呪蝕
焚火がバチバチと唸り、影を創造している。灰の世界に唯一灯る希望の光であるように。
「シャリー……」
その登場は予期していたが、やはり実物として現れると強い衝撃をもたらした。私の身体は冷え切ってしまったように、或いは熱を持ち過ぎてオーバーヒートしてしまったかのように動かない。血の気が引いたとは別の見えない力によって拘束されている。
心の鎖が私の身体を掴んで離さない。呪いのように。
「……」
シャリーもまた無表情で私を見つめている。その瞳は鋭く、また酷く凍り付いているように思える。初対面の時の、カナリに自らの腕を差し出そうとしていた時とはまた違う情念。昏い灼熱に覆われてはいなかった。
だが、今度は底なしの冷たさが蠢いているように感じられる。
「シャリーは、シズクに謝りたいって」
「私に……か?」
リムルの言葉で身体の鎖が解き放たれる。が、動揺は隠せない。
バグが見当たらないのに動かない――操縦者が意欲を喪失したバトルキャバルリーのように停止する私へシャリーがゆっくりと歩み寄る。
静観していたアウェルがホルスターに手を伸ばして立ち上がったが、それくらいの制止はできた。手で彼女を制し、シャリーの思うままにする。
時間がゆったりしたものであるかのように誤認する。長く、そして一瞬の時を経て、彼女は私の前に辿り着いた。
「……っ」
唐突に手が伸ばされ、私は声を詰まらせる。
武器を仕込んだ行為ではない。策謀を巡らせる仕草ではない。
ただの握手。何の変哲もない友好の、仲直りの行動。
しかし私は口の中に銃口を突っ込まれたかのような、或いは鋭利なナイフを首筋にあてられたかのような錯覚をしてしまう。
「今まではごめんなさい……シズク、さん。私、二人の話を聞いてちゃんと理解しました」
「理解……だと」
一体何を理解したと言うのか。そういう事情があったから。止むを得ない理由があったから、姉が殺されても全然平気だと。シャルリの死は仕方ないこと、どうしようもなかったことだと納得したのだろうか。
……私自身が私を赦せないというのに、その妹であるシャリーが?
「はい、理解です。見識を深め……納得しました」
「バカな、それは」
「いいんです、もう。きっとお姉ちゃんは望んでませんから」
それは事実である。だが、彼女の声は別の事柄を指しているように聞こえる。
「お前は――」
「仲直りしましょう。シズクさん。今まで殺そうとしておいてなんですけど。……ダメ、でしょうか?」
「私は……」
躊躇う。戸惑う。躊躇する。
シャリーを救おうとは考えていた。だが、和睦は想定していなかった。
彼女が私を恨むのは当然の権利であり、憎しみは標準のシステムであり、和解など有り得ない。してはならないと。
「もう嫌なんです。終わりにしてください」
「……ああ、わかった」
逡巡の後、私は彼女の手を握る。ミーナとフィレンは互いの顔を見合わせ、アウェルは眉を顰め、カグヤとリムルは喜んでいる。
ニカは物悲しそうに焚火へ目を落とした。
グィアンは腕を組んでいたが、一切の隙を見せなかった。
私は――惑いながらシャリーの微笑を受け入れる。その笑顔が本物なのか偽物であるのか、私には見抜けなかった。
シャルリなら、一目でわかったはずだが。
※※※
シャリーは年が近いこともあって、カグヤやリムルと親しくなったようだ。外で私たちが作戦会議を行っている間も輸送船から無邪気な話し声が響き渡る。
ガールズトークというものだろうか。その状況は微笑ましいはずなのだが、素直に受け入れられない自分がいることには気が付いている。
「隊長?」
「すまない。どこまで話した?」
意識を内側に向けていた私はアウェルに問い質す。アウェルは現在の情勢をかいつまんで説明を始める。
「通信機能の一切が使用不能というところまでです。先程お伝えした通り、この星の表面を覆う灰のせいで、通信システムが正常に動作しません。常時、ジャミングが発生しているかのような状態です。外部との連絡は不可能でしょう。データの転送も当然ながら」
「援護は期待できないか」
当初から期待はしていないが。それにデメリットばかりでもなかった。
「この灰のおかげで敵に捕捉されなくて済んでいる。構わないはずだ」
グィアンがヘルメットバイザー越しに地球を覆う微小物質を眺める。常時スーツを着ていなければならない環境というのは窮屈に思えるが、彼はリムルとは違って弱音を一言も吐かなかった。
そういう男だ。だからこそ……少々心配になってしまう。
「ちゃんと保護機構が正常なのかチェックしているのか?」
「問題ない」
「いくら特注品とは言え、何が起こるかわからないんだ。間違っても吸い込んだら即死だぞ。お前は今、マグマの中に、或いは深海の中に放り込まれているのと変わりないんだ」
もしくは、宇宙の深淵の中に。しかし、グィアンは気にする素振りを見せない。むしろ私に警句を投げてくる体たらくだった。
「お前こそ身体に異常はないのか」
「GMHに異常が発生するはずないだろう」
「あくまでも限界が俺たちとは違うだけだ。限界以上に有害物質を吸い込めば――」
「いちゃつくのは後にしましょうよ。今、作戦会議中ですよね?」
「……」
普段は集中力を切らしているミーナに注意されてしまい、私は閉口する。グィアンも沈黙した。フィレンが少しだけ笑い、ニカもおかしそうな表情を作る。
迂闊、というよりは、この状況から逃避したいという想いが私を饒舌にさせてしまったのかもしれない。今はそのようなやり取りをしている場合ではないのに。
私はすまない、と謝罪して遠方の巨大施設を見つめた。
「偵察も不可能となると強行突入しかないが」
「カナリに出くわすことになると思うけどね」
ニカがうんざりしたように告げる。カナリが捜索・追撃してこないのは、こちらの目的を推察しているからだ。敵がどこに現れるかわかっているのに、わざわざ探す必要はない。ただ出てくるまで待ち構えればいいだけのこと。
凶暴な原生生物がいる中で、あまり悠長に時間を潰している暇はなかった。ただでさえ不審な点が山積もりとなっている。
テレグラム中佐、カナリ、そしてシャリー。もし私が素直な性格――カグヤやリムルのように無邪気なら、何も起きないと楽観視できただろうか。しかし私はひねくれている。何も起きない、無問題だと言い切れないし、そんな風に思うのは早計だ。
「待機していても進展はない。明日、行動に移すぞ」
了解しました、というアウェルの肯定。私の方針を最後に、会議は流れ解散となった。
と言っても活動範囲は限られているのでそこまでばらばらになりはしない。フィレンはミーナの原生生物の味を確かめたいという狂気めいた発言に顔を真っ青にしながら引きずられていく。アウェルは椅子代わりの石に座ってラップトップを操作。グィアンはフロンティアでいつもそうしているように瞑想を始めた。
彼の傍に行くか悩んでいると、思いつめた表情をしているニカが目に入った。
「悩み事でもあるのか」
「シズク。ううん、何でもないって言えば……放っておいてくれる?」
「いや。お前は以前、強引に私を連れ出した。その時の仕返しをしていないからな」
「お返し、じゃなくて。はは」
ニカから笑いが漏れる。強がった笑みだ。笑顔はすぐに暗いものへと変化した。
「カナリがさ、いた。それってどういう意味だかわかるよね」
「中佐が情報を流している可能性が高い。そう言いたいんだな」
「っていうかもうさ、そうだって断定してもいいくらい。でも、確証はないから、可能性。あの基地にいれば誰だって情報を流せるし、誰だって容疑者になりえる。覚悟しても決意しても、やっぱり怖いものは怖いね。不安になるんだ。どうにかしてこの局面を切り抜けて、家に戻った時――みんな殺されてしまっていたらって」
「そうはならない。私がさせない」
厚みのない慰めだとわかっていたが言わずにはいられない。ニカは私を励ましてくれたのだ。例え無根拠の約束だとしても口を開かずには入れられなかった。
「お前の彼氏も救ってやる」
「クィン……うん、ありがとう、シズク。でも、君も大丈夫なの?」
「私は……そうだな、私も不安だ」
視線は輸送船に向けられる。シャリーは何を考えているのか。
いや、もう何となく理解はできている。だが、どうすればいいのか。
「ああいう子の相手は初めて?」
「ああ、初めてだ」
「初体験は大変だものね。でもカグヤとリムルに任せるって言った手前、自分じゃどうしようもできないし、いざ何かするとなってもどうしていいかわからない」
ニカの観察眼には舌を巻く。彼女が実はスターゲイザーなのではないかとくだらない邪推をしてしまうほどには。
いや、私が人の心の機微に疎いだけだ。だから何もできずに思い悩むことしかしない。
「こればっかりは、待つしかないものね。でも、わかってるよね? 君は、まだ死ねないってこと」
「わかっている。わかってはいるんだが……」
私はどうすればいい。苦悩に苦悩を重ねたあげく、硬い足取りを船の入口へと向けた。扉を潜り、放射線を除去するポッドへと足を進める。その様子をグィアンが見つめていたことには気づいていたが、今の私には成す術もない。
「お姉ちゃん?」
船内では、カグヤとリムル、シャリーが仲睦まじく談笑していた。その光景は歓迎すべきはずだが、私の心は不安定に揺れている。
「シズク、お話は終わったんですか?」
「ああ……」
私の視線はシャリーに吸い寄せられている。シャリーはリムルの傍で椅子に座っていた。カグヤがリベリオン基地で入手した革命期以前の記録を閲覧していたようだ。
古い地球の記憶。灰に覆われる前の美しい地球。
だがどれだけ綺麗なままでいて欲しいと願っても、変化は必ず訪れる。
ヘルスがバリアントに変異するように。
地球の原生生物が放射線に対応したように。
姉想いの優しい子が、復讐に我を忘れてしまうように。
「調子は、どうだ? 気分が悪くなったりしないか?」
「大丈夫ですよ。シズクにもらったこれで、ばいたる? だっけ? チェックしてますから」
リムルに譲渡したリングデバイスには、ホログラム体であるカグヤを出力する機能以外にも、彼女の生体情報を逐一チェックするプログラムをインストールしてある。彼女の身体に何らかの問題が生じた場合、リアルタイムで警告されるよう設定済みだが、それでも不安が完全消滅するわけではない。
「まぁ、ちょっと怖いですけどね。外。……私が住んでいたところとは違うから」
「やっぱりフロンティアって、この地球みたいなところなんですか?」
シャリーが地球の自然を写した画像を見ながら問う。私が声に詰まっていると、カグヤがフロンティアの写真を表示した。ホロスクリーンに映る雄大な景色に、シャリーが息を呑む。純粋な反応だ。何の邪気もない。
「ちょっと違いますけどね。……私とリムルちゃんみたいに」
「あなたたち……みたいに?」
言い得て妙だ。カグヤとリムルはとてもよく似ているが、同一ではない。姿形が似ていても細部が異なるのだ。今の地球と比べると想像もつかないが、昔の地球とフロンティアはとてもよく似ていただろう。並行世界の同じ惑星と呼んでも差し支えないくらいには。
だが、今や二つの世界は繋がっているので、別個の世界として扱うのではなく、一つの世界という基準で物事を判断しなければならない。
だから、ちょっと違う。そして、明確に異なる。
「なるほど。面白いですね。きっとお姉ちゃんも……感心したと思います」
窓ガラスに映る自分の顔が青ざめているのがわかる。シャリーの口からシャルリについて言及されるだけで、これほどまでに胸が締め付けられるのか。
「私のこと、怒っていますか?」
唐突に放たれた疑問に、私はついていけない。カグヤが問うた質問に、シャリーはごく自然な態度で訝しむ。全く眼中になかったかのように。意外に思うように。
「何でです?」
「シャルリさんが死んだのは、私のせいだから」
先程まで歓談していたと思われる状況は、私の登場が呼び水となって一変した。一瞬、空気が凍り付くが、シャリーは首を横に振って否定する。
「それはないですよ。お姉ちゃんが死んだのは、他の誰のせいでもない。私の、せいですから。その事実は何があっても、どんなに優しい言葉を語られても変わりません」
シャリーは微笑むが、目が笑っていないように見える。だが、今の言葉に嘘は検知されなかった。心の底から、本心から、シャリーは姉の死が自分のせいだと考えている。
そして、私がどれほど薄っぺらい言葉で慰めたとしても、彼女の認識は変わらないだろう。彼女には変える意志がないのだから。
「ですから、シズクさんも気に病まないでください。どうか、私へは普段の通りに対応を」
「善処する……」
振り返って私に言ったシャリーにできたのは、か細い声での返答のみだった。
「あ、シズク……」
リムルが何か言いかけたが、私に構う余裕はない。
そのまま逃げるように部屋を出る。どうすればいいのか全くわからなかった。
いくら勇敢に振る舞っても、私の本質――臆病者という気質――は変えられない。
※※※
「そう、深呼吸。リラックスして」
他者を気遣う吐息が掛かる。他人を案ずる優しい笑顔が見える。
少女は私の両肩を掴んで引き寄せると、背中に手を回した。
抱擁。安心を他人におすそ分けする行為。
だが、私にはわかっていた。その行為に一切の優しさは含まれない。
抱擁を解くと、黒髪の彼女はまた笑みをみせる。
嘘の笑み。しかし、だからこそ私は安心している。
「方法はわかるでしょう? 今まで散々教えてきた通り」
偽りの甘さで、語り掛ける。ゆえに気持ちは高ぶっている。
「単純な実力で、あなたは負けている。何せ、あなたは十年以上の歳月を無駄にしている。多くの経験と訓練を積めたはずの身体は、清潔で保全された環境の中で鈍っていた。どれだけ優秀な遺伝子を持っていようと、経験の差で覆される。あっちは完璧で、こっちは付け焼刃。そんなあなたが純粋な勝負で勝利をもぎ取れるなんて馬鹿な考え、私は持っていないわ。あなたも同じはず。そうでしょう?」
首肯する。その回答に彼女は満足げになる。
「よろしい。ふふ、彼女とは大違い。何を言ってものらりくらりな彼女と違って、あなたはとても素直だわ。だから生き残った。何をすればいいのか、何をしてはいけないのか、何を犠牲にすればいいのか、全て理解できている賢い子。生き残るためには現実を見なければならない。現実だけを。理想なんて世迷言は捨て去り、他人など知らないと言ってねじ伏せる。私たちは孤独。真なる意味で一人。いずれ、貢献度を貯めて伴侶と子作りする時も……人ってのは孤独なの。パートナーはただ精子を提供するだけ。そしてそれは相手も合意の上。男は女を子種を預けるバンクとしか見ていなくて、女は男を子種を提供する出資者ぐらいにしか見ていない。なのに、ああいう人種はどうしてかしらね。人には愛なんてものがあって然るべきと思っている。こんな社会に生きているくせに、現実から目を逸らして、違うそうじゃないと叫んでる。だから死ぬの。わかるでしょう――」
首を縦に振る。彼女に必要なのは愛ではなく、従順さだ。素直であればいい。
ただ目的を遂げたいという素直さをみせれば、彼女は私を適正に教育してくれる。
そしてその素直さは、武器となるのだ。強みとも。素直に絆された姿をみせれば、敵は油断するだろう。いや、見抜いてるかもしれないが、もはや打つ手はない。
なぜなら、彼女はロマンチストだから。リアリストではないから。
だから、きっと、全てが。
「あなたはあなたの目的を果たし、私は私の目的を果たす。人間ってのは孤独だけど、協力できる生き物。ふふ、これほどまでに最高な歯車を作り上げたのは初めてだわ。これでやっと……あの女を殺せる。恩返しができる」
彼女は悦に浸ると、腰のサーベルを抜き取った。白い手袋越しにその刀身を撫でる。
私は――私が見ている少女は――素直に頷いた。
「最高の貢献活動を始めましょう――。あなたという武器を使って、あいつの弱点を衝きなさい。純粋な勝負で勝てないのなら、搦手を使えばいい。何せ、彼女は怯えるあまり、弱点を傍に侍らせているのだから――」
※※※
「……っ」
冷や汗を掻いて目を覚ます。また精霊が悪さをしたようだ。
その証拠に、シャルリ・ハンマーが簡易ベッドに横たわる私を見下ろしている。
「またお前か」
「酷いな。君の友達だろう」
「私を気遣う必要はない。……死人は死人らしく眠っていろ」
だが何度同じ要請をしても、シャルリの亡霊は唐突に表出する。エミリーがそうであるように。
それに、今回の件はシャルリにとっても他人事ではない。私が逆の立場なら、死んだ後も付き纏っただろう。私とシャルリは類似している。
だからこそ。
「いざという時は躊躇うな。と告げたとしても君は躊躇うだろうな」
「理解しているはずだ。お前だってそうするだろう」
だから私に打つ手はない。彼女が何をするかわかっていても。
「暴力も言葉も無力だ。殺してしまえば確かに問題は解決するが、それでは何の意味もない。お前に対する贖罪も果たせない」
殺せばいいという段階はとっくの昔に過ぎ去った。
フロンティアで数多の命を私は同じ論理で奪ってきた。殺せばいい。
殺せば生きられる。だから殺す。殺すか死ねと言われたから。
だがそんな風に甘えていいのは、何も知らなかった時だけだ。本当は無知だから可、というわけでもない。何もわからなかったから、という理由で許されるはずはない。
少なくとも私は私を赦せない。もし過去に戻れるなら、かつての自分を残虐な方法で殺して殺して殺し尽くすつもりだ。
だが、過去は過去。もはや過ぎ去り、取り戻すことはできない。
なら、未来に目を向けるべきだ。
なのにシャルリは悲しそうな瞳を作る。
「しかしそれでは君は」
「逃れようとするのが間違いだ。甘んじて受け入れる」
「本当に強情な女だな君は。彼も呆れているだろうな」
「お前に言われたくはない」
私の目の前で意志を貫くために自殺した女には。
「かもな。私は本当に……間が悪い。意固地だった。素直になれば……よかった」
「否定はしない。が、お前のその強情な部分は……尊敬している」
賛辞を述べると、シャルリは目を見開き微笑んだ。そして儚く消えていく。その消失を見送った後、私は核の灰が吹き荒れる外へ出た。汚い世界。汚物に塗れ、完全に息の根が止まる瞬間を待ち続けている世界。
だが、一応、惑星の再生施術は行われている。死に掛けているが、まだ生きてはいるのだ。死人のように見えて、眠りについているだけ。
資源を削ぎ落したにもかかわらず生命体は息をしている。異形と化した生物たちも自然の適応能力が導き出した進化だ。遺伝子のマイナーチェンジを続ける私たちとは違い、フルモデルチェンジを敢行した命。
……旧人類たちは、核兵器が遺伝子を根絶させる凶悪なシステムを搭載していると考えていた。実際、死の灰は遺伝子に作用し、生殖能力を著しく低下させる。剥奪ではない。完全に除去されると思われていた生殖能力は、しかし当時の核関連の重大事故であったチェルノブイリ原発事故跡地に生息する原生生物たちも問題なく保有していた。
進化とは今まであった常識を覆す力を持つ。だから先祖たちは恐れ、信じられず、自分たちで人の定義を固定した。人間とはこうであるべきで、だからこうするべきだと。
まさにプロメテウスの如く。実際には核兵器《プロメテウスの火》で絶滅しかけたはずなのに。
「まだ起きるには早い」
思索に耽る私に話しかけたのは、他ならぬ私を起こした張本人だった。
防護服に身を包んだグィアンがいる。独断で周辺の偵察を行っていたようだ。
「勝手な行動はするな。フロンティアとは違う。……なのにお前はどうしてシャルリの亡霊を呼び出せる?」
シャルリが死んだのはフロンティアだ。同様にエミリーも。なのに彼女たちは私の前に現れて、様々な助言を与えてくれる。嬉しいが、彼女たちは安らかに眠るべきだ。
と、彼は視えない場所でも見るかのように先を見て、
「世界は繋がっている。そうお前はリムルに言っていたそうだが」
「ああ、確かにな」
例え以前は繋がっていなかったとしても、今は不可思議な橋がかけられている。その扉を閉めに来た私が言うのもなんだが、世界は今一つだ。
「ならば可能だ。それに、彼女たちは望んでお前の元に現れた」
「お前の差し金では」
「ないことにお前はとっくに気が付いているはずだ。お前はもう精霊術をある程度使いこなしている。極めて限定的だが、もはやお前も精霊を宿す者だ。……予期しているだろう。今まさに迫りつつある脅威に。なぜ対応しない」
訊ねたはずが訊ねられている。私は月――があると思われる方向――を見上げながら応えた。本質は先程シャルリに返したものと変わりない。
「その資格がないからだ」
「いざという場合は」
「いざももしも関係ない。そこに一切の例外は有り得ない。無論、私はまだ死ねないとわかっている。扉を閉めて、カグヤの身体を取り戻さなければならない。私は……何もできていない。何一つ。シャリーを救うことさえ」
「そのまま待つことが贖罪になると、本気で考えているのか」
「ならどうすればいい?」
今度は私が問う番だった。どうすればいいのだ。
殺されそうだからとまた殺せばいいのか。相手がおとなしくなるまで、抵抗の意志がなくなるまで耐えればいいのか。
そのどちらも選択肢としては有り得ない。となれば道は一つだけ。
ただ待つこと。その時を。今の私にできることはそれしかない。
「お前は……」
「わかっている」
私は嘘を吐く。さっきの質問と矛盾した答えを返す。
「私は……わかっているんだ」
嘘が灰色に混じって消える。私はそれ以上の言葉を持ち合わせない。
答えも、思想も、わからない。
何でも知っていそうな男は、しかし彼もまたわからないと言った風に。
ただ私に寄り添った。月星は視えずとも、視界が覆われていても。
私はまだ……生きている。この惑星と、同じように。




