決意の進行
『緊張してる?』
「何がだ?」
『いや、だから、緊張してない?』
「なぜだ。緊張する理由がない」
私は不安視するニカに呆れながら応じる。確かに初めてではあるが、何度もシミュレーションは重ねている。もし心配するとするならば、私ではなく相手の方だろう。
『初体験は誰でも緊張するって』
「初体験じゃない。既にエミリーと……」
『シズクはそっちの趣味なの? グィアンは遊び?』
「そういう意味じゃない。エミリーというかつての部下と、宇宙空間での狙撃は行っている。あの時は彼女の補助がなければ不可能だったが、今度は接近戦だ。何一つ問題はない。レンジャーカスタムの調子も万全だ」
『処女が粋がっちゃって』
「黙れ」
話好きなニカを黙らせて、私は全方位モニターに映る宇宙の映像へ集中する。モニターに表示される映像はリアルタイムに加工され、遠近感覚を損なわないように調整されている。宇宙空間では敵との距離を誤認しやすいため行われる処置だ。
それでもGMHである以上、相対距離を計算し予測して機械のアシストなしで敵の位置を特定することも可能だったが、そこまでするメリットは見当たらなかった。ただできるということだけを頭に入れておけばいい。ホルスターに収まったまま、結局最後まで使用されることのないピストルと同じだ。ただの保険に過ぎない。
今回の任務は友軍の救出だった。レジスタンスの同志が補給物資を輸送途中にブラックベレーに捕捉されてしまったらしい。発せられた救難信号を受け、テレグラム中佐は最低限の戦力を友軍の援護に向かわせることにした。
それで白羽の矢が立ったのが私とニカだった。最低の戦力で最高の結果をもたらせる人員が私たちだったというわけだ。
その評価に不満はない。無論、思い上がりもない。だが、ニカが指摘する通り、宇宙での実戦は初めてだ。スペースコンバットバージンは不測の事態を引き起こす可能性も否めない。とは言え、このような経験は二度目だ。
「元々、フロンティアで同胞に牙を剥いた時も、初めてだった」
『シズクは初めてのくせに荒々しく乱れちゃうタイプなんだ』
「……」
鬱陶しく思う私の視線を感じ取ったのか、ニカはごめんごめん、とモニター越しに謝る。白のパイロットスーツに身を包むニカは、凛々しさの中に愛らしさを混ぜ込んだ笑顔をみせた。ヘルメットのバイザーから覗く彼女の表情は、無邪気な子供にも歴戦の勇士にも見える。二つの面を兼ね備えた魅惑的な少女であり、同時に強力な味方だった。
「緊張してなければいいよ。……いつもさ、顔色真っ青な味方と共に戦闘してたからさ。君みたいにちゃんとしてる人珍しくて」
事情を鑑みれば、仕方なくはある。いくらヴァリアントと呼称したところで、レジスタンスの戦力のほとんどは変異体で構成されている。ほんの僅かな勇気を振り絞っていても、緊張や興奮をせずに戦闘を行える者は一握りだろう。
だから、ニカは私をスカウトしに来たのだ。数少ない戦力のあてとして。
「お前こそ不安はないのか」
と訊ねながらもむしろ、緊張し興奮し、不安に怯えている方が正常なのではないかと考えている自分がいる。フロンティアでの経験は私を確かに弱体化させたが、それでも今、私は平然としていられた。
今の私には、仕事だから、仕方ないからと割り切って人間を簡単に殺せる方が異常に思える。滑稽な思考だ。殺す側に立てば貢献のためと言って躊躇いなく手を汚せるのに、殺される側に立てばこれは理不尽だと人格が豹変したかのように憤る。
革命期以前、奴隷制があった頃の奴隷商人は喜々として奴隷制に賛成していただろうが、もし自分が奴隷の立場に堕ちたとすれば、大声を上げて反対したに違いない。
矛盾。人は矛盾する生き物。哀れで弱くて我儘な、理不尽な生き物。
ニカは皮肉げな思考に浸る私に、少しだけしんみりとした顔色を向けた。
『ま、もう慣れちゃったし。人殺しに慣れて、上手く事が運ぶとちょっと快楽すら感じちゃうぐらいには、私はビッチだよ。バージンの方が良かったけどね。でも、私はマシ。奪われたんじゃなくて、自分で捧げたんだから。破瓜の痛みはどうだった……』
ニカは独特な表現をしているが、要は殺人についてだ。私は正直に話す。ニカには、何でも打ち明けてしまいそうな不思議な魅力が備わっている。優れたアドバイザーであり、カウンセラーだ。
「私もお前も同じだ。自ら望んで人を殺した。その点、他の者たちよりは恵まれている」
殺すか死ね。そう強いられる者たちの中で、私は幸いにも望んで他人を殺せた。殺された側にはたまったものではない、とはわかる。他人の不幸の上で、私は慰めには程遠い幸運に見舞われた。
だから成さなければならないのだ。みんなのために。例え贖罪としては不十分だとしても。
『そろそろ接敵しそう。戦闘準備はできてる?』
「できている。生まれた時からな」
ニカに応答した瞬間、全方位モニターの端に映る円形のレーダーが複数の熱源反応を捉えた。有視界探査でも、青色のディフェンダーと見えずらい漆黒の機体が深淵の中を泳いでいるのが見える。
『いいフィッシングができそう。えっと、なるべく――』
「ハンティングだろう? リソース回収。わかっている」
『そういう言い方するんだ。ふふ、大丈夫そうだね』
フロンティアではハンティング、宇宙ではフィッシングか。悪くない。
なるべく敵機を破壊せずに戦闘不能にして回収するというリソース管理の基本はあちらでもこちらでも変わらないらしい。戦う場と敵の種類こそ違えどやることに変化はない。
それはありがたかった。何度も言うように私は宇宙において処女だ。肩慣らしには丁度良かった。
『強襲型カスティゴが一機いる。偵察仕様のヴァッハフンドは二機。カスティゴはキャバルリー、ヴァッハフンドはビースト形態だね』
「見ればわかる」
カスティゴは二丁のライフルと背部ミサイルポッドが特徴的なプロテクターの兄妹みたいな機体だった。ディフェンダーを騎士と称するならば、カスティゴは随伴歩兵だ。最低限のアーマーを機動力と火力で補っている。プロテクターのパーツが角張っているのに対し、カスティゴは全体的に丸みを帯びている。コンセプトはレンジャーと同じだが、カスティゴはプロテクターと同じく別形態への変形機構を持たない。
ヴァッハフンドは流動装甲とフレームをビーストモードへと変化させている。四足歩行形態の機動力は宇宙空間においても健在で、四つ足からジェット噴射を行いながら犬のように走ることでかなりの速度を保っている。背部に搭載された二門のガトリングキャノンと口に該当する部分に装備された両刃のヴィブロランスでまさに番犬のように逃走するディフェンダーを追い詰めている。
レジスタンスの補給部隊は、運悪くブラックベレーのパトロール隊と鉢合わせてしまったようだ。対し、ブラックベレーの小隊は無我夢中でレジスタンスを倒そうと躍起になっている。こんな区域の警戒任務に配置されていたことを考えると、恐らく敵はエリート揃いのブラックベレーの中でも落ち目の方なのだろう。だから増援が到着する前に貢献度を稼ごうと焦っているのだ。
だが、急がば回れ。まさに言葉通りの過ちを敵は犯した。
「敵の増援が到着する前に片づけるぞ」
『オーケー。サクッとやっちゃおう。処女に手取り足取り教えてあげないとね』
「レクチャーは必要ない」
私はアクセルペダルを踏み込む。カスティゴへ急速接近。私の存在に気付いたカスティゴは出し惜しんでいたミサイルポッドの一斉射撃を行ったが、従来のレンジャーならともかく、フィレンが手を加えたレンジャーカスタムには届かない。フライトユニットの性能を惜しみなく発揮して、ミサイルの集団を避ける。横にスライドするように機動して、次撃は左にスライドローリングを行う。
『何だあの機体は!? 攻撃を集中しろ!』
敵小隊の注意がこちらに向いた。僥倖とばかりにスピードを上げて、ライフルを撃ち始めるカスティゴに切迫。ライトアームで背中のヴィブロブレードを引き抜くと、そのままブレードで敵機を切断――するのではなく、背を向けてコックピットを殴打する。
短い悲鳴の後、敵パイロットの音声が途絶えた。
「峰打ち……上手くいったか。む」
アラートが敵機の攻撃を知らせる前に、私は回避行動を取る。レーザーライフルへ持ち替えて獣狩りを行おうとするが、その前にレーザーが飛来して、二機のヴァッハフンドの左足の身を正確に撃ち抜いた。ライフルを持とうとした操縦桿を元に戻し、再びヴィブロブレードを取る。都合のいいことにヴァッハフンドたちは丁度、近い位置でバランスを崩している。
私は両手を動かし、呼応してレンジャーカスタムの両腕も動いた。剣と盾を構えた白黒の機体は、二機の番犬を峰打ちとシールドバッシュで戦闘不能にする。
『ちぇっ。全部取られちゃったね。ボウズか……』
「毛髪に問題があるのか?」
『違うって。釣れなかった時にそう言うの。帰ろう。そっちは平気?』
ニカが補給部隊の心配を始める。が、戦闘騎兵のパイロットはもちろん、輸送機の者たちもそこまで大きな被害は出ていないようだ。周辺警戒を怠ることなく、私たちは補給部隊の護衛を続けた。
帰路は何一つ問題なかった。スターゲイザーが秘密裏に追跡しなければ、という前置きがつくが。
レジスタンス本部へと帰還し、レンジャーカスタムから降りる。ヘルメットを脱いで人工精製空気を吸い込んだ。機体内に充満するものと構成元素は同じだが、それでも味が違うように感じる。
バトルキャバルリー内の補充酸素は戦闘の味。レジスタンス基地内の酸素は……優しい味だ。
「お疲れ、シズク」
「ニカ」
ニカは栄養補給用ドリンクを手渡してくる。私は受け取って、難色を示した。
……これは無味タイプのものだろうか。私が警戒していると、ニカは私からドリンク容器をひったくり、ストローを吸った。
「うん。ストロベリー味。甘くておいしいよ」
「そうか」
私はニカの味見を信じてストローに口をつける。が、口の中を満たしたのは、甘いには甘いが酸っぱさが混ざるものだった。私が顔をしかめると、ニカは愉快そうに笑う。
「あはは。ごめんごめん。ラズベリー味。おいしいんだけどちょっと酸っぱいんだよね」
「騙したな」
「意外だね。怒るんだ。……っと、そろそろワープ開始だから衝撃に備えないと」
「ワープだと?」
「そ。ほら」
ニカの言う通り、アナウンスが基地内に響き渡る。私はレンジャーカスタムの肩を蹴飛ばして通路へと着地し、柵に掴まった。
『ワープシステム起動……転移座標固定。ワープ開始まで三秒前、二、一、開始します』
小惑星が振動し、ストローの口から赤色の液体の粒がいくつか漏れる。それをもったいないとして、ニカは口でぱくぱくと飲んだ。
その間に基地の転移が完了する。自由行動許可の通知を聞いて、ニカが先導した。
「敵に捕捉されたら一巻の終わりだからね。定期的に位置を変えてるんだ」
「燃料は持つのか?」
「そのための補給部隊を私たちが救ったんだよ。ま、じり貧なのはわかってるけどね。いつまでもこうしちゃいられない。けど、今は休憩。ほら、行こ?」
「待て。私はみんなと今後の予定を精査しなければ……」
「汗掻いたでしょ? ね?」
「今の運動量で発汗は……おい!」
ニカは私のことなどお構いなしに手を引いていく。こんな相手は初めてだった。今まで私が出会ってきた者たちはどこか遠慮しているか、素っ気ないかのいずれかだった。だが、ニカは違う。積極的な少女だ。これほどアグレッシブな相手を制御するためのマニュアルなど持ち合わせていない。
ニカは私をせんとうエリア、などと書かれた場所へ連れていく。休憩と言いながら実戦形式での訓練でもするのかと身構えた私は、インディアンの住居の入り口に設置してある幕に似たもの――後にのれんと判明する――を潜り拍子抜けした。
「これが戦闘エリアか……?」
「ん? あああれ? 銭湯の漢字がわからなくてさ。ひらがなにしちゃったんだ」
「何?」
「まぁお風呂って奴だよ。宇宙風呂。任務終わりのお風呂は最高だよ」
「桶はどこだ?」
「そんなちゃっちい奴じゃないって。ほら、脱いだ脱いだ」
「止せ……自分で脱げる」
私はパイロットスーツを脱ぐ。ここまで来てしまっては逃げようがない。裸になった私はリムルと共に生活した時の経験を生かしてタオルを身に付けようとしたが、そんな私をニカは無理矢理連行していく。女同士だから恥ずかしくないでしょ? というのがニカの論調。まぁ、フロンティアでの入浴は野外だったので、比較するべくもないが……。
「さてっと。じゃあ、行くよ」
「もったいぶるな。さっさと……これは」
ニカが開け放った浴場の先に出現した巨大な水の塊に私は言葉を失う。どうやら重力場が弱に設定されているようで、水の塊は落着せずに宙に浮いている。形こそ、先程ストローの口からこぼれたラズベリージュースの粒と同じだが、その大きさは数倍、いや数十倍だった。
そこへニカは生まれたままの姿で飛び込む。風呂の中を泳いで、上の方から顔を出した。
「ほら、おいでよ。最高だから!」
「わ、わかった……」
私は手に持ったままのタオルを見つめる。やはりこれを撒いた方が良い気がするが、またニカに文句を付けられても困るので手放した。同じように裸のまま、お湯の海とでも表現するべき塊へと突撃する。
そして、上へと辿り着いた。そこからは……地球が見えた。
「これ……は……」
「どう? 古い記録から再現した昔の地球だよ」
言われなくとも理解できた。何度もカグヤと共に見た幻想だ。
青色がほとんどを占める球体には、しかし緑色や茶色、白色が混ざっている。もっと細かく色分けすればたくさんの色を検出することができるだろう。
だが、その美しい光景を前にして脳裏を掠めたのは呪われたかのように黒く燻った地球だった。
「止めた方が良かったかな?」
「いや、いい。例えもう手に入らないものだとしても……この惑星は美しい」
気遣うニカに断りを入れて、母なる大地を観察する。人類の生まれ故郷。全ての生命の源。だが、私はもう二度と……一度としてその輝きを目にすることはないだろう。
仮に地球が復活するとしても……膨大な年月がかかる。私の存命の内に地球が復活するとはとても思えなかった。地球だけではない。地球圏においてテラフォーミングを施した火星などの星々も人類は壊しつくしてしまった。
地球が壊れたから宇宙に行き、宇宙が壊れたから異世界に行く。邪悪の権化。もしこれが神々が与えた罰だというのなら、人類は当然の報いを受けている。
星を殺し、今度は別の世界をも食い尽くそうとしている悪の流星。それが人だ。
悪しき流星の異端者である私と仲間たちは、その破壊を食い止めようとしている……と割り切れればいいが、世界を壊したのは私たちが生まれる遥か前の世代だ。
今の世代は先代のとばっちりを受けているに過ぎない。
「難しいな」
至極単純な美しさの前に、本音を漏らす。
「綺麗、じゃないんだ。感想」
「ああ、難しい」
しばらく私とニカは地球を見続けた。が不意にニカが手で水を鉄砲のように飛ばして、私は反射的に避ける。その様を見て、ニカは楽しそうに笑った。
「ちぇっ。外れるんだ。……クィンの時は当たったのになぁ」
「銃弾を避けるより容易い。……クィンとか?」
私の疑問には応じず、ニカは水を一塊空中へと投げる。投げられた水がそれぞれ居場所を求めるようにそれぞれ別の塊となって地球の前で漂った。
「リソースの……」
「無駄。そうだよね。この水を求めて、過酷な労働を行っている人はたくさんいる。……人を殺すことを強制されている人も。でもさ、ちょっと過剰だよ。確かにもったいないとは思うけど、ちょっとはさ、看過してもいいんじゃない? 全部全部、ガッチガチに取り締まったりするのは、違うと思うんだ。シズクはどう思う?」
「一理ある、とは思う」
元よりそういう社会が嫌で逃げ出すことを決意した次第だ。ニカに文句をつけられる立場ではない。
「私も縛られるのは嫌い。ストーカーも」
「カナリのことか?」
「カナリ。あの子とはもう……何度も何度も戦った」
ニカは宙に浮かぶ水粒に触れる。はじけ飛んで、また小さな粒となる。
「どうしてあそこまでお前に固執するんだ? 確かに、お前には多額の賞金が掛かっていそうだが」
私が西部劇の風習になぞらえて訊ねると、カナリもそれに乗っかった。伊達にシングルアクションアーミーはコレクションしていないようだ。
「私が伝説的なアウトローで、カナリは凄腕の賞金稼ぎってところかな。やだね、この構図。私、物語の終盤でカナリに殺されそう。……任務先でたまたまカナリがいて、交戦した時……私はカナリを見逃したんだ。それから、ずっと粘着されてる」
「カナリを見逃した?」
「うん。なんていうかさ、生きるのに必死な子だったの。カナリは。あの子の口調や性格が飾り物だとは知ってるよね? カナリはさ、生きるために自分すらも偽って……社会に貢献してた。たぶん、自分がどういう人間だったのかもう忘れちゃってると思う。そういう人はたくさんいる。けど、一方的な容赦って、相手のためにはならないね。カナリは上手く精神を中和させているけど、私を恨んでる」
「逆恨み……と言うべきか」
ニカに救われた事実が、カナリの何かを刺激して、彼女はニカに固執するようになったようだ。ある意味、ニカへの執着はカナリが行う唯一の感情表現とも言える。
あれほど冷淡な人間をあそこまで燃え上がらせる執念とは一体どのようなものなのだろうか。私には理解が及ばない。
そうとも……シャリーの復讐心も、私は真に理解できていないのだ。
だが二人は共闘している。私も彼女たちに対抗するために、ニカと協力しなければならない。
贖罪を果たさなければ……。私はシャルリに――。
「シズク、ちょっといい?」
「何だ……っ!?」
驚愕は水の中でかき消される。ニカは突然私に抱き着いて、その勢いのまま私を湯中へと連れ込んだ。温かい水の中で、ニカの柔肌と私の素肌が触れる。彼女が背中を優しく撫でる。GMHである以上、窒息することはないが、一瞬私の心に警戒心が灯る。だが、そのアラートはすぐにかき消された。まさに水に流されるように、浄化されていく。
心が。
慣性の法則に従い、私とニカはゆっくりと湯の球体の中を進んで落下していく。
やがて反対側へと到着し、私は顔を湯面から出した。息は乱れていないが、髪の毛は乱雑となり肩や首、背中に貼り付いてしまっている。それはニカの自称するキュートな白髪も同じだった。
「どう? すっきりした?」
「今のは、何だ」
答えを知りながらもあえて問いかける。ニカは何だろうね、ととぼけた。
「でもさ、あまり追い詰めない方がいいよ。私たちの行動には常に責任が付き纏っているけど、ずっとそればっかり考えてたら壊れちゃうからね。例えさ、どうしても果たさなければならない約束だったり、使命だったりしてもさ」
「救い出さなければならない人がいる。が、お前の言う通りだな。気が紛れた」
他人を媒介にしないと自身の精神をチューニングできないとは常々感じていたが、ニカのチューンは強引で、しかしだからこそ成功した場合の精神回復効果が高いように感じる。
温泉でできた惑星の芯を潜り抜けた私たちは、ニカのそろそろのぼせちゃうから、という発言で湯から上がることとなった。これまた、のぼせるなどという私たちに縁遠い言葉に従ったのは、十分に休息が取れたと判断したからだ。
「これからみんなと大切な話し合いなんでしょ? 終わったら部屋に来てよ。渡したいものがあるから」
「別に今からでも構わないが」
待たせるのは悪いが、今更多少前後したところで皆の心象は変わらないだろう。そう考える私に、ニカは本来ならご法度であるはずの女性的な下着を身に付けながら苦笑する。
「んー、それだとちょっと悪いからさ。ほら」
「あっ」
可愛らしい悲鳴が漏れた。ニカが更衣室の先、のれんが掛かった出入り口を見る。咄嗟に隠れたつもりだろうが、羽根のついた髪飾りがはみ出している。ついでに言えば、ばりぼりと菓子類の粗食音も聞こえ、さらにはダメです、今は食べないでください、というフィレンの小声も聴覚を刺激していた。
「なるほど。待ちくたびれていたか」
皆の到来の察知がワンテンポ遅れるという不覚は気にならない。戦闘時では致命的だが、日常の中でなら、この程度の方がいいとは学んでいる。
私は普段着であるホワイトベレーの制服へ袖を通した。ベレー帽を被ってニカに別れを告げる。
「後で合流する」
「うん。待ってるよー」
ニカと別れ、グィアンとアウェル、カグヤを除くメンバーと共に通路を進む。三人の興味はなぜかニカに注がれていた。二人で何をしていたんですか、というリムルの言葉を発端に、質問攻めにされる。
「ニカちゃんってどんな人なんですか? お菓子大好き?」
「や、やっぱり私みたいな人とはお友達になってくれないでしょうか?」
「シズク、最近ずっとニカさんといっしょですね。別に、他意はないけど……」
ミーナとフィレンはニカについて訊ね、リムルはニカと私の関係を問い質した。
まず、簡単に応えられる二つの問いに回答する。
「甘いものは好きなようだ。それに、ニカは誰とでも友達になるだろうな」
フィレンが臆する必要はない。あの性格はどちらかと言えばビヒスに近しい。ミーナ的でもあるだろう。フィレンのような奥手の性格とは相性が良さそうだ。
ミーナとも、食事談議に花を咲かせることができるだろうとは推測できる。
二人は私の回答に気をよくして、どうやってニカを誘おうか話を膨らませ始めた。
次に、私はそっぽを向いているリムルへ視線を合わせる。
「ニカとは共同任務を終えたばかりだ。彼女はレジスタンスのサブリーダーで、私は彼女と友好関係を構築する必要性がある」
事務的な物言いで応じる。……少々、言い訳がましいとは思う。
リムルはあまり納得がいかないようだ。少し私と目線を合わせて、また私から顔を背ける。
「仕方ないです。わかってる。こっちはシズクの故郷で、私は特に何かできるわけじゃないし……それに、やっぱりシズクが大事なのはカグヤで、私に構ってる余裕はないってわかります。けど……ううん、いや、何でもない」
「構ってほしいのか?」
リムルの肩がぴくっと震える。意味不明だ。
「いや、その、別に、全然、いいんですけど。でも、そう、もし、ああ、そうそう。迷惑とかそういうのじゃ、なければ、少しは――」
リムルは右と左の人差し指をつんつん突き合わせながら、私の方をちらちらと見返してくる。期待の眼差しであることはわかるのだが……どうにも私の知識にはない仕草だ。彼女が何を求めているのか、具体的な形が見えてこない。
しかし、私の予想は的外れではないはずだ。導き出した解決策を述べる。
「そうか。ではグィアンに通達しておく」
「え? あれ? いや……う、うん……」
リムルは嬉しさと落胆のコントラストを奏でる。複雑な感情表現に疑問を感じる間に私たちに与えられたブリーフィングルームへ辿り着き、自動扉が音を立てて開く。長方形型の多人数テーブルの前には、既にグィアンとアウェルが待機していた。
「隊長、お待ちしておりました」
「すまないな。待たせた」
「とんでもございません。どうぞ、お席に」
立ち上がって着席を促すアウェルには、やはりどこかエミリーの面影がある。懐かしさを感じながら席に着き、リムルは部屋の隅へと移動して予備のリングデバイスに触れた。カグヤが表出して、なぜかリムルを励ます。
「お姉ちゃんに伝わらなかったね……」
「うん、いいよ。いつものことだし」
意味深に交わす双子のようにそっくりな妹たちはそのまま私たちの会議から距離を置いた。
アウェルはデバイスを慣れた手つきで操作し、テーブルに設置されたホロスクリーンに集積した情報を表示させる。
「現状報告を開始します。現在、私たちはレジスタンス基地に拠点を移し、当面の安全が確保されました。よって、第一目標であるワープメインドライブの破壊と第二目標であるカグヤさんの身体確保を実行するべく情報を収集していますが、残念ながら成果は芳しくありません。隊長が持ち帰った情報の解析と私自身の情報網を使って検索を続けていますが……まだまだ時間が掛かるかと」
「あのデータは空振りに終わったか」
となれば私はわざわざダメージを受けに旧自宅へ戻ったわけか。……いや、無駄足ではなかった。シャリー・ハンマーという己の罪と向き合う機会ができたのだから。
私に対して謝罪するアウェルに断りを入れ、私は端末を操作して画像を割り込ませる。
「話の腰を折ってすまないが、まずはこれを見てくれ」
私にスタンガンを撃つ前のシャリーの画像がホロスクリーンで拡大される。容姿はシャルリ・ハンマーに瓜二つだ。足に補助ユニットが装着されている点を除けば。
私はカグヤを見つめる。カグヤは儚く微笑んだ。申し訳なさそうに。悲しむように。
「私が――殺した、シャルリ・ハンマーの妹であることは知ってるな。名前をシャリー・ハンマー。片足の不自由なバリアントで……カナリ・サーベルに利用されている」
それも意図的に。シャリーはカナリを利用して、カナリもシャリーを利用している。持ちつ持たれつの関係性……とは違うと思いたいが。
「彼女を救わなければならない。手を貸してくれ、皆」
私は要請する。命令ではない。お願いだ。
私一人ではシャリーを救えない。
だが、強制はできない。これは個人的な罪滅ぼしだ。
そのために放った願いを受けて――誰一人、首を縦に振らなかった。
協力を諦めようとした刹那、グィアンが全員の気持ちを代弁した。
「今更何を言っている」
「何?」
訊き返した直後に気付く。ああ、そうだ……今更私は何を言っている。
「そうか、そうだな。今更だ」
「言われなくても手伝いますよ。ね、フィレンちゃん」
「は、はい。私にも、もっと実力があればきっと、別の解決策もあったはずですし」
ミーナに同調したフィレンは、若干の後悔を滲ませる。そうとも、シャルリ・ハンマーを殺さない未来を思い描いたのは、私だけではない。それをわかっていながら、私は今更ながらの要請を口走ってしまった。
罪を担っていないアウェルも、愚直に願いを聞き受ける。
「私はあなたのためなら何でもいたします。それが私の存在理由ですから」
「私も、だよ。お姉ちゃん」
カグヤも賛同する。隣のリムルは言いかけた言葉を濁した。
「あの、わ、私――う」
「お前にも、頼む。リムル。助けが必要だ」
シャリーの救い方は、まだわからない。どんな力も誰の手も、悪しきもの以外の方法は全て用いたい。
リムルは挙動不審に言葉を詰まらせながらも、すぐに笑顔をみせた。
「シズクが私を頼ってくれてる……うん。頑張ります!」
「ありがとう、リムル。ありがとう、皆」
私は心の底から感謝する。すぐにグィアンと目が合ったが、彼は発言しなかった。
恐らく、こういうつもりだったのだろう。今更、礼など不要だと。
だが、親しき中にも礼儀あり、だ。例え今更だったとしても、私は感謝したいのだ。だから、私は感謝する。そして……シャリーを救う。
例え一方的な想いだったとしても。今更だとしてもだ。




