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死の惑星

 ――出撃前夜。リベリオン基地内部にて。

 肉体を高温で熱し、焼き焦がす。その様子は古い拷問のようだ。

 苦悶に喘ぎ、苦痛に身を捩らせる柔らかな肉体。それを拷問者たちは喜々として、興味と興奮を抱きながら観察し、時間を計る。

 いい塩梅の焼き目がついたとほくそ笑んで、業火に焼かれる面を逆にする。そして、苦しみは続くのだ。全てが終わるまで。

 焼き上がるまで――。


「シズク、シズク! まだ早いですよ」

「そうだよ、お姉ちゃん。まだ耐えないと!」

「くそ、私にはできない……」


 私は首を振って弱音を吐いた。無理だ。私には無理なのだ。

 料理なんて、まだ早い。私にできるはずがない。


「せっかくの食材を無駄にしてしまうぞ。これは貴重なものだ」


 フロンティア産の草食動物から採取した生肉。極一部を除いて精製食品しか出回っていない私たちの世界においては、価値が計り知れないほどの貴重品だ。

 フロンティアへの出立前、カグヤが私に振る舞ってくれた料理も疑似精製食品だ。卵のように見えても、パンのように見えても、それらは人工生成物を組み合わせてそれっぽくみせた偽物。無論、味は本物に引けを取らない……と思うが、それはカグヤが修行を重ねた成果であって、食材のクオリティのおかげではない。

 逆に言えば、この極上の食材を使えば、もっと美味しいものが作れるということだ。それをなぜ私に……未熟な私に任せるのか皆目見当もつかない。


「リムル、お前が料理してくれ。お前なら――」

「ダーメ! ダメですよ! それじゃあ何の意味もなくなっちゃう!」

「そうだよ、お姉ちゃん。今日はお姉ちゃんのための料理教室なんだからね」

「そんなものを開く理由が――っ!?」


 ジュウ、と油が跳ねる。銃弾が至近距離を掠めるよりも、油が顔面に付着した時の方が恐ろしい。身体をびくんと跳ね上げた私を見て、カグヤとリムルが声を揃えて笑う。

 二人が笑ってくれるのは嬉しいが……自分の失態を見られて笑われるのは好ましくない。フィレンの笑い声が私の視線で凍り付くのも道理というものだ。


「え、何で、え? 私だけ……?」

「フィレンちゃん間が悪いから」

「どういう意味ですか!」


 フィレンとミーナが仲睦まじくじゃれ合いを始めたが、二人に構っている余裕はない。これから重大な作業が始まるのだ。大いなる選択……ターニングポイント。

 成功と失敗の分かれ目。――ステーキ肉をひっくり返すという作業が。


「そろそろ返さないと焦げちゃう」

「シズク、ゆっくりでいいよ。慣れてないし、ターナーを使って……」


 と妹たちは助言をするが、より良い効率的なやり方を私は知っている。道具を使う必要はない。フライパンを振るい上げ、肉を空中に浮かせ、反転させるだけでいい。

 ただしこの奥義には少し問題がある。入手したマニュアル――初心者でも簡単に、面白おかしく料理を作れる本――に記載されていたのはどうやら旧人類を想定したやり方であり、GMHに当てはめると一部の技の加減がわからなくなってしまう。

 一度、自室で試行して見た結果、仮想食材が天井を突き抜け、上の部屋の同志を驚かせることになってしまった。慎重に、かつ大胆に行わなければならない。

 まさに戦闘と同じだ。しかし今の私は迷っている。できるだろうか……。


「何でシズク、ただお肉をひっくり返すだけで悩んでるの?」

「お姉ちゃん、そういうところあるから」


 ぽかんとするリムルにカグヤが呆れた笑みを見せているが、二人にかまけている余裕はない。心頭滅却、極限集中。全身全霊を注ぎ、右手のコントロールに集中する。

 そして、手本通りに、マニュアル通りに、フライパンを動かした。


「え――」

「お姉ちゃん!?」


 肉が宙を舞う。肉が空を飛ぶ。その様子に全神経を張り巡らせ、着地点を計算。肉の回転率と己の肉体のシンクロ率を同期させ、適切なタイミングでフライパンを動かす!


「ふう。上手くいったな」


 我ながら見惚れてしまうほどに、見事なキャッチングだった。さぞみんなも喜んでくれているだろう。そう思いながら周囲を見渡したが、


「お姉ちゃん!!」「シズク!!」

「カグ? リム?」


 放たれた怒号に理解が及ばない。双子のようにそっくりな二人は、今までみせたことのないような怒りを余すところなくその愛らしい顔に示している。


「なぜ怒っている。私が何か――」

「したっていう自覚がないのが恐ろしいところだよね、隊長さんは」

「流石に今のは私でもわかりますよ……」


 部下の冷たい視線を受けながら困惑する私に、今までまともに喧嘩したこともないカグヤの怒声が響き渡る。


「ダメだよ、お姉ちゃん! いくらなんでも! ずっと兵士だったのはわかるけど、それでもやっていいことと悪いことがあるよ!」

「成功した――」

「失敗だよシズク! それは失敗なんです!」


 リムルの援護射撃に私は目を白黒させる。


「ちゃんとひっくり返せた――」

「そういうことじゃないの。そういうことじゃ! 焦げてもない。落としてもない。料理の観点から見れば、確かに失敗じゃないよ。でもね、これは、そういうことを超越した次元の話だよ!」


 一体どれほど高度な話をカグヤはしているのだろうか。さらに混乱する私にカグヤは追撃の手を緩めない。これほど苛烈な攻撃を受けたのは、生まれて初めてかもしれないと思うほど。


「すまなかっ……」

「ダメ!」

「なっ」


 とりあえず謝っておこう、という安易な私の謝罪は封じられる。カグヤは私の前に立つと今までにない剣幕で説教を始めた。人として、女の子として、姉として。指摘されることは既に知識として頭の中にインプットされていることであり、それを改めて言われるということは、私がそれを実行できていないというわけであり。

 非常に情けなくなってしまうのは、致し方ないことだ。妹の説教とは、これほど姉の立場を揺るがすものなのか。

 おまけにリムルも加わって二倍のダメージを受けている。もとを正せばこの集会は、これから未知であり既知である土地に赴く前の英気を養うための会合ではなかったのか。


「シズク、たじたじだね。ふふ」


 ニカが遠目で笑っている。皆が笑顔であることは善い兆候であるはずなのだが、全く嬉しくなれないのは、私の心がエラーを起こしているからか? いや、それはない。断じてそれはないはずだ。

 というよりも、なぜ私が料理をしているのか。以前、フロンティアでリムルに人らしい生き方を教えてくれと頼んだことがある。これはその延長であり、いわば身から出た錆びなのだが……理性では納得していても、感情は素直に同意できない。

 いや、料理の勉強をすること自体はいい。だが、不完全な状態で、しかもこのように情けない姿をあの男に見られるのは……。


「く……」

「お姉ちゃん、聞いてる?」


 私の視線がグィアンの元へと泳ぐ。彼はいつもの通り壁に寄り掛かって静観している。あの男のことだ。特に何も思っていないのだろう。だとしてもやはり、私のプライドや自身でもどうにもならない感情の根とも言うべきものが我儘に自由奔放に訴える。

 それに、私は母さんのように、料理は――。


「……っ」

「お姉ちゃん?」


 目ざといカグヤは、私の不調に即座に気付く。昔はよく隠し事をしていたが、今は無理だ。また母の記憶の残滓……どこかに封印されている記憶が、ほんの僅かに呼び戻された。

 料理をしていた母の懐かしい記憶。しかし母も社会の歯車、生まれついての兵士だったはずだ。その母が、台所に立ち料理をしている。

 だがなぜか、その母の表情が晴れやかだったことはない。常にどこか寂しげで――。


「料理が冷めてしまうぞ」


 口を挟んだのは静観していたはずのグィアンだった。そうですね、とカグヤは同意して、彼女の代行であるリムルが私の手元からフライパンを受け取るとそのまま調理を続行、最後の仕上げに取り掛かった。

 私はその作業を見つめて一息を吐く。これからどんな困難が待ち受けてしまうかわからないのに、過去の記憶をいちいち掘り出していても仕方ない。

 今は未来を。これより向かう場所について思いを馳せるべきだった。

 そんな私の感情変化を感じ取ったのか、アウェルがホロスクリーンを表示する。


「お食事の前に状況を整理しましょう」

「頼む」


 アウェルが映し出したのはテレグラム中佐のホロレターだ。ニカの説明では一度帰還してからブリーフィングという手はずだったのだが、どうやら段取りが狂ったらしい。ゆえに、中佐は情報管理局から人目を盗んでこの映像を送信してきたのだ。

 スターゲイザーに目をつけられるのではないかと勘ぐってしまうのは当然のこと。そしてまた、もし彼自身がスターゲイザーなら無問題であることも自明の理だった。

 だが、今は疑わない。正確には疑えない。真偽がどうであれ、私たちには彼の助力が必要不可欠なのだ。

 ゆえに、半信半疑なその情報源も――私は信用せざるを得なかった。


『ヒキガネ少尉。このような形となってしまいすまない。だが、有益な情報は入手した。本来ならば私もそちらに戻ってブリーフィングを行いたいのだが……流石に何度も入り浸っては疑われてしまう。そのための処置だ。許してくれ』


 許す許されるような関係ではない。一方的に主導権を握られる形となっている身にとって、その言葉は酷く白々しく聞こえるが、まだカグヤとリムルには事情をきちんと説明していないので黙しておく。


『さて、早速だが、我々と君たちが探し求めていたもの……場所が見つかった』


 もったいぶった言い方であり、先行して閲覧した時は幾ばくかの期待を抱いてしまったのは否めない。ゆえにその後放たれた結果に落胆を禁じ得なかった。いや、朗報であることは間違いない――場所が場所でなければ。


『結論から先に言おう。君たちが目指すべき場所は――地球だ』


 その言葉に場の空気が凍り付く。地球。私たちあまねく命の源泉。

 かつては美しい水と緑と大地の星だったそこは今や見る影もない。もはや誰も向かわないおぞましい場所だ。

 GMHの先駆けは核兵器の過多使用によって汚染された地球に適応するために生み出された。そこからさらなるカスタムを加えて、今ほど頑丈で死に難く、さらに増えやすくなったとはクリミナルから学んだ。

 だが今やそこは廃墟だ。新人類へと進化した私たちにすら放置され破棄され見放され、もはや住むべきではないと認定されてしまった場所。いや――正確には、ヘルスが住むべきではない場所だ。優しい管理政府は今でこそ地球を無人状態にしているが、フロンティアに移住してしまった後のバリアントの主な居場所は地球になるだろうと私は踏んでいる。

 それでも壊れかけのコロニーよりはマシかもしれないが。

 だがマシという評価は致し方なく行われるものだ。最善でも最高でも最良でもない。

 生きられることと生活できることは別なのだ。命あっての物種だとしても、だからと言って何をされてもよいというわけではない。


『ヒキガネ少尉やアトミック少尉ならすぐに理解が及ぶだろうが、そうでない者もいるだろう。だから注釈しておくが、地球は現在無人だ。理由は単純明快。環境汚染が激しい上にリソースのほとんどを使い果たしてしまったからな。無論、惑星には自己修復機能とも呼ぶべき自然法則があり、大規模な時間を掛ければ再生も可能だろうが……それよりも人類の絶滅が早いと管理政府は結論付け、フロンティアの開拓に乗り出した。そこまではいいな』


 きょとんとするリムルの手が止まり、カグヤが多機能リモートカーのアームを用いて調理を再開する。と言ってももうほとんど完成している。後は冷める前に食べるだけだが、テレグラム中佐の映像に誰もが視線を奪われていた。

 私は灰色に染まった地球を思い出す。現物を見たことはないが……これほど心躍らない観察対象もないだろう。まさにフロンティアとは逆だ。フロンティアには感嘆させられたが、地球で同じような反応を取れるとは思えない。


『そんな誰からの目も留まらない廃棄場所である地球は、隠し事をするのにうってつけだったようだ。情報管理局の権限を大きく上回る施設がそこで発見された。考えるに情報集積施設だろう。アーカイブだ』


 ――私たちは何度も言うように観察者だ。世界の在り方を観察し、記録する。アーカイブだな。

 アラモ砦でクリミナルが私に告げた言葉。アーカイブ。星の観察者を自称する連中は私たちを監視し記録している。その記録保管場所が地球にあるとテレグラム中佐は言っているのだ。

 そしてその中にはワープドライブの主幹の位置とカグヤのボディを獲得する方法が記録されている可能性が十二分にある。他にも我々に有利に働く情報が隠匿してあるはずだ。戦争で最初に得るべきは武器でも食料でもなく情報だ。それさえ手に入れれば他は後からついてくる。初歩の初歩。基本の基本。マニュアル通りの対応。

 だからこそ警戒心は強くなる。この男は果たして本当に信用できるのか。

 同時に諦観も主張し始める。この指示に従うしかないと。


『そこを押さえることができれば、逆転の目も見えてくる。言葉にするのは辛いが、我々は今劣勢だ。いや、劣勢ですらも過剰表現に思えてしまうような状態だ。ゆえに、何としてもその施設と情報を確保してもらいたい。……言うまでもなく少数編成だ。ヒキガネ小隊とニカにこの件は当たってもらいたい』


 頼めるか、とも、問題ないか、とも彼は訊ねない。記録映像なのだから当たり前ではあるが、半ば強制に近い要請だった。しかし私は行くしかない。もし罠であれば最悪、地球という命の土壌に屍を晒す事態になってしまうとしても。

 カグヤとリムルは――同じ表情で呆然としている。今までとは違う。それなりに安全が確立された状況で戦いに赴くのではない。一切関知しない場所に前情報もなしに、ただ可能性があるという理由だけで向かうのだ。

 無駄足に終わるだけでは済まない確率は十分すぎるほど存在している。

 それでも、だ。


『長期出撃となるだろうが、安心してくれたまえ。リムル君の安全は保障する』

「う」


 リムルが妙な声を漏らす。これ以上は定型的な挨拶が続くだけなので、見る必要はない。気の利かせたアウェルが映像を消して静寂が場を包んだ。

 私は視線をリムルに定める。彼女は息を呑んでいる。

 今までのリムルならついていくと言っただろう。だが、今回はどこか遠慮するように伏し目がちだ。だから、私は先手を取る。


「今回はお前にも同行してもらう」

「え、え――」


 いつものように感情豊かには驚かない。つまり葛藤しているのだ。

 自分のような役立たずがついて行っていいのかと思っているのかもしれない。私に妹の、残された者の気持ちを考えて、と説教した彼女はすっかり鳴りを潜めてしまっている。

 恐らく――彼女は知ったのだろう。残す者の気持ちを。

 矛盾が起きている。残されるのは嫌だが、残して欲しい。そんな支離滅裂な思考状態。いや、願い自体は一つなのだ。残留も出立も相違はない。ただ単に、健やかに、元気に過ごして欲しい。リムルはそう思っているはずだ。

 私も学んでいる。もう、わからず屋の兵士ではない。

 だが……理解していても上手く言葉には変換できない。結局、真意を伝えないまま私は料理へと目線を落とした。


「主題から逸れたな。まずは食事にしよう」


 私の一言で場が静寂から解放される。否、強引に転換させられると言った方が正しいか。会話が無理矢理引き出され、形式だけのパーティが始まる。

 私が焼いたステーキはすっかり冷めてしまった。

 だが、名誉挽回のチャンスはある、とも考えている。

 例え死地に向かおうとも、その気持ちだけは曲げないと決めていた。遥か彼方、フロンティアの地で。



 リアルとフィクションでは感じ方が違う、というのは誰でも知識としてはわかっているだろう。だが実際に目の当たりにした時の衝撃は、耐え難いものがある。咄嗟に通路の突き当りに隠れてしまうほどには。


「ニカ――」

「ふふ、じゃ、お留守番よろしくね、クィン」


 ニカは異性を惑わす魅力的な笑顔とキュートと自評する白髪を振りまいてクィンに別れを告げた。

 クィンはこちらに残り基地内外で不穏な動きがあった場合はアウェルが構築した秘匿通信を使って連絡する手筈になっている。それと、エンカレッジから救出した奴隷たちの世話も彼に一任していた。レジスタンスのメンバーたちを私は信頼していたが、やはり彼以上の適任はいないだろう。

 その彼と――ニカは接触をしていた。抱擁……という表現は正しい。

 だがそれよりも衝撃的だったのは、口と口の接触――接吻だろう。

 有り体に言えば、ニカはクィンとキスをしていた。

 元来、接吻自体に生物学的な意味はない。むしろ細菌やウイルスの類が移ってしまう可能性があるので、非推奨行為だと考えることもできる。

 だが、旧人類――いや、人間というものはそこに性愛的な意味を付与した。粘膜と粘膜を接触させ、舌を絡ませることを愛の証としたのだ。

 そのロジックを、昔の私は理解できなかっただろう。正確には今の私も理解できていない。だが、身体は求めている。

 人間にいつの間にかインストールされていたシステムの一つだ。私たちの身体にこびりついた無駄の一つ。

 だが、バカにするどころか、心のどこかで羨望している自分に気が付いて何とも言えない気持ちになったが、すぐにそんなことはどうでもよくなった。

 クィンと別れたニカがこちらに向かって来ていた。私は努めて平静を装い、すれ違いざまに挨拶を交わす。


「こんなところで油を売っていたのか」

「ふふ、油よりも希少で貴重なものをタダでプレゼントしていたの。……嘘が下手なのは相変わらずだね、シズク」

「何の、ことだ」

「見てたでしょ。キス」

「……知らないな」


 はぐらかすがばれている。だが認めるのはプライドが許さなかった。そんな私を見抜いているかのようにニカは微笑む。無邪気に。


「ま、別にいいけどね。秘密でもないし。私はクィンが好き。だからマーキングしてたんだよ。誰にも取られないようにね」

「付き合ってるのか?」

「シズクからそんな単語が出るとは思わなかったな。まぁ、そうとも言えるしそうでないともいえる。曖昧だね。……もっと平和だったらはっきりしたかもしれないけどさ」

「平和だったら、か」

「そう、平和。考えたことある? シズク。軍学校なんていう兵士の養成所じゃなくて本当の学校に通ってさ、みんなといっしょに勉強して、運動して、好きな人と恋愛しちゃったりして」

「想像もつかない」


 荒唐無稽すぎる。そのような平和な日常など。

 せいぜい考えられるのはフロンティアでの穏やかな生活のみだ。原始的な材料を使って、自給自足の生活を過ごす。逃亡者として。

 世界を殺した裏切り者として。それでも十分すぎるほどの贅沢だ。

 無論、知識としてはニカの言わんとすることもわかる。十八歳であるこの身は、革命期以前の社会では高等学校という勉学施設に属する学徒としてカテゴライズされる可能性が高いことは知っている。

 よほど不真面目か金銭的問題を抱えていない限りは、順当にハイスクールに通っていたはずだ。そして教師から授業を受ける。テキスト……マニュアル通りの授業。

 きっとその生活は退屈だったはずだ。……退屈なのは未来ではなく過去なのだ。少なくとも今の時代にとっては。


「私は憧れちゃうな。普通の女子高生としてさ、お勉強したかった」

「お前の性格なら授業をさぼりまくってそうだ」

「かもね。……学校の中でセックスしまくってたり」

「お前……」

「はは、冗談冗談。いくらなんでも私もそこまで見境なくはないと思う。たぶんね。でも、禁欲ばかりの毎日じゃさ、いつ爆発しちゃうかわからないもの」

「性欲がか」

「それだけならよかったけどさ。……感情って怖いよね。心って恐ろしい。私はね、クィンと離れるのが怖い。本当はカグヤみたいにいっしょに同行してもらいたい。でも、彼にはここで待機してもらわないと。下手をすれば戻れなくなっちゃうかもしれないのにさ、歯がゆいよね」

「ニカ」


 ニカはまた素に戻る。本来の彼女。無理矢理元気を出している状態ではない、寂しがり屋の女の子。しかして白の少女はまた自分の性格を曲げた。異性すらも魅了する魅惑的な笑顔を振りまいて、突然走り始める。


「と、くよくよはしてられないよね。準備してくる。私の予想が正しければ――」

「何だ?」

「――たぶん、カナリに捕捉される。そうなったら……覚悟した方がいいかも」


 意味深なニカの返答は強く印象に残った。何を覚悟しなければならないのか。

 その答えを重々思い当たっていたからだ。



 ※※※



 ――そして今、私は覚悟を試されている。


『やっぱりこうなるんだ』


 ニカの通信には諦観と後悔の念が塗りたくられている。しかしこうなってしまった以上――会敵してしまった以上、私たちが取れる選択肢は一つだけだ。

 私はレンジャーカスタムの全方位モニターからその機体群を見つめる。見慣れた機体だ。それは敵が全て同型だから、という簡易な理由ではない。個別コードからパイロットが愛機に行う細やかなカスタムにおいても同一だった。

 地球には最低限の防衛網は敷かれているとは考えられた。処分から逃れようとした変異体バリアントの逃げ場としては十分あり得る選択肢だったからだ。

 そこで釣りをしようと目論むブラックベレーがいてもおかしくはない。例え不毛の土地だとしてもGMHなら生きることはできる。

 だから敵の待ち伏せは予想できていた。予想外――ある意味想定内――だったのは、その相手だ。


『大佐には感謝してもしきれないわ』


 カナリの悦に入った通信が響く。彼女はこちらが傍受していると知りながら、いや知っているからこそ堂々と回線に言葉を乗せる。

 フォルシュトレッカーSヴァリエーションは、その特徴的な肢体をニカのカスタム機に向けている。彼女は端からニカしか眼中になく、


『今度こそ、逃さない……』


 そしてまた、シャリーも私にしか注目していない。


『隊長……』


 フィレンの緊張の声が聞こえてくる。不安障害持ちの彼女とは言え、戦いの場にはもう慣れている。なので、精神問題によって後れを取ることは有り得ないが、今回はシチュエーションがシチュエーションなだけに油断ならないのだ。

 グィアンとリムルを乗せた輸送船が背後に控えている。エンカレッジの時と同じような護衛戦を強いられていた。

 あの時とは違い、敵は最良の装備を最高の人員が扱っている。そして数的不利でもある。さらには都合の良い支援は受けられず、撤退は不可能。

 私たちには先に進むしか道はない。ここでも殺すか死ね、だ。

 だが私にその理不尽な二択に付き合う気はさらさらなかった。


「アウェル、後方支援を。フィレンはその護衛。ミーナは遊撃。ニカは私と来い。グィアン、精霊術で船をガードしてくれ。それと必要なら独自行動を赦すが、プロテクターは使うな」


 早口で指示を出した私に、全員が異論なく了承してくれる。いや、一人――二人に命令を忘れていたので、私は速やかに付け足した。


「アウェルが最適ルートを計算してくれる。カグ、そのルートに従って船を動かしてくれ。リムルは船内の荷物が飛び散らないよう留め具をチェック。それと……私たちの帰りを待っていてくれ」


 言い訳がましいとは思う。が、彼女たちの必要性を、特にリムルの重要性を伝えるためにできた最低限にして最高の伝達方法がこれだった。

 カグヤはうん、と控えめに、リムルも小さくはいと答える。

 間違ってしまったのかもしれない。だが――訂正の時間はなかった。


『そろそろ哀れな作戦会議は終わったかしら、シズク、白狼』


 もしこれがニカの言う通り、平和な日常――旧時代のハイスクールだったら、このセリフは好敵手が放つチャレンジャー精神の塊だったかもしれない。切磋琢磨し、互いに高め合い、競争していく。順位を勝敗を争っていく青春の一ページ。

 だがかつてはポジティブな意味も内包していた競争社会は今や血みどろのデスゲームと化している。彼女たちも競争するためにここに来て私たちを殺そうとしているのだ。

 いや、彼女たちにとって、殺すという単語の意味合いは変わってしまっている。

 貢献。

 仕事。

 競争。

 全てのルーツである死の惑星(ははなるだいち)を背景に、戦いの幕が上がった。

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