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恩返し

「――信じられません」


 驚愕が聞こえる。しかしその驚きは歓喜に満ちている。


「あんな酷い状態だったのに……」


 狼狽が漏れる。だが喜びに満ち溢れている。


「だから平気だって言ってたでしょ。まぁ、安心したけどね」


 安堵が響く。若干の不安を滲ませながら。

 私はゆっくり瞼を開けた。目に飛び込んでくるのは私を見下ろしている仲間たち。

 アウェル、フィレン、ミーナの三人。

 右手に温もりを感じて横を向くとそこには――リムル。いや、カグヤがいた。


「手を握っていてくれたのか」

「うん……リムルちゃんが」

「ううん、カグヤと私、二人で、です」


 リムルとカグヤの手は重なり合い、私の手を力強く握っていた。その温もりのおかげで、私は全てを投げ出すことなくここに戻ってこれたのだ。


「ありがとう、二人とも」


 礼を述べて私は身を起こす。布が落ちて裸体が露わとなるが取り乱さない。

 ここには彼はいないと確信している。ニカも同様に。


「敵の位置は?」

「……しかし、隊長」


 私が即座に戦闘中であると見抜いたことでアウェルは普段発揮する呼吸のあった合の手を忘却した。言葉に詰まりながら、私に休息が必要だと訴えてくる。

 だが脇目で私は自身のバイタルデータを確認した。正常値だ。あの血に塗れた制服がなければ、存在が希少なメディックが私の身体を検閲しても問題ないと診断するだろう。

 それほどまでに私の身体は治っていた。丈夫、という言葉が通用しない範疇で。


「大丈夫なの? お姉ちゃん。本当に……」

「私は平気だ。むしろグィアンたちの方が心配だ」


 診察台から降りる。用意されてあった予備の軍服に袖を通し、


「嘘だ」


 強烈な殺気を受け流しながら、その方向へ向く。無気力な少女の方へ。

 シャリー・ハンマーは私の蘇生を疑心に駆られながら眺めていた。いや、信じられないというよりも信じたくないという願望がその眼には合着されている。


「何で、何で……? あなたが」

「理由が知りたいか?」


 私はシャリーに接近する。確かな足取りで。シャリーは怯えたように下がり出して、その反応を見た私は足を止める。

 代わりに彼女に行ってもらった。私の言葉では届かないから。

 私の内から幻影が出現し、シャリーに向かっていく。精霊の呼びかけに従って。


「な、な――!」


 シャリーは歩いて逃げようとしたが、足に装着されている補助パーツが機能不全に陥り、転んでしまう。後ずさりながら逃げようとするが彼女からは逃げられない。


「酷い目に遭わせた。私のエゴで。私の独善的な行動が悲劇を生んだ」

「違う……違う! わ、私! 私の――ひっ!」


 言葉とは裏腹に恐怖し、怯え、泣いている。その存在の衝撃に打ちのめされ、復讐心のみで維持していた防波堤が決壊しようとしている。


「わ、私――私は悪いバリアントで、だから!」

「バリアントに良いも悪いもない」


 手が伸びる。シャリーはもはや動物的反射でその手を弾こうとした。だが、弾けない。そもそも弾く理由がない。その手を掴みたくて。何度も手を伸ばして結局届かなかったもの。それへようやく届くのに、拒否する理由は彼女にない。


「私は……私はもう少し姉らしく」

「違う」

「もっと考えて」

「違う」

「妹に接するべきだったんだ。私は最低の姉だ」

「違う! おね、お姉ちゃんは……!」


 矛盾する言葉。逃げていたシャリーが反転し、姉の元へと動き出した。


「お姉ちゃんは……お姉ちゃんは! いつも私のことを考えてくれていて!」


 姉の手を握る。動かないはずの足が動き、立ち上がる。


「私のために、私のために、いつも、いつも! 辛いのに、悲しいのに、無理をして笑っていて! だから、だから、私は――!」

「そうか、シャリー」


 シャルリはシャリーを抱きしめる。姉妹の抱擁は幻想的だった。

 比喩ではなく、本当に。


「お姉ちゃんは私にとって最愛で最高の……お姉ちゃんだよ!」

「ああ……ありがとう、シャリー……」


 シャルリは満足したように告げると、唐突に消失する。残されたシャリーはしばらく虚空を抱きしめていたが、夢から醒めたように私へと向き直った。無言の時間が流れる。その空間の中に足音を投入して、私はシャリーに近づいた。


「――お前には資格がある。権利が。だから止めろというつもりはない。だが……私には使命がある。果たさなければならない贖罪が。それを成すまでは死ねない。死ぬことは赦されない」


 カグヤとリムルの表情が陰ったが、二人は口を挟まなかった。これは変えようのない事実だ。だから、続ける。


「だから、待っていろ。全てが終わる時まで」


 想いを白状して、身を翻す。二人の援護に向かわなければならない。

 そこへ声が掛かった。その声音は険悪なものでも、演技がかったものでもない。


「C-332ルート」

「何?」

「そのルートに、サーベル隊……カナリ隊長は罠を仕掛けています。ステルス爆雷です。そこを迂回して大気圏を脱出すれば、安全にリベリオン基地に辿り着けるはずです。でも……急がないとダメ、です」

「なぜだ」


 シャリーは協力的な態度で応じる。


「リベリオン基地が、ブラックベレー本隊に襲撃されるからです」

「わかった。すぐに出発の準備をしろ。私は二人の援護に向かう」


 私は外に出る。最後に一瞥したシャリーの表情は陰鬱的ではあったが、それでも憑き物が落ちたかのような、牢獄から解放されたような希望を含んだものだった。



 ※※※



 地球圏での戦闘は死の灰による通信障害こそあるものの、基本的にはフロンティアでの戦闘と変わらない。地上戦もしくは空中戦。宇宙空間での戦闘に比べれば地形や重力による制限が掛かる。それはフライトユニットを装備したレンジャーカスタムでもブラックベレーの主力騎兵であるフォルシュトレッカーでも同様だ。

 時間との勝負なので隠密性を犠牲にし、堂々と灰色の靄の中を突っ切る。灰がベールの役目をしてくれたので最短距離で一直線に向かうという通常なら即時発見されてもおかしくない軌道をとってもぎりぎりまで知覚されることはなかった。


『カナリ隊長……! 何かが靄の中を!』

『あら? 今頃敵の増援? 遅刻が過ぎるんじゃないかしら』


 不敵なカナリの通信。彼女は有利な立場にいる。恐らくその立場は私の登場ぐらいでは揺らがないだろう。だが、それでも。

 私にはやらなければならないことが。放っておけない者たちがいる。


『敵機――来ます!』

『さて……どなた? アウェル・ハック? ミーナ・カー? フィレン・リペア?』

「――シズク・ヒキガネだ」


 私はところどころに稲妻のようなノイズが奔る全方位モニターの中から二人の姿を探す。グィアンはカスタムしたプロテクターで後方支援、ニカはディフェンダーVカスタムの機動力を生かして敵を撹乱しているようだったが、決定打に欠けている。これがホワイトベレーの軍勢だったらその作戦でも問題なかっただろうが、相手はブラックベレーだ。数的不利の中、これだけの時間をよく持たせたと褒めても差し支えない成果だ。


『ということは、私の可愛いシャリーちゃんの健気な復讐は失敗したってこと? あぁ、残念ね。正義の復讐は悪辣な殺人鬼によって阻まれてしまいました』

「半々だな。彼女の復讐は確かに成功した。単に私が地獄の淵から蘇っただけだ」


 ペイルライダーのように、と言いたいがあの牧師は復讐のために蘇った死の使いなので微妙だ。私は復讐される側なのだから。私はクリント・イーストウッドに殺される役だ。しかし正義の代行者は大海原のように広い心で私の執行に猶予をくれた。


『つまりゾンビ? 恐ろしくて震えちゃうわ。ねぇ、白狼。あなたもそう思わない?』

『うん、私も震えているかな。武者震いが止まらなくて』

『ふぅー、つまらない。まぁ、その顔が惨めに歪むその時はもうすぐだし。でも、あまり焦らされるのは嫌いなの。私としては――この場で決着をつけたいとこだけど』

「させない」


 アクセルペダルを踏んで、前に出る。カナリのフォルシュトレッカーSヴァリエーションと対峙しようとしたが、隊長の邪魔をさせないべく突出した僚機に阻まれる。

 きっと優秀なパイロットなはずだ。政府に管理され適正なマニュアルに従って構築された優良市民としてこのパイロットは最適化されている。

 だからこそ、私には勝てない。

 私はペダルを踏み込む。急加速したレンジャーカスタムはレーザーソードを構えてフォルシュトレッカーに接近。敵も当然ソードで応戦してくるが、


「時間がない。借りるぞ」

『――何ッ!?』


 スペックを越えた威力を纏ったソードに圧倒され両腕を切断される。私は静かに息を吐いた。精霊術を使えば、単純な、マニュアル化された相手なら瞬時に制圧できる。遠距離攻撃であれば回避される可能性もあるが、近接攻撃ならそうはいかない。いくら優秀有能なブラックベレーだとしても。

 だがカナリは違う。シャルリと同じように彼女はただ単に優秀なだけではない。

 そのカナリは……うんざりしたような口調をもらした。


『ああ――困ったわね。弱ったわ』

『よそ見している暇があるのかな?』


 ニカが射撃をするが、彼女を庇うように盾を構えた敵騎兵が障害となって届かない。彼女の――Sヴァリエーションのメインカメラは私と戦闘不能になって空中に浮かんでいる部下に向けられている。


『た、隊長……! 助けて!』


 部下の悲痛な叫びを聞いて、カナリはため息を吐く。


『本当に参るわ。どうしてこうも、都合よくいかないのかしら。でもまぁ、そういうこともあるでしょう。人生って苦難の連続らしいから。挫折と困難に彩られた過酷な道らしいから。となると、そうね……』


 声の色味が本来の彼女……無味で鋭く冷たいものとなる。


『自分の力で切り開くしかないな、ヒキガネ』

『た、隊長待って! 止めて……ください!』

「お前……!」


 変化は目に見えて表れた。私が行動不能にしたフォルシュトレッカーの熱源反応が急速に増大する。自爆シークエンスだ。実行したのはカナリ。遠隔操作で部下を自爆……いや、爆死させようとしている。隠れ蓑として。


『逃がさん』


 敵の狙いを私と同時に悟ったグィアンが弓を放つが、カナリは回避しようともしなかった。爆発によって私は銃撃を行えず、グィアンの矢も虚空へ吸い込まれる。サーベル隊が文字通り消えた。転移したのだ。去り際に不穏な言葉を残して。


『白狼、ヒキガネ、あなたたちを処刑できるその時を楽しみにしてるわ。まずは前菜を楽しんでから、ね』

『カナリ!』


 ニカの叫びが虚しく響く。彼女の通信ウインドウからは悔しさを滲ませたニカの顔が映った。そこには自身の個性をアピールし、勇敢に振る舞ってきた彼女はいない。彼女はカナリとずっと戦ってきた。ゆえに、カナリがこうもあっさりと撤退する意味をよく理解しているのだ。


『急がないと……急がないと、シズク!』

「既に準備を進めてある。グィアン」


 私は機体を降下させ、飛行能力のないプロテクターを持ち上げた。


「戻るぞ。リベリオン基地に」


 例え策謀の渦に自身が呑み込まれているとしても。



 ※※※



 地球への移動した時は輸送船の通常航行による長時間移動だったが、リベリオン基地へはワープシステムを用いることで一瞬で到達できた。敵の襲来を警戒する必要がなかったからである。無論、それは敵に発見される恐れがないからではなく、


「既に戦闘中の模様です。隊長」

「ああ、全機発進準備だ。カグ、リム、二人は輸送船を安全なところへ。いざとなれば、避難民を救助してもらうかもしれない」


 連戦の予想が容易であり、最悪なシナリオを想定してもいたので全員つつがなく準備を整えていた。唯一の不安要素はニカだ。

 彼女は機体のセッティングこそ終えているが呆然としている。そんな彼女に対し、私は表面的な言葉を投げかけることしかできない。

 まだチャンスはある。諦めるな。ポジティブな声援を言われても、そのエールを上回るほどの恐怖が彼女の心を満たしかけている。ニカの力の源はリベリオン基地にいる仲間たちだ。自分よりも悲惨な彼らたちを見て、己を奮い立たせてきたにすぎない。

 ニカ・アトミックという少女はとても――繊細なのだ。本当なら兵士ではなく、また皆を率いるリーダー的存在であるはずでもなかったことを私はここまでのやり取りで学んだ。ニカという少女がどれほど勇敢で心優しいかということを。

 だから彼女を死なせたくない。死なせてはならない。


「ニカ」

「わかっているよ、シズク。私がやらないと」

「ニカ」


 名前を二度呼ぶ。彼女が理解できているとは到底思えなかった。パイロットスーツを着込む姿はエースパイロットとは程遠い。ムードメーカーでもなく、リーダーシップを発揮する第七騎兵隊隊長ですらない。


「みんなは私が……私の説得に応じて来てくれたんだ。私がいるから、私を目標にして頑張るって言ってくれた子もいた。だから、私は自信満々の、スーパーエースパイロットでいなきゃダメなの。敵を倒して、みんなの希望にならないと……なのに、何でかな。ダメなのに……」


 ニカは儚げな笑顔を浮かべる。今にも壊れてしまいそうな。


「クィンとさ、逃げちゃおうかなって。みんなのことを見捨てて、全部何もかも忘れて、幸せにさ、静かに、暮らせないかなって……最低だ、私」

「無理なら出撃しなくてもいい」


 彼女の身を案じる。無意味だと知りながらも。当然、ニカの返答はノーだった。


「それはできないよ。そんなことをしたら私は、私でいられなくなる。ニカ・アトミックでいることができなくなる。自分を偽って生きるのってさ、とても辛いってこと知っているでしょ。確かに私は異常なのかもしれない。この髪は、瞳は、社会にとって危険視すべき遺伝子異常なのかもしれない。でも、私は胸を張って言える。自信を持って言える。間違っているのは政府の方だ。例え人口過多で絶滅しそうだからって、多数派の存在が危ぶまれるからって、少数派を弾劾し、殺していいわけがない。もちろん、少数派の中にも悪い人たちはいるよ。私だって綺麗事や理想論を振りかざした殺人者だし。この身体はもう汚れ切っている。正義の味方なんて言うつもりじゃない。けど、けどね。だからって見過ごすわけにはいかないよ」


 ニカは語る。震える声で、震える足で。私も拳を強く握る。

 敵が憎い、というわけじゃない。いや、完全にその気持ちがないわけはないが、今リベリオン基地を襲撃するブラックベレーたちも生きるために必死なのだろう。

 敵を嘲笑するのは己の気持ちを誤魔化すためだ。敵を見下すのは、殺されて当然の相手だと、自分がそうするのは仕方ないと脳を説得するためだ。

 結局、みんな、殺すか死ねの選択を迫られている。昔の私はその法則がホワイトベレーのみに強いられた法だと考えていた。

 だが、今は違う。誰も彼もだ。

 壊れた世界で、壊れた社会で、壊れた歯車として。

 全員がそう動いているから、それが正しいと思い込んで。


「私は戦う。戦わなければいけないんだ」


 ニカの決意は不動だった。しかし、彼女の心までがそうだとは限らない。

 もうすぐ発進地点へ到着するので、バトルキャバルリーに騎乗しなければならなかった。私は無重力状態の中で床を蹴ってレンジャーカスタムの元へと浮遊する。


「死ぬなよ、ニカ」

「努力するよ」


 ニカの顔は、以前同じ約束を交わした時ものとは違かった。儚げで、いとも簡単に砕け散ってしまうガラス細工のような。

 ディフェンダーVカスタムのコックピットハッチが閉じる。

 ニカの表情は見えなくなった。



 ※※※



 閃光が迸る。爆発が起きる。その光景は正直見飽きていた。しかし無機物の爆散――主にバトルキャバルリーによる爆発四散には飽きが生じているが、有機物――人間の爆裂は一つ一つがナイフに抉られるかのように鋭く痛む。

 リベリオン基地の正面にブラックベレーの母艦が陣取っている。母艦であると同時に旗艦であり、また戦闘機能も有した多目的複合戦艦は、しかし基地を破砕するベストポジションにいながらも攻撃を中断していた。

 リソースの無駄だから、という言い訳が脳裏に浮かぶ。現状、ブラックベレーはレジスタンスに対して圧倒的有利な状況だ。その状況は私たちの登場で覆ることはない。

 戦闘には数的不利でも勝てるが、戦争には勝てない。そのことはマニュアルを読破した頃から知っていたし、経験則としても学んでいる。

 ゆえに、今私たちができるのは勝つか負けるかではなく、負けるか引き分けに持ち込むかの二択だった。

 だが、隣で無言を貫くニカ……搭乗機Vカスタムがそうであるとは限らない。


『牽制を行う』


 グィアンの通信を私は了承する。全方位モニターの後部ではグィアン用に調整されたプロテクターが精霊術を纏った矢を放った。

 直後、バトルキャバルリーの爆発のような死を伴った輝きとは別の光が戦場を照らす。負け戦を強いられていたレジスタンス側の騎兵と獲物を狩り貢献度を稼ごうとしていたブラックベレーの騎兵が一瞬停止する。

 その不可思議な光に両軍が見とれている間に、私たちは突撃した。レジスタンスを援護するべくブラックベレーへ射撃を開始。虚を突かれた敵は放心していたが、それも一瞬のことで不意打ちでやられるような敵機はいなかった。

 ホワイトベレーとは練度が違う。対してレジスタンス側は混乱を隠せない。


『みんな、落ち着いて! 助けに来たよ!』


 本当ならば自身がパニックに陥ってもしょうがない状態だというのに、ニカが気丈にも味方の動揺を抑えようとする。だが、普段ならば一瞬で統制をもたらすはずの彼女の言葉は、あまり効果があるとは言えなかった。

 より強いショックが、場を乱している。


『に、ニカ! ニカさん! 助けて!』

『落ち着いて! 訓練通りに――』

『うらぎ、裏切った!』

『え?』

『裏切り者、信頼してた! 私たち、ああ、もう――』

「ニカ!」


 私は敵に応射しながら叫んで、友軍機に接近しようとする彼女を制する。直後、ニカが接触を試みようとしたレジスタンスの機体が爆散。通信と共に敵が姿を現した。

 謎のバトルキャバルリー。宇宙という深淵の中で、銀色の輝きを放つ機体。

 その名称はデータベースには記載されていなかったが、パイロットの名前は容易に想像ついた。答えが向こうから言い渡されたからだ。


『遅かったじゃないか、ニカ』

『テレグラム……中佐』

『あまり驚いていないな。まぁ、薄々勘付いているとは思っていたがね』


 レジスタンスの創設者でいて、リーダー。変異体の希望の象徴である反乱組織の要。そのリーダーが迷える子羊である友軍機を破壊し、私たちを見下ろしている。銀色の美しい騎兵の中から。

 ピースメーカーに比べれば見劣りするが、その機体の優雅さと来れば、感嘆の息を漏らすには十分すぎる造形だった。無論、この忌々しい状況の中でそんな賛美を送るつもりは微塵もない。現代的な騎士とでも呼ぶべき姿形の敵を観察しながら、私はハンドサインを仲間たちに送る。

 ニカは呆然とその機体を見上げていた。裏切りは予期していたかもしれないが、やはり衝撃は少なからずあったのだろう。


『裏切った……というよりも』

『ああ、君の推測通り私は最初から味方ではなかった。わかりやすく例えるなら……そうだな。動物実験を行う科学者と動物の関係だ。実験とは無関係な事項なら科学者は愛情を注ぐがね、いざ実験を始めれば何ら躊躇いなくその命を奪うというわけさ。つまり君は哀れなマウスだよ。そして、私が――』


 ――観察者スターゲイザーさ。テレグラムは臆面なく事実を突きつける。

 ニカの表情は無だった。いつもの飄々さは、陽気さは失せている。


『実際、いいサンプルだった』


 私たちは戦闘から切り離された。背景と化した戦場では多くの命が散っている。レジスタンスの機体はどの個体も丁寧に整備、管理され、パイロットも決まっている。機体の登録番号はすなわちそのパイロットのコードネームでもあった。

 廊下ですれ違い、挨拶を交わしてくれた少女が爆発した。

 お疲れ様です、と帰還の度に気遣ってくれた男が戦死した。

 私と共に衛星停止任務に赴いた少女が破裂した。


『クリミナルは、あの優男は、我々では世界は変えられないなどとほざいていたがね。そんなことはない。武力を用いて歯車の軋みを強制し、全員を一つの集合体として動かせば世界はよりよい道を歩むことができる。この道は正しいのだ。だが、一つ不安要素があったのは確かだ。それこそがレジスタンス。暴力を伴う教導には必ず反逆者が現れるものだ。だから、私はあえてレジスタンスを設立し、それがどんなものなのかを体験した。そうして結論付けたのだ。何一つ、問題はないと』

『道化だった。そういうことかな』


 静かな問いかけ。その声音からは想像もできないような怒気を孕んでいる。


『君ほど相応しい役者はいなかったぞ、ニカ・アトミック。ああ、君が焦がれていた男――クィンだが』


 通信ウインドウに映るジョン・テレグラムの顔が邪悪に歪む。


『彼は一番最初に殺したぞ』

『――ッ!!』

「ニカ!」


 ニカは心赴くまま、理性のコントロールを忘却し突貫した。彼女は心の暴走が悪しき結果を生むと知っている。だが知識を得ていても過ちを犯すのが人間の欠点であり、また良い部分でもある。

 しかし今回のそれは悪い結果をもたらすのみだ。私はニカの援護を始める。


『ああ、いけない。本当に不思議だ。心とは人間のモジュールの一つのはずだ。遺伝子を調整した時、肉体を強化した時に、その不安定なシステムも同様に調律されたはず。過去の歴史を辿れば、感情をオミットしたタイプも存在した。なのに、ああ……本当に人間とは馬鹿者だ。ヘルスとバリアントなどという面倒な枠組みではなく、使役される奴隷型と支配する支配型の二種類を構築すればいいだけだったのに、どうして……我らの祖先という者は臆病で愚か者なのか。中途半端なのだ。どの人間も』

『――』


 ニカはもはやまともに反論せず彼女が持つ技量をがむしゃらに敵機へとぶつける。


『無論、君もそうだよ、ニカ・アトミック』

『黙れ!』


 ディフェンダーVカスタムがライフルを連射する。対して、不明のバトルキャバルリーは回避に徹するのみだ。愉しんでいる――愉悦している。この状況を。実験動物の哀れな姿を。

 私の中にも憤怒の感情が生まれるが、息を吐いて沈める。私は冷静でいなければならない……怒りに我を忘れるニカの分も。

 精神を研ぎ澄ます。あまねく命の守り手たちに呼びかける。

 しかし、テレグラムもただ遊んでいるだけではないようだ。私を妨害するべくフォルシュトレッカーを三機も寄越した。その代わり、レジスタンス側への攻撃が緩むので私は全力で敵の注意を逸らす。

 ブレードを取り出し、射撃戦を行おうとする敵機へ振るう。距離がだいぶ離れていたため敵は油断していたが、何の前触れもなく剣から斬撃が質量を持って飛来したため対応できずに戦闘不能に陥った。


『なぜ社会への恭順を拒んだ。自身の個性を守るため? マイノリティの守護者を気取って……その結果がこれだ。本当に意味がわからない。白い髪が黒く染まって何か不都合があるのかね? 白い瞳が目立たなくなって何か問題があるのかね? 君は、自己主張がしたかっただけだ。大勢の人間にアピールをしたかっただけだ。自分が優れているぞという自己満足に浸りたかっただけだ。そしてその自己中心的な考えに巻き込まれて、君の想い人や仲間は死んだ。本当に自分勝手な女だ。もしや君は本気で他人のためを思って動いていたのかもしれないがね、それは余計なお節介と言うものだぞ』

『うるさい! それでも私は! 私は!』

『だからその結末として――君は己の善行に殺されるのだ!』


 ニカとテレグラムはレーザーソードによる果たし合いを始めた。本当ならばすぐにでも援護したいが、いかんせん敵の数が多すぎる。精霊術を行使しても、即座に裁くには敵の技量が高すぎた。

 戦場は混迷を極めている。数多の敵勢、助けを請う味方。

 今まで体験したことのない大規模戦争。だがそこに、さらなるカオスが舞い降りる。


『隊長!』

『何だ!』


 フォルシュトレッカーをライフルによる射撃で無力化しながらアウェルに応じる。


『転移反応確認――これは!』

『敵の増援……いや』


 私は歯噛みする。確かに敵の増援ではあるが、現状ブラックベレー隊が増援要請する理由はない。

 となれば戦力的な意味合いではなく、精神的なもの。

 戦術的判断を度外視した個人の意志。

 彼女は申請したのだろう。己の命の代金を用いてでも。

 彼女は自分の獲物だと心に決めていたから。


『頂くとするわ――白狼!』

『カナリ……!』


 フォルシュトレッカーソードヴァリエーションが、ディフェンダーヴァリアントカスタムへと切迫する。

 救われた者が救った者と対峙する。恩を仇で返すために。

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