドノートを議事堂の入り口に堂々と配置した。オートパイロットモードを起動してあるので、よほどのやり手に奇襲でもされない限り撃破されることはない。

 意外なことにメインゲートにガードは配備されていなかった。手薄な警備網を目にしても、念には念を入れて慎重に進んでいく。

 施設内に人は――いない。防衛線がいとも容易く崩壊した時点で逃げ出してしまったのかもしれない。


「好都合だな」


 独りごち、リングデバイスでマップを開く。ナミダが遺した地図が頼りの綱だ。母親の歪んだ愛情。……カグヤと共に参照した映画が示す愛情と違い、これがとても軋み狂った愛であるとは理解できている。

 それでもないがしろにはしない。できるはずがない。

 自由を奪われて、愛する者すらも撃ち殺されて。

 娘が非道な目に遭うと知りながらも抗った母の生き様を娘が台無しにしてはならない。


「メインドライブは地下か」


 通路を進んで地下へとアクセスルートを発見。エミリーの遺品でキーコードを解析する間に、施設のクリアリングを再開する。しかし、人気ひとけは全くない。

 まるで最初から誰もいなかったかのように――。

 好都合と感じた自分の判断が正しいのか不安になってきた。


「アウェル」

『はい』

「グィアンも、今話せるか?」

『少々雑音が混じるが、大丈夫だ』

「議事堂内に人気がない。なさすぎる。外の警備が手薄な理由はわかる。ハザードが手を回したせいだ。だが、ここは政府主要の施設だ。私たちの世界の頭脳であり心臓だ。なのになぜ人がいない?」

『ハザード・ブラックタロンが避難をさせたのでは?』

「あの男は政府が崩壊しようと気にしない。ここにいる人間が死んだところで代わりはいくらでもいるのだから」


 少なくともあの男の持論ではそうなっている。そしてそれは真実に触れていた。例えば、戦闘用GMHが殺されたとしてもすぐに代用品が補充される。その意味では彼が言った通り変異体バリアントの方が貴重だ。

 廊下を進み、答えを得ようと模索する。一番最悪な展開はこれが罠であることだが、そんな手の込んだことをする男だとは思わなかった。

 彼は私がナミダを倒した時点で私のことを認めた。自分が最後まで観察するに値する存在だと。


『アラモ砦のような罠が仕掛けられているとは、考えていないようだな』

「お前もそうだろう、グィアン」

『ああ。だが奇妙であることは確かだ。現在進行形で交戦しているこのスターゲイザーはハザードやクリミナルとは違う派閥に位置する。異なる思想を持った同類がハザードとの決着に水を差すべく行動していても不思議はない』

「しかし……一体」


 通路の突き当たりに差し掛かり、壁に背を寄せて曲がり角を覗き込む。

 そして、私は息を呑んだ。


「私――」


 自分自身が立っている。否、即座に自分と同型のGMHであると気付いた。


『隊長……?』

「待て、アウェル。……母さん……いや、お前は……プロトタイプ、だな」


 少女はにこりと微笑んだ。私に類似した顔で。

 いや出生順序を考えれば私が彼女に似ているのだろう。GMHは様々な要因によって容姿パターンが旧人類よりも少ない。

 加えて、異形の存在に進化を遂げてしまうことがないよう制限を設けられた状態だ。私の祖先が容姿にこだわっていなければ、先祖代々容姿は受け継がれていく。

 私と母さんがそっくりなように。ウィリアムの遺伝子よりもナミダの遺伝子の方が容姿形成決定権が強かった。


「それは正解です。私の子孫は頭がいい。イブとして、これはきっと喜ばしいこと」

「アダムとイブ……原初の人間《GMH》……しかしお前にアダムはいない」


 私は銃口を下げて、少女の元へ歩み寄る。

 精霊の写す幻影だから不必要だという戦術的判断というよりも、当時の人類の夢と希望、絶望と慟哭を一心に背負った少女に銃を向けるという無礼な行為をしないためだ。


「そうですね。私にアダムはいない。私の子どもはセックスによって授かった命じゃない。私自身も、そう」


 そしてまた創世神話のように、処女懐胎のように幻想的な話でもない。

 デジタルでロジカルで、サイエンティック。人類の未来のためという魔法の言葉で彩られた、必要な犠牲という崇高な人体実験の成れの果て。


「何を、しに……」

「伝えに来ました」

「何を」

「こっちにおいで」


 少女は説明をせずに歩き始めた。私についていく以外の選択肢はない。


「……以前のお前を見たことがある。臨死体験をしていた時に」


 クリミナルの傍で戦っていた少女。トリガーというコードネームを与えられた戦闘用の遺伝子改造人間。GMHのルーツ。クリミナルが人間に失望したきっかけ。


「私は戦うために。戦争を終わらせるために作られた」

「命の、意義」


 私たちのように生きる理由が曖昧ではなく、確固たるものとして定められた命。

 ある意味ホワイトベレーと似ているが、彼女たちのように変異によって用途が歪められたのではなく、最初からそうであると決定されていた人生。

 それを酷だ、と同情することは簡単だ。だが、


「その通りです、シズク。私にこれを惨いと思えるような感情はなかった」


 私の思考を読み取ってトリガーは微笑む。笑える。無残な最期を遂げたのに。

 エミリーと同じ。母さんと同じ。クリミナルとも同じ。

 やりきったからだ。自分の望んだことを。


「あなただって、そうでしょう。喜怒哀楽は人間が後天的に獲得したもの。感情のプロトタイプ……生存本能はどの生命も持っている。けれど、それを感情という思考制御システムまで進化させられたのはほんの一握りだけ。楽しいことも悲しいことも、優しいことも酷いことも、生まれてから学ぶことです」

「その通りだ。私は母さんのおかげで……。しかしハザードは、私の変異は遺伝子によるものだと」

「それもまた一つの側面であることは否定しません。ですが、経験は人が持つ本来の性質に多大な影響を与えます。平常な者があるきっかけで不安に取りつかれたり、食事に固執するようになったり、同性を愛するようになったり。……家族を愛し、勇敢になったり。どの性質も遺伝子には記されている。経験とは、教育とは、遺伝子をどのように変異させていくかという改造なのですよ。遺伝子に内包される可能性を組み合わせ、発芽させることを人生というのです。あなたは、母親が想定した通りに遺伝子を開花させた。ただそれだけのこと。何も、遺伝子が悪ということでもないでしょう」

「認識としては理解していた。……しかし言葉とは不思議だな。改めて語られると自分の考えに自信が持てる」

「それが共感性というものですよ。人間が誰しも備えるものです」

「だがみんなは……忘れている」

「ええ、多くの子どもたちが忘れている。忘却してしまっている。常識に囚われて、集団心理に流されて、目が見えなくなってしまっている。だから、してしまうのです――致命的な見落としを」

「致命的な見落とし……?」


 少女は扉の前に来た。質素だが大仰な扉。

 議事堂の本懐である会議場。その扉のセキュリティに私はエミリーの遺品を翳す。

 電子音が響いて扉がゆっくりと開く。

 現れた光景に私は言葉を失った。


「まさか……」


 球体があった。

 過去の地球のように丸い。しかし、現代の地球のように真っ黒な。


「人類統括管理システム羊飼い(シェパード)。私がイブであるのなら、あなたたちのアダムがこのコンピューターです」

「……」


 私は球体に接近する。しかし何の反応も示さない。

 くじけそうになる心を奮い立たせるために、ニカの真似事をする。


「随分……素っ気ない……父親だ。娘を……前にして」

「無理をしないで、シズク。ショックを受けるなという方が無理です。……ですが、これがもう一つの真実です。人を管理するだけなら、システムだけで十分ですから。ただ構築するだけでいい。社会を。そうすれば後は勝手に回っていく。けれど……」

「歯車は、回るだけだ。狂ったまま、歪んだまま」

「ええ。ですからいつか綻びが生じる。シェパードは人を管理するだけで、導くことはしません」


 まさに羊飼い。カウボーイだ。彼らは羊を育てるが、羊に生き方を教えたりはしない。働きに応じて食事を与え、その成果を定期的に回収する。

 病気になったりすれば殺処分。

 ホワイトベレーのように、スケープゴートにされる。


「世界に、盲目的な信徒(ストレイシープ)は多い。自らの思考を放棄して、ただ周りが行っているから、と恭順して……何が大切なのかを見失ってしまう」

「だから平気で、生贄を差し出せる?」

「平気とはニュアンスが違います。もはや何も感じていないのです。あなたは違かったようだけど」


 ナミダのおかげで。歪んでいたけれど、確かな愛のおかげで。


「シェパードは長きに渡る戦争で人間不信に陥った者たちが作り上げた虚構の神。人を深く理解し、なればこそ絶望した人々の化身。ですから、人の生かし方を心得ているのです。もし、ホワイトベレーやバリアントのような一部の劣った人間以外をスケープゴートにすれば、反乱が起きたでしょう。それは結局戦争の再来です。それでは無意味。だからシェパードは無作為に人間を処分したりしません。多くの人間が納得できるシステムを構築したのです。フロンティア……インディアンも然り」


 プロトタイプはそっとシェパードへ触れた。夫の頬を撫でるように。その関係に私は寒気がした。彼女はシェパードを家族と認識しているのだろうか。


「ふふ、シズク。私はモノ、です。これは肉体は物質という哲学的な意味合いではなく、正真正銘、私はモノなのです。あなたも私をプロトタイプと呼ぶでしょ? プロトタイプという呼称は人間には使われないのに」

「しかし、あなたは」

「優しい子、シズク。あなたは私に同情している。でも、無用な気遣いです。と言っても、あなたの優しさをあしらうつもりはなく、既に救われているから不要という意味ですよ。私はもう先生によって救われている。モノが人間になったのだから」

「クリミナル……私は、彼を殺した」

「ですが彼が微塵もあなたを恨んでいないのです。なのになぜ、私があなたを憎悪できましょう。むしろ、私は彼を解放してくれてありがとうと感謝すら述べられるというのに」


 シェパードが明滅している。オレンジの光は私の頬を照らし、プロトタイプの身体を突き抜ける。彼女の表情が陰る。不思議と、カグヤが悲しんでいる時のそれに似ていた。


「本当なら、憎悪されるのは私です。私が引き金だった。私のエゴによって、多くの子どもたちが苦しんでいます。生きる意味を見失い、窒息しかけている。救われる救われないの話ではないのです。これは私が背負うべき罪であり、咎。クリミナルと呼ばれるべきは、この私。でも、先生は優しかったから。私の罪を半分、引き受けてくれました」


 再びプロトタイプが笑う。その笑顔を見て白々しいと糾弾する気は起きない。

 怒りが湧くはずもない。どうして怒られるのか。彼女は自分たちと同じだ。

 一体誰が悪かったのか。歴史を紐解けばそれらしき人物は確かに浮かんでくる。しかし結局はその人物も、ただよりよい世界を目指しただけなのだ。

 もはやこれは人間が持つ致命的な欠陥と呼ぶしかない。民衆に良い暮らしをさせようと他国の人間を侵略し、家族を守るために敵を容赦なく殺し、生き延びるために無抵抗の命を奪う。

 より多くの人間を救うためにスケープゴートを選択し差し出す。

 人口過多で死んでしまうから、異世界の先住民を皆殺す。

 私はサブマシンガンを構え直した。


「あなたは、シェパードが必要だと思うのか?」

「その答えはあなたが知っているでしょう」

「そうだな」


 球体に視線を戻す。恐らくこれも良かれと思ってやった過ちの一つなのだろう。シェパードはSF作品に出てくるような全知全能の頭脳などではない。羊飼いは羊飼い。羊を生かすことにしか興味はない。貢献をする羊のみを。

 羊は、人は……生きなければならない。飼われるのではなく生きなければ。


「管理政府は……終わりだ」


 数歩下がってサブマシンガンを構える。この銃もまたシェパードの指示で作られたものかもしれない。

 私という存在もシェパードが認可して生み出された。

 羊飼いが羊を交配させて数を増やすように。

 GMHは管理されていた。演算処理の果てに、誰を殺すべきか選定されていた。

 だが、それももう終わりだ。

 引き金を引く。コーティングされていた表面で弾丸が跳弾した。

 私は無言のままサブマシンガンを投げ捨てる。

 次に取り出したのは白色のSAAだ。

 この銃はきっと管理された武器ではない。そして、私が身に纏う力もまた。

 精神を研ぎ澄ませる。精霊たちに助力を請う。


「トリガー」

「お気になさらず。私は死人。死者に遠慮することなく、生者は生きるのです」

「わかった」


 私は撃鉄を起こして、黒色の地球を撃ち砕いていく。

 撃鉄を起こす。引き金を引く。

 撃つ。

 また撃鉄を親指で。シリンダーが回転。引き金を軽く動かす。

 撃発。

 撃つ。撃つ。撃ち続ける。弾が切れるまで。

 政府の頭脳は管理外の攻撃に物理的な悲鳴を上げて、羊飼いは地面へと墜落した。


「ああ――私が人々を呪ったトリガーであるなら」


 私はSAAを懐へ戻す。投げ捨てたMC33を拾い直し、予備の弾倉へと交換した。


「あなたは、人々を解放する引き金だったのですね」


 派手な爆発が起きる。ボルトキャッチボタンを操作してチャンバー内に残っていた薬莢が弾き飛ばされて、金属音を奏でた。

 形式的な会議場を後にする前に、私はトリガーの姿を探した。だが、彼女の姿はもうない。唯一の心残りが破壊されたのだ。もう何も言い残すことはないのだろう。


「時間が掛かった」


 しかし決して無駄な時間ではなかった。私の行為はもしや、無責任なのかもしれない。だが、無視することはできなかった。そしてまた、責任を取らぬまま逃げるつもりもない。


「わかっている。もう怯えてなどいないからな」


 地下へと降りていく。もはや罠はない。

 ハザードと決着を付け、フロンティアへ帰還を果たすだけだ。

 ドレッドノートとして。

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