ポータル
「ポータル……」
敵部隊を突破して辿り着いた先にあるコンソールを一瞥し、私は苦々しい思い出を想起しながら呟いた。
前回はここでクリミナルという男と初めて会話し、妹を撃ち殺された。グィアンかカグヤを選べと問われて、私はグィアンを選んだのだ。血の繋がった妹ではなく、異世界の男を。
我ながらなんて薄情な選択だと思うのだが、当の本人であるカグヤにそんなことを思ってはダメだと再三言い聞かされたため、今は自責の念に駆られることなく作戦を継続中だ。
「罠はなさそうか」
「ああ、なさそうだ。エミリーの遺品を使う」
私はエミリーのデバイスを接続し、アクセスキーの読み取りを開始する。並行して回線を開き、外部状況を訊ねた。
「アウェル、そちらは」
『問題はありません。ミーナ・カー及びフィレン・リペアによれば、やはり遠隔操作と自動操縦よりも、肉入りの騎兵は処理速度が段違い、だそうで』
「敵は……殺したか?」
躊躇いを覚えながら質問すると、即答が返ってきた。
滅相もありません、というネガティブの中にポジティブ反応が含まれた回答だ。
『ホワイトベレーは仲間にできます。しかし士官は……どうしましょう』
「生かしておけ。情報を引き出す。それに……いや、何でもない」
私は言葉をはぐらかす。これは酷な物言いだ。
結局その士官もホワイトベレーの変異体と同じように、自ら望んで選んだわけではなく、そうすることを強制されていたに過ぎない、という思想は。
「大丈夫か」
「大丈夫だ、私は。問題ない……」
問題ない、問題ない。私は戦える。そう覚悟したばかりだ。
「制圧は完了した、と考えていいか」
『はい。後はそちらのハッキングが終了すれば……』
とアウェルが言いかけた瞬間、丁度コンプリートの表示が画面に映し出された。
「終わった。一度砦に集結しろ」
号令を飛ばし、制御室を後にしようとする。そこへ唐突にグィアンが声を投げた。
「俺も行くぞ」
「わかっている。だから何も言わなかった」
彼がそうすることは初めからわかっていた。何を言わずとも、いや、例えどんな要請をしたとしてもグィアンは独自の行動を取る。だからブリーフィングに姿がなくても驚かなかったし、説明をする必要もないと感じていた。
だが、疑問は完全に解消されてはいない。どうやって、グィアンは向こうに馴染むつもりなのか。
私たちは元々向こうの世界の住人であり、服装と立ち振る舞いに気を付ければ目立つことはない。だが、グィアンは肌の色からして違う。そう簡単に馴染めるとは思えない――と、危惧した時だった。
「――っ」
私は言葉を失い、後ろへとよろめく。壁に背中がぶつかった。
無論、これはスターゲイザーが仕掛けた罠ではない。いや、ある種の罠か。
とても恐ろしい類の、罠だ。動悸が早まり、自身の鼓動が外に漏れそうなぐらいに鳴り響いている。
「これで問題ないはずだ。……どうした?」
「い、いや、何でもないが……っ、く、来るな。そこで止まれ」
私は手でグィアンの歩みを制止し、改めて彼の顔を一瞥。そして、すぐに視線を逸らした。どうしても、直視が難しい。
なぜなら、グィアンは肌の色を白く染めていた。もちろん、私は肌の白さ黒さで人種差別をするような人間ではないと自負している。肌が黒かろうが白かろうが殺すべき相手は殺し、生かすべき存在は全力で守る。
だが、私の遺伝子にはやはり白い肌を持つ異性が好みだという遺伝子がインストールされていて。
そして精神的に共感している男が、例えまやかしとは言え白い肌を持つということは、理想的な生殖相手と認識されてしまい――。
「く、くそ。遺伝子が何だ」
私は己の欲求を殺すべく小さく毒づく。完璧な兵士と自分を定義していた頃はこのような反応をするべくもなかったが、やはり人に近づいている今では発生は抑えられない。
だが、まだ私は兵士である必要があるのだ。静まれ、静まってくれ……。
「顔が赤いが」
「来るなと言っただろう!」
『隊長、バイタルに乱れが。何か罠でも――』
「平気だアウェル、何でもない! とにかく、姿を元に戻せ。急いで、砦に集まるんだ。いいな?」
私は今一度命令し、皆が再度応答を返す。グィアンも自身に施した精霊術を解いて、元の姿へと戻った。その直後芽生えた感情を私は頭を振って振り払う。
ふざけるな。そんな腑抜けた姿勢ではいけない。兵士として失格だ。
少し名残惜しいと思ってしまうことなどは。
※※※
「全員揃ったか」
「はい」
辺りには複数の機体が列を成し、それらに囲まれるように白い服を着た部隊が並んでいる。
格納庫の真ん中で整列するホワイトベレーたちを見回す。隣に立つアウェルは軍の教本のように背筋をピンと伸ばしているが、その横のフィレンはともかく、ミーナは退屈そうにあくびしている。グィアンは少し離れた場所から私たちを観察していた。
しかし、私は咎めをしない。私たちは軍隊ではないからだ。
「よく集まってくれた、みんな」
私が演説を始めると、少しだらだらとしていた場の空気が張り詰める。不思議な気持ちが胸中を駆け巡った。かつて向こうの世界でホログラム越しに受けた演説を聞いていた時の皆は、心ここにあらずと言った様子だった。かくいう私も真面目に聞いているふりをしていただけだ。
だが今は、違う。本心から私の言葉に耳を傾けてくれている。
「これから私たちは向こうへ行く。ポータルのその先へ」
私は背後へ振り返る。そこにはワープポータル発生装置が設置されている。前回こちらへ到着した時は外に出現したが、こちらから向こうに戻る時は格納庫からだ。リソース回収の利便性を考えて屋内に設置されたのだろう。スクラップ野郎は野ざらしが妥当というわけだ。
だが、管理政府のそのような人道無視政策のおかげで、仲間はこんなに集まった。そういう点では、感謝しなければならない。全く慰めにならないが。
「お前たちには砦の警備を任せる。周辺地域の防衛もだ。インディアンたちの守護も、任務内容には含まれる。ポータルは一か所のみ……だと思いたいが、別の地域からの攻撃も考えられるので、一人当たりの負担は大きくなるはずだ。だが、インディアンや仲間たちと協力し、私たちがポータルを機能停止にするまでどうか耐えて欲しい。……頼む」
私は頭を下げる。アウェルも追従する。フィレンも真似しようとするが、ミーナが立ったまま寝てしまっていたので強引に後頭部へと手を回して礼をさせた。
ホワイトベレーたちは戸惑うようにざわざわと騒いだ後、部隊長の一人が皆の言葉を代表して告げた。
「頭を上げてください、シズクさん」
私は面を上げる。代表者は、かつて私とエミリーが秘密保持のため射殺しようとした部隊の隊長だった。
「あなたは私たちに希望をみせてくれた。謳ってくれた。たぶん、誰も死なないで、みんなに優しい結末が訪れる、なんてことはないと思います。きっと、ここにいる何人かも、死んでしまうんでしょう。私も……他人事ではないと思います。でも」
彼女は仲間たちを見渡す。皆、同じ顔つきをしていた。前を向いている。
「人間らしく生きて、その結果死んでしまえることって、とても贅沢だと思うんです。私は、こんな生活を過ごせるなんて夢にも思っていなかった。いつか貢献度が切れて処分されちゃうんだろうなって。みんな怯えてた。でも、今は違います。私たちは皆、臆病者ですけど、今はあなたがいる。だから私たちは戦えるんです。生きるために」
「それは買いかぶり過ぎだ。私は……私も、臆病だ。だが、臆病者でも、勇敢に振る舞うことができる」
皆の表情は勇敢そのものだった。誰もがその間違いに、失策に気付きながらも声を上げられない時は過ぎ去った。本当ならば武力を用いらない解決策が最善なのだろう。だが、私たちは武器を持って、政府に反抗する。まさに絵に描いたような反乱分子の集団だ。
それでも抗うと決めたのだ。生きるために。幸せを勝ち取るために。
「これより、フロンティア独立作戦を開始する。生きるために!」
私はベレー帽を取って天井へ掲げた。同じように何人かがホワイトベレーを掲げ、もう何人かが忌々しそうに投げ捨てる。私たちはホワイトベレーだ。それは変異体の象徴ではない。
反乱の象徴……勇気の証だ。
※※※
「良い演説だった」
「言うな。不慣れなことをした」
砦の展望室で周辺を俯瞰していた私へグィアンが語りかける。どの口があのような立派な話を語ったのか不思議でしょうがない。やはり私は厚顔無恥だ。多くのホワイトベレーを殺戮しながら、素知らぬ顔で戦えと嗾ける。
何が勇敢だ。争いを好む悪魔の類だ。死をもたらす蒼ざめた騎兵だろう。これがクリント・イーストウッドが演じる牧師なら、因縁のある相手を倒すことができ、村に平和をもたらすことも可能だろうが……。
「彼女たちは自発的に参加を表明した。お前は嘘偽りなく説明しただろう。何も気に病むことはない」
「と言うが、逆の立場であればお前も気に病んだはずだろう」
グィアンは黙る。その様子がおかしくて、私は微笑んだ。窓に笑った自分の顔が映り、私はすぐに表情を無へと帰す。
……改めて厄介な代物だと思う。感情というものは。もはや自分がなぜ変異したのかは不明だが、きっと感情が深く関わっているに違いない。歯車である、兵士であると心に言い聞かせても、結局は私もただの臆病な人間だったというわけだ。
妹を失うことが怖くてたまらなかったのだ。だから他人を殺して、妹を生かそうとした。
私は自嘲し、心中を吐露する。
「もしかしたら私はシスターコンプレックスなのかもしれないな」
「なんだそれは」
「妹を溺愛することだ」
「なら、俺も当てはまるかもしれんな」
「本気で、言っているのか?」
「俺はいつも本気だ」
グィアンは生真面目な顔で言うが、断言してもいい。この言葉の、症状の本質を彼は理解できていない。これは卑怯過ぎた。笑いが止まらなくなって、大笑いしてしまう。
グィアンは不思議そうに眺めていたが、特に何も言わなかった。
ひとしきり笑い終えた後、私はグィアンを注視する。何か話すこともなく、ただ沈黙し視線を交わす。これは何気ない日常、というものなのだろうか。恐らく、つまらないことに分類される時間のはずだが、一時一時が愛おしくてたまらない。
昔の映画か小説……何らかの物語で、大切なものは喪った時に気付く、という旨のセリフがあるが、元々なかった私にとって大切なものとは獲得した瞬間に気が付くものだ。
そうとも、今は全てが――大切だ。
これからはその大切なものを危険に晒していかなければならない。そう思うと胸が痛むが、この道は正しく、そして戦う必要がある。
……何度同じことを思い直せばこの心の震えは収まるのか。何度言い聞かしたところで、理性は納得していても、感情が安らぐことはない。仕方ない、と諦められないのだ。融通が利かない頑固者。私とは、非常に面倒くさい女だ。
「無事、帰って来れると思うか?」
「俺たちの文化では、戦士は皆誓いを立てる。生きて帰る覚悟だ。決死の覚悟を否定するわけではないが、俺たちには、生きて果たさなければならない責任がある」
「そうだな。曲がりなりにも私は指揮官だ。指揮官が怖じていては部下の士気に影響が出る」
私はテーブルに置いてあるコーヒーカップを取って一気に煽る。西部劇のガンマンだったら、ここは酒を飲むところかもしれない。しかしGMHの性質上、酒に酔うことはない。……一度、酒に酔う体験をしてみたかったものだ。アメリカのフロンティア開拓では酒に酔うぐらいしか楽しみがなかったようだが、私たちの肉体ではそれすらも許されない。女遊びや賭け事などはそもそも行うという発想がなかった。
水が満たされたカップのように、この泥水にそっくりなコーヒーのように、あらゆる欲求がインストールされた精神ではこの身体は不自由過ぎる。だからこそ、私は……カグヤに後ろめたさを強く感じてしまうのだ。
私の身体でもたくさんの不自由があるのだから、肉体を失ったカグヤはきっと――。
「一刻も早く肉体を取り戻さなければ、と思うのだが……上手く事が運ぶのか不安だ。はは……私も不安障害を発生させてしまったかもしれない。以前と比べて……いろんなことが恐ろしい。正直、他の誰かが全てを解決してくれれば、と思ってしまう。だが、そんなことはない。自分の手で成さねば……意味がない」
「……」
グィアンは何も言わなかった。ただ黙って私の話を聞いていた。
また沈黙が訪れ、外の景色を眺める。森林地帯に強引に建築されたアラモ砦から見える風景はとても美しい。この展望室も僻地へと飛ばされた士官による発散の場だったのだろう。ホワイトベレーに対する虐待もこの場で行われたのかもしれなかった。
続・夕陽のガンマンで汚職軍人たちが捕虜に暴行を働いていたように、その手口は巧妙だった……と言いたいが、クリミナル等のスターゲイザーには発覚していたに違いない。ブラックベレーも数人は知っていただろうが……放置していたのだ。大した貢献度が得られない、例え汚職士官だとしても役割は十分に果たせている、などという理由で。
私が出撃している間に、一体何人の変異体が暴行を受けていたのだろうか。そう考えると、このコーヒーは苦すぎた。
シュガーを取る。無意味なはずの味に慰めを求める。
本来苦いはずのコーヒーに甘味物質を投入し、味を調整する。元々の性質を捻じ曲げる。絶滅しそうだからと遺伝子を調整する。家族が殺されるから、遺伝子にあらかじめインプットされた規範から背く。生まれた世界に仇を成す。
「お前は、酒を嗜んだことがあるか?」
ふと芽生えた疑問をグィアンにぶつける。とグィアンは首を横に振った。
「そのような暇はない」
「そうか。……そうだな」
彼の回答になぜか……安心させられた私は、いきなり開いた自動扉の方へ向く。そこにはリムルが立っていた。否、訂正の必要あり。リムルが貸与したデバイスを操作してカグヤをその場に呼び出して、訪問者は二人となった。二人の、妹だ。
「どうした?」
二人に訊く。まだ別れの時間には早いので違和感があった。それにカグヤは私たちと共に向こう側へ同行することになっている。
カグヤはしっかりとした眼差しで椅子に座る私たちを見て、反面、リムルは悩むようなそぶりを見せている。その手をカグヤは触れた。実際に手は触れていないが、それでもリムルに何らかの力を与えたようだ。
勇気を。私の中の違和感は強まった。
「あ、あの、私!」
「来るというのだろう?」
リムルの心境を見透かしたようにグィアンが訊ねる。リムルは戸惑ったが、言葉を最後まで続けた。強い意志と願いを込めた瞳で。
「うん……うん! 行く! だってもう嫌だもの! あんな思いするの! 待っているだけは嫌なんです! だから、私も!」
「来ればいい」
「グィアン?」
私はグィアンの言葉に耳を疑った。一体何を考えているのかがわからない。私の知るグィアンなら絶対に拒否したはずだが、グィアンはさも当然と言わんばかりにコーヒーを一口含んだ。苦みを味わっている。
「い、いいの? グィアン」
「待て、どうしてだ? いつものお前なら――」
リムルと私の困惑がハーモニーを奏でる。
「安全面を考慮しての問題だ」
「だったらなおさら」
「ここにいようが向こうにいようが危険なのは変わりない。それなら、俺とお前の傍にいた方が安全だ」
グィアンの意見は一理あったが、到底納得できるものではない。しかしリムルはあっさり承諾された事実に驚きながらも喜びを隠せないでいる。リムルの心中は察せる。正確には、察せるようになった。泣きながら私を止めようとしたあの時から、妹の気持ちというものをより現実的に見当つけられるようになった。
だが、やはりそれとこれとは別なのだ。いくらリムルが望むとはいえ。
「しかし、お前はフロンティアにいた方が――」
「お姉ちゃん。ダメだよ」
「カグ……?」
カグヤは咎めるような眼差しで私を見上げた。
「リムルちゃんの気持ちも考えてあげなきゃ。もちろん、とても大変だし、危ないことだよ? でもね、リムルちゃんはそれでも、いや、だからこそいっしょに行こうとしているの。待つのは辛いって、お姉ちゃん、わかったんでしょ?」
「そ、それは……だが……く」
私はカグヤとリムルを交互に見つめる。妹たちの意志は固い。姉一人では抗え用もなく、援護するべきグィアンもコーヒーを啜るだけだ。もはや私に抗う術はなかった。わかった、としぶしぶ了承して、コーヒーを飲み干す。甘みと苦みが混ざっていた。
「ちょっといいですか? グィアンさん。リムルちゃんも」
今度は、カグヤがグィアンとリムルに呼びかける。グィアンは何も言わずに立ち上がり、リムルと共に部屋の外へと出ていった。展望室に、私とカグヤだけが残される。カグヤが窓際へ移動したので、その隣へ私も移動した。
「何の話だ?」
「私の身体を、取り返そうとしてるんだよね。お姉ちゃんは」
「厳密には再作成だ。……技術自体は存在しているからな。だが、すまない。生身の肉体が確保できるかは不透明だ。最悪、義体になってしまう可能性が……ある」
ベストは生身の身体だが、革命期以前の再生医療やクローン作製技術は喪われて久しい。技術的に不可能ではないのだろうが、遺伝子組み換え人間には不必要な技術だ。だから、専門知識が風化し、何処かへと消えてしまった確率は高い。
向こうでしばらく滞在し、研究を重ね、機材を自由に扱えるなら肉体を育て疑似的だとしても脳ユニットと接続することは可能だろうが、生憎時間は限られている。一つのことを長期的に行う時間はなかった。二つのことを短期的に行わなければならない。
だから、また私はカグヤに犠牲を強いることになる。だというのに、カグヤは申し訳なさそうな顔を作った。
「ごめんね。私が……迂闊だったせいで」
「いや、違う。私のせいだ。私は見張られていた。もう少し私が慎重に物を考えていれば、こんなことには……」
「……、止めようか。この話」
「ああ、それがいい」
話題を変えようとするが……上手く言葉が出てこない。どう妹に接すればいいのだろうか。こればかりは、未だ慣れる気がしない。妹とのコミュニケーションを疎かにしてきた報いが今私を蝕んでいる。
「また、戦うんだよね」
カグヤの口から出たのは、意外にも先程と類似の話題だった。しかし、私はそれを別方向へと変換することができず、結局話を合わせた。
「そうだ。だが、今度は……みんなのためだ。もう、自分のためじゃない」
「今度は正直になったんだよね、お姉ちゃん。昔はさ、自分のためだ、自分のためだって口癖のように言ってて……でも、全部私のためだった」
「あの時の私は、盲目だった。今は……多少、光が見えている」
「光……。私たちの行く先に、光はあるのかな?」
「あるとも。あるはずだ」
「でも、ポータルを破壊したら、みんな、困っちゃうよね」
カグヤが悲しそうな顔をする。まだ、できるのだ。カグヤは。足が不自由という理由だけで自身を処分しようとした社会を、そこに生きる人々のことを心配できる。異世界開拓は管理政府の打ち出した苦肉の策だ。その出入り口を破壊するということは、管理社会に住まう人々を殺すことと変わりない。
人口過多で窒息する世界の傍らで、私たちは幸せな生活を謳歌する。
殺すか死ね。天秤から外れたはずなのに、もっと大きなはかりへと載せられてしまったような気分だ。
……生きられるだろうか。素知らぬ顔で。
「ごめんね。また暗い話しちゃった。もっと明るい話をしないとね」
「その方がいい。何でもいい。話してみろ」
「じゃあ……グィアンさんのこと」
「おい、カグ」
「今度は、ふざけてないよ。からかってもない。お姉ちゃん、本当にグィアンさんのこと、好きなんでしょ」
「そ、それは……」
私は視線を彷徨わせる。今更何をしているのだろうかと自分自身に呆れ果てるが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。自分ではどうしようもならない。
少し躊躇って……告白する。もう妹に隠し事はしないと決めた。
「そう、だ……きっとこれは、好きという感情なのだろう。お前に抱く感情とは……類似性があるが、根本的に異なるものだ」
「お姉ちゃんは、グィアンさんと家族になりたいの?」
「……どうしたいんだろうか、私は」
「お姉ちゃん?」
「私は何を欲しているんだろうな。……理由がはっきりとしないまま、ただそうかもしれないという憶測だけで、様々なものを求めている。味を……欲しがるようにもなった。戦わない日々を愛おしく感じるようにも。それはいい傾向であると……何となくわかっているのだが、明確に答えを導き出せないんだ。単純に、正しいと、漠然と――」
「いいんだよ、それで。きっとそういうの、理屈じゃないって思うから」
「理屈じゃない……」
「ふふ、知ってるよね。人間って、いろいろな問題を、ちょっとクールに彩ってるだけ。難しい言葉を使って、何かとてつもない、大きなことをしているように見えて、実際は――とても簡単なことをしているだけ。物事を難しく考えることは必要だと思うけど、たまには……もっと息抜きしていいんだよ。私はカッコいいお姉ちゃんも好きだけど……普通の女の子らしいお姉ちゃんも好きだから」
「カグ……ぁ」
カグヤは私に抱き着いた。当然、その身体は透けてしまう。だが、実体は……生身の肉体はそこに存在していないはずなのに、確実に、明確に、力は……その想いは流れ出て、私の身体へ注がれている。迷う弱い私の心を満たして、臆病な私に勇気をくれた。
私もカグヤの背中へと手を回す。外の景色は太陽が輝き、光に溢れている。
しばらく姉妹水入らずの抱擁を続けた。と、不意に、
「ねえお姉ちゃん。お姉ちゃんはさ、やっぱりグィアンさんの近くにいると緊張するの?」
カグヤはいたずらめいた笑みを浮かべる。私は困惑しながらも正直に白状した。
「……確かに、そうだな、なんといったか……胸がギトギトする」
「ギトギト……?」
「そうだ。そういう表現だったはずだ。胸がギトギト――」
すると、何かが彼女の笑いのツボを刺激したのか、カグヤは腹を抱えて笑った。久しぶりに見た心の底からの、全開の笑い声だ。その愛らしい姿に私は癒されながらも、なぜ彼女が笑い出したのかわからなかった。
「ち、ちが、違う……違うよ、お姉ちゃん……くく」
「何が違う?」
「止めてよ、もう……普段こんなことじゃ絶対笑わないのに……相手がお姉ちゃんだからかな?」
目じりに溜まった涙を拭う動作をして、カグヤは微笑んだ。
「ギトギトじゃないよ、お姉ちゃん。ドキドキ。そっか……お姉ちゃん、ドキドキしてるんだ。グィアンさんといる時……」
「案ずるな。もちろんそれは通常時のみだ。戦闘中にドキドキはしない」
「わかってるよ。……お姉ちゃん」
「何だ?」
「――いつもありがとう」
「……こっちこそ。いつも、助かる」
滅多に言えない感謝の語句を述べ合った後、私たちは幻想的な景色からお別れした。
「行こう、カグ」
「うん、お姉ちゃん」
手を伸ばして……触れ合う。実体はないが――実感は、確かに感じていた。
ポータルの前では、ミーナとフィレンが仲良くなったインディアンたちとしばしの別れを惜しんでいた。二人とも死ぬつもりはない。それは待つ方も同じだ。
ヨークはミーナに大量の保存食が入った籠をプレゼントしていた。もう一つ、手摘みらしき花束を手渡したのだが、残念なことにミーナは興味がない様子で、隣でビヒスと会話しているフィレンに預けてしまった。
「え? 何で私に?」
「ちょっと持ってて。おやつ、ありがとうねヨーク。でも、何でお花? お花は食べられないよ?」
ヨークは微妙な面持ちとなり、花を持たされたフィレンは強気なビヒスに太刀打ちできずに言われるがままになっている。
「あんたはさー、いろいろ危なっかしいんだからさ、きちんとしないとダメだよ?」
「で、でも向こうの世界なら慣れてますし」
「だからさ、危険なんだよ。ミスってのは慣れた時に起こすものだからね」
「で、でも私、不安障害も克服できましたし」
「けどさー、やっぱり私はあんたが心配だよ。それにいなくなられたら誰が私の帽子づくり手伝ってくれるの。フィレン、責任とれる? 取れないよね?」
「い、いや、あの、あのあのあの」
「あれじゃあ、どっちが心配性なのかわからないね」
押し問答を繰り広げる二人を見て、カグヤがくすくすと笑う。彼女に相槌を打った後、私が視界の隅に捉えたのは居場所がなく一人で佇んでいるアウェルの姿だった。その立ち振る舞いはエミリーに近しいが、彼女はエミリーではなくアウェル・ハックという一人の人間だ。私は彼女へと声を掛けた。
「お前はいいのか、アウェル? 短期決戦とは言え……しばらくは会えなくなるが」
「問題ありません。そこまで仲の良い友人もいませんので」
「では、私と話すか?」
「いえ。自分如きに構わず、隊長こそ、別れの挨拶を」
「私も大方済ませてきた。それに……幸い、私と仲の良い人間は向こうへ同行することになったからな。手持ち無沙汰なのは私も同じだ」
「それは……恐悦至極に、ございます……」
それきりアウェルは顔を俯かせて黙ってしまう。私は彼女の肩に手を置いて、彼女について質問を始めた。私はまだ、アウェル・ハックという女のことを全然知らないのだ。彼女について知ることは戦術的にも、個人的にも有利に働く。
「お前、趣味とかはあるのか?」
「趣味、ですか。私の趣味は……そうですね、強いて言うなら生存ですかね」
「生存……? 生きることか? それは果たして趣味と呼べるのか?」
「呼べないと思う……たぶん」
私の問いにカグヤが自信なさげに答える。
「生きることが私の、人生の目標であり、全て……でした。ですが今は、私の心の支え、いえ、人生とも呼ぶべき存在とも出会えましたので、その人に貢献することこそが私の人生の目標であり、ゆえに生存は趣味の範疇へと降格したのです」
「それは誰だ?」
「あなたですよ、隊長」
「私か?」
アウェルは躊躇いなく即答し、跪くと私の手を取って口づけをした。
「あなたに貢献することが、私の生きがいです。勇敢なる者、偉大なるドレッドノート――」
「それは……あまり好ましくない傾向だ。それに、一つ気にかかるが……」
「何でしょうか?」
「お前は同性愛者、ではないのだろうな? 私は、その……」
「ご安心ください。私はあなた様に手を出すようなことは致しません。むしろ、あなたが幸福を感じるというのなら、あなたに見合う伴侶を用意しましょう。……グィアンという男にあなたが惹かれているのは存じています。私が円滑に二人の仲が良くなりますよう取り持つのもやぶさかではありません。幸い、あなたの生殖適齢期はピークを迎えておりますので、恋愛から同棲、セックス、育児、老後の生活まで全て私が手配を――」
「やめてくれ。自分のペースで行うから……」
「あまりしゃべらない人だと思ってたけど、なかなかすごい人だね」
カグヤが呆然としながら言う。アウェルとの会話続行は危険だと判断した私の視界にグィアンとリムルが入ったのは僥倖と言うしかなかった。
「終わったのか」
「ああ、終わった」
戦士たちへの激励と別れの挨拶を、二人も終わらしたらしい。ついでにリムルは以前採集に役立つだろうと与えたリュックサックに大量の荷物を入れていた。
私がリュックを受け取ろうとして――脇から、アウェルに奪われる。これは私の役目ですので、と言って運び始めたアウェルの後姿を見て、何とも言えない感情に囚われる。
と、そんな私を見上げたリムルは少し嬉しそうにして、
「ちょっぴり私の気持ち、わかりました? シズク」
「仕事を奪われるのって楽だけど、やっぱり寂しいよね」
「……支度は終わったな。行くぞ」
私はぶっきらぼうに告げる。恐らく、不貞腐れたという感情表現をして。
グィアンとリムル、そしてカグヤのユニットは今まで使い道がなかった補給中継用のスモールビークルの中に搭乗した。私たちはそれぞれのレンジャーカスタムに乗り込む。背後に多くのレンジャーが整列する中、四機の特殊カスタムが施された戦闘騎兵は目立ったが、その中でもひときわ目立つのは、やはり私の機体だろう。白と黒の流動装甲が入り混じった私のキャバルリーは、他三機と比べても追加装甲が厚くなっている。意図的に私の分だけ配分が多くなっているが、フィレン曰く、一番前に出るのは隊長だから当然、という判断のようだ。
そのことを嬉しく思うと同時に不安に思う。しかし、今更駄々をこねてもしょうがない。
全方位モニターで前方を確認。セットアップの類は施す必要がない。カグヤの誕生日で登録していた各種設定は既にフィレンの手によって調整されている。そして今、目の前の空間にエミリーの残した解析プログラムを使って異世界――元いた世界へのポータルが開いた。
「全員、出撃」
私はかつてフロンティアに足を踏み入れる直前と同じように号令を飛ばす。
あの時とは違う信念と目標をその心に抱いて、アクセルペダルを踏み込んだ。
ポータルの青白い光が、私とバトルキャバルリーを包み込む――。




