レジスタンス
レジスタンスの秘密基地は小惑星をくり抜いて建設されていた。まるでSF映画に出てくる悪者の拠点のようだったが、ニカは気に入っているらしい。
宇宙に煌く星々の海を突き抜けて、白いファイターモードへと変形したディフェンダーは僚機と共に小惑星の腹の中へと吸い込まれる。無重力スペースにディフェンダーを着地させるとニカは上着を脱いで私へと投げた。
「これは?」
「そこで疑問を感じるってことは、君、露出狂だったりするかな」
その一言で自身の状態を思い出し上着を着込む。それでも裂かれた軍服全体をカバーはできなかった。
ニカは流動装甲の利点である全方位ハッチ解放システムを使い、私を後方から逃がした。自身は通常のコックピットハッチから出て、多大な拍手と歓声に迎えられている。その隙に私はニカに向かえと指示された部屋へと移動した。
ニカは人気者のようで、老若男女問わずに歓迎されている。エースパイロットであり、レジスタンスの実質的リーダー。迷える子羊のカリスマ。これらは彼女がおどけて言っていた自身の説明だが、どうやら適正評価らしい。
人目を避けながら部屋に入ると、そこには誰もいなかった。ニカの部屋のようだ。
テーブルにはなぜかシングルアクションアーミーが数丁並べられている。本棚には珍しい紙の本が仕舞われていた。
私に関するレポートも。……自分が多くの人間に注目されていることを改めて実感する。ホワイトベレー然りインディアン然りブラックベレー然りスターゲイザー然り。そこにレジスタンスまでもが加わった。
「ごめんね。そんな状態で放置しちゃって」
室内を物色していると、ニカが入室してきた。同性同士なら恥ずかしくないので借りた上着を返す。白を基調とした上着はしかし単純に彼女の趣味のようだ。
「もう少しで君のお友達が服を持ってきてくれるって」
「そうか」
「拷問されたんだよね。傷の手当とかは?」
「身体ダメージはさほどでもない」
「精神をやられたんだね」
図星だったので口を噤む。座って、と促されるままソファーに腰を落ち着けた。
「訳わからない、かな? 状況が呑み込めてない?」
「なぜ訊ねる」
「だって君、全部わかっているような顔してるし」
「元々そういう顔だ。全てを見知った顔をしていても……本質は何もわかっていない。無垢な、子どもだ……」
「じゃあ処女なんだ」
「……何が言いたい?」
訝しむとニカは子供のように無邪気な顔を作った。
「うふふ、ただおしゃべりしたいだけ。てっきりフロンティアで純潔は捧げてきたのかと思ってたけど案外真面目なのね」
「私が不真面目に見えるのか?」
「いや、うん、私が言えた義理じゃないけど、社会に、世界に反旗を翻してるんだからね。キングオブ不真面目、不良の中の不良って感じだよ。でもま、私たちに不良って言葉は笑えないけどね」
不良――不用品。殺すか死ぬかの選択を強いられた原因は、先天的或いは後天的に精神或いは身体変異が認められたから。
私は仲間を待つ間聞きそびれていたニカの毛髪へ言及した。
「それは染髪ではないな」
「生まれつき。これが私の変異だよ。生まれつき髪が白かったの」
ニカは髪を愛おしそうに撫でた。毛嫌いしている様子はない。多くのバリアントが己の変異を恨んでいるが、むしろニカは誇らしげだった。
「私は気に入ってるんだけど、ま、管理政府の基準では変異体扱いは避けられないよね。精神も肉体もどこにも異常がないのに、髪が白いってだけで殺されたらたまらないから、私はレジスタンスに入ったの」
その気持ちには共感できる。足が不自由だからと妹を殺す社会に反抗するのはさほどおかしなことではない。
私は以前自分のことを少数派だと思っていた。だが、外側から世界を眺めた時……実は自分が多数派に属するのではないかと思い始めた。
この世は声なき人々で溢れ返っている。皆本心を心の奥底にしまい込み、自分が間違っていて政府や社会が正しいのだと言い聞かせている。
生贄の羊にされないように、狼を装っているのだ。狩られる側ではなく、狩る側だと偽装している。
「君、敵を恨めない口だよね」
「……そう、かもな」
「いいよ。わかるから。私だってそうだし」
ニカは快活に笑う。笑顔が素敵な少女だ。声だけでなく容姿にも他者を癒す不思議な力が備わっている。レジスタンスの皆が彼女に引き込まれるのは致し方ないように思えた。何せ彼女は……心も、高潔であるようだから。
「難しいよね。これがもし映画みたいにさ、もうこれぞ悪者って感じの悪役がいて、そいつを殺せば世界が救われるなら簡単なのにさ。そんな存在って、いないんだよね。皆さ、苦しんで、ただ生きようとしてるだけ。もがいてるだけなの。その結果、誰かが死んじゃって、でもそうするしかなくて。……悲しいね」
「だが悲しんでばかりでは……どうしようもない」
私が本心を口に出すと、ニカは魅力的な笑顔を向けた。
「そう。だから戦うことに決めたの。ふふ、君、信頼しても良さそうだね」
「私もお前を信頼することに決めている。時間が惜しいからな」
「そうだよね。でも今は休憩しないと。暗い話はここまでにしよっか」
双方が最低限の吟味を終えた後、ニカが話題を変えようとしたその時に部屋の扉が開き、誰かが入ってくる。てっきり部下の誰かかリムル辺りが服を持ってきてくれるとばかり考えていた私はその男の登場に面を喰らった。
「頼まれていたものを持ってきた」
「な、なぜお前だ!」
私は糾弾しながらソファーの後ろに隠れる。視線を避けるために宙返りでソファーに隠れるという荒業を行うのは生涯最初で最後だろう。
ニカは少し驚いて、顔を茶化すようなものへと変えた。
「ふーん。へぇー。君たち、そういう関係なんだ」
「何をやっている。早く支度しろ」
「そうしたいのはやまやまだが……で、出て行ってくれないか……」
私の懇願を聞くとグィアンは疑問視しながらもホワイトベレーの制服をテーブルに置いて出ていった。彼の退室を見届け、服を着替え始める。その間もニカのにやにや笑いは止まらない。
「なんだかんだ言って、手を出してるんだね。そんなに破廉恥な子だとは知らなかったよ」
「違う」
「何が違うの? だって君、あのグィアンって人のこと好きでしょ」
「ちが、う」
「顔赤いし。資料とは全然違うけど、うん、君のこと、ますます信じられるようになった」
「私はお前に不信感を抱き始めたがな」
負け惜しみを放ちながら馴染み深い軍服に身を包む。ベレー帽を被り、ズタズタに引き裂かれたブラックベレーの軍服を見回した。まさに今、シャルリの想いはこの服のように八つ裂きにされている。
一方的な思いやりが他人にとって、妹にとって最良であるとは限らないと私は学んだ。恐らく、シャルリも私と似た間違いを犯していたのだ。だがその過ちは、本心から家族を案じていた証拠だ。不器用が不器用なりに全力を尽くした結果だ。その想いが……他人に悪用されている。看過はできないし、私には責任がある。
「暗い話は終わりだって。とにかく、みんなのところに行こう」
「わかった」
ニカに言われ私は部屋の外に出る。重力発生装置のおかげで居住エリアで無重力に悩まされることはなかった。入口の傍ではグィアンが両腕を組んで待機していた。彼と合流し、道中でレジスタンスが援護に来た理由を尋ねる。
「カグヤを守護していた時、彼女と出会った」
「ニカと、か」
「そ。いい男がいるなって。ああ、嘘嘘。睨まないで」
「睨んでなどいない」
「はいはい。ま、ここにいつか君が来ることは予想していたんだ。元々シズク・ヒキガネって名前は管理政府の中でもホットワードだった」
「それほどまでに注目されていたのか、私は」
「意外と君は人気者だよ。世界中が君を見てる。政府は情報規制をしているけど、君がアラモ砦を鎮圧したことは事情通なら知ってるからね。今までにない、大規模な反乱だよ。君は、管理政府が危険視する要警戒人物……世界に脅威を与えかねないテロリストなんだ」
「テロリスト、か……」
そのカテゴリーに自分が当てはまることは承知していたが、あまり良い気分にはなれない。確かに私は自分勝手だと自負しているが……変異体を人口調整のために処分し、インディアンを虐殺し住処を奪おうとする社会は、社会勝手、或いは世界勝手ではないだろうか。
世界中心的、社会中心的、集団中心的。問題視されるのは自己中心的ばかりだ。
「まぁそんなテロリスト……ヴァリアントの力が私たちは欲しかった。私たちは数が少ないからね。でも、きっと、こんな世界は嫌だってみんな思ってる。けどね……声を上げられるくらいに勇敢になれるのはほんの一握りなんだ。後はみんな……声を上げたくても上げられない。だから私は声を上げられるバリアントをヴァリアントって呼んでるの」
「私も同じことは考えていた」
「そうなんだ、気が合うね。……とにかく、戦力を増強するに越したことないから、私は君をスカウトしに来たの。それでグィアンやリムルと出会って、事情を聞いて、君を救出しに向かったってわけ。シンプルでしょ?」
「シンプル過ぎだな。グィアン、少々人を信じすぎるのではないか?」
先程あっさりニカを信頼することに決めた私が言えた義理ではないが、グィアンのそれも大概過ぎる。私の指摘にグィアンは平然としたまま応えた。
「この少女から悪意が感じられなかった」
「それだけか」
「それだけじゃないよね、きっと。この人、私に惚れたんだよ。自慢の白髪がキュートだからね」
「そんなはずはない。……そうだろう?」
「容姿は考慮に値しない」
その返答は予期していたが、実際に言われると心が落ち着く。そんな私を見てニカはにやにやしている。……どうにかしてその笑みを止められないものか。
私がニカという未知のパーソナリティに苦戦している間に目的地にたどり着いたようだ。ニカは扉を開けて執務机の後ろでホロモニターを閲覧する男を紹介した。
「ジョン・テレグラム。レジスタンスのリーダーで、軍の情報統制局の中佐だよ」
「ようこそ、シズク・ヒキガネ。君のことは何度も記録で目にしている」
ジョン・テレグラムは振り返り、私に握手を求めてきた。私はニカと目を合わせ、その真意を汲み取って握手を交わす。手を離した後……私は無礼を承知で訊ねた。
「軍とレジスタンスの兼任……ですか。どうやってサイコスキャナーを誤魔化しているのです?」
「いきなり失礼だ、と糾弾することも可能だが、疑問を感じるのもまた当然だ。幸い私は情報を操作する立場にあってね。普通なら目を背けてしまうような悪辣な映像や記録を何度も目の当たりにしてきた。心理検査に引っかかるような迂闊な真似はしないさ。役得もあるからね」
「なるほど。無礼をお許しください」
「構わない。慣れているしな。そこの彼が、例のアンノウンかね」
ジョンはグィアンに関心を示したが、グィアンはまともに取り合わなかった。私は咄嗟にフォローする。彼は異世界人であり、あまりこちらの人間とのコミュニケーションを好まない、と。
「それは仕方ない。……堅苦しい挨拶はこれまでにしよう。君にはこの後もいろいろやってもらいたいことがある」
「……私の目的は聞いていますか? 中佐」
「存じている。それでも、当面は共闘関係を築けるだろう。ゆえに、しばらくはゆっくり休暇を取り給え。作戦を実行する前に同志たちと親睦を深めてもらいたい」
「ありがたい申し出、恐縮です。それでは」
私たちはそそくさと司令官室から退出する。再びニカが先導する形となった。まだ案内するべき場所があるらしい。だが、今はそれよりも。
「信用できるのか?」
「半々ってとこかな。彼の支援がないとレジスタンスは崩壊する」
ニカは私の質問に何の反論もせずにのっかった。彼女もまた疑っているのだ。
ジョン・テレグラムを。スターゲイザーという存在を知っている今、私が彼を全面的に信用する理由は見当たらなかった。
ニカならわかる。彼女には社会に反抗する動機がある。
だが、ジョンは違う。現在の判断材料の中に、彼が社会に反乱を起こす理由はない。
「お前はどう思う?」
脇を歩くグィアンを見る。グィアンは首を横に振った。
「今のところ判断はつかない。彼は社会のためを思って行動しているようだ」
「……あえて反乱分子を放置し、観察する。そんな所業を管理政府は行っている。もし彼がスターゲイザーなら、私は喉元にナイフを突きつけられていることになる」
「スターゲイザー……君も知ってるんだね」
ニカは星の観察者などというバカバカしい単語を既知であるかのように呟いた。
「お前も知っているのか」
「接触してきたからね。スカウトするって言われたけど……拒否した。私に傍観は耐えられない。髪を染めて、カラーコンタクトを使って自分を黒く偽ることもできたけど……無理だった。私はね、私を見て欲しいんだ。嘘偽りじゃなく、本当の私を」
「キュートな白髪をか」
「そうそう。私ってとてもキュートだから。カナリもきっと私の可愛さにあてられてるんだよね。でも、私以上にキュートなのがこの子」
と言ってニカが立ち止まったのは格納庫の入り口だった。だが先程とは別の場所だ。ニカが認証を解除して、巨大な扉が轟音と振動を立ててゆっくりと開く。
奥から現れた巨兵に、私は目を奪われた。
白色のフォルムはピースメーカーに似ているが、全体的に研ぎ澄まされている。フライトユニットを装着し、現代的にデザインされたフルプレートアーマーは、殺し合いの道具をヒロイックなものへと昇華させている。
そこにある騎兵はまさに、現代の騎士だった。キュートよりもクールという表現が最適だ。
「BC-PM002……ドレッドノート」
「ドレッドノート……」
その機体に奇妙な縁を感じるのは、少し感傷的すぎるか。
だが、私は衝動的にその機体に乗りたいと強く願っていた。無根拠な心身が溢れ出る。それに乗れば何か変革を起こせるのではないか、という根拠のない自信が。
ニカは私の表情を見て苦笑いを浮かべた。
「なんかロボットに夢中になる子供みたいだね。でも、わかるよ。カッコいいし、性能も申し分ない……理論上は」
「理論上、だと? 実地試験はしていないのか?」
「パーツ不足に、技術不足。理論上、このバトルキャバルリーは現存する全ての騎兵を凌駕する性能を持つ……ってことになってるんだけど、どうにも上手く動かなくて。メカニックたちが頭を抱えてるの。実現不可能なんじゃないかって諦めてる技術者もいる」
「技術不足とは?」
リソースの不足は理解できたが、技術不足の点に理解が及ばない。ニカは機体の胴体部分へ指をさした。
「特殊なシステムを搭載しているの。リボルビングシステム。複数のコアをシリンダーにセットして一定周期で回転させることで、機体は破格の性能を維持したまま長時間運用が可能って代物なんだけど、同期が上手くいかないんだ」
「……使用不能か?」
私の質問には落胆のニュアンスが含まれていたように思う。ニカもまた残念そうに微笑んだ。
「使えればもっと楽になるんだけどね。わざわざ白く塗ってもらったのに」
「お前のパーソナルカラーなのか」
「そうだね。私のヴァリアントもそう」
「あれはディフェンダーVカスタムだって何度言ったらわかってくれるんだい? ニカ」
不意に男の声がしてその方向を向く。如何にも整備士という風貌の少年が、呆れ切った笑顔をみせていた。ニカが彼の名前を呼んだ。
「クィン。違うよ。あれはヴァリアント」
「君が何と言おうともあれはディフェンダーだよ。君もそう思うよね?」
突然会話を振られて戸惑ったが、クィンの言葉に同意しておく。
「ディフェンダーだろうな、やはり」
「えぇ、やっぱりシズクは異性が好きなの?」
「どうしてそうなる。それとこれとは関係ない」
「酷いな。いくら私がキュートだからって嫉妬されても。ところで、クィンは何でここに?」
「ああそうだった。いたよ。やっぱりここだった」
クィンがリングデバイスに呼び掛けると、複数の足音が響き渡る。見知った顔の集団はグィアンと私を見つけると、怒ったような安堵したような様々な色合いを帯びた表情をみせて駆けてきた。
「お姉ちゃん!」「シズク!」
「リム、カグ」
二人は私に向かって飛び掛かるように抱き着いた。無論カグヤは透けてしまうが、そんなことは気にしていないようだ。私はリムルを抱き止めて、どうしたんだと二人に訊ねる。
直後に、己の失策を思い知った。正確には思い出した。
「また一人でいなくなった!」「お姉ちゃん、大丈夫!?」
「あ、ああ……平気だ。すまない」
基地に到着してすぐ二人に会いに行くべきだったのだ。しかしグィアンの健在で二人も無事だと予測し、その手間を省いたのがいけなかった。
二人とも、待つのは嫌だと。心配するだけなのはもうこりごりだと言っていたのに。これは間違いなく私のミスだ。
「隊長がご無事であるとは報告を受けていましたが、やはり、事後報告は欲しかったですね」
「アウェルちゃんの言う通りだね。ダメですよ、隊長さん」
「私も不安障害が再発するかと思いましたよ……なんて」
珍しくフィレンが冗談を口走ったが、ミーナに小突かれてえ? と驚く。
冗談になっていないので当然だ。私はみんなを見回し、頭を下げる。
「すまなかった」
言い訳はできたが、ここは素直に謝る場面だ。以前の私なら、適当な理由を述べていただろうが、今は違う。
「人気者だね、シズクは。そういう人の助力を得られると助かるね」
「シズクはいい子だから」
クィンとニカが遠目で話し込んでいる。本当はこれから今後の方針について議論したいところだったが、それを望むのは兵士としての私であり、今は人間としての私で振る舞うべきだと感じる。
どのみち、しばらくはここへ滞在することになるのだ。私は命令を下した。
「今日は休息を摂ろう。話し合いはまた明日だ。急いては事を仕損じるからな」
「お姉ちゃん……ふふ、それっぽく誤魔化してる」
全てを見抜いているカグヤが笑う。私も笑った。
少々、疲れているのも事実だ。精神的疲労はなかなか回復しない。
休息が必要なのは、他ならぬ私自身だった。
ニカは私たちに個室を手配してくれた。私とカグヤ、グィアンとリムル、ミーナとフィレンの六人が二人部屋に入り、アウェルは情報精査に集中したいという理由から一人部屋になった。
狭いスペースだが、かつての居住地……クオリアコロニーの真っ白な部屋とは比べるべくもない。ここでは兵士ではなく人間として振る舞えるからだ。
「無重力ってどんな感じなの?」
室内に漂うようにして横になっている私へカグヤが興味津々に訊ねる。私はふわふわした感じだ、と曖昧に応えた。
「えー、もうちょっと詳しく教えてよ」
カグヤがせがむが、難しい。私はホログラムのせいで重力場の影響を受けないカグヤの頭へ手を伸ばし、身体を透けないよう配慮しながら、
「私には困難だ。……後で自分で体験すればいい」
「うん、そうだね……」
カグヤは同意したが、少し俯く。気遣いが足りなかったかとも思ったが、表情が曇った理由は私にあった。
「苦しかった?」
「……少しな」
カグヤの言葉から事情は察せる。私はなるべく本心に近しい語句を告げた。
そうとも、少しだ。少し、苦しかった……。
「お姉ちゃん……」
カグヤが私の身体に寄り添う。私の身体は無重力の海にふわふわと浮き、何事もなかったかのように動じない。しかし精神は……ただ一人で苦悩し消化しようとする時よりもずっと安らいでいる。
……シャリーは私が犯した過ちの一つだ。シャルリ・ハンマーは殺すべきではなかった。もし彼女を生かしていれば、今、傍にいて私に協力してくれたに違いない。あの時必要だったものを今は持っているが……あまりにも遅すぎた。過去は変えられない。
だが、未来は変えられる。無論、自身の目的も大切だが、他にするべきことがある。それは、レジスタンスに協力することだけではない。もっと世界の在り方を根本から変革させるような何かを、私はなすべきなのだ。
そうでなければ、私が私を赦せない。例え私が許されざる者だとしてもだ。
「綺麗……」
カグヤが感嘆の息を吐く。密閉防護窓からは外の景色が一望できる。そこには数多の星々が輝いていた。これもまたカグヤが見たがっていた光景の一つだ。
大自然ならともかく、宇宙の星々はこちらの世界にもあった。それを見せることすら、十年以上の歳月がかかってしまった。映画や映像などの偽物を与えて満足させていた。今、カグヤは偽物の身体で本物の景色を眺めている。
今一度思い直す。過去は変えられない。
「綺麗だな」
私は地面へと着地して、カグヤの傍に並ぶ。姉妹水入らず。フロンティアでの生活は充実していたが、二人きりの時間は少なかった。いつも誰かを隣に交えていた。たまにはこういう時間も悪くない。しばらく静かな時を過ごしていると、不意にカグヤがいたずらめいた笑みを浮かべた。
「ところでお姉ちゃん」
「何だ?」
「グィアンさんにちゃんとお礼言った?」
「カグの差し金だったのか」
私が追及するとカグヤははにかんだ。その表情は確かに愛おしいが……。
「差し金って……お姉ちゃん。元気になるんじゃないかと思って」
「まぁ……気は紛れたが」
彼の登場に驚き、少しだけ辛い記憶を誤魔化せた。それに覚悟は決まったのだ。次にシャリーと再会しても私は迷いなく動くことができるはずだ。
シャリーを救うという覚悟は整っている。問題はない。
「私はお姉ちゃんを応援してるからね。恋も……仕事も」
「カグほど心強い味方はいないな」
「ちょっと怒ってる?」
「怒ってはいないが……あまり、妙なことはしないで欲しい」
「うーん、考えとくよ。うん。リムルちゃんと相談する」
というカグヤの顔は配慮してくれそうなものではない。私は苦笑して再び美しい星空の海へと目を注いだ。
深く、暗いが、数多の希望の光が輝く宇宙へと。
――お前は……何が……。
「……っ」
「お姉ちゃん?」
「いや、何でもない」
突然何かが脳裏を迸る。私は微笑んで、心配するカグヤを安堵させる。
嘘はついていない。何でもないはずだ。気の迷いのはずだ。
母親の声が脳裏にこびりついて離れないなどということは。




