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ドレッドノート 異世界開拓記  作者: 白銀悠一
第一部 エクストラエピソード
28/70

起きた撃鉄

 私の妹は愛おしい。この概念は永久不滅のものだろう。

 ……この表現は合っているのだろうか。生憎、私に確認する術はない。部下に訊ねることもできるが、彼女たちは私の言葉には何でもイエスと答える。なので、答えはわからない。まだ敵の方が正しい回答を教えてくれるだろう。


『シャルリ隊長、敵機がそちらに』

「こちらでも確認した。アスミ」


 アスミの通信に応えて、全方位モニターの正面を見据える。俯瞰モニターでは、私の翼を持つフォルシュトレッカーが反乱分子の機体である青いディフェンダーを追いかけている映像が出力されていた。

 宇宙空間なのが幸いだった。コロニー内での戦闘では市民に被害が及ぶ危険性がある。

 と言っても、それはむしろ政府の方針に適った推奨戦場だった。同僚の中には、積極的に市民を巻き添えにしながら敵を追い詰める者も存在する。

 人口過多で切迫している社会にとって、不慮の事故ほど有難いものはない。人は死ねば死ぬほどいい。だから私に与えられた命令も市民を守れというものではなく、いかなる手段を使っても反乱分子を始末しろ、というものだった。

 目の前で逃走を図る敵機は打たれる杭だ。社会は長い年月をかけて、異端者が悪であるという構図を作り上げた。社会構造に問題があるのではない。社会に適応できない異端者が悪である。だから、粛正されるべきは異端者であり、マイノリティであり、変異体バリアントだ。

 ゆえに撃鉄ハンマーの社会性コードを持つ私が数多いるブラックベレーのハンマー隊隊長として、獲物をハンティングしている。

 そう、他ならぬ私が。出る杭を保護する私が。


「投降してくれ」


 私は切実に願う。投降してくれれば私には仲間として迎え入れる準備がある。だが、滅多にそんな者は存在しない。たまに仲間になってくれる者もいるが、そのほとんどは殺す羽目になる。

 私の手で。そして、赤く汚れた手を見ても、正常に稼働する歯車が私だ。

 変異体のように吐き気を催したり、涙を流したりすることもない。

 ただ、悲しいとは思う。だが仕事だからと。

 貢献しなければならないからと理由をつけて、平然としていられるのが私だ。


「最低な女だな、私は」


 敵の攻撃を避ける。左腕に装備する盾を使う必要もない。正直なところ、敵は弱い。

 幸か不幸か、私は自分よりも強い敵というものに出会ったことがない。そしてそれは当然であり当たり前だった。私は戦闘員ハンマーなのだから。

 戦闘員として遺伝子調整され生まれた私に、苦戦は有り得なかった。敗北も有り得ない。ただ自分よりも格下の相手と交戦し、始末する。それが私に与えられた役割だ。無論、驕ったり、油断することもない。全力を注いで敵を殺す。

 殺して、殺して、殺す。殺し尽くす。反乱分子が現れなくなるまで。

 だが、その兆候は窺えない。最近、私はとある思考に囚われている。

 政府が自発的に反乱分子を生み出しているのではないか、という思考に。

 人を必要に応じて処分する場合、例えそれがどんなに必要なことでも、プロセスに疑問を感じ、反発するのが人間だ。

 だから、一切の反乱分子が存在しなくなった場合、政府が人を処分するのは非常に困難になる。相手が攻撃してくるから仕方なく人を殺しているんだというスタンスがなければ、政府こそが人々の敵と認識され、維持・稼働が困難になってしまう。

 ゆえに、政府が裏から手をまわし、変異体バリアントを焚き付けているのではないか。

 そう思ってしまうのだ。今目の前で逃げる敵も、被害者なのではないか。

 しかしそれを知りながらも躊躇いなく殺せる歯車。それが私だった。

 右の操縦桿で敵機のコックピットに狙いをつける。俯瞰モニターでは、フォルシュトレッカーがレーザーライフルをディフェンダーへ向けて構えた。

 撃鉄は起きている。生まれた時から。

 引き金を引くのは、実に簡単だった。

 マテリアルフォトンレーザーが敵機を貫き、爆散させた。



 ※※※



「お疲れ様です、隊長」


 私が母艦に帰還すると部下たちが出迎えてくれた。ブラックベレー本隊の旗艦サルベイション――救済という名前――には私のような死神が多数常駐し、反乱分子の嫌疑がある変異体を始末する役目が与えられている。

 危険を伴う仕事であり、得られる貢献度は高い。そして、敵が強力であればあるほどより高い貢献をしたとみなされる。

 ゆえに、敵を野放しにし、その成長を待っている同僚も少なからず存在する。人口過多による人類絶滅を避けるためという立派なお題目を掲げながら、結局誰も自分の保身しか頭にない。

 それを知りながらも、私に咎める資格はなかった。というより、私は臆病者なのだ。おかしいと思いながらも任務に忠実。

 だから、私は変異体バリアント認定されていない。


「お飲み物はいかがでしょう」

「頂こう」


 格納庫の軽重力エリアから部隊の休憩スペースへ移動するべくフォルシュトレッカーの肩部分を蹴飛ばす。同じように追従する部下たちを引き連れて私は扉の前の通路に降り立ったが、自動ドアが開いた瞬間、蔑むような視線と鉢合わせた。


「あら、シャルリ・ハンマー……。風変わりな死神さんじゃない」

「カナリ・サーベル!」


 部下の一人がいきり立つ。カナリは挑発的なポーズを保ったまま、煽るように話し始めた。


「狂った歯車のお友達を連れて、物見遊山でもしているのかしら? 不出来な部下を持つと大変ねぇ。でも、あなたも不出来だから、帳尻はあっているのかしら」

「貴様!」

「落ち着け、アスミ」


 私はアスミと敵意を醸し出そうとする部下を諫める。カナリは他者の神経を逆なでするように正確に調整された笑みをこぼした。


「本当に哀れね、シャルリ。統制が取れてない部下を持って。あなた、そのうち部下のミスが原因で、せっかくの努力を水の泡にするわよ。ああ、でもそれはそれで構わないわ。あなたは結構邪魔だし、早々に死んでくれて構わない。殺す対象に同情して、自分の命の代金を無償でプレゼントしているあなたは、それはそれで本望でしょう?」

「そうかもしれないな、カナリ」


 私は肩を竦める。そして見返すと、カナリの冷たい視線と目が合った。


「ふん……どうしてあなたは変異しないのかしら。今にも後ろの連中のように――我を見失い暴走して、殴り掛かってこないのかしら。せっかくの演技も徒労ね」

「演技で邪魔になる相手を挑発するのはいいが、いつの間にかそれが本心となり……サイコスキャナーに引っかからないよう憂慮するべきだ、君は」

「私に同情してるの? シャルリ。流石、スクラップ集めが趣味なあなた。ああ、あのゴミクズをいつまでも妹だからという理由で保護している変わり者でしたものね」

「隊長のことをバカに――」

「落ち着くんだ。行こう」


 私は速やかに去ろうとする。がカナリに呼び止められて、振り向く。

 黒いベレー帽を脱ぎ、くるくると弄び始めたカナリは、つまらなそうに訊ねた。


「あなた、アレを殺しに行くって本当?」

「誰のことかな」

「とぼけないで。シズク・ヒキガネのことよ。フロンティアに出張するんでしょう? 変異体バリアントの巣窟に」

「まだ彼女は変異していないが。それに死んだという報告もある」

「うふふ、わかってるくせに。あいつは絶対に変異した。急がないと先を越されちゃうわよ。それとも、同情して仲間に引き入れようとするのかしら。彼女のプロフィールを見た? まさに、あなたと同じ変わり者。でも、そこそこの実力者ではあるから、あなたのお友達と哀れな妹の養育費にはもってこいでしょう。でも、ふふ、あなたのおかしな性格ならさぞ思い悩むことでしょうね。ああ、でもあなたには勇気がないから、社会に違和感を覚えながらも恭順するだけの意気地なしだから、結局、結局、殺すのかしらね。もしくは、本当にあなたは殺されちゃうかも。ヒキガネに」

「君が狙うのか?」

「いやいや。私の標的は白狼だけよ。またロストしちゃったから、探し直さないと。アレだけは誰にも渡さないわ」


 カナリはベレー帽を弄ぶのを止める。彼女はだいぶ前から白狼にご執心だ。

 そのまま向かうこともできたが、私は忠告することにした。彼女は諸刃の剣だ。いつか演技が本当の自分となり、変異体落ちしてもおかしくないと前から思っている。

 だから、放っておけない。偽善だとしても。


「あまり感心しないな、カナリ。白狼の戦闘力は高い。そうやって遊んでいるようでは、いつか足を掬われる。……次に会敵した時点で、処分するべきだ」

「言われなくとも。というか、それ、自分自身に言い聞かせた方がいいんじゃない? あなたこそ、自分の行為で死ぬ羽目になるわ。まぁ、その方がいいんだけど」

「助言を感謝するよ。行こうか」


 私は部下に声を掛けると、与えられた休憩スペースへと向かった。

 ソファーに座りテーブルに帽子を置くと、シルビィが飲み物を出してくれる。コーヒーという飲み物だ。成分の一つであるカフェインは、遺伝子組み換え人間(GMH)に効果をもたらさないので、砂糖と疑似精製ミルクが入ったコーヒーはただの甘めのジュースでしかない。

 それでも温かい飲み物はいい。何より、心がほっとする。


「おいしいな。ありがとう」

「……隊長」


 ツィラが耐えきれないと言わんばかりの表情で語り掛ける。察するに、先程のカナリの侮辱を気に病んでいるのだろう。

 だが、私は全く気にしていない。カナリという人物をよく知っているからだ。

 もしくは、私がビビりだからかもしれないな。


「カナリの件か? 気にするな」

「しかし、隊長を侮辱して――」

「彼女のあれは侮辱ではない。演技だ。実際にあのような言動を本心からすれば、スキャナーに検出され、変異体バリアントとして認定される。商売敵を蹴落とすための、常套手段なんだ。それに、彼女も苦労している」

「隊長は甘すぎます――いえ」


 アスミが私を追求しようとして、止めた。呆れたような、そして心酔するかのような笑顔を作って言う。


「そんなあなただから――私たちはこの身を捧げてもいいと思うのです。さっきの発言は失言でした。ツィラもそうだろ?」

「は、はい。私は隊長のためなら命を賭します!」

「命を無意味に捨てるな、みんな。私のためを思うなら、もし私が死んだとしても、復讐なんてしないでくれ。私はそんなもの、望まないからな。君たちに……平和な毎日を過ごしてほしい」


 だが私が彼女たちに与えられたのは、殺すか、死ぬかの二択だった。管理政府と変わらない。

 ホワイトベレーの指揮官たちとも。私の行為が偽善だとはわかっているが、それでも何かしないといられない。臆病者の私ができる精一杯だ。

 ……社会には、勇敢な者が必要なのかもしれない。社会の構造を変革するような存在が。

 しかしそれは――相反している。私の役割と。私は社会を維持するための歯車。

 そんな私が変革を望むなどあってはならない。それに、そんなことをすれば……シャリーが……。


「私は甘い物が好きだ。この世全てがそうであってくれればいいのにな」


 私はコーヒーを飲み干す。しかし、そう望んだとしても、現実は苦く、渋い。

 シズク・ヒキガネのスカウトへ赴いた日に、妹のカグヤ・ヒキガネに出された日本茶のように。


 

 ※※※


 

 シズクのスカウトに失敗したあの日。私は部下の励ましとシズクに対する罵倒を聞きながら帰路についていた。

 近場のポータルを経由して瞬時に帰還するという方法は取れない。シズクのスカウトは極秘事項だ。例え私の性格上、そうするのが自然であったとしても。

 カナリなどの私を敵視する存在を除けば、私がこうしてシズクのスカウトに赴いた事実を知る者は少ない。なるべくブラックベレーの同僚たちに知られたくはなかった。彼ら彼女らは、獲物を探している。反乱するまでに勇敢な変異体はそんなに多くない。敵がいなければブラックベレーは貢献できないのだ。

 敵が現れれば、争奪戦になる。それほどまでに貴重な敵となる可能性がある者を仲間に引き入れる私はマイノリティだろう。

 だが、それくらいしかできないのが私だ。黙す私へアスミとシルヴィが話し続ける。


「あいつはスクラップ野郎ですよ。いつか変異した時は、私たちで始末しましょう」

「隊長に銃まで向けたんです。アスミの言う通り、殺されても文句はないはずですよ」

「そうだな……」


 私は同意しながら立ち止まる。隊長? と訊ねる部下の前でいつも胸ポケットにしまっている一枚の写真を取り出した。

 シャリー……愛しい妹。彼女は生まれつき片足が不自由で、杖を使って歩かなければならない。

 そのため、貢献活動は一切行えない。というのも、社会の仕組みに問題があるからだ。

 片足が不自由でも、それこそカグヤのように両足が使えなくてもデスクワークなら行える。が、そのポストにつけるのは健常者ヘルスのみだ。人口が爆発して、人員は常に余っている。その中からわざわざ変異体バリアントを選択して貢献させる理由はない。

 だから私はシャリーを家の中に閉じ込めた。そうだ。軟禁しているのだ。

 シズクも私と同じ過ちを犯しているとは思っている。だが、改善のために指摘する資格など私にはない。私自身、努力を放棄しているのだから。

 そして、安堵してもいるのだ。シャリーの足が不自由であったために。

 シャリーも私と同じ戦闘員ハンマーだ。彼女も片足が不自由という点を除けばGMHの例にもれなく有能で、もし足が治ったのなら優秀な兵士としてまた歯車として社会に貢献することになるだろう。

 その想像が、私の心を締め付けているのだ。シャリーがこのような汚れ仕事に手を染める。ウェットワークに、その身を晒す。

 そう考えると、私は安心してしまうのだ。身勝手だとはわかっているのだが。


「お会いになられればどうです」


 アスミが提案してくる。もう四十八日と三時間、彼女と接触していない。

 シャリーは寂しがっているだろう。それはわかる。だが、怖いのだ。

 シャリーの気持ちを想像しての恐怖ではない。私が次に妹と会った時、彼女から離れられなくなるような気がして、恐ろしいのだ。


「あの方も寂しがっているでしょう。実務処理は私たちに任せて……」

「いや、気遣いは嬉しいが、私が離れるわけにはいかない。シズクの件もある」


 と二人の提案を、自らの保身を含めた理由で却下した瞬間、端末が鳴り響く。

 音声通信をオンにして、私の身体中の筋肉が戦闘時のそれとそん色ない程度に張り詰めた。


『こんにちはシャルリ。久しぶりだね』

「ブラックタロン大佐……お久しぶりです」


 ハザード・ブラックタロン大佐。ブラックベレー最高司令官。

 ホロウインドウは出力していないが、脳裏に酷薄な笑みを浮かべる男の姿が容易に想像できた。部下たちもその声音に威圧され押し黙っている。私も緊張が隠せない。


『今は暇かね? もしこれが任務中だというのなら通信は後回しにしてくれて構わないが』

「幸い……休息中ですので」


 私はハンドサインで部下に待機を命じる。が、直後に目を見開くことになった。


『誰かとお茶でも飲んだかね。そうだな……品種は緑茶。またの名を、日本茶。綺麗な緑色のお茶で、世界が統合される前は日本人という人種が嗜んでいたものだ』

「……」

『図星だったかな。君は甘党だと思っていたが、たまには風変わりなこともするものだ』

「違う味を楽しむのも……悪くないことかと思いまして」

『そうとも。それがいい。たまには趣向を変えるのも良い。君もたまにはやり方を変えたらどうかな。いつもワンパターンのように説得するのではなく……そう、相手と仲睦ましく会話でもしながら――殺し合う、とかね』

「遺憾ですが、私は、不必要な殺傷は……」


 私は拳を強く握りしめる。本当は今こそ彼に反旗を翻し、変異体バリアントを救うためこの身を賭してでも戦うべきなのではないか。

 シズクのような人間を出さないためにも。だが、そうできない理由が私にはある。

 その声が大佐の通信端末から流れてきて私の拳から力が抜けた。


『お姉ちゃん……』

「シャリー……」

『驚いたかね? シャルリ。今、私は君の家にいてね。今、日本茶を二人で楽しんでいたところなんだよ。私は渋みが合っていいと思うが……シャリー、君の口にはあったかな?』

『はい、美味しいです……。でもお姉ちゃんは嫌いだと思います』

『なぜかな』

『お姉ちゃんは甘いコーヒーが好きなんです。なので……』

『流石姉妹だね。何でもお見通しだな』


 大佐はおどけながら喜んだ。芝居がかった笑みをシャリーに浮かべていることだろう。


『さて、シャリー。悪いが少しの間席を外してくれるかな。これから君の姉と大切な話をするのでね』

『はい』


 シャリーが杖を突く音が聞こえる。もし今、大佐がシャリーを処刑しようとしたら彼女は逃げられないだろう。足が悪いから、抗うこともできずに殺される。

 そのイメージが私の身体を磔にする。大佐の声が硬質的なものに変化した。


『シャルリ。私が君に目を掛けているのは知っているな』

「はい、大佐」

『君の有能さとその特異性は素晴らしい。その従順さも買っている。何せ君は、社会に反抗することがない。例えどれほど疑問に思ったとしても、仕組みが間違っていると気付いても、君は反乱を起こさない。他人のためにな。君は他人を殺すか自分を殺せという理不尽な選択を突きつけられても、迷いなく自分を殺せる人間だ』


 私は返答できない。事実であるからだ。

 私が死んで皆が救われるのならば、喜んでこの身を差し出そう。罪なき人間を、ただ他人と少し違うからという理由だけで殺すのはもうたくさんだった。

 だが、現実は甘くない。甘くないのだ。


『君の妹の処分猶予期間もそう長くはない。君の友達もな。このままでは君自身も貢献不十分ということで処罰の対象になりかねない、などと警告すれば、君は自分の命などどうでもいいという素晴らしい思想を言い放つだろうが、君が死ねば、誰が彼女たちを養うのかな? それとも、信頼に足る友人でもできたかね』

「いえ。私に友人はいません」


 或いはシズク・ヒキガネなら友人になれたかもしれないが。


『では何をすればいいのかわかっているな。今度君は、自発的に殺すべきだ。反乱分子を自らの意志で、嫌々ではなく本心で、自分が殺されてしまうからという理由でな』

「わかっています。それこそがブラックベレーの務めですから」

『薄っぺらい言葉で誤魔化しても、君の心は透けて見えるぞシャルリ。まぁ、だからこそ私は君のことを素晴らしいと考えているわけだが、長生きしてほしいものだ。現実は君の好きなコーヒーほど甘くはない。いや、むしろ君自身があのコーヒーなのかな?』

「どういう意味でしょうか」


 私は冷静さを装いながら訊ねる。と言っても身体の節々に表れる精神負荷の兆候は隠しきれない。声を律しているつもりでいるが、震えているかもしれなかった。


『コーヒーとは本来苦い物。それを無理やり砂糖を入れて甘くしているだけに過ぎない。まさに現実と、君の在り方と同じだな。ミルクを入れて白くしようとしても……その本質は黒でしかない』

「そうですね、大佐。助言の通り、早速貢献を開始したいと思いますので、これで失礼してもよろしいでしょうか」

『ああ、待て、シャルリ。君の妹……シャリー・ハンマーについてだが』


 私は息を呑んだ。大佐から妹の名前が出る度に、私の心臓は早鐘のように鳴り響く。


『アシストスーツでも装着して、任務に同行させるのはどうかな? 君が彼女のために行っている……人類救済任務に』

「一考してみます。それでは」


 打ち切るように通信を終えて、息を思いっきり吐きだす。すっかり息を吸うのを忘れていたかのように肺が空気を求めて私は荒い呼吸を繰り返す。額に付着した汗を拭い、駆け寄って来ようとした部下を左手で制した。


「隊長……! くそ、あの男め」

「不用意な発言は慎めアスミ! ……ジェミー・スポットの例もある」


 私は思わず怒鳴ってしまい、すぐに声を平静なものへ戻した。


「私たちもいつどこで監視されているかわからないんだ。妙な気は起こすな」

「わかり、ました」


 不服そうにアスミは従う。しかしその反抗は私に対してではなく、私を思ってのことだ。猛烈な不安に襲われる。私の部下たちは、もし私が死んだ場合、ちゃんと正常に動作するのかと。

 しかし、頼れる者は誰もいなかった。私の手で皆を守らなければならない。

 みんなのためなら、どんな汚れ仕事だって引き受ける。そう覚悟できている……はずなのだが。


「シズク、君ならどうするんだ……」


 決意は揺らぐ。自分とそっくりで決定的に異なっている女の名前を、呟いた。



 ※※※



「ごちそうさま、シルヴィ」


 コーヒーを飲み終えた私が礼を述べると、シルヴィは頬を赤く染めた。私が椅子から立ち上がると、ツィラが背中からコートを着せてくれた。以前、私はその召使いのような献身を拒否したのだが、彼女たちはせめてそれぐらいのお世話はさせてくださいと言って聞かなかった。

 何も恩返しできないのは辛い、という。シャリーももしくは地獄を味わっているのかもしれない。私の独りよがりのために。

 私は姉としても失格だろう。何より一人の人間として、失格だ。

 それでも私は戦わなければならない。そして願わくば……。


「少し席を外してくれないか。シャリーと連絡を取りたい」


 異論を挟む者は誰もいなかった。皆、部屋の外へ出て待機する。

 私はリングデバイスでシャリーにコールした。彼女は待ち望んでいたかのように即座に応答する。ホロウインドウに愛らしい妹の驚いたような顔が映った。


『お姉ちゃん!?』

「シャリー、すまない。驚かせたか?」

『そんなことないよ! ううん……本当はちょっと驚いた。また、しばらくは連絡くれないのかなって。ブラックタロン大佐が来た時に少しお話したし』


 ブラックタロンの名が出て私の心は痛んだが、努めて気取られないように表情を象った。


「あの時はちゃんと話せていなかったからな。また連絡したよ。……今度、私はフロンティアに行く」

『フロンティア……異世界に?』


 シャリーの表情が陰る。あの子の悲しそうな顔を見るのはとても辛い。

 だからだろう。私は実現困難な口約束をしてしまった。


「ああ。少し向こうへ出張ることになる。だが……この仕事が終わった後は、しばらく休暇を取って、家で過ごそうと思っている」

『本当!?』


 シャリーの弾けんばかりの笑顔が出力される。その笑顔が見たくて、私は嘘を重ねた。


「本当だ。みんなも家に呼んで……料理を作ろう。運が良ければ……新しい友達も連れて来れるかもしれない」

『友達!? お姉ちゃん、やっとお友達ができるの!?』

「ああ、上手くいけば。彼女は優しい人だが……照れ屋でね。自分を偽っている」

『それなら安心だね。お姉ちゃん、何でも一人で背負い込むから……』

「そうだな。彼女が味方になってくれれば、私としても何の心配もなくなる。彼女は賢く、強いんだ。そして、勇敢だ。私なんかよりもずっとな」

『そんなことないよ。お姉ちゃんだって――』

「いいや、私は臆病者だよ。でも、だから臆病な私を勇気づけるために、パーティーをしよう。きっと楽しいぞ」

『うん! じゃあ、準備するね! お料理の勉強もしておく!』

「頼むよ。またな、シャリー……」

『ばいばい、お姉ちゃん!』


 シャリーとの通信を終える。私はしばらくその余韻を味わっていた。

 そして、外に待機していた部下を呼び出す。彼女たちは全員が横一列に並んで、私の命令を待った。

 私はテーブルに置いたブラックベレー帽を取って被る。


「これよりフロンティアへ向かう」


 私の命令に意見を放つ者はいない。ここには誰一人。

 しかし、恐らく向こうにいる彼女は違うだろう。確実に戦闘になる。

 強敵である彼女と。願わくば、彼女が味方となり、皆で穏やかな日々を過ごしたいが、それは不可能だろう。

 私か、彼女が死ぬことになる。それは確かだ。

 いや、どちらに転んでも結局死ぬのは私だけかもしれないな。


「ハンマー隊、出撃準備」


 了解、という威勢の良い返事が室内にこだまする。それから、私たちは格納庫へと向かった。

 漆黒の死神……翼の生えたフォルシュトレッカーを眺める。私用にセッティングされた騎兵は、これ以上になく最良の状態だろう。

 だが、私は。私自身は完璧とは言い難い。

 それでも私は戦う。社会の歯車として。兵士として。

 撃鉄は起こされた。後は引き金を引くだけだ。

 私は騎乗する。フォルシュトレッカーの腹の中へ入り、シートに座る。

 起動シークエンスを開始。自動音声を聞きながら、機体の状態をチェック。

 何一つ問題はない。まさに完璧だ。ゆえに躊躇いなく操縦桿を握り、ペダルへ足を乗せる。

 全方位モニターに青白い光を放つ扉が映った。


「シャルリ・ハンマー、出撃する」


 アクセルペダルを踏み込んで、異世界の扉……ワープポータルへバトルキャバルリーを奔らせる。

 愛しい妹と、仲間たちのために。

 例えどのような結末が待っていようとも行く。幸運を祈りながら。

 それが私の在り方であり、運命なのだから。

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