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苦悩

「今日の釣果も上々だったな」

「シズク、釣り得意なんだね」


 コックピットハッチから降りた私へ、隣のディフェンダーから出てきたニカが話しかけてくる。宇宙でのフィッシングの成果は目覚ましく、今も拿捕した敵機が搬入されてくるところだった。

 気になるべくは、どの機体も旧式に位置する騎兵だと言うことだ。いくら資源不足であるこちらの社会でも、反乱分子を狩るブラックベレーにおいては無縁の話だと考えていたが、どうやら事情が違うらしい。

 ブラックベレーの下層は、まさにホワイトベレーと同列だ。駆り出される戦場の差異しか存在していない。


「競争心を煽っているのか?」

「ブラックベレーたち? うん、そうだね。どこも生存競争は激しいから」

「せいぜい貢献回数を求めているだけかと思っていたが」


 少なくとも選択肢の一つとして考慮した時……六歳の時はそうだった。


「昔は違かったみたいだよ? でも、数年前に司令官に着任した男が、管理体制を変えたみたい」

「どういう男だ? あまり効果的だとは言えないようだが」

「さぁね。わからないんだって。中佐様でも」

「意図的に隠ぺいされている恐れは?」

「半々としか。今は利用するしかない。例え利用されているとしてもね」

「お帰り、シズク!」


 テレグラム中佐の晴れない疑惑について話し込んでいると、リムルが声を掛けてくる。が、不慣れな無重力エリアでは、彼女は上手く姿勢を整えることができない。うわあ、と悲鳴を上げながらぐるぐる転がってくる彼女の身体を支えてやる。


「大丈夫か」

「あ、ありがとう。うぅ、気持ち悪かった……」

「吐くのか? なら、ここではなく」

「吐かない、吐きません! 何の話してたんですか?」

「釣りの話だ」


 私はニカに目配せしながら言った。滞在する基地の司令官が信用ならないという話題をリムルと共有するべきではない。


「釣りですか? でもシズク、釣りは苦手だったのに」

「得意だったろう。狙った獲物は外していない」

「あれは……釣りじゃないですよ。だって……」


 リムルは私の腕の中で苦笑いする。フロンティアでは、確かに竿にエサをつけて行う釣りというものはどうもうまくいかず、最終的に腰に仕舞っていた拳銃を抜いたが、私にとっての釣り竿が銃であったというだけだ。皆がせいぜい二、三匹しかつれない中、私だけ二十三匹は捕獲できた。もちろん、リロードはしていない。魚の装甲は薄いので、一発の弾丸で最低二匹は貫通させられたのだ。

 そのことを話すとニカが興味深そうに食いついた。


「魚ってアーマーあったっけ?」

「ないよ。ないです。シズクの話はちょっと変……」

「でも食べただろう? 美味しかったはずだ」

「調理が大変でしたけどね。釣り針を取り除くことはあったけど、弾丸を取り除いたのはあれが一生で最後だと思います」


 リムルは遠い目をして、私はリングデバイスのワイヤーを硬化地点へ射出し、通路へと着地する。リムルを立たせて、あの男の行方を尋ねた。


「グィアンはどうした?」

「さぁ……。最近、グィアンは一人で何かしてるんです。私が訊いても教えてくれなくて。そのことでシズクと相談しようと思ってたから、丁度良かった」

「グィアンの動向を私に探れと? しかし」

「シズクならイチコロでしょ」

「茶化すな、ニカ」

「でもでも、グィアン、シズクのこと好きかもしれないよ?」

「お前の見立てだろう」


 口では素っ気なく言いながらも、胸中では期待してしまっている。これが若さゆえに起こる過ちか。


「シズクは案外自分から告白するタイプじゃなくて、相手からの告られるのを待つ乙女タイプなのかもね。でも、気を付けないと、誰かに取られるよ」

「グィアンがか? お前はグィアンのことを知らないだろうが、あいつは」

「じゃあ、シズクはグィアンのことを完全に理解しているのかな? していないよね。だって、今、グィアンは一人で謎めいた行動をしてる。もし君が彼のことを完璧に把握しているなら、リムルの言葉に二つ返事で応えられたはず。でも、できなかった。それはつまり……」

「何が言いたい」


 私はできるだけ平常心を保とうとしていたが、表情に出てしまっているようだ。

 ニカはにやにやしている。ニカはさっぱりとして誰に対しても平等な少女だが、こういう部分は自重してもらいたい。

 そもそも彼女と同じ土俵でやり合おうとするのが間違いだ。私は撤退を選択し、早速グィアンを捜索することにした。


「私はグィアンを探す。お前は……そうだな。ニカ、頼めるか」

「いいよ。リムルにはフロンティアの話、たくさん聞きたいし。シズクの話はどうも信憑性がなくて」

「私の分析が間違ってると言いたいのか?」


 ムッとしながらニカとリムルを交互に見るが、二人は互いに視線を合わせて何とも言えない表情を作るだけだった。なぜだ。

 話を切り上げてグィアンを探し始める。レジスタンス基地であり最後の砦であるリベリオン砦はもはや第二の我が家と言ってもよいほどに慣れ親しんでいる。フロンティアのアラモ砦とは異なる現代化された機能の数々は、クオリアコロニーで生まれ育った私たちにとって身近なものであり、非常に便利だという側面は否めない。

 だが、この利便性はあくまで不自由の中でもたらされるものだ。やはり、あの自由を知ってしまった今、便利という言葉だけでこちらに戻るつもりはなかった。

 グィアンの行方をデバイスで検索する道すがら、多くの同志たちに声を掛けられる。気兼ねのない挨拶や声援。彼らの言葉は、インディアンたちと共に過ごした時を思い出させてくれる。

 ここにいる者たちは、とても優しいのだ。この反乱も、自分のためというよりは、仲間のためでもあるのだろう。迫害される誰かを見捨てられなくて、勇気を振り絞ることにしたのだ。

 奇妙な思考に駆られる。社会のリソースとして生きながらも、各々が生存権を獲得するために貢献する管理政府の歯車たちと、その管理を理不尽と脱しながらも誰かのために命を燃やすレジスタンスたち。

 どちらが社会性を重んじているのかわからない。どちらが皆を、世界を、人類を思って行動しているか、わからない。


「方向性を見失っての暴走、か」


 私は独りごちながら目当ての部屋へ辿り着く。この世に明確な悪者はいない。

 いたとしても、とっくの昔に死んでしまった。

 自動扉の便利さを改めて再確認しながら中へと入り、奇妙な光景を目の当たりにする。グィアンがいる。が気になるのは部屋に設置されている球状の機械だ。

 その機械を知らないから訝しむのではない。慣れ親しんでいるから、気になった。


「シミュレーターだと?」


 シミュレーターに歩み寄っていく。そして、中から聞こえてきた音声が私の心音を異常にさせた。


「ああっ。グィアンさん、お上手です!」


 女の声が聞こえてくる。見知らぬ誰かと二人で、狭いキャバルリーシミュレーターの中に入っているのだ。本来、シミュレーター使用中のハッチ開放は訓練に支障をきたすため推奨されないが、私は強引にオープンボタンを押した。


「おい、お前、そんな閉所で何を!」

「シズクか? 邪魔をするな」

「邪魔だと、何の――何?」

「あ、あはは、ごめんなさい……」


 初めて見る少女がグィアンの隣で謝罪する。グィアンはシートに座り、操縦桿を握っており、隣の少女はまるで……教練するかのようにグィアンの操縦を見守っていた。


「訓練の邪魔だ」

「あ……そ、そうか」


 動悸が別の意味で早くなる。焦りが恥へと変換されたのだ。

 私はそのまま後ずさって距離を取ると、耐えきれずにクローズボタンへ触れる。

 ゆっくりとハッチが密閉され、中からは教官らしき少女の褒め言葉が響いていた。

 私は待機を続行する。暇なので無意味に身体を左右に揺らしている。ふと、このような仕草をどこかで見たような気がして、映画の中だったと思い出す。あれは……当時はろくに興味がなかった恋愛映画のはずだ。あの動作は演技だとばかり思っていたが――いや実際に演技ではあるのだろう――どうやら認識は違っていたらしい。人は暇だと揺れるのだ。待ち焦がれる心を落ち着かせるために。

 訓練が終わったのか、閉じていたハッチが再び開く。お疲れさまでした! という景気の良い掛け声と共にグィアンが卵から産まれたひな鳥のように姿を現した。


「何の用だ?」


 彼は待たせたことに対して詫びの一つも入れなかった。いや、昔の私なら気に掛けずむしろ当然だと思ったはずなのに。

 私は無意識に視線を逸らしながら回答した。居た堪れない。


「リムルに……頼まれた。お前の動向が気になっていたようだ」

「そうか。大したことでもなかったんだがな」

「なぜだ? なぜ」


 今度は私が問いを発する番だった。私の問いにグィアンはまっすぐ見返しながら返答する。


「バトルキャバルリーを使えるようにするためだ」

「お前には精霊術がある。騎兵に騎乗する必要はないだろう。それに……」


 なぜ私にレクチャーを請わなかった。その女よりも確実に上手く教えられたはずなのに。

 危うく本心が口を衝きそうになったが、寸前のところで堪えた。

 身体の揺れ幅が大きくなる。再発見だ。人は会話をしていても揺れるらしい。振り子のように。

 なぜだが、先日のリムルの仕草――両人差し指を胸の手前でつんつん合わせる――に通じるものがあるように感じる。

 あれは……そう……他人に興味を抱いて欲しいというアピールだ。

 つまり今、私は、グィアンに構ってほしいと……。


「っ!」


 私は冷静に導き出してしまった揺れの意味に漠然とした恐れのようなものを見出し、方向転換をする。

 そして、口早にシミュレーションルームを後にしようとした。


「とにかくお前の動向がわかった。私はこれで……っ、な、何」


 私の足が止まる。止めさせられる。グィアンが私の肩を掴んで引き留めていた。

 こんなことは滅多にない。言葉での制止はあったが、肉体的接触を伴っての身体行動制限は初めてだと言ってもいい。動揺を隠せない私に対しグィアンは、


「俺もお前に頼みがある」

「頼み、だと……」

「フロンティアでのことを覚えているか?」

「フロンティアのこと、だと……?」


 フロンティアのこと。私の人生のターニングポイント。こちらでの生活は年月こそフロンティアの遥か上をいっているものの、記憶の大部分……エピソード記憶の多くを刺激させられたのはフロンティアでの出来事だ。GMHである以上、なぜか思い出せない幼少の時期を除いて全て思い出せるが、一番最初に思い浮かぶのはやはりかの地での記憶だろう。

 楽しい思い出。悲しい思い出。

 そして恥ずかしい思い出。カグヤの死で打ちのめされていたとはいえ、全裸になってグィアンに抱いてくれと詰め寄る私――。


「――っ」

「あの時のことをもう一度再現してほしい」

「な、何を言って……!?」

「あのー」


 私とグィアンの至近距離の会話を傍目に見ていた教官が呆れながら声を上げる。

 私はハッとしてグィアンから距離を取るとわざとらしい咳払いをした。


「何だ。お前も私に何か言うことがあるのか」

「はい。グィアンさんのシミュレーション結果をお伝えしたくて」

「不合格だったのだろう? 当然だ。バトルキャバルリーはGMH用に調整されている。常人が操縦しようとしても、まともに扱えないのは自明の理だ」

「いえ。合格ラインです」

「そうだろうとも。いくらグィアンが優秀だとは言え……何?」


 私は教官が嘘やお世辞を吐いていると思いまじまじと彼女の顔を見つめなければならなかった。彼女もGMHの例に漏れず美形だ。奇妙な疑心が体の中を満たす前に、質問を続ける。


「どういうことだ。合格だと? 有り得ない」

「はい。もちろん、シズクさんやニカさんみたいに機動戦闘は無理ですよ。ですが、射撃の腕前は……素晴らしいですね。教える側ながら教わってしまいました」

「リムルは吐きそうになっていたが、平気なのか?」


 私は驚きながらグィアンを見る。グィアンは右腕の袖をまくって精霊との交信に使う紋様を露わとした。


「体調管理は精霊に任せている。ある程度なら耐えられる」

「どうやって操縦を覚えた」

「機械の扱いはお前たちのみの特権ではない」


 いつぞやと似たようなセリフをグィアンは述べる。彼が優秀だとは常々感じていたが、まさかバトルキャバルリーの操縦をマスターしてしまうとは。

 その成果は誇らしくあり、また懸念を抱いてしまう。


「出撃する気か?」

「あ、ま、まだ無理ですよ? 実戦形式の訓練も行わないと危険ですから」

「頼みとはこれか? 私にテストの相手をしろと」

「それもあるな」


 グィアンは含みのある言い方をした。彼が何を望んでいるかわからない。

 なぜバトルキャバルリーの騎乗訓練をしているのかも定かではなかった。

 なぜ私に任せない。宇宙はフロンティアとは違う。地上戦でなら彼ほど頼もしい存在はいなかった。だが、宇宙空間では全方位を警戒し、移動しなければならない。あらゆる場所から迸る攻撃を避ける。それがどれだけ高度なことなのかこの男は本質を理解できているのだろうか。

 ――ニカの言葉が脳裏を駆ける。私はいらいらしている。


「実戦はシミュレーターとは違う。無理に出しゃばろうとするな。宇宙での戦闘は私に任せておけばいい」


 意識したつもりはないが、強い語調になっていたように思う。すると、グィアンも私を見据えて強く言い返してきた。


「断る」

「何だと?」


 彼の言葉を素直に嚙み砕ける度量は今の私にはなかった。受け付けを拒否してすぐに反論を吐き出す。


「断るとはどういうことだ。私の指示に従え」

「お前の指示に従う理由はないはずだ。俺たちは対等だ」

「そうとも。立場は対等だ。だが今は実戦経験のある先駆者として忠告をしている。お前は基地の防衛に努めて私が攻撃に出る。適正な役割分担のはずだ」

「何を恐れている?」

「恐れてなどいない!」


 思わず叫んでしまい、我に返る。グィアンは私を睨んでいた。

 怒っているのだろうか。あんな風に見られたことは初めてだ。

 どうも私は……コミュニケーションに難がある。ただ心配だから、出撃しないでくれと頼めばよかったはずなのに。


「す、すまない。今のは……」

「構うな。今は間が悪い。後で頼むとしよう」


 グィアンはリムルとは違い、完全にこちらのフィールドに適応しながら去って行ってしまう。教官の少女が困惑しながら愛想笑いを浮かべたが、私は構うなという風に手を振って部屋へと戻ることにした。

 その後のことはよく覚えていない。

 いや、覚えているが、思い出したくはなかった。

 私は、嫌な女だ。本当に、嫌な女だ。

 


 ※※※



 自己嫌悪に陥ることは珍しくない。元々その兆候はあったと自身の精神を分析することができていたし、その対処方法も心得ている。恥知らずで人殺しで自分勝手。それが私だ。加えて臆病者でもある。

 だがそれではだめだと。変わるべきだと考えて、勇敢に振る舞ってはいる。

 しかし此度のダメージは……精神的負荷は、予想以上に大きいようだ。


『ねぇ』

「……」

『ねぇ、シズク? 聞いてる?』

「聞いてるぞ、ニカ」


 私は左方を見やる。全方位モニターの再構成映像には白いディフェンダーVカスタムが注意を引くために手を振っている。今は交戦低確率宙域だとは言え、機体を無意味に動かすべきではない。私は止めろ、と注意勧告をした。


『ならそっちもネガティブ止めてくれる?』

「私はポジティブだ」

『うん、嘘だね。……今回の作戦、ちょっと危険なんだし、ちゃんとしないとダメ。ほら、君の仲間たちだってさ、困ってる』


 私は後続のレンジャーカスタムたちの通信ウインドウを開く。コンパクトウインドウに表示されるフィレンは気難しい顔をして、ミーナは携行食料をぱくぱくと頬張り、アウェルはただ寡黙に前を見据えている。


「問題なさそうだが」

『そういうのよくないよ、シズク。嫌なことがあったのはわかるけど』

「別に何もない」

『嘘だね。グィアンと喧嘩したんでしょ』

「していない」


 ヘルメットバイザーのボタンを操作して、顔を覆う。無意味な行為だとは知っているが、それでも顔を隠さずにはいられなかった。ニカの世話焼きな視線から逃れながら、皆の不安を払うべく言葉を回線にのせる。


「大丈夫だ。任務概要はきちんとインプットしてある。だから、大丈夫だ」


 具体的に何が大丈夫かを思い浮かべないまま、ブリーフィングに思いを馳せた。




「呼びましたか」

「ヒキガネ少尉、呼び出してすまない」


 テレグラム中佐は窓から目線を離し振り返る。直後に扉が開き、ニカも遅れて入室してきた。


「何の用でしょうか」


 十中八九任務であると理解しながらも、あえて質問する。案の定、テレグラム中佐はホロスクリーンに画像を表示させた。

 衛星の画像だ。監視衛星の類。


「破壊命令ですか」

「まさしく。こちらの部隊が何度も捕捉されているのは知っているね」


 既に二度フィッシングを行っているので、わざわざ言われるまでもない。形式的なブリーフィングを私は黙って聞いていく。口数が少ないのは不機嫌だから……ではないと信じたい。


「元々、こういう監視衛星は発見次第潰すようにしてきた。せっかく転移して位置を誤魔化しても、別の地点で捕捉されては意味がない。今回もその例に漏れず、この衛星を潰して欲しい。頼めるかね?」


 中佐は私というよりはニカに訊ねていた。ニカは気さくにもちろんですよ、と快諾する。私も首肯を返した。目は潰しておくに限る。どこで監視されているかわからないのだ。スターゲイザーたちに。


「ありがとうアトミック少尉、ヒキガネ少尉。第七騎兵隊が衛星の無力化をする間、君たちにはその護衛を頼みたい。何か質問はあるかね?」

「いいえ、ありません」


 なぜわざわざ無力化するのか、という初歩的な質問はするに値しなかった。直接破壊すれば、すぐに異常が検知されてしまう。だから秘密裏に細工し、発覚が遅れるようにするための当然の処置だった。

 むしろ、ニカの部隊コードになぜ第七騎兵隊などという不吉な名前を付けたのか問い質したいぐらいだったが、今はどうでもいい話に花を咲かせるような精神状態ではない。速やかに退室し、支度を整えたかった。


「失礼します」

「では後程。待ってよ、シズク」


 早足で部屋を出る私の背中をニカが追いかける。扉をくぐる直前、私は歩を止めてテレグラム中佐へと振り向いた。

 彼は窓を、星を眺めている。憂い気に。


「シズク?」

「行くぞ。衛星は早急に潰す」

「わかってるって。ちょっと」


 ニカにまともに取り合わず、私はハンガーへと向かった。

 リングデバイスで部下に召集命令を掛けながら。

 無論、グィアンは除いてだ。




 ――そして今、私たちは監視衛星の破壊工作のため、宇宙の海を泳いでいる。バトルキャバルリーという浮き輪を使って。だが、この浮き輪はとても大きくまた派手だ。いつ接敵しても不思議ではない。

 ゆえに私は視線を部下たちから全方位モニターへ、さらには俯瞰モニターへと移していく。宇宙では警戒するべき方向が多すぎる。GMHでさえ細心の注意を払わなければ不意打ちを受けてしまうのだ。それを……あの男は――。


「くっ」


 ままならぬ己の精神に歯噛みする。今は任務に集中しろ。理性から感情へコマンドを送るが、やはり完璧な調律は難しい。むしろ他人を使わないと自身をチューニングできないと気付いたばかりだ。今更独力でどうにかしようとするのは困難を越えて不可能の範疇だった。

 それでも任務に支障はきたさない。きたさせない。


『無理だったら休んでてもよかったんだよ? 連続出撃だし』

「体力的にも精神的にも問題ないから任務に志願した」

『心の問題って結構身体に来るって知ってるよね』

「承知している。何度も言わせるな。むしろ、身体を動かしているぐらいが最適だ」

『そんなに私が心配だった? 私のキュートさはわかっているけどさ』

「お前こそ、危惧はしていないのか? 罠の可能性を」

『言ったでしょ? 半々だって。罠だったらきっとカナリがいるだけだよ』


 珍妙な信頼感とでも呼べばいいのか、ニカはカナリのことを信用していた。

 彼女が絶対に自分を殺しに来ると信じている。そしてカナリがいるところにはシャリーもいる。その点では私もカナリに信頼を寄せている。罠であったとしても、シャリーを救う絶好の機会となる。そんなチャンスを見逃すはずはなかった。


「シャリーもいるはずだ。できれば今日にでも……」

『けど隊長さん、万全じゃないですよね。グィアンさんの支援も受けられれば良かったんですけど』

「グィアンを宇宙戦に同行させるつもりはない」


 ミーナに指摘されて、私は努めて冷静に返答する。が、帰ってきたのは以前彼女に注意された事項と同様の警句だった。


『また独りよがりですか、隊長さん。いけませんよ、それでは』

「わかっている。わかってはいるが……」

『ミーナさん、隊長は不安なんですよ。私も、いえ私だからこそよくわかります。複雑ですよね。頼るべきなのに、頼ったら、何か大変なことが起きてしまうような気がして。それじゃあダメってわかっているのに、でも無理で』


 フィレンの訳知り顔の解説には確かに説得力がある。私はフィレンのフォローを聞きながら周辺マップを確認する。ヒキガネ隊とニカ率いる第七騎兵隊はまもなくデブリ砂漠へと接近しつつあった。

 何度も行われた宇宙戦争によって発生した多くのスペースデブリは、宇宙という海にゴミの砂漠を積み上げてしまった。これもその名残である。近くにあった宇宙要塞が核攻撃によって破壊され、粉々に砕け散った残骸がデブリベルトとなりいつしかそこは砂漠と呼ばれるようになった。

 その塵の中に巧妙に監視衛星は隠されていたらしい。テレグラム中佐は自らの特権を使って場所を特定したと報告にはあった。

 その特権とは果たして如何様な意味なのか。思うところはあるが、私たちにできることは目の前の任務に集中することだけだ。

 そうとも、集中だ。邪念は振り払え。精神を研ぎ澄ませろ。

 レンジャーカスタムに意識を集中する。騎兵という鎧を纏い、私という個人を兵士として鋭利にする。昔はできていたはずだ。例えアンバランスの状態だったとしても、人と兵士がぐちゃぐちゃに混ぜられた中途半端な精神だったとしても、まだ私には使命がある。

 それに、命令されたから戦うわけではない。自分の意志で望んできたのだ。

 操縦桿を握る両手に力を込める。

 目標地点であるカプセル型の監視衛星を全方位モニターが捉えた。

 アクセルペダルを踏みしめる。モニターに反射して映る私の顔は兵士の顔であり、また未知の情念に揺れ動く……少女のようであった。

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