最後の出撃
彼と初めて出会った時のことを思い出す。
武器と武器を突きつけて戦ったあの時を。
私は私のことを……自分と妹のことだけを考えていた。
しかし彼は違った。家族だけではなく、どちらの世界のことも案じていたのだ。
だから私を仲間に迎え入れた。
彼のその度量の大きさに……もっと言えば優しさに、私は惹かれたのだ。
強く、気高く、そして慈愛の心を兼ね備える者に。
「で、どうだったの? お姉ちゃん」
「ああ……今確認したが問題なさそうだ。この原稿で行こう」
私はホロテキストを一瞥して愛する妹の質問に答える。
と、カグヤは実体で難しい顔を作った。
「違うよ。そっちじゃなくて。グィアンさんに告白して……」
「まだだ」
「え? でも告白しに行ったって」
今度は私が気難しくなる番だった。自分でも意識できるくらいに表情を変化させて、私は迷うながらも言葉を紡ぐ。
「告白はした。その認識は間違っていない。だが、まだ……返事は聞いていない」
「チキン」
「鶏がどうかしたか?」
「嘘つかないで。どういう意味かわかってるでしょ?」
「ああ……わかっている」
咄嗟にとぼけてみたものの、妹の心眼は誤魔化せないようだ。
私は静かに言い訳を並べ立てる。
「返事は向こうに帰ってからにしてくれと頼んだんだ。そうした方が……そう、縁起にもなると考えて――」
「死亡フラグ」
「何?」
「告白を後回しにしたりするキャラってね、映画だと大体死ぬんだよ?」
「…………」
押し黙る以外の選択肢を封じられる。
本音を言えば、土壇場で恐ろしくなったのだ。
それにグィアンの方も承諾してくれた。当然だろう。これで返事がもし――考えたくもないし有り得ないと断言したいことだが――拒否であれば、私個人の士気にもかかわることだ。これから一世一代の作戦を実行しようという時に、精神力の低下は好ましくない。
なぜか脳裏にリムルに説教されているグィアンの姿が浮かんだが、今は無視しておく。
「と、とにかく、今は演説の最終打ち合わせだ。ここでの言葉一つ一つが、部下の士気に関わってくるしな」
「前は適当だったくせに。リムルちゃんの苦労がわかるよ」
嘆息する妹を前にして、私は逃げるように原稿を再読する。
ここに記されている言葉の一つ一つが、私の想いを他者とのコミュニケーションに優れるカグヤが構成し書き下ろしたものだ。言わば、私たち姉妹の合作である。
口下手な私では、伝えたいことを伝えられない。だから、妹に代筆を頼んだ。カグヤなら私の想いを完全に理解し表現してくれるという全幅の信頼があった。
その予想は見事的中している。今ここにしたためられた文章は、私の想いを私以上に上手に伝えることができるはずだ。
私は二つある原稿のうち、最初に使用する方を何度も熟読する。
一度読めば正しく記憶されるので、暗記するために読み返す必要はない。
精神的な所以だ。
「私の見立ては正しかったな、カグ。これならみんなに私の気持ちを余すところなく伝えられる」
「そうだよね。肝心なところで逃げちゃうお姉ちゃんだもの」
「む、カグ……っ?」
唐突に広がった背中の感触に驚く。カグヤの義体は無機物と有機物の複合義体であり、人体特有の柔らかさを義体精製システムは完全に再現していた。母さんやクリミナルの義体が戦闘用であったのに対し、こちらの義体は日常生活用と呼べる代物だ。
これは母さんと……クリミナルの采配でもあった。義体精製所で検閲したデータの中に彼の名前が含まれていたことから、関与していたのは間違いないだろう。
奇妙な男だった。妹の身体を奪いながら……妹に身体を与える余地を残しておくとは。
クリミナルは絶対敵というより、相対敵という認識が相応しい相手だった。もちろん、人間社会において絶対敵などと呼ばれる人種は存在しない。今、明確に敵対しているハザードでさえ、一時的な敵でしかないのだ。
それでもクリミナルは色濃かった。敵でありながら教師であり、また味方のような匂いを持つ男。憎むべき相手のはず……一度は憎んだはずの相手なのに、完全に憎み切れないのは一体どういうことなのか。
私が思考を巡らせる間にも、カグヤは私の肉体を味わうように背後から抱きしめている。
「でも、いいよ。お姉ちゃんらしい。私はそういうところも大好きだから。私はね、もっと知りたいの。本当のお姉ちゃんを」
「そうか」
偽りの身体だが、この温もりは本物だ。私はカグヤの温かさを補充しながら微笑む。
今までの私が嘘、というわけではない。誤解や認識の差異はあったが、ここに至るまでの道は紛れもなく本物で。
無実のインディアンを殺した私も。カグヤのために戦っていた私も。
仲間を失った私も、仲間を救った私も。
グィアン相手に一喜一憂する私も、正真正銘の私で。
でも隠れている側面は間違いなくある。そういうものを含めて共有することができれば、私はもっとちゃんとした姉らしく……人間らしくなれるだろうか。
「善処する」
「そこは難しい言葉じゃなくて、頑張るって言って欲しいかな」
「そうか。じゃあ頑張る」
頑張る、などという言葉を言ったのはいつ以来だろうか。もしかすると初めてかもしれない。
いつも少し堅苦しい言葉を選んでいた。母親がそういう口調だったこともあるが、そういう発言の積み重ねが、姉らしいものだと思っていた。
だが、妹が思う姉は私の思う姉と少し違うようだ。なのに不思議と人格を否定されている気にはならない。
むしろ、少し嬉しい。理想の姉に近づけているような気がしている。
「頑張って、お姉ちゃん。頑張って……頑張って」
心が折れかけている者には、酷かもしれない物言いだ。
しかし、英気を養っている者には、これ以上ない活力剤だった。
私は、頑張る。
生きるのを、頑張る。頑張って頑張って……。
「ああ……やってみせる。頑張るさ」
例えどんな結果に終わろうとも、最後の最後まで、生きるのを諦めない。
スライドを引く。薬室チェック、問題なし。
ローディングゲートを開く。全シリンダーに装填済み。ニカによる特別なカスタムは、暴発の危険性が高いシングルアクションに完璧な安全性を付与した。
二つのピストル……オートマチックとリボルバーを右腰と左脇に仕舞う。最新式と古代式のコラボレーション。ハンドガンとSAAを仕舞った後は、メインウエポンの格納へと移る。
今回はシャルリの遺品は用いない。アサルトライフルよりもサブマシンガンの方が向いている。強襲戦を想定したカスタムを施した白塗りのMC33にマガジンをセットして、チャンバーに弾丸を送り込む。あえて装填済みの状態でもう一度操作。排莢口から未発の弾丸が飛び出して、それを片手で掴み取る。マガジンを外して、再び込める。恐らく、この行為はほとんどが無意味に終わるだろう。
だが、可能性は潰せるだけ潰しておく。しょうもないミスが原因で死んだら目も当てられない。
コックピットを開いて、MC33を放り込む。周囲を確認。月面基地の格納庫に並ぶ戦闘騎兵の群れは、今か今かと開戦の時を待ち望んでいる。
それは比喩ではない。実際に中に騎乗するパイロットたちは闘志を燃やしていることだろう。
これが最後の戦いである。
カグヤがしたためた原稿を取り出す。あの後、カグヤはわざわざ紙媒体に書き直して持ってきた。記憶力は悪くないので、一度読めば暗記できるが、それでも読んでしまう私のために労力を割いてくれたのだ。
ありがたいと思う。私は多くの人たちに支えられている。
親しき者たち以外の人々にも、援助されている。
皆に想いを上手く伝えられるか。否、これから伝えるのだ。
「勇気を貸してくれ。ドレッドノート」
そっと装甲に触れる。兵器はしょせん兵器だ。
バトルキャバルリーはバトルキャバルリー。どれほど強大な性能を持っているとしても、生かせるかどうかはパイロット次第。
またその役割も操縦者次第だ。
大量殺戮兵器になるか。大量延命装置となるか。
それもまた私次第。
だから私はドレッドノートと一体となる。
馴染み深いコックピット内へと身を投じ、慣れ親しんだシートに腰を落とす。
足をペダルへ。手を操縦桿へ。音声認識開始。
「メインシステム起動。各種動作チェック……異常なし。リボルビングシステム稼働、コアローディングチェック……クリア。流動システムオールグリーン」
全方位モニターに表示されるコードを復唱する。何一つ異常は見当たらない。
息を吐き出す。精神を落ち着ける。
そして、スピーカーモードをオンにした。基地内部にいる全員に聞こえるように通信ネットワークに接続する。
「全員、聞いて欲しい。これより私たちは最後の決戦に望む。目的はワープシステムの破壊、および、フロンティアへの帰還だ。幸い、今この場にいる全員がフロンティアへの移住を志願してくれたとは聞いている。ニカにお前たちを任された身としても、感謝申し上げる」
もしニカが生きていれば結果は違ったかもしれないが、それでも彼女はレジスタンスの仲間たちにフロンティアへ行けと言っただろう。自分だけは残って、こちらで孤独な戦い続けながら。
マイノリティの守護者。少数の声に耳を傾け、その盾となって戦う偉大な英雄。
彼女は死んでしまったが、彼女の想いは潰えていない。
無駄ではなかったのだ。今まで積み上げられてきた屍は誰一人、無駄ではなかった。
「ここから先、苛烈な戦闘が予想される。スターゲイザーは一枚岩ではない。例えハザードの思惑が私の観察であっても、他の連中が妨害してこないとは限らない。激戦は必至であり、死者も多く出るだろう。……下手をすれば、全滅の可能性も否めない。だが、それでも私は止まらない。勇敢であろうと決めたからだ。勇敢に振る舞うと決めたからだ。例えキャバルリーを失っても、生きている限り、最後の時まであ諦めない。私に、諦めるという資格はない」
どんな状況に陥ったとしても。たったひとりになったとしても。
私は止まらない。止まってはならない。それこそが勇気の証。
「お前たちに無理強いはしない。これは私の戦いだ。だから、私についてくる者は肝に銘じて欲しい。止まるな。振り返るな。進むべき道を進め。この道は正しい。そう言ってくれた人がいる。私はその人を信じ、この道を進む。だからお前たちも、進め。自分が選んだ道を、正しいと信じた道を」
「私は多くの人たちを生かすために戦う。これは私の我儘でエゴだ。それでも、私を優しいと、勇敢と、評価してくれた人たちがいる。彼女らの期待を裏切るわけにはいかない。これは、人が人になるための戦い。……だから」
私は目を伏せる。本当に私は我儘で一貫性がない。
矛盾している。そんな私をカグヤは的確に見抜いていた。
だから、私は迷いなく次の語句を言い放つ。
「誰一人死んではならない。例えどんな状況下においても生きなければならない。この想いは矛盾を孕んでいる。それは重々承知している。だが、あえて言わせて欲しい。生きろ。生きて、生きて、生き続けてくれ。それが人なのだから。人間として生き、人間として死んでくれ」
歯車として縛られることなく。ただ生きる。
自分が生きたいから生きる。しがみ付くのではなく、自分の意志で道を進んでいく。
「私の願いは……以上だ。これより、フロンティア独立……いや、人が人に戻るための戦いを開始する」
私が言い切ったのと同時に、歓声が通信ネットワークを占拠した。
勇敢に振る舞おうと決めた私は仲間たちから見てもそのように見えている。
アウェルの言ったとおりに。みんなが期待してくれた通りに。
だが、私の中では、私にそのような資格はないと断言できる感情も燻っている。
後少しだ。
もう少しで終わる。
目を閉じる。浮かぶのは死んでいった者たち。
名前も、下手したら顔も知らない人たち。
この戦いが終わっても、彼らの魂が安らぐかはわからない。戦いを終結させれば死者の鎮魂が果たされるなんて思想は生者の、咎人のエゴなのかもしれない。
だとしても、私はやり抜く。全力を注ぐ。
私のために。みんなのために。
『お姉ちゃん』
「カグヤ」
『私もいます』
「リムル」
二人の愛くるしい妹の顔が画面に映し出される。
弱い私は切実に内側から訴え出す。
二人を抱きしめたい。そのまま平和に暮らしたい。
だが、見て見ぬふりなどできない。己の罪から、目を逸らさない。
二人に伝えるべく言葉を先に投げる。二人が求める言葉を。
「必ず帰る」
『うん、待ってるよ』
『はい! 今度作る献立を二人で考えておきます』
「頼む。待っててくれ」
二人が消失する。モニターに反射する私の顔は寂しげな一面をのぞかせたが、すぐに感情を律して次なる相手を表示させた。
アウェル、ミーナ、フィレンの顔が次々にスペースを埋める。
『良い演説でした、隊長。皆の士気が向上しました』
「世辞はいい、アウェル。準備は」
『いつでも。それと最後に訂正を。――心の底から良い演説だったと思っています』
その返答に私は迷い、苦笑を選択することにした。
ミーナとフィレンはどちらも微笑んでいる。最初は頼りなかった変異体の二人も今や立派な勇敢な戦士だ。
『隊長、みんなでいっしょに帰りましょうね!』
『フィレンちゃんそれって』
「ああ、死亡フラグだな」
私はカグヤに言われたセリフを素知らぬ顔で流用する。
特に戦争モノの作品では、そういう美しい言葉を放つ奴から死んでいく。
世の中は綺麗事では回らないという意見だったり、単純にその方が面白くなるという理由からだ。
だが、私の前では許可しない。綺麗事ばかりでは世界は回らないが、かと言って汚い言葉を積み上げても世界は稼働しない。
『え? いや、私はその』
『これだからフィレンちゃんは』
『ミーナさんに言われたくないですよ!』
「フィレンの言葉には一理ある。事実は小説より奇なりとも言うしな」
現実での綺麗事や理想事の重要性は言うまでもない。綺麗事を言えなくなったら世の中おしまいである。
今の社会のように。現実主義だけを貫いた結果、ディストピアと呼んでも差し支えない世界が生まれてしまった。
「とにかく死ぬな、二人とも。向こうでも、哀れな道化を演じてみんなを笑わせてくれ」
『え? それって励ましてます……?』
『ははは、いいですね。頑張りましょう、隊長さん!』
二人との通信を終えて、次に表示された少女に私は平常心を奪われそうになる。
脳裏をよぎるシャルリの顔。しかし私が望むのとは裏腹に、彼女は妹と仲良くしてほしいようだ。
『最後の決戦、ですか。言葉通りの』
「勝っても負けてもな。勝つつもりしかないが」
『……私に対する遠慮は無用です、シズクさん』
「シャリー……」
『お姉ちゃんなら絶対にこうしました。私はお姉ちゃんの遺志を継ぎます』
「どうかな。彼女は優等生……勇敢だったからな」
『私も不真面目なので大丈夫ですよ。バリアント、ですから』
「お前はヴァリアントだ。シャルリと同じ。……死ぬなよ」
『了解しました』
シャリーの通信を終えると、彼女とは別の意味で精神のリズムを狂わせる男が画面に表出した。言葉に詰まるが、彼はいつも通りの真摯な眼をぶつけてくる。
『演説は素晴らしかった。以前のものとは大違いだ』
「お前に言われたくないがな」
彼が導師となった時の演説の酷さは語るまでもない。
……私とグィアンにはほとんど言葉が必要ない。思考や戦術、優先順位、あらゆる部分に類似性がみられる。SF作品に出てくる異世界の同一存在であるのではないかと思うほどに。
だが、それでもやはり違いはある。恐らく彼は私ほど彼のことを意識していないだろう。
しかしまた私と違った想いを秘めているのは間違いない。彼は私を心配してくれている。それだけは確かだ。まさに言葉にする必要はない。
「無茶だけはするな」
『それはこちらのセリフだと思っていたが』
「クリミナルと戦った時のことを、私は忘れていないぞ」
戦術眼を養ったグィアンではまずありえない行動。私を救うために行われた特攻は脳裏に焼き付いている。あの時は精霊術のおかげか奇跡のせいかは知らないが助かった。
だが、もう一度同じことが起きれば、無事で済むかはわからない。
『善処する』
「約束はしてくれないか」
『お前だってそうだろう?』
「……確かにな」
似たようなやり取りを何回か行ったが、結局相手の意志を曲げることはできなかったし私も変えるつもりはなかった。
だが、その不和が心地よい。言葉は相反しても心は通じている。
完璧かはわからない。完全とも断言できない。
しかし、確実に。確固たるものが。
例え愛し合うことができなくとも、絆の通った仲間であることは確かだ。
答えはまだわからない。楽しみは戦争を終えた後で。
「手早く終わらせるぞ。スピードが命だ」
『平気か?』
何度訊かれたかわからない声がコックピットをこだまする。
私は笑みを浮かべて答えた。
「問題ない。……行けるか?」
『みんなもう準備は終えている。後はお前だけだ』
「ふっ。また私だけ出遅れたか。本来の私はこのような……怠惰な女なのかもしれない」
『遅れて無問題な行為を遅らせても、何の支障もないだろう。お前はきちんと弁えられている』
「それは褒めてくれていると考えていいか?」
『当然だ』
グィアンはにやりと笑った。私も釣られて笑う。
本当はこのままずっと話していたい。だが、私が座る席はコックピットのシートの上で。
グィアンも同じようにプロテクターの中に納まっている。
足踏みはできない。これ以上会話を続けることも困難だった。
「行けるか、グィアン」
『いつでもいい』
「お前のおかげで勇気が湧いた。だから、もう大丈夫だ」
そう言い切りながらも、私はグィアンの顔を食い入るように見つめ続けた。
そして、視線を逸らす。自分自身とドレッドノートをシンクロさせる。
「行くぞ」
『ああ、行こう』
グィアンとの通信を終え、チャンネルを全員に戻した。
「これより出撃する。アウェル、ポータルを開いてくれ」
私の命令で月面基地内部にワープポータルが展開する。
これもまた母親の置き土産だった。これで少なくとも移動途中に急襲されることはない。
アクセルペダルに足を乗せる。勇敢者らしく先陣を切ろうとしたが、先に動いたのはレンジャーカスタムだった。
『アウェル・ハック、先行します』
アウェル機がポータルへと飛び込んでいく。
私はその背中を苦笑交じりに見つめた。もはや私は裸そのものだ。
全てを見透かされている。命を預けた仲間たちに。
『フィレン・リペア、行きます』
フィレン機もアウェルの後に続く。自らがカスタムしたレンジャーを分身のように巧みに操りながら。
ミーナ機も当然、そのすぐ後ろに貼り付いた。
『ミーナ・カー、発進しまーす』
飄々とした態度でありながら、口元には食料品の類が含まれていない。
皆、覚悟を決めている。それは私も同様だ。
これは自身の不徳ではなく、皆の気遣いだ。情けなくなるよりも、嬉しさが膨張し溢れ出かかっている。
けれど、私は、私も行かなければならない。
『私も、お先に。シャリー・ハンマー、出撃します』
シャリーのディフェンダーが先を行く。ブラックベレーと同じ配色のディフェンダーは黒さえも変異できるという想いを代弁している。
死神も人へ変わることができる。意志さえあれば。
それを伝えるために私も動く。
『俺も向かう』
「待て、グィアン。いっしょに行こう」
『了解した』
せっかくの機会を逃す手はない。例えほんのささやかな、取るに足らない時間だとしても。
グィアンのプロテクターがドレッドノートの隣に並ぶ。
実際は戦闘騎兵を隔てている。だが、私は彼の傍にいるような。
いっしょに並んで、戦地に向かうような感覚を噛みしめる。
『グィアンだ。出るぞ』
グィアンがオペレーターに伝達する。
「シズク・ヒキガネ。出撃する」
私もアクセルペダルを踏み込んだ。俯瞰モニターではドレッドノートとプロテクターがポータルへと前進し、私の主観では青白い光が堂々視界を覆い尽くしていく。
だが、不安はなかった。愛と勇気が爆発していた。
作戦自体はフロンティアを独立させると決めた時から大きく変わっていない。
だが、新たに一つの目的が加わっていた。ドレッドノートにしかできないことが。
それを実現するためにも、第一フェーズであるワープメインドライブの破壊を実行しなければならない。
しかしこれが思いのほか厄介だった。タイミングを見誤れば、私たちはフロンティアに帰還できなくなるからだ。
事前に打ち合わせしていた通り、カグヤたち非戦闘員はナミダの置き土産を使ってフロンティアに転移を終えた頃合いだろう。フロンティア側にいる仲間たちにはこちらから帰還した時の合言葉を設定してある。それがうまく機能したということは、アラモ砦の防衛は未だ継続中であり、非戦闘員の避難は無事完了したということだ。
後は帰るための扉を開き、その発生源を破壊するだけ。
もちろん爆弾はリモートボムを使う予定である。だが、そう簡単に行くかはわからない。ハザードはこちらの狙いを知っている。
状況に応じて臨機応変に対応しなければならなかった。あまり想像したくないが。
「全機、移動を開始せよ」
私は命令しながら、ワープメインドライブが秘匿されていたコロニーを見上げる。
管理政府のお膝元、GMHの総轄場。
首都コロニージャッジメント。ここで全てのGMH……命は生きるか死ぬかを選ばれる。警備は軍事コロニーよりも上。コロニーネットワークの中枢であり頭脳だ。
「灯台下暗しとはこのことか」
騎兵隊は世界の心臓の下で密やかに行動を開始する。
私は潜入用の装備をいつでも取り出せるように脇へ置いた。味方が配置につくまでの間に、フィレンが用意してくれた新装備をドレッドノートの左手で構える。
一見するとそれはただの白色の中盾だ。だが、このシールドの用途は防御のためではない。
『首都に作戦の要を置くのは理に適っているのではないか?』
「いや、一か所に機能を集約するのは危険だ。だからこそ、私たちには盲点だったのだが」
そういう意味ではグィアンの言葉は正しい。命綱はもっとも安全な場所に置いておくに越したことはない。
だが、リスク管理という点ではあまり賢明な判断とは言えない。はずなのだが、結果的に見れば功を奏している。
そのことを踏まえても気にかかるのは、管理政府の脳を護衛する艦隊の少なさだ。少なくとも外部に展開する戦力ならば、十分に私たちで制圧できる。
つまりは、
「試されているようだな」
ハザード・ブラックタロンに。むしろ今までの彼の動向を思い返すと、僅かながらも戦力が駐留していることすら不自然に想える。
恐らくはそれが一枚岩ではないスターゲイザーの粗なのだろう。
ハザードはスターゲイザーを掌握しきれていない。それが吉と出るか凶と出るか。
『全部隊、配置に付きました。隊長、ご指示を』
「全機、作戦開始」
私の合図に従い、レジスタンスが動き出す。
最終決戦が始まった。ハッピーエンドになるか、バッドエンドに終わるか。
それは仲間たちと私次第。
ドレッドノート次第だ。




