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滅びた世界

『各員、攻撃開始。手筈通りに行きましょうか』


 カナリの号令と共にサーベル隊が攻撃態勢に入る。真空の中を舞う漆黒の死神たちは、純白の騎兵と白と黒が入り混じった騎兵に向かって突撃を始めた。


「応戦開始」


 命令しながら、操縦桿の狙いを定める。ペダルを踏んで前進した。

 宇宙を駆ける。サーベル隊の背後に浮かぶ灰の惑星へ突き進むように。

 先程の命令を守ったニカが私に追随し、同時に私たちを標的と定めるカナリとシャリーの機体が追尾する。

 サーベルヴァリエーションはニカに任せるつもりだった。そして、サーベル隊との交戦も部下とグィアンたちに一任する。

 私の相手はヴェンジェンス。姉の仇を取りに来た妹だった。


『また逃げるんですか!!』

「いや、もう逃げない!」


 叫びながら急転換する。鈍足である砲撃型のヴェンジェンスは、レンジャーカスタムよりも俊敏性に劣っている。が、その欠点を補って余りあるツインキャノンと脚部多弾頭ミサイルコンテナを惜しみなく撃ち放った。

 レーザーとミサイルの嵐。その暴風の中を生まれ持つ反射神経を頼りに避け、防ぎ、早急にシャリーの元へと切り迫る。


『だったら死んで! 死んでください!』

「死にもしない!」


 その権利は私にないから。

 私には生きる義務がある。果たさなければならない責任が。

 死んで楽になれたら、どれほどいいだろうと考えたことは何度かある。

 死ぬことで逃避ができるなら。死んで全てがちゃらになるのなら。

 私にそんな自由はない。いや、正確にはあるのだろう。だが死ぬ気はない。他人なら死は悲しいし極力避けようと努力するが、どこかで仕方ないと思う面も存在する。他者ならば。

 だが、自分を甘やかすつもりはない。死という贅沢を、私が味わう日は遥か先だ。

 シャルリ曰く、元より私はそういう性質らしい。ならば私らしく。

 勇敢なふりをする臆病者らしく、役目を全うするだけだ。


『くッ――』


 躊躇いなく殺戮の豪雨の中を接近する私に、シャリーの愛顔が苦り切る。その顔もまた苦悩するシャルリ・ハンマーとよく似ていた。

 シャリーの戦闘データは既に収集済み。彼女の行動パターンは完全に把握している。カナリも、シャリーの実力が私に劣っていることは知っていただろう。シャリーはパイロット技能を買われたというよりも私に対する精神的なアドバンテージを保持するために用いられた道具の一つだ。

 だからこそ遠距離戦を得意とするヴェンジェンスを貸与した。スペックが同一、或いはそれ以上の相手であり、また数多の戦場で経験を積んだ兵士から勝利をもぎ取るためには、工夫と策が必要となる。

 しかしその策も私は見切っていた。ゆえに。


『当たれ! 当たってください!』

『あら、押されてるの? シャリー。――む』

『あの時のお返しだよ、カナリ』


 攻撃を連続で回避され動揺するシャリーをカナリが援護しようとしたが、ニカの射撃で阻まれる。

 他の敵部隊も同様に、私の邪魔にならないよう部下たちが手を打ってくれていた。私は周りを気にせずに、ただ自分の決意のまま、覚悟のままにシャリーに近づけばいいだけだった。

 俯瞰モニターでは、レンジャーカスタムがヴェンジェンスに接近する様子が克明に描かれている。


『だったら!』


 苦心し粗暴な言葉を放つシャリーは、ツインキャノンをお見舞いしてくる。それは二股に別れて私のキャバルリーに触れることなく過ぎ去ったかと思うと、反転してブーメランのように戻ってきた。

 一直線に。私とシャリーの軌道上へ。

 回避の選択肢を封じた自爆攻撃。カナリに吹き込まれた悪知恵。自傷行為を躊躇いなく行えるシャリーの姿に、以前の私は恐れをなした。

 だが今は違う。勇気を助成してもらった私は、前回よりも多少はマシになっている。


「ほんの僅か、一瞬でいい――」


 要請する。誰にでもなく。どこにでもいる者たちに。

 偉大な者、忘れ去られた者。人々に傷つけられ、無視され、しかしそれでも寛大に人を見守る優しき者たち。あまねく自然の守護者。平等に、厳かに――。


「私に力を貸してくれ」


 閃光が煌く。包むように。

 その輝きは私には縁遠いはずのもの。しかしてその光は、私のレンジャーカスタムを防御した。物理法則をさも当然のように歪めて。効力は一瞬。それに、この高潔な力は私というよりもシャリーを守っただけだ。


『――ッ』


 防御するとは考えていただろうが、この方法は思考外だったのだろう。瞠目するシャリーに私は右腕で構えたレーザーソードを振り下ろす。想定外の事態から滑らかに実行された私の斬撃に、シャリーはカナリから教わった私への対抗策を疎かにした。反射的に急所――コックピットを庇ってしまったのだ。私が彼女の命を奪うことはまず有り得ないはずなのに。

 それは致命的な隙だった。ヴェンジェンスを遠距離型と定義する最大の特徴であるツインキャノンの砲身は無残にも切り落とされ、小規模な爆発が私とシャリーのキャバルリーの間で発生する。


『しまった! く――悪い人なのに! お姉ちゃんの仇なのに!』


 咄嗟に蹴りを放ったシャリーだが、それくらいは簡単に避けられる。左腕に装備するシールドで打撃し、衝撃ダメージを与えた後、足を切り裂こうとした。が、不意に予想外の反撃に見舞われる。脚部の重厚なアーマーがパージされたのだ。


『ダメです、ダメダメ! あなたは悪いバリアント! 私も、あなたも! だから、死ななきゃならないんです! よくなるために!』

「私は、そうだな。確かに悪いバリアントだが」


 シールドで飛んでくるアーマーを防ぎ切り、追撃するためソードを横に振るう。

 その攻撃は急激に機動性が上昇したヴェンジェンスに避けられた。使い物にならなくなった背部キャノンも排出し、可能な限り機動力を高めたのだ。

 だが私に焦りはない。驚愕も狼狽も有り得ない。例えばクリミナルが行ったような奥の手で使われたのなら脅威だったはずだ。しかし、シャリーのそれは苦肉の策であり、切り札とは到底呼べるものではなかった。言わばただの脱出装置。一時的な死を免れるための保険でしかない。

 そこまで追い詰められながらも、シャリーの復讐心は消えることがない。彼女は失策であると知りながらも格闘戦を行ってきた。いささか素早いことは事実だが、裁き切れないわけではない。

 私はソードをしまい、シールドで拳を防ぐ。高速で泳ぐ魚の体当たりの如く何度も打ち付ける打撃をシールドで難なく凌ぐと、三度目の衝突時に応拳を穿った。


『くッ――うう!』

「お前は悪いバリアントじゃない――善いヴァリアントだ」


 態勢を崩したところへ、シールドを投擲。ショックダメージで行動停止を余儀なくされたところへレーザーソードとヴィブロブレードの二刀流を放つ。

 一閃、二閃、三閃四閃。四度の斬撃によって、ヴェンジェンスの肢体が完全に切断される。同時に、シャリーの戦意も切り取ったようだ。

 一瞬、彼女がエンカレッジのリーダーのように自爆しないか冷や冷やしたが、どうやら杞憂だったらしい。絶望に食われてしまったかのように沈黙している。

 或いは、まだ彼女には希望が残されているかのように。


「こっちは終わった。今、そっちに――」

『必要ない』


 というグィアンの呟きで、安全航路から地球へと前進する輸送艇へズームする。と、船の上に宇宙服を着用するグィアンが弓を構えて乗っているのが見えた。狙いはもちろん、私に理想的な環境を提供した代償として敵の数に押されているアウェルたちの支援だ。


『俺の合図と共に後退しろ』


 と宣言するや否や矢が迸る。その光景は奇怪だったが、現実的な力として場を支配するのに十分過ぎた。

 放たれた矢が混戦している戦場の真ん中に飛来したかと思うと、突然大爆発を起こした。その混乱に乗じてニカたちが輸送艇へ合流を始める。私もシャリーの機体を抱えて大気圏突入シークエンスを開始している船の元へ撤退した。手際よく開いていたハッチの中へ着地し、降りて来たグィアンの手を掴む。

 そして、カグヤに号令を飛ばす。


「大気圏に入れ! そうすれば奴らも追って来れない!」


 少なくとも今は、という前置きはつくが。地球の重力は、その言葉の通り非常に重い。強化された新人類であるGMHは大気圏で発生する熱量で燃え尽きるほど柔ではないが、一度地上に降りてしまえば宇宙に戻ることは適切な装備を揃えない限り困難となる。

 だから、少なくとも現段階では追って来れない。この場さえ耐え忍べば、後はどうにでもなるのだ。

 輸送船は加速を続け、灰の地球の扉を通っていく。地球は突然の来訪者にも寛容で、扉は常に開け放たれている。だが、不用意な侵入者を掴んで離さないのもかの地だ。

 大気圏に突入し、輸送船が熱を帯び始める。これ以上私にできることはないので、グィアンと共に船員室へと移動する。シャリーの様子は気になったが、今は無事に突破できるかが心配だ。

 この船もレジスタンスの物資事情の例に漏れず、貧弱な装甲で構築されたものだ。耐熱材が配慮するのはあくまでGMHのみなので、自分の身よりもリムルとグィアンの安全が不安になる。が、やはり杞憂だった。

 防護服に身を包むリムルは怯えてこそいるが、グィアンは不動に時を待っている。私も彼と同じように画面を見つめ、着陸の時を待った。

 横で同じように待機するニカは気難しい顔をして呟く。


「妙だね」

「何がだ」

「カナリだよ。ちょっとあっさりし過ぎ」

「準備を整えて、すぐに追撃するつもりだからだろう」


 私が当り障りのない返事をすると彼女は考え込むようにして黙る。

 宇宙船は迫っていく。灰の地表、死の星。我らが故郷である地球へ。


 

 ※※※


 

 着陸座標は予定していた場所よりズレていたが、大幅というわけでもなかった。誤差の範囲、想定内の地点に着陸している。地図はダウンロードされていたが、遥か昔のものなのであまり役には立たなかった。

 目的地しかわからないという大雑把な地図を閉じて、私はホワイトベレーの制服のまま外に出る。視界に広がるのは汚染された大地。雪のように舞う小さな塵のような物質は、ここが終わった世界であることを強く自覚させる。

 木々……らしきものは生えているが、どの植生生物も燻っている。大気中に浮かぶ死の灰――放射性降下物フォールアウトを燃料にして生きられるよう自己進化を重ねた種であり、当初は危惧されていた遺伝子異常を経て現環境に適応を果たしたのだ。

 この木々も本質的にはGMHと変わりない。人工的か自然的かの違いでしかない。

 だが、現状では正常であるはずのこの植物も、今の私では異常としか捉えられなかった。カグヤの所持していた古い図鑑に映る木とはかけ離れている。太陽光を吸収するための葉は灰を喰らうために変質し、光合成を行う複雑なシステムは、放射線を分解するための変換器へと変異した。

 まさに地獄。死神や幽霊、魔物が跋扈していてもおかしくない魔境。

 その最中に着陸した宇宙船は、遠い惑星へ希望を求めてやってきた避難船のようにも見える。SF映画なら、この後主人公たちを待ち受けるのは悲惨な未来のはずだ。


「これが地球……なんだね……」


 薄暗い世界を見渡してカグヤが呟いた。感慨深く、というよりは呆然として言葉を出力するのに一苦労したかのような声音だ。

 暗く感じるが、時刻はまだ昼である。霧や雪のように舞う汚染物質が太陽光のほとんどを遮断しているせいで、例え日が出ていようとその実感が湧くことは少ない。


「全然、違うね。フロンティアと」

「そうだな」


 ここはカグヤが見たかった場所の成れの果て。

 カグヤが憧れた場所の末路。人類の業。ここを眺めていると、人類絶滅は自業自得、因果応報であるかのような気がしている。否、事実そうなのだろう。もし神とやらがいれば、きっと滑稽な姿に見えるはずだ。簡潔に言えば、自分で汚した家が嫌だから、と他人の家に押し入るようなもの。はたまた、親が自分の部屋を壊しつくしたから、見知らぬ他人の家を占拠しようとしているかだ。

 しかし神の目論見はわからないが、精霊は未だ人を信じているらしい。


「あっちか」


 私は双眼鏡を取り出して、遠方を眺める。おぼろげだが、巨大な建造物が見えた。ブロック型の施設は間違いなく目当てのアーカイブだろう。星見塔。自身を機械化するような連中が、蓄積してきたあらゆる情報と歴史が詰まっている場所。

 そこが私たちの目的地なのだが、しかしバトルキャバルリーで突貫して制圧するという単純な作戦を行うのは躊躇われた。


「まずは偵察ですか」


 通信機の調整をしていたアウェルが輸送船から現れる。そうだ、と私は応えた。


「警備状態の確認をしてからだ。どうせ急いたところでカナリには捕捉される。しばらく休憩を取るのも悪くないだろう。それに……シャリーのこともある」


 ニカとフィレン、ミーナが対応しているシャリー。彼女は未だコックピットの中に閉じこもり外に出てくる気配はなかった。私への敗北が余程ショックだったのか、それとも何か思うところがあるのか。彼女に対し思いを馳せようとした私は、アウェルの後を追って出てきたリムルを一目見て思考を切り替えた。


「や、やっぱりちょっと息苦しい……」

「無理するな」


 防護服を着るリムルを気遣う。彼女は私たちのように仕事着ではなく、またインディアンの伝統衣装でもない防護用のスーツを着ている。GMHは灰の海の中でも平気だが、インディアンである彼女は違う。センサーは正常値を示しているが、その基準はGMHのものであり、多少不自由でもリムルにはスーツの着用義務があった。

 でなければ、即死してしまう。それほど過酷な環境であり、またその中を平然と域をしていられる私たちの異常性がより鮮明に浮き彫りになっていた。


「でも、見たかったんです。地球を。……ここの人たちがどうして必死になるのか知りたくて」

「確かにこれは原因の一つではあるが」


 リムルは私を支えにしながら周辺を見渡した。

 カグヤのような同情心をみせる。哀れみを。共感を。


「これじゃあ、逃げるよ。別の場所に、行きたくなります」

「だとしても、人を殺していい理由にはならない」


 そもそも他人を殺して何かを奪おうという時点で失策なのだ。これは倫理的観点から導き出した結論ではない。単純にリスクが高すぎる。

 相手が弱ければ確かに物を、資源を奪うことは簡単だ。だが、そうでなかったとしたら? 人は学習する生き物で、今は弱くても次に出会った時は強大になってしまっているかもしれない。加えて、略奪するためには敵を生かさなければならない。そして、敵が強くなってしまうことのないように監視し警戒し、ずっと怯えながら生きるのだ。

 管理政府の方針も当初は効果を発揮していたが、現在は万全だと言い難い。他ならぬ私やグィアンのような存在に、政府は脅かされている。

 もし予定通り事が進めば、私が異世界開拓に失敗の烙印を押すことになるのだ。


「私が言えた義理ではないが」

「そんなこと、ないです。シズクはもう、私たちの家族だもの」


 素直に事情を説明して手を取り合うべきだったのだ。そうすれば、こんな事態にならずに済んだ。短期的に考えれば、敵から物資を奪うのは必ずしも間違いではない。だがそれはごくごく小さなスケールの話であり、世界レベルの事態なら長期的な観点から融和政策を実行に移すべきだった。

 しかし、人間というものは我儘で融通が利かず、傲慢だ。力さえあれば何でも支配できると考える。相手が、自分以上の力を持ってくる可能性から目を逸らし、暴力こそが救済方法だと勘違いをしてしまう。

 本当なら事態の収拾方法など、たった一言で終わる。

 ――我慢すれば良かったのだ。耐えれば。忍んでさえいれば。


「もっと安全な、平和的な解決方法は存在していた。なのに、管理政府……私自身もその努力を放棄した。他人……お前たちに甘えたんだ。私のせいじゃないから。原因は先祖にあるから。そう我儘を言ってな。だが、恐らく、私たちが元凶だと考える先祖も同じ言葉を使うだろうな。自分のせいじゃない、と。戦争を起こしたのは前の世代だと」

「……」


 リムルとカグヤは二人並んで、そっくりな双子のように私の話を傾聴している。気恥ずかしい想いが湧いて来た。他ならぬ私も情けない言い訳をのたまう彼らと同じ側の人間なのだから。

 例え元、という前置きが付くとしても、同類だったのは事実なのだ。この手に付着した血は、払うことも拭うこともできないし、拭い払うつもりもまたない。


「せっかちなんだ。人は。私もそうだ。だからより楽に見える方を選ぶ。簡単に済みそうな論法に同調する。そのくせ、なるべく責任を避けようとする。他人には責任を取らせようと躍起になりながら、自分だけ、楽をしようと考える。人間なんてものはクズだな」


 だが、そのような一面だけではないと私は知っている。その証拠が私の目の前に立っている。

 というよりも、人がクズなのではなく私がクズなだけだからだ。なぜなら、私はそうやって逃げようとする人間に共感できてしまうから。

 気持ちがわかってしまう。可哀想だと思ってしまう。どうにかして彼らを、彼らも救う方法はないのかと。


「隊長さんは本当に優しいですよね」


 ミーナがパンを頬張りながら出てくる。彼女は陽気な表情から一転、急に顔をしかめると、パンに降り積もる塵を払った。


「うわ、なんですかーこれ。酷い味」

「間違ってもリムルやグィアンには渡すな。彼らにとっては猛毒だ」

「猛毒……うぅ」


 防護服の中でリムルが少し怯える。いくら安全が確保されているとはいえ、あまり心地のよいものではないのだろう。戦場の真ん中で無敵の防御力を誇るシェルターに閉じこもるようなものだ。例え安全とわかっていても、気が休まらないのも道理。


「核灰ジャムはダメそうですね。っと、シャリーちゃんのこと、ですけど」

「出て来たか?」

「いえ。まだです。……正直、中が、というよりもシャリーちゃんがどんな状態なのかさっぱり。もし復讐する気だったら自爆でもしそうですけど」

「それはないだろうな」


 きっぱりと否定する私に三人の視線が集まる。私は言葉をはぐらかした。


「アウェルとグィアンを呼んでくれ。周辺を偵察する。その間は……お前とフィレン、カグとリムに任せる」

「私も? ……は、はい!」「うん、いいよ。お姉ちゃん」

「じゃあ、呼んできますね、隊長さん」


 脳裏に浮かんでいたのは、フロンティアに残してきた遺恨。

 シャルリの部下であるアスミの顔だった。



 グィアンとアウェルの両名と偵察を開始した私は、手始めに近場の森を選択した。先程の奇怪な木々が群生する森は、一応自然の産物ではあるのだが、異界に入り込んでしまったような奇妙さを感じる。

 幽霊でも出てきそうだ。身がいつも以上に締まる。


「警戒を怠るな」

「了承済みです、隊長。しかし、不思議ですね」

「この木か?」


 狙撃銃を構えるアウェルは、炭で焦げたかのような木を見上げている。


「人工的な調整を加えられたわけではない、天然の進化。こうしてみると、私たちの存在が自然の摂理を曲げてできたものだ、と強く認識できます」

「だから行き過ぎたんだろうな。人間ほどバランスが大切であるのに、調整が下手な生命体を私は知らない」

「仮定の話になってしまいますが、もし、と考えられずにはいられませんね。もし、人為的に遺伝子を調整せず、肉体が適応するのを待っていれば、こうやって戦争することもなかったかもしれない」

「そうとも言えるが、恐れたんだろうな」

「何を、でしょう」


 アウェルはまだ気づいていないようだ。不慣れな環境で周囲の把握にラグが生じているのだろう。だが私は予期していて、無言で並走していたグィアンもまた矢筒に手を伸ばしている。私も、アサルトライフルの銃口をそれへ向けた。


「あれを、だ」


 その一言が呼び水になったかのように、突然地面が隆起する。

 奇声が轟く。同時に銃声も。だが、捕食者はその巨大な体躯から体液をまき散らしながら接近し、銃弾を厭わず、両腕の爪らしきものを振り上げて来た。

 私とグィアン、アウェルは回避する。アウェルは少し驚いたものの、すぐに狙撃を行って、茶色い体色を持つ生命体の片足を撃ち抜く。昆虫――カグヤの図鑑によればクワガタムシ――に酷似した節がちぎれ飛んだが、人よりも大きな背を持つかの生物は、背部を展開して空中に飛翔した。


「空を飛んだか、グィアン!」

「わかっている」


 グィアンは精霊の力を使い、矢を放つ。急降下にてハンティングを行おうとした虫――或いは昆虫人間は、強烈な矢の一撃を受けてバラバラになった。

 体液と肉片が灰の積もった地面に降り注ぐ。と、またもや地面がうねり、今度は人間の赤ん坊くらいあるミミズらしき生き物が飛び出て、クワガタ人間の遺骸を食い荒らして消えていった。


「これ、は……。ああ、そういうことだったのですね、隊長」

「わかったか」


 私は隆起した影響でぼこぼこと不自然な穴の空いた地面を見つめる。

 先祖が恐れたのは絶滅だけではない。自分が人でなくなること――異形に進化を果たしてしまうのが、怖かったのだ。



 ※※※



 偵察の成果はあまり芳しくなかった。ほんの少しでも進むと、強力な進化を遂げた原生生物と鉢合わせてしまい交戦する羽目になる。おまけに彼らは独自の進化を遂げているため、活動範囲や時間、習性もかつての地球やフロンティアのそれとは異なり、避けることもままならない。

 調査続行は困難と判断し、引き返してきた。現地の食材を試すつもりにもなれなかった。栄養や毒性の問題というよりも、生理的に難しい。こんな環境ではGMHだとしても、生きるのは困難だろうと結論付けられる。

 焚火を囲いながら倒木の上に座る私に、隣のグィアンが呟いた。防護服越しに会話する。


「こちらに来たくなる理由もわかるな」

「お前もリムルと同じことを言うのか。だが、わからなくはない」


 いくら死に掛けているとはいえ、地球がまだ存在しているにもかかわらずわざわざ宇宙のコロニーに引きこもる理由は。

 これではとても住めたものではない。スターゲイザーのアーカイブにまともな防衛設備が搭載されていないのも、地球周辺の防衛網が手薄なのも、侵入されても問題ないという簡易な理由のためだったのだ。


「そんなにヤバいんですか? ここの……生物って。うぅ、椅子代わりの木材に潜んでたりしないですよね?」


 フィレンが不安に駆られて周囲をきょろきょろし始める。その気持ちは痛いほどわかる。もし今座っている木の幹から突然ワームのようなものが出現したら、と思ってしまうとうかうか座っていられない。

 旧人類風に例えてみると、常にゴキブリの襲撃を警戒しなければならないようなものだ。

 だが、なんとか平常心は保てている。隣のグィアンが顔色一つ変えていないのだ。しょうもない見栄のおかげだった。


「いるかもねぇ。触手系とか」

「しょ、触手……!?」

「ダメだよニカちゃん。フィレンちゃんは気持ち悪くなると吐いちゃうんだから」

「は、吐きません……たぶん」


 フィレンの顔色が悪くなってきたので、ニカが肩を竦める。他愛のない談笑をしていると、あの、という遠慮がちな声が割って入ってきた。

 私は視線をそちらに向けて――硬直する。声の主が原因だったのではない。

 発声元はカグヤで、私の妹だ。グィアンの妹であるリムルもいる。

 そして、その横に立っているのは――。


「出てきたんです、シャリーさん。説得に応じてくれて。それで」


 私が殺した女の妹、シャリー・ハンマーだった。

 彼女は無言で佇んでいる。私を磔にするに十分な覇気を兼ね備えて。

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