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ドレッドノート

 テレグラム中佐のガバメントはすぐに捕捉できた。というよりも向こうは私を殺すべくこちらに接近中だった。

 その動揺は、目に見えて感知できた。彼は知っていたのだろう。

 この機体が絶対に動くはずがないことを。ただ眺めていたのだ。偽りの希望に浸る哀れな羊たちを。


『なぜその機体が起動している! リボルビングシステムは実現不能だと――』

「単純なロジックだった。ただ動かし方を間違っていただけだ」


 シングルアクションをダブルアクションだと勘違いしていたに過ぎない。シングルアクションは撃発ごとに撃鉄を起こさなければならないが、ダブルアクションは一度起こせば後は勝手に起こしてくれる。オートマチックと大差ないのだ。

 無論、戦闘中における適切なコアローディングなど現実的な方論ではない。自動化させたのは単に楽をするためではなく、パイロットに多大な負荷がかかるからだ。

 だが、私ならできる。原理さえわかれば。


『バカな』


 呆ける中佐に四門のキャノンをお見舞いする。高濃度マテリアルフォトンレーザーがガバメントの脇を掠った。その砲撃は格闘戦に移行するための布石なので、私は躊躇いなく懐に飛び込み流動装甲をキャバルリーモードへと変化させる。

 そのまま斬撃。中佐は上方へ飛翔することで回避し、私は追撃するべく機体を流動させる。再度ファイターモードへ。逃げるガバメントへ追い打ち。


『有り得ん! ただの飾りだったはずだ! だからこそ私は搬入を許可した!』


 バルカンレーザーを掃射して、ガバメントの進路を調整していく。ガバメントはリベリオン基地の外周を逃走するはめとなり、小さな星の大地をなぞるように逃げていく。


「流動装甲をホースモードへ」


 私はまた音声入力し、ドレッドノートの別の姿を披露する。レンジャーのホースモードのように馬という名を借りたダンゴムシではなく、正真正銘の騎馬にドレッドノートは変形した。

 獲物を追い立てる。猟犬のように、騎兵のように。リベリオン基地の外面を四本の白い足で疾走する。俯瞰モニターに映る姿はさながらユニコーンのようではあったが、かの聖獣が持ちえない武装をドレッドノートホースは背中に積んでいる。


「アフターバーナー点火」


 背部の可動砲台兼加速装置が火を噴く。猛烈な加速はGMHである私にすらも影響を与えたが、私は無視を決め込んで基地外周部を逃走するガバメントへと馬を駆けた。

 高速追跡に気が付いた中佐は外周から離れようとしたが、その選択は誤りだ。


「スタンワイヤー射出。ツインレーザーブレード展開」


 ワイヤーに拘束されたガバメントから驚愕の声が漏れる。基地を走っていたユニコーンはマテリアルフォトンの翼をもったペガサスへと様変わりしていた。


『くそ、くそ! 私がここで斃れていいわけがない!』


 中佐は自分を蹶起するかのように叫んだ。私は無言のまま馬を走らせ、天という足場を手にしたペガサスは自由意志で空を舞う。ブレードが敵機を切り裂いた――否、その一部のみを。

 中佐はワイヤーが命中した右腕を生贄にして撃破を逃れた。またもや宇宙の深淵へと飛行し、ピストルを穿ちながら距離を取る。

 機体をキャバルリーモードへと変更し、純白のバトルキャバルリーが銀の騎兵へと迫り行く。銃撃は回避せず、右手でブレードを引き抜いて切り裂く。

 左手では背中に格納されたランチャーを構え、標的に狙いをつける。自身がロックされていることに気付いた中佐は哀れにも助けを求めた。

 前方に浮かぶブラックベレー旗艦サルベイションに。だが、砲撃はおろか、友軍が向かってくることもない。それどころかブラックベレー隊は撤退を始めている。


『なぜだ! なぜ援護を寄越さん!』


 中佐は誰かに向けてまくし立てる。だが、その何者かは無言を貫き通すと決めたようだ。


『計画と違うだろう! 一体どういう算段だ!』


 どれだけ言葉を並べても相手は応じない。苛立ちを隠せない中佐はようやく真相に辿り着いた。


『まさか……貴様、私を裏切ったのか? いや――最初から?』


 ガバメントの射撃が止んだ。私はコックピットに狙いを定める。


『私を利用していたのか、貴様! おい、答えろ!!』


 充填されたランチャーの引き金に指を掛ける。ガバメントは立ち尽くすようにサルベイションの前に浮かんでいた。策略に気付き、呆然としながら。


『おい――ハザード!!』

「お前はここで斃れるべきだ」


 高密度のレーザーがガバメントを貫く。ジョン・テレグラム中佐は策謀を仕掛けたはずの自分自身が誰かの駒でしかなかったと悟った直後に爆散した。

 私はその相手――黒幕がいると思われるサルベイションのブリッジに視線を合わせる。

 奇妙なビジョンが脳裏を駆けた。ブラックベレーの制服に身を包んだ男性が艦長席に座り戦場を眺めている。

 その男は小さくほくそ笑むと操舵手にハンドサインをみせた。

 サルベイションが消失する。残されたのは悲しみと疑念だけだった。



 ※※※



 警告音は喧しいが、その本来の用途をすっかり失っている。

 それは操縦者が不在というわけではなく。

 慢心しているということでもなく。

 単純に警告されなくても問題なく対応できるという意味で。


『敵の総数は十機……どうやら偶然探知網に入り込んでしまったようです』

「道理でな」


 応じながら迸る閃光に目を見やる。ファイターモードのドレッドノートはレーザーをいとも簡単に躱せる機動性を保持しているが、私はあえて第三の能力を行使した。レーザーが直撃しても騎兵は無傷だ。精霊術の不可思議な力が物理法則を歪めている。


『な、何で……!?』

「投降しろ」


 私は敵に警句を投げる。命は取らないとは続けない。仮に投降しなくても殺すことはないのだからそのような言葉は不要だ。だが、敵はそうは受け取らなかったらしい。未知なる力を前に隊長機らしき騎兵が出鱈目に撃ち始めたが、私は意に介さず突撃する。宇宙の中を煌くレーザーとそれに相対するドレッドノートファイター。俯瞰モニターに映るのは、もはや一方的な虐殺に近しい光景だ。無防備の相手に数で物を言わせて撃ちまくるという暴挙は。

 しかしドレッドノートは傷つかない。その戦闘模様はまさにフロンティアで発生していたものに酷似している。

 インディアンの矢を弾くレンジャーの姿にそっくりだ。どれほど頭数を揃えようとも強力な存在には抗えないのだ。

 無論、私の強さは誰かを――皆を生かすために存在している。

 フォルシュトレッカーに接近した私は空中変形を行い、カチャカチャと鳴り響く可変音を耳にしながらレーザーブレードを抜刀した。通常なら有り得ない出来事が立て続けに起きて面を喰らった隊長機は、難なく私に切り裂かれる。

 当然パイロットは無事だった。浮遊する胴体パーツの中で、隊長は有り得ないと何度も叫んでいた。

 しかし、現実に発生しているものを有り得ないと一蹴するのは愚かしい。その証明をするように挑んできた敵機を返り討ちにしていく。射撃斬撃打撃。全て一挙動で片づけられる。

 が、ドレッドノートにはちょっとした欠点がある。それは特定のタイミングでコアをリロードしなければいけないことだ。

 ゆえに私はタイミングを見計らって左腕を伸ばす。コックピットの計器盤に追加されたリボルバーの撃鉄に。私が撃鉄を起こした瞬間、ローディング完了の文字がモニターに小さく表示される。直後に放たれた攻撃を精霊術で難なく防ぐと、戦意喪失した敵の武装をレーザーライフルで撃ち抜いた。




「お疲れ様です。どうでしたか?」

「何一つ問題はない。成功だ」


 格納庫に機体を停止させた途端に意気揚々と訊いてきたフィレンへ回答しつつ、通路へと足を乗せる。ヘルメットを脱いで黒髪を自由にした。

 フィレンは詳細が気になるのかまだ私についてくる。私はスーツの胸元を解放しながらデブリーフィングを行った。


「改造のおかげで精霊術を行使せずともコアのローディングを行えるようになった。これなら精霊術の同時運用も可能だ。元々高性能であるドレッドノートの力を最大限に生かせるようになる」

「よ、良かった。これで一安心ですね」

「ああ……そうだな」


 私は半信半疑のまま同意する。本当にこれで安心できるのか模索しながら。

 ニカ・アトミックの死は、レジスタンスの死亡と同等の意味を持っていた。救出したレジスタンスの残党及びグィアンたちと合流した私は、とにかく安全圏と思われる個所へ輸送船団を移動させていた。

 助かった命は決して少なくない。なのに、壊滅状態という印象をもってしまうのは友軍のほとんどが生気の抜けた表情で虚ろに座り込んでいるからだ。

 熱気がない。活気もない。アラモ砦で見かけたバリアントの少女たちのように、レジスタンスたちは生きながら死んでいた。

 一旦フィレンと別れてホワイトベレーの制服に身を包む。この軍服を身に纏ってから、随分と遠くまで来てしまった気がする。

 時間単位で考えれば、そこまで長い期間を過ごしているわけではない。せいぜい一年足らずだ。猶予はあまり残されていないので当然なのだが、道中の密度は濃すぎた。

 フロンティアでの裏切り。グィアンとリムル……インディアンたちとの共同生活。シャルリ・ハンマーの死。スターゲイザーとの邂逅。エミリーの死。カグヤの肉体喪失。クリミナルとの決闘。

 それから再起してカナリとシャリーに対峙し、ニカとも出会い、そうして……失った。

 その喪失感は簡単には拭えない。見知らぬ相手の死でさえも痛いのに、大切な戦友の死は心の歯車をさらに軋ませる。

 そしてそれは私だけに留まらない。努めて普段通りの対応を心掛けながら外に出て居住ルームへと向かうと、別れたフィレンがレジスタンスを診ていた。


「元気がない、っていうだけならいいんですけど」


 簡単な診察を終えたフィレンが危惧する。ミーナも似たように部屋の隅で蹲る少女を診ていたが諦観するように首を振った。


「みんな、死んでるみたい。実際、精神崩壊に近い状態の子もいるみたいですよ」

「本当なら治療したいが」


 フロンティアのような雄大な大地でたっぷりの時間と労力をかけて。だが、現在地はリベリオン基地から逃げ出した輸送船の中であり、まともな精神治療を行える環境ではなかった。

 それに、技術を持ったメディックもいない。まるで宇宙に浮かぶ幽霊船だ。


「今は安全の確保が最優先です……しかし」


 アウェルが優先事項を呈示しながら歯噛みする。安全の確保。安全圏への離脱。安全地帯への撤退。すべきことは簡単に思いつく。

 だが、実行するための方法が思いつかない。向かうべき先が見当たらない。

 安全な場所などないのだ。こちらには。

 いや、フロンティアにも絶対的安全地帯は存在しない。相対的に安全な地点があるのみだ。

 私たちは追い詰められている。物理的にも、精神的にも。

 ダメージを回復させる必要がある。戦うためでも守るためでもなく。

 生きるための力を、彼らには充填してもらわなければならない。


「如何しますか、隊長」

「……」


 私は黙考する。しかしその思考は行動指針を思い悩んでいるわけではない。

 するべきことをどうやって上手く伝達するかを考えていた。

 オブラートに。優しく、上手に、不安を与えないように。

 だが口下手な私ではやはり考えつかない。迷うように視線を逸らして、


「お姉ちゃん」

「カグ……」


 全てを見通すような瞳の妹と目が合う。


「リムルといっしょじゃなかったのか」

「リムルちゃんはグィアンさんのところに行ったよ。たぶん、私と同じことをしてると思う」

「お前と同じこと……そうか」


 兄を窘めに言ったのだ。カグヤが私を諭しに来たように。

 グィアンもきっと同じ結論に達しているとは思っていた。以心伝心のように。私と彼は思考回路が似ている。戦術の立て方も。優先順位も。

 だから、私と同じように。

 敵軍の本丸であるブラックベレー旗艦サルベイションに潜入するという大胆不敵な作戦を計画しているに違いない。


「また危ないこと、するの」

「今はそれしか手がない。それに、そこまで分が悪い作戦でもないんだ」


 一見、自暴自棄の末の特攻に思えるが、ドレッドノートが運用可能となった今ならばそこまで不利な戦いでもない。私たちの当面の敵はブラックベレーだ。スターゲイザーという不穏分子が存在するのも確かだが、現時点での直接的な脅威は死神部隊のみ。

 連中を無力化できれば当面の安全は確保できる。博打的ではあるが、私も、恐らくはグィアンもただ闇雲に攻撃するつもりではない。


「先にサルベイションへ潜入して、情報を収集。その後、敵艦を撃沈する。シンプルな作戦だ」

「単純な作戦って、純粋な力がないと難しいって」

「幸い、今はその純粋な力が手元にある。敵は予想していないはずだ」


 よもや追っている相手に反撃を受けるなど露ほども考えていない……と思いたいが、理性はそこまで甘くないと訴えている。

 カナリ・サーベル。そしてあの謎の司令官。

 危機感を覚えるのは、あの謎の男の方だった。

 カナリは優秀であるが、もはや手の内はわかり切っている。それにニカを討ち果たしたので、こちらを積極的に狙わないかもしれない。

 だが、あの男は。名前すらわからない、というよりも本来なら接触していないはずの男は、脅威的存在であると本能が告げている。

 クリミナルの時と同じだ。或いは、それより質の悪い相手。

 クリミナルが言っていた彼。それは間違いなくあの男だろう。

 ジョン・テレグラムを言葉巧みに操り、レジスタンスを創設させ、ずっと機会を窺っていたのだろう。自分と無関係だとは思えなかった。いや、最初は関係なかったのかもしれないが、私がクリミナルを討ったことで目に留まったのだろう。

 注目を浴びた。見られてしまった。

 となれば、その視界から逃れるか、その目を潰すしかない。

 リスクの有無に関係なくサルベイションには赴かなければならなかった。


「お姉ちゃん」

「心配かけてすまない。だが、行かせてくれ」


 私はカグヤに頼み込む。素直に、実直に。カグヤは不安そうな顔を覗かせたが、強がった笑顔を浮かべた。


「うん……わかった」

「ありがとう、カグ。アウェル、準備を」


 私は即座に指示を出す。早急に作戦を立案する必要があった。

 颯爽と準備を始める私の背中に、カグヤのか細い声が重くのしかかる。


「でも、やっぱり怖いよ……お姉ちゃんまで、私のせいでいなくなっちゃいそうで」


 それは違うと言いたかった。

 だが、言えなかった。私自身、一連の悲劇が誰の仕業なのかわからなくなっていたからだ。



 ※※※


 

 目的の船は思いのほか簡単に発見できた。

 サルベイションは補給のためコロニーに停泊していた。軍事用のコロニーであれば難攻不落に近しいシチュエーションであったが、幸いにもサルベイションが補給を受けていたのは何の戦略的重要性もない農業用のコロニーだ。

 警備は貧弱であり、油断もしている。反乱分子を狩る自分たちが奇襲を受けるとは夢にも思っていない連中がほとんどだ。

 だが、連中の指揮を執る司令官は違う……可能性が高い。


「お前はここで待機だ」


 コロニー付近のデブリ帯で、グィアンのプロテクターに同乗する形となっている私は予定通りに方針を告げる。彼は気難しい顔を作ったが、私の意見が正しいと理解しているのだろう。二人で向かってしまえば敵に発見されるリスクが高まり、さらには脱出路の確保も困難となる。役割分担するのが適切であり定石だった。

 プロテクターの全方位モニターからコロニーの全体を俯瞰する。下手に騒ぎを起こせば、ブラックベレーは喜々としてそのコロニーの人間たちを殲滅するだろう。全ての責任を私たちに押し付けて。

 もしそうなってしまった場合、責任の一端は私にあると自負できる。だが、敵が出たからという理由で市民を虐殺していいわけがない。

 これは理不尽だ。だが、理不尽だと追及したところで政府は考えを改めない。

 となれば、直接的に働きかける必要がある。例え危険思想だと罵られようとも。


「いざとなったら救援を頼む。無論、下手に見つかったりはしないがな」

「アラモは忘れろ、シズク」


 意外な忠告に私は目を見開く。そして微笑んだ。


「私が復讐に駆られると思っているのか? 確かにニカの死は悲しい。レジスタンスの人たちの無残な死も。怒りがないと言えば嘘になる。だが、私は必要なことを必要に応じて行うだけだ。もう迷ったりはしない」

「……ならいいが」

「罠の気配もないだろう? 私にもわかる。なら、お前もわかっているはずだ。カグヤの時のような精神的な罠は存在しない。なれば、後は実行に移すだけだ」


 私はパイロットスーツ越しにグィアンの手を取る。彼は難しい表情を崩さない。

 代わりに私が笑みを浮かべている。


「心配するな。潜入任務は得意だしな。帰りを待っていてくれ」


 プロテクターのコックピットハッチが開く。私は操縦席に座るグィアンを後ろ目で見ながら別れの挨拶を交わした。


「じゃあ、行ってくる。また後で」

「ああ……」


 グィアンは最後まで表情を硬くしたまま私と別れた。

 私は宇宙遊泳をしてコロニーに取りつく。慣性の法則が重力圏よりも猛威を振るっているおかげで、背部に装着される姿勢制御スラスターを使わないでメインゲートに侵入することができた。

 そこからは慣れ親しんだ隠密作戦だ。サプレッサー付きの拳銃を取り出して、クリアリングを行いながら移動する。

 アウェルの細工によって私はまたもや幽霊として扱われている。さらに精霊術を併用して、より高度なステルス状態を保ったままコロニー内を通過することができた。

 サルベイションは、長方形型のコロニーの端々に二つあるメインゲートの逆側に停泊していた。私はコロニー内を発見されることなく突っ切って、威風堂々たるその姿を見上げる。

 リベリオン基地を襲撃した救済という名のブラックベレー旗艦は、農業コロニーをどこか物々しい雰囲気に変えていた。もっとも、こちらの世界ではどこのコロニーも味気ないので、比較的という前置きがつくが。

 私はその高性能艦を一瞥した後、侵入地点を探した。情報通り、後部ハッチが開きっぱなしになっている。補給用の物資を搬入するためだ。

 そこへ一般市民が恐る恐る荷物を運んでいるのが見えた。私はグィアンがこちらの世界の人間へ変化したのと同じ技を使い、ブラックベレーの制服に身を包む。


「君」

「は、はい!」


 驚いた返答を作業員は発する。気の毒に思いながらも私は演技を続行した。


「搬入が遅れているな。急げ」

「すみません! 今すぐに!」

「さっさとしろ」


 作業員は涙目になりながらコンテナを急いで運び始めた。私はコンテナが運ばれていく後ろで監督する体を装い堂々とサルベイション内へ侵入する。咎める者は誰もいない。そんな大胆な――というよりも自殺行為を取る者がいないと考えているのだろう。

 しかし、時には間抜けに見える方法が一番効果的な場合もある。私はさも当然と言わんばかりの顔をして、内部通路を歩き始めた。

 しばらく問題なく歩を進め、マップを参照するべく適当な部屋に入る。

 そこで、ブラックベレー隊員と鉢合わせた。彼女は部屋でリラックスしていたようで、突然の来訪者に嫌悪感を露わにする。


「ちょっと。ここ私の部屋」

「すまない。間違えた」

「間違えた、ですって? そんな言い訳が通ると思う? 何ならあなたのこと変異体バリアントだって上官に告げ口してもいいんだけど。嫌なら、それ相応の対価を払ってもらわなくちゃね」


 厭味ったらしいセリフにうんざりして私はため息を吐いた。予期せぬボーナスがもらえると思っている少女に向き合って、


「ああ――相応の対処をしなければな」


 彼女は当然の対価を受け取った。首を二の腕で絞められるという形で。

 私は少女が気絶したのを確認すると、アウェルがカスタムを施したエミリーの遺品であるプレート型デバイスを取り出す。

 リングデバイスで少女の身体をスキャンし生体情報を抜き取ると、エミリーのデバイスにアップデート。

 これでセキュリティを気にすることなく目的地へ辿り着ける。

 首尾よく万能キーを手に入れた私は少女をベッドに寝かせると、何気なく部屋の中を見渡した。

 何もない部屋だ。ただ存在することにのみ特化した部屋。

 果たしてこれは、生きている場所と言えるのだろうか。

 かつてはこの光景が当たり前だった。何もない部屋。最低限のリソースのみが置かれ、無用なものは何一つない。

 殺風景な室内。これはこの少女が特異なのではなく一般的なものだ。

 神妙な想いに駆られながら私は部屋を後にする。通路を移動する間、何人かのブラックベレーにすれ違ったが、みんな他人に興味がないかのように素通りしていった。

 気にするのは自分と獲物だけ。殺すか死ね。

 そうこうしている間に司令官室へ到着する。扉の警備はいない。まるで守る必要がないかのように。

 閉じているが、開け放たれるのと同義だった。私は逡巡する。一度、情報統括センターかオペレーションルームに立ち寄るべきか否か。

 しかし、私が求めるようなデータが都合よく記録されているとは限らない。本命……正真正銘の敵に話を聞く方が早い。

 決断と同時に私はドアノブを掴む。自動扉じゃなかったのが奇妙だった。

 扉を開く。

 そして、椅子に座る男と対面する。


「ふむ、想定より少し遅かったな。寄り道でもしていたのかね」

「……」


 執務机越しの男が放った問いに、私は黙す。この問いは私が偽装する士官へのものか。それとも、本当の私に対する疑問か。

 答えはすぐにもたらされた。男は含み笑いを漏らし、


「ああ、そう警戒するな。君に黒は似合わない」

「わかっているのか」

「もちろん。君は有名人だ。さ、こっちに来たまえ」


 招かれざる客である私は、招かれた客のように男の前へと接近する。

 机の上には酒瓶が置かれていた。男は瓶の蓋を開けると、グラスに赤色の液体を注ぐ。その内容物には心当たりがあった。古い映画で出たワインという名前の酒だ。GMHには効果がないはずのそれを、男は楽しむように一口飲んだ。


「なぁ、知っているか? 旧人類は……アルコールを嗜める肉体を持ちながら、ノンアルコールの疑似酒をわざわざ作っていた。実に、滑稽だと思わないか?」

「……お前と何が違う」


 私はテーブルに置いてある拳銃に意識を集中しながら訊く。


「違うとも。なぜならこれはGMH用に濃度を調整した酒だ。飲めばきちんと効果が表れる。何なら二日酔いという貴重な経験も味わえる。どうかね?」


 もちろん、私は断った。敵に酒を進められて飲むほど迂闊ではない。

 男は少し残念がるようなそぶりを見せると、ベレー帽を軽く持ち上げる。


「私はハザード・ブラックタロン。政府軍大佐にして、不穏分子摘発部隊ブラックベレーの総司令官だ。そして……君を観察するスターゲイザーでもある」


 男は黒色のベレー帽を見せびらかすようにして、再び被った。返事を期待するように私を見つめたので、致し方なく私も簡易な挨拶を交わす。

 どうせ、正体は露見しているので今更警戒しても仕方ない。


「シズク・ヒキガネだ」

「それだけかね? もっと肩書はあるだろう。ホワイトベレー所属のヘルス、ああ古い情報だ。フロンティアの英雄、これも古い。レジスタンスのパイロット……言わずもがな。となれば、君に相応しい称号はこれかな」


 男はもったいぶった言い方をして含み笑いを浮かべた。


勇敢なる者(ドレッドノート)――」

「何が望みだ」


 私は単刀直入に切り出す。この悠長な会話劇を楽しむつもりは毛頭ない。

 だが、力業に訴えないのは、この男に余裕を感じるからだ。明らかにハザードは私の来訪を予期していた。予想の範疇内であるが、だからと言ってゆったりくつろいで良いはずもない。


「私の望みかね。そうだな……」


 ハザードは顎に手を当てる。じっくり考え込み悩んだ。


「強いて言うなら、君の計画を妨害したいと思っている。君のフロンティア独立計画を」

「人類の絶滅を避けるため……か?」


 私が想像を述べると、意に反してハザードは虚を突かれたように目を見開いた。

 そして小さく笑う。訝しむ私に衝撃の事実を告げる。


「ああ――滅びないよ、人間は。例え、異世界の扉を閉じ逃げ道を封じたとしてもな」

「な、に……?」


 今までの前提を覆す男の発言に、私は言葉を失った。

 ハザードは続ける。私を、世界をあざ笑うように、真実を紡ぎ始めた。

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