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ナミダの猛追

 発砲は開戦の合図だった。銃弾が放たれたと同時に母さんは私に向かって前進した。ただ走る。目に見えるアクションは軽く頭を逸らすだけだ。銃弾が至近距離で掠めながらも母さんは全く気にする様子もなく、GMH以上のスピードを発揮して、私に肉薄した。

 拳が弾丸の如き速度で放たれる。直撃は危険だと予期した私は、後退することで避けるが、その動作を刈り取るように雷鳴の如き横蹴りが飛来する。精霊術を纏わせた左腕での防御――は一時しのぎにしかならない。すぐさま追撃が放たれ、私は防御に全神経を注ぐ羽目となった。

 殴られる。蹴られる。だがその程度なら対応できる。

 ――という認識は甘いと即座に思い知らされる。


「やはり……弱体したな」

「ッ!?」


 両腕で打撃を防いでいた私は、繰り出された掴み技に不意を突かれた。そのまま片腕でナミダの後ろへと投げ飛ばされる。

 痛感する。改めて認めざるを得ない。

 昔の私であれば対応できたのだ。打撃が通用しないならば他の技に切り替えるのは兵士であれば当然のこと。

 だが、今の私は失念していた。ゆえに。


「くッ――」

「後手だぞ、娘」


 精霊術によって物理法則を変換し体勢を取り戻そうとした私は、怒涛の連撃へ応じるために醜態を晒すことになる。投げ飛ばし直後に母さんはピストルを抜き撃ちし、精霊力は防御用ウォールへと変わり果て、私は不気味なほどに清潔感が溢れる床へ叩きつけられた。

 神々しい光が弾丸を潰したが、それで終わるはずもない。次の瞬間、その輝きを容赦なく塗りつぶす閃光が周囲に炸裂した。


「スタングレネードか……!」


 顔を覆いながら衝撃に耐える。次撃の予想は容易なので、私は対抗策を講じようとするが、


「愚策だ」


 ピンを引き抜く音と同時に足元へ転がってきた球体に目を見開く。


「しまッ――!」


 爆発が私の身体を呑み込む。人体をぐちゃぐちゃにする熱量と衝撃は私の身体をひき肉にしようと暴走したが、幸い精霊術を全身に纏わせたことで事なきを得る。

 あくまで本来私の身に起こるはずだった事象と比較して、だが。


「銃を撃つとでも思ったか? 或いは格闘戦を仕掛けると? ……私はお前を殺しに来たんだぞ? シズク」

「……」


 母親に殺人宣言されるのは……奇妙なことに腑に落ちる。膝をついて呼吸を乱しているのは、単純に敵の力量に戦慄していたからだ。

 ナミダの殺意は本物だ。銃撃か打撃かの二択しか思い浮かばなかったのは、今の私ならその二つしか選択肢にないからだ。

 敵を殺さない方法を無意識そして有意識下で選んでいる。そして、なぜか都合よく母親にもそれが当てはまるのではないかと考えてしまっていた。

 マニュアルを逆手に取るはずが、私自身が私専用のマニュアルに囚われていた。母はその裏を読んだに過ぎない。

 機械的な殺人方法。私が長年学んできた人殺しの極意。

 いや、それよりも鋭く苛烈だ。あくまで私は殺人は必要に応じて行われるものだと割り切っていた。

 だが、母のそれは……。


「なぜ殺しに来た」

「敵だからだ。それ以上の理由があるか?」


 素知らぬ顔で言うナミダは私を氷のような眼差しで見つめている。全く感情を窺わせない表情で、ただ私を効率的に殺すための方法を計算しているのだろう。

 咄嗟に、私は今一番取られてはならないものに意識を割く。

 するとナミダはほくそ笑んで、


「お前の弱点などとうに――何?」


 私の急所であるグィアンに拳銃を向けて訝しむ。

 彼の様子に変化があったからではない。いつの間にか割り込まれていたからだ。


「お、かあさん……」


 カグヤに。もうひとりの娘に。


「カグヤか」


 カグヤはグィアンを庇うようにして母親を見つめていた。

 困惑しているが、意志は固い。カグヤは怖じることなく母親を見据えている。

 対して母の表情は変わらない。私を見た時と同一だ。


「何で……どうして……」

「兵士が人を殺すのに理由がいるのか。ましてや敵が相手なのなら」


 諭すように母は言う。銃口をカグヤに向けたまま。

 どうにも吟味しているように私からは見えたが、母の感情は希薄過ぎて解読不能だ。だが、私の情動の機微に鋭いカグヤならもしくは……。

 私は傍観しながらも次なる手立てを思索する。それはグィアンも同じようで、母の注意がカグヤに集中している間にアイコンタクトを交わす。


「ちが……違い、ます。お母さんは……私のせいで……」

「お前を産んだせいで死んだと思っているのか?」


 まるで娘の思い違いを正すような口調で母は訊ねる。そのまま仲睦まじい会話を続けてくれればいいと願わずにはいられないが、母親は……かつての私は、親しげな言葉を交わしながらもその相手を容赦なく殺せる人間だった。

 私がシャルリ・ハンマーを殺したように、ナミダもまた。


「そうでしょう……だから、お母さんもお姉ちゃんも……」


 カグヤは苦痛に顔を歪ませながら続ける。これはカグヤが物心ついた時から抱いてきた罪悪感だ。私が何を言っても、どう諭してもカグヤは考えを変えなかった。

 ――お姉ちゃんは何も悪くないのに? 悪いのは……私なのに?

 似たような言葉を機会があれば言っていた。自責の念に駆られていた。

 そして今回も救いを、訂正を求めての言動ではないだろう。

 ただ保証して欲しいのだ。自分のせいだったと。

 私が否定して欲しいと思うのとは逆に、肯定してもらいたいのだ。

 しかし母の取った行動は私たち姉妹が望んだものとはかけ離れていた。


「ふん」


 嘲るように呟くと、母さんは何の躊躇いもなくカグヤの身体を撃ち抜く。

 カグヤのホログラム体が消失。迸った弾丸はグィアンにも猛威を振るおうとしたが、その直前に私が構築したウォールによって潰された。

 グィアンは弓を構えて、ナミダに狙いをつける。


「ほう」


 ナミダは感心したように呟くと、懐からSAAを取り出した私に銃撃しながら後退する。ナミダは身体を貫かんとする矢を命中する寸前に避け、矢の威力で穿たれた壁の穴の先へ消えていった。


「撤退してはいない」

「そのようだな」


 破壊されたコンテナ群の先にある穴を注意深く観察するが、母の姿は確認できない。奇妙ではあった。このまま白兵戦を行っても、母さんの優位性は不変的だった。なのにあえて下がり……バトルキャバルリーでの戦闘を選択する。

 よほどの自信があるのか、はたまた別の意図でもあるのか。


『隊長……ご無事ですか!?』

「アウェル。通信が回復したのか」

『申し訳ありません。発覚が遅れました』

「気にするな。相手が相手だからな」


 ナミダはただの戦闘用GMHではない。戦闘がもっとも得意なGMHだ。

 それ以外も率なくこなせる相手。理想的な社会の歯車の模範だ。

 彼女はハザードの言うところの替えが効くパーツではないのだろう。バリアントと同じように。

 ただ遺伝子に記されたことのみ実行できるだけならば、いくらでも補充が効く。だが彼女の能力は遺伝子を越えている。設計図以上の能力を発揮できる存在は重宝されて然るべきだ。


『どうしますか? すぐにでも応援に――』

「いや、私一人で行く」

『……どういうことです?』


 咎めるような声音だったが、無論それは私の身を案じてのことだ。怒るどころか少し嬉しく思いながらも、私は自身の考えを頼れる副官に伝える。


「母さん……ナミダの相手は私にしか務まらない。先程は裏を掻かれたが、同じ轍は踏まない。お前たちにはみんなの避難といざという時のバックアップを頼む」


 レンジャーカスタムは高性能だが、リピーターの戦闘力には劣っている。カタログスペックの比較だけでも劣勢なのだ。パイロットとしての技量も負けているのなら、無策の交戦は避けねばならない。

 姉妹機であるピースメーカーとの戦闘時には仲間の力を借りたが、今回はあの時と状況が違う。相手の殺意の桁も異なる。

 それに、不思議なことに初手で決着がつくとは思えなかった。

 だから私一人で行く。まずは小手調べだ。母もそのつもりで来たような予感がしている。

 ドレッドノートのデータ収集……。ハザードの思惑だ。


「俺も行く」

「いや、お前は休んでいろ。……カグヤを頼む」


 私はショックを受けたであろう妹の身を案じる。初めて出会った……それも死んだとばかり思っていた母親に容赦なく撃たれたのだ。肉体を持たぬ身であっても、その痛みは鋭く深く強大なはずだ。


「アウェル、ドレッドノートの準備を頼む。グィアン、お前も指示に従え」

「了承した」


 返答とは裏腹に、グィアンは納得し難いという表情で頷いた。



 母さんは攻撃を仕掛けることなく待ち構えていた。

 ドレッドノートのコックピットへと移動した私は、戦闘準備を整えた後、宇宙空間へと出撃した。

 そこで相対する。ピースメーカーの兄妹機であるリピーターと。

 俯瞰モニターでは、月面基地を眼下において二機の機体が対峙している。ピースメーカーとリピーターが兄妹なら、ドレッドノートは息子か娘だった。

 型式番号にPMというコードがついている以上、類縁機であることは否定しようがない。ハザードはこの展開を見越して私にこの機体を使わせるように仕組んだのか。

 親子の殺し合いを見物するために。ある意味では、クリミナルより悪質だった。


『その機体を起動させられる者が、世界を変革する力を持つ存在。ハザードはそう言っていたが、これほど貧弱な子どもに世界を変えられるとは到底思えんな』

「確かに、私は弱い」


 通信ウインドウに表示される母親に向かって私は包み隠さず告げる。

 私は弱い。決して強い存在ではない。

 だが、勇敢であろうと決めたのだ。みんなのために。奪ってしまった命のために。


「だが、負けはしない……母さん」

『その言葉が真実なのか、確かめてみるとしよう』


 リピーターが動いた。先程の白兵戦で私に切迫してきたように、ボードを使って急加速する。その動作はさながら波乗りをするサーファーのようだが、両腕には凶悪な切れ味を持つ二本のブレードを構えている。

 ライフルで応射しながら、一旦距離を取ることに決めた。流動装甲をファイターモードへと変更し、上方へと移動する。


「追い縋ってくるか……!」


 しかし、空間機動力に特化したファイター形態でさえ、リピーターを振り払うことは叶わない。そもそもリピーター自体が機動力特化騎兵なのだ。単純な加速勝負では優位には立つことなど不可能に近しい。

 もしそこにさらなる力を加えなければの話だが。


「力を貸してくれ」


 精霊たちに願うを伝う。ドレッドノートが虹色の輝きに包まれる。さらなる加速力を得たドレッドノートは、リピーターを凄まじいスピードで引き剥がしていく。

 加速計がエラーを起こしているのを傍目で見ながら、十分な距離を取ったと確信し装甲とフレームをキャバルリーモードへと流動させる。

 そして、背中のランチャーを展開。ガバメントを一撃で屠った凶悪なレーザー砲撃をお見舞いする。


「喰らえ!」


 しかし母さんとリピーターに特筆するべき変化はない。ひたすらに直進してくる。無論、砲撃をいなしながら。自身を確殺するに足る砲火の合間を黙々と縫ってくる様は、まさに冷酷な殺人マシーンだ。

 或いは、かつての自分もあんな風に敵を殺してきたのだろうか。

 自らの命も顧みず。しかし自分のためだけに。


『強烈かつ凶悪だが、直撃さえしなければ、ただの眩い閃光に過ぎない』


 母さんの解説は事実だった。私の砲撃はただほんの少し宇宙の中に花火を打ち上げるに留まって、リピーターの接近を許してしまう。

 二本のブレード――恐らく日本刀という東洋の武器を模した剣――は深淵に殺人光を煌かせながら、ドレッドノートに振りかかる。咄嗟にレーザーブレードを構えたが、単純な斬り合いでは相手に軍配が上がる。ナミダの方が兵士としての経験は上なのだ。基礎が同じなら、後は経験がものを言う。正面切っての正々堂々な戦いでは、娘が母親に勝てる道理はない。

 数度剣戟を疑似精製音声で鳴らした後に、またもや距離を取る。こちらから攻勢に出るためのチャンスはほとんどなかった。隙が全く見られない。対して、母さんから見ればこちらは隙だらけなのだろう。

 私の戦い方を熟知している。マニュアルを逆手に取った戦い方。


「くそ……」


 心理的葛藤はまだ若干胸の中に居座っているが、それよりも直接的な脅威が私の生命を脅かす。単純に勝てない。これほどの高性能機に乗りながらも、そう思ってしまうほどの強さと気迫がナミダとリピーターにはあった。

 戦況を分析すればするほど錆びがついて久しい兵士としての自分がネガティブな言葉を喚き立てるが、諦めるのは論外だ。このまま母さんの力量を評価する作業に没頭したところで事態は好転しない。


「攻めるか」


 私は行動指針を呟いて、機体を反転させる。奇をてらった突撃は母さんに筒抜けだろうが、それでも何もしないよりはマシだ。


『ふむ』


 感心したような通信が小さく響いて、それをかき消すほどのレーザー音がコックピット内を反響する。全方位モニターで輝くレーザーの連続射撃は、当然リピーターを傷つけることなく霧散する。が、切迫することはできた。

 そのまま、一度は逃避したはずの近接戦を改めて仕掛ける。

 母さんは逃げることなく応じてきた。まるで挑戦を受けるかのように。

 娘の成長を見届ける母親のように、しかして殺人者の動きでリピーターは近接戦闘の舞踏を繰り出した。

 二刀流と一刀の果し合い。二刀流は本来、手数が増える代わりにコントロールに多少なりとも難が出るが、母さんのそれはそのようなデメリットを全く感じさせない剣圧だった。一刀流の精度の高さで血路を開こうとしても、圧倒的剣戟によって道はすぐさま閉ざされる。

 二度ほど似たようなカウンターを受けた後、リピーターは代名詞であるボードをドレッドノートに激突させた。

 咄嗟にボードを切り壊そうとして躊躇する。この突撃はあくまで次撃への布石。ここで迂闊な迎撃策を取れば、母さんは新兵を弄する玄人の如くあっさりと私を屠るだろう。

 思い出せ、思い出せ。戦い方を思い出せ。

 私は今までの交戦経験から得た母さんのマニュアルを逆手に取る。

 全方位モニターの全面がボードに塞がれる視界不良の中、母さんが行うと考えられる攻撃に意識を集中した。

 そしてかろうじて防ぐ――やはり自身の武器であるボードごとドレッドノートに斬りかかって来た。


「この程度は凌ぐか」

「そう簡単にやられはしない」


 強がりながら言うが、正直、内心は焦っている。母さんは見世物を楽しむかのように戦っている。自分で戦闘しているという意識がないのだ。これはただのゲームであり、どこか別の戦いである。そんな風に、他人事で。

 普段なら、その油断を衝いて勝利できる。だが、母さんは油断していない。慢心もしていない。

 どうすればいい。どのようにすれば、勝てる。

 

 ――戦い方を私に請うのか、シズク。


 ――実のところ、理論はそう難しくはない。単純に相手の行動を分析し、その上を行けばいいだけだ。元々、戦闘論なんてものは、ただ難しい言葉を並べただけの単純な殺し合いに過ぎない。


 ――相手の策へ対応するために、複数の手段を講じる必要はあるだろう。だが、どれだけ知略を巡らせたとしてもその本質は変わらない。心技体だ。至極単純で、簡単なものだ。戦闘式なんてものは。解は既に得ているはずだ。

 ……それに、私は……お前には――。


「……この記憶は」


 不意に脳を痺れさせるような懐かしい思い出が迸る。戦闘方法を思い出せという命令の余波で、封じられていた記憶の一端が蘇ったようだ。


「そうか、私は母さんに……」


 教わっていたのだ。戦い方を。殺し方を。

 その時の母の表情は私を殺しに来た時と同じように無表情で。

 なのに……どこか……。


『呆けている暇があるのか』


 母は呆れながらリピーターで斬撃を繰り出してくる。

 私はそれを防ぎながら、今の教えを思い出す。

 解は既に得ている、と母は言っていた。

 ではその解とは、答えとは何だ?

 今まで、数多の人間を惨殺してきたやり方か?

 極力殺さないように加減してきた戦い方か?

 否、そのどちらでもない。

 私らしい戦い方。勇敢に振る舞うと決めた私の。

 ――ドレッドノートの、戦い方だ。


「くッ――!」


 私はある程度リピーターの切斬を凌ぎ切った後、精霊術をブレードの刀身に纏わせた。


『言っただろう。その技は見切ったと』


 ナミダは気にすることなく私が攻撃を行う瞬間、右腕のブレードをコックピット目掛けて突き立てる。防御しなければ致命傷になり得るはずの一撃を私は、


「許せフィレン!」

『何――』


 あえてそのまま受け止める。機体を僅かに左へとずらして。リピーターの研ぎ澄まされた刀はドレッドノートの人体パーツで言うところの左胸の位置に突き刺さる。コックピットの左側面が膨張して変形したが、私は躊躇うことなく防御に専念していたリピーターの左刀を弾き、刀を突き刺したままの右腕を切り裂いた。

 コックピットを狙うこともできたが、それはドレッドノートの戦い方ではない。あくまでも自衛に徹すること。それが高潔な魂を持つ者の在り方のはずだ。

 それに、もし功を焦って急所を狙えば手痛い反撃を受けていたに違いない。


『私の腕を切り落としたか』


 母さんは淡々と呟く。そこには恐怖も焦燥も感じられない。

 ただ感心だけがそこにある。


『引き時のようだな』


 冷静に判断を下したナミダは、リピーターを再生したボードに乗せて転回させた。

 一度目がそうであったように、また母さんは撤退するのだろう。ハザードの、スターゲイザーの元へ。

 だが、私には訊ねたいことがあった。無論、疑問は山ほどあるが、その中でも一入ひとしおの疑念だ。


「待ってくれ母さん!」

『…………』


 しかし母さんは無言を貫いたまま、騎兵を加速させようとする。が、次に発した私の言葉で不自然な停止をした。


「父さんは――父さんも、生きているのか」

『ウィリアムか……。私の夫、お前の父は』


 母親が生きているのなら、父親が息災でも何ら不思議はない。

 という私の予感は、希望的観測は、


『私が撃ち殺した』


 最悪の方向で裏切られた。ある種、予想できて然るべき方向で。



 ※※※



「ああーっ! これはまずいですってシズク隊長!」


 基地内部へと戻った私を出迎えたのは、ショックで頭を抱えるフィレンの絶叫だった。ドレッドノートにぽっかりと空いた穴を修理するのは当然リペアである彼女の役目である。

 慣れ親しんだレンジャーを修理するのとは訳が違う。オーダーメイドであるドレッドノートは既存のパーツを流用できないのだ。使い回しするにも、部品一つ一つに手を加える必要があった。


「やったねフィレンちゃん。メカニック冥利に尽きるよ」


 お菓子をばくばくと頬張りながら落ち込むフィレンの背中をミーナがばんばん叩く。アウェルはその隣で戦闘ログを黙々と確認している。


「やります、やりますけど……はぁ。みんながいてくれたら」


 いくらフィレンが優秀なメカニックだとは言え、たったひとりで全行程の作業するという労力の辛さは計り知れない。無論、人員は揃っているのだが、レジスタンスたちは一部の例外を除いてそのほとんどが無気力状態だ。前線で殺しの空気に慣れ親しんできたパイロットさえも戦意放棄しているのだから、後方支援など望むべくもない。

 と思われたが、


「シーズク! シーズク!」

「リムか? 何だ」


 移動橋の下を覗き込む。こちらでの長い生活でようやく無重力に順応してきたリムルが、背後に数人のレジスタンスを連れて手を振っている。


「この人たちが、ええと……お手伝いしたいって!」

「精神が回復した?」

「先程の戦闘をご覧になっていたのでしょう」


 アウェルは端末に目を落としたままさも当然と言わんばかりの口調で言う。私は悲観に暮れるフィレンを差し置いて下へと飛び降りる。半重力地帯であるためにゆったりとした速度で床へと着いた私はリムルに付き従う者たちを眺めた。

 見たことがある顔ばかりだ。クィンと共に騎兵を整備していた有能なメカニックたち。


「これは……一体」

「勇気をもらったんですよ、あなたから」


 メンバーの総意を代表するように男性が言い放つ。私からか、という疑問には別の女性が答えた。


「私たちは非戦闘員です。できることはBCの整備だけ。なのに……みんな死んじゃったから、負けちゃったから、って言って自らの戦いを放棄していました。私たちの戦場はここなのに」

「でも、あなたの戦いを見ていて気付いたんです。私たちはまだ負けていない。負けていないのなら、やれることをしなくちゃって」

「そうか……ありがとう」


 相槌を打つ。本当は気の利いたセリフでも言えればいいのだろうが、生憎そこまで器用な性質ではない。


「やったねフィレンちゃん! みんな協力してくれるって!」

「ああ……まず壊れた部品を摘出して……再利用可能なものがないか選別。その後は既存のパーツを加工してそれから……って、え? 本当ですか!?」


 上方からは自分の世界に入り込んでいたフィレンの歓喜の声が響く。

 そのやり取りを聞いたリムルが嬉しそうに微笑んでいた。



 ※※※



 反面、同じ顔を持つカグヤからは悲壮感が漂っている。


「カグ……」


 いつもなら呼びかければ何かしら言葉を返してくれる。

 だが、今日の妹はまるで抜け殻のようだった。

 ホログラム体で宙に浮かびながら自由に動かせる両足に顔を埋めている。

 体育座りの要領で浮遊するカグヤは再三の呼びかけに応じる気配がない。


「何て言えばいいのか、わからないが……その……」


 言葉を濁しながら、思案する。

 お前のせいじゃないと言えばいいのか。

 誰も悪くないと諭せばいいのか。

 いや、ネガティブな言葉は逆効果のはずだ。


「元気を、出してくれ、カグ……」


 私はポジティブな言葉を投げかける。だが、カグヤは漂ったまま応じてくれなかった。

 私が苦心していると、突然部屋の扉が開く。

 そこに現れた意外な人物を私は訝しんだ。


「シャリー……?」

「やっぱりこうなってたんですね」


 シャリーはカグヤの状態が既視であるかのように直視する。カグヤは少しだけ顔を上げて疎ましそうに膝の中へと戻したが、シャリーは平然とした様子でカグヤに近づいた。

 そして、触れる。触れられないことを知りながらも。


「少し話があるの、カグヤ」

「シャリー……ちゃん」

「シズクさん、悪いんですけど少し席を外してもらえますか」

「ああ……わかった」


 私は呆けるように返事をして、部屋を後にする。

 理由をつけて居残ることはできた。そうしなかったのは、シャリーが事態を解決できると確信があったからだ。

 扉から出ると、リムルと鉢合わせる。私は彼女の頭に手を置いて、


「後は任せる」

「はい……!」


 自分がやるべきことに集中する。母親と戦うために。

 娘として、勇敢なる者(ドレッドノート)として。

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