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自暴自棄

「なぜだと? そいつらが生きるべきじゃない邪悪なバリアントだからだ!」

「彼女はヘルスだよ」


 意気揚々と言い放ったカイルへニカがピースメーカーと共に反論を突きつけたが、彼は鼻で笑うだけだった。


「いや、バリアントだ。ヘルスがバリアントで、バリアントこそがヘルスなのだ!」


 自らを妄信するかのような、熱狂的な物言いをして、カイルは銃の狙いを私に定める。私は動くに動けない。覆い被さる形となっているジェシカを守らなければならない。

 支援するべくアウェルもピストルを構えた。寸分違わぬ狙いでカイルの眉間を撃ち抜こうとしている。


「狂気に侵されましたか、カイル・クラッシュ。いえ、訂正しましょう。あなたは最初から狂っていた」

「俺からすれば、お前たちの方が異常だ。そのクズに同情していたようだが……なぜだ? 理解できない。そいつは死んで当然の女だ。虐殺するべき政府の犬だぞ」

「復讐、報復か? 今まで虐げられていた分、連中を皆殺しにすると?」


 私はジェシカを見下ろしながら訊ねる。彼女は不安と緊張に凍り付いている。右腰に差してあるオートマチックを抜くか、ニカの贈り物である懐のSAAを取り出すか。前者は抜くのは早いが敵に背中をみせている以上、勘付かれやすい。後者は長い銃身のおかげで抜きづらいが察知されにくい。

 どちらを抜くべきか、判断は瞬時になした。リボルバーの銃把を掴む。


「当然だ! 奴らは死ぬべきで」

「違うな!」


 白い銃が煌く。振り向き様に銃声が二発轟いたが、私は意に介さない。弾丸が私を射抜くことはないと知っている。撃鉄を起こし、忌々しそうな顔を作るカイルに狙いを定めたが、彼は颯爽と身を翻して逃走した。


「助かった、ニカ、アウェル」

「まぁ三対一なら撃ち負けないって」


 銃口から煙を上げるピースメーカーをくるくる回しながらニカが謙遜する。彼女たちの援護射撃がなければ、私か、もしくはジェシカが射殺されていたはずだ。


「まぁ銃弾を銃弾で撃ち抜くのは初めてだったけどさ」

「そんな芸当をしたのか」


 全く肝が冷える。GMHの反射速度なら理論上可能だが、理論と実践は別物だ。


「カイル・クラッシュを追撃しますか?」


 アウェルは扉から外の様子を確認しながら指示を仰いでくる。私はジェシカを立ち上がらせつつ否定した。


「いいや。今は人命救助が最優先だ。反乱を恐れて殺されるかもしれない」

「……私の、子ども」


 殺されるという単語に反応したジェシカの顔からは、遠い昔に忘れてしまった懐かしい感覚がした。母親と同じ匂いだ。


「どこにいる?」

「誰が父親かもわからない子なんて……」

「強がるな、助ける。どこだ」

「奴隷部屋……に、います」


 ジェシカは進路を指し示した。


「わかった。ニカ、頼めるか。アウェルはリベリオン基地に連絡を」

「オッケー」

「私も援護します、隊長」

「頼む」


 ニカにジェシカを任せて、私とアウェルは奴隷部屋などという悪辣なネーミングの部屋を目指す。奴隷制度はかつての歴史で否定された。人民の人民による人民のための政治。南北戦争は奴隷制の廃止を賭けて行われた戦争だ。そして戦争後、アメリカ人の迫害対象は黒人からインディアンへと移行した。

 市民革命の代名詞とも呼ばれるフランス革命でも奴隷制は廃止されたはずだが、皇帝となったナポレオンは奴隷制の続行を指示し、結果として植民地であるハイチの黒人奴隷が蜂起、ハイチ革命が発生した。

 ただ単純に血を求めるだけではダメだ。暴力での物事の解決は、後に大きな遺恨を残す。もっと根本的な部分から解決しなければならない。

 血を血で洗う革命ではなく……。


「こうなった以上、殺すしかないのでは」

「お前も血を求めるのか」

「強い憤りを感じるのは事実です。一人残らず殺してしまいたい、とも考えてしまっています」

「それで何か解決するのか」

「いいえ、しません。だから私はあなたを尊敬してやまないのです」


 通路を注意深く進んでいく。アラモ砦侵攻作戦の時は、エミリーがハッキングしたマップを使用していたが、今、手元に地図はない。不便さに憂慮した瞬間、アウェルがホロマップを表示して怪しいと思われる個所をマーキングした。


「物資搬送効率や、人材移動の観点から鑑みて、この位置に部屋を設置する理由はありません。無論、彼らが非効率を好むのであれば別ですが」

「そこに向かおう。ジェシカの示した方向とも合っている」


 アウェルと共に駆けているが、喧しい警告音のせいで敵の足音が聞こえない。アラモ砦のように、セックスしたいがために警報を切るような間抜けはいないようだ。そういう点では確かにエンカレッジのメンバーはまともに思える。

 隣で拳銃を構えるアウェルを見る。彼女はこの状況をどんな思いで動いているのだろうか。

 アラモ砦で生存のため、身を汚職士官に捧げようとしたアウェル。私はその男を感情に任せて撃ち殺した。当時は死ぬべき人間だとも思った。生存が確約されている立場にいながら、何をしているのかと。

 だが奴も逃避していたのだろう。同情する気にはなれないが、理解はできる。

 皆、逃げ出したくてたまらないのだ。この世界から。カイルたちも、欲望の捌け口を捕虜たちにぶつけて現実逃避していた。

 アウェルも逃げて、私の元に訪れた。私に羨望を向けて。

 希望を求めて。私は応えられるだろうか。彼女の期待に。


「隊長は彼らのことをどう思っていますか」


 曲がり角の先を確かめる私へアウェルが後方警戒しながら訊ねる。


「哀れな者たち。まぁ、私も人のことを言える立場ではない」


 何の皮肉も含まれない、純粋な感想。カイルたちは哀れだ。

 殺すか死ね。その二択から逃げ出そうとして、行き着いたのは同じ場所だった。

 だが看過はできない。だから行く。

 これ以上彼らを惨めにしないためにも。


「止めて!!」


 目的の部屋の前へ辿り着くと、中から悲鳴が聞こえる。飛び出そうとしたアウェルを左手を上げて止めさせて、私はゆっくりと扉を開けた。

 エンカレッジのメンバーが、三人、ライフルを壁に背をつけて寄り添っている奴隷たちへと向けている。

 中には子どもや赤ん坊もいた。レイプされて生まれた子ども。

 だが、子どもたちにも罪はない。哀れだ。本当に哀れだ。

 これ以上、悲劇は必要ないだろう。


「お前たちクズはここで死ぬべき――うぐッ!?」


 まずは正面の男を首を絞める。私の存在に気付いた右側の男がピストルの狙いをつけたが蹴り飛ばして武装解除させ、手刀を喉元に浴びせて気絶させる。左側の男はアウェルが殴ってダウンさせた。


「あ、ひ……!?」

「ジェシカに言われて来た。味方だ。脱出するぞ」

「この人たちは」

「殺さない。行くぞ。避難が最優先だ」


 まとめ役に告げて、先導を始める。が部屋から出た途端、大量の銃弾の雨が降り注いだため、ナイフを引き抜いて弾丸を切り裂きながら指示を飛ばす。


「アウェル、頼む!」

「了解しました……ッ」


 私は左手のナイフで弾が奴隷たちに命中しないよう防御しながら、右手のピストルを撃って威嚇射撃をする。だが、彼らも程よく訓練されているようで、そう簡単には怖じてくれない。

 歯ぎしりしながら足を撃つ。一人が倒れたが、バランスを崩した拍子に乱射した弾丸が、敵をずたずたに引き裂いた。


「くそ……」


 幸運であるはずの展開に、私の胸が疼き出す。敵集団の後方からピンを引き抜く音がして咄嗟に銃で腕を撃ち抜いたが、すぐに己の失策を悟った。


「あ……」


 足を撃ち抜いて生かしたはずの敵もろとも、エンカレッジのメンバーたちが自爆する。


「く……くッ!」


 奴隷たちが通路の先へ進んだので、私はその後を追った。


「隊長、お怪我は?」

「何ともない」


 奴隷たちへと合流し、後方に銃を向けながら進んでいく。進路をアウェルに任せることには何も不安はなかった。不安なのは……自身だ。

 湧き出る感情をシャットアウトしながら先へと進んでいく。と、不意に背後から声を掛けられて振り返った。

 子どもだ。小さな子どもが私に呼び掛けている。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん」

「何だ、今は」

「いたいの?」

「肉体的苦痛は……いや、そうかもな」


 私が正直に言うと、子どもは私の背中をさすってくる。不思議と嫌な気分にはならない。


「いたいの飛んでいった?」

「ああ、ありがとう」


 小さな天使に感謝しながらも、警戒は怠らない。アウェルの適切なナビゲートもあってか、道中敵と邂逅することはなかった。

 無事に格納庫へと辿り着く。そこは私たちが最初に訪れたメインゲートではなく、サブゲートが併設された小さなハンガーだった。


「人員不足もあってか、こちらへの警戒は薄いようです。貴重なリソースを放置するわけがないという考えからでしょう」

「人命を優先してリスクを高めるはずはない……か」


 主要格納庫メインハンガーに置き去りのレンジャーカスタムが体のいい囮になっている。しかしレンジャーカスタムを放置するわけにもいかない。あれは貴重な戦力であり、実際、メインハンガーへは戻らなければならないだろう。


「それに、フィレンが悲しむからな」

「とりあえず脱出艇を発進させますが、現状のままでは」

「彼女たちの安全を確保するため、内部で騒ぎを起こすぞ。危険だが――」

「無論、同行させていただきます。どこまでも」

「すまない、いや、ありがとう」


 アウェルがハックして準備した脱出艇に奴隷たちが乗り込むまで、護衛する。瞬間、ある予感が脳裏をよぎってゲートへと目視する。


『逃がさないぞ、シズク・ヒキガネ!』

「カイル!」


 ディフェンダーのカスタム機がゲートを塞ぐようにして現れた。赤いパーソナルカラーのキャバルリーは守り手(ディフェンダー)というよりも殺し手(カットスロウト)だ。

 防御よりも火力に重きを置いたカスタムらしく、二丁のガトリングガンの照準をこちらに合わせている。


「これ以上バカな真似はよせ!」

『バカな真似だと? バカな行為をしているお前に言われたくはないな。よもやせっかく捉えた我らの敵を逃がそうとするとは。それに同胞も殺したな。この偽善者め! だが、紛い物の英雄だとしても利用価値はある。お前を殺せば皆の士気の向上にも繋がる。あのシズク・ヒキガネを殺したカイル・クラッシュが率いるエンカレッジは、いずれ、管理政府を徹底的に叩き潰すだろう!』

「愚鈍な男ですね」

『黙れ、愚かな女。偽物を本物だと信じた愚か者。そこの女はな、勇敢なるふりをした臆病者、卑怯者だ。アラモ砦の件も本当かどうか信じがたい。元々、我々も話半分で聞いていた。だが、何もなかったからな。我らには何もない。未来への希望も、勝利への標識も。だからお前の話をあっさりと信じた。縋ってもいたな。だが、これで皆も目を覚ますだろう。シズクは卑怯者で、砦のみんなを闇討ちで虐殺した汚く悪しきかりそめの英雄。それを殺して、俺は覚醒する。革命を起こすのだ!』


 自身に陶酔するかのように演説したカイルは、ガトリングを私へ構える。回避することは可能だったが、もう片方の銃口は脱出艇へと動かされていた。身動きが取れず、懐のSAAを抜き取る。


「おいおい、そんな小さな銃でどうするつもりだ?」


 撃鉄を起こしながら、息を吐く。ガトリングは円状に多数の銃身が並ぶ設計であり、かつて訓練場でプロテクター相手に行ったように、一本の銃身を撃ち抜いたとしてもすぐに次撃が放たれる。

 ガトリングを機能停止にするためには、銃そのものを完全に撃ち壊さなければならないが、普通に考えてもそれは不可能だ。

 ――もし普通に考えるならば、の話だが。


「頼む、力を貸してくれ……」


 その資格がないとはわかっている。だが、無実の人間を、悲劇を終わらせるために。

 ほんの少しでいい。彼女たちを救う分の力だけを、貸してくれ。

 瞳を閉じて要請する。そのしぐさを諦観のものだと取ったのか、カイルは上機嫌に外部スピーカーを唸らせた。


「諦めるのか、ヒキガネ! これでは殺しがいがないが、まぁいい。必要なのは俺がお前を殺した事実だけだ。そうとも、お前はここで、俺の勇気の助成者(エンカレッジ)となるのだ。……死ぬがいい」


 カイルの宣告と同時にガトリングが回転し始める。弾丸が放たれる前の僅かな時間に私は行動を起こした。引き金を引きっぱなしにしたまま、撃鉄を叩くようにして撃つ。西部劇のガンマンたちの必殺技、ファニングショットを行う。

 放たれた弾丸は脱出艇に狙いを定めていた左方のガトリングへと飛来して、世界の常識を覆す。


『何!? バカな、拳銃弾がキャバルリーの武装を破壊する? 何だその力は!』

「少し借りただけだ。ほんの少しだけな」


 弾切れになったSAAを下げて、両手を上げる。不可思議な力を目撃して手を止めたカイルは、その挑発的行為に引っかかり私を撃ち抜かんと怒号を飛ばした。

 アウェルが私の名を呼んで警告するが、逃げも隠れもしない。

 そうすることが最善だ。奴隷たちの安全確保のためには。

 そういう約束で使わせてもらった。今更、生に固執しても仕方ない。


『この生意気な女が! 死ね!!』

『えー? シズクはとても素直な子だと思うけど』


 突然閃光が煌いて、カイルのディフェンダーが回避行動を取る。遅れて姿を晒したのは、ニカのディフェンダーVカスタムだった。


「ニカ」

『くそッ、白鯨!』

『私は狼でもクジラでもないって。大丈夫? 二人とも』

「こちらは平気です。その男への対処を」

『了解、アウェル。シズク、悪いんだけど……』

「ああ、敵の増援を食い止める。アウェル」

「お待ちを」


 来た道を戻ろうとした私へアウェルが顎で示す。訝しんで視線を移すと、そこには偵察用の戦闘機が鎮座していた。キャバルリーのファイターモードではなく、純粋な戦闘機だ。ジェシカが言っていたコロニーから略奪したものだろう。


「これで向かった方が早いです。連中はゲート側から私たちが現れるとは思っていないはずですから、優位に立てます」

「敵に見つかってしまうだろう?」

「このタイプには光学迷彩が搭載されています。ですので」

「……お前は本当にエミリーにそっくりだな」

「隊長?」

「いや、何でもない。操縦は私に任せろ」


 戦闘機の基本型というものは、それこそカグヤと共に見た映画全盛の時代から変わっていない。後部のジェット推進機構、二つの翼、前部のガラス張りのコックピット。二つの機体性質を持つバトルキャバルリーの登場以来、純粋な戦闘機の存在価値は下がったが、それでも絶滅はしなかった。

 そんな生きた化石に乗り込んで、各種システムをチェックする。計器の見方も操縦の仕方も最低限の知識としては頭の中にあるが、実戦で使うのは初めてだ。


「緊張するな」

「ご冗談を」

「ああ、冗談だ」


 映画のヒーローたちのようにくだらない冗談を言って、私はエンジンをスタートさせた。そのまま海を優雅に泳ぐ魚のように、フロンティアで私なりの方法で釣り上げた川魚たちのように、宇宙という名の大海へ戦闘機を泳がせる。

 ステルスモードにはしているが、あまり派手な動きはできない。それに流れ弾に命中する恐れもある。


「ニカ機がカイル機と交戦中」

「優勢か?」

「はい。しかし、守りながらの戦いは、いかにニカ・アトミックと言えども」


 私はサイドモニターにニカとカイルが交戦中の宙域を表示させる。ニカは発進した脱出艇を護衛しながらの交戦を強いられており、カイルはそこが弱点だと早々に見抜いている。

 既に敵部隊には通達されているので増援が出現するのも時間の問題だ。そこに、先行発進したと思われる敵プロテクターが数機ニカの元へと通り過ぎていった。


「まずいな」


 機体周辺の敵を掃討し、救援に赴くまでニカが耐えてくれるかどうか。

 ニカ単体なら問題ないだろうが、護衛任務は単純な戦闘よりも難易度が跳ね上がる。

 そんな私の危惧を読み取ったように、従順なアウェルは口を開いた。


「お任せします、隊長。準備はできています」

「このまま援護に向かわせてもらう」


 私は操縦桿を右に倒す。そこまで分が悪い戦いでもない。

 ニカのディフェンダーと私の操縦技術、アウェルの射撃の腕前があれば、十分に制圧可能な数だ。

 注意を払うべきはやはり護衛対象である脱出艇にだろう。彼女たちは死なせてはならない。もう悲劇は十分だ。痛みの押し付け合いを繰り返す必要はない。

 白い騎兵は赤色の殺人鬼の他に、エンカレッジのチームカラーであるエメラルドグリーンのプロテクターに追尾されている。

 私はそちらへ気取られぬように接近した。幸い、敵はニカと逃亡船を倒すことで夢中なようで、背後を取るのは容易かった。


「アウェル」

「了解しました」

『何ッ!?』


 複座に座るアウェルの狙撃はピンポイントで敵の弱点を撃ち抜いた。急所であるコックピットではなく、プロテクターに宇宙空間での機動力を付与しているブースターを。

 不意を突かれた敵の小隊は着弾地点から私たちの位置を逆算し、応戦しようとしたが、先手を取ったアウェルのキャノンによって封じられる。撹乱した敵をニカは苦も無く戦闘不能にした。


『ナイスアシスト』

「油断するな、ニカ」

『わかってる……カイル!』

『この裏切り者どもめ!』

『裏切ったのはそっちだよ!』


 カイルは残るガトリングを乱雑にニカと私へ乱れ撃ったが、甘い狙いでは命中するはずもない。半ば自暴自棄になった彼はやはりと言うべきか、護衛対象に火力を集中した。


『砲撃しろ! あの船を撃ち落せ!』

「砲台を潰す!」

「了解しました」


 私は方向転換し、ステーションに設置されている砲台の破壊に乗り出した。アウェルは私の狙いを的確に読んで、指示する間もなく目標を撃破していく。いくら旧式の戦闘機に乗っているとはいえ、固定砲台に後れを取るはずもなかった。

 僅か一分足らずで申し訳程度に併設されていた砲台群を破壊し終える頃には、ニカの方も決着がついていた。

 巧みな剣裁きで、暴れ馬のように暴走するカイル機の四肢を切断する。白い騎兵に無様に切り裂かれた殺人鬼は死んだ魚が水面に浮かんで漂流するように緩やかな速度で漂い始めた。


『バカな……私が! お前たちのような不出来者に! 有り得ない!』

『不出来者……それは、君が一番言ってはいけない言葉だよ』

『黙れ臆病者風情が! 我々のような一握りの選ばれし者たちが、この世界を切り開くのだ!』

「哀れですね、カイル・クラッシュ」


 狂人めいた、そして管理政府と相違ない思想を言い放ったカイルへ、アウェルが冷徹に告げる。

 真実を、真相を。虐げられた者が、さらに弱い者を虐げて自分が強者であると誤解する様を。


『哀れだと? 私がか?』

「あなたは結局、自分より弱い者を虐げることしかできなかった臆病者です。何が勇気の助成者(エンカレッジ)ですか。勇気を助成してもらうべきは他ならぬあなたでした。同じ立場であるからこそ、あなたの愚かさはよく理解できます」


 アウェルはカイルの反論を塞ぎ、逃げ道を無くす。お前は愚か者だと、正面切って追求する。だが、その様子を目の当たりにしても、私の心は軋んでいた。

 結局、皆居場所を求めているだけだ。ゆっくり、穏やかに暮らせる場所を。

 なのに、どうしても人は過ちを犯す。過ちを正すために別の過ちを繰り返す。


「そう諭しても、あなたは理解できないでしょうね。もしかすれば、社会に反抗すると決めた時のあなたは、今とは違っていたのかもしれませんが」


 諦観したような予想は見事に的中する。事態は最悪の方向へ収束しようとしていた。


『ほざくな下等が! もはやどうにでもなれ! こうなってしまった以上……お前たちを道連れにしてやる!』

『自爆……!? まずい、船が!』


 ニカが警句を叫びながら騎兵を走らせるが、自爆コード入力の方が早い。


「させません……隊長!?」


 アウェルが訝しんだのは、私が後部席のトリガーをロックしたからだ。

 無論それは同情し、カイルを殺さないためという意図からではない。

 その逆――カイルを殺すために、ロックした。

 閃光が奔る。無防備なプロテクターのコックピットを撃ち貫くのは簡単だった。

 とても、とても。幼い頃から訓練してきた通り正確無比で。


「隊長……」

「レンジャーカスタムを回収し、リベリオン基地へ戻るぞ。猶予はない」

『シズク、大丈夫? ううん、ごめん。なんでもないよ』


 ニカはすぐに発言を撤回し、支援に付いた。私は無言のままエンカレッジのメインゲートへと戻って速やかに機体を乗り換える。

 そのまま敵と交戦することなく進路を取る。エンカレッジはリーダーを失ったことで希薄な絆を失い、崩壊していた。


「急ぐぞ」


 機体の速度を上げて、ステーションから十分に離れる。予測通り、基地周辺で複数の閃光が迸った。直後、大規模な爆発を全方位モニターが描写する。ブラックベレーの襲撃だ。

 彼らは、彼らも泳がされていた魚だ。加えて今回は食べ頃になったから収穫というわけではなく、第三者に獲物が奪われそうになったゆえに発生した争奪戦だろう。

 相手が無気力かどうかは関係なかった。ただ貢献するために虐殺する。

 悲劇はもうたくさんだと思った。だが、結局は。

 私は、私も、悲劇を悲劇で塗り潰すことしかできないのだ。



 ※※※



 どうやら私にはいつの間にか、面倒な悪癖ができてしまったようだ。

 そんな想起をしながらも、扉のブザーコールを鳴らしている。つくづくどうしようもない人間だ。

 そして、人なのだからある程度はしょうがないと思えるほどには、私は人間だった。


「どうした?」

「すまないな。何かしていたか?」


 遠慮なく扉を潜っておきながら、少々良識を弁えているような言動をする。今更取り繕っても無意味だ。私は自分でも止めようがないくらいに求めていて。

 そして、そもそも理性と感情も止める気がないのだ。これは理性的であり、感情的な行動だ。完璧に調和のとれた欲求であり、欲望であって、渇望だ。

 頭も身体も沸き起こる強欲のままグィアンを見つめている。求めている。


「いや、特筆するものは何もない」

「何か予定はあるのか?」

「それも特段、ないな」

「そうか。では、私と付き合ってくれ」

「どこに向かう?」


 私ははやる気持ちに抗いもせず、早足で部屋を出ながら言った。


「目的地はない。ただの散歩だ」

「わかった。今向かう」


 その返答に心の底から安堵したのは言うまでもない。

 私はグィアンと共に散歩に興じた。あくまでも散歩だ。並歩。歩み。脚部による歩行運動。それ以上に深い意味はない。

 いや……嘘だ。私は自身を理知的にみせようとしてくだらない嘘を吐いている。

 単純に疲れたのだ。先日の戦闘は酷く堪えていた。

 だから、その傷を癒そうと……薄めさせようとしている。酒を嗜んでも酔えない私たちは、絆に酔うしかなかった。GMHには、慰めの手段が少なすぎる。

 彼らの暴挙も、自分を慰めるための方法でしかなかった。それを私は殺した。

 言い訳はいくらでも思いつく。人々が口を揃えて言うであろう優しさは。

 だが……殺人は殺人だ。どれだけ崇高な想いがあろうとも、いかなる理由があろうとも、その事実は変わらない。

 カグヤと共に見た映画の中には、殺人がいいことのように描かれているものがある。私たち姉妹の好きな映画ジャンルである西部劇だってそうだ。悪人を殺すことは許される。そんなシーンがあったりする。

 因果応報、自業自得。だから、殺人者ではなく英雄であると。

 無論、その映画群を否定するわけではない。娯楽としてこれ以上ないぐらいに傑作揃いであるし、高潔な精神に基づいて行われる倒敵というものは清々しいくらいにスカッとする。

 だが、それはフィクションの中での話だ。現実では……殺人は殺人でしかない。

 荒野の用心棒(名無し)許されざる者(ウィリアム・マニー)。どちらが現実的なのかは一目瞭然だ。いや、リアル寄りである許されざる者すらもフィクションだ。リアリティとリアルは違う。

 人を殺した者は、例え相手がどんな悪人だとしても、その罪を背負って生きていかなければならない。

 だが、やはり、その十字架は重いのだ。命の重さというものは……とても重く、暗く、私の心を押し潰そうとしてくる。


「悲しみは海ではないから、すっかり飲み干せてしまえる、か。飲み干す前に、溺れ死んでしまいそうだ」


 目的のない散策をしながら私は呟いた。正確には、散策こそが目的だ。


「疲れてるのか」

「ああ、そうだ。私は疲れている」


 私は隠しもせずに伝えて、視線を下へ……グィアンの左手へ落とす。

 握りたい。

 いや、本当はもっと……様々なことをしたい。

 抱きしめてもらいたい。私を私でなくしてもらいたい。

 逃げたい。あらゆる責務から解放されたい。

 戦いも殺人も悲しみもない幸せな世界で、優しく甘い時を過ごしたい。

 欲が心から溢れ出て全身を駆け巡り、衝動が内側から突き抜けてしまいそうだ。

 それは蜜のようでいて、毒。自省の念から手を引っ込める。


「お前も悩むことはあるのか? 疲れた時とか、苦しい時とか、あるのか」


 私から見れば完璧無欠の存在に見える彼も、何かしらの苦悩はあるはずだ。疲労感や倦怠感を感じることもあるはずだ。

 心情的には有り得ないと思いながらも、理論的に有り得る可能性について言及すると、彼は逡巡すら見せずに即答した。


「あるぞ」

「あるのか、お前も」

「当然だ。人間である限り」

「人である限り……」


 私は引き戻した手を見つめる。苦悩は即ち人の証であるとわかっている。

 だが、やはり不便だと感じてしまう。


「それでも大切なのはバランスか……」


 人は一線を越えてはならない。

 限度を守らなければならない。例えどのような理由があろうとも。

 理不尽に晒され、悲劇に見舞われ、嘆き、怒り、苦しんでいようとも。

 越えてはならない一線がある。守らなければいけない均衡がある。

 エンカレッジは均衡を破り……その報いを受けた。

 それを当然だと……笑う気にはなれない。


「悲しみの海で溺死してしまいそうと言っていたな」

「ああ――……っ!?」


 同意した私は突然手を握られて、心臓が跳ねる。比喩的表現のみではなく、物理的にもほんの僅かな身体跳躍を行ってしまったので間違いではない。

 驚く私に意を介さず、グィアンは手を強く握りしめた。その手は恋人つなぎのような甘いものではなく……戦士が共に交わす絆のように力強い。


「一人で溺れてしまうなら、二人で飲み干せばいい。簡単なことだ」

「……そう、だな。そうだ。その通りだ。お前は本当に」


 いつでも、どこでも頼もしい。

 私の希望通り、彼は私を癒してくれた。

 後はただ、この穏やかな時間を享受するだけで十分だった。

 エンカレッジ……彼らの犠牲は無駄にはしない。例え当人たちに裏切り者だと、臆病者だと罵られようとも。

 私たちは手を繋ぎながら、散策を続けていった。

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