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母と娘

 記録を漁る。記憶を辿る。無我夢中で思い出す。

 私はGMHだ。遺伝子を調整され、運動能力が向上し、学習能力も強化された。

 記憶力も例外ではない。全てを貯蔵している。無意味だと破棄した記憶でない限り。

 それなのに……思い出せない。何もなかったかのように空白だ。


「くそ……くそっ!」


 粗雑な暴言を吐き捨てて、机を殴る。ぼっこりとへこんでしまった。旧人類であれば、これほど華奢な少女が机を殴ったところでただ手首を痛めるだけに留まるだろう。だが、私は、私たちは違う。遺伝子を強化され――。

 ――まずは心。次に身体。となれば、今度は……遺伝子に何らかの変異が起きても不思議ではないんじゃないかね?


「ぐ……ぅ」


 吐き気を催す。

 ハザードの言葉は衝撃だった。衝撃的過ぎた。

 滅びない。GMHは滅びない。過酷な環境においても平然と生きられるように改良された遺伝子は、適切な進化を行って、生存力を高めるべく人間という素体を弱体化させる道を選ぶ。

 だから、絶滅しない。異世界を開拓しなくとも。インディアンを皆殺しにしなくても。

 変異体バリアントとして迫害される者たちが人類の希望であり、遺伝子に記されたスペック通りの性能を発揮する私たちの方が劣等種である。


「私は……異常で、カグヤの方が正常……」


 五体満足の私より、カグヤの方が正しい。

 無論、カグヤの変異はあくまで方向性の一つであって、本来ならば身体障碍がない状態で緩やかに身体及び学習能力は低下の一途を辿るのだろう。そうすることで出生率も死亡率も適切な数値に調整され、人口過多による絶滅などという笑い話は回避できる。

 ハザードの言動を鑑みるに、密かに第二案を水面下で動かしているに違いない。例え異世界開拓が失敗しても問題ないように行動しているのだ。

 それはきっととても良いことのはずだ。私はこの世界に生きる人々を他人だと割り切って見捨てることができずにいた。実際にメインドライブを発見し、破壊できる機会に恵まれたとしても本当に壊せるのかと思い悩んでもいた。

 だから、素晴らしいこと。歓迎するべきことなのだ。なのに。


「何が正しい――何が間違っている」


 私の苦悩は晴れない。心の嵐は止む気配がない。

 壊れた歯車は、もはや動きすら止めようとしている。軋む音すらも放たなくなる正真正銘の壊れた部品へと。

 今の私に二つの難題は重い。一つだけであれば……いや、一つだけでも無事に対処できるかどうか。


「母さん……」


 私はホロモニターに母親の写真を映し出す。そこに映るのは、グィアンと私を殺そうとした人間が映っている。

 私を出来損ないと評した女の顔が。カグヤをゴミだと断定した女の顔が。

 本当に母さんはカグのことをゴミだと思っているのか?

 母さんは単純に私の性能に失望して二人目を孕んだだけなのか?

 父さんは一体どうなってしまったのか?

 一つの大きな題目に、細かな疑問が付随している。謎の洪水は私を呑み込んで溺れさせようとしている。……どうすればいい。


「何だ」


 苦悩の海に沈んでいると、突然ブザーが鳴り響く。空間に投影された映像に来訪者が映し出される。グィアンだ。

 私は逡巡しながらも入室を許可する。頭部に包帯を巻いた彼は私の元へと歩み寄ってきた。普段と変わりない様子で。

 安堵すると同時に不安になる。矛盾した気持ちだ。


「どうした? 傷は完治していないだろう」

「平気か?」


 互いに互いの身を案じる。阿吽の呼吸で放たれた気遣いにうんざりしながらも喜ばしかった。


「平気だと言えばおとなしく引き下がるのか?」

「いや。お前が平気じゃないと知っている」


 グィアンは私が許可する間もなく椅子に座り込んだ。どうやらしばらく滞在するつもりらしい。

 私は彼を追い出したいと思う反面、傍にいて欲しいという相反する気持ちを抱く。

 ……こんな状態ではダメだ。今、私は強くあらねばならない。

 レジスタンスを纏め上げ、当初の目的であるメインドライブの破壊とカグヤの身体の捜索をしなければ……。

 だというのに、彼の存在は魅惑的だ。意識的に、そして無意識的に求めてしまう。


「あれはやはりお前の母親なのか」


 しばらく沈黙の後、彼が口火を切った。


「そのようだ。認めたくはないが……」


 いや、果たしてそうだろうか。彼女の存在を私は否定したいのだろうか。

 心のどこかで、何かが腑に落ちているように感じるのだ。

 母親の態度を認めている。そうであるべきだと自負している。

 私の苦悩は母親がスターゲイザーの側になぜいるのかという理由よりも。

 この違和感――違和感を覚えないという違和感――に対しての模索が大きい。


「死んだと思っていた。そのような書面が届いたからな。だが……」


 ――生きていた。五体満足かどうかはわからない。部位としては腕もあり足もあるだろう。カグヤのように肉体が不自由というわけではないはずだ。

 だが、ある意味ではカグヤと同様の状態に。脳ユニットのみになっている可能性は否定できない。

 母親はいくら肉体劣化の遅いGMHだとしても若々し過ぎた。まだ推測の域は出ないが、クリミナルやカグヤという前例がある以上放置できない推論だ。

 敵になる以上は。

 母さんは本当に敵になったのか。


「考えなければならないことが多いのに、母親のことばかりを……。私は自己中心的な女だな」

「今更か」


 というグィアンの即答に私は苦笑する。否定はしてくれないらしい。

 でも、実際にそうだ。そして彼は別にそれを悪いとは思っていない。行き過ぎればナイフのように鋭く他者を傷つけてしまうが、節度を守れば問題ない。

 それに家族に関する問題だ。人というものは家族という単位を中心に物事を考える傾向にある。

 個であって集合体。集合体であって個。

 かつての人々は、そしてインディアンたちは、家族の利益を優先する節がある。

 今の管理政府に生きる人々とは真逆の生き方だ。社会という集合体に属しながら、皆が考えるのは自分のことだけ。それを悪いとは言わないが、行き過ぎている。

 看過はできないが……しかし、彼らは真実を知らない。誰もが思いつく可能性を見落としもがいている。私もそうだった。


「真実を告げれば、彼らは争いをやめてくれる……とは思えないな」


 異世界開拓をしなくても人類は絶滅しないから止めろと諭したところで、政府の傀儡となっている人々は殺戮を止めないだろう。変異体ホワイトベレーはインディアンを殺し、健常体ブラックベレーはバリアントを殺す。

 一度備わってしまった常識はそう簡単に覆せない。どれだけ間違っていようとも。

 人の歴史を顧みれば明確に浮き彫りとなる事実だ。かつての西部開拓時代、インディアン殺しにアメリカ人たちは旧式のマスケット銃を使っていた。リボルバーやリピーターライフルが普及していたにもかかわらず。

 大口径でなければインディアンは殺せない。そんなまやかしを信じていた。


「言葉だけでは通じないだろう。敵の言葉だ」


 彼の言う通り、敵の言葉が浸透するにはかなりの月日を必要とする。信憑性を吟味し情報の精度を確認し初めて通用するのだ。

 例えそれがどうしようもなく否定しようのない事実だとしても彼らは信じない。それも物証がないからではなく、信じたくないから信じない。

 かくいう私も信じたくはない。でも、信じざるを得ない。

 ハザードの言葉も。母親の存在も。

 そして、私自身に何らかのセーフティが掛かっていることも。


「お前は母親とどう接していたんだ」


 記憶の空白を埋めるように、彼に尋ねる。グィアンは気難しそうな顔をした。


「普通だが」

「普通とは? 私にはその普通がわからない」


 純粋ながらも図々しい問いを投げると、彼はあまり話したくないように一言返す。


「ありきたりな応対だ」

「だから。いや……そうか、そうだな」


 私はそれ以上の言及を避けた。彼の態度に考えを改めたというよりは、何となく共感できたからだ。きっとあまり……共有したい思い出はないのだろう。それは母と過ごした日々に良い思い出がないからという意味ではない。

 気恥ずかしいものや無垢なもの、何も知らなかった頃の思い出だから打ち明けたくないのだ。

 きっと掘り出せば私にも似たような情動が芽生えるのだろう。或いは……もっと強烈な何かが。

 彼の言葉は封印を解くきっかけにはならなかった。グィアンが席を立つ。


「元に戻ったようだな。俺たちは現状で可能なことを可能な限り行うだけだ」

「そうだな。悩んでも仕方ない。いずれ決着はつけなくてはならないのだから」


 ハザードとのことも。母親のことも。

 幸い……二度目の不意打ちは有り得ないだろう。今度こそ私は手を止めない。

 方論はカグヤとシャリーとの経験によって研ぎ澄まされている。予期せぬ邂逅の時は戸惑ったが、既知であれば……完全とはいかなくとも。


「皆の様子を見て来てくれ。私は避難経路を定める」

「わかった」


 グィアンが部屋を出ていく。私はホロモニターを呼び出して現段階で考えられる限りの避難場所を吟味しようとした。

 そうして気配に気づく。今の鋭敏な私なら、彼女の存在に気付ける。


「カグ」

「お姉ちゃん……」


 カグヤが背後に表出していた。悲しそうな瞳で目を伏せている。


「お母さんが……生きてたって」

「まだ何とも言えないが……」


 言葉を濁す私をカグヤは直視した。


「でもお姉ちゃんはわかってる。あれが本物のお母さんだって」

「そう――かもしれないが」


 狼狽しながら応じる。なぜここで惑うのかがわからない。

 もしくは、その惑いが私の未知なる記憶のヒントに繋がるのかもしれない。


「辛い? 悲しい? 怒ってる?」

「納得していると言ったら信じるか?」


 迷いなき眼差しに応えるように私も自身の心象を吐露する。嘘偽りなく、なぜか不思議なことに納得している。そうであるべきだと肯定している。

 カグヤは一瞬驚いたが、すぐに唇を固く結んだ。


「やっぱり……私のせいのかな」

「それは……いや――」


 私は言葉の選定に迷う。今までであれば即座に否定できたものを。

 カグヤのせいだと追及するつもりは全くない。言の葉が狂ったのは、カグヤのせいだと心のどこかで考えていたからじゃなく。

 誰のせいなのか曖昧に――もしかすれば、もしかすると。

 私が原因なのではないかと、思ったからだ。


「ごめんね、お姉ちゃん。……お母さん」

「待て……カグ!」


 カグヤの身体が消失する。私にできたのはうなだれることと、グィアンの助言を糧にして、今後の計画を立てることだけだった。

 そうすることでしか――己を保てなかった。他人を救う前に、自分が壊れてしまいそうで。



 ※※※



 アウェルと審議を重ねた結果、当面は月の裏側で廃れていた小規模の基地に身を顰めることとなった。隠れ場所として最適なそこは、同時に敵から発見されるリスクも高いがあくまで一時しのぎだ。次の方針を決めるまでの時間稼ぎとして、放棄された基地内に輸送船団を移した。

 レジスタンスたちは狭い船の中から降りて、基地へと徒歩で入っていく。利用価値無しとして捨てられた場所だが、それでも羽を伸ばすぐらいは可能だった。

 と言っても、ここは安全ではない。すぐに見つかるだろう。

 いや、正確には、この世界に安全な場所はない。レジスタンスに抗う力はなく、もはや勝機などとうの昔に消え去った。今彼らが取れる最善手は、ここから別の場所……すなわちフロンティアに逃げることだ。

 だが、彼らにはその気力がない。その鼓舞を私がなさなければならないのだが。


「くそ……」


 私は広い空間を手に入れながらも、輸送船内にいた頃と同じく無気力に座り込む仲間たちの間を通り抜ける。今、ここに必要な物が存在しない。

 人がごく自然に持つべき希望が。作戦を立てるための情報が。

 手痛い反撃を受けたサルベイション襲撃作戦の後、かの母艦はすっかり姿を消した。というより、前回はわざと私を侵入させたと言っていいだろう。誰かの手のひらの上から脱出したはずが、それすらも敵が想定した思い込みだった。

 ハザード。周到に準備を重ねて私を観察していたスターゲイザー。

 もしかしたら彼はクリミナルすら出し抜いて……と思いたくなるが、彼の言動を鑑みるに、ハザードはクリミナルを慕っていたらしい。

 彼はその復讐を成すと言っていた。アラモを忘れるな。

 テキサスが独立の合言葉として用いた用語。リメンバーアラモ。

 だが彼の復讐はシャリーのように昏く深い、人の魂を黒く塗りつぶすような情動ではない。

 むしろそういうものを見てどんなものか試してみたくなった。そのようなニュアンスだった。例えるなら、復讐の映画を見て面白そうだからやってみよう、というような無邪気な発想から生まれたものだ。

 しかし動機が取り留めのない衝動的なものでも、彼の行動は的確だ。

 認めざるを得ない。ハザードは、恐らく私が今まで対峙した者たちとは次元が違う。

 何より……彼は――母さんを。


「きゃっ」

「すまない」


 考え事をしていたせいか、通路の曲がり角で人とぶつかりそうになった。すぐさま体勢を立て直した私は、本来なら問題なく踏み留まれるはずの対面人の手を掴んで支えてやる。


「大丈夫か、ジェシカ」

「はい……シズク」


 身重の彼女――ジェシカ・タイプは私にお礼を言って体勢を戻した。彼女はリベリオン基地の攻撃時、テレグラム中佐の裏切りに勘付いたクィンの手によって他数名の仲間たちと共に基地から逃れていたのだ。

 クィン自身は基地に残り、その結果、中佐に殺されてしまった。だが、彼の死は無駄ではなかった。もちろん、ニカの死も。

 ここに至るまでの無数の死は無駄ではなかったはずだ。いや、無駄にしてはならない。そのために私は……打開策を導き出さなければならない。

 なのに……正直に語れば、どん詰まりだ。良い手立てが見つからなかった。


「どうしたんですか?」

「考え事をしていたんだ」

「お母さんのこと……」

「聞いていたのか」

「話せる人は……限られていますけど、噂はすぐに広まりますから」


 ジェシカは沈痛そうに目を伏せる。手で優しく膨らんだお腹を撫でた。

 私はその行為を見て、失礼だと知りながらも疑問を投げる。


「母は……子供を愛するものなのか?」


 意表を突かれたのか、ジェシカは目を丸くする。が、彼女は無理矢理孕まされた子供が眠るお腹を愛おしそうに撫でた。


「そうですね。本当なら、憤ってもいいかもしれません。私は……強姦された。エンカレッジたちに、強引に子を産まされた。実際、あなたに会うまでは……いや、本当は今も憎んでいます。けど、子どもを憎むつもりにはなれなかった。子どもは純粋なんです。罪も穢れも知らない。どれだけ最悪な状況でも、普段通りに怒って泣いて笑って……そんな子たちを見ていると、不思議と勇気が湧いてきて」

「子どもこそが真のエンカレッジ……」

「かもしれません。でも、今の世界では、母が……親が子を愛しているケースはレアケースでしょう。愛情と言葉で表現しても実態は、その言葉が持つ本当の意味とはかけ離れている。自分を生かすための道具としての情愛です。でも……あなたは」


 ジェシカは聖母の如き微笑みを私に向けた。彼女の表情は……本物の母親のそれだ。確証はないのに確信できる。――私はこの顔を知っている。


「あなたは愛されていた。それは事実です」

「どうして……わかる」

「あなたが人を愛しているからです。冷酷な歯車じゃなかった。他人の痛みに共感できて、他人のために動ける人だった。それはきっと……愛情を知っていたから。そして……愛を失った時の痛みを覚えていたから」

「愛を失う痛みを……覚えていた……?」


 呆然と復唱する私の横を、ジェシカは通っていく。


「はっきり言って、私はあなたのことをよく知りません。クィンさんがニカさんから聞いた話の断片の、さらに小さな断片を聞いただけ。でも、若輩者ながら母親の直感として……あなたは確実に愛されていた。だから、シズク。あなたは他人のために、戦えるんです。私は、尊敬しています。ですから、きっと……道はいつか開けますよ」

「ありがとう……ジェシカ」

「お礼はクィンさんに言ってください。それでは」


 ジェシカと別れた私は母親の強さを実感しながら進む。悩むことは大切だが、悩んでばかりもいられない。

 とりあえず今やれるべきことをしようと格納庫へと向かおうとする。そして、今度はリムルと鉢合わせた。


「あ、シズク」

「何をしてるんだ?」


 リムルはフロンティアでそうだったように、パンの入った籠を持ち歩いていた。リムルは照れたのかはにかみながら、


「やることなかったから……やれることをしようと思いまして」

「私と同じだな」

「シズクも?」

「ああ、そうだ。手伝うか?」


 私の提案にリムルは頭を振る。昔だったら手伝いを強行したものだが――。


「大丈夫です、シズク」

「そうか。なら――っ!?」


 会話を打ち切ろうとした直後だった。不意に危険信号が脳裏を巡る。

 シズク? と首を傾げるリムルの前で私はリングデバイスを操作した。アウェルに連絡を取る。


「何か異常は起きていないか?」

『異常はありません』

「本当か? アウェル」

『異常はありません』


 同じ返答をアウェルは二度した。もしこれが通常状態だったら、きっと何も思うことなく通信を終了したことだろう。だが、あえて私は彼女に聞き直した。


「私は同性愛者で、対象はリムルだ。そうだな?」

「シズ……っ!?」


 驚くリムルを黙らせて私はアウェルの返答を待つ。すぐに聞き慣れた声が聞こえてきた。


『なるほど。流石にこの程度は看破するか』

「母さん……!」


 不敵な声音は私の心臓を握りつぶそうとしてくるが、私は気丈に耐える。リムルに頷くと彼女は即座に理解して避難を始めた。私は懐からピストルを取り出しセーフティを外すとスライドを引く。


「通信障害を起こせば勘付かれる。だからあえて何の細工もしなかったのか」

『細工はしてあるぞ。既に通信ネットワークは掌握済みだ』


 母さんの言う通りだった。私は部下に連絡を取ろうとしたが会話が要領を得ない。恐らく途中で無難な語句に変換されて、会話が成立してしまうように仕組まれているのだろう。

 私が質問を返せば望んだ返答が返ってくる。だが返答者は別人だ。


『しかし、その程度の気付きは基礎教育の範疇だろう。お前は遅行に過ぎたな』

「くそ……ッ」


 私は通路を駆け出す。母さんの居場所を探り出すべく知識をフル稼働させる。だが、母さんは私の上を行っている。それに彼女の居場所を特定するのは例え精霊術を用いたとしても不可能だ。カグヤやクリミナルと同じロジックで。

 となれば彼女を探すのではなく、彼女と相対しているであろう存在を検知する方が手っ取り早い。

 精霊術を行使する。すぐに場所は判明した。


「グィアン……!」


 重傷を負っているグィアンのいる場所が。



 なぜ母親の存在にグィアンが勘付いたのかは不明だが、とくに詮索するつもりはない。今は彼の救援が急務だった。

 無我夢中で該当エリアへと足を進ませる。増援はリムルに任せた。通信システムが使い物にならない現状では、応援を呼んだところで無意味に混乱するだけだ。

 それに……相手が相手である。下手に援護されるより単独の方がいい。

 数人の無気力なレジスタンスとすれ違った後、目的地点である人気のない貨物搬入エリアに到着した。放棄された基地なので、多数あるコンテナの中身は空か廃棄の手間すらも惜しんだゴミしか積まれていない。その中で激しい戦闘音が響いている。


「グィアン!」


 相手の隙を窺って奇襲を仕掛けるのが最善だとわかっていたが、彼がコンテナに叩きつけられた姿を見て、私はあえて大声を上げた。


「ふん……やはり失敗作か。敵の強さを把握しないうちに自らの居場所を露呈するとは」

「母さん……!」

「本当にお前が私の娘なのかと疑いたくなる」


 失望を交えた言葉は倉庫内にこだまするが、位置が特定できない。それどころか気配すらも感じない。ここに存在する生命体は私とグィアンだけ。そう錯覚してしまうほどに。


「私は……あなたの娘だ」


 拳銃を両手で構えて索敵を続ける。会話を引き延ばせば位置を絞り込めるかもしれないという望みは薄いと知っていたが、それ以外に策は残されていなかった。

 危険を承知でグィアンの元へと近づく。相変わらず母の存在は検知できない。


「無事かグィアン」

「お前の母親は……強い」

「当然だ。母さんは私とは違う」


 純粋な兵士。社会の歯車。僅かにちらつく記憶の残滓が、母親のスペックを教えてくれる。昔の、素知らぬ顔でインディアンを殺せた頃の私ならともかく、今の私では正面切っての勝負で勝ち目があるかどうか定かでない。

 だが、越えなければならない壁だ。この道は正しいのだから。

 グィアンは額から血を流し、めり込んだコンテナに寄り掛かるようにして座っている。私は手を伸ばして彼を立ち上がらせようとしたが、グィアンの驚愕の眼によってかろうじて対応することができた。


「この程度、防げないようなら話にならんな」

「母さん……!」


 背後から繰り出された蹴りを、右腕で防御する。が、一撃は重い。咄嗟に精霊術を発動させなければ、そのまま吹き飛ばされていただろう。

 直感的に、仮説が正しいと理解する。

 母さんの身体は義体。クリミナルと同じサイボーグだ。


「このッ!」


 精霊の力を防御から攻撃に切り替えて、ナミダの蹴りを弾き飛ばす。後方へ銃を構えるが、ナミダも跳躍して距離を取ったところだった。

 ブラックベレーの軍服を纏う母親の顔をまじまじと見る。母さんもホワイトベレーの制服を着込む私の顔をよく観察している。

 表情からは何も窺えない。ナミダは無表情だ。だが、恐らく私は複数の感情を顔に灯しているのだろう。

 今、私が胸に抱く感情を。悲哀、憤怒、驚喜――混疑。


「母さん……」

「雑味が多いな、娘」


 ナミダは私の存在を疎ましく思うように言う。


「純粋な兵士には程遠い。幼少期のお前には幾ばくかの期待を寄せていたが……蓋を開ければどうだ。色恋にうつつを抜かし、戦局すらも見誤った腑抜けではないか」

「そうだとも。私は完璧には程遠い」


 社会の歯車という点において、私が欠陥品なのは昔からわかり切っていたことだ。今更訂正するつもりはない。むしろ誇らしいくらいなのだから。


「だが、だからこそ今の私は全盛だ、母さん」


 拳銃の狙いを母親に定めながら強気に告げる。両手で銃把を握るのは、手の震えを押さえるためだが、それは旧人類の理由とは異なっている。

 片手でも精確に撃てるのに、両手で押さえるのは、震える心を支えるためだ。


「ならば試してみるか、娘」


 母は臆することなく言い返す。私と母さんは娘と母である前に社会の歯車であり、人だった。


「ああ――母さん!」


 引き金を引く。生まれた時から定められていたかのように。

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