待機時間
ブリーフィングを終えた後、私は自由行動を命じた。これと言って行うことがなかったのが理由だ。とにかく、今は情報を待つのみだ。
私たちの情報収集能力では、二つの目標について明確な対処方法が見えてこない。常時稼働しているはずのワープメインドライブの位置は未だ不明であり、カグヤの身体を再生するために必要な設備も技術も技術者も発見できていない。
だが、今、私たちには管理政府の目から逃れるほどの情報集積技術を持つレジスタンスの本部にいる。彼らの助力を得ればいずれ何かわかるだろう。
ゆえに、私たちは暇を持て余し、各々がすべきこと、或いはしたいことを行っている。
「何を読んでいる?」
私はまだブリーフィングルームに残っているフィレンに声を掛けた。フィレンは閲覧していたホロウインドウを拡大する。表示されているのは設計図だった。バトルキャバルリーのものだ。
「ドレッドノートか」
「はい。私もリペアですから、何か手伝えることはないかと思いまして。でも、この機体……難産ですね。まるで身体障碍者みたいです……あ」
ハッとしてフィレンはカグヤの方を見たが、彼女はリムルとミーナと料理の話で盛り上がっている。ほっとしたフィレンは、私の様子を窺いながら話を続けた。……フィレンが妙なところで失言するのは十分承知しているので、注意する気は起きない。
「と、とにかくですね、このキャバルリーは欠陥機ですよ。今のままでは使い物になりません」
「技術不足だとニカは言っていたな。……しかし、例のシステムを使えなくても、素の性能はレンジャーカスタムより高いはずだが」
率直な疑問を述べると、フィレンは首を横に振った。
「ミーナさんみたいに食いしん坊なのでダメですね。アーマー耐久値はレンジャーカスタムより高いんですけど、その分重量も増えているので機動力が落ちています。いくら耐久力が高いと言っても、攻撃が回避できなければただの棺桶です。それに、武装もレンジャーのものとは比べ物にならないくらい高性能ですが、使用には多大なエネルギーを消費します。とてもじゃないですけど、通常のコアでは賄えないんですよ。かと言って無理にコアやブースターを増設しても、機体バランスが崩れるだけ」
「リボルビングシステムはどうして使えないんだ?」
私は教師に教えを乞う生徒のように問いを重ねる。実戦投入されている機体の性能は把握しているが、未知の機体となると流石に技術屋のレクチャーを受けなければ理解できなかった。士官学校で授業を受けていた頃は、退屈だと愚痴をこぼしていたというのに。人生とは、摩訶不思議なものだ。
「リボルバー……は知ってますよね。隊長、西部劇好きですし。簡単に言えば、ドレッドノートはコアをローディングしながら戦う騎兵なんです。弾が切れないよう、適切に、的確にコアを装填しないと戦闘中に行動不能に陥る、まさに玄人向けの機体です。遅すぎればエネルギーは補充されないし、かといって、早すぎてもジャムを起こす」
通常のバトルキャバルリーのエネルギー循環方式がオートマチックならば、ドレッドノートは手練れのガンマンにしか扱えないリボルバー。フィレンの説明は単純明快で実にわかりやすい。
バトルキャバルリーにとってコアとは弾丸だ。装填されて初めて機体に命が宿る魂とも言える。コアはコンバータと燃料炉を兼任しており、推進剤やマテリアルフォトンのためのエネルギーはコアから放出される。コアの性能にもよるが、発電も可能なので、必要最低量のエネルギーをあらかじめ補充しておけば、長時間戦闘を継続できる。
ゆえにフロンティアでのバトルキャバルリーの運用はそこまで苦ではなかった。常に燃料の継ぎ足しを欠かさなければ、コアが故障しない限り稼働を続ける。
しかしドレッドノートは、コアの回復量よりも消費量の方が遥かに上なのだ。だからレジスタンスの技術者たちを唸らせ、フィレンも眉を顰めてテキストを眺めている。
「コアシリンダーの回転速度の調整も難しいようですし、パーツも摩耗が激しくて、より良い部品を探すべきだって言っている技術者もいるみたいです。……そもそも、何でこんな機体を作ったんでしょうか。性能だけを見れば最高と言っても過言ではないバトルキャバルリーですが、わざわざ新システムを搭載せず、多少の性能ダウンには目を瞑って、運用が可能な機体を作ればいいものの……」
「元々、僕たちが開発した機体じゃないからね、ドレッドノートは」
「クィンか」
急に話へ割り込まれてフィレンは肩を震わせたが、その相手が顔見知りだとわかって落ち着いた。
「びっくりした……。どういうことですか、クィンさん」
「ドレッドノートは補給任務で訪れた基地に放置されていたバトルキャバルリーなんだ。発見者はニカ。見つけた時、僕たちはみんな喜んでね。現状を打破する切り札になるんじゃないかって。だから、みんなこだわってるんだよ。内心、使えないんじゃないかと思いながらもね」
「クィンもフィレンと同じようにドレッドノートは使えないと考えているのか」
「あ、あの、私は別に」
フィレンはおずおずと否定したが、クィンが即座に肯定して遮られた。
「そうだね。正直、そのためのコストを他の機体に回すべきだと考えてる。ニカはだいぶ気に入ってるんだけどね。分解して、ディフェンダーの追加装甲や追加武装にした方がまだ使い道はあると思うんだ」
「正直に言うと、それは惜しいな。パイロットとして言わせてもらうが」
あの機体を一目見た時から、騎乗したいという衝動に駆られている身としては、ばらすなんてとんでもないことだ。クィンは既視感だと言わんばかりに苦笑した。
「ニカも似たようなことを言ってたよ。っと、危うく本題を忘れるところだった」
「本題だと?」
「ああ、シズク、忘れてない? ニカが部屋に来るよう言ってたでしょ」
「そういえば、そうだな」
失念していた。最近、物忘れが酷いように感じる。油断しているのだ。
その変化を嬉しくも悪くも思う。今は中途半端な状態だ。
兵士でもあり、人でもある。早く、この状況を脱出できれば一番なのだが。
「ニカが駄々をこね始めてるんだ。新しい友達とお話を楽しみたいってね。後で、フィレンさんたちもニカのところへ行くといいよ。彼女、結構な寂しがり屋だから」
「クィンはニカのことをよく知ってるんだな」
「彼女に助けてもらったからね。ニカは……ああいう性格をしてるけど、本当は寂しがり屋で、泣き虫でもあるんだよ。でも、頑張って自分を強く見せてるんだ。シズクさん、僕はね、君に彼女の支えになって欲しい。友達として」
本当の性格を偽り、自分を強く見せている。まるでカナリのように。ニカ・アトミックという少女の一端を垣間見た気がした私は、ふと銭湯エリアでの話を思い出した。
「そういえば、ニカがお前と」
「僕と? 何だい?」
「風呂に入ったと言っていたが」
瞬間、フロンティアでよく使用していたサバイバルキットであるやかんが沸騰したように、クィンの顔が赤くなる。フィレンは呆然と、ニカさんと? と呟き、離れたところで食事の話題に勤しんでいたはずのカグヤとリムルも食いつきをみせる。
「え? それって!?」「ニカとそういう関係なの!?」
「う、あ、ま、待ってくれ、あれは……ごめん! そういうことだから!」
「え? どういうこと? ゴハンの話ですかー?」
遅れて来たミーナの言葉が部屋の中で霧散する。カグヤは訳知り顔である意味ご飯だねと言って、私は妹に渡していたアンティークの中に教育上よろしくないものが混ざっていなかったか記憶を手繰り寄せる。
しかし、私の心配も余所に愛おしい妹は耳元へと顔を近づけて、
「お姉ちゃんも頑張らないとだめだよ?」
などと囁き、私は咳払いをした。……GMHは病気に罹らない病気であるという事実には目を瞑る。
「ニカとの約束がある。……基地を見回るのは構わないが、危険な場所へは行くな」
「私がついてますから平気ですよ、隊長さん」
胸を張るミーナに一抹の不安を覚えながらもブリーフィングルームを後にした。
ニカの部屋を訪れると、ひゅんひゅんと彼女は何かを片手で器用に回している。その物体を一目見て、何であるかを見抜いた。
「シングルアクションアーミー」
しかしピースメーカーモデルとは異なり銃身が長い。白色のカラーリングはニカの趣味によるものだろう。ニカは白色を、変異を誇っている。
「“キャバルリー”だね。騎兵モデル。私たちが扱うのに相応しいでしょ?」
銃身が7.5インチのリボルバーは、主に騎兵が馬上で扱うことを想定した拳銃だ。しかし同じ騎兵であるとはいえ、馬とバトルキャバルリーでは天と地ほどの差がある。リボルバーを使用する場面で真っ先に思い浮かぶのが接近戦だが、銃身の長いキャバルリーは抜き撃ちに不適切だ。夕陽のガンマンでモーティマー大佐がわざわざ袖にデリンジャーを仕込んでいたように、あらかじめホルスターから抜いておかない限り、相手に先手を許してしまうだろう。もっとも、モーティマー大佐のSAAはキャバルリーモデルの銃身よりも長いタイプのものだが。
その事実を踏まえた上で……私はニカのガンスピンを眺めた。鮮やかな回転だ。長銃身であることを意に介さずにくるくると回し続けて私の前まで移動すると、その転回がぴたりと停止する。
そして、銃把が私へと向けられた。もはや衝動的にその高貴な銃を掴み取る。
「友愛の証だよ、シズク」
「美しいな」
銃を眺めて感嘆の息を吐くのはおかしいことだろうか。だとしても、私は虜になっている。あれだけ殺人を忌避するように変異しておいて言い訳がましいが、私は武器自体を嫌ってはいない。武器を使って人を殺すことに嫌悪を抱くようになっただけだ。
だからこそ、その美しいフォルムに目を奪われる。シンプル。単純だ。ただ六発の弾丸を放つための銃。この銃の前では全てが平等に思える。まさにイコライザーだ。
「気に入ってもらえてなにより。シズクなら絶対好きだと思ったからね」
「西部劇を見たと話したか?」
「カグヤから聞いたよ」
「そうか。……我ながらおかしな話だな。妹へのプレゼントに私が興味を惹かれてしまうとは」
自分に呆れながらも、銃を観察するのは忘れない。この銃には、どんなに取り繕った感想も必要ない。ただ一言、素晴らしい。そう語ればよいのだ。
「ふふ、趣味が合う友達がやっと見つかった。みんな、オートマチックの方が便利だとか、もっと他に適切な銃器があるとか言ってくるからね。でもこれは、私にとってお守りのようなもの。……古いとか使えないとか、ちょっと変わってるってことは、素晴らしいことなんだよ。でも、世界は忘れちゃった。だから……」
ニカは時折、水面から魚の背びれが覗くかのように寂しさを表出させることがある。これがニカの本心なのだろう。瑞々しさの中に、皆を鼓舞する強さの中に、彼女の本当の姿が隠れている。
浮かび上がったニカの素は、出てきた時と同じように唐突に沈んだ。
「こういう、マニアックな代物をコレクションするのも私たちの役目だから」
「大事な遺産だからな」
私はニカの贈り物を懐へと仕舞った。ガンアクションを披露するのも悪くはなかったが、下手に弄って傷を付けたくはない。
「ふふ、シズク、いいね。君といると心がワクワクする」
「光栄だとでも言っておけばいいか?」
ニカのようなタイプとどのように会話のキャッチボールを行うべきか定かでない。しかしニカはそうそうと頷いて、珍しい紙の本が並べられている本棚へと手を伸ばした。
「シズクは今の世界って好き?」
「逆に訊くが、私が好きと回答すると思うか?」
「あはは。ま、そうだよね」
私の返事にニカは苦笑しながら目当ての本を探している。カグヤを殺そうとする世界を好きになれるほど私は寛大ではない。だが、だからこそ、私はこの世界に生きる人々に同情の念を抱き始めている。
いや、抱き始めたのではない。抱いていたのだ。
――いつから?
私は口を閉ざして黙考する。その間にニカは探し物を見つけたようだ。
「あったあった。君、この本読んだことある?」
「……ハーモニー……?」
調和という意味のタイトルの小説だった。作者名は伊藤計劃。
「その反応、読んだことないんだ。面白いのに」
「カグヤは特に映画に関心を示していたからな」
「アニメ映画もやったんだよ?」
「あの抱き合わせセットに含まれてなかったんだろう」
正直なところ、適当に選んで購入した映画詰め合わせセットだ。ジャンルも作風もバラバラでとびきり面白いものから趣味とは合わないものまで様々だった。今思い返せば、あれは自己満足のプレゼントでしかなかった。しかし、カグヤは毎回、とても嬉しそうに鑑賞していた。……あれも、カグヤの演技だったのかもしれない。
ニカはハーモニーをぱらぱらとめくる。ページ数だけを見ればそこまでボリュームがある本ではなさそうだが、ニカはうっとりと文字を眺めている。
「この本にね、私は共感してるんだ。憧れてもいるの」
「さぞかし幸福な物語なんだろうな」
調和の意味から推察したストーリーラインを聞いたニカは含み笑いを浮かべた。
「はは、幸福。うん、ある意味幸福かな」
「どういうことだ?」
「あまりネタバレはしたくないけど……うん、そうだね。たぶん、私たちの世界よりはずっと幸せだと思う。とにかく、ハーモニーの世界はね、幸福なんだよ。互いが互いを大事にして思いやって、愛しているの」
「いいことじゃないか」
私にはなぜニカが笑ったのかが理解できない。生存権を取り合って命を削り、隣人を蹴落とす社会よりはずっといい。
しかし本の内容を知っているニカは、ぱたんとページを閉じる。
「人間にとって一番大事なもの……守らなくてはいけないものって知ってる?」
「……いろいろあるが……バランスか?」
異世界と今の世界、インディアンとGMHという対比を見た私が一番大事だと思えるもの。それはやはりバランスに他ならない。バランスを守ることが人間にとってもっとも大切なことだ。それを私は学んできた。今までの戦いの中で。
「びっくり。まさかすぐ当てるとは思わなかったよ。そうバランス。バランスなんだ。私たちの世界は、遺伝子強化を行い過ぎて、滅びかけてるよね。でも、もしかつての科学者がバランスを、節度を守って最低限の遺伝子操作しかしなかったら、こんなことにはならなかったのかもしれない。人間にはね、強さだけじゃなく弱さも同じくらい必要なんだ。弱いから生き残ってきたんだからね」
環境適応能力をある程度犠牲にし、知恵を使うことで人間は種を存続してきた。弱さゆえに芽生えた創造力だ。だが今や、人間はあらゆる環境に適応できるようになり、昔は便利だと言って多用していた機械の類もほとんど使われなくなり、より便利で問題なく動作する人間を歯車として社会が回っている。
これは果たして進化と言えるのだろうか。私たちは本当に幸福なのだろうか。
「私たちの世界は言わば……自らを強化し過ぎた末路。で、ハーモニーの世界はね、社会を……システムを良くし過ぎた世界なんだ」
「し過ぎた。バランスを破ったのか」
「そう。過保護になった、と言えばわかりやすいかな。世界は人間を大事にし過ぎて、調和を保つことに心血を注いでいた。私たちの世界では、異端……変異体は弾圧される。でも、ハーモニーでは、調和させられるんだ」
全てが一つになりますように。その言葉のポジティブさは、誰もが理解できるだろう。しかしどうやらハーモニーの世界では、ネガティブな意味へと変わってしまっているらしい。
だが、それでも、今話を聞く限りでは、その世界構造に羨望を抱ける。なぜなら……その世界はきっと、カグヤを殺そうとしないからだ。だからこそニカも共感しているのだろう。自分たちとは似て非なる世界に。優しさか厳しさか。飴か鞭かを選べと迫られたら、人は誰だって飴を得ようと必死になる。例えその飴が毒入りだとしても。
「私が思う調和って、個性を維持したまま、様々な色が共存するタペストリーのようなものだったんだけど、この本を読んで、そういう見方もあるんだって勉強になったよ。ちょっと卑屈すぎる気もするけどね。とにかく、ハーモニーの主人公であるトァンとその友人であるミァハは、自分たちの世界……生府が嫌いだった。全部を管理する社会が。管理政府みたいだけど、ずっとずっと優しいシステムが」
「それで、反抗した?」
私が予想を呟くと、ニカは微妙な表情となった。
「上手く説明できないね。あれは反抗だったのかな。だとすれば、あまりに……。ううん、反抗して、理解して、恭順したの。片方が。そして、もう片方は抗うことを選んだ」
「重い話か。今は読みたくないな」
勝利の後で読むのなら楽しめるだろうが、まさに抗戦真っ最中で読む気分に離れない。ニカは残念そうだったが、無理強いはしなかった。
「あげるから、まぁ、気分が乗った時にでも読んでよ。結構ネタバレしちゃったけど、大丈夫?」
「面白いのだろう? なら、ある程度内容を知ったとしても問題ない」
ニカから本を受け取る。その後、彼女は小説の一部を引用した。奇妙なことにそれは引用の引用だった。
「ミァハはね、未来は退屈だっていうSF作家のセリフを引用してため息を吐くの。でも、不思議だね。こっちの未来は退屈じゃない。……退屈だったら良かったのに」
ニカは嘆息する。よほどこの本がお気に入りらしい。
「あ、そうそう。こっちも読んでおいて」
ニカは思い出したように再び本棚を漁り、同じ作者の本を取り出した。タイトルは虐殺器官。また平和な時になら楽しめそうな題名だ。
「世界観が繋がってるの。片方だけでも十分面白いけど、両方読んだ方が楽しめるよ。虐殺器官から読むのがオススメかな」
「フロンティアで楽しむことにする」
あの大自然の中での読書はさぞ素晴らしいに違いない。実際、クリミナルと死闘を繰り広げた後は、なるべく外で作業を行うようにしていた。その方が気持ちが良かったのだ。
「えー。感想聞けないの」
「お前もフロンティアに来れば聞ける」
それとなく私は勧誘する。……レジスタンスに勝機はない。インディアンが管理政府に勝ち目がないのと同じだ。だから皆はドレッドノートに縋っているが、仮にあの機体を起動できたとしても、勝利は不可能だろう。
逃げるべきなのだ。ニカも。レジスタンスも。手遅れになる前に。
だがニカは、儚げな笑みを浮かべただけだった。
「嬉しい提案だけど……私はね、まだやらなくちゃいけないことがあるから」
「そうか」
薄々、そう拒否されるのではないかと予感していた。ニカはシャルリ・ハンマーに似ている。人は皆、自らが理想とする何かを演じており、ニカとシャルリの性格は異なっているが、その本質に違いはない。
だから私は今度こそ、その勇敢な精神を死なせたくない。
「なら、ここにいる間は全力でフォローしよう。クィンにも言われたからな」
「クィンに? あの子ったら。いくら私がキュートだからって」
ニカは茶化しながらも、その表情には愛おしさが張り付いている。その情動に私は共振できる。……似たような想いを心の中に秘めているからだろうか。
「しかし風呂にいっしょに入るのは……やりすぎじゃないか」
私は顔を逸らしながら呟く。これはただの世間話だ。情報収集はかねていない。断じて、兼ねていない。
「ん? そうかな? ……シズクは何が言いたいのかな?」
「大したことはない……。……気を付けた方がいいと忠告しているまでだ」
「何を、かな? 家族が増えること?」
「ニカ……」
「エッチだね、シズクは。別にセックスはしてないよ。ただ元気づけてあげただけ。そんな時間はないから。私たちは退屈ではないから。でも、平和になったら、見境なしにセックスしてるかも。ほら、私たちってさ、禁欲とは縁遠い存在だから」
「管理政府みたいなことを言うんだな、お前は」
セックスを恐れて男女を切り離す管理政府は、まさに映画に出てきた男女の仲を不必要に囃し立てる子どものようだ。ニカは私の冗談に噴き出した。
「はは、愉快なことを言うね、シズク。政府って完全にむっつりスケベだよね。エッチなのはご法度だとか破廉恥だとか言って、その実、自分自身がすっごいエロいタイプ。システムじゃなくて人だったら可愛かったかも」
だが管理政府は人間ではない。もはや人の手でもコントロール不能になった概念だ。相手が人ならば力で解決できるかもしれない。だが、システムに攻撃は届かない。ニカはわかっているはずだ。わかっていながら逃げない。
彼女は勇敢なのだ。例え無謀だとしても。
「ニカ」
「何?」
「死んだら赦さないからな」
ニカは一瞬呆けたように私を見て、次の瞬間には笑っていた。
「あはは。怖い怖い。恨まれたら嫌だから、全力で死なないようにするよ」
ニカの笑顔は魅力的だ。端正な顔立ちを余すところなく磨き上げる。
しかし同性目線から見ても美しいと感じるニカの笑顔に不安を感じてしまうのは、私が現実を知っているからだろう。
だが、もはや現実だけを直視する段階は終わった。かと言って、理想だけを追求するつもりもない。
理想と現実を摂取する。重要なのはバランスだ。配分を間違えないようにして。
私はシャリーを救い、ニカを守り。
カグヤを復活させて、フロンティアと今の世界を断絶し。
私にしかできないことを行う。その覚悟は揺らがない。




