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落涙

 女は困ったような表情を浮かべている。

 対して、こちらの反応は淡白だった。ただ疑問を感じている。

 なぜ困っているのか。困惑する要因など何一つ存在しないはずなのに。

 そんな私へ、女は一縷の望みを掛けるように口を開く。


「私の愛しい娘。お前は何を望む?」


 その質問への答えは――。



 ※※※



 女は無表情でこちらを見つめている。

 対して、私の反応は情熱的だった。今まで隠してきた感情が一気に表出したかのような感覚だ。

 だが、極力面に出さないように留意する。


『出来損ないの娘。何のためにお前は戦う?』

「生きるためだ」


 通信用ウインドウに表示されるナミダに向かって言い返す。と、不意に母親は感情の一片を覗かせた。

 嘲笑するような、憐れむようなネガティブな情動を。


『だとすれば愚策に等しい。純粋な生存を求めるのなら抗うのではなく恭順するべきだった。既に時は遅いが。説教というものは大抵取り返しがつかない時に放たれる』

「私が求めているのは純粋な生存などではない。不純で凝り固まった生存だ」


 私も生きて、みんなも生きる。誰も犠牲にならない優しい世界を目指している。

 もちろん、自然は厳しいものだ。人間同士の争いを切り抜けたところで、悲劇的な末路が待っている可能性もある。

 だが、それでも人間として生き、人間として死を迎えたいのだ。

 歯車として処分されるのではなく、人生の終着点として死にたい。


『それは強欲が過ぎるのではないか?』

「そうとも、私は強欲だ、母さん」


 昔は違かったかもしれない。無欲だったかもしれない。

 だが、現在の私は強欲だ。欲望の塊だ。自分が望む生き方をしたいと望み、そのために社会を裏切った。

 だからこそ、私は――。


「あなたも救う。妹の頼みを聞く姉として。私個人の意志として」

『私を救う、か……』


 母は感心したように呟いた。そして、


『ではやってみるがいい、シズク』

「やらせてもらうとも――母さん!」


 星々を背景にしてリピーターが動く。

 私もペダルを踏み込んでドレッドノートを前進させる。変形システムを作動、流動装甲をファイターモードへ。

 月の大地を開拓し、蹂躙し、同胞を殺すための施設を全方位モニターの眼下に移しながら、ドレッドノートファイターは急速接近。リピーターと肉薄し、キャバルリーモードへとさらなる変形をする。

 そこまでは予定調和。母さんも想定していて然るべきだろう。

 だが、次に私がドレッドノートを通して行った攻撃は予想外だったようだ。


『自らの拠点にレーザーを撃つ?』


 言葉通り、右手に構えるライフルは貨物搬入エリアへレーザーの雨を降らせる。きっかり三回トリガーボタンを押して、事前に打ち合わせた地点へと着弾を確認。

 その後、大規模な爆発が起きる。内部ではなく外部に向けて。

 私は爆発の規模が想定内に収まっていることをチェックしながら、放たれる斬撃の回避へ徹する。

 そして、数度の爆発の後、大量のコンテナが空中にまき散らされる。散乱したコンテナの破片は私たちを巻き込んで、一時的な檻を形成した。

 直撃コースに入るコンテナを刀で切り裂くリピーターは様子見をしている。


『それで……どうする?』

「こうする!」


 私の返答に合わせて装甲とフレームが流動する。ホースモードへ至ったドレッドノートは散布されたコンテナを足場にして立体機動を始めた。


『考えたな』


 ドレッドノートの長所は、複数の形態へ即時変形できることだ。これは現代に運用される戦闘騎兵のスペックと照らし合わせても、その優位性は計り知れない。

 一般的な騎兵は変形機構を搭載されている機体でも安全地帯でしか装甲を流動できない。ゆえにレンジャーはキャバルリーかホースモードのどちらかを事前に選択、可変しなければならないし、フォルシュトレッカーに至っては高機動高火力を両立させて変形システムをオミットした。

 そして、ロストキャバルリーであるピースメーカーとリピーターは、バトルキャバルリー本来のコンセプトである騎兵と騎馬の同時使用を可能としている。

 ある意味、ドレッドノートの高速流動はバトルキャバルリーの完成系と呼んでも差し支えなかった。向こうが原点ならこちらは先端だ。

 機体性能ではこちらが勝っている。そして、私には仲間もいる。


『こちらの機動力を封じ、自らの機動性を向上させたか』


 リピーターは特徴的なボードの上で雪崩れ込む破片を切り裂きつつ、サブマシンガンを取り出した。射撃武装の使用は想定していたので驚くことなくドレッドノートホースを走らせる。

 荒野を駆け抜ける馬、というよりは文字通り宇宙を駆ける騎馬だった。

 走ると言うよりは飛翔している。コンテナを足場として使い、跳躍と疾走を繰り返す。月面基地の一部を吹き飛ばした代償として生じた人工の檻、或いは竜巻は、確実にリピーターを捕らえている。

 サブマシンガンの一斉射を避け、背部の可動式レーザーキャノンを穿つ。リピーターは躊躇いなくメアズレッグを盾にして防御した。

 どのみち、最大の強みである機動力は発揮できない。不要と判断したのだろう。

 私ならそうした。なら私のルーツである母さんも同じはずだ。

 いつでも連発ほじゅうできるのだから、ボードの喪失を気に掛けるはずはない。

 むしろ兵士として、一つの方論にこだわる方が愚かだった。

 そういった点では、私はやはり愚かなのだろう。こうしている今も、母親を殺さない方法を考えているのだから。

 それでも、全くの無策というわけではない。ゆえに――。


「頼む、グィアン」

『了解した』

『む――』


 コンテナの檻を突き破るようにして、リピーターへと矢が迸る。生半可な攻撃では、この残骸の盾を射抜くことはままならない。だが、精霊術の前にその程度の壁など紙に等しい。

 そのため、矢は何一つ障害を受けずにリピーターへと到達する。

 そして、母さんは恐るべき反射神経と巧みな技術でその矢を躱す。


『この程度、基礎戦術だろう』


 ナミダの分析は当然だった。格上の相手を不意打ちで殺すのは、戦場における常套手段だ。だから、その回避も予見している。あくまでこちらが攻勢に出るための布石でしかない。


『そして、お前は突撃する。手本のような攻撃だ』


 母の言葉通り、私は突撃する。撃鉄を起こしてコアをローディングしながら、白馬を光の翼が生えたペガサスへと可変させる。

 私の突貫に対し、母はリピーターをグィアンの矢撃によって穿たれた穴の中へと転換させる。

 無論、そんなことをすればグィアンによる連撃矢による猛攻に晒されることになるが、通信を送るナミダの顔は涼しげだ。何も脅威だとは思っていない。

 その余裕心を乱すために私はドレッドノートキャバルリーへと変換し、背部ランチャーの照準を逃げた穴へと定めるが、


「ぐッ――!?」


 メアズレッグによる背後への突撃に、狙いが逸らされる。コンテナの渦にさらに大きな穴が空き、リピーターは二振りの日本刀の持ち手を接続して薙刀形態と替え、最低限の道を作りながら巣を掘り進めるアリのように自由自在に進んでいく。


『シズク!』

「ああ、もう無意味だ。メアズレッグに襲撃を受けている」


 私は特攻をかましてきたメアズレッグを破壊しながら、檻から脱出を試みる。

 やはり機動力を封殺した程度では、すぐに活路を見出される。

 そのためのチームプレーだ。私はメアズレッグをブレードで切り裂き、精霊術を発動した。


「行くぞグィアン!」

『ああ――!』


 ブレードを両手で握り、心頭滅却。イメージする。

 ブレードの刀身が巨大化するのを創造する。


『ほう……巨大なレーザーブレードか。見上げたものだ』


 しかし大型艦すら一撃で両断できるほどの巨大なブレードを目の当たりにしても、ナミダからは物見遊山のような口調しかこぼれない。私はその凶悪な代物を強引に横へと薙ぐ。コンテナの破片もろとも一直線にリピーターへ迫り切り、


『ふん』


 リピーターは躊躇いなく檻から脱出を選択した。グィアン専用プロテクターから防御力無視の精霊矢が暴風のように放たれるが、リピーターはそれを器用に躱す。

 しかし永遠に回避することはできないと判断したのだろう。機体はグィアンから離れてもっとも安全と思われる個所へ移動し、


『数に物を言わせるならここだな』


 アウェル、フィレン、ミーナによる三位一体の射撃を紙一重で避けていく。


『えっ、えっ!?』

『驚いている暇はありません。撃ち続けて!』

『でも、これを耐えるってデタラメ……!』


 レンジャーカスタム三機によるレーザーと通常弾の猛射は、機体の体勢をバーニアでコントロールする回避と、直撃コースに振るわれる斬打による防御でしのぎ切ってみせた。

 グィアンが追い打ちをかけるために矢を番えるが、メアズレッグの体当たりによって阻まれる。

 私も銃撃を加えたが、ナミダが日本刀をミーナ機に投擲したことで射撃の狙いを強制的に変更させられた。


『すみません、隊長さん――』

「気にするな……手筈通りに」


 総攻撃が一旦停止する。現状では、何百発撃ったところで無駄弾に終わる。

 ナミダは月面基地を盾にするように陣取っている。

 否、そこへ誘導したのだ。それは母さんも承知の上だった。


『ここで苛烈な攻撃に出れば私は基地内部へと退避し、ネックだった機動力を封じられる。そう考えているな』


 お見通しだと言わんばかりに母は解説する。


『だが、思慮不足だ。そんな幼稚な罠を、私が突破できないと思ったのか』


 強気に述べるナミダの後ろで一機のバトルキャバルリーが動き出す。リベリオン基地から回収していたディフェンダーだ。その機体がライフルを穿ちながら接近し、


『ふん、人形か』


 ナミダは軽くあしらうべく振り向くことすらせずにサブマシンガンの引き金を引いた。

 そして、無人機であるはずの機体が自分の射撃を回避したことを訝しむ。


『有人機だと? 動けるパイロットがいたのか?』


 今度は精確に狙い撃とうとする。そんなことはさせない。

 回避行動に入ったディフェンダーを援護するべく私たちは銃撃を行う。リピーターは先程の発言通り、罠だと悟りながらも堂々と基地内部へと進入した。


『思い当たった。シャリー・ハンマーか』


 リピーターはほくそ笑んで後退し、サブマシンガンを天井へ向け、薙ぐように一斉射。崩落し、道が塞がれる。その直前に加速した私とリピーター、ディフェンダーがグィアンたちと分断される。


『形勢逆転だな、娘』


 グィアンが瓦礫を除去するのは一瞬で済む。が、戦場ではその一瞬が命取りになる。

 単純な戦力だけを鑑みれば、こちらの有利は変わりない。それでも、母さんの分析は事実だった。劣った武器を使用した第七騎兵隊が、インディアンに絶滅させられたように。

 母さん相手にドレッドノートとディフェンダーだけでは不足だ。

 無論それは――こちらに何の策もない場合の話だが。


『お前が不出来な娘であると、これから証明して見せよう』

「いや――私たちは不出来な娘などではないぞ、母さん!」

『む?』


 リピーターが攻勢に出ようとした瞬間、物陰から新たにもう一機のディフェンダーが飛び出した。まともな武装を持たず前進する騎兵をナミダは怪訝に思いながらもサブマシンガンを構えて、


『これは――』


 突如、リピーターを覆い尽くした無数のホログラム体に瞠目する。


『カグヤか』


 初対面の時と同じ感想を漏らした母親は、躊躇いなく娘の残像を薙ぎ払う。

 しかしその動作は隙を生む。ディフェンダーが懐に飛び込むのに十分すぎる隙を。

 幼子がどこか遠くへ行ってしまう母親に、行かないでと懇願しているようだった。

 しかし、子を見捨てた母親は、冷徹な声音で突き放す。


『その行為が命取りになるとわからないのか』


 割って入る間もなく、リピーターはコックピットを右腕の刀で潰した。

 悲鳴を漏らす時間もない。そして、そんな意志も私にはない。

 それはカグヤも、状況を窺っているシャリーも同じだった。


『……遠隔操作か』


 例えコックピットが潰されたとしても、中には誰も搭乗していない。

 だから、悲鳴を上げる必要もない。通常、遠隔操作では騎兵のコントロールにラグが発生してしまうが、ホログラム体であるカグヤは直接機体を操縦することが可能だ。

 アマノハゴロモをその身に纏った時と同様に。


『お姉ちゃん! 今だよ!』

『そんな単調な作戦を……くッ』


 リピーターはディフェンダーを振り払おうとしたが、カグヤは右腕を掴んで離さない。左腕に所持するサブマシンガンで撃ち崩そうという目論見は、シャリーの援護射撃によって頓挫した。

 二人は私の頼みを快諾してくれた。困難なはずの要請を即座に了承してくれた。

 だから私は二人の期待に応える。例え心が軋んでいても。

 本来の私なら絶対に行わないはずの作戦でナミダの裏を掻く。


『逃れられんか……!』

「そうだ――母さん!」


 ドレッドノートを直進させる。レーザーブレードを展開。リピーターの弾幕を精霊術によって無効化し、一閃。

 全方位及び俯瞰モニターで、リピーターの右腕が切断される様子が映し出された。

 右腕を失った代償に自由を手にしたリピーターは、そのまま後退して体勢を立て直す。

 直後に背後から小規模な爆発。グィアンたちが瓦礫を吹き飛ばし合流を果たした。

 私たちに追い詰められる形となった母さんはしかし、笑みを含んだ通信を送る。


『なるほど。お前は兵士として不出来だが……不出来なりに戦い方を編み出したというわけか。自分が守る対象を利用してまで』

「ああ。勇敢に、というよりは、勇気を振り絞らせてもらった」


 なけなしの勇気で、母親を追い詰めた。母さんを救うと約束したからだ。

 リムルとシャリーも協力してくれている。リムルはカグヤの傍で彼女を勇気づけ、シャリーは自らの危険を顧みず、バトルキャバルリーに騎乗して囮となってくれた。


「これが私の道だ、母さん。管理政府の支配下で生まれ……あなたに育てられ、妹と共に過ごし、フロンティアで出会った人々と、レジスタンスの同志たち――大勢の人間の生き様と死に様を観察して……得た答えだ」

『もはや暴力では打ち砕けぬ鉄壁の意志か。……私の現身とも言えるような空白な存在が、よくそこまでの自我を獲得したものだ。……無駄では、なかったようだ……』

『お母さん……?』


 氷が融けるかのように。

 氷結の中にほんの僅かな感情変化をナミダは交える。

 しかし、噛み締めるが如くこぼれた言葉はほんの僅かであり、次の瞬間には心は凍結されている。

 管理政府の標準推奨表情である無表情に戻った母親は、再び銃をこちらに向ける。

 全機がそれぞれの射撃武装を構え迎撃態勢を取るが、注意はリピーター本体に向けられていた。

 ゆえに、背後から来襲したメアズレッグの接近を赦してしまう。


『わあッ!?』

『えっ!?』

 

 ミーナの驚声と、反応できずに固まるフィレン。

 アウェルの反射狙撃とグィアンの矢すらも潜り抜け、メアズレッグは主の元へと帰還を果たす。

 そして、融ける。

 融合する。

 追加装甲としてフレームを流動させたメアズレッグは、リピーターの全面に合着。

 軽装な騎士を重装甲へと変化させ、その性能を飛躍的に増大させる。

 カタログスペックを知り得ない私でも、その脅威は見て取れる。唯一の救いはライトアームの喪失だ。事前に失われた部位を補うべく、本来なら強化に回されるはずだったパーツが右腕の代わりとして接続されている。

 完全なる右腕というよりは、明らかに臨時の補修である。粘土を剣の形に変えて、右腕に繋いだという表現がわかりやすい。


『これがリピーターの隠されたシステムだ。メアズレッグは自己修復システムと流動システムの試験運用を兼ねていたユニットでな。結果として、後期生産型のバトルキャバルリーからは自己修復システムはオミットされたが……流動装甲の有用性は今更説くまでもあるまい』

『外観分析――終了。これは……いけません、隊長!』


 アウェルの悲痛な叫びが通信を轟く。私は歯噛みしながらも周囲の状況を確認する。

 もし私の予想通りの性能なら、追い詰められたのはこちらである。まだ外部空間なら勝算がある。

 それはグィアンも承知の上だった。彼はモニター越しに頷いて、構えていた弓を天井へと向ける。

 私は全員を守護するために防壁を転回した。攻守の精霊術の同時発動により、退路が構築される。

 そうして母親は――乗ってきた。一目散に宇宙空間へと飛び出したドレッドノートを追従してくる。


『戦いよりも撤退が得意なようだな』

「そうだ、母さん。私がここに来たのは戦うためじゃない。逃げるための算段を整えるためだ」


 それでも、逃げはしない。己の宿命からは。

 遺伝子からは。家族からは、もう逃げたりしない。


「だとしても、私はあなたから逃げはしない!」

『む……!』


 反転してレーザーブレードを振りかざす。ブレードと右腕剣が激突する様子を俯瞰主観両方で視認していた私は、


「くッ――」


 あっさりとドレッドノートを弾き飛ばすその性能に驚嘆する。やはりリピーターは完全体ではないが、それでもその出力はドレッドノートを上回っている。

 振動に全身を貫かれながらも、私は目を逸らさない。

 母親から。家族から。


『どれほど崇高で高貴な信条を持っていたとしても、現実は非情だ。正しさが通用するよりも多く、悪しき嘘がまかり通る。人々がバリアントこそが悪であると誤認しているように。今の世界は集団に意識を向ける社会構造ながらも、人々は自分のことしか考えていない。お前はそれをわかっているな』

「言われなくとも、わかっている!」


 射撃戦に移行。戦闘騎兵によるライフルとサブマシンガンによる撃ち合いはレンジの得意不得意はありながらも脆弱な人間の肉体でのそれとは異なる。

 単発威力は低いが連射可能なサブマシンガンと単発威力が高く連射にラグがあるライフルでは、ライフルの方が有利なのだ。多量に弾丸をばらまける分、多量の弾丸を浴びせなければ流動装甲を穿てない。

 だが、強化の恩恵はサブマシンガンにも与えられているらしい。

 ライトアームを掠っただけなのに、着弾地点の装甲が抉り取られている。


「この威力は……!」

『怖じている暇はないぞ、娘。私程度、障害の内に入らない。わかっているのか? お前は自身が成そうとしていることを、真の意味で理解しているか? ただ声高に間違いを叫んだところで彼らは聞かない。聞く耳など持たない。彼らが欲しているのは真実などではなく、ただ自分が楽に生きるための法則だ。例え嘘塗れだとしても』

「力を借りる!」


 全ての弾丸を裁き切れないと判断し精霊術を展開。だが、そのタイミングに合わせてリピーターは蹴りを放ってきた。当然、防御用ウォールに阻まれて打突は通らないが、ナミダはウォールを言葉通り壁として利用し、私が薙いだブレードの切っ先を宙返りの要領で回避する。

 そうして、消える。全方位モニターを見回してもリピーターの姿を捉えられない。


「どこへ――ぐあッ!?」


 居場所はすぐに露見する。右肩を蹴飛ばされることで。


『ジョン・テレグラムは、人々を迷える子羊だと語っていた。あの男はハザードの操り人形であったが、確かに一理はある。しかしやはり見る目はない。なぜなら人々は迷ってすらいない。ただしがみ付いていただけだ。生きるために、盲目的にしがみ付いてきた。だからクリミナルはスターゲイザーという組織を作り上げ、長い間観察してきた。人々がしがみ付く様を』

「迷うのではなく……しがみ付いて……くッ!」


 きりもみ回転するドレッドノートを静止させ、降り注ぐレーザーの雨を避ける。レーザーを撃つが、リピーターは高速移動を繰り返し命中する気配がない。


『だがお前は違う。しがみ付かなかった。その道が不適切だと認識し、新しい道を進むことを選んだ。本能的に生存力の低下を察知したなどとハザードはお前に告げたそうだが、実態は違う。実際はそうだとしても、実態は』


 敵に組みつかれないよう留意しながら、レーザーの応酬を交わす。が、とうとうこちらのライフルにコンパクトマテリアルフォトンレーザーが着弾し、射撃武装を喪失。

 リピーターは猪突猛進の勢いでドレッドノートに向かってくる。


『お前は妹のために戦うことを選んだ。そして、その道もまたおかしいと気付き、別の道を進んだ。他の者たちとは違い、お前は生きていた。それこそが――』


 両手でブレードのグリップを握る。他の武装の選択肢を捨てて、全神経を刀身の制御へ集中させるが、接敵の直前に神々しい光が私とナミダの間を突き抜けた。


『やらせはせん。シズク、距離を取れ。今――何?』


 そのままリピーターの妨害を続行としたであろうグィアンの動きが止まる。

 丁度、カグヤが母さんに立ち塞がった時と同じように。

 見慣れない顔の……そして、絶対に忘れることがない顔の男がナミダを庇うべく両手を広げている。


『ああ――お前は死してなお……ハハハッ』

「父さん……!?」


 驚愕する私の前にリピーターが肉薄。振るわれる右腕をブレードで防ぐが、出力の増大した右腕の暴風を完璧に防ぎ切ることなどできない。

 左足が切り落とされる。母親は――喜々《・・》として続ける。


『お前はドレッドノートだ、シズク。生きるために抗うこと。他者を慈しみ、嘆くこと。弱者に手を差し伸べ、守護すること。誰一人同意を得られなくとも、己の信念を貫き通すこと。だからこそ、お前が、お前こそがドレッドノートなんだ。ああ……そうだ。届いたんだ。このような形にまで膨れ上がるとは思わなかったが、はは……』

「母さん……!」


 猛烈な斬撃を繰り出しながらも、母親は笑っていた。歓喜していた。

 敵を見下し嘲笑うような嘲笑ではなく。

 戦いに興奮した光悦でもなく。

 娘の成長を喜ぶ母親の顔で……笑っている。


『無駄ではなかった。無駄ではなかったぞウィリアム! お前の死は――見ていろ、今、それを私が、証明する!!』

「――ッ!」


 力技に押されて後方へ吹き飛ばされる。瞬間、ナミダの覚悟を見て取った。

 母親は次で勝負を決めるつもりだ。

 ならこちらも応えねばならない――という情動が不意に生まれる。

 理屈ではない。母親の期待に応えるという純粋な気持ちが。

 私は左手をブレードから放して、思考を組み立てる。

 直後に、リピーターが真っ直ぐ向かってきた。


『シズク――私の愛しい娘!!』

「母さん――!!」


 リピーターが右腕を振り下ろす。

 それをあえて何の武装も持たない左腕で受け止める。

 精霊術は見切られているため通用しないが、それは範囲を拡大した場合の話だ。

 ピンポイントで行使し、さらに防御用を攻撃に転じれば通用する。

 精霊術を纏った左腕がリピーターの右腕の大仰な刃を掴んで封じる。

 咄嗟にナミダは左手のサブマシンガンをドレッドノートの左肩へ向けた。

 左肩が破壊され、左腕も切り落とされる。

 私も同じようにリピーターのレフトアームを切断する。

 そのまま左方向へ刀身を一閃するが、リピーターは機体を上方にスライドさせることで避けた。

 身代わりとなった両足が爆散する。

 そして、母さんはコックピットを突くために急降下。

 その苛烈な突貫を――精霊術によって防ぐ。

 コックピット自体には到達し、頭のほんの数センチのところまで刃が刺さっているが気にすることなく私はリピーターの最後の武器である右腕を叩き切る。

 勝敗はついた。

 私は母親の期待に応え――勝利した。


『お前は――お前たちは、私の、私たちの自慢の娘だ』

「母さん……」


 全方位モニターが使い物にならないので、コックピットハッチを開く。宇宙の海を漂うリピーターからも母親の姿が露出した。

 私がパイロットスーツを着ているのに対し、母親は漆黒の軍服の姿だ。

 母親は笑っている。――微笑んでいる。

 あの時と同じように。不意に頭痛が……フラッシュバックが起こる。


 困惑する女は問う――。私の愛しい娘。お前は何を望む?

 それに対し、娘は……私は答えた。


「……そうか……私は。私のせいで……あなたは」

『お前たちには伝えなければならない。私は後悔していない。お前たちを産んで、育てて、こんな状態になったとしても、私とウィリアムは何一つ後悔していない。だから、気に病むことはない。過去を振り返らず、未来に生きろ』

「でも、母さん……私は……」

『ああ……でも一つだけ、後悔がある』


 ナミダは目を瞑る。まるで死期を悟ったかのように。


「母さん……?」

『シズク、カグヤ。私の愛しい娘たち。二人の成長を見守れなかったのは……とても残念だ』

『――ああ、私も残念に思うよ、ナミダ』

「何ッ――!?」


 気付いた時には遅かった。

 遠方よりレーザーが放たれて、リピーターを直撃する。

 ドレッドノートにも命中したが、私は無傷だった。グィアンによる精霊術だ。

 ダメだ……私ならどうにか対応できた。なのになぜ私に……グィアン。


「母さん!」

『これでいい』


 ノイズ交じりの通信が轟く。リピーターはまだ原型を保っているが、直感的に私は気付く。

 もうナミダは助からない。爆発に巻き込まれて死ぬ。


「母さん! 私は、私のせいで――!」

『いや違うぞ、シズク。カグヤもだ。私が選んだ。だから、謝るのは私だ。だが、正直なところ、今は謝罪よりも……感謝の念が上回っている』

「母さん!」


 私はドレッドノートのコックピットから身を乗り出そうとする。が、突然目の前に現れた幻影によって阻まれた。

 父親だった。ウィリアム・ヒキガネ。優しい瞳を持つ男。

 刹那、リピーターが爆発した。


「母さん――!!」


 母親の質問に対し、私はこう答えた。

 ――家族が欲しい、と。

 妹が欲しいと、言ったのだ。

 母が管理生殖法を破ったのは、私のせいだった。


「私のせいだ……母さん」


 涙がバイザーの中で落ちては浮かぶ。

 ハッチを閉じて、ヘルメットを脱ぎ捨てた。コックピットの中に無数の涙が漂う。


「くそ、くそっ……っ!?」


 だが不意にモニターの端が点灯して私は目を見開いた。


「これは……」


 そこには母親からの最後のメッセージが託されていた。

 義体作成施設の位置。

 及び……ワープメインドライブの秘匿場所が。

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