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告白

 義体精製施設は全自動化されており、セキュリティも最低限のものだった。

 スターゲイザーのアーカイブと同じだ。辺境の小惑星の中に秘匿されていたため、まともな警備が必要ないのだ。

 そもそも、需要もない。レアケースのはずだ。

 カグヤのように肉体を奪われ、脳をユニット化されるなどということは。


「アウェル、どうだ?」


 義体精製装置を眺めながら端末を操作するアウェルに訊ねる。装置自体は極一部の貢献度かね持ちしか利用できない医療ポッドのような人一人分の大きさだ。

 脳ユニットを設置すれば後は自動で生前の肉体状態に合わせて義体を作成してくれる……という優れもの。幸い、インプットするデータには事欠かない。


「システムチェックをしましたが……問題なく動作するかと。データの入力も滞りなく。ナミダ……いえ、あなたの母親から送信されたデータは何一つ不備なく、カグヤさんの生体情報が保存されていました」

「……続けてくれ」


 私は平静を保ちながら指示を出す。忠実なアウェルはそのまま作業を続行した。

 ナミダ・ヒキガネは裏切り者だった。

 家族に対してではなく、政府に対して裏切っていた。

 今ならわかる。母さんは選ばされたのだ。

 夫か、子どもか。自分の命が天秤から外れた状態で。

 そして迷いなく夫を射殺した。

 彼女もまたスターゲイザーに目をつけられていたのだろう。

 だから従順に従った。子どもを、私たちを生かすために。

 ――全ては、私の我儘のせいであったのに。


「どうですか……あの、調子は」

「問題はなさそうだ」


 物思いに耽っていた私は、妹の姿を幻視する。

 だがすぐに現実に上書きされる。

 カグヤと瓜二つなリムルは興味津々の様子でポッドを眺めていた。


「この機械でカグヤは身体を取り戻せるんですよね?」

「少し違う。新しい身体を手に入れる。流石に生身の肉体とまではいかなかったが」

「ナミダ……みたいな?」

「そうだ。母さんのように、なる」


 それが幸運なことなのかはわからない。

 だが、最善であることは間違いなかった。


「大丈夫だよ、お姉ちゃん」

「カグ」


 表出したカグヤが私に抱擁する。私はその幻影を抱いた。

 どのような形であれ、カグヤはカグヤだ。

 それは生まれた時から変わらない。生身だろうとホログラムだろうと義体だろうと。


「お前には……苦労を掛けたな、カグ。私のせいで」

「本当だよ」


 いつもとは真逆の発言に私は目を丸くする。カグヤははにかんで、


「驚いた? でもね、私のせいでお姉ちゃんにも苦労掛けてるからおあいこだよ。私にとってもお姉ちゃんはお姉ちゃんなの。私たちは姉妹、家族なんだから」

「そうだな」


 姉妹や家族という単語の重さを改めて理解したような気がする。

 今まではその上辺だけを見ていた。

 姉は妹を守り、妹は姉に守られていればいいと。

 だが、違うのだ。姉妹は運命共同体。

 妹が姉を動かすための有用な歯車だとするならば。

 姉もまた、妹の存在を繋ぎ止めるための楔なのだ。

 愛するということは、愛されるということ。

 私は愛され、またカグヤのことを愛している。

 そしてそれは、今は亡き両親もそうだ。


「私たちは皆、愛していたし……愛されていたんだ」


 きっとそれは、記録に残る古き時代のそれと比較すると歪んでいたのだろう。

 私は妹を生かすために多くの人間を殺した。それが私なりの愛であり。

 母もまた、子どもを生かすために躊躇いなく夫を撃ち殺した。父親も自ら率先してその命を投げ打ったのだろう。

 だから私は生きている。私たちはこうしてここにいるのだ。


「……そうだね。だからさ、私もちょっぴり我儘になろうと思うの」

「我儘?」

「うん。フロンティアに戻ったら、今までできなかったこと、いっぱいしよう? 今度は直接私が料理を教えてあげられるし、いろんなものに触れられる。だから、遊ぶの。お姉ちゃんと私、リムルちゃん、グィアンさん――みんなで!」


 カグヤは両手を広げる。未来へ向いた笑顔を作る。

 元々漠然としか帰還した後のことを考えていなかったが、カグヤの提案した未来は……とても楽しそうだ。

 きっと罰当たりなくらい幸せなのだろう。

 たぶんみんな笑っているのだ。初めて自由を……生を手にして。


「悪くない。リムルもそう思うだろう?」

「うん。とてもいいと思います! ねぇ、アウェルさんも」

「私はただ、隊長の目指す先へ付き従うまでです」


 アウェルは端末を操作する傍らで、さも当然と言わんばかりに頷く。

 そこへ追加された声音もまたカグヤの意見に同意するものだった。


「私は美味しいものさえ食べられればそれでいいですよ」

「私は平和に暮らせればそれで。もう戦いはこりごりですし」


 ミーナとフィレンはカグヤの脳ユニットと彼女のホログラム体を表出するための小型変換器を運んできていた。脳ユニットだけを外さずにそんな回りくどいことをする理由は私とカグヤへの配慮だろう。

 相変わらず、よくできた部下たちだ。私は本当に恵まれている。

 遺伝子は確かに私という人間の核なのかもしれない。

 ハザードの言葉通り、私の生き方も遺伝子に則ったものなのかもしれない。

 だが、私という人格の発現には確実にみんなが影響している。

 私の中に眠るリソースが私という存在を確立するに至ったのは、家族に、そして仲間たちに愛されていたからだ。

 遺伝子に眠るのは、所詮は設計図でしかない。数多に内包される可能性の内、私は最善と呼べる人格を形成することができた。

 だから私は戦う。みんなが笑える世界のために。

 私たちだけではない。みんなだ。強欲かもしれない。理想主義かもしれないが、それでも止まるという選択肢は存在しない。

 私が選んだ未来だ。勝ち取ると決めた未来なのだ。


「隊長、そろそろ」

「わかった。……覚悟はいいか、カグ」

「うん。平気。待っててね、お姉ちゃん。リムルちゃんも」

「ああ、待ってる。傍にいるからな」

「私も見てるから!」


 義体とユニットの接続は、理論的にはほとんど危険性はない。

 だが、旧人類がちょっとした怪我を治すための手術に不安を感じてしまうように、私たちも安全が確立された手術に幾ばくかの不安を抱いてしまうようだ。

 私とリムル、ミーナが見守る隣でアウェルとフィレンが作業を開始する。

 まず、ホログラムコンバーターを取り外した。微笑んでいたカグヤの身体が消失し、心臓が僅かに跳ねたのがわかる。


「心配ですか? シズクも」

「ああ。正直なところ、居ても立っても居られない」

「ジェミーちゃんが見せてくれた映画に、隊長さんみたいなのがあったな。あれは……確か出産シーン?」

「なぜ産む方の私がこんなやきもきさせられなければならない」


 赤ん坊が産まれるまで忙しなく歩き回る夫の気分を味わう羽目になるとは。

 もしここにカグヤがいれば笑ったのかもしれないが、そのカグヤは沈黙を保っている。カグヤもまた平気だと言っていたが不安に苛まれているはずだ。彼女は今、五感を断ち切られた状態。何も見えず、何も聞こえない暗闇の中で待ち続けている。

 初めてカグヤがホログラムとして表出した時、カグヤは泣いていた。

 怖かった、と。自分が生きているのか死んでいるのかわからずに――。


「手、握ろう? シズク」

「怖いのか?」

「えと……はい」


 返答を聞いて私はリムルの手を握った。不思議と勇気がもらえた気になる。

 本当はこの場にグィアンがいて欲しかったが、彼は協力を申し出てくれたシャリー及び、徐々に復活しつつあるレジスタンスのパイロットたちと共に月面基地の護衛を買って出てくれた。

 とは言え、現状で敵が攻勢に出る可能性はないと踏んでいる。

 次に戦う時は最後の戦いだ。フロンティアと地球、二つの世界の命運を決める戦い。

 とても大きな天秤の前に私は立っている。

 地球を救うか、フロンティアを救うか。

 同胞かインディアンか。

 その答えはもはや言うまでもない。


「では、始めます。フィレン・リペア」

「はい。ポッド開放、格納良し。モジュール接続問題なし。アウェルさん」

「コネクティング……スタート。義体精製はじめ。しばしお待ちを」


 ポッドから異音が放たれる。一瞬、何らかのエラーが発生したのかと思ったが、アウェルの反応を見るに何の問題もなさそうだ。

 本当ならば私が始動させるべきだったのだろうが、きっと私は途中で正常な判断ができなくなる。そう見越してアウェルたちに任せたのだが、正解だったようだ。

 内部では事前に入力された情報とカグヤの脳ユニットから送信される情報を加味して義体が生成されていく。

 更新されるメーターをせわしなくチェックして、ようやく待ち焦がれた時が訪れる。

 チン、というオートミールサーバーのお知らせ音に類似した警告音が響いて、ポッドが開く。

 そして、私は言葉を失った。


「お姉ちゃん……」


 カグヤがいる。例え偽者の身体だとしても。

 実体として、拙い足取りでカグヤがゆっくりとポッドから出てくる。

 この時をどれだけ待ったのか。

 このためにどれだけの命を犠牲にしてきたのか。

 その価値はあった。戦ってきた意義の一つが報われた。


「カグヤ……!」


 私は駆け寄ってその身体と抱擁する。不慣れな身体に戸惑うカグヤは驚いたが、すぐに私の背中に腕を回した。


「ありがとうお姉ちゃん……ただいま」

「お帰り……カグヤ」


 周囲の目を気にせずに涙をこぼす。

 重石の一つが取り除かれた気がした。

 だが、これで終わりではない。もう一つの目的が。

 私にやれることが、まだ残っている。



 ※※※



 ドレッドノートの整備はフィレンたちに一任し、手持無沙汰な時間を私は自分のメンテナンスに当てた。

 弾薬庫の片隅で、アサルトライフル用の弾倉に手籠めで弾丸を詰めていく。

 要領としては、ボタンを親指で押す動作に近しい。

 或いは撃鉄を起こす動作に。

 弾丸を込める。ボタンを押す。撃鉄を起こす。

 パチン、パチンと音が鳴る。

 人を殺すための銃弾を込める。人を殺すための準備を整える。

 だが、この弾丸で敵を屠ることはないだろう。

 放たれたとしても命を刈り取ることはない。全力を尽くして急所を外し、殺人を極力避けるためだ。

 無論、そんなことをしても罪は消えない。罪とは洗い流せるものではなく、積み重なっていくもの。

 積載を止めることはできる。だが、その荷を下ろすことはできないのだ。

 十字架を背負って生きていく。その人生に不満はない。

 意志とは関係なく背負わされた罪も多い。GMHは新人類などではなく、進化を拒絶した種である。

 その代償として自由を失った。遺伝子に全てを縛られてしまった。

 教育マニュアルに記載されている情報には、遺伝子が全てであると明言されている。

 遺伝子に従って、遺伝子に生きる。それが全て。管理政府を稼働させる正しき歯車として。

 だが、今なら断言できる。その思想は間違っている。

 遺伝子とは可能性の種だ。そこに含まれる可能性は多岐に渡る。

 しかし、種は植えられただけでは育たないのだ。水をやり、光を浴びせ、温度を調整しなければならない。

 栄養を摂取させ、育む必要があるのだ。

 そして、その過程で遺伝子に眠るあらゆる可能性が萌芽する。

 適切な愛情を注げば、適切な形へと変質するのだ。


「私は確かに戦闘用のGMHだ。だが……」


 戦闘用に調整されたからと言って、兵士になる必要はない。

 確かに才覚あるものには劣るかもしれないが、他の選択肢もごまんとある。

 要はやる気の問題だ。

 私は戦闘員として生きるつもりは毛頭ない。

 遺伝学的に言えば、致命的な欠陥を私は芽生えさせていた。

 それこそが変異。バリアント。

 そして、ヴァリアントだ。


「私は私の道を進む。母さん」


 詰め終えた弾倉をテーブルの上に並べる。

 脳裏には、幼い私に弾丸の詰め方を教える母親が映っていた。

 その時の母はとても悲しそうで。

 でも、今の私を見ればきっと誇らしく思ってくれるだろう。


「あなたの教えは正しかった。だから、もう少し……私に勇気を貸してください」


 娘のために命を投げ出す勇気を。

 愛する者を守るための力を。


「シズク、ここにいたんですね」

「リムルか」


 背後の声に振り返る。リムルは不安を表情に滲ませていた。

 気の利いたセリフの一つも放とうとした私を、彼女は制する。


「そのままで大丈夫です。作業を続けて」

「ああ」


 旧人類なら指が痛くなってしまう作業を、私は休憩を挟まずに実行する。今度はピストル用の弾倉だ。弾数も弾丸自体の大きさもコンパクトであるため、ライフルより手際よくセットできる。


「何か言いたいことがあるのか?」

「……はい」


 リムルは苦悩しながら応える。彼女が何を伝えたいのかを漠然と考える。

 戦わないで欲しいと願うのだろうか。

 無事に帰って来てと頼むのだろうか。

 残念ながら、どちらの要望も確約することはできない。無論、彼女の願いを無下にする気も毛頭ない。

 実際、私は生きて帰らなければならない。死んで楽をする権利など私にはないのだ。

 私は許されざる者。だからこそ、生きて罪を贖わなければならない。

 彼女の気分を害さぬために身構える私だが、次に放たれた要求に拍子抜けしてしまう。否、不意打ちを喰らわされたと言うべきか。その言動は予想外だった。


「グィアンと……いっしょに」

「グィアン?」


 唐突に出た名前は私の心に打撃を加える。困惑する私にリムルは言葉を接続させていく。


「うん。グィアンに、お話をするべきだと……私は思うんです」

「話だと? しかしそれは……」


 今の私にも彼女が何を伝えようとしているかはわかる。

 言葉を濁す私を逃さんとするべく、リムルは私に接近してくる。


「本当は……嫌です。シズクが戦うのも。みんなが傷ついて、死んじゃうのも。けれど、それは私が我儘を言ったとしても避けられないことで。みんなが懸命に生きようとして、その結果として死んじゃうのならきっと……それは尊いことだって。でも、けれど……だから、伝えるべきだと思うの。気持ちを」


 直球だった。リムルは私が胸に秘める想いを伝えろと言っている。

 それがどれだけ難しいことかは彼女も知っているだろう。私自身、この感情を完全には理解できないし、他人へ上手に伝えられるかどうかもわからない。

 だが、リムルは真剣だった。今まで経験したことを、学んだことを自身の感情に織り交ぜてストレートに想いを伝えている。

 その期待に私は応えられるのか。視線があちこちへと流れていく。


「心残りを無くせと言いたいんだな。しかし、私は……」

「お願い、シズク。私にできることはもうこれしかないんです。お願い……」

「リムル」


 リムルは泣いている。私のために泣いてくれている。

 彼女もまた戦っている。自分にできることを精一杯してくれているのだ。

 ならば、もう答えは決まっている。


「わかった。やることを片づけたら機会を作ろう」


 どのみち作戦まではまだ時間がある。当初の予定よりだいぶ遠回りさせられたが、最後のミッションは何一つ憂いなく実施できそうだ。

 物理的には。実行の前に、心理的な憂いを解消しておかなければならない。


「シズク……ありがとう」

「それは私のセリフだ、リムル。お前のおかげで勇気をもらった。……カグにもお礼を言っておいてくれ」

「わかりますか? シズク」


 くしゃくしゃの笑顔を浮かべるリムルに、私もまた笑顔で応えた。


「私は姉だからな。妹の考えることなんて手に取るようにわかる」

「調子のいいこと言っちゃって。……待ってます」

「ああ、待っていろ」


 弾倉に最後の一発を入れて、作業台の上に並べた。




 リムルと別れた私はやり残したことを終える前に、各部門の最終確認へ向かった。まずは騎兵整備中のフィレンである。フィレンはさながら整備長のような貫録で、レジスタンスの仲間たちにてきぱきと指示を飛ばしていた。リペアの名前は伊達ではない。不安障害を持っていた彼女はもはや過去の人間だ。

 今はれっきとしたメカニックとして、頼りがいのある姿を周囲にみせている。


「フィレン」

「あ、隊長。どうかしましたか?」

「最終確認だ。……進捗はどうだ?」

「問題ありません。完璧に仕上げている最中です。……今までにない状態にしますよ。ドレッドノートも、レンジャーカスタムも、プロテクターもディフェンダーも。たぶん、この世界で最高のメカニックは私たちです」

「そうか。頼もしい」


 率直に感想を述べると、フィレンは威勢よく返事をした。彼女の様子に力をもらいながらミーナの姿を探すが、意外にも姿は見当たらない。


「ミーナはいっしょじゃないのか?」

「ミーナさんですか? えっと……そういえばいませんね。集中してたんでわからなかったですけど」

「ミーナさんなら、自分の騎兵をセッティングしてますよ」

「シャリー?」


 会話に割り込んできたシャリーは、カナリから送られたアシストレッグを装着し、二の足で歩いていた。

 それはつまり、まだ戦闘を続ける意思があるという表れだ。新調したパイロットスーツと腰に提げた拳銃に私は複雑な感情を抱いてしまう。


「お前も参加するのか。そう思いましたね?」

「事実だ。本音を言えば、私はお前に……」

「私だけ蚊帳の外はごめんです。それにお姉ちゃんが生きていたら、間違いなくこうしました。シズクさんと同じ顔を見せたと思うんです。その顔を見て私は、戦いを選択する。お姉ちゃんがいてもいなくても、私の行動は変わりません。それに……あなたにはまだ生きていてもらいたいんです。あなたが最後にお姉ちゃんの意志を継承した人なんですから」


 脇に抱えるヘルメットをこんこんとシャリーは叩く。シャリー自身、パイロットとしては優秀だ。

 それに今回の作戦の主目的は攻撃ではなく撤退にある。有用な人材を余らせておくよりは、全員で任務に当たった方が生存率は上昇する。

 戦術的判断とシャリーの意志を尊重して、私は彼女の出撃を許可した。


「無理はするな。もちろん、これは全員に言えることだが」

「わかっています」

「フィレン、お前もだ」

「はい。けど、隊長も守ってくださいね? じゃないとミーナさんがまた怒りますから」

「留意する」


 私の首肯に満足したのか、フィレンは作業に戻っていく。

 シャリーも自身用にカスタマイズ中のディフェンダーの元へ移動していった。

 私もミーナのレンジャーカスタムへと移動する。

 ハッチが開いていたので、足場を蹴って中を覗くと、ミーナが一心不乱にキーボードを叩いていた。


「ミーナ」

「わっ。隊長さん?」


 ミーナは手を止めてこちらへ顔を上げる。口元にも手元にも、彼女がいつも頬張っている食べ物はない。食べることなどすっかり頭の中から抜け落ちて、念入りにセットアップを行っている。


「あまり気負い過ぎるなよ」

「それは無理ってものですよ、隊長さん。この戦いにはみんなの命が懸かってるんですから」

「ああ、そうだな」


 相槌を打つ。

 命。世界。

 この戦いが背負うものはあまりに大きすぎた。きっと、これ以上に大きな戦争は存在しないだろう。二つの世界の命運を賭けた戦い。フロンティア独立戦争、などというスケールの小さな話ではない。

 ハザードの言伝により、片方の世界が滅びるということはなくなった。無論、看過すればフロンティアは滅んでしまうので、それを赦すわけにはいかないが。

 ここで私たちが成功すれば、どちらの世界も滅びなくて済む。

 天秤から外れたのは私だけではない。世界に生きる全ての人々が生きることができるのだ。

 もちろん、簡単にはいかない。人数は減るとしても、それでも多くの人たちが屍を晒すことになるだろう。

 だが、勇気さえ持てば。自分の命も、他人の命も救う勇気さえ持てさえすれば。

 ……気負うな、気張るな、というのは無理だろう。しかし。


「死んだら許さないぞ」

「はいはい。もちろん、隊長さんもですよ? フロンティアでの約束、まだ忘れていませんから」

「わかっている。私も片時も忘れたことはない」


 つつがなく返答すると、ミーナは疑惑の眼差しを向けた。


「本当ですか? 何回も死に掛けてますけど、隊長さん」

「本当だとも。そんな目で見るな」


 思わず笑みが漏れる。ミーナも元気のよい笑顔を返した。


「では、また後で」

「はい。待ってますね」


 次に向かったのはアウェルがいるであろうオペレーションルームだ。そこでは、アウェル主導の元、復帰したレジスタンスの後方支援担当がホロデバイスとにらみ合いをしながら情報を精査しているところだった。

 肝心のアウェルは、エミリーが遺したラップトップデバイスと格闘している。


「隊長。ご苦労様です」

「そのままでいい」


 私は片手をあげて、直立一礼したアウェルを席に戻させる。彼女の生真面目さには、どうしてもエミリーの影がちらついてしまう。

 アウェルの背後へと移動して、画面を覗く。いくつものウインドウが並列して展開し、様々な情報が表示されているが気になるのは僅かに写る背景だ。デスクトップに表示される画像は私のものだった。これもまた、エミリーの忘れ形見なのだろう。

 私は苦笑しながらも、進行状況の確認を怠らない。


「情報の精査自体は終えています。今はその情報を元に考えられる戦闘パターンを導き出しているところです」


 奥にある大画面マップにはワープポータルを展開する予定位置に巨大なポータルが出現していた。その周囲にはいくつもの戦闘シミュレーターが起動され、こちらの全戦力を投入した場合の戦闘結果が逐一報告されている。

 ……あまり芳しい結果だとは言えなかった。レジスタンスとブラックベレー、軍の戦力差はあまりにも大きい。撤退戦ということを加味しても、大損害は免れないだろう。

 だからこその秘策である。


「率直に申し上げます。あなた次第でしょう」

「だろうな。……上手くいくと思うか?」


 弱気になった私の問いに、アウェルは顎に手を当てて黙考する。

 そして、滅多に見せない笑顔を私にみせた。強気の笑顔だ。


「当然です。あなたは紛うことなきドレッドノートですから。あなたが失敗するとすれば、それは不可能だったというだけです」

「不可能を求めている、か」


 かのルーク・スカイウォーカーだって弱気になることがあるのだ。

 幸い、私はヨーダのような素晴らしい仲間たちに恵まれている。

 ならば不可能を可能にできるはずだ。


「ありがとう。お前のおかげで自信がついた」

「こちらこそお礼を申し上げます。隊長。あなたがみんなに勇気をもらうのと同じくらいに、あなたは他人に影響を……勇気を与えているのです。あなたの姿勢に、皆が感服しています。僭越ながら、言わせていただきますが、自らの行為に、行動に、もっと自信を持ってください。きっとエミリー・コールなら、このように励ましたことでしょう」

「……本当に、ありがとう」


 すまないとは言わない。こういう時に伝える言葉はありがとうだからだ。

 私が記憶の残滓を噛みしめていると、アウェルが新しくウインドウを開いた。

 月面基地の簡易マップ。地球を一望できる位置が赤く点滅している。


「彼はここに」

「わかった。行ってくる」

「ええ、お待ちしています」


 そして私は、会うべき人物に会いに行く。

 慣れているはずの通路が酷く重く感じられる。だがしかし、同時に軽やかでもあった。奇妙な感覚だ。足取りは重く軽く、後ろ向きのようで前向きである。

 きっとこの感覚は、誰しもが経験できるはずのことで。

 そんな当たり前を享受する前に多くの人は死んでいって。


「一言で表すなら、あれは衝撃的だった。忘れることはできないだろう」


 ナミダが娘に教えを与える母親の、穏やかな表情で語る。


「私的には、刺激的だったかな。全てが吹き飛んじゃうくらい、どうでもよくなっちゃうくらいにさ」


 ニカは飄々とした様子で、しかし揺るがない思いを伝う。


「もはや人生を捨て去ってしまってもいいくらいに、私にとって全てでした」


 エミリーは達観した表情で、冷たさに熱さを織り交ぜる。

 幻影たちの脇を素通りして、ついに到達する。

 愛してしまった男へ。

 私を人間にしてくれた人の元へ。

 彼は背中を向けていた。あの時と同じように。

 妹が死んだと思い込み、逃避のために肉欲を求めた時と同じように。


「どうした? シズク」


 いつもの調子で彼は言う。私の様子に気付いているのかいないのか。

 いや、気付いているだろう。私にはわかる。

 彼と私は似ている。思考法も生き方も。

 だが、だとしても別人であるのだ。それぞれが個性を持つのだ。

 ここまで波長が合う理由は別にある。そう私は信じている。


「聞いてくれ、グィアン」


 ただ言葉を伝えるのに、これほど勇気がいるものなのか。

 息苦しく、胸苦しい。去りたいという気持ちと、伝えたいという気持ちがないまぜになっている。

 だが、もう逃げない。勇敢であろうと決めたのだ。

 無数に思いつく言い訳の荒波を乗り越えて、私は息を吸い込んだ。


「私は――お前のことが、好きだ。愛している」


 その時初めて、彼が振り返る。

 私は、グィアンに告白をした。

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