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揺れ動く心

「警戒を怠るな」


 私は索敵しながら命令を飛ばす。全方位をチェックしているが、単独でカバーできる範囲は限られている。

 私一人ならばどうにか対応することができるだろう。しかし護衛任務となれば話は別だ。人を守ることよりも殺す方が遥かに簡単であるためだ。

 このような任務は初めてだった。初めてのことばかり……だが、初めて人を殺した時は何も問題はなかった。問題を覆い隠し封じ込めることで対処できた。

 だがもはやあの時のように完璧な対応は不可能だろう。だから、仲間の協力が不可欠だった。

 第七騎兵隊の作業員がディフェンダーから降りて、白色のパイロットスーツが宇宙の深淵の中で目立っている。背部バーニアを吹かして、数人の技術者が衛星に取りついた。パネル型デバイスで衛星とリンクを確立している。


『私でなくてよろしいのでしょうか』


 アウェルが不満を漏らす。彼女でも十分適任だったが、アウェルは戦闘員としても優れている。ゆえに彼女には護衛と……別の任務を任せることにした。


「ハッキングを頼めるか?」

『そうおっしゃられると思い既に進めてはいますが』

「有能だな。……不審な点がないか確認してくれ」

『はい。並行して目標情報をアップデートしておきます』

「頼む」


 会話を終えて有視界探査を再開する。考えすぎならそれでいい。

 ただ私の心が弱くなり、不必要な心配をしているだけならばそれで構わない。

 だが、何か予感が……危機が間もなく訪れるという根拠なき確信が私の中に芽生えている。

 この感覚は一体何なのか。昔は思考を重ねて計算し、あらゆる攻撃を論理的観点から予測していた。しかしこの感覚は……非常に感情的で精神的なものだ。一体……。


『そう力まなくても、この調子だとたぶん――』


 とニカが私を気遣った瞬間だった。不意に予感がして声を上げる。

 いや、予期ではない。教えられたのだ。危険だと。


「全機散開しろ!」

『シズク?』


 困惑したニカと部下たち。第七騎兵隊の作業員も手を止めて振り返る。私は咄嗟に機体を動かし監視衛星の前に出た。シールドを構えて防御態勢。

 直後、レーザーを盾が弾く。彼女・・の言葉は本当だった。


「シャルリの言った通りか……!」

『シャルリさん、ですか? 隊長?』

「詳細は後だ。迎撃態勢!」


 私は号令を飛ばしてレーザーキャノンを撃ち放った敵に射撃する。敵に捕捉されている以上、わざわざシステムハッキングを行って衛星の機能を停止する必要はなくなった。物理破壊が可能となったので、作業員たちが機体に戻るまでの間カバーに入る。


『ははっ。大佐のおっしゃる通りだ……』

『来たね、カナリ。本当にしつこいなぁ』


 ニカはデブリ砂漠の中に紛れていたブラックベレー隊隊長機へとディフェンダーVカスタムを向ける。カナリが騎乗する騎兵は前回交戦した時と同じフォルシュトレッカーだが、装備が変更されていた。

 両腰にサーベルが二本、背部に大型ブレード二本。計四本の剣とレーザーサブマシンガンを装備した近接戦闘仕様。

 フォルシュトレッカーサーベルヴァリエーション。それがカナリのバトルキャバルリーだった。

 死神というよりも黒騎士という表現が相応しいフォルシュトレッカーSヴァリエーションの隣では、砲撃戦仕様の機体が両肩のツインキャノンの砲身をこちらに向けている。

 その機体に私は意識を集中している。パイロットが誰なのか直感的にわかった。


「シャリー……」

『お姉ちゃんの仇。ここで殺します』


 全方位モニターに映る黒い機体。ブラックベレーの機体はホワイトベレーの使用機が全て白いのとは対照的に黒で統一されているが、同じ色味を使っているはずのその機体群の中で、その騎兵は圧倒的な存在感があった。

 未知の機体でありデータベース照合が不可。名称も不明……だが答えはすぐにカナリからもたらされた。


『ヴェンジェンス……まさに復讐の権化。さぁ、シャリー。悪しきお姉さんの仇を殺して、私の狩りの邪魔をさせないでちょうだい。姉の望まないままに、復讐をしたくてしたくてたまらないというしたがりではしたない欲求に従って』

『了解しました』

「くッ……!」


 ヴェンジェンスは奇形な形をした砲騎士だった。特徴的な肩に装備されるツインキャノンを除けば上半身は細身。しかし、脚部は大型のキャノンを支えるためなのか不自然に太くなっている。両手に所持するスナイパーライフルをシャリーは構え、同時にキャノンを穿つ。

 三本のレーザーが私に向けて迸る。無論、回避するわけにはいかなかった。多少のダメージを受けても作業員は守る。そう判断した刹那、私の想定は覆されることになった。最悪の方向で。


「レーザーが屈折する!」


 三本のレーザーの内、キャノンから放たれた極太の二本が左右に別れ、庇っている監視衛星へと回り込む形となった。GMH特有の反射神経を生かして、私は直進するライフルのものと左方へと屈射したレーザーをレーザーソードと盾で防ぐ。

 だが三本目は防げない。が、検知した振動で私は安堵できた。

 三本目は衛星に直撃しかけた瞬間に進路を変えて私へと戻ってきたのだ。ブーメランのように。右足が吹き飛んだが、人命が確保できたので気にしない。

 シャリーの狙いはあくまでも私だった。それでいい。奇妙な安心感に満たされる。


『隊長さん! 足が!』

「どのみち宇宙空間では有用じゃない。来るぞ!」


 シャリーの砲撃を皮切りに、サーベル隊の機体が突撃してきた。ニカはカナリの元へと騎兵を走らせ、ヒキガネ隊及び機体に騎乗した第七騎兵隊の面々はサーベル隊と交戦を開始する。

 私は機体バランスを調整し直し、シャリーのヴェンジェンスと相対する。強烈な邪気……復讐心を感じる。シャリーは私を憎悪し嫌悪し恨んでいる。ゆえに私に攻撃が集中することは必然だった。


『死んで。死んでください、ヒキガネ!』


 シャリーの攻撃は直線的だが、それはあくまで目的へ最短で辿り着くための方論であり、決して感情に振り回されているわけではなかった。非常に滑らかな動きで砲撃の手を緩めない。

 復讐に心を奪われ、実行する間も確実にシャリーは計算し、己の行動をコントロールしていた。ゆえに私に反撃のチャンスはほとんどない。回避一辺倒に追い込まれていた。

 宇宙に瞬く閃光の数々。ブラックベレーとの戦闘はただマニュアルの逆手を取るだけでは済まない。

 シャルリ・ハンマー相手に苦戦を強いられたように、シャリー・ハンマーに対しても、私は全力で戦わなければならなかった。それなのに。


「……ッ」

『避けてるばかりですか。ちょこまかと!』


 シャリーの言う通り俯瞰モニターからは、レンジャーカスタムがヴェンジェンスの砲撃を回避する映像しか流れて来ない。反撃の手立ては……思いつく。シャリー・ハンマーを抹殺するビジョンが浮かぶ。だからこそ私はまともに応戦できなかった。

 シャリーを殺してしまうかもしれない。殺されることに対する耐性は訓練で勝ち取れるが……殺すことへの恐怖は、一度芽生えてしまうと脱ぎ払うことができなくなる。

 私は恐れている。どうしようもなく怯えている。

 カグヤの時とは状況が違う。カグヤは機械的処置によって一部の感情が増幅されていただけに過ぎなかった。だがシャリーは本心から私を殺したいと願っている。

 操縦桿の狙いがヴェンジェンスと向けられ、私は発砲する。……シャリーは避けようともしなかった。その様子を見て第七騎兵隊のディフェンダーがシャリーに照準を定めるが、私は通信を飛ばして攻撃を中止させた。


「止せ、撃つな!」

『シズク……チッ!』

『あなたの相手は私。わかっているでしょう?』


 援護しようとしたニカがカナリに妨害される。白と黒の騎兵は、射撃戦と近接戦を交互に行い、暗闇に灯る二匹の蛍のようにぶつかり合いを繰り広げていた。その近くでサーベル隊とヒキガネ隊、第七騎兵隊が乱戦となっている。

 辺りでは宇宙の水面を揺らす戦闘が起きているのに、私とシャリーはもはや別次元に迷い込んでしまったかのように穏やかな時を過ごしていた。復讐者とその仇。その二度目の邂逅は静謐で、だが激しい炎を燃やしている。

 バイザーを上げて、滝のように流れる汗を振り払う。苛烈なプレッシャーだ。

 しかし、怖じたままではいられない。例え解消できない恐怖を抱いていたとしても、私はシャリーを救わなければならない。

 そのため、私は通信回線を開く。様子を窺うシャリーに、薄っぺらいと知りながらも説得を始める。


「シャリー、聞いてくれ。私は……」

『殺したくなかった、とか? 不本意だったから。だから赦してくれ。そう言うんですか』

「違う! 赦さなくてもいい! カナリはお前を利用して――」

『知ってますよ。知らないわけないじゃないですか。私は全部わかっています。お姉ちゃんが復讐を望むような人間じゃないってことも。でも、でもね、私自身のけじめがつかない。踏ん切りがつかないんですよ。どうしてあなたみたいな人間のために、お姉ちゃんが死ななければならなかったのかって』


 言葉とはこれほど鋭利なものなのか。熱いようで冷たく、明るいようで暗い。

 二人は互いに承知の上で動いている。となればもはや言葉での説得は不可能。彼女を殺さずに捕縛して……後のことは後回しだ。

 理性ではそうするべきだと理解できているが、感情が私に引き金を引かせない。操縦桿を持つ右手は攻撃行動ではなく防御運動に意識を集中している。


『だから殺します。誰の命令でもない。私自身の意志で』

「シャリー!」

『倒れてください、ヒキガネ!』


 切り離されていた時空が再接合される。怨嗟の掛け声を合図にヴェンジェンスの太い足が開き、中から大量のコンパクトミサイルが放出される。それらは全てレンジャーカスタムの元へと迷いなき軌道を描き、私はシールドで防いだ。

 案の定、シールドは破損する。左腕にヴィブロブレードを装備しながら、私はどうにかして身体を動かそうとする。あの時と同じ……カグヤの時と同じ手法で、シャリーを行動不能にすればいい。

 だが、どれだけ理性が喚いても心は沈黙を保っていた。気付いている。知っている。

 あの時とは違う。対象も違う。その意志も。

 さらに――グィアンが傍にいない。私の心の支えが。今、私は一人だ。


「ッ!」

『逃げてばかり。逃げるだけですか!』

「くそ……!」


 シャリーの砲撃を避けて、反射的に右腕は銃口をヴェンジェンスに合わせる。がトリガーボタンを押せないというやり取りが二連続で続く。すると業を煮やしたのかヴェンジェンスは加速をはじめ、正面から堂々と肉薄してきた。


『私はいいバリアントじゃない。汚い、悪しきバリアント。正しきヘルスを死なせる原因を作った忌むべき存在! だから、私は、贖罪、します! あなたを殺して!』


 蹴りが弾丸の如き速度で放たれる。フィレンが追加したパイロット保護機能すらも容赦なく貫いた衝撃は私の身体を揺さぶった。この蹴りは、カナリが私を拷問していた時に放たれたものと同じ。身体の芯を……心を揺さぶられる。

 このままでは前回の二の舞になる。わかってはいる。わかってはいるのだ。

 左腕の剣が蹴り飛ばされる。ライフルは殴られて落とした。

 ――君は死んでしまうぞ。このままでは――。


「わかっている……シャルリ」


 シャリーに殺されること。それはきっと贖罪にはならない。

 なぜならシャルリは妹が平穏に生きることを望んでいるからだ。

 そう、いる(・・)。死してなおシャルリは妹の安息を願っている。


『終わりです』


 もはや抵抗の兆しなしと判断したのか、シャリーはレンジャーカスタムの目の前でキャノンの充填を開始した。赤いマテリアルフォトンの光で目が眩む。

 そうとも、このまま死しては何も成せない。

 何度も思い返しているのに、手は震えている。

 攻撃できるのか。シャリーのことを。

 ――ただの自衛行為だ。怯えることはない――。


「自衛……」


 自分の身を守るため。自分が殺されないよう貢献度を稼ぐため。

 人類を破滅から守るため。立派で崇高なお題目を掲げて、正義の名の下に一体何人の無実の人間を殺してきた?


『これで……やっと――終わる』

「終わる。終わりか」


 全てが無に帰して……何もなくなる。全てが終わる。

 だがその先には安息も平穏も、平和もない。

 それでは……ダメだ。私の命はもはや私だけのものではないのだ。


「まだ、ダメだ」

『この期に及んで――』

「まだ死ねない!」


 キャノンが閃光を放射する瞬間に、どうにか心を再燃させることに成功する。

 もはや直感的に両腕を動かして、砲身を掴み上部へと向けさせた。煌く輝きを背中に受けながら、私はお返しとばかりに蹴りを見舞う。

 ヴェンジェンスが吹き飛ばされる。彼女はそのまま距離を取って、ライフルを構え、そして忌々しそうな視線を私に投げた。

 いや、投げている……気がする。定かではないが、そう理解できる。通信ウインドウで彼女の表情を観察しなくとも。不可思議、不可解だ。


『どうしてまだ生きようなんて……恥知らずなこと、できるんですか。無実の人間をたくさん殺して、生きて、それで何の意味があるんですか』

「ここで死んだら今まで私が殺してしまった人々に顔向けできない」

『自分勝手な理屈』

「そうだ。そうとも。私は自己中心的な人間だ。……だが、お前も人のことは言えないだろう」


 心がぎりぎりと軋むが、どうにか感情を押し殺して会話を続ける。どの口がシャリーに説教をできるのだろうか。……この口だ。たっぷりの血で汚れたこの口が、恥を知らず、恐れを知らず、無責任な発言を続けている。


『何を急にぺらぺらと!』

「シャルリは復讐を望んでいない。この言葉の薄さはお前も理解できているだろうが、また真実であると知ってもいるはずだ。なのにお前はシャルリの意志を無視して、自己中心的に復讐を遂げようとしている。シャルリに贖罪をしたいのなら、お前は――」

『黙れ! あなたみたいな人がお姉ちゃんを語るな!』


 シャリーは思いのほか単純に挑発に乗った。先程までの一直線な冷静さは喪われている。そこまではいい。

 だが、こちらも打つ手なしだった。武装を用いた攻撃は手が震えてしまうためできない。となると、まともな反撃手段がなくなってしまう。

 最悪なことに、ヴェンジェンスは遠距離戦型だ。距離を取られれば近接格闘しかないレンジャーカスタムは一方的に虐殺されるのみ。

 どうすればいい。と頭を回転させた瞬間に、答えは明示された。閃光と共に。


『何――?』

『ディフェンダー? レジスタンスの増援? 白狼……!』

『ちょっと、カナリ。そんな恨めしげな。私だって知らなかったよ、これは』


 敵味方双方とも、突然現れた戦闘機の集団に注意を割いた。宇宙の中を華麗に舞うペガサスたちはディフェンダーのファイターモードによる青の編隊だ。

 そのような増援を依頼したなどという報告は受けていない。そもそも本拠地を敵に察知されないようにするための破壊工作だったのだ。つまりこの部隊はこちらの異変を察知した何者か――十中八九テレグラム中佐――の差し金だった。

 未だ疑いは晴れていないが、それでもこのタイミングの救援はありがたかった。またもやシャリーは私のことを悔しそうに眺めている。それはニカを取り逃がすことが決まったカナリと同じようで別の性質のものだ。


『くそ、どうしてッ!』

『撤退するわよ、シャリー! 覚えておけ……!』

『それ負け犬のセリフだと思うけどなー』


 ニカの飄々とした通信には応えず、サーベル隊は撤退していく。先程の苦戦が嘘のようにあっさりとした幕引きだった。

 私は深呼吸する。機能的な不具合は起きていない。精神面から発せられる不調。

 慣れたようで一向にな慣れない。心のダメージは肉体のものとは比べ物にならないほどに苦痛だ。

 弱音を吐きたい。泣きたい、とも思う。

 だが、まだそこまで弱くなってはならないと思う自分もいる。

 弱り切った心を奮い立たせるために、私はニカへ話しかけた。努めて平静に。


「中佐は、信頼できるのか?」

『言ったでしょ。半々だって。こういう援護があるから……完全に信用もできないけど、不信用もできないの。とにかく、本来の目的を果たして帰ろう。……帰れる?』

「もちろんだ」


 それが精いっぱいの強がりだったと、ニカは見抜いていただろう。

 しかし気遣う心も彼女は人一倍持ち合わせていた。ニカはライフルを衛星に穿ち、目標を完全に破壊する。後は基地に帰投するのみだ。


「くそ。私の……臆病者め……」


 私にできたのは機体を基地まで戻らせることと、肝心なところで致命的な欠陥を再発した己の心に悪態をつくことだけだった。



 ※※※



 砲撃が迸る。それを今まで培った経験と、戦闘員の社会性コードがもたらした恩恵を最大限に生かして回避する。避け、避け、避け続ける。それが最善だとわかっているからだ。

 私は最良の手順で最高の結果を得ることができた。

 長けているのだ。戦闘に。人殺しに。

 だから、その結果は必然であり、想定内だった。

 ヴェンジェンスの砲撃を全て躱し、そのコックピットを叩き切ることは。


「……っ」


 気付いた瞬間には手遅れだった。

 私の手は血に染まっている。ついさっきまでバトルキャバルリーによる戦闘を行っていたはずが、今やナイフでシャリーの心臓を一突きにしている。

 シャリーは確かにハンマーであり有能な戦闘員だ。だが、私に固執してしまうという決定的な弱点を備えている。

 それを利用すれば殺せた。拳銃で頭を撃ち抜き、ナイフで心臓を抉り出し、グレネードで肉塊へと変貌させる。

 バトルキャバルリーで存在すら残さず消し去れる。

 私は殺せる。殺せてしまう。


「……くそ……」


 先程から何人もの、いや、何十人ものシャリーを殺している。

 そろそろ百人を越える。いや、もう越えているのかもしれない。


「止まれ……」


 苦渋じみた声で告げるが、私の頭の中で巡るビジョンは止まらない。

 基地に帰投してすぐ心配する部下やニカ、リムルやカグヤを無視して部屋に引きこもったのはいいものの、止まらない妄想に苦しめられている。

 これはただの妄想、試算だ。想像で幻想であり、夢想でしかない。

 だが、時に想像は現実を超える。止めようにも止まらず、私はまた私の中でシャリーの腹部を銃弾で掻き回している。


「やめろ、やめてくれ……!」


 よろめきながらソファーから立ち上がり、そのままシャワールームへと逃げ込む。

 だが、逃げるべくもなかった。雑に服を投げ捨て、シャワーを浴びるが、浴びているはずの水が真っ赤に染まっている。

 幻視、とは理解しているが、それでも吐き気を堪えるのに必死だった。

 目を閉じて両腕を壁に当てる。放出される湯雨を浴びながら別のことを考えようとするが、思い浮かぶのはシャリーの死に様だけだ。

 急いでシャリーを救わなければ、この地獄は終わらない。そんな予感がして、熱い湯を浴びているのに悪寒が奔る。

 カグヤが死んだと勘違いした時と感覚は似ている。あの時は逃げ出そうとして必死になり、旧人類が逃避に使っていた様々な事項を試そうとして、最終的にグィアンの身体を求めた。結局、グィアンは私の身体に一切手を触れず、ただ泣き喚くと精神状態は元に戻り事なきを得たが……同じことをもう一度やろうとは思えない。

 そも、今回の私は逃避できる立場にないのだ。

 これは私に対する咎。私が受けるべき罰。真正面から受け止めて、適切に処理できなければシャリーを救うことなどできない。

 ……あらかじめ抱いていたはずの覚悟の無力さを痛感させられる。一体何のために、みんなに協力を願い出たと言うのか。


「仕方ないだろう。それが君の強さであり弱さなのだから」

「シャルリ……」


 前方の鏡の中から声が掛けられる。彼女はシャワールームでも黒い制服を着込んでいた。


「すまない、シャルリ。私はお前の妹をまた救えなかった」

「そう自分を責めるな、と君に言ったところで君の自責の念は止まらないだろうな」


 達観した顔で告げるシャルリはシャワールームから出ていく。シャワーを止め、その背中を追った。ホワイトベレーの制服に袖を通し、ソファーに座る。シャルリは対面席で親しみを込めて微笑んでいる。


「君は責任感が強い。ほとんどの人間が社会に責任を預けて、自らを保身しているが……君は全部一人で受け止める。まぁ、それを変えろと指摘する資格は私にはないが」


 シャルリはいつの間にか置いてあったコーヒーカップを手に持った。コーヒーはブラックではない。白と黒が入り混じった薄茶色に染まっている。


「これは本来苦い飲み物だ。砂糖とミルクで味を変えているだけに過ぎない」

「白と黒の本質は変わらない、ということか」


 言い得て妙だ。白い物を黒と言ったところで白の宿命からは逃れられないし、黒もまた然り。

 だが、シャルリは首を横に振った。


「例え無理矢理……強引に本質が捻じ曲げられているとしても、私はこの味が……変異が好ましい。私は……私も、君と同じ思想に至り、諦めた。その結果がこれだ。手前勝手にも妹の変異に安堵して、自分だけ犠牲になればいいなどと安易な気持ちで信念を貫いた結果、君に十字架を背負わせ、シャリーすらも……守れなかった。私は過ちそのものだ。元の性質など気にせず、勇敢に振る舞えば、私は今も君の傍で戦い、シャリーと共に穏やかに暮らせたかもしれない。愚かだな、私は」


 シャルリは甘く整えたコーヒーを飲みながらも苦り切った表情をする。そんなことはない、と私は伝えようとしたが、シャルリは聞く耳を持たなかった。


「慰めはいらない。ただ、認めさせてくれ。私は間違ったと。自分なりの正義を貫いたつもりで……大きな失敗を犯した。犯した過ちを払拭する機会は……私にはもうない。滑稽だ。自らの手で……お笑い草だな……」


 この表現は正しいかな。シャルリはまたコーヒーを口に入れた。


「私には……答えを導き出す機会がない。撃鉄ハンマーだからな。弾丸を発射可能にする制御権を委ねられてこそいるが、私自体に発砲の権限はない。だが君は……違う。答えを得ることができる」


 シャルリはカップをテーブルに置くと真摯の眼差しを私に注ぐ。私はその視線に……たじろいでしまう。だが、すぐに思い直して彼女の目線に合わせた。


「進んでくれ、ドレッドノート。シズク。私の代わりに、私が成せなかったことを行ってくれ。君なら導けるはずだ。私が得られなかった答えを」

「買い被るな、シャルリ。私は……」

「謙遜は君の悪い癖だ。エミリーにも言われただろう?」

「そうですよ、隊長」

「エミリー」


 私の背後、ソファーの後ろにエミリーが直立していた。彼女は私を見下ろして、愛おしさと優しさ、そして厳しさをミックスしたような顔で諭してくる。


「この道は正しいのです。例え道に迷っても……私たちや、周囲の人々が、あなたの行き先を照らしてくれるでしょう。あなたはただ堂々とその道を進んでいけばいいのです。悔恨や苦悩はあるでしょう。試練はまだ終わりが見えません。今はまだ、暗く、深く、閉ざされている。ですが、きっと……あなたならば」

「君は一人じゃない。自分でもわかっていると思うが……これは言わば確証だな。君は確信を得ている。その補助として、この言葉を贈ろう。今一度、くどいようだが言わせてもらう。君は一人じゃない」

「本当ならば私があなたの隣で手伝いたいところですが、あの男にその任を譲りましょう。少々、妬けてしまいますね。互いに互いを大切に思うあまり、すれ違ってしまうとは」

「二人とも……」


 死者の声に励まされる。昔の、社会の歯車だった頃の私なら鼻で笑い飛ばしたことだろう。いや、笑いもしなかった。ただ否定して終わりだ。

 だが今の私は信じられる。強さを分け与えてもらえる。


「一人ならできないことも、二人なら実現できる。私はこの言葉を信じている。進め、シズク」

「私たちは待っています。あなたが到着するその時を」


 二人は出現したと時と同じく唐突に消失する。

 しばらく死者の残滓を噛みしめて、起立した。


「ありがとう、二人とも。私は進む」


 どこへ、かは考えるまでもなかった。道は既にできている。

 後はそこを通るだけだ。どんな障害があろうとも、がむしゃらに。


「グィアンと仲直りしなければ」


 以前の私なら躊躇ったはずの行為をスムーズに行える。

 素晴らしく、また心強いものだ。友人たちのエールと言うものは。

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