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 映像では、澄んだ青空が出力されている。

 綺麗な青空だ。その光景を見ると、とても胸が痛んでしまう。

 これからその美しさを、華麗さを、穢してしまうことに。

 だがやる必要があった。

 それが、勇敢である振る舞いをするべきだと定めた私――シズク・ヒキガネの運命だからだ。

 映像に小さな点が映る。それはまるでコロニーに飛来するデブリのように、そしてまた惑星に吸い込まれる隕石のように。

 ――瞳から溢れ零れ落ちる滴のように、上空から急降下した。

 漆黒の翼の生えた白い機体――レンジャーカスタムが。


『敵襲、敵襲!』

『くそ、どうしてレーダーに映らなかった!』


 敵の狼狽がスピーカーから出力される。良き部下であったエミリーの遺産である暗号化した通信ネットワークの便利さは、彼女亡き後も受け継がれていた。

 敵が混乱する様を目の当たりにしながら、私は飛行ユニットを搭載した戦闘騎兵バトルキャバルリーを蝶のように羽ばたかせる。アラモ砦には新しく防衛システムが増設された兆候はない。アウェルとグィアンによる偵察通り、せいぜい前回よりも敵兵の数が増やされた程度だ。

 そして、今度はあの時のような罠はない――なぜなら、彼女は既に私たちの家にいる。新しい住居へと。


「急がなければならないな」


 全方位モニターで砦の出撃ハッチから前進するレンジャーを確認。右の操縦桿を動かし、レーザーライフルの照準を敵機へ合わせる。後は、引き金を引くだけでいい。

 この借り物の銃は、既に撃鉄ハンマーが下りていた。通常、フォルシュトレッカーの武装は厳重なセキュリティによって使用不能であるはずが、あの女は死んでしばらく経つ今でも余計なお節介をするつもりのようだ。セーフティはデフォルトで外れていた。


「バカな奴だ」


 私は呟く。シャルリ・ハンマーを殺さない選択肢を、殺した後に思いつくとは。


「だが、無駄にはしないぞ」


 私はレンジャーを反撃の余地なく戦闘不能にしていく。シャルリの遺産、ブラックベレーのハンマー隊から回収した部品をフィレンが余すところなく転用したレンジャーカスタムは、本来地上用であるレンジャーに空中機動と強力な兵装であるレーザー兵器を与えた代物だ。リペアの社会性コードは伊達ではなく、否、フィレン・リペアという優秀な部下だからこそ成し得た一級品だろう。


『隊長、周辺の敵を掃討後、速やかに内部の制圧を』

「わかっている。アウェル」


 エミリーの後任であるアウェルは冷静に状況を分析し、速やかに取るべき行動を伝えてくれる。彼女をエミリーと比較するわけではないが、通信士としての腕前はエミリーに負けず劣らずと言ったところだった。唯一エミリーに届かないと思われる部分は――私と彼女が共に過ごした日々で培った阿吽の呼吸だろう。

 だが、それは時が解決してくれる問題なので、特に意識はしていない。今は、目の前の敵と目標に集中する。

 アウェルが言った通り、周辺の敵の掃討は特に苦も無く行えた。全てはフィレンが施したカスタムとシャルリ・ハンマーの遺産のおかげだ。空中起動のアドバンテージは計り知れないものがある。

 前回のアラモ砦攻略戦では、大量の騎兵隊を動員し、機体の損壊を厭わず防御を度外視した特攻を繰り返した。

 しかし、今回はそうはいかない。戦術的観点はもとより、何より私の戦闘スタンスに……変化、或いは変異が生じている。

 元々騎兵乗りは機体を必要に応じて躊躇いなく捨てる傾向にあった。リソースの無意味な喪失は痛手だが、どうしようもない場合の緊急手段としては認められている。それこそ、管理政府もただ機体を失うだけよりはまだ一泡喰らわせる方が良い、と判断していた。

 だが、今の私は機体の喪失を恐れている……ように感じる。なるべく騎兵を傷つけず、この戦闘を終了させたかった。

 ゆえに、極力近接戦闘は避け、左手に持つシールドで敵の射撃を防ぎながら射撃戦に興じる。通常、空は砲撃の格好の的だが、アラモ砦にはまともな防衛設備がない。私が初めて反乱を起こしたホワイトベレーなのだ。その対抗策を軍や政府は元より、変異体の集まりであるホワイトベレーが講じているはずはない。

 それに、あのクリミナルが属していたスターゲイザーが何らかの手を打っているのだろう。スターゲイザー全体の総意は不明だが、クリミナルは変革を望んでいた。

 そのため、騎兵戦闘は簡単に終わりを告げる。 以前と同じ侵入経路をあえて選択肢し、木々に囲まれた扉の前でコックピットから飛び降りる。

 が、背後に気配を感じてサブマシンガンを構え、


「グィアンか。驚かすな」


 銃を下げる。以前の私だったなら驚かなかっただろう。

 慎重になっている。本来なら良い傾向のはずが、鋭さが失せていると思えるのだ。


「護衛に来た」

「罠はないはずだ」

「憶測で物を語るべきではない」

「それはそうだが……いや、何でもない」


 私は言葉をはぐらかす。グィアンの援護は素直に頼もしい。

 頼れる仲間はいいものだ。昔なら少数精鋭での任務遂行を好んだはずだが。


「行こう。急がなければ騎兵隊への負担となる」

「ああ」


 グィアンは即答だった。私はうっすらと笑みを浮かべながら、エミリーの遺品であるアクセスキーを扉の認識装置に翳す。

 空気が噴き出すような音がして、自動扉が開いた。ポータルへと至る道が。



 ※※※



 ――私の妹の愛おしさは、もはや語る必要性を感じない。

 目を開ける。

 そして、現状の時刻を把握。まだ七時だった。

 もう少し、睡眠を摂ってもよいような気分となる。スペック的には問題ないが、精神的には良い行動だ。不必要な行為だからこそ、必要なのだ。今の私には。

 だから、怠惰な理由で目を閉じようとして、


「お寝坊だよ、お姉ちゃん」

「――」


 私の意識は一瞬で覚醒する。瞳に、美しいショートの黒髪と色白の肌、眩しい笑顔が映ったからだ。


「おはよう、お姉ちゃん」

「……カグ」


 カグヤが私のベッドの隣で、はにかんでいる。両足で直立し、見下ろすような体勢で。

 愛おしさのあまり手を伸ばしそうになるが、寸前のところで堪える。惰眠を貪ろうとした身体を律し、彼女にぶつからないよう起き上がると、壁に引っ掛けてある軍服へ袖を通す。


「結局、着る服は前と同じなんだね。でも、昔はお寝坊なんてしなかったのに」

「この世界は過ごしやすい。だから、ついうとうとしてしまうんだ。……今の私は嫌いか?」


 私は少し不安になって問う。以前の私と現在の私。どちらが適切かなど、私にはわからない。

 ただ、こっちの方が好みである、ということはわかる。正直なところ、彼女には現在の私が好みであって欲しかった。以前なら、妹の要望にできるだけ応えてきたが、今は違う。そのことを、果たしてカグヤはどう思っているのだろうか……?

 回答はすぐになされた。カグヤは弾けんばかりの笑顔で、


「ううん。確かに前のお姉ちゃんも嫌いじゃなくて、好きだったけど――今のお姉ちゃんは大好き!」


 カグヤははしゃぐ。私の中で生まれた抱きしめたいという衝動を抑えて、私はテーブルへと移動する。朝食は既に用意されている。私は対面の椅子を先にずらした後、食事が並べられる席へと突いた。カグヤは反対側に座り、私の食事風景を愛らしく眺めている。


「どう? 美味しい?」

「ああ、美味しい」


 素直に応える。料理は美味しい。それ以上の言葉は浮かばない。

 旧来の人間……リムルやミーナ、フィレンからしてみれば、それは薄情であり白々しくある感想だろう。

 だが……思いつかない。上手く表現できない、というのが一番誤解を招かない言い方かもしれない。

 今日の献立は、カグヤ発案のメニューだ。現地で採取できた穀物の粒を集め、多量の水分を投入して蒸かし、両の手で握って塩分の結晶体をまぶしたもの。

 一言で名称を口に出すと、おにぎり、というらしい。塩味のシンプルな代物だ。


「私たちのご先祖様が食べてた料理だよ。私もお姉ちゃんも日本人っていう古いカテゴリの末裔だからね」


 シズクやカグヤという名前は日本語という旧言語が由来であることは知っていた。


「これは米、だろう? 知っている」

「でも、美味しさは知らなかったでしょ」


 カグヤは得意げに笑う。今までこんな表情を見せたことはなかった。

 思わず手を出しそうになり……誤魔化すようにスープを啜る。こちらはカグヤが厳選した味噌、らしい。似たような物を探すのに苦労したという。

 こちらも美味しい。カグヤの味の調整は完璧だった。


「カグは料理の天才かもしれないな」

「うーん……たぶん、普通だと思うよ。それに、今回は……今回も」


 カグヤが言葉を濁す。私は咄嗟に話題を逸らした。


「今度は、別の味も……試したい。味の依存性はやはり強烈だな」

「ふふ、まだ言ってるんだ、それ。味に依存も何もないって。味を求めるのは本能だよ」

「本能だからこそ危険なんだ。だから私はグィアンに――いや」


 思わず本音を吐露しようとして止める。言えるはずがない。私が今、どれだけグィアンという男に辛酸を舐めさせられているかなど。

 だが、カグヤはまるで好物を見出した猫のように瞳を輝かせた。


「お姉ちゃん……! いいよ、いい!」

「な、何がだ」

「そういうの、本当、いいと思うよ! うん、私は応援してる! 同盟も結んだからね」

「同盟だと……何の話だ」

「妹の内緒話だよ。ふふ」


 困惑する私の前でいたずら娘のように笑みを浮かべるカグヤ。戸惑いながらも、確かに私は幸福を感じている。実体として、幸せとはこういうものなのか、と。

 私は今まで、妹さえいればそれで幸せだと思っていた。その認識は間違いだったらしい。

 私の人生は間違いだらけだ。だが、だからこそ正しさの尊さを理解できる。


「ごちそうさま。そろそろ、行くか」

「……いいの?」


 カグヤは驚きながら訊ねてくる。私は笑みを返した。


「私が行きたいと言ったんだ。いっしょに行こう」

「――うん!」


 カグヤは笑顔で首肯する。そして先へ歩き出し、扉の前で止まる。私は左腕を背中に隠し、リングデバイスのシステムを調整すると、カグヤの先頭に立って扉を開け、彼女が出た後に閉じた。


「うーん、外って気持ちいいよね」


 カグヤは元気よく背伸びをする。その背中に漂うものを、私は感じている。

 だが、努めて彼女に合わせるようにして、私も背を伸ばしてみる。


「確かに、な。人工生成の空気より、ここの空気は新鮮だ」

「そういうものなの? ……ううん、そういうものだね」

「カグ……」

「そろそろあの子も起きてないかな?」


 カグヤは急に視線をあちこちに巡らせた。私も追従して視線を凝らす。だが、カグヤの探し人は見つからない。


「目覚めてはいるだろうが、山菜採りにでも出かけた可能性が高いな」

「お姉ちゃんの彼といっしょに?」

「引っかかる言い方だな。……あの男は今朝早くから偵察任務に出ている」

「何だかんだ言ってすぐわかっちゃうんだもんね。うふふ」

「簡単な推理だ」

「そう意固地にならなくても。じゃあビヒスさんとかな」

「ビヒスはこの時間帯に起きはしない。フィレンが以前嘆いていた」

「異世界人って自由なんだね」

「そうだな。私たちよりもずっと自由だ」


 少なくともこの集落に住むインディアン……ヴォル族は自由な生活を過ごしている。それはきちんと対価を支払っている、という意味でだ。責任を取らない混沌とは違い、彼らは正真正銘の自由フリーダムで生きている。

 私も今や自由リバティを手にした身だが、まだかりそめの段階だ。だから、インディアンは私たちよりもずっと自由フリーダムであり、ゆえにその幸福を奪おうとする連中と私は戦わなければならない。

 覚悟はできている……はずだが、不安に苛まれることがある。

 私は、本当に敵を殺せるのだろうかという疑問が、私を束縛しようとしている。


「お姉ちゃん?」


 カグヤが不審に思って私の表情を覗き込む。そして鋭い彼女は私に触れようとして、手を引いた。

 私のようにどうすればいいのかわからない、というわけではない。答えを知っているのに、実行できないという悲しみがカグヤの顔に浮かんだ。

 私はどうにかして場の空気を戻そうと口を開こうとして、遠方から響いていた駆け足と掛け声に言葉を遮られる。が、反感を抱くどころか安堵した。彼女なら、陰る妹の顔を確実に明るくできるからだ。


「シーズク! カーグヤ! もう起きてたの!?」

「あ、リムルちゃん」


 声を掛けたのはリムルだった。いつも通りのインディアンの民族衣装に身を包み、褐色の健康的な素肌と手入れの行き届いた黒髪、そして満天の星空のようにきらきらと輝く笑顔で彼女はこちらへと一目散に駆けて来ている。

 双子のように似ているリムルとカグヤは、文字通り姉妹のように仲良くなっていた。本当の姉である私が嫉妬めいた感情を生み出してしまうくらいには。

 だが、仲睦まじく会話に興じる二人を見ていると、そんな些細なことはどうでもよくなってくる。


「どうだった? 今朝のゴハンは?」

「大成功だったよ。お姉ちゃん、美味しかったって」

「ああ、美味しかった。二人は料理の天才だ」

「本当に? やった!」


 とリムルは喜んで、手を掲げる。そのジェスチャーに心当たりがあった私は思わず止めようとしたが、カグヤもリムルも嬉しさのあまり肝心な事実を忘却してしまっているらしい。

 声を放とうとした時には遅かった。古い映画で見たスキンシップの一つ、ハイタッチをカグヤとリムルは実行しようとして、


「あっ――」


 リムルの手が、カグヤの手をすり抜ける。


「……ご、ごめん、カグヤ」

「ううん、いいの。形だけでもハイタッチできて嬉しいから」


 と沈んだリムルを慰めるカグヤの身体が突如吹いた風のせいでノイズが掛かったように乱れる。カグヤの身体は、クリミナルによって奪われた。肉体を喪失したカグヤの本体……脳ユニットは今もトレーラーに設置されており、アウェルとフィレンによって考案、開発されたホログラムプロジェクターによって、仮の姿を現実空間に投影しているだけに過ぎない。

 それでも実際に彼女は現実世界に存在し、私と同じ場所に立って異世界を見渡すことができるが、リングデバイスがなければ彼女を投影することは叶わない。

 いるのに、実体がない。まさに亡霊のような曖昧な状態で彼女は生きている。カグヤは明るく振る舞っているが、それが空元気であることは、いくら人の気持ちを想察するのが苦手な私でもわかる。何せ、私はカグヤの姉なのだから。


「確かに物に触れたり、何か食べたり、風を感じることもできないけれど、昔に比べたら、私はずっと自由なの。それにね、ずっとお姉ちゃんの傍にいられるのって嬉しいんだ。リムルちゃんだって、グィアンさんといっしょにいられたら嬉しいでしょ。だから、落ち込まないで。初めてのお友達にそんな悲しい顔されたら、私も悲しくなっちゃうよ」


 カグヤはリムルに微笑む。リムルは元気を取り戻し、そうだねと同調した。

 その光景を眺めて、私は強く拳を握りしめる。敵を殺せるのかと怯えている暇はない。

 覚悟はできているはずだ。生まれる前から。多くの屍の命を踏み台にして、私は生きている。その私が怖じていいはずがない。決心を再度強めて、私はリムルに訊いた。


「グィアンはまだ戻ってはないのか?」

「たぶん、そうだと思います。私よりシズクの方が詳しいんじゃない?」

「お前も妙に引っかかる言い方をするな。まぁ、いい。デバイスを貸す」


 私は左腕のデバイスを外して、リムルの左腕に付けさせる。リムルは少し驚いていたが、察しがいいので深く追求はしない。カグヤも少しだけ寂しそうな顔となった。


「戦いの話、するんだね」

「そうだ。すまない。私のブリーフィングが終わるまで、二人で遊んでいてくれ。……この埋め合わせはいつか必ずする」

「うん……」


 と素直に頷いたカグヤにリムルはダメだよ、と急に声を荒げる。


「いつか、じゃダメだと思う。シズクは絶対にいつかなんて言ってもやってくれないから。だから、シズク、明日、私たちといっしょに料理を作ろう。この前のおにぎりなら簡単なので、シズクでも作れるはずですから」

「う、そ、そうだな。わかった」


 リムルの押しに負け、私は降参する。妹に勝てる姉などいない。二人を見て、最近その想いが強くなってきた。ただでさえ妹一人でも強力なのに、今や戦力は二倍だ。姉一人がまともな抵抗をできるはずがない。

 だが、もし二人になれば――いや、考えまい。……考えるな、考えるな。


「では、行ってくる。あまり遠くには行くな。それと何かあったら――」

「わかってるよ、お姉ちゃん。行こう、リムルちゃん」

「うん、カグヤ」


 二人が去って行く背姿を見て、私は懐かしい記憶を思い出す。赤ん坊のカグヤを抱いて、己の生き方を定義したあの時を。


「急がなければな。時間は待ってくれない」


 物の一瞬で、私とカグヤはこれほど大きくなった。油断しているといつの間にか老人になっていてもおかしくはない。

 スウゼンのように、寿命で天寿を全うする。それが私の、私たちの理想的な死に方だ。

 私は二人と逆方向にある装甲トレーラーへ歩を進めていく。

 扉を開けると、既に部下たちが待機していた。


「隊長!」「隊長さーん!」


 フィレンが起立し、ミーナが椅子の上でパンらしきものを頬張りながら手を振る。

 一瞬間をおいて、アウェルが奥から現れ軍隊式の敬礼を披露した。


「隊長、お待ちしておりました」

「そうかしこまるな。私たちはもうホワイトベレーではない」


 しかしアウェルは生真面目な表情を崩さない。かつて救出した時、生きるために将校へ貞操を捧げようとしていた少女は、ようやく忠誠を誓うに足る者を見つけたと言わんばかりに熱意を注いでいる。その対象が自分であるとは気付いており、だからこそどうにかして彼女に別の生き方を教えようとするのだが、そもそも私自身が中途半端な状態なので上手くいくはずがなかった。

 彼女の熱心な信望は、エミリーのものとは別方向であることは確かなので、まだ明確な問題が発生しているわけではない。だが、危ういとは考えている。またあのような感覚を味わいたくはなかった。


「作戦は練ってあります。無論、私如きの作戦に――」

「自分を卑下にするな。お前の優秀さは買っている」

「恐悦至極にございます。では」


 アウェルはアラモ砦の全体像をホロマップで空間に投影する。入念な偵察によってアップデートされたかの砦の情報は、しかし以前と大差は見られない。普通なら考えられないだろう。一度攻められたのなら、対策を行うのが定石だ。


「何で防衛システムを設置しないんでしょうか。最初攻撃した時は、リソースの無駄遣いという理由がありましたけど」


 フィレンが疑問を口にすると、パンを呑み込んだミーナが説明した。


「たぶん、もう襲ってこないと思ってるんじゃないかなー? 実際、前回の攻撃は失敗に終わっちゃったし」

「あれは成功ですよ、ミーナ・カー。ただ最終目標まで実行できなかっただけです。訂正してください」


 アウェルがムッとした表情でミーナを責めると、ミーナは微妙な面持ちになった。


「う、うん……あれ? アウェルちゃんはその時いなかったのに……」

「余計な言葉は慎んだ方がいいです。ミーナさん」


 ひそひそと話し終えたフィレンとミーナは黙り、アウェルは私の方へと視線を戻した。


「隊長が立案した作戦は完璧でした。エミリー・コールという人物の補助も申し分なく、スターゲイザーの存在がなければ完遂されていたことでしょう」

「だから失敗だったって」

「しっ、ミーナさん」


 アウェルはミーナを睨み、すぐに説明を続けた。


「手順は前回とそう変わりありません。現状の戦力ならば問題なく対処可能ですから」

「しかし問題は襲った後だ。アラモ砦は確保し続けなければならない。部隊を分ける必要があるが……」


 前回の攻略戦時も直面した問題に再び襲われる。以前はインディアンの戦士たちに守護させる予定だったが、スターゲイザーという新たな敵の存在を察知した今、彼らだけに砦を防衛させるのは正しい選択だと思えない。

 問題点を指摘すると、アウェルは恭しく会釈をした。


「僭越ながら、そちらも解決済みです。どうぞ」


 呼びかけに応じて、数名が入室してくる。ホワイトベレーの制服だ。中には見知った顔も含まれていた。私が鹵獲ハンティングした捕虜だ。


「彼女たちに砦の防衛を任せます。余剰戦力のキャバルリーを眠らせておくのは惜しいですから」

「しかし彼女たちは記憶を――」

「復元しました。今の彼女たちなら、問題なくレンジャーを扱えます」

「で、でもじゃあ、私たちのこと、恨んでるんじゃ」


 フィレンが恐る恐る口に出す。数人の中の一人が声を上げた。


「いいえ。確かに私はあなたたちと交戦しましたが……正直、命を握られていたのは管理政府も同じです。今更恨み合っても、きっと何も解決しない。だから私は、ここにいる者たちは全ての説明を受けた上で、こちら側に付くことにしました。農業も結構楽しいですよ。無理矢理人を殺せと命令されていた時に比べれば」

「でも、機械は懐かしくなりますけどね。まぁ、こことかもあるし、住みやすい世界になった後、開発すればいいだけですから」

「大丈夫みたいだね。良かったー」


 一安心するミーナとほっと一息を吐くフィレン。だが、私には気にかかる存在がいた。その少女の名を口に出す。シャルリ・ハンマーを思い出しながら。


「アスミというブラックベレーの女がいたはずだ。彼女は、どうした」

「彼女はそのままです。ハンマー隊の者たちも全員、現状維持としました。彼女たちは……我々の側についてくれるかわかりかねましたので。記憶を復元した者は、隊長の恋人であるグィアンに選別してもらいました。何か気にかかることは――」

「ある。……グィアンは私の恋人ではない」

「今更隠したってどうしようもないと思いますけどねー」


 今度は私がミーナを睨む番だった。フィレンがしーっ! と口元に人差し指を当てる。

 そのやり取りを見た後、私は次の段階へと言及した。むしろ、こちらがこの作戦の本命だ。ワープドライブの破壊とカグヤの身体の作成と回収は。


「ポータルを越えた先の計画は――残念ながら、確実性のあるものを立案できません」

「だろうな」


 私は反論せずに納得する。まだせいぜい半年経つ程度の経過月数だが、それでも世界の様子は様変わりしている。こちらは監視の目が緩いが、向こうに行けばミーナの親友であるジェミー・スポットがそうであったように、感知できない監視ネットワークに見張られることになる。

 いくらアウェルが有能な通信士であったとしても、完全に逃れることは不可能だ。しかし、まだ状況は最悪ではない。そういう目があるということだけでもわかっただけ僥倖だ。

 星の観察者の監視を潜り抜け、カグヤの義体が作成できる知識を探り出し、あわよくば技師も懐柔して、カグヤの身体を作成。その後、メインドライブへアクセスし、フロンティアと通じるポータルを完全に破壊する。

 全てが後手に回っていることは事実だ。敵はこちらの標的を知っている。

 だが、それでもやるしかない。やらないという選択肢は存在しないからだ。

 他人を殺して自分を生かすか。自分を殺して他人を生かすか。私はその天秤から外れたとクリミナルは言っていた。まだ方法はある。


「臨機応変に対応していくしかないだろう。本当ならば向こうで協力者を見つけられればベストだが」

「見つければいいだろう」

「グィアン」


 彼は最も困難な事態を平然と言いながら、トレーラーへと入ってきた。

 私はその登場に……淡く鼓動を鳴らしながら、それでも平常心のまま協力を申し出てくれたホワイトベレーの部隊長たちへと視線を送る。


「向こうには彼女たちのように、勇敢な者たちはいないぞ」

「なぜそう言い切れる。現にお前がいただろう」

「そういうことではない。私の場合は事情が特別だっただけで」

「でも、有り得ない話じゃないと思いますよ、私は」


 挙手したのはミーナだ。ジェミーのように、と懐かしむような顔色で、


「やっぱりいると思うんですよ。政府がいちいち反乱分子の発生報告をしないから、なかなか存在を認識できないだけで」

「ブラックベレーの存在が何よりの証拠、と言えるかもしれないですね。それなりに反乱分子が出るから、ブラックベレーが存在するわけですし」


 合点がいったように同調するフィレンは、同意を求めるように私を見た。私は問うようにアウェルを見、彼女はタブレット端末へと目を落とす。


「可能性がゼロ、ではないでしょう。期待するのは難しいと思いますが」


 アウェルがあらゆる可能性を踏まえながら言う。そうとも。彼女たちの意見は正しい。だが、その味方が有能かどうかと問われれば即座にイエスとは言えない。確実に何らかの変異を、つまりは弱点を備えた味方となる。

 無論、いないよりはマシだろうが……いる可能性があるというだけで時間を無駄にするのはあまり賢い選択とはいえなかった。

 もちろん、こちらの来訪を予期し、まさにグィアンのように向こうから見つけてくれるなら話は別だが。


「期待はできそうにないな。あくまで私たちだけが戦力であると考えた方がいい」


 都合よく救いの手が現れるとは限らない。現実は西部劇とも、マカロニウェスタンとも違う。名も無きガンマンが突如として現れ、救いをもたらしてはくれないのだ。


「私たちの世界で、インディアンは……マイノリティは絶滅に瀕してきた」


 実際に絶滅した種族もあれば、辛うじて滅亡を免れた者もいる。だが、それがハッピーエンドだとは言い切れない。バッドエンドか、ビターエンドだろう。トゥルーエンドですらない。

 しかし、私たちが求めるのはハッピーエンドだ。誰もが笑って暮らせる結末だ。例え夢物語だとしても、私たちの目指す場所は変わらない。


「装備を見せてくれ」


 これ以上のブリーフィングは不必要だと判断し、整備担当のフィレンに訊ねる。フィレンはここに初めて来た時とは正反対の自身に漲った表情で格納エリアへと案内を始めた。

 銃器の類は基本的に変わりないが、エミリーの狙撃銃がぴかぴかに磨き抜かれている。アサルトライフルも私の武装に追加されていた。こちらでの生活はサバイバルであり、現地調達が基本だったが、向こうでは都合よく装備を回収できるかはわからない。何より、考慮すべき戦闘には地上戦だけではなく空中戦闘も含まれる。

 ゆえに、サブマシンガンだけでなく、様々な状況下で使用できるアサルトライフルに白羽の矢が立った。これはハンマー隊が使用していた銃で、白色ではなく黒色に着色されている。


「EXE335は優秀なアサルトライフルですよ。あ、そうそう。ブラックベレーから回収した弾薬には着弾した後に変形する凶悪なホローポイント弾もありました。拳銃用ですね。でも、奇妙なんですよね……。カタログに載っていない弾薬でした」

「弾の名前は?」

「ブラックタロン……でしたか」

「ブラックタロン……」


 士官学校にあった資料で見たような記憶があるが、思い出せない。それはつまり、もはや必要のない知識であったはずだ。使用不能にされたか、時代の流れによって削除された代物か。


「まぁ、いいだろう。それに……ホローポイント弾は使わない」

「なぜです? 強力だから戦力の底上げに……うぐ?」

「余計なことは訊かないの。フィレンちゃん」

「ふぐ、うぐぐ」


 いつもと違いミーナがフィレンの口元を力強く押さえる。私はミーナの気遣いに感謝しながらも拘束を解くように命じ、フィレンがはふぅ、と息を漏らした。


「酷いですよ、ミーナさん……」

「たまにはお返ししないとね」

「き、気を取り直して機体を見に行きましょう。隊長に言われた通り、カスタムしておきましたから」


 フィレンに通された機体の保管スペースへと足を運ぶ。そして、感嘆の息を漏らした。

 今回、レンジャーは卵状の球体を維持していない。少々強引に取り付けられた追加パーツのせいで、流動装甲の可動が上手くいかないためだ。しかし、その欠点を補って余りある強化がレンジャーには施されていた。

 特徴的には背部に黒く輝く翼だろう。フォルシュトレッカーに装備されていた飛行ユニットをフィレンは地上用のレンジャーに装着したのだ。無論、これは空中戦及び宇宙戦を想定したカスタマイズだ。

 そして、その武装にも驚きを隠せない。右腕に持つのはマテリアンフォトンを充填し発射するレーザーライフルであり、左腕にはブラックベレーにのみ支給されるシールドが。

 そして、レンジャー標準近接武器であるヴィブロブレードと、フォルシュトレッカーの武器であるレーザーソードがそれぞれ背中……両肩の後ろに搭載されている。

 レンジャーとフォルシュトレッカーのいいところ取りをした機体と言えるだろう。

 現状考えられる最強の組み合わせだった。


「ど、どうですか、隊長……。あなたの設計通りに作ってみたんですが」

「想定していなかったパーツもいくつか装備されているな」

「私なりのアレンジだったんですけど……ダメならすぐにでも取り外します」


 と俯くフィレンに私は笑いかける。できるだけ自然体を意識して。


「ダメとは言っていない。完璧だ」

「ありがとう、ございます……!」

「これで宇宙空間でも戦える。行けるぞ」


 私は笑みを浮かべて、戦闘騎兵を確認する。新しい乗騎、レンジャーカスタムを。

 これで少なくとも身動きが取れずに負けることはなくなった。まだまだ不利な状況だが、方法は、希望は、この騎兵の中に詰まっている。

 そして、ここにいる者たちにも。私自身にも。

 私はまだ戦える。一度は人間となった身だが、もう一度再起動(リブート)できる。


「戦うぞ。私は。私と、みんな……カグヤのために」


 私は覚悟を呟き、皆を見渡した。

 全員が首肯し、決意の灯った眼差しで見返してくれる。

 最後にグィアンを見つめた。彼は無言で頷いただけだった。

 その時ほど、自身の心を不思議に思ったことはない――言葉を交わすことなく、人とは、私とは、これほどの信頼感を実感することができるものなのか、と。

 ――これで私は戦う。戦える。兵士として、人間として。

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