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エンカレッジ

 出迎えは歓待と共に。大勢の人間に迎え入れられた。

 騎兵から降りた私はパイロットスーツのヘルメットを外す。背後へと目をやり、その簡素な格納庫の出入り口へと目をやると、後続の白い機体と白に黒色を取り込んだようなモノクロの機体が入ってくるところだった。

 二人とも、同時に機体から出てくる。片方はお気楽な様子で手を振っていたが、もう片方は興味がないかのように私へ一直線に舞い降りた。


「隊長、遅れて申し訳ありません」


 彼女はヘルメットを外し、ショートカットの髪を自由にする。まさに軍隊式と言わんばかりの形式的な敬礼をみせた。


「アウェルは硬いね、本当」

「ニカ・アトミック、あなたは柔らかすぎるのです」


 呆れがちに言うアウェルにニカはまんざらでもない表情となり、


「そりゃあ私はいろいろなところ柔らかいけどね。でも、アウェルも負けてないと思うけど」

「肉体の柔軟さに言及したわけではありません」

「二人とも、雑談はそこまでにしておけ。来るぞ」

「お待ちしておりました、同志よ」


 私が注意した直後に声が掛かる。今回の仲介役であり同志。

 私たち……厳密に言えばニカが所属するレジスタンスに共鳴した、もう一つのレジスタンス組織の男だった。

 彼も黒髪黒目。GMHのテンプレートの容姿であり、視線は私やアウェルではなく、変色の髪と目を持つニカへと主に向けられている。だが、その好奇心はニカにとって誉れでありまた誇りなので、彼女は嫌悪感を一切見せることなく積極的にあいさつを交わした。


「私はニカ・アトミック。テレグラム中佐の使いだよ」

「や、これは失礼。あなたが噂の白鯨か」

「狼の次は鯨ね。それに、白鯨ってのはちょっとやだなぁ。逆恨みの復讐に燃えた船乗りたちに粘着されそうで」

「実際に粘着されているだろう」

「……ま、そうかもね」


 ニカは少しだけ悲哀の籠った笑みを浮かべる。男は軽口を叩いた私へと目を向け、息を呑んだと思いきや、強引に私の手を取って興奮を隠さず手を上下に振った。困惑する私の隣でアウェルの目が吊り上がる。


「無礼ですよ、あなた」

「あ、いや、すまない。こんなところで英雄に会えるとは」

「気にするな。……英雄とは?」


 口から出てきた単語の意味不明さに私は問い質す。男は心外さを露呈しながら、興奮状態を維持したまま応えた。


「あなたのことですよ、シズク・ヒキガネ! 我らの英雄、勇敢なる者!」

「私が英雄だと? バカな」

「だから、シズクは有名人なんだって。一部の人間の間ではね」

「目立つのは好きじゃないし、私は英雄ではない」

「あなたの好みは知っていますが、それでもあなたは英雄ですよ、隊長」


 二人の補足に顔をしかめる。私より英雄に相応しい人間は山ほどいるはずだ。なのに、誰もかれもが私をもてはやす。あまり良い気分ではなかった。

 だが、ここでくだらない言い争いをするつもりはない。なので、早急に本題に入ることにした。


「すまないが、時間が惜しい。一刻も早く論議に入りたい。失礼だが、あなたの名前は?」

「これは非礼を重ねてしまって申し訳ない。私はカイル・クラッシュだ」

「では、カイル。落ち着いた場所に案内を頼みたい」

「どうぞこちらへ。英雄と白鯨と……」

「私はアウェル・ハック。掃いて捨てるほどいるGMHのバリアントです。お気遣いは無用」

「……行きましょう」


 カイルは苦笑しながら人混みを掻き分けて先に進んでいく。彼の背中を追う道すがら、私は奇妙な人物を見つけた。

 それはニカのように髪の色が違うという身体的特徴ではなく、またカグヤのように足が損なわれているというわけでもない。

 見た目こそ健全なGMHそのものだが、鎖のようなものを脚部につけている少女だった。

 あれは何だ? という疑問を口にする余裕はなく、私たちは進んでいく。

 小規模なレジスタンス組織……エンカレッジの中へ。



 ※※※



 数時間前、私は自室で今まで収集した情報の精査に没頭していた。もっとも、優秀な情報分析官であるアウェルが丁寧にまとめているので、今更私が再発見することはない。確実的な時間の無駄。だからこそ、夜間設定である現時刻に行うには最適だった。

 もはやただの複写となっているが、気にせずホロモニターのテキストに打ち込んでいく。と、気配を一切感じさせずに背後から声が掛けられる。

 カグヤだった。私は声だけで応対する。


「起こしてしまったか?」

「ううん。今の私に、時刻の概念はないから」


 私の手が止まる。自らの失言を撤回するべく振り返った。


「すまない、集中していて……私は」

「いいよ。気にしてないもの。……お姉ちゃんは平気?」

「大丈夫だ」

「やっぱり大丈夫じゃないんだ」

「何?」


 訝しむ私の元に珍妙な作動音を立てながら箱のような機械が動いてくる。それはアームを展開させると異音を放ちながらコップを掴み、一杯の水を注いで私へと差し出してくる。

 私は戸惑いながらもコップを受け取った。カグヤは私の膝へと手をのせて、


「飲んで」

「しかし」

「いいから、飲んで」


 言われるがままに水を飲む。何の変哲もない水だった。私の惑いは加速する。

 カグヤはというと、今度は私の背後へと回り、両手で私を包み込んだ。混乱する私に優しい声で、愛おしい声音で囁きかける。


「眠れないんだね、お姉ちゃん」

「睡眠を摂取する必要は、ない」

「さっきの精霊術の訓練、夢に見そうで怖いんだね」

「そんなことは……いや、あるな」


 観念して白状する。カグヤの言う通り、恐ろしかった。

 精霊術は死者の魂を具現化させ、接続する。最近、シャルリやエミリーが姿をみせるのは、彼女たちと私が無意識下でコンタクトを取ったせいだ。

 二人は私を見守り、応援してくれている。そのこと自体はありがたい。嬉しく思う。

 だが、他の死者たちが……いつ私の元へ集うかわからない。

 死者に罰せられるのが、憎悪されるのが怖いわけではない。

 赦されてしまうのが怖いのだ。微笑み、聖母のような顔で私を赦し、自らの人生を歩めばいいと、笑顔で、綺麗に、穏やかに……。


「恐怖を乗り越えるための方法を知っているか? カグ」


 カグヤは首を横に振った。私は今の時代に不必要と判断された心の病の治療法を諳んじる。


「何度も同じ体験を繰り返し……慣れるんだ。人は慣れることができる生き物だ。恐怖も殺人も、悲しみも。……昔、私がお前に渡した映画の中に、ホラージャンルがあっただろう」

「あの怖かった映画? 女の人が四足歩行で……」

「そうだ。でも、お前は夢中になって見ていて……気付くと、恐怖に慣れていた」

「うん、そうかも。確かに最後の方は、慣れてた」

「それと同じなんだ、本質は。問題は、精神に重篤な負荷がかかることだ。トラウマの克服には、かなりのエネルギーとやる気と時間が必要になる。……いずれ、私も慣れてしまうのだろう。この恐ろしさに。心が摩耗して、当然の権利だと言い張って、何の恥も罪悪感も持つことなく順応していく。私はそれが怖い。前科があるからな」


 私はテーブルに置いてあるホワイトベレー帽とその隣に置いてある拳銃を見る。

 言い訳をして人を殺すのはもうたくさんだ。仕事だから、生きるためだから、世界のためだから、みんなのためだから。殺す方に正義があっても、殺された方は納得できない。

 だが、現状を放置しても同じ悲劇が繰り返される。結局私は言い訳しながら戦うしかない。

 精霊術の行使にも、その言い訳は用いられる。うんざりしていた。私自身に。

 しかしカグヤはそんな私の心を解きほぐすように……愛らしい笑みをみせた。

 まるで……母親のようだ。これではどちらが姉なのかわからない。


「そう思えるなら、大丈夫だよ、お姉ちゃんは。きっと、そんな状態に陥っても、お姉ちゃんは迷わない。心を見失わないで生きていけるよ」

「今もこうして迷っているのにか?」

「だからなんだよ。お姉ちゃんはだから大丈夫なの」


 根拠のない慰め。しかし、やはりと言うべきか、カグヤの言葉には力がある。

 己の女々しさに呆れ果てたくなるぐらいには。どこまで私は情けない奴なのか。


「すまない……いや、ありがとう」


 こういう場面では謝罪ではなく感謝。フロンティアで得た知見を活かし、私は椅子から立ち上がった。

 結局眠りに落ちることはなかったが、それは恐怖からの所以ではなく、テレグラム中佐による召集命令が下ったせいだった。

 歩みを止めた私は突然浮かんだ通信ホロへと手を触れる。


「何だ、ニカ」

『ごめんね。お楽しみの最中だった』

「本題に入れ。今、寝ようとしていたところなんだ」

『誰と?』

「……」


 黙した私の前で、ニカのホロは両手を拝むように合わせた。


「ああ、ごめんごめん。中佐からお呼びがかかったよ。以前言っていた件。悪いんだけど……眠るのは、その後にしてくれないかな」



 

 中佐は星を眺めていた。

 私たちの来訪に気付くと、夜分遅くに申し訳ない、という定型的な挨拶と共に早速本題が紐解かれる。


「君たちにはレジスタンス組織に接触してもらいたい」

「あなたたち以外にもレジスタンスが存在するのですか」


 驚きには嘘と真実を混ぜていた。本当に知らなかったが、何となく存在を予期はしていたのだ。そもそも、今ここにレジスタンスがいるのだから、他にいてもおかしくはない。管理政府の監視を逃れて存続できるのかという疑問には目を瞑っておく。


「この世界をどうにかしたいと思う同志は多い。ほとんどの人間が機会に恵まれないだけで、現状を改善したいと考えている者は大勢いる。彼ら、エンカレッジもそのうちの一つだ」

勇気の助成者(エンカレッジ)……大仰な名前ですね」


 アウェルはあまり関心を寄せていないように呟いた。自身の情報網にすら引っかからなかったことを悔いて不貞腐れているのかとも思ったが、どうやら違うようだ。


「まぁ、察する通り、規模は大きくない。だからこそ継続できているのだろう。ブラックベレーの本質を覚えているね。彼らは敵が育たぬうちは狩らない。ある程度成長を見守り……狩り時になったら始末する」


 その方が貢献度を多くもらえるから、敵をあえて野放しにする。敵は強ければ強いほどいい。といっても、その強さは丁度いい強さだ。政府に損害を与えかねないレベルで、かつ自身が安全に処理できる強さ。ローリスクハイリターン。


「しかし、それでも貴重な戦力には変わりない。今の我々は猫の手も借りたい状況だ。例え一人でも仲間とできるなら、するに越したことはない」


 私を救いにニカが訪れたように、レジスタンスは定期的にスカウトを行っているのだろう。誰もかれもが人を探している。ブラックベレーは獲物を、ホワイトベレーはインディアンを、レジスタンスは同志を、管理政府は生贄スケープゴートを。

 そして、スターゲイザーは――私を。

 好機到来とばかりに喜ぶテレグラム中佐の顔を注意深く観察する。

 しかし、これといった成果は得られない。再び彼の言葉へ意識を割く。


「幸い、向こうも仲間を探していたようだから、いい関係が築けるだろう。だが、わかっている通り、あまり戦力は割けない。集団行動は敵に居場所を教えているようなものだ。そう退屈そうな顔をするな。君はどうすればいいかわかっているのだろう」

「少数精鋭で接触を行い、交渉、問題がなければ彼らを連れて帰還する……という流れでよろしいでしょうか」

「ま、大体はそんなところだ。やはり、君をスカウトして正解だったな。なぁ、ニカ」

「シズクは頭いいからね。優等生タイプ」

「私が優等生か」


 もし自分が古い映画のような教師だったなら、こんな不良生徒は廊下でバケツを持たせていたはずだ。……いや、私たちの筋力では水の入ったバケツ程度では重しの内には入らないか。


「とにかく、君たち二人で――」

「お待ちください」


 声を上げたのは、アウェルだった。部隊への事後説明のため召集された彼女はしかし、手本のような気をつけをして、中佐に異論を呈す。


「私も同行させてください」

「君がか? なぜだ」

「通信士ですので、メリットはあると思われます」

「しかし」

「いいですよー、私は。何かあった時頼りになりそうですし」


 中佐は難色を示したが、信頼を置いているニカが同意したことを受けて、態度を軟化させる。視線を私へと移し、最終判断を委ねてきた。


「君はいいかね? 君の部下だ」

「もちろん、構いません」


 私はアウェルの真意を読み解くべく彼女を見つめた。しかし、テレグラム中佐と同じように、アウェル・ハックについても、さっぱりわからなかった。



 ※※※



 そうして、現在。私たちはカイルたちエンカレッジの接待を受けている。


「あなたたちの到来によって、我らの勝利も決まったようなものだ!」

「アラモ砦の英雄、反乱の乙女、革命の申し子、シズク・ヒキガネに賛美あれ!」


 彼らは好き勝手な物言いをしているが、私に期待を寄せているのは確かだった。テーブルに並べられるのは、恐らくかき集めたであろう食料品だ。リベリオン基地ほど豪華ではなかったが、無味タイプの食品と比べれば天と地がひっくり帰ってしまうほどの豪勢なラインナップだろう。

 だが、私は口をつけなかった。ニカもアウェルも同様だ。

 大喜びするエンカレッジのメンバーに聞こえぬように、ニカが耳打ちしてくる。


「ちょっとさ、せっかくの食料をこんなに無駄遣いしちゃって……大丈夫かな、この人たち」

「お前も資源の無駄な使い方をしているだろう。宇宙風呂とか」

「あれとは別口だよ、これは。それにあの風呂のお湯はいざという時、臨時の水として使用できるんだよ。ふふ、これがどういう意味かわかる?」

「……何だ」

「シズクが浸かったお湯を、グィアンが――うん、悪かったね。今話すべきじゃなかった。そんな顔しないでよ」

「私は元々こういう顔だが?」


 生産性のないやり取りを終えた後、私は改めてエンカレッジのメンバーを見渡す。勝利を確信し浮かれることに異論を挟むつもりはない。戦いとは多少オーバーでも気力に満ち溢れていた方が良い結果をもたらすからだ。特に勝ち目の薄い反乱では、普段以上に戦意を昂らせる必要がある。

 だから、彼らの……私に対する不適切な評価については訂正しなかった。

 私は英雄なんかじゃない。そして、革命は悲劇しか生まない。

 彼らは革命期以前の歴史を知らないので、有名な革命であるフランス革命がどう終わったのかを知らないのだ。革命で上手く立ち回ったナポレオン・ボナパルトは、国王を否定した国に独裁者として君臨し、他国を侵略して回った。

 無論、全てがナポレオンのせいではなく、時代背景や革命、彼自身がもたらした成果についても一考しなければならない。だが、結局ナポレオンが追放されてからというもの、政治体型はフランス革命以前に逆戻りし、革命の精神が国家に浸透するまでに二度ほど革命を起こさなければならなかった。

 そして、革命期……GMHの誕生も、産まれた当時は画期的だっただろうが、今や人間は自身の手で首を掴んでいる。さわりだけ読んだハーモニーのように思いやりと慈悲でゆっくり優しく首を絞められるのではなく、ありったけの力を込めて、一刻も早く殺してしまおうと全力を尽くしている。

 彼らはそんな世界に反逆することを選んだ。私もそうだ。隣で微妙な表情を浮かべて彼らを見守っているニカも。

 だが……やはり、ただ力で刃向かうだけでは、何も……。

 ただ悲劇をまき散らすことしかできないのではないか。


「かの英雄が加わったことで、今こそ、悪しき管理政府の鉄槌に、正義の裁きを下せよう」

「悪しき管理政府……か」


 本当にただの悪なのか。いや違う。それは彼らと同じように反抗することを決意したニカもわかっている。この世に明確な悪役はいない。管理政府も相対的に見れば悪なだけであり、絶対悪ではない。

 致命的に、どうしようもなく、手遅れだっただけだ。人類を存続させるに当たって、他に手段がなかっただけだ。


「彼らは違いますね」

「アウェル?」

「彼らは、違います」


 唐突にエンカレッジを否定したアウェルには、主語が抜けている。何をもって違うというのかが定かではなかったが、アウェルは冷めたような視線で連中を眺めているだけだった。


「本当は興味がなかったんだろう? 彼らに」


 最初から感じていた疑問をぶつける。アウェルはエンカレッジの名前を聞いた時から、冷ややかだった。関心がないようだったが、突然同行すると言い出したのだ。


「正直、今もありません。彼らは違うので。でも、彼らに対する興味よりも、彼らがどんな行為をしているのかが気にかかりました」

「行為だと?」

「見てください。あれを。あの端の少女です」

「……」


 宴会もどきをする人々の間で阻まれていた遥か後ろに、給仕役らしき少女の姿が見えた。彼女はエンカレッジのメンバーとは対照的に沈痛な面持ちで、さらには先程の少女と同様に脚部に鎖を着けている。

 最初は不思議に思ったが、今は何となく彼女の正体を把握できた。


「まさか、奴隷か?」

「そのようなものでしょうね」

「そんなことをする奴らがエンカレッジを名乗るのか」

「だから、彼らは違うのです。彼らは勇敢ではない。ドレッドノートではありません」

「ちょっと話し合う必要がありそうだね、シズク、アウェル」


 ニカは真面目な口調で呼びかけると、突然立ち上がり、にこやかな笑顔をエンカレッジたちへ向けた。


「ごめんなさい、ちょっと、私たち疲れちゃって」

「おお、我らが同志よ、不躾な対応で済まない。部屋を用意してあるから、今案内させましょう――おい、ナンバー43!」


 メンバーの一人が怒号を放ち、奥で給仕をしていた少女の肩が跳ね上がる。少女は蒼ざめた顔をこちらに向けると鎖をじゃらじゃらと鳴らしながらこちらへと駆けてきた。

 そして、僅かな声量で案内しますと呟いて、私たちを先導し始める。

 私は嫌悪感を抱きながら、その背中を追っていく。

 その様子をカイルがじっと観察していたことに気づいてはいたが。



 通された部屋はこのステーションの例に漏れず粗野な作りだった。エンカレッジは戦力も物資も不足した弱小組織であるという印象がより強まる。

 無論、それは当然のことであって、むしろよくやっているという高評価を持つべきなのだろうが、今、目の前で精気もなく立ち尽くす少女を見ると……彼らを称賛する気力は微塵も湧かない。


「ま、仕方なくはあるんだろうけどね」

「それで管理政府と同じことをしているなら、何の意味もありませんが」


 痛烈なアウェルの批判にニカはそりゃそうだ、と肩を竦めた。少女は事情が呑み込めないのか、もはや周囲を気にする力も残っていないのか、呆然としている。


「話せるか?」


 私は少女の注意を引くために虚空を見つめる瞳を覗き込む。私を認識したのか少女は不安障害で苦しんでいたフィレンと同じように小さく跳ねて、なぜか服を脱ぎ出そうとした。


「い、今、支度を――きゃ!」

「止せ、脱ぐな、違う。乱暴したいわけではない」

「全く、管理政府が過剰になるのもうなずけるよ。もしかしたら……」

「わかってる。少し任せてくれ」


 ニカの危惧は承知していたが、まずは少女を落ち着かせるのが先だった。

 少女を簡素な椅子へと座らせる。準備の良いアウェルは持参した水筒から水を注いだカップを少女に提供し、私はゆっくりと飲ませた。

 ようやく少女が落ち着きを取り戻す。私は改めて訊ねた。


「もう大丈夫か?」

「は、はい……」

「お前は元ヘルスだな」

「え、ええ……」


 戸惑いながら少女は答える。変異体バリアントが憎む相手は健常者ヘルスと相場が決まっていた。


「軍人か?」

「いえ……オペレーターでした」

「誘拐された?」

「……はい……」


 少女は俯いた。回想しているのだろう。私たちが話せる相手だとわかったのか、沸々と憎しみのようなものを彼女は吐き出し始めた。今まで蓄積されていた負の感情を消化するように。


「あの、奴ら……ケダモノども! クズのバリアント共が、何の罪もない一般市民を攫って、犯して、殺して……!!」

「あなたの憎悪は理解できますが、一つだけ訂正しましょう。全てのバリアントがクズではありません。彼らのように」

「そうですか? というか、あなたたちもバリアントですよね。本当は、あいつらと同じ目的なんじゃないんですか?」

「違うよ。まぁ、信じられないと思うけどさ」


 アウェルの訂正に突っかかった少女へ、ニカが同情心を含めながら言う。流石に今まで別のバリアントに暴行されてきた人間へ、私たちは彼らと違うから無条件で信用しろというのも酷な話だ。

 ゆえに、時間を掛ける。とりあえずは話を聞く。


「お前の名前をまだ聞いてなかったな」

「奴らのつけた番号ですか? それとも本当の名前?」

「あまり困らせないでくれ。本当の名前だ」


 ひねくれた態度の少女は、少し躊躇ってから名前を明かした。というより、思い出していたという表現が正しいか。


「私は……ジェシカ・タイプ」

「では、ジェシカ。連中が行った暴虐の数々をテキスト形式で打ちこんでくれるか」


 声に出すのは辛いだろうと考えての配慮だったが、ジェシカは回りくどいことはしなかった。そのまま、何が起きたのかを鮮明に話し出す。


「あいつらは……攻撃してきました。コロニーを。私が住んでいたコロニーは食品生産用でした。軍事的価値のない場所です。そこを連中は正義の裁きがどうかといって侵略し、街を破壊し、人を殺して、物資と生き残った人々を攫って……」


 拳を震わせるジェシカの怒りはエンカレッジに向いていて、管理政府がまともに警備をしていなかった事実には触れていない。彼女たちもまた、生贄だったのだろう。食料生産率の僅かな低下というデメリットよりも、そのコロニーの人員を黙殺できるメリットの方が大きかったのだ。


「奴らは、ケダモノ共は……私たちを奴隷のように扱って……私は……うっ」


 ジェシカは口元を押さえ、そのままカップに吐いた。症状としては初めて見るが心当たりはある。精神的負荷なものとは違う吐き気。それは……つわりに他ならない。


「妊娠しているのか」

「生殖活動の許可が下りるなんて、まだまだ先だったのに。今じゃ、私は二児の母。あは、ははは……。平気ですよ。二回目ですから。妊娠も、出産も」

「隊長」

「アウェル」


 静かに呼びかけたアウェルはしかし、無表情の中に氷のような怒りを封じ込めている。彼女はジェシカに共感できるのだ。フロンティアのアラモ砦の中で、実際に彼女は生存権を求めて貞操を捧げるところだったから。


「あの偽物たちをどうしますか。虚構の塊、偽りの勇者たちを」

「私だって偽物だ」

「いいえ、あなたは本物のドレッドノート。私が尊敬する偉大な指導者であり、英雄。……あの不届き者どもとは違うのです」

「殺すの、シズク」


 ニカが哀憫の眼でシズクを見る。が、彼女は私がどう決断するのかはわかっているようだ。

 私は……既に達していた結論を二人に告げる。ジェシカの反応は予想通りのものだった。


「殺さない。だが、罪は償ってもらう」

「殺さない!? あなた正気!? あんなクズどもを」

「確かに連中の行為は赦されないし、吐き気を催すが、彼らもある意味では被害者だ。追い詰められた人間は、自分を保つためにどんなことだってする。私はそれをフロンティアで学んできた。他ならぬ私自身も、自分の都合で罪なき人間を殺した。ここで殺しても、溜飲は下がるだろうが、それだけだ。むしろ、その騒ぎに巻き込まれてジェシカと同じ境遇の人間が死んでしまう可能性を考慮するべきだろう」


 推察したニカが合の手を入れる。


「じゃ、リベリオン基地に連れ込んで……お勉強かな」

「そうなるな」

「何言ってるの!? 殺しなさい! 殺せ! 復讐を、正義を果たすべきよ! みんな同じ気持ちのはず!」

「……本当に、そうか?」


 復讐心を滾らせるジェシカに、私は詰問する。ジェシカは今、何も見えていない。

 連中と同じことを考えているという事実にも気づいていないだろう。

 復讐の連鎖。だが、忘れてはならない。復讐は方法の一つであって、目的は別にあるということを。

 クリミナルとの戦いで、教訓も得た。アラモは忘れるべきだ。そうすれば、幸せに暮らせる未来が待っている。

 ここで無謀な反乱を起こしても、死人が増えるだけで何も解決しない。


「全員に訊いたのか? 本当にみんなが復讐を望んでいるのか? 中にはただ幸せに生きたいと考えている者もいるはずだ。血を求める以外の人間もいる。私は、そういう人が理不尽に巻き込まれて死ぬのが赦せない」

「だからあなたはバリアントなのよ! この出来損ないのクズ!」

「今やお前もバリアントだ。政府に戻ってもホワイトベレー行きか、管理生殖法を破ったとして重労働という名の処刑を言い渡される。私の親もそうだった。お前が自発的に子を産んだかどうかなんて奴らは気にしない。見るのは世界人口統計のカウンターだけだ。……怒るな、というのは難題だろうが、気を静めろ。自分がどうしたいかを考えろ。生きたいか? 死にたいのか?」


 レイプされ、子を産まされた少女に対して、厳しい言葉を投げかける。我ながら己の無力さに情けなくなるが、今や取れる選択肢は限られている。例えマシでしかなくとも、最良の選択をするしかないのだ。

 生きるか、死ぬか。その二択も、殺すか死ねという選択肢しか用意されなかったホワイトベレーに比べれば随分良い待遇だ。だからといって誇るつもりはないし、得意げになるつもりも、いいことをしたと晴れやかな気分に浸ることもない。

 ただ、よりよい未来を過ごして欲しいだけだ。果たして、ジェシカは説得に応じてくれた。


「わかった、わかりました……」

「では、作戦を立てよう。まずは――」


 と次取るべき手段について模索しようとした瞬間だった。

 殺気を感じ、咄嗟にジェシカを押し倒したのは。銃声が轟く。


「きゃっ! 何!?」

「くそ……! なぜだ!」


 私は背後に振り返って叫ぶ。

 どうしてなのか。なぜ理不尽を知りながら――理不尽を他人に与えてしまうのか。

 いや、その答えは私自身にある。私は知っている。

 だからこそ――私は拳銃を構える男に鋭い視線を送った。

 エンカレッジのリーダー、カイル・クラッシュへと。

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