確証
グィアンはシミュレーションルームでバトルキャバルリーの訓練を続けていた。
何のために彼が訓練を続けていたのか――もはや考えるまでもない。
戦うためだ。私と共に。
そして私はその提案を跳ねのけようとしていた。
怖かったからだ。恐ろしかった。
グィアンが死んでしまいそうで。殺されてしまいそうで。
彼が私と同じ感情を抱いたか定かではないが、それでも同じ危惧は持っていたことだろう。
今の私は弱い。弱いからこそ軋みながら戦っている。
だから彼は援護しようとしたのだ。彼なりの努力で。その気持ちを踏みにじっても、何も生まれない。
彼は灯りなのだ。暗い道を通るための道しるべ。だから……今度は、今度も、彼の力を借りて私は進む。
一度、呼吸を整える。そっとシミュレーターの扉を叩く。
「ちょっといいか」
「今止める」
グィアンは素直に応じてくれた。ハッチの中から出てくるが、その姿に私は新鮮味を覚える。
彼は白いパイロットスーツを着ていた。不思議と似合っている。
「どうした」
「どうしたか、というとだな……」
簡単な一言だというのに、どうしてこうも心が騒ぐのか。私は平常心を保つべく視界を脇へと逸らしながら頭の中で浮かんでいるワードを声へと変換する。両手は隠れるように後ろへと回っていた。
「謝りに来たんだ。前回……辛辣な態度を取ってしまった。あれは私の本意ではない」
「俺も詫びようと思っていたところだ。邪険にし過ぎた」
「そうか……ではあいこだな」
「ああ、あいこだ」
そこで一端会話が止まる。このぎこちない空気を完全にコントロールする術を私は会得していないが、淀んでいる流れを強引に動かすことはできた。
私はシミュレーターに目を移し、
「成果はどうだ。順調か?」
「ああ。問題ない。何一つな」
「その言葉に偽りはないか?」
「ああ。……出撃を許可してくれるか?」
問われて私は口を閉ざす。本当ならば出撃してほしくない。
だが、それではシャリーを救えない。これから対面するであろうより多くの困難にも打ち勝てない。不本意だが――エミリーはいつもこんな気持ちだったのか――了承するしかなかった。
しかし、私としても意地があるので、一つ提案をする。
「構わないが、条件がある」
「条件だと?」
「私と模擬戦を行え。勝てたら許可してやる」
咄嗟に思いついた語句を口走り……少々意固地だったかと反省しかける。私は自他ともに認めるエースパイロットだ。そうあるべきだと定めている。例え弱体化しているとしても、ルーキーが私に勝利するのは難しいだろう。
難易度を下げるべきかと思案し、言葉を続けようとした直後、思わぬ答えが返ってきて私は口を噤む。
「構わない」
「何……?」
「それでいいと言ったんだ。なぜお前が疑問を抱く?」
「いや……大人げないと思い直したんだ」
「なぜだ。お前は強い。そのお前に勝てたのなら、そちらも安心して背中を預けられるはずだ」
「それは事実だが……」
というよりも既に背中は預けているのだが。
喜ばしさと困惑を混ぜ合わせる私を後目に、グィアンはそそくさとシミュレーションルームから出て行ってしまう。私は自分の不器用さとグィアンの不器用さに呆れながらその背中を追跡した。
模擬戦は当然実戦形式だった。コンバットルームを一望できる展望室に私たちは入ると、まず機体のセレクトを始める。
私は迷いなくデフォルトのレンジャーを選択した。フィレンのカスタム機は論外だ。
本当はプロテクターを選んでも良かったのだが、あれはあまり良い訓練相手とは言えない。十二歳の時には自発的な攻撃を行わずに戦闘不能にできていたからだ。
グィアンはタブレット端末を操作しながら、機体をじっくりと選んでいる。
「遅いな。それほど迷う必要があるか?」
「装備が専用品だからな。調整が必要だ」
「オーダーメイドか。……ルーキーのくせに」
と笑いながらも幸福な気分に包まれている。彼とまさかバトルキャバルリーについて会話する日がくるとは思わなかった。
私自身……バトルキャバルリーは気に入っている。人殺しは嫌いだが、戦闘兵器を眺めたり、何の目的もなく動かすのは好みなのだ。
矛盾した、しかし芯の通った気持ちに浸っていると、扉から誰かが入ってくる。
咄嗟に思った邪魔者、という評価を頭の隅に押しやる。入室者はニカだった。
「あ、ここにいたんだ、シズク。中佐の件についてだけど……あれ?」
ニカは端末を操作するグィアンに気付き眉を顰めた後、合点がいったように手を叩いてなぜか回れ右をした。
「あ、また後でいいや。それじゃ」
「待て。構わない。話せ」
立ち去ろうとするニカの手を掴んで止める。ニカは逆に掴み返して私を引っ張ると、耳元で囁いた。
「ちょっと。人がわざわざ空気を読んであげたのに」
「お前が人工精製空気の構成成分を解読したかなど興味ない。いいから用件を言え」
「はぁー鈍感。ま、だからお似合いだと思うんだけど」
ニカは前置きするとグィアンにも聞こえるように話し始める。我らの上司であり協力者、ジョン・テレグラム中佐について。
「中佐は今、また情報統制局へ戻ったよ。耳よりの情報を集めてくるって豪語してた」
「頼もしい言葉だな」
敵じゃなければ、という言葉とセットだが。
「怪しんではいるんだけど、やっぱり証拠がないんだよね。シズク、君なら上手くやって潔白、或いは有罪の証を集められない?」
「私がか?」
「うん。彼と共にね」
ニカはグィアンを見た。グィアンは装備を選択し終えたのか、顔をこちらに上げて様子を見守っている。
「難しいな。元々、私は情報収集能力に長けていない。アウェルや……エミリーの領分だ」
だがエミリーほどの通信士が出し抜かれた相手に、アウェルが無傷で到達できるとは思えなかった。もちろん、私もだ。
ニカもそれは重々承知のようで、難しい顔を作る。
「そうだよね、やっぱり。どうしようかな。……正直さ、怖いんだ。いつか取り返しのない事態になっちゃいそうで」
「その不安はわかる。私も努力はする。だが、保証はできない。お前もそれでいいか」
「もちろんだ」
グィアンの即答にニカは顔を輝かせた。ネコのような人間、とは彼女のような性格を指すのだろうか。全くつかみどころがない。
「本当? ありがとう、愛してるよグィアン」
「ごふっ」
なぜか咳がこぼれた。咽る私に意地の悪い笑みを浮かべたニカは、颯爽を身を翻す。言いたいことを好き放題に言いながら。
「たぶん、中佐が戻ってきたら任務を頼まれると思う。私たちとは別のレジスタンス組織と接触したいって言ってたから。だからぱぱっと愛を深めて、ラブラブコンビネーションをできるようにしといてね」
「何がラブラブだ」
「さあて何がかなー。それじゃ」
ニカは嵐のように突風を巻き起こして去って行った。私はグィアンと顔を見合わせた後、コンバットエリアを俯瞰する。
「環境設定はどうする」
「まっさらでいい。何も障害物はいらない」
「真っ向勝負する気か? 私と」
「不満か? それが手っ取り早いだろう。実力を測るには」
事実ではあるので反論しない。できない。彼は、彼も確証を求めているようだ。
私と同じだ。否定する気はさらさらなかった。
「では早速始めよう」
「ああ」
私とグィアンはそれぞれ別の機体搭乗口へと向かう。馴染み深いレンジャーが既にスタンバイされており、私は機体の腹の中へと滑り込んだ。もはや体にインプットされている基本設定を終えて、コンバットエリアへと機体を歩かせる。
驚くべきことに、グィアンはもう待機していた。私よりも早く。
「早いな」
『そうだろう』
グィアンの声は心なしか得意げに聞こえる。確かにその素早さは私に感心をさせたが、今は設定の素早さを競っているわけではない。
勝敗を決めに来たのだ。彼が問題なく戦闘を行えるかの試験に。
「準備はできているか?」
「問題ない」
「では……訓練を開始する」
彼の慣れた手つきの前に、まどろっこしい段取りはいらない。早急に開始された訓練に、グィアンは戸惑うことなくプロテクターの武装を抜いた。
「それが専用の装備か」
棒状に畳まれていた武器が変形し弓へと変わる。
巨大な弓だ。銃が全盛の今、化石のような武装をわざわざ選択するパイロットなど見たことがない。
だが、その理由は手に取るようにわかる。慣れた武器の方がしっくりくる。同じ考えで古い武装を使っていた男には心当たりがあった。クリミナルだ。
「にしても、プロテクターを選択するとはな」
訓練機であるプロテクターに騎乗するグィアンに私は呆れ笑いを漏らす。彼が訓練機を選んだ理由はただ単に一番多く乗ったことがあるというシンプルなものだろう。
加えて、自身の健康状態を鑑みたのかもしれない。如何に高性能な機体を選んだとしても、あくまでGMH用にOSは設定されているので、先住民であるグィアンには対応できないのだ。
ゆえに、低性能のプロテクターへの騎乗はグィアンが現状取れる最良手だ。
私は油断なくグィアンの機体を眺める。最初に戦った時を思い出す。
あの時は油断して負けた。人の身でレンジャーを破壊できるわけがない、と。
しかし今回は違う。精霊術を知った私は、警戒しながらカービンマシンガンを構えた。
弾丸の雨がプロテクターに向かって降り注ぐ。その雨をグィアンは巧みに避ける。
ここまでは何の変哲もない想定通りの展開だった。一撃でやられてしまっては困る。いや、実際には困らないのだが……やはり、困る。
「基本動作はマスターしているようだな」
『お前は教官ではない。そして、教練を受けているわけでもない』
「全くその通りだ」
私は銃撃を加えながらプロテクターに接近する。淡く画面から反射する私の顔にはほのかな笑みが灯っている。
グィアンは自身の代名詞とも呼べる弓を構えたが、発射せずに接近を待った。近接戦闘にも問題なく対応できるという証拠を示すつもりだろう。面白い。
思えば、グィアンと初めて戦った時も、近接戦を行っていた。
ブレードを横に薙ぐ。グィアンはナイフを引き抜いて斬撃を防ぐ。そこへすかさず私は銃口を突きつけるが、弓の打撃で狙いを逸らされる。強烈なデジャブを感じる。まさにあの時と同じだが、決定的に違う。私は彼の攻撃パターンを知っており、彼も私の戦闘パターンを熟知している。
精霊術もGMHも、大したアドバンテージにはならなかった。私とグィアン。二人による戦いだ。まさに、競い合う友のように。
親愛を示す仲間のように。永劫の時を過ごしてきた家族のように。
殺し合いの兵器を使った訓練だが、妙なことにじゃれ合っているように感じている。
遊んでいる。真剣そのものに。楽しんでいる――。
「ははっ」
私は笑声を漏らして、人を殺すには過剰な力を振るう。
それをグィアンは人体をぐちゃぐちゃに潰して余りあるほどの拳で受け流す。
異常だが正常。私とグィアンの普通だ。異端同士の無邪気な競い合いは、いつの間にか鋭さを増していく。
攻撃速度を上げていく。すると、相手の防御速度も向上したが、徐々に反応が追いつかなくなっていく。インディアンとGMHの差が顕著に表れ出した。
このまま単純な反射勝負ならば私の勝ちだ。そうならないと確信していたが。
唐突にグィアンの機体が輝く。反射神経の差を彼は自身にしか扱えない不可思議な技で埋める。私の殴打が完全に防がれたが、特に気にはしなかった。予想通りだ。
そしてそれは相手も同じはずだった。だからこそ、急速後退からのマシンガン連射をグィアンは巧みに避けて見せたのだ。
近接戦は遠距離戦に移行し、狭いフィールドの中、私は一方的にトリガーボタンを押し続けた。普段ならリソースの無駄だと控えるが、今は特別訓練だ。出し惜しみは一切しない。対してグィアンは機体の速度を精霊術で強化しながら、全く反撃してこなかった。ただ斜め左に駆けて避けるだけだ。無論、相手のペースに乗せられて無駄弾を浪費するつもりは毛頭ない。
「そこだ」
「……ッ!」
グィアンが息を呑む。あえて感情に流されたふりをして、本命を叩き込む……というオーソドックスな戦術は、恐らくグィアンに筒抜けだったはずだ。それでも彼が瞠目したのは、本来なら回避できるはずの攻撃が左脚部に直撃したからだ。
私はほくそ笑んで、機体を前進させる。今一度の近接攻撃。だが、彼が無抵抗のままヴィブロブレードに切り裂かれるとは到底思えなかった。
「むっ」
まさにクリント・イーストウッドのような早撃ちの如き弓の矢継ぎに、今度は私が驚かされる。おまけに矢じりは緑色に発行していた。精霊術による強化矢。
私は全神経を集中させて弓の発射タイミングを見計らう。適切なタイミングで躱さなければ、確実に私は負けるだろう。
レンジャーカスタムやフォルシュトレッカーなどの高性能機ならば、比較的簡単に回避できる。しかし、機動力の低いレンジャーのキャバルリーモードでは……。
『終わりだ』
「まだだ!」
私はバトルゲームに没頭する子供のように叫ぶ。直後、轟音と共に左腕が吹き飛んでいたが、それは想定通りのダメージだった。避けることが難しい攻撃は素直に受け止めて、最小限の被害に抑える。次があるとわかっているからこそできるカウンターアタック。
腕を射壊されながらもレンジャーを直進させ、ここぞとばかりにブレードを振り上げる。グィアンはナイフで応戦してきたが、弓から取り替えたせいもあってか反応に若干のラグがあった。
その隙を見逃すほど私は甘くない。プロテクターの左腕が飛び、即座に反撃してきた右腕も切り伏せる。
瞬時に繰り出してきた足払いで機体は宙に浮いたが、ブレードの刀身を地面へと突き刺し転倒を防いだ。次なる手を講じてくる前にプロテクターを蹴り飛ばす。
「私の勝ちだな、グィアン」
私は機体バランスを立て直しながら勝ち誇った。もはやグィアンに反撃の手立てはないという私の見立てに狂いはなかった。しかしグィアンは逡巡なく反対意見を通信で放つ。
『俺の勝ちだ』
真っ向から対立する戦闘結果を聞いて、私は訝しむ。そして、気付いた。
倒れるプロテクターのコックピットハッチが開き、中からグィアンが弓を構えていることに。
「卑怯だぞ」
非難せざるを得ない状況だったが、言葉とは裏腹に笑顔だった。
『騎兵のみというルールはなかった』
素知らぬ顔で言うグィアンは正しい。パイロットの武装使用許可は下りている。
それに私自身、最後の最後で気を抜いた。ブレードは早々に引き抜くべきだった。未だ地面に突き刺さっているブレードを引き抜き防御するよりも早く、精霊術を守った神聖なる矢は機体ごと私を射抜くだろう。
完全なる敗北。負け戦。なのに心は晴れやかだ。
いつぞやの曇天、いや嵐が嘘のように清々しい気分で私は訓練終了を言い渡す。
と、不意に拍手が響いて展望室へと視線を向けた。該当人物は二人だったが、打音は一人分のみ。
カグヤとリムルが私たちの模擬戦を眺めていた。戦闘に夢中で気が付かなかったが、見学していたらしい。
少々気恥ずかしさが沸き起こる。あの子供じみた戦いを妹たちに見られていたとは。
「見ていたのか」
『ニカさんが教えてくれたの。二人が仲直りの喧嘩をしてるって』
「ニカめ」
エミリーだったらそっと気遣ってくれたものを。やはりニカ・アトミックは私のペースを搔き乱す。グィアンとは別の意味で。
『良かった、グィアンとカグヤ、仲直りしてくれて』
『別に仲違いをしていたわけではないが』
リムルに対するグィアンの応答は私の心に邪気を芽生えさせるに足るものだ。あれが喧嘩でないとすれば、仲違いではなかったとしたら、一体何であったというのか。
しかし異論は挟まない。仲直りできたのは事実だ。これ以上、無意味に険悪度を増やす必要性は感じられなかった。平時ならそれでもいいが、ここは戦地の一つである軍基地内で、今は戦争中だ。
カグヤとリムルが困り切った顔を見合わせている間に、私は話題を転換させる。
「そういえば、お前の用事はこれだったのか?」
用事。私とグィアンが喧嘩をした際に、グィアンが言いかけた用。
グィアンは私の気持ちを汲んだのか話を合わせてくる。
『いや、違う。訓練の話だ』
「どこが違う」
察することができずにむきになって言い返してしまったのは、先程のちょっとした邪気のせいだろう。グィアンは察しの悪い私を訝しみながらも、
『これはバトルキャバルリーの試験だ。俺の訓練とは精霊術に他ならない』
「バカな。あれは以前挑戦して失敗したはずだ」
有り得ない、という風に私は突っぱねる。そうとも、二度目は有り得ない。
一度、フロンティアで私はグィアンと共に精霊術の修行を受けたことがある。純粋に使えれば戦力増強に繋がる……ということで挑戦してみたが、精霊とのコネクトは幾度試みても失敗し、私に扱うのは無理だという結論に達した。
そう、無理なのだ。生まれが違うからでも才能がないからでもない。私に精霊と繋がる資格がないために。
だが、グィアンは首を横に振る。断固な意志をみせる。
私は直接対話するために機体から降りた。グィアンも倒れるプロテクターと剣を地面に突き刺したままのレンジャーの前へと歩み寄ってくる。
俯瞰モニターがあれば奇妙な構図に見えただろう。勝者と敗者がその結果の真ん中で論議を交わしているのだから。前回と同じ轍を踏まないべく私は感情を調律し、言葉を選びながら伝達する。
「私には資格がない。精霊術を扱う権利がな」
「それはお前の思い込みだ。お前は精霊に選ばれて俺たちの世界に招かれた勇敢なる者だ。精霊を扱う素質は備わっている」
「無理だと言っただろう。無理なものは無理なんだ」
「では、仮に無理だとしよう」
思いのほかあっさり引き下がったグィアンに私は胸をなでおろしそうになり、
「俺たちの世界の精霊との交信は。だが、この世界の精霊たちならばどうだ?」
すぐさま方針を変えて反撃してきたグィアンに返す言葉を見失う。
「何を」
「向こうで試して失敗したのは否定しようがない。資格がないせいだとは思わないがな。だがこちらの精霊とはまだ試していないだろう。その価値はあると思うが」
「……しかし」
こちらかあちらかなどは大した問題ではないのだ。それほど高位な存在に、さんざん多くの人間を殺し、挙句の果てにこの世界の人間を見捨てて逃げようと画策する私が精霊に認められていいのだろうか。いや、認められるべきではない。
迷う私の元へ、二人の妹が呼びかける。やってみるべきだよ、と。
「シズクはいい人だから精霊様も認めてくれるはずです」
「うん、お姉ちゃんは勇敢だから、精霊さんも応えてくれるはずだよ」
「私は、勇敢であろうと振る舞ってはいる。しかし……」
「試すだけだ。お前の条件を呑んで俺は模擬戦を行った。今度は俺の要求を呑むべきだ」
そう言い返されるとどうしようもない。私はどうにか気持ちの整理をつけて、彼の要望通りに行うことに決めた。
先程のニカの通達を鑑みると、いつ私たちは任務を言い渡されるかわからない。
ゆえに、連続で訓練を行うことにした。師と弟子を入れ替える形となるため、少しこそばゆい想いが巡る。
訓練場所に選ばれたのは、宇宙空間を一望できるリベリオン基地の下層エリア。ここはニカのお気に入りらしく、場所を教えてくれたのはカグヤとリムルだった。
「綺麗でしょ、ここ」
「ああ、そうだな」
それは宇宙とは海だ、と本能的に思ってしまう光景だった。
海の中に淡く光る星々は、人々が目的地を目指すための灯台だ。暗い海を照らす道しるべだ。
その光を……母なる大地を私たち人類は殺してしまった。そして、偶然類似した光を見つけると、こぞって自分の居場所だと主張し始めた。その大地には、元々別の種族が住んでいたというのに。
もしこれがSF映画だったら、私たちは血も涙もないエイリアンであり、怒りに燃えた人類が知恵と機転で宇宙戦を襲撃、最終的に木っ端みじんにばくはつさせられるだろう。
だが、これは娯楽映画ではない。どれほどバカバカしい話でも現実で、私はエイリアンとして多くの人間を殺し、さらには同胞すらも殺して、自分が生きるために他人を踏み台にしてきた。
やはり、私に、そんな資格は……。
「まだ同じことを考えているな」
横に並び、宇宙を見下ろすグィアンはさっきの訓練中の私のように説教をする。
あの時もそうだった。フロンティアの大地、広大な自然の中、私に精霊術を教えた時と変わらない。
そう、何も変わらないのだ。結果すらも。だが、グィアンは私ができると信じている。
「座禅を組め」
「ああ」
私は納得しないながらも座禅を組んだ。型は覚えているので、特に教え諭されずとも実行することができる。
真下に広がる漆黒。その中に光る星々。私は宇宙の真上にいて、真ん中にいて、真下にいる。
「瞼を閉じろ。意識を集中しろ」
言われた通りに行う。手は抜かない。全力で行い、不可能であることを証明する必要があった。先程の模擬戦と同じように。
だから、思い描く。人々を。想いを。精霊を。この世に生きとし生けるもの、その生命と意志の源。
――精霊は常にそこにいて、私たちの手助けをしてくれる。大地に恵みを与え、災厄から我々を守り、子どもたちを健やかに育んでくださる。
スウゼンの教えを思い出す。あの時は理解不能だったが、確実にそこにあるものとして消化した。今は、その存在に理解を示し、その力を借りて人々を守る力とする。
勇敢さを示し……仲間を、家族を守るために……。
――その力で、どうしようもない理不尽に晒され、がむしゃらに生きるためにもがく人々を殺す?
「……っ」
邪念に襲われる。私の人間の部分が、過去の自分を見返して、お前にそんな資格はないと糾弾する。
「く……」
苦悶する私の脳裏で、何かが降りてくるような、満たされるような感覚が迸り始める。それはゆっくり私に近づき、優しく、穏やかに囁きかけてくる。
世界の生命体を脅かす存在になりうる私に。
多くの人々を見殺しにしようとする私に。
「く、く」
私に、来る。私に微笑む。
私に、私になんかに。
「呼吸を落ち着かせろ」
「う、く、く……!」
私に笑う。優しくする。
私に、私を、私へ。
貢献度を稼ぐために殺した、あの赤ん坊が微笑みかける――。
「ダメだ、無理だ……」
「そうか」
グィアンはおとなしく引き下がった。彼は私に手を伸ばす。体力的には問題なかったが、精神的な不調により私は彼の腕を取って立ち上がった。何気なく下を覗き、そこから湧いて出たビジョンを振り払う。
終わりと知ったカグヤとリムルが入ってきて、リムルがタオルを渡した。前回同様の修行を行った時も私は変調をきたしたのだ。
汗を拭う。肉体的には発生しえない問題へ対処する。
「ここまでで、構わないか……?」
私は縋るように訊ねた。次に行ったグィアンの首肯に心の波は穏やかになっていく。
「ああ、構わないとも。だが、わかっているはずだ」
「何を、だ」
「お前は既に精霊術を行使している。わかっているはずだ」
「わからない、私には、わからない」
嘘を吐いて、恐ろしい空間から退室する。
本当はわかっていた。私は既に精霊術の一端を無意識に使用している。
だからこそ懐疑的だった。なぜあの赤ん坊は、母親は、私を恨まずに微笑んでくるのか。
その部分に関しては、私は本当に……無知だった。嘘偽りなく、愚鈍だった。
だから、目を逸らし続ける。いつか対峙しなければならないと知りながらも。




