リベレーション
「まさか知らなかったのかね? と、失言だったな。君の行動を見れば簡単に読み取れた。それにこの事実を知る者はそう多くない……誰でも考えればすぐにでもわかるはずなのだが、常識というものは恐ろしいな。目の前にある現実を覆い隠し、人を盲目的にする。考えてみたまえ……」
ハザードは私に思考を促す。だが見当もつかない。
というより、頭が計算を拒否している。論理を描くのを躊躇っている。
だって、それでは。だとしたら。
私は本当に、何の意味もなく人を殺してきたことになってしまう。
ここにいる人々も。ホワイトベレーもブラックベレーも。
「……」
「思考を放棄しているのか。まぁ、君の性格上致し方ないか。歴史を紐解こう。人の歴史を。人間は何度も存亡の危機に見舞われてきた。枚挙に暇がないほどに。原因は様々だ。自然災害、疫病流行、世界大戦……。自然的なものと人為的なものの二択だな。前者は過去に猛威を振るい、後者は現代においても我々を脅かしている。誰かが人間は自然を超越したと言ったそうだが、だとすれば、人間を滅ぼす原因が人間に推移するのも道理だろうな。さて、それほどまでに人間は絶滅しかけてきたわけだが……なぜか、生き残っている。なぜかな? それくらいは答えられるだろう?」
私は呆然自失としながらも、どうにか答えを探り当てる。
「問題に……対処してきたからだ。科学技術を使って……」
「間違いではないが、正解とも言えない。人間は絶滅を避けるため、常に……変化をしてきた。そうとも。なぜ全員がそれぞれ個別の思考を抱くのか知っているかね? まぁ、知っているだろうがあえて言わせてもらおう。単純だ。絶滅を避けるため。全員が同じ方向を見ていれば、別の方向から来たトラブルに対処できないからだ。だから人間は集団性を重んじながらも個性的にできている。本当に集団を維持するための歯車であれば、個人の主義主張など必要ないはずだが、それなのに個性を持つのは、一つの生き方だと危険だからだ。だから、変異体の発生は順当だった。例え平和的に生きるのがもっとも安全だとしても、必ず暴力的な人間は発生する。どれだけ素晴らしい教育を受けたとしても、集団内での個性バランスが崩れると、そういう人間が出現するように人々は無意識下で調整する。ある意味……君の到来も必然だったというわけだ。そうなるように、皆が、そして君自身が無意識下で自身を定義づけた。絶滅を避けるために」
ハザードの話は眉唾物のように聞こえるが、人類存続の面においては一理ある。異端思想を持つ者はどのような環境下であれ必ず現れるのだ。例え全員を一つの集合体として調節しようとしても、確実に不具合が起こる。そしてそのバグは、やがて他人に感染してハザードを起こす。
「無意識下、というのが重要でね。例えば私があくびをすれば、君に移ってしまうように、人間とは思いのほか自分の意志で行動できていない。あくまで全てを制御できていると勘違いしているだけだ。実際、そうだろう? もし完璧に身体をコントロールできているのならば、今すぐにでも絶滅の要因である人口過多を食い止めるはずだ。だが、実際にはそうならない。無論――これは有意識下の話だが」
「無意識下ではそうはならないと言いたいのか。しかし」
それならとっくの昔に何かしらの改善の兆しが窺えているはずだ。そう反論しようとした私は気付く。その兆候が身近にいたことに、勘付く。
脳裏をよぎるのは、車いすに乗る私の愛しい――。
「……カグヤ……?」
「ご明察だ、シズク。遺伝子改造について少し昔話をしよう。と言っても、私の師ほど古めかしい話でもない。まず、バリアントについてだが、本来なら、そんな存在は出現する予定ではなかった。先程と矛盾している発言となっているが、気にしないで欲しい。……遺伝子を強化した我らが祖先は、当然、精神面も弄繰り回した。完璧な人間を作ることに躍起になっていたからね。実際、しばらくはバリアントなどという異変は確認されていなかった。だが、何の前触れもなく突然発生し……人々は慄いたよ。ああ、そうだとも。完璧な人間の中に不完全な人間が現れたんだからな。それはもう驚いただろう。とは言えだ、その驚愕は今ほど深刻なものでもなかった。何せ、心の病だ。教育プログラムかどこかで、ちょっとした失敗をしたのだろう。当時の人々はそんな風に結論付けて涼しい顔をしていた。だが」
「今度は……身体障碍者が、現れた?」
ハザードは正解だと言わんばかりに笑みを作る。
「そうとも、そうだ。精神だけでなく肉体にまで問題が出始めた。意味がわからないだろう? 設計図は完璧なのに、なぜか身体と精神に問題が現れる。科学者たちは苦心した。おかしい。何かがおかしい。でも原因がどこにあるかわからない。遺伝子を調査したが、目立った問題は発見できなかった。そうとも……なぜなら、問題など、何一つ存在していなかったからだ」
私は頭を押さえた。アイデンティティの喪失に、足元がぐらつく気分になる。もしここが敵地でなかったならば、私に語り掛けるのが敵ではなかったならば、吐くか倒れるかしていただろう。
全身の血の気が引いていく。気分は非常に悪かった。
反対にハザードは上機嫌だ。ようやく話題を共有できる相手に巡り合えたかのように饒舌だ。
「さて、少し話を変えよう。この本、見たことはあるだろう?」
ハザードが取り出したのはハーモニーと虐殺器官だった。伊藤計劃の小説。全てお見通しらしく、彼は私の返答を聞く前に語り出す。
「ニカ・アトミックは、特にハーモニーが気に入っていたそうだな。共感できると。ハーモニーと虐殺器官は……どちらも意識に関するテーマが根底にある。ま、今言及したいのはそこじゃない。ある説明……とある病気についてだ」
まぁこの本を例えにしなくてもよいのだが、その方が話は早そうだからな。ハザードは悦に浸りながら続けていく。
「糖尿病という病気がある。いや、正確には存在していた。もはや我々とは無縁だが」
「その……病気が何だ」
「この病には一つの効果があってね。生活習慣病という側面がほとんどだという点は否めないが……ルーツを辿ると、この病気は、変異は、寒冷地に人間が適応するために獲得したという学説がある。悪いものであるはずの病気を、人間の無意識が意図的に発症させたんだ」
「だが、結局その病気で人は」
「ああ死んだとも。だが、全員じゃない。少なくとも即死は免れたわけだ。長期的見れば問題だったが、短期的視点なら……何一つ、問題はなかった」
「だから、カグも……無意識下で、足が不自由になるように決定された、と?」
怒りが湧いてもおかしくない局面のはずなのに、私の頭は真っ白だ。追い打ちをかけるようにハザードは言葉を直列接続していく。
「まずは心。次に身体。となれば、今度は遺伝子に何らかの変異が起きても不思議ではないのでは? GMHとしての特性が失われ、旧人類と同じスペックに低下したり、などな」
「それは、退化、では」
「見識の違いだな。確かに、劣ってはいるが、生存という観点から見ればこれほどの適応はないだろう。これは間違いなく進化だよ。見たはずだろう? 地球で、死の灰の中で生き抜くために進化した生物群を。人間なんて言うものは、進化の過程で自然環境に適応する能力を極限まで削った。その対価として知識を得たのだ。であれば、生き抜くために今まで持っていた能力を捨てるのに、一体何の躊躇があると言うのかね?」
頭を殴られたような感覚だった。いや、それよりも酷い。
シャリーに毒弾で撃ち抜かれた時よりも。
クリミナルに極限まで打ちのめされた時よりも。
今まで経験してきたどの辛さよりも、辛く、そして痛かった。
「そんな、バカな……。そしたら、私は」
一体何のために人を殺してきたのか。
死んでいった者たちは、何のために死んだのか。
本当に無意味だ。真なる意味で……全くの無価値だ。
殺す必要はなかった。死ぬ必要もなかった。放っておけば、解決したのだから。
もはやハザードに対する警戒心はすっかり失せ、呆然と虚空を見つめる私に、彼はまだ上機嫌で会話を弾ませようとした。一方通行の会話を。
だが、突然の来訪者によって、喜々としてベレー帽を手に取った彼の言葉が塞き止められる。
「ハザード! 何度呼びかけたと思っている!」
その男は赤い士官の軍服を纏っていた。顔には見覚えがある。フロンティアへ出兵する前のブリーフィングで、指揮官の風体を取っていた男だ。彼は名目上の司令官であり、一切命令は出さなかった。
男は私のことなど一切気にせず話を切り出す。期せずして、その話題の中心に心当たりがあった。
「査問など後回しにしろ! 私はお前の上官だぞ! あの女の処分はまだなのか?」
「あの女とは?」
ハザードは冷めきった視線を男に向ける。それがまた男の癇に障ったらしい。
「ふざけるな! シズク・ヒキガネだ! 反乱分子のリーダーだろう! あの女は今もどこかに潜伏し、我々の公共性リソースを破壊している。一刻も早く発見し、即時始末するべきだ。なのにお前は――こんな何の価値もないコロニーで時間を浪費している。あの女がどこにいるか、見当はついているのだろうな!」
「もちろん、少将」
「どこだ!」
ハザードは呆れながら男の背後に立つ私を見た。
「そちらに」
「何をバカな――な、何……!?」
男が狼狽する。私も判断が遅れた。名目上の指揮官だった男であれど、GMHの例に漏れなくホルスターの拳銃に手を伸ばすくらいはできるようだ。反応が遅れた私の前で拳銃を抜き取り――そして銃声が轟く。
「全く、話の腰を折ってはいけないと教わらなかったのかね? 少将」
男が後頭部を撃ち抜かれ、床に沈む。ハザードは構えた拳銃を再びテーブルへと戻した。
状況が呑み込めない私へ、彼は懇切丁寧に説明する。
「ああ、気に病む必要はない。なにせ、代わりはいくらでもいるからね」
「な、しかし彼はヘルスで」
「だからこそだ。ヘルスほど簡単に用意できる存在はいない。そのうち彼と全く同じ能力を持った士官が配属されるだろう。だが、君は違う。バリアントも同様に。バリアントは……そうとも、似通った者ならいるだろう。だが、同一は有り得ない。若干の齟齬が生じる。同じ変異を持っていたとしても、それはせいぜい類似の範疇であって、同一ではない。だから君は貴重で、彼はいくらでも代用がきく哀れな消耗品というわけだ。不思議なことに、社会では逆だと思われているがね」
健康体と変異体では、変異体の方が価値はある……?
ハザードの思想は確かに私も持ち合わせ、ニカも同様に考えていたものだ。
変異体は無為に殺されていいものではない。消耗品ではない。
だから戦ってきたのだ。カグヤたちを救う……守る――生かすために。
だが、この男は。
ハザードは全てを知りながら。
全部わかっていながら……殺していた?
クリミナルのように傍観していたのなら、まだいい。力が及ばないと悲観にくれながら自分の意志を託す存在を待ち続けていたのなら。
でも、違う。この男は違う。
「お前は――全て理解していながら、殺してきたのか?」
沈んでいた闘志が芽生える。忘却しかけていた目的を思い出す。
ホワイトベレー正式採用の拳銃を構える。怒りに燃えた眼差しで見据える。
しかしハザードは拳銃を置いていた。ワインを口に含む。
「理解しているとも。なぜなら、他ならぬ私自身がバリアントだからね」
「何――」
「滑稽だろう? バリアントがバリアントを狩るヘルスを指揮しているなど」
ハザードの発言は私の怒りに油を注ぐばかりだ。銃の狙いを彼の眉間に定めるが、ハザードは小事のように動じない。もしや彼もサイボーグ化しているのか。
訝しんだ瞬間に、クリミナルの警告が脳裏を奔る。
仮に先兵を討ち果たしたとしても、今度は君の弱点を突いてくる――。
「お前は」
「君は私を責めるだろうな。傍観しているだけならまだしも、哀れな者たちを殺戮しているのだから。いや、はて、この場合、哀れな存在とは誰を指すんだろうね。ヘルス? バリアント? ホワイトベレー? ブラックベレー? ……それとも、君かね? シズク。自分がなぜ戦っているかもわからず、なぜそのように変異したかもわからないまま抗ってきた、君か?」
「お前の話に……付き合う気はない」
「そのように苦しそうな顔でかね? ああ、素晴らしい。誰かが努力し抗う姿は実に美しい。そのようなものを観察するのが私の変異……いや、あえて言わせてもらおうか。趣味で、あると」
「お前!」
私は銃把に指を掛ける。だが、直前でどうにか思い留まる。
ハザードの抹殺は望むところだが、彼からは情報を引き出さなければならない。そうとも、怒りに駆られて全てを台無しにしてはならない。それこそハザードの思うつぼだ。
いや……この男が何を考えているのか、正直理解できてはいない。
「知りたくはないのかね? 自分のルーツを」
「私の……ルーツだと?」
ハザードは銃口に怖じることなく言葉を紡ぐ。その言葉に、語句に、声音に、私は押されている。精霊術やグィアンという保険があるのに、そのような盾が一切無効化されてしまったような気分になる。
だが、折れない。折れてはいけない。ニカの最後を思い出してどうにか耐える。
「その減らず口を止めろ」
「酷い物言いだ、シズク。君も私の話を途切れさせるのか」
ハザードは残念がるような素振りを見せ、
「まぁそれも一興だろう。全てを他人から享受されてしまうと、人という者は疑問を抱かなくなる。思考を捨て去り、成長を止め、怠惰に堕ちてしまう。だから――」
ハザードは指を弾いた。何かに合図するように。
「自らの手で学んでもらおう」
直後、部屋の壁の一部が吹き飛んだ。それはつまりサルベイションの装甲が穿たれたことを意味する。だが、旗艦が破壊されたというのにハザードはワインを嗜んでいた。予定調和だというように。
壁の穴から何かが覗いている。室内を。私を。
私はその何か――バトルキャバルリーに視線を合わせて、
「っ!?」
急に不規則な動きをした心臓――左胸を押さえる。
鼓動が止まない。汗が止まらない。呼吸が乱れる。
いつの間にか無味無臭の毒物でも散布されていたかと勘ぐるが違う。
これは肉体的反応ではない。精神から発せられるアラートだ。
「何……な、ぜ……くッ!」
私は咄嗟に撤退を選択する。スモークグレネードを取り出して地面に叩きつけると、そのまま通路へと飛び出した。
背後からハザードの声が叫び声が聞こえた。
「君は私の師を殺したのだから、私に復讐する権利はあるだろう? 一度体験してみたかったんだ、シズク。――アラモを忘れるな!」
不規則に動く心臓を押さえながら、壁によろめく。サルベイション内部は総司令官が動じなかったのと正反対に混乱していた。その混乱に乗じて、敵の間をすり抜ける。
このまま上手くやり過ごせるかと思った矢先、聞き覚えのある声が通路の先から響く。
「ヒキガネ! やはりあなたね!」
「カナリ……!」
カナリ・サーベルは私の正体を看破し、サーベルを引き抜いた。すぐに同僚に敵が紛れ込んでいると叫ぶが、彼女とまともに交戦する余裕はない。私はナイフを引き抜くと、刃先に精霊術を纏わせ、通路の壁に突き刺した。すると、物理法則を度外視した力が働いて船壁に穴を穿つ。
精霊術を使用したことでカモフラージュが溶け、私はパイロットスーツのヘルメットバイザーを下ろした。無重力空間に設定されている格納庫内に浮遊して、脱出を試みるが、自分の影を覆い隠すほどの巨体が背後に迫る。
「――ッ」
呆然と後ろに目をやって――騎兵が回避運動を行う様を見て取った。
『シズク!』
「グィアン……!」
私を守るべく弓を放ったプロテクターは、スラスターを噴射して私の前へ移動した。私は開いたコックピットへとスーツのスラスターを調整して飛び込む。
彼の手を掴んでコックピット内へと入り、改めて自分を奇襲したバトルキャバルリーを眺めた。
「この機体……」
「見覚えがあるのか?」
「ああ……ロストキャバルリーだ」
と言ってもその知識は正規方法で入手したものではない。誰かの記憶の中で目にしたものだ。
ピースメーカーと双子のように類似した機体は、フライトボードの上に乗っている。ピースメーカーが地上走破力に重点をおいた騎兵なら、この騎兵は空中飛行力を想定したタイプである。実際、二つの騎兵は互いの欠点を補うべく開発されたのだ。
私はそれを――地球に残された記憶の残滓によって知った。
『ほう……このキャバルリーに思い当たるとは』
「敵の通信だ」
グィアンは冷静に呟く。そして、私の方を見て訝しんだ。
「どうした?」
だが、私は返答できない。言葉を奪われている。
判断能力も身体の自由も。磔より強く、鎖よりも重く、私は拘束されている。
『出来損ないにしては上々だと言ったところか。だが、所詮は欠陥品だ。もはや兵士としても不良……これほど劣化してしまうとは』
「シズク……?」
グィアンの呼びかけにすら反応できない。
視線を奪われている。通信ウインドウに。小窓の中に映る存在に。
私は剥奪された自由の中で、どうにか言葉を捻り出した。
「かあ……さん……」
『出来損ないに母親などと呼ばれる筋合いはないが、認めよう。事実だからな』
敵は不服そうに応じる。その容姿は私にとてもよく似ている。
私がもう少し成長すれば、大人になれば彼女になる。そう言ってしまってもいいほどに。
彼女の……ナミダ・ヒキガネの面影は十全に私に受け継がれている。
だが、しかし、それでも!
「どうして……あなたが……」
『そこにいる、などという幼稚な問いを放つのか。嘆かわしい』
「――ッ」
母親の視線は私を竦ませる。母親に叱られた子どものように畏縮させる。
理解が及ばない。なぜこれほどまでに身体が反応してしまうのか。
意識が無意識に抑え込まれてしまうのか。
その答えを、私は知らない――本当に?
『期待外れだ。そうとも。母親である以上、多少なりとも期待はしていた』
二十代前半の母親は昔の私を彷彿させるような態度で落胆する。
氷のような、兵器のような。それでいて、当時の私と明確に違うのは――。
『自らの汚点は速やかに雪がなければ』
――ほんの僅かに所持していた、罪悪感の有無だ。
敵機が迫る。グィアンは弓を構えたが、母さん――ナミダは両足で騎乗するボードを蹴飛ばして盾にする。グィアンは躊躇いなく弓を放つ。精霊術を纏った矢がボードを貫き、派手な爆発が起きたが、その爆風の間から平然と敵騎兵は姿を現した。
二本の剣を振り下ろす。反応が間に合わないグィアンは精霊術を使って機体の強度を極限まで引き上げた。
『これが精霊術か』
しかしナミダは特に驚かない。ただ事実を認め、そして、
『見切った』
強気な発言とは裏腹に後退する。飛翔した敵機に向けて再度グィアンは矢を継ぐが、
「後ろだ!」
「何――ぐッ!?」
突如として出現したフライトボードに後方から奇襲され、衝撃に身体を打ちのめされる。コックピット周りに保護機構が追加されていなければ、重傷だったはずだ。
脇で座席に掴まっていた私も頭を強打して、額から血が流れ始めた。グィアンも相当身体を揺さぶられたのか苦悶の表情を浮かべている。
「バカな……破壊したはずだ」
『メアズレッグは自己修復機能を持つ。これこそがリピーターと呼ばれる所以だ』
「リピーター……」
私は名前が判明したバトルキャバルリーを見上げる。リピーター。連発銃を指す用語であり、フロンティアの開拓者たちがピースメーカーとセットで運用していたメインウエポンだ。幾度にも渡る世界大戦で、ピースメーカーと共に数多の敵機を屠ってきたのだろう。
その騎兵に、今は母さんが騎乗している。
生殖管理法を破った罪で処分させられた時の、若い容姿のままで。
「グィアン……しっかりしろ……」
「く……ッ」
私はぐったりしているグィアンに触れるが、彼はまだダメージから立ち直れていない。インディアンの身体スペックを考えれば当然だ。
咄嗟に操縦を変わろうとするが手が止まる。固まる。
まるでその資格がないかのように。してはならない禁忌のように。
『愛欲に目覚めて世界に反旗を翻したか。愚かな』
罵倒されながらも身体は動かない。力を得るべく肌身離さず身に着けていたリムルのペンダントを握りしめるが効果がない。
だが、次に放たれた言葉は、そんな身体の硬直を拭い去る程度の威力を有していた。
『一番目に失望して二番目を作ったが……そちらに関してはゴミだった。なのに、一番目も搾りカスであるとはな』
「……今、カグヤのことをゴミと表現したか?」
感情的な動作を見せた私にナミダはほくそ笑んだ。弱点を見つけた。そう踏んでいるのだろう。
しかし、感情の暴風雨は時として……得体の知れない力を与える場合がある。それを母さんはわかっていない――或いは、わかったうえで挑発したのか。
『ああ……ゴミだ。カグヤはゴミだとも。リサイクルすら不可能なスクラップだ』
「母さん!」
『来るか……娘!』
私はグィアンをシートに寝かせたまま操縦桿を握る。母さんも回収したフライボードにリピーターを騎乗させ臨戦態勢に入ったが、
『そこまでだ、ナミダ。今日はこのくらいにしておこう』
『ハザード。いい考えだと言えないが』
『そうかね? 私としてはこの復讐という美味をもう少し味わっておきたい。それに、君の足を引っ張る邪魔者も出撃してしまうだろうし』
『好都合だ。敵を確殺できる絶好の機会だぞ』
『全ての敵ではないだろう。レジスタンスの残党を炙り出すためには、まだシズクに生きていてもらう必要があるとは思わないかね?』
『ふん……確かにこの程度であればいつでも殺せるか』
ナミダは納得したように機体をゆっくりと後退させる。
「待て……待ってくれ」
私は撤退を決めた母親に訴える。訊きたいことは山ほどあった。
なぜあなたがそこにいる?
どうしてスターゲイザーと共にいる?
どうやって処分を免れた?
そして――どうして、あなたは……カグヤを……。
「母さん!」
ナミダは応答せず格納庫のゲートの中に消えていった。
疑念だけを残して。変えようのない真実だけを置き去りにして。




