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懐かしき故郷

 最初に私たちを出迎えたのは、喧しいサイレンの音だった。アラモ砦にいたアラートを切るような愚か者はこの地にいない。唐突にポータルから姿を晒した戦闘騎兵を発見し、緑色の軍服を着込んだ正規兵が救援を呼び掛けている。そこへ――私は右の操縦桿を動かして銃の狙いを定めた。敵兵が怯んだ瞬間、側面から黒い影が疾走し、その男を昏倒させる。


『急いで騎兵を隠せ』

「わかっている。既にジャミングは張ってあるな?」


 グィアンの忠告を聞いてアウェルに問うと、その質問が無意味であると知れた。


『もちろんです、隊長。今、アラートも止めます。誤報ということにしましょう』

「そう上手くいくかな……」


 珍しくミーナが弱音を吐く。私もこれで完全に誤魔化せるとは考えていない。


「やはりクオリアコロニーに私たちが戻ってくると予期していたブラックベレーは少ないようだ。もちろん、シャルリのようなやり手からは逃れられないだろうが、しばらく時間が稼げる」


 逆の立場だったら、私は間違いなくこのクオリア165コロニーに大掛かりな罠を仕掛けたりしない。相手のことを知らないなら迂闊にも現れると推測するだろうが、シズク・ヒキガネという変異体バリアントを知るならば、そのような無駄な労力は割かないだろう。

 ゆえに、ここには既存の兵力と、せいぜい数名の見張りぐらいしかいないはずだ。シズクが、私が何の考えもなしにこの地へ足を踏み入れることはないはずだから。

 しかし実際、私が選んだのは懐かしき我が家だった。コロニーの存在自体がまだ健在なのかどうか心配していたぐらいだ。


『帰ってきたね、お姉ちゃん』


 周辺警戒をする私へカグヤの通信。私は違うだろう、と否定して、


「ここは我が家ではない。もうな」

『そうだね……でも』


 カグヤは僅かながら親しみを込めた視線を私に向けた。実際の彼女の瞳にはクオリアコロニーの真っ白な内壁が映っているのだろう。白い街並みに白い地面、白い空。潔癖症のように徹底して白く塗りたくられた居住区を、しかしカグヤは思い出に浸るように見返している。

 この街での思い出は……あまりない。ほとんどがカグヤが主体となる記憶であり、後は戦闘訓練と貢献活動の記憶が多少存在するだけだ。思い出と呼べるほどの苛烈な記憶の大体は異世界での経験だ。こちらの街に、世界にいた時間の方が長いのに、それに匹敵する――いやそれ以上の刺激を、フロンティアは私に与えた。

 そうとも、ここにはカグヤと……家族の――。


「……」

『お姉ちゃん?』

「何でもない」


 私は死亡通知の思い出を強引に忘却の彼方へ流し込む。だが、付随して記憶の引き出しから転がり出たのは母親の顔だ。自分とそっくりな母親。管理される兵士とはかくあるべきという手本のような存在は、しかし管理生殖法を破ってカグヤを産み落とし、通常よりも過酷な任務へ従事することになり父親ともども死亡した。

 母親と離れ離れになったのは五歳の時なので、僅かながら両親との記憶が存在していても不思議ではない。なのに、私は父のことも母のことも当時は赤ん坊だったカグヤと同じぐらいには知らなかった。

 ただ有能な兵士であったことと、罪を犯したことしか私は知らない。それも、あくまで書類上の記録だ。記憶ではない。

 ……不自然だ。旧人類や先住民たちならともかく、私は遺伝子組み換え人間なのに。


『申し訳ありません、隊長』

「……何かミスを犯したのか。ならば――」


 アウェルの通信で我に返った私は即時対応を試みるが、次の語句に拍子抜けさせられた。


『いいえ、何も滞りはなく。……ですが、そろそろ移動するべきかと』

「私待ちか。すまない」

『いえ、とんでもございません……』


 気まずい沈黙が流れる。眼下ではグィアンが不思議そうにレンジャーを見上げ、通信ウインドウではフィレンが困ったように、ミーナに至ってはあくびをしている。カグヤだけはなぜか不安視するような眼で私を射抜いていた。


「とりあえずキャバルリーを隠す。その後、全員下馬だ」


 私の命令に従い、四機のレンジャーカスタムがかねてより隠し場所として想定していた資源置き場へと移動する。リソース管理は管理政府及び人類にとって非常に重大な役目であり、警備も厳重だ。だからこそ、アウェルとエミリーの電子の魔法を組み合わせれば、もっとも安全な隠し場所へとなりえる。

 資材置き場のセキュリティを突破して、木材や鉱石などが安置している場所へ、私たちは何食わぬ顔で騎兵を鎮座させた。そこへホログラムを施し、騎兵は周辺の材木と変わりない姿となった。


「間違って使われたりしないですよね」

「結構な資源になるよね、これ」


 不安そうに材木と化したレンジャーカスタムを見上げるフィレンへ、ミーナは平然とした様子で言う。が、フィレンとしてはたまったものではないのだろう。既存の兵器を再設計しなおし、互換性がないパーツ用のジョイントやコネクターをわざわざ手作りした彼女にとっては、レンジャーカスタムは子供同然だ。不安障害は克服したと断言してもいい状態の彼女だが、それでも不安は隠せていない。


「管理政府も喜ぶだろうな。接収されたらブラックベレーに配備されるかもしれない」

「や、止めてくださいよ、隊長まで」


 私の冗談に幾ばくか不安が和らいだようだ。と、不意にリングデバイスが起動してカグヤが表出する。戦闘時以外はカグヤの意志でホログラム体を表示できるように設定していた。


「お姉ちゃんが冗談なんて。珍しいね」

「必要なこともある。グィアンにはわからないだろうが」


 私の嫌味混じりの冗談にリムルが反応する。


「む、そんなことないです。ね、グィアン」

「冗談を言い合っている時間はない」


 グィアンはいつもより心身を研ぎ澄ましているように周囲を見渡している。敵地なので当然と言えば当然だが、そこまで鋭いナイフのように警戒心を露わにする理由が見当たらなかった。やり手には効かないだろうが、それでも発覚までしばらくかかると見越している。そうすぐに接敵するはずもない。


「もう少し落ち着いたらどうだ。ここは安全だ」

「そうとも言い切れない。……妙な予感がする」

「精霊がいないから落ち着かないか?」

「いや、ここにも精霊はいるようだ」

「何……?」


 グィアンの言葉は意外だった。精霊の存在はフロンティアの特権だと思っていたが、どうやらその認識は誤っていたらしい。すぐにグィアンの言葉を信じた私だが、アウェルはまだ納得がいっていない様子だった。


「本当に健在なのですか? こちらに?」

「存在を感じる。……対話には時間が掛かるが、不可能ではないだろう。この地は枯れ果てている」

「長らく戦争をしたせいだな。因果応報だ。だが、そうやって諦めるわけにもいかない」


 もう少し話し込んでもよかったが、会話自体は移動しながらでも可能なので、いったん服装を変える。街中に出向くにはホワイトベレーの軍服は目立ち過ぎた。と言っても、結局は悪目立ちすることにはなる。無用な外出は基本的に非推奨行動だ。ゆえに、目立ったとしても問題ない服装を既に拵えていた。

 グィアンを除いた私たちはスモールビークルの中に収納されていた衣服へ袖を通す。着慣れない服のはずなのに自然にフィットしていた。

 鏡を用いてちゃんと着られているかをチェックする。

 ――ブラックベレーの制服を。


「問題はなさそうだな」

「はい。でもちょっと変な感じですね。私たちが死神の格好をするなんて」

「大丈夫。フィレンちゃんの場合はコスプレにしか見えないから」

「こすぷれ……って何です?」


 ミーナの口から出た単語にフィレンが反応。すかさずアウェルが言葉を紡いだ。


「似合わない格好をすることでしょう。その点、隊長はコスプレには見えませんね。本職のように見えます。実際、あなただけがブラックベレーにも所属できますので、当然ではありますね」

「止めてくれ、アウェル。それにコスプレの意味は間違ってる」


 コスプレとは物語のキャラクターに扮する行為を指す、とカグヤのために購入した映画群の中で彼女が不思議がった部分を検索した時に覚えた。……思えば、不要な知識ばかりが私の中に詰め仕込まれている。悪くないはずなのだが、なぜか悪いように思えてきた。これでは怠惰な人間のように思えるではないか。


「隊長さんはコスプレしたことがあるんですか?」

「あるわけないだろう」

「私はありますよ。ジェミーちゃんと。楽しかったなぁ」


 思い出に浸るミーナと話を広げることも可能だったが、外にグィアンとリムルを待たせているのであまりここで時間を浪費するのは賢い選択ではない。着替え終え、外に出た私たちを、浅黒い肌を持つ妹と透明度の高い白い肌を持った妹に挟まれたグィアンが待っていた。

 なぜか二人の妹たちは目配せして、グィアンに質問を投げる。


「感想!」「どうですか?」


 グィアンの視線が私に注がれる。不自然に鼓動が高鳴った。


「いつもと変わらない」

「それは……そうだ。そのくらいに感じなければ困る」


 と応じながらも私の鼓動……高鳴りは、急速冷凍されたようにしぼんでいった。

 その肩を、訳知り顔のミーナが叩く。


「残念ですね、隊長さん」

「げ、元気出してください」

「何も問題はない。……ないぞ」


 私は自身に言い聞かせるように呟いて、ホロマップを表示した。無論、ここは自身の生まれた土地……コロニーでもあるので迷うことはないが、再確認も兼ねてルートガイドをスタートさせる。


「道に困難な要素はない。全員で固まって行動し、目的地に到達するだけだ」

「移動という行為自体に困難があるという話だったが」


 私はその原因の一端を担うグィアンを見据える。浅黒い肌を精霊術で秘匿することは可能だが、通常、男女が別々に行動することが当たり前の街中では、いくらブラックベレーの軍服を羽織った私たちの傍にいるとはいえ、目立ってしまうだろう。

 リスクは可能な限り下げたい。それに、目下の不安はカグヤの脳ユニットだ。アウェルは既にコロニー内の通信ネットワーク内に割り込んで、必要に応じてカグヤのホログラムを任意表示可能な状態にしてくれている。だが、彼女の本体はビークルのユニットに納められたままだ。安全が確保されているとはいえ、万が一がないわけではない。信頼のおけるガードが必要だった。


「お前がここに残れば、問題は万事解決する。……リムルもな」

「私も、ですか?」


 リムルの表情が暗くなる。無理もない、とは思う。強引に世界と世界の橋を強行突破した矢先に留守番を任されようとしているのだ。その留守番が嫌でついて来たというのに。

 ゆえに、私は彼女の肩に手を置いて説得する。


「今回は留守番ではない。お前にグィアンと共にカグヤを守って欲しいんだ」

「お仕事、ですか?」

「そうだ。立派な任務だ」

「お姉ちゃん……」


 カグヤが疑心を眼に乗せる。何も間違ったことは言っていない。事実上の留守番だったとしても、リスク回避のため二人の居残りは必要だ。


「いざという場合はどうする?」

「アウェルが連絡する。向こうならともかくこちらなら、私たちは勝手を知っている。どこにでも逃げられるはずだ」

「うーん……」


 ミーナが納得し難いと言わんばかりの表情をまた作る。ジェミー・スポット。そして私。スターゲイザーは私たちが想定していなかった監視ネットワークを使って人々を観測している。だが、何度も言うように、今度は私たちも彼らを見ている。深淵を覗けば、深淵にも覗き返されるのだ。反撃の手立てはある。

 私はホロマップを閉じて、全員に通達した。


「行くぞ。目的地は――私の家だ。元の、な」



 外の空気は新鮮――とは程遠い。以前は意識しなかった環境状態も、様々な匂いも、今の私にとっては非常に不快だった。完璧に空調管理が行き届き、極限まで無意味な空中物質が薄められた大気は、無味無臭。以前はそれを何の変哲もない事象と受け入れられたが、今やまずいという評価が頭の片隅に燻っている。何もない、ということは非常に不快なのだ。在り過ぎても身体は拒否を示し、無さ過ぎても嫌悪を抱く。つくづく、人間にとってバランスは重要だと思い知らされる。


「何か臭いねー。ここ」

「臭いは何も感じませんが」

「だから臭くてたまらないの。ああ、ばっちいね」

「ミーナ・カー。あなたの言動は意味不明です」


 アウェルの分析は真実だが、ミーナの感想にも共感できる。あれを経験してしまった後では、ここに住まうのは無理だと改めて強く認識する。私が殺した変異体バリアント……元正規兵は、自分たちの居場所はこちらだと言っていた。どれだけ不自由でも理不尽でも、生きる場所はこの地だと。

 だが、今の私には、彼女の言葉は響かないだろう。どうしてこんな場所に固執しなければならないのか。もし時を戻せるならば、私はそう言い返す。


「避けられてるな」


 街の通りを堂々と歩く私たちを忌避するように、何らかの貢献活動に向かう市民たちは散らばっていく。方向を変え、道を変える。避け方が露骨だが、避けている方はそう思っていないらしい。


「もし本当にブラックベレーだったら、既に数人、逮捕しているな」

「そんなにバリアント落ちっていますか? 私にはよくわからないです」

「挙動不審な奴は大体バリアントだ。そう決めつけて、貢献度を荒稼ぎしたはずだ。そうでもしないと、カグヤの養育費は賄えなかった」


 フィレンに応じながら、シャルリ・ハンマーの提案を呑んだ場合の行動を諳んじる。一人分なら余裕で、それこそ贅沢な暮らしも可能だっただろうが、ブラックベレーは貢献機会に恵まれない。恐らく、彼ら或いは彼女たちは、私たちを捕捉しようと躍起になっているはずだ。

 だからここ以外の場所に目を向けて、私たちの到来を見逃した。

 しかし、全員がそうであるとは限らない。やはり動向が気になるのはやり手だ。

 対処可能な敵は敵ではない。自身を脅かす存在が真の敵だ。

 私たちは堂々と、しかし警戒心を緩めることなく街中を突き進む。道中は特に問題なく、無事目的地へとたどり着くことができた。


「帰ってきたね」


 目的地を見上げる私へカグヤが音声で囁く。そこは懐かしい我が家だった。ブロック状に並ぶ居住区画の一室。精確に計測され、貢献度の割合に応じたスペースが与えられた部屋は二人暮らしには狭く、一人暮らしには広かった。

 それが、私の貢献の限界だったのだ。何の言い訳にもならないが。


「隊長さんのおうち、気になるなー」

「大したものはないぞ」

「グィアンさんの部屋、みたいにですか?」


 ミーナに便乗したフィレンの発言を私は聞き流す。フィレンはえ、と呆けた表情をしたが、私は気にせず玄関へと近づいた。自動扉……ではない。ほんの僅かな利便性のために貢献度を使うつもりはなかった。外に出るのは私だけだった……当時は。

 しかし今は、仮の形とはいえ、カグヤと共に屋外に立っている。

 私はドアノブへと手を伸ばし――止めた。


「お姉ちゃん?」

「……罠だな」


 瞬間、私は把握する。部隊に少し衝撃が奔った。少し、と表現したのは驚いたのがフィレンとカグヤだけであり、ミーナとアウェルは冷静そのものだったからだ。


「罠……じゃ、お家、入れないの?」

「いや、入れることには入れるが――カグヤ、すまない」


 その一言でカグヤは察した。大丈夫だよ、と微笑んで、


「ここには……仕事――任務で来たんでしょ? だからいいよ。私は平気」

「私一人で中に入る。お前たちは外で待機していてくれ。周辺警戒を怠るな」


 各々の返答に異論は含まれていなかった。私はドアノブを握って我が家へと入る。目立つ形でのトラップは玄関や廊下にはない。だが、これは罠だ。私は確信しながら奥へと進み、まずはカグヤの部屋を一瞥する。カグヤの部屋にはたくさんの物があった。これらは全て私の貢献度で購入したものだ。

 すまない、ともう一度詫びる。本当ならば、カグヤの気に入った品をいくつか回収しておきたかったのだが、そんなことをすれば敵に探知されてしまうだろう。

 私は目に見えない罠を避ける。何もいじられていないように見えるが、至る所に探知センサーが仕込まれているのはわかっていた。私が探知されないのは、エミリーが作成していたステルスシステムのおかげだ。今、この場に私はいないことになっている。慎重に行動すれば目的の物を回収して安全に外へ出られるはずだ。

 私はカグヤの部屋から自室へと移動する。自室に必要なものがあるはずだった。

 いざという時のために私が幼少期から収集していた反乱用のあらゆる情報が。

 本当ならばデータに頼らずとも記憶していれば最善なのだが、反乱はしないだろうと早々に決めつけていたのが仇となった。あくまで保険程度の認識しかなかったのだ――フロンティアに赴くまでは。

 私は無言で自室の扉を開く。加重センサーに探知されないようバランスを保ちながら両足を進ませ、リングデバイスで偽装されたダミーデータの中に混入される情報だけを引き抜く。流石の敵も中身が何なのかは幾重にも施された暗号化のために読み取れなかったはずだ。問題なのは、わざわざハッキングを行わなくても私の目的が読みやすいことだ。

 とにかく情報は得られた。ゆえに私は細心の注意を払いながら我が家を後にしようとして、


『シズク――私の愛しい娘』


 母親の、声を聞く。反射的に振り返ったがそこには何もない。幻聴……フラッシュバックの類だ。今まで一度も起こしたことはなかったが、両親について考えてしまったことが引き金となったらしい。

 しかしあくまで幻惑だ。気にしなければどうということはない。


「……」


 だというのに私は後ろ髪を引かれている。心の奥で耳を傾けるべきだと何かが喚いている。

 抗いたいのに、抗えないものが。私の変異が――。


「ダメ、だ……危険だ」


 センサーに感知されないよう微小な声で自分に言い聞かせる。欲求は、欲望は私の身体の中で暴れ回り、私の身体を人質に取って脅迫してくる。聞け。行け。見ろ。お前には知る義務がある。そう言わんばかりに。

 どうにか強迫観念を振り切れたのは、私には果たすべき義務があり、守るべき仲間が外にいたからだ。天秤が外側へと傾いた。しかしその幸運は単純に外で待つ重しが内側よりも多かっただけに過ぎない。もし私一人だけならば向かってしまっていただろう。

 なぜなのか理由は不明だった。だからこそ危うく失態を犯しかけたのだ。

 息を整えて廊下を進む。すると今度はシャルリ・ハンマーとすれ違った。精霊術で死者の魂と接続した不可思議な幻影ではなく、これは過去の記憶だ。私が彼女の提案を拒否した時のもの。

 過去の私とシャルリは私の反対方向へ向かいリビングのドアを開け中に入る。しかし気にしてはいられない。呼吸が荒くなっているのがわかる。

 カグヤと仲間。フィレン、ミーナ、アウェル。グィアンとリムル。

 仲間の顔を思い浮かべて、私を捕縛しようとする過去の記憶から逃亡を果たす。

 やっとのことで扉を開き――大量に並ぶ黒い塊たちの注意を引いた。

 漆黒の衣装は私が身に着けるものと違いないのに、その佇まいは死を宣告する死神のように見える。


「あら、意外に手間取ったのね」


 指揮官らしき少女が嘲るように言う。が、恐らくその発言は本心ではないのだろうと瞬時に理解できた。挑発的に、私の神経を逆なでするように軽蔑の視線を注ぐ少女は、意図的に他者を不快にするための演技を行っている。

 そうでなければ説明がつかない。そのような人物は通常変異体(バリアント)に認定されるからだ。


「癇に障る視線ね。なぜかしら。似たような眼差しを知っている。そんな服を着ているからかしら。幼稚な偽装ね。でも、あまりバカにできないのは実際に私以外の連中は見事に騙されてしまっているから」


 指揮官は嘆息する。その拍子でズレた黒い帽子に手を伸ばし、外して一礼した。


「私の名前はカナリ・サーベル。見ての通りブラックベレーサーベル隊の隊長で、あなたたちを今から血祭りに上げる管理政府の執行者よ。抵抗しなければ楽に殺してあげる」


 と文言を述べたカナリ・サーベルだが、彼女は見抜いている。私たちが素直に降参するはずがないことを。

 というよりも彼女は期待していた。従順に投降する反乱分子を処分するよりも、反抗し味方を数人殺すような狂暴な相手を始末した方が得られる貢献度は高くなるからだ。

 だからカナリは自身の社会性コードでもある腰に提げているサーベルを引き抜いて、両手を上げているアウェルの喉元へと突きつける。事前にアウェルの変異を知っていたのか、単純に一番脅しに効果的な相手がアウェルだと気付いたのかは定かではないが、その行為は効果的だった。

 案の定、アウェルは眉一つ動かさずただ私を見ているだけだ。彼女は自身が信奉に足ると判断したものに依存する傾向がある。今は私に依存している。私のためなら喜んで死ぬのだ。


「さて、ではまず従順なあなたから殺しましょう。いいわよね? シズク・ヒキガネ」


 私はこの回りくどさを鬱陶しく感じる。相手の思うつぼなのはわかっているが、それしか方法がないことも確かだ。カナリはシャルリの異端さを強調するための引き立て役だと思ってしまうほどに、彼女の性格はシャルリとかけ離れていた。

 だが、実力は近しいのだろう。私は予定調和の反抗を開始する。


「交戦開始!」


 私は号令を飛ばすと同時にポーチから取り出したスタングレネードを空中に放る。カナリはサーベルでアウェルの首を跳ね飛ばす――ことなく身を翻すと自身の部下の陰に隠れた。強烈な閃光が周囲に炸裂する。そして味方を心配することなく走り出した。仲間は信頼すると決めている。

 拳銃をホルスターから抜き取って、街中を走り出す。カナリの部隊はシャルリに比べて数が多いようだった。否、全員がカナリの指揮下ではない。

 察するに体の良い手駒として他の部隊と共同戦線を張ったのだろう。競争が激しいブラックベレー内では本来有り得ないことだ。だがカナリは上手く交渉して仲間に引き入れた。私に倒されるための的として。


「コロニー内での楽しい鬼ごっこ。酷いわねぇ、シズク・ヒキガネ」


 通路を駆けている私の背中に語り掛けられるカナリの声。直後、私の脇を素通りしたロケット弾頭が無関係の住居を吹き飛ばした。


「くッ……!」

「いい顔。そして、懐かしい顔。でも仕方ないわよね。だって、市民は極力巻き込んで反乱分子を殺すことこそが、ブラックベレーの用途だもの。あなたが選んだのよ? 私も心苦しいわ。苦しくて、苦しくて、身体が火照ってしょうがないから、うふふ、もっと苛烈な破壊行動に勤しみましょう? ――ファイア!」


 逃亡者を殺すには不適切なロケットランチャーをカナリはあえて部下に使わせていた。自身はただサーベルを振り下ろして射撃命令を飛ばすに留めている。白い街が吹き飛ばされて、善良かつ奴隷的な一般市民が死体の判別が不可能なぐらいにぐちゃぐちゃにされていく。

 私も立場で言えばカナリと相違ない立ち位置にいるはずなのに、爆音とそれに連なる悲鳴は私の心を深く抉った。まさにサーベルをねじ込まれているように。


「いたぞ! 殺せ!」


 爆撃を避けながら大通りを移動していると、カナリとは別の部隊と鉢合わせた。私は反射的に拳銃を指揮官らしき存在に向けるが躊躇してしまい、その隙に大量のレーザーが飛来する。横に飛んで避けると白い建物の陰に隠れた。そのまま横の通路へ逃げる選択肢はない。すぐにカナリの部下が回り込んで、回避の容易なグレネードランチャーをゆっくりと構えたからだ。


「くッ――」

「あはは! やっぱり殺せないのね!」

「そんなことは――」

「あるでしょう! それがあなたの変異だもの!」


 脳裏に映るシャルリの幻。彼女の存在が私に引き金を引かせない。シャルリは私を赦したと言ったが、私には彼女がまだ恨んでいるように思えるのだ。

 私は上方に向けて左腕のリングデバイスに仕込まれたグラップリングワイヤーを射出。味気ない平坦な屋根上へと登るが、そこで降下してきたフォルシュトレッカーの姿を目の当たりにした。


「避けて、シズク。まだ死んじゃダメよ?」

「くそッ!」


 マテリアルフォトンレーザーが周辺環境へ一切配慮されずに光り輝く。私がいた位置に放たれた閃光は私の背後にあるビル群を貫きながらコロニーにダメージを与えた。最低限の補修と補強しかされていないクオリアコロニー内でのバトルキャバルリー戦闘は最悪コロニーを崩壊させる要因となりかねない。


「止めろ!」

「あは、止めろだって。止めるわけないじゃない! ファイア!」


 レーザーは三度穿たれ、市民と街を焼いた。


「くそ……!」


 私は拳銃をフォルシュトレッカーのレーザーライフルへ向けて撃ち放つ。だが安物のレンジャーの銃身とは違い、高級品のフォルシュトレッカーの武装は拳銃弾の貫通力では貫けなかった。

 私は一度は逃げたはずの下へあえて飛び降りる。着地点を銃を構えるブラックベレーの部隊とし、勢いを殺さずに飛び降りて驚いた少女へ飛び掛かる。慌ててナイフを引き抜いた隊員の手を掴んで、銃を構えたもうひとりへと投げ飛ばす。レーザーピストルを構えようとした隊員にはキックの二連撃を見舞って武装解除の後昏倒させた。


「あらあら良い景色ね」


 喜々としたカナリが姿を現し、グレネードランチャーを構えていた部下の横で剣を振り下ろす。号令と共に放たれたグレネード弾を私とカナリたちの中間で撃ち抜くと、そのまま二人の元へ前進した。


「ハハッ。こっちに来たわ」

「カナリ隊長!」


 焦った部下がランチャーを連射する前に、私は銃で彼女の腕を撃ち抜く。狼狽する部下へ右腕を薙いでダウンさせると、左手でナイフを引き抜いてカナリに斬りかかった。当然、カナリはサーベルで防ぐ。


「優しいわね――本当にシャルリにそっくり。境遇が似ていると性格も似るのかしら?」

「黙れ!」


 ナイフとサーベルが金属音を鳴らすのに並行して、カナリの饒舌も止まらなくなっていく。


「でもでも、いいのかしら? お友達は今頃、無残に惨めに殺されているかもしれないわ」

「彼女たちは死なない。お前の狙いは私だろう」


 カナリの部下の追跡が私に専念されていたことには勘付いている。カナリは冷ややかな笑みを浮かべた。


「そうよ、そう。ご明察。あなたに訊きたいことがあるの。お話ししましょう? お茶を飲みましょう。可愛い新入りが淹れるコーヒーはとっても感動的なお味よ?」

「何を! ッ!」


 カナリは突然後退した。隊長を確保しなければ無意味な殺戮は続行される。私は銃弾を浴びせたが、カナリはGMHが普遍的に備える反射神経で難なく銃弾を切り裂いた。

 カナリは通路から退避する。逃してはならない。私は逆光で様子が窺えない通路の先へと疾走し、


「感動のご対面ね」


 カナリの嗜虐的な笑顔と杖を突いた少女に出会う。


「お前……は」


 初対面だが見覚えがある少女の顔を、私は忘れた時がない。

 仮に忘れていたとしてもすぐに関連フォルダへと紐づけされ、記憶が蘇ったことだろう。なぜなら、彼女はとても似ていたから。姉に。シャルリ・ハンマーに。


「やっと見つけました。お姉ちゃんの仇」


 シャルリの遺品である姉妹写真に写っていたあどけない表情の少女はそこにはいない。社会の歯車として、また撃鉄ハンマーとして。有能な戦闘遺伝子を持つ一人の兵士として、また苛烈な憎悪と憤怒を持つ復讐者として、シャルリ・ハンマーの妹シャリー・ハンマーは、漆黒の軍服に身を包んでいた。

 瞬発的に私の中の怒りも沸騰する。私はカナリに向かって叫んでいた。


「お前! 彼女を利用して――ぐぅぅ!」


 その隙に、シャリーは私にスタン弾を撃ち込む。全身が痺れ、痛みが身体を支配する。なす術なく清潔感溢れる白い地面へ倒れ込んだ私を見下ろしたカナリは悦に浸りながら囁いた。


「余計なお世話、だったみたいね」

「カ、ナリ……!」

「お帰りなさい、シズク・ヒキガネ。懐かしき故郷ふるさとへ」


 カナリの言葉とシャリーの冷酷な眼差しを最後に、漆黒が私を塗り潰した。

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