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白と黒

 私とシャルリは似ている。それは初めて出会った時から痛いほど実感していた。思考法、戦法、そして妹を大切に思う気持ち。唯一異なっていた点は私が臆病者であり、シャルリが勇敢者だったことだ。

 シャルリは裏切り者である私に手を差し伸べた。その恩を仇で返し、結果心優しきブラックベレーハンマー隊の隊長は私の前で自殺した。

 私が殺したのだ。

 誰になんと言われようともその事実は変わらない。

 例えシャルリ本人が赦したとしても、私が私を赦せない。

 だから、もし咎を受けるなら勇んで受けよう。真っ向から、罪を償おう。

 その気持ちは本意だ。一切の嘘偽りない本心だ。

 だが、これは――この、状況は……。

 あの殺意は……復讐心は……。


「おはよう、シズク」


 希薄だった私の意識は瞬時に覚醒した。眼前ではカナリ・サーベルが微笑んでいる。だがその他者を見下すような、蔑むような微笑みは彼女の本心ではない。

 ゆえに彼女の表情に感情を搔き乱されることはなかった。瞬発的にカナリへ殴り掛かろうとしたのは気絶する前の記憶のせいだ。

 シャリー・ハンマーの存在。私が恩を仇で返してしまった少女の妹の。

 しかし身体は不自然に動かなかった。鎖で両手両足を拘束され、壁に貼り付けられている。


「ふふ、古めかしい映画みたいに、怒りに駆られた主人公に腕力で引きちぎられるような柔な作りじゃないわ。あなたは今、私の思うがまま。無力で非力なバリアント。そして裏切り者であり管理政府の秩序を乱す反乱分子……愉快な肩書ね」

「お前!」

「憤ったって無駄だって言ったでしょう? 今のあなたに拘束から抜け出す術はない。何せ、あなたの友達も全員殺してしまったから」


 カナリは嗜虐的な笑みで言葉を紡ぎ、私の左頬へ手を当てた。カナリの手に緊張の色は感じられない。自然体のままだ。この少女は自然体のまま平然と嘘を吐ける。

 私は彼女に言われた通り、気を静めることにした。冷静にカナリを見返す。


「そうか。それは残念だな」

「はぁ……つまらない。あなたも通用しない口なのね」


 カナリは心底残念そうにため息を吐いた。カナリが私の仲間を逃したことはわかっている。もし捕らえたならば、何らかの情報を引き出すためにこの場へと連れてくるはずだ。

 だが、一向に現れる気配はない。彼女は私の弱点をみすみす逃した。

 いや――不必要だったから、あえて見逃したという線も考えられる。この少女のことを私はまだよく知らない。


「いい制服ね。これはシャルリからの贈り物かしら」

「……」


 私は無言を貫いた。それが返答になるとはわかっていた。

 シャルリは私を部下に引き入れた後のことを考えて、私にぴったりの軍服を見繕っていたのだ。丁寧に、エミリーやフィレン、ミーナの分まで用意していた。

 そんな女を殺した。罪悪感は常に胸の中に燻っているが、だからこそ私はどんな犠牲を払ってでも、あの子を救い出さなければならない。


「シャリーは、どうした」

「奥で待機してる。だって、ここにいたらあの子、あなたのこと殺しちゃうもの。ま、それは――いいんだけど」


 カナリが腰のサーベルを抜いて、切っ先で私の首をなぞった。小さな切り傷ができて、血が滴っていくのがわかる。旧人類に対する拷問方法で、わざと小さな傷をつけ、出血多量で死ぬまで待つというものがあったらしい。GMHにもその方法は……効果的なのかは定かではない。いずれ死ぬだろうが、旧人類よりも数倍丈夫なのが私たちだ。下手な拷問では、無駄に時間が掛かるだけだった。

 それを理解しているはずのカナリは切っ先を段々下へと下ろした。今度は胸を撫でるようにして、胸元の制服を裂いた。中の下着ウェットスーツまでも切断されて、両胸の一部が露出する。


「拷問しがいがないわね、あなた」


 カナリは肉体を傷つけないように、軍服の一部に切れ込みを入れていく。その間にも私は無表情を保っていた。実際、こんなものは何も怖くない。

 私が傷つくのは耐えられる。フロンティアの経験によって、率先的に命を散らすような真似はしないようにしているが、そのような危機に直面した場合も、自分を保てるぐらいの強さは残っていた。

 漆黒の軍服のあちこちから白い肌が見え隠れしている。敵地だからなのか、それとも同性の手前だからか、半裸状態だとしても恥ずかしさは微塵も湧いてこない。


「つまらない。本当につまらない」

「どうやって私の手の内を読んだ」


 望み通り事態が運ばずに顔をしかめているカナリへ私は訊ねる。探知センサーの類には引っかからなかったはずだ。

 それとも、この女はスターゲイザーなのか。だとすれば合点がいくが、カナリの回答は至極単純なものだった。


「シャルリならそうしたわ。あなたはシャルリ・ハンマーと類似点が多い。私があの子を殺す場合の計画通りに実行しただけよ」

「お前はシャルリを殺そうとしていたのか」

「そうね。必要に応じて。例えばあの子が妹に自由な生活を送らせてあげたいとか綺麗で優しい心温まるセリフをのたまって、反乱を起こした時とか。でも、あの子にそんな勇気はなかったわ。臆病者だったもの。社会が間違っていると思いながらも、何もできなかった情けない奴」

「シャルリは勇敢だった」


 私の即答にカナリは目を丸くして、おかしそうに笑った。


「宿敵との絆って奴? あはは、面白い。でも、殺したのはあなたよね。あの子の性格上……あなたの前で自殺とかして死んだんでしょうけど。あら? 図星? なるほどなるほど。あなたのことがよくわかってきたわ。シズク・ヒキガネ。シスターコンプレックスのバリアント……って認識でいいのかしら。正直、データベースを閲覧しただけじゃよくわからないの。ま、どんな事情があったって私はいいけど。私が知りたいことを教えてくれればそれで」

「知りたいことだと? 仲間の居場所は」

「そんなことじゃない。そんな些細なこと、どうでもいい」

「何?」


 と疑問視した瞬間に、カナリは詰め寄った。サーベルを巧みに操り私の左眼へ先端を突きつける。カナリの顔から芝居がかった色が消えた。これは恐らく、カナリ・サーベルという少女の素だろう。


「白狼」

「何?」

「白狼についての情報を寄越せ。何の当てもなくこちらに舞い戻ったはずはない」

「そんな存在は知らない」


 白狼などという人物に思い当たる節はない。旧自宅へ情報を回収しに来たのは、明確な当てがなく藁にでも縋りたい状態だったからだ。カナリは勘違いをしていたが、それを訂正する理由も術も私にはなかった。


「答えなければ目を抉る。四肢を切断する。その後に適当なバリアントを呼び出してお前をめちゃくちゃに犯させる」

「そんな程度でいいのか?」


 今度は私からカナリを挑発してみるが、彼女に通用するはずもない。カナリはサーベルを鞘へと仕舞った。先程の演技がまた色彩を帯び始める。


「強情な子。とても頑固。ま、例えあなたの目を抉り出して、乳房を切り落として、あそこにサーベルの刃を突き刺し子宮を抉り出したとしても――あなたはきっと冷静沈着なまま、ただ死んでいくのでしょうね。なぜなら、あなたには希望があるから。希望を持つ人間をどれだけ拷問したところで、ただ時間を浪費するだけ」

「殺すなら殺せばいい。拷問するのも手早くな。でなければ、いつ私の仲間が救出に来るかわからないぞ」


 勝ち誇る私にカナリは平然と応じた。予定調和であるかのように。


「例のアンノウン。確かに、何の策もないまま奇襲を受けるのは愚かね。時間が経過すればするだけ、私が損をするだけ。うん、そうね。あなたの言う通り手早く済ませましょう」


 私は身体の力を抜いて全身をリラックスさせる。痛みに対する耐性を構築し、生存本能を意図的にコントロールし始める。

 死ぬべきと判断した時は即座に死ねるように。生きるべきと決断した場合は、なるべく長く耐えられるように。

 拷問に対する準備は完璧だった――カナリが指を鳴らすまでは。


「おいで、シャリー」

「はい。カナリ隊長」

「シャリーに、拷問させるのか」


 扉が開き、杖を突いてこちらへと歩いてくるシャルリの妹を目にして、私は何とも言えない感慨に囚われる。罪悪感がナイフのように心を貫き抉る。だが、慰めにもならないが、痛みを感じるのは私だけだ。それなら、まだマシだ。

 そう考える私の希望を、カナリは難なく叩き切る。まさにサーベルの如く。


「違うわ、シズク。これから私がシャリーの腕を切り落とすの」

「な、何……!」


 血の気が引いていく。準備万端だったのは身体であり、心は完全にガードできていなかった。


「うふ、面白い反応。やっぱりこの方法が一番みたい。ああ、いいわよね、カナリ。だって、お姉さんの仇が苦しむ姿が見れるんだもの、腕の一本や二本、安い物よね」

「はい。問題ないです。ありがとうございます」

「だって。あは。シャルリが見たらきっと悲しむわね」


 シャリーは反抗するどころか感謝すらして、右手を私の前へと差し出した。カナリはサーベルを引き抜いて、シャリーの腕の上で優しくトントンと磨き抜かれた刃先を当てる。

 私は喉の奥から、脳裏の果てから、心の深海から溢れ出る言葉を自制することができなかった。衝動的に、自分でもあまりに厚顔無恥すぎると思う言葉が放たれる。


「止せ! シャルリは復讐を望んではいない!」

「あなたが言うの? あなたが……?」

「シャリー……!」


 ブラックベレーと化したシャリーは怒りに肩を震わせると、左手に持つ杖で私を殴った。悲鳴を漏らすが、構わないと思う。構わないのだ。私が傷つくのは。

 仲間が、死ななくてもよい人が傷つくのは――耐えられない。我慢できない。これが私の変異であり、弱さだった。


「お姉ちゃんを殺した、あなたが! どの口で、言うの!」


 シャリーは何度も私をぶった。だが、肉体の苦痛など些事だ。

 しかし精神の痛みは……私を徐々に蝕んでいる。


「お姉ちゃんは、お姉ちゃんは……帰ってきたら、いっしょに遊ぼうって。滅多に家に帰って来ないのに、休暇を取るって言ってくれたの。友達も、連れてくるって。なのに……あなたは! 殺した! 助けようとしたお姉ちゃんを殺した!! どうしてそんなにひどいことができるの? ねぇ! ねぇねぇねぇ!!」


 シャリーは私を殴り続ける。終いには両足に装着されたパワーアシストレッグによる蹴りを私のみぞおちに放った。口から息と血が漏れる。

 肩で息をするシャリーは、暗い情動をその瞳で燃やしながらカナリに訊いた。


「良いバリアントは死んだバリアントだけ……そうおっしゃっていましたよね?」

「そうね。私の持論」

「私も、悪いバリアントでした。私のせいでお姉ちゃんは死んだ。私も……良いバリアントになりたいんです。サーベル、貸してくれますか?」

「ええいいわよ」

「よ、せ……」


 喜々としてサーベルを渡すカナリと、躊躇いなく自身の右腕を切断しようとするシャリーの姿は異常としか言いようがない。それ以上に異変を訴えるのは私の心だった。もはや理性というブレーキでは踏み止まれるはずもなく、私は嘘を吐いていた。


「わ、わかった! 白狼についての情報を話す……!」

「ふーん」


 カナリはサーベルを振り上げ、まさに振り下ろさんとしていたシャリーを制し、私の表情を吟味するように覗き込んだ。冷静な状態であれば、このまま嘘を吐き通すことも可能だったかもしれない。

 だが、今の私の心はボロボロだった。カナリは的確に私の弱点を貫いている。


「あーあ。せっかくの反乱分子が。弱き者、死を定められた者たちの希望が、その場しのぎの嘘を吐くなんて。実に……情けない姿ね、シズク。何で、そういうわかりやすい嘘を吐いてしまうのかしらね。こっちは真剣に、真面目に――聞いているのに」


 ふぅ、と小さくカナリは息をつく。それがスイッチだった。

 カナリはシャリーの首を掴んで私にぶつけ、サーベルを取り上げると首に切っ先を付けた。


「冗談も大概にした方がいい、ヒキガネ。今度つまらない嘘を吐いたら、私はこの女の首を切り落とす。私が本気かどうかはお前ならすぐにわかるはずだ。どうする? 選択権はお前にある。お前が決めるんだ。この少女を、生かすか、殺すか。お前が」

「知らない……!」

「良い返事だ。真意か?」

「本当に知らないんだ。白狼などという男は……」

「ほう。男」


 カナリは興味を惹かれたように私の瞳を覗き込む。そしてシャリーを解放した。


「本当に知らないみたいね。残念だわ」


 カナリはブラックベレーの帽子を外して指の上でくるくる回し始める。心底つまらなそうに。


「無駄足を踏んだ、ということかしら。ああ全く。私としたことが。ん? もしかして私があなたに興味があるとでも思っていたかしら? いいや、違う。全然違う。私がぞっこんなのはあの白い狼だけ。哀れな絶滅危惧種だけ」


 帽子の回転が止まる。サーベルの切っ先が私の首元へと戻された。


「情報がないなら生かしておく必要はないわね」

「く……っ」

「シャリー。異論は?」

「ありません。殺してください。お姉ちゃんの仇を」

「だそうよ。あはは。可哀想に。あなたがどれだけ彼女を案じても、彼女にその想いは届かないわ。それに……ふふ、シャルリの想いも届くこともない。死人に口なし。復讐ってのはまるで恋愛のように……人間を盲目的にさせる」


 カナリは喜々として帽子を被り直し、サーベルの刃を私の喉元に押し付ける。後はそのまま手に少し力を入れるだけで、簡単に私は首を刎ね飛ばされ死を迎えるはずだ。遺伝子を科学者たちが無邪気に改造した後も、死という自然法則には抗えない。

 死ぬ。殺される。恐怖を感じるが、その恐ろしさは保身から発せられるものではない。

 みんな。愛しい妹。家族。グィアン。

 それに……シャリー。

 私はシャリーを改めて見つめる。そして、その隣に立つシャルリが見えた。

 悲しそうな顔をしている。

 私はまだ死ぬことを許されていない。――死ねない!


「くっ……ううっ!」

「はぁ、今更論理的思考を放棄して、鎖から逃れようとしているの? そんなの無駄だって――何」


 カナリが眉を顰めたのは私が鎖を引きちぎったから、ではない。

 背後から唐突に銃声が轟いて、サーベルで弾丸を防御する羽目になったからだ。


「酷いことするね、君は。そんなに私に会いたいなら、堂々と直接会いに来ればいいのに」


 よく通る声。それでいて、天使のように他者を癒し安心させる声音だ。

 実際、その存在は天使のようだった。もし今私に背を向けている存在を悪魔と呼称するなら間違いなく彼女にはその称号が相応しいだろう。

 そう思ってしまうほどに、その少女の存在は圧倒的で、綺麗だった。特に、その目立つ――。


「はは……ははは……」


 私が呆然としている間も、隣のカナリは興奮を隠せない様子でその少女を見つめている。

 そしてひとしきり笑った後に、その名前を呟いた。


「出たわね……白狼!」

「白狼……」


 そのコードネームは戦闘模様から取られたものだと考えていた。何らかの戦闘に起因して付けられたあだ名だと勝手に想像していた。

 だが、今ならその由来がわかる。なぜなら白狼は……毛髪が白かったからだ。

 特徴的な白髪を持つ彼女は右手にこれまた特異な拳銃を握りしめている。一瞬でその銃が何なのかわかった。既知の銃だ。

 シングルアクションアーミー……またの名をピースメーカー。

 平和を作る銃を握りしめて、白狼はカナリに狙いをつけている。


「まさかここまで……上手くいくとは」

「まぁ、癪ではあったね。だって、これも君の計画の内でしょ? そこのヴァリアントは私たちに必要だからね。助けないわけにはいかないし」

「バリアント集め。どいつもこいつも酔狂ね」

「バリアントじゃない。ヴァリアント」

「異常ではなく勇気の証ですって? 本当に笑える。ああ、でもここまで心の底から気持ちよく笑えるのはあなたがまんまと出てきてくれたから。ありがとう、白狼。さぁ……殺されてくれる!」


 カナリはリングデバイスに触れようとする。が、あっさりと増援を呼ばせるはずもなく、白狼は二発目の弾丸を撃ち、近くに何の遮蔽物もないカナリはサーベルで切り落とすはめとなる。

 劣勢なはずのカナリはしかし、演技を止めない。


「あなた、もしかして今、自分が有利な立場にいると考えてない? サーベルと銃じゃ銃に分があるって」

「いや、そこまでは考えてないよ。うん、だって不利だもの私たち。それはたぶん、最初から最後まで変わらない。この政府に楯突くって決めた時からずっと。でもね、今回は私の勝ち。だってさ、君、彼のことよく知らないでしょ」

「彼? 彼……って――何ッ!?」


 カナリの動揺が先程よりも大きくなる。その驚愕は私が初めて彼と相対した時と似ていた。轟音が突如として響き、私の右横の壁を吹き飛ばす。使用された技の正体をカナリは完全に把握できていないのだろう。

 だが私は知っている――まさかここまで劇的な登場をするとは考えていなかったが。


「助けに来た」

「遅いぞ」


 グィアンが私の傍にいた。敵に挟まれる形になったカナリが舌打ちする。


「こっちは計算外ね……くそ!」

「まぁ私だけだったらちょっとリスク高めだったけどね。彼がいたから、君の罠にまんまと引っかかってあげたってわけ。じゃあそういうことだから」

「逃がすか!」


 カナリはピストルを構えて――逡巡する。誰を狙うべきかを考えあぐねたのだ。それでもすかさずより危険度が高いグィアンに照準を合わせた手際は鮮やかだったが、私たちの前でその遅延は致命的だった。

 既に私の拘束は外れ、受け取ったナイフでグィアンに向けて放たれる銃弾を切り裂く。カナリはさらに苛立ったように吠えた。リングデバイスに向けて。


「サーベル隊攻撃開始! 来なさい、シャリー!」

「でも……!」


 爆発の衝撃から逃れるために姿勢を低くしていたシャリーは、私を悔しそうに見上げる。仇を逃したくない。揺らめき輝く復讐の炎は、私を殺せと彼女に囁いている。

 だがもう彼女は私を殺せない状況化へと追い込まれていた。それは私が彼女を救う手立てを失ったのと同義だ。

 私は咄嗟にシャリーへ手を伸ばす。カナリは既に尋問室の壁をサーベルで切り壊して退避しようとしていた。

 シャリーは私の様子に……何かを感じ取ったように呆けている。


「来るんだ、シャリー! 頼む! 私の言葉を聞いてくれ!」

「何してるの! 姉殺しについていく気!? のうのうと自分の目的のために姉の遺品すらも利用するような輩と!」

「……っ!」


 シャリーはハッとしてカナリの背中を追いかける。そこへ追撃を仕掛けようとした白狼へ私は叫んだ。呼応して手渡されたホワイトベレーの拳銃も向けてしまう。


「撃つな! 頼む、撃たないでくれ……」

「オーケー、わかったから。私を撃つのもやめてよ?」

「すまない……」


 銃を下ろしながら謝る。だが、白狼は気にした様子もなく朗らかに、


「いいって。複雑な事情があるみたいだし。さ、こっちに来て。逃げるよ」


 白狼は来た道を戻り始める。私はグィアンに目を向ける。彼女が信用できるかと問いかけて、グィアンはアイコンタクトを返してくる。信頼できる、と。

 それだけで私が白狼を信用するには十分だった。彼女の背中を追う。グィアンは別方向へと向かい始めた。彼なりの考えがあるのだろう。


「改めまして、と。私はニカ・アトミック。よろしくね」

原子力アトミックか……」

「ちょっと。変な顔しないでよ。私だって好きでこんな社会性コード持ったわけじゃないし」


 並走しながらニカはピースメーカーへリロードを行う。本来ゆったりしたはずのリロードを、彼女は腕前でカバーした。ただのファッションではなく、実用に問題ない状態に最適化されている。

 私は走る振動で揺れるニカの長い白髪へ目をやった。最初は染色しているのかと思ったが、瞳も白いのでその可能性はないと判断する。


「お前もバリアントなのか」

「バリアントじゃなくてヴァリアント……だけど、ま、その認識はあってるよ……っと。敵が来たね」


 通路の先からサーベル隊が姿を現す。室内戦なので近距離戦に対応したサブマシンガンを全員が構えている。このまま直進するのは分が悪いと私は考えたのだが、白い狼はまるで敵など存在していないかのように気にせずに前進を続ける。


「私の後ろに隠れて」

「何?」

「私にはバリアがあるから」

「お前も精霊術を扱うのか……?」


 と疑心に駆られたのも束の間、ニカのバリアの正体が露見する。

 敵はニカを射殺することができなかった。ニカのバリアとは、カナリが部下に下した命令だった。ニカを、白狼を殺してはならないという規範が、彼女たちに急所を狙わせない。

 と言っても足を撃ち抜かれたりすれば敵に掴まってしまうだろう。そう案じた瞬間に、白狼は銃弾を避けながらリングデバイスへ目を落とした。


「そろそろだね」

「何が……ッ!?」


 不意に通路の途中に穴が空く。そこから覗いたのは真っ白な巨人。

 戦闘騎兵バトルキャバルリー。宇宙戦闘も可能なディフェンダーを白く塗装した機体だった。


「ディフェンダーか?」

「違う。ヴァリアント」

「何?」

「この子の名前。狭いけど乗って」


 リモートコントロールで通路を塞ぐように手を伸ばしているディフェンダー……またの名をヴァリアントの胴体が割れてコックピットが露出する。そこへニカは流れるように飛び乗り、私を急かしてきた。


「早く。逆側からも敵が来るよ」

「わかった」


 私もヴァリアントに同乗する。丁度、私がリムルを救った時の彼女の立ち位置に私は立った。キャバルリーは基本的に一人乗りなので止むを得ない。


「行くよ」


 ニカはペダルを踏んで背部バーニアを吹かす。全方位モニターでは白い巨大建造物から距離が離れていき、俯瞰モニターではフライトユニットを搭載した白い騎兵がクオリアコロニーの疑似精製された青空を舞っている姿が映る。

 ディフェンダーの容姿はどちらかというとクリミナルが騎乗していたバトルキャバルリーピースメーカーに似ている。頭部はバケツヘルムのようであり、四肢もレンジャーほど丸みは帯びておらず角張っている。

 しかし十分すぎる性能を持っていた。フォルシュトレッカーとまともにやり合えるぐらいには。何せ軍の正式採用機だ。


『逃がさない!』

「来たね、ストーカー……全く」


 ニカはうんざりしたように一早く出撃してきたフォルシュトレッカーに照準を合わせる。カナリはレーザーを乱射しながらヴァリアントへ接近してきた。

 それをニカはレーザーを回避しながら反撃をしない。燃料の無駄だとでも言わんばかりに。焦燥感に駆られた私はニカに詰め寄った。


「私の機体はどこだ」

「焦る気持ちはわかるけど、そんなエッチな格好で戦うつもり?」

「彼女は強敵だ」

「でも無敵じゃないから。後ろで見てて」


 ディフェンダーからレーザーが外れ、コロニーの地面や市街地を抉っていく。その状況を私は歯噛みしながら見つめ、そんな私をニカは興味深そうに見上げた。


「悲しいよね。わかるよ。でも私たちは万能じゃないから」

『白狼!』


 カナリは回避一辺倒のニカにイラついて、近接攻撃を選択した。ニカも接近戦を挑み、マテリアンフォトンで形成された光の剣同士で鍔迫り合いとなる。


「君もそろそろ私以外の獲物を見つけたら? カナリ!」

『冗談は時と場所を選んで欲しいわね。私はあなたを殺すって決めているの』

「参っちゃうね、シズク。なんか言ってやってよ」


 催促されたので私は一番気にかかることを口に出した。


「シャリーはどこだ」

『ははっ。この状況下でまだ敵の妹の心配しているのね? 大丈夫よ。何も心配いらない。シャルリ・ハンマーが可哀想なバリアントを保護して生かしたように、私も丹精込めてあの子を最高の戦闘兵器に改造してあげるから!』

「くッ……! 機体はどこだ!」

「助けられないって、今は。噂に聞いてるよりも随分感情的なんだ。よっと!」


 ニカはフォルシュトレッカーを弾き飛ばした。そのまま後退し、カナリの前進を待つ。次の瞬間、砲撃が二機の間を割って入るように放たれた。私は飛来した方向を確認し、青いディフェンダーの姿を発見する。


『くそ、レジスタンスの増援……!』

「撤退しなってカナリ。あんたの方に増援は来ないし」

『出鱈目を』

「あの不可思議な力を持った人……グィアンだっけ? あの人が私たちと別れたのは敵の増援を出撃不可能にするためなんだよ。ほら、見てみて?」


 ニカが諭した瞬間に、サーベル隊が滞在していた軍基地が爆発する。格納庫をやられたので主力部隊のほとんどは出撃不可能となったはずだ。これでは例え時間稼ぎをしたとしても、勝ち目は薄い。素直に撤退し、次なる手段を模索するのが優秀な兵士の在り方だ。

 果たして、カナリ・サーベルは有能な社会の歯車だった。機体の方向を転換する。


『次は逃がさない。白狼……ヒキガネ、お前もだ』

「じゃあまたね、カナリ」


 素に戻ったカナリはリベンジを誓い、撤退していく。ニカは安堵の息を吐いて、味方部隊の元へ機体を奔らせた。


「さぁ私たちも帰ろうか」

「帰るだと? どこにだ?」

「レジスタンスの秘密基地へ。歓迎するよ。シズク……勇敢なる者」


 ニカはそれ以上の説明をせずに私を連行していく。宇宙空間へ出るゲートへ至る間、私は背後のクオリアコロニー……声なき悲鳴を上げる人々へ振り返っていた。

 確信を確証に変えながら。私にしかできないことがあると。

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