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死神の猛追

 レーザーと実弾が入り混じる戦場の中は、ある意味安心感をもたらす。人なのか兵士なのか、もはや自分を定義できないが、慣れ親しんだ光景は、あのひりついた空気の中で漂うよりも随分マシだ。

 安堵する資格などないと知っているが、私は戦闘に集中する。第二の身体であるレンジャーカスタムの操縦に全身全霊を注ぐ。

 メインモニターの先には、多数の騎兵が展開していた。しかしどれも型落ち品。万全万端の防衛設備、というよりはその場しのぎ、もしくはとりあえず体裁を保つために出したと表現するべき部隊だ。

 プロテクター、カスティゴ、キャタピラで動く可動式砲台であるコクーンまで出撃している。コクーンは主要施設の防衛に特化したほぼ球体の騎兵であり、機動力は皆無で砲撃と防御が優れたキャバルリーだ。

 しかし、機動性の優れた相手には勝ち目が薄い。さらに狙いも甘かった。


『自動操縦のようです。今、ハッキングしています』

「頼む。必要はなさそうだが」


 銃撃を横にスライドして避け、反撃。直進してきていたプロテクターがレーザーに貫かれる。アウェルもハックしながら狙撃して、コクーンの両腕一体型の砲身を撃ち抜いていた。ミーナは格闘戦でカスティゴを両断。フィレンはライフルで重なるように行動していた二機のキャバルリーをあっさり破壊する。


『やった! 今の見ましたか!?』

『すごいねフィレンちゃん。オートパイロットじゃなかったらもっとすごかったねぇ』


 ミーナの通信からは咀嚼音が聞こえる。彼女も今回の戦闘は脅威とみなしていない。

 レジスタンスきってのエース、ニカに至っては少し離れた上空で周辺を監視し戦闘に参加すらしていなかった。彼女が警戒する相手は想像に難くない。


「カナリを気にしているのか」

『うん。でも、おかしいな。来ないんだよね』


 ニカの疑問は私に通ずるものがあった。これほど派手に戦闘をしているのに、私たちを捜索中であるはずのサーベル隊は一向に姿を見せない。否、姿を見せずとも問題ない、と考えているのか。

 脳裏によぎる不安を察するように、ニカが口を開く。


『シャリーのこと考えてるね』

「いや。今はこの施設内に情報があるかどうかだ」


 私は現在の最優先目標を口ずさむ。そうでもしないとすぐに余計な思考に引っ張られてしまう。本来、それは余計で片づけてしまってよいものではないが、今優先するべき事項は別にある。一つ一つ、タスクは処理するべきだ。

 周辺の敵機があらかた掃討できたことに加え、アウェルからのハック完了の知らせを聞き届けた私は、全員に通信を送った。


「施設に突入する。行くぞ」


 五機の騎兵が施設に降り立つ。スターゲイザーのアーカイブがあるという場所に。

 私は任務に意識を集わせる。

 リムルとカグヤ、そしてシャリーのことを頭の片隅に押しやりながら。



 キャバルリーから降りて、サブマシンガンを構えながら鋼鉄製の扉の前に集合する。そこへ人影が近づいてくる。私は特に警戒もせずに訊ねた。


「そっちはどうだ?」

「問題ない」


 弓を構えながら歩いてくるグィアンが平然と応じた。歩兵の類は見当たらない。彼の姿はこちらに来てからずっと防護服だ。……良い具合に整った顔を拝むのはまだ先、宇宙に帰還してからの話となる。

 私は彼の防護服に傷がついていないか一瞥した後に、防御力が皆無の薄い服装の仲間たちを見回した。


「自動扉じゃないようですね」


 アウェルがデバイスをチェックしながら告げる。その理由は簡単だ。


「資源の無駄だからな。クオリアコロニーでもそうだった」


 旧人類がこの地で生活していた時は、何でもかんでも自動化を進めていたらしい。だが、今や人間の方が機械よりも優れてしまったため、むしろ不必要な自動化はオミットされる傾向となっていた。管理社会の中でも一部の主要施設を除いてほとんど自動化されていない。

 キャバルリーのオートパイロットについては、あれはパイロットの補助を目的としたシステムであって、自動操縦を主眼とするのは本来有り得ないことだ。


「やはり人の出入りは少ないんですかね。というより」

「人の気配が全くしませんねー」


 フィレンとミーナが周囲をきょろきょろと見直す。が、そこには人の影は一切ない。生命の痕跡は……あるにはあるが、原生生物のものでGMHのいた痕跡はない。

 しかし、クリミナルのようにサイボーグ化されている可能性も否めない。或いは、カグヤのようにホログラム体で活動している可能性も捨てきれない。


「油断するな。何が起きても不思議はない。お前もだぞ。精霊術でも予期できない事項は存在する」

「念を押されなくても理解している。……どうした」


 私の注意を聞き流したグィアンが声を掛けたのは、ずっと遠方を気にしているニカへだった。


「カナリの存在が頭から離れないか?」

「それもあるけど……やっぱりさ、妙だ。妙過ぎるよ。これは。静かすぎる。形式的な防衛網だけ? 本当は施設の中に爆弾でも仕掛けられてるんじゃないかな」

「だとしても、突破するしかない。……不安なのはわかるが」


 ここにきてニカは弱気になっている。これが生来の彼女、今まで誤魔化していた本当の性格だ。彼女は笑顔を浮かべたが、足の小刻みな震えは隠せていない。


「うん……そうだよね」

「手早く済ませよう。アウェル、頼む」

「了解しました。少し、距離を取ってください」


 アウェルがC4を扉に設置する。直後、小規模な爆発が起きて鋼鉄製の扉を吹き飛ばす。全員が銃を構えて扉の先を見つめていたが、警備兵が駆けてくる兆しはない。むしろ、迎え入れるかのように暗い室内に電気が灯った。罠である危険性がより高まる。が、何度も言うように進むしかない。罠なら踏破するしか道はない。


「行こう」


 皆だけでなく自分すらも奮い立たせるように指示を出して、ゆっくりと施設へ侵入する。全員で固まり、それぞれが別の方向を警戒しながらクリアリングを進めていく。アラモ砦やクオリアコロニー、エンカレッジステーションの時とは勝手が違った。今まで攻略した拠点は事前か途中でマップを入手できたが、スターゲイザーのアーカイブではそうはいかない。

 だが、しばらく進んで拍子抜けさせられる。本当に、敵が存在しない。防衛設備も。監視カメラすら存在していない。

 いや、微小のカメラがどこかに仕掛けられているのかもしれないが、目に見える類のセキュリティが皆無だった。


「はずれ……でしょうか」

「私もそんな気がしてきちゃった」


 フィレンとミーナが心配を始める。私の中でも落胆と諦観のミックスが急速に膨らみ出していた。頼みの綱であるアウェルもライフルを壁に立てかけ、ラップトップを通路脇に設置されていた台に起きアクセスを試みるが、すぐに首を横に振った。


「ダメです、信号を捉えられません。……ここには、何もありません」

「やっぱり……罠か。そうか、そっか……はは、困っちゃうな」

「ニカ……」


 ニカの表情が若干青ざめている。かつて私を救うために颯爽と現れた反乱分子は、今や追い詰められた鼠だ。息は乱れ、壁に寄り掛かる。


「みんな……ああ……やっぱり私は……」

「しっかりしろ。みんなお前の帰りを待っている」

「そんなことないよ。私……私は、どうにかして自分を奮い立たせてるだけ。本当はとても弱いんだよ。何度、心折れそうになったか。自分を偽ってしまえば、楽でいいいやって、何度逃げそうになったか。このキュートな白髪も……全部、毟ってしまえばいいんじゃないかって……」


 ニカは座り込んでしまう。部下たちは彼女をフォローすべく周辺の警戒に移る。私は彼女に合わせて中腰になり、勇気を失いかけているニカの目をまっすぐ見据えた。

 そして……ガラではない、しかし効果的だと知っている冗談を言い放つ。


「それは困る。お前がハゲたら笑って任務に集中できないからな」

「……なにそれ……」

「お前に教わったやり方だ。泣いたり怒ったりしたら許さないぞ。笑え」


 ニカは沈痛な面持ちに僅かな喜の感情を点灯させた。しかし、儚げな印象は拭えない。


「はは、笑えって強要したらダメだって。でも、ありがと」


 ニカはSAAを握りしめて立ち上がる。悪党にしてやられても、諦めずに立ち上がる西部劇のガンマンのように。彼女の様子に安堵して、私はグィアンに助力を求めようとした。


「グィアン、こうなったら精霊術で――グィアン?」


 しかし、彼はいつの間にかいなくなっている。私は確認するように部下たちへアイコンタクトをしたが、彼女たちも気づかぬうちにいなくなったようだ。優秀なスカウトなので、突然いなくなる程度の芸当はできて当たり前だ。しかし、フロンティアならともかく、地球での不在は心臓に悪い。


「くそ、勝手に……まぁいい。先に進もう」


 私たちはとりあえず直進を選択する。そして、突然現れた広間に目を見開いた。

 多種多様の機材が接続されている。専門知識がなければ、そこは墓標に見えただろう。プレート上のハードディスクドライブが複数……数十、数百単位で並んでいる。

 見る者を圧倒する光景は好都合だった。間違いなくここは情報の集積所だ。


「中佐の話は本当だったようですね。これで」

「全てが解決する――というわけではないな」


 アウェルの言葉が引き継がれる。何者かに。

 いや、その疑問はアウェルとニカから発せられたものだ。なぜなら私は。

 私とミーナ、フィレンはその正体を知っていたから。


「バカな……」


 私は狼狽しながらも銃を構える。コンピューターの墓場から現れた男は、物怖じもせずドライブの海の中を闊歩する。大海を切り裂いたモーゼのように。


「死んだはずだと考えているな、シズク」


 男は微笑んだ。柔和な笑み。しかし私はその笑顔が作り物であると知っている。

 心理的ではなく、物理的に。その笑顔は人工物。その身体はマテリアルだ。


「クリミナル……殺したはずだ」


 グィアンとの共闘によって。妹の身体を奪い、エミリーを殺した男。

 ピースメーカーというロストキャバルリーに乗って、私を試験した男。

 スターゲイザーであり故人であるはずの男は、堂々と私に近寄ってくる。


「死してなお、殺しに来たのか。復讐を果たしに?」

「君は……まぁ、致し方ないと言えばそうか。もし君がまだ兵士であれば、そんな問いは放たなかっただろうな。いい傾向だ。疑問に答えよう。復讐に意味はない。以前、教えたはずだ。学んでもいるな」

「納得できると思うか?」

「思わないからこうしよう」


 と言うや否や、彼は奇行に奔った。自傷行為ともいえる。突然、自身の首を引っこ抜いたかと思うと、ころり、と私の方へ転がした。さしもの私も驚き、ニカたちもぎょっとしている。だがスパークする千切れた首のコード類を見て、この男がただの人間ではないことに気付いたようだ。


「サイボーグ……例の、男、ですか」

「いやいや、アンドロイドだよ」


 生首……人工首がしゃべる。ちょっと体勢を整えてくれないか。そう気楽に要望を述べたが誰も手伝おうとしない。少しの間の後、ミーナがフィレンを脇で小突いて、彼女が嫌悪感を隠そうともせずに首を床の上に立てた。


「ありがとうフィレン・リペア君。君も成長したな」

「ど、どうも……」

「今のはどういう意味だ?」

「ん? 言葉通りの意味だが。フィレン君が……」

「違う。そっちじゃない。その前の――」

「だから、言葉通りの意味だ。私はアンドロイドでね。君が指している私は、とうに死人。こちらの私は生前の彼のパーソナルデータをコピーしただけの人形だよ」


 男の発言の理論は理解できる。だが、そうすんなりと承服するにはクリミナルと私には因縁が深すぎた。しかし、わざわざ首をもいで無抵抗を示した相手にいつまでも敵意を向けているわけにはいかなかった。

 何より、重要な情報源だ。他ならぬスターゲイザー本人なのだから。


「納得してくれたか?」

「不承不承だがな」


 話を聞いてから判断するのも悪くない、という私の胸の内を見透かしているであろうクリミナル――本人曰くコピー――は教え子の反応に喜ぶ教師のように微笑んだ。

 もしこれが五体満足ならば特別な感想は抱かないが、首だけなので不気味である。人体模型に言いようのない不安感を持ってしまうように、例え機械とわかっていても、頭部だけの状態ではあまり良い気分にはなれない。

 私は早速会話を促す。情報を引き出そうとする。


「ここはどこだ」

「スターゲイザーのアーカイブ。わかっているだろう?」

「本当なのか? 本当に、ここが?」


 私は機械の墓標を見渡す。実際、この施設は墓場なのだろう。一枚一枚の重厚なプレートに詰まっている情報は、まさにこの地球と人類の生きて来た証だ。その中に記憶……記録が保存され、もはや誰からも忘却されてしまった人たちの名が刻まれている。情報という遺骨を収納した墓石だ。それを哀愁漂う瞳で見上げたクリミナルは、打って変わって言葉を濁した。


「ある意味では。また、ある意味では誤りだ」

「どういうことだ。芝居がかったセリフは止めろ」

「彼はどうやら本気のようだ」


 クリミナルは私の要求に従わなかった。或いは、従ったからこそ話題が転換されたのか。


「彼? 彼とは」

「知っての通り、我々は一枚岩ではない。あくまで一点の視点……俯瞰視点とでも言うべきか。世界を客観視できる者たちの集合体が我々だ。そのため、立場は同じでも、着眼点が違う者も多い。私のように世界の変革を望む者もいれば、現状の維持に努めるべきだという考えで動く者もいる。しかし、哀れだ。あの男は彼に利用されていることに気付いていない。彼の望みは……いや」

「何だ。話をはぐらかすな」


 だが彼が今まで私の予想通り動いたことがないように、かつての仇敵はまた話を搔き乱した。


「今は君が標的だ、シズク」

「どういうことです」


 アウェルが堪えきれずに口を挟む。クリミナルの視線が彼女に向いた。唐突に目を瞑ると、突然彼女の個人情報を諳んじる。


「アウェル・ハック。他者依存のバリアント。自身が信じるに足ると判断したものには全てを捧げてしまう強迫観念の一種だ。今はシズクにぞっこんだな」

「あなたは……」

「取り合うなアウェル。この男は」

「話の腰を折ったな。……どうにも話が脱線してしまう。これは生来の性でね。ある意味、変異のようなものだ。しかし、滑稽だな。多少性格や精神に障害があったところで、それがなんだというんだね」

「その点は同意だが、本題を」


 全く話が進まない状況に苛立ちながら、私は周辺のコンソールへ目を移す。さっさと情報を検索してしまった方が早い気がする。観察者との会話は百害あって一利なしだ。


「検索は無駄だぞ、シズク」

「何? 一体」

「君の望む情報は消去されてる」

「何だと?」


 声音が冷たくなるのを感じる。冷ややかな、そして鋭いものが身体を巡る。

 クリミナルは臆面なく応えた。パズルを組み立てるように。


「だから言っただろう。彼は本気だと」

「彼とは一体――」

「薄々その存在に気が付いているはずだ。君は」


 含みのある言い方をしたクリミナルに、今度はニカが思いつきを述べる。


「もしかして、テレグラム中佐……?」


 しかしクリミナルは笑みを浮かべるだけだ。ニカの疑念には応えずに、私だけを見上げてくる。裸にされている気分だが、羞恥心よりも嫌悪感の圧勝だった。


「既に伏兵を放っている。と言ってもあくまで前座だが、もしそこで死ぬのならその程度の人物だと彼は判断する。なかなか強烈な教え子でね。そして手段も選ばない。仮に先兵を討ち果たしたとしても、今度は君の弱点を突いてくる」

「私の、弱点……まさかお前!」


 拳銃を抜き、彼の急所である頭部に突きつけるが、全く気にするそぶりもみせない。別に撃ち殺されても構わないと言った風だ。彼の言葉を鵜呑みにするなら、もはや死人である。今更殺されたところで何かが変わるわけではないのだろう。


「それで君の溜飲が下がるのなら撃てばいい。さて、どうする」

「くそ……。もし、またカグヤを利用するのなら」

「そんなことはしない……私はな」


 つまり彼はする。謎のスターゲイザーは。


「彼とは誰だ。私の知っている人物か」


 私の詰問にクリミナルは応えない。私は苦心しながらも銃を下した。


「お前は連れていく。洗いざらいしゃべってもらうぞ」

「いや、それは無理だな」

「この期に及んで拒否権があると――」

「彼とは違い、あの男は私が嫌いだったんだ。穏健で理想主義だとな。自ら手を下せば世界が変わると信じていた。観察者で、傍観者である以上、我々にそのような力はないにもかかわらず。だからまんまと操られる。哀れだな、本当に。変革を成すのは我々ではなく、君のような――」

「お前は――っ!?」


 急にクリミナルの頭部が爆発する。だが、それは他人を傷つける爆発物というよりも、自身の情報が他人に渡らぬようにする口封じのようなささやかな爆裂だった。

 突然の情報源の喪失に私は動揺を隠せない。瞬時に私の意図を察したアウェルが大型のコンソールへアクセスを開始するが、


「全ての情報が……消去されています。もう、何も残っていません……」

「くそっ! 一体何がどうなって」

「お姉ちゃん?」


 その呼び名に身体が硬直する。手がかりを失い、戸惑いを露わとしていたところにその声が響くのは偶然とは思えなかった。

 ゆっくりと、振り返る。全身から血の気が引くのを感じながら。そうして、納得した。腑に落ちた。全ての事情が呑み込めた。


「なるほど。そういう、ことか。やはり、こうなる運命だったな」

「シズク、あの、ごめんなさい。どうしても……あの人が」


 リムルが同行者へ目線を移す。その傍で半透明になっているカグヤも同様に。

 守りやすく逃げやすい位置に待機していたはずの二人は申し訳なさそうな表情を作っている。

 反対に、視線の先に立つ彼女――シャリーは晴れやかな表情を浮かべている。


「すみません、シズクさん。私が無理を言って頼み込んだんです」


 軽やかな足取りで歩き出す。憑き物が落ちたように。


「どうしても、彼女の力が必要だったんです。リムルの」


 シャリーは満面の笑みでリムルへと向き直る。そして、困惑する彼女の手を取って、私たちの真ん中に引き連れていく。


「え、えと……シャリー?」

「シャリーちゃん?」

「彼女がいなければだめでした。ダメだったんです。カグヤは……まぁ、特に必要はありませんでした。実体がなければ、意味がない。使えませんから」

「リムルちゃん!」


 ようやく事態を把握したカグヤが声を荒げた。しかしもう手遅れだ。


「か、カグヤ……いたっ!」


 手を振りほどこうとしたリムルが顔をしかめた。GMHの握力に先住民の少女の腕力が敵うはずはない。シャリーは痛がるリムルを意にも介さずに、くるくると回るようにして私の前へと接近する。アウェルとニカ、ミーナとフィレンでさえも銃を取り出したが、私は全員を制した。


「隊長!? で、でも!」

「危険ですよ、この子は。隊長さん。もうこうなっちゃったら……」

「ミーナ・カーの発言通りです。もはや……」

「シズク……いいの?」


 疑問と確認と進言が混ざり合う。皆は混乱していたが、私は驚くほど冷静だった。

 そうとも、わかっていた。予期、予想、予知していた。

 まるで私のイメージを完璧に再現したかのように状況が動いている。覚悟はとうにできていた。

 だが、無意識的に私は視線を彷徨わせてしまう。ほんの僅かな期待があった。

 あの男がどこかにいるのではないかという期待が。

 だが、あっさりとその幻想は消え失せる。


「ああ、グィアンさん、でしたっけ? あの人ならいませんよ。隊長は邪魔が入らないよう、今頃、輸送船を攻撃しています。きっと、あの人は単独で護衛に向かったんでしょう。罠だと知りながら。それでも仲間のために。……裏切り者の、あなたのために。悪い悪い、バリアントのために」

「リムルを離せ」


 私の要求にあっさりとシャリーは応じる。強引に投げ飛ばされるようにしてリムルが私の元によろめいてくる。きゃ、という短い悲鳴を漏らしながら。

 私は彼女を受け止めて、即座に構えられた銃口を睨んだ。シャルリが自害した時と同じ黒色のピストル。

 シャリーは姉の仇を取るために、わざと負けたのだ。そして、今までずっと機会を窺っていた。全ては姉のために。自分の、ために。


「シャルリのためか」

「いいえ。これは私のため」

「嘘を吐くな。お前が何を言おうとそれは姉のためだ。復讐ではなく贖罪だ」

「そうかもしれません。けど、もう、どっちでもいいです。あなたを殺せるなら」

「ならリムルを巻き込むな」

「ダメですよ、それは」


 シャリーは視る者を魅了し、また戦慄させる美しさと恐怖の入り組んだ笑顔をみせる。


「だって、それじゃ避けられちゃう。都合のいい言い訳を言って、みんなのためだからしょうがないとか、世界を救うためだとか綺麗で高潔で立派な言葉を言って、先延ばしにされてしまいます。だから。だから、彼女には、ちょっと協力してもらいます。ごめんなさい、リムルさん」

「あ……う……」


 私の腕の中でリムルが震える。私は彼女を押さえることしかできない。

 だが、私の妹は違う。全くの無音でシャリーの身体をすり抜けながら近づいて、私たちと彼女の間に立ち塞がった。


「嘘だったんですか」

「何ですか?」

「今までのやり取りは。あの笑顔は、嘘だったんですか?」

「ああ……そうですね」


 シャリーは悩むように目を伏せると、微塵も揺らぐことない視線でカグヤを突き刺した。


「嘘ではありませんでした。本当ですよ。あなたたちとの会話は楽しかった。特に、カグヤさん。あなたと私は……ずっと前から友達だったかのように趣味が合いましたね。実際、もっと前に出会っていたら親友にもなれたかもしれません。リムルさんとの話も有意義でした。フロンティア……もし叶うなら、足を運んでみたかった」


 シャリーは噛み締めるようにここ数日の思い出を語る。でも、とその表情は暗く熱を帯びた。


「シズクさんは許せません。いや、私が私を赦せない。決着をつけないといけません。だから……カグヤさんにも謝ります」

「シャリー……さん!」

「ごめんなさいね、カグヤ」


 拳銃の引き金に指が掛かる。


「私と同じ思いをさせて」


 銃弾がカグヤの胸を貫通し、そのまま私に――リムルに迸る。シャリーの狙いは端からリムルであり、それはつまり、


「シズク!」「お姉ちゃん!」

「く……ッ」


 彼女を庇う私に、弾丸が命中することになる。私の殺し方を、いや、正確にはシャルリの殺し方を、シャリーは、そしてカナリは心得ていた。

 急所は外れたが、瞬時に危険信号が脳から発せられる。

 私は負傷した脇腹を押さえた右手のひらへ目を落とした。

 血に混じって紫色の液体が付着している。ばかばかしいぐらいに、それは。


「GMH用に調整された猛毒です。もう、助かりません」

「ぐふ、か、ふ……」


 血を吐く。大量に。白の軍服が赤く染まる。

 全身から力が抜け、よろめく。だが、まだ言わなければならないことがある。

 シャリーを見て、呆然とするカグヤを見、そして、虚を突かれたリムルを見る。

 視界すらも赤く染まり始めた。それでも、命令を。


「かのじょに……ては……だす、な」

「お姉ちゃん!! お姉ちゃん!!」

「嘘……いや、シズク!!」


 体勢を保てず倒れ込む。肢体が血の海に沈む。ぐちゃり、という音と、


「やった、やったよお姉ちゃん……仇を取ったよ……」


 歓喜に震えるシャリーの声音が、私が聞いた最後の音だった。

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