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ドレッドノート 異世界開拓記  作者: 白銀悠一
第一部 エクストラエピソード
27/70

リムルの日記

 私には兄がいます。勇敢という名を持つ兄が。

 とても頼りがいがあって、強くて、格好もいい。

 でも、とても私を心配させる困った兄が。

 兄とは小さい頃からいっしょではありませんでした。

 兄は戦士であり、狩人。動物を狩りに行ったり、精霊様に認められるように修行をしたり。

 兄といっしょに過ごした年月よりも一人で過ごした月日の方がずっと多い。そう感じてしまう……というより、それが事実。

 私は、友達も家族もいたけれど……本当にいっしょにいたかった人とは、ずっと離れ離れでした。

 近くにはいます。傍にいることを実感はできています。

 見守ってくれてるなあ、とはいつも思っていました。

 けど、違う。違うんです。本当はもっといっしょに遊んだり、お話ししたくて。

 でも、それは無理なことなんだなぁって。

 だから、せめて、兄が幸せに生きられる日を待ち望み。

 精霊様にお願いをし、兄が無事でいますようにと祈っていた時です。

 不思議な、本当に不思議な人が現れました。

 この世界に生きている人じゃない、別の世界の人。

 綺麗で、冷たい印象を受けるんだけど、でも、よく観察すると、本当は全然逆の人。

 その人が村でいっしょに過ごすことになった時……私は安心しました。

 そして、感謝もしたのです。精霊様がお導きになった、勇敢な人だと。

 でも、すぐに不安が私の心を覆いました。なぜなら彼女は、私の兄ととてもよく似ていたのです。

 これは、私がまだシズク・ヒキガネという人に不安を抱いていた頃の、お話です。



 その日はとても晴れ晴れとしていて、気持ちの良い朝だとは思っていました。

 けど、しばらくするととても身体が熱いことに気が付きました。でも、家でごろごろとしてはいられません。

 いや、たぶん、できるとは思う。でも、そうすると、きっとあの困った人が私の仕事を全部片づけてしまうから。

 だから、私は今日も外に出ました。早速、家族のみんなが下ごしらえした保存食を食糧庫に運ぼうとして、


「リムル、手伝おう」


 早速声を掛けられました。色白の肌を持つ、まるで神話の世界から抜け出してきたような人です。その人は独特の形をした帽子を被っていました。流れ者のビヒスも変わった帽子を被っていますが、その奇異さは彼女の方が上手だと思う。

 彼女曰く、その帽子はベレー帽というらしいです。ホワイトベレー、と。


「あ、でも、大丈夫です、シズク。これくらい一人で持てるもの」


 樽の中に入ったたくさんの干し肉は確かに重たいです。でも、私だってへっちゃら。私も立派な大人なんだから。

 けど、シズクは首を横に振ります。そして、困ったことを言ってきます。


「私も一人で持てる。筋力はお前よりも上だ」


 いや、そういう問題ではなく……。

 と、そうこう言っている間にシズクは私の荷物をひったくります。彼女の手伝うは、全部自分が行うの間違いなのではないか、と常々思っているところです。

 でも、意固地になって拒否する気はありません。楽ができるから、という怠惰な理由ではなく。

 シズクは私を世話する時、とても穏やかな顔をするのです。たぶん、私にある人を見出しているのでしょう。

 シズクの妹であるカグヤ。写真を見せてもらったことがあります。とても可愛らしい……と褒めたいところですが、あまりよく褒められません。

 これは、カグヤという子が可愛くないからという理由じゃなくて。

 自分とそっくりだからという意味で、です。

 なんていうか、少し、照れくさくなってしまうのです。まるで自画自賛しているような気分になってしまうほど、カグヤという人と私はそっくりでした。

 だから、シズクは私を見る時、時折、私以外の人を見ているような目をするのです。たまに、ほんのちょっぴりだけ、なんだけど……嫉妬のようなもの、を私は抱いてしまいます。

 それだけ愛されているカグヤという子に。そして、同時に親近感も抱くのです。

 きっと苦労しているんだろうな、って。困った兄を持つ身としては。


「どうした、リムル。……具合でも悪いのか? 先程からぼーっとしているが」

「大丈夫ですよ、シズク。心配し過ぎです」


 私はシズクに聞こえないよう、心の中でため息をつきます。こういうところ、本当にグィアンとそっくり。グィアンも、私がほんのちょこっとでも普段と様子が違うと、まるで世界の終わりでも迎えるかのように血相を変えて心配してくるのです。

 全く、いつも心配しているのは私の方だよって。兄や姉というものは、妹を過保護にしないといけない決まりでもあるのでしょうか。


「本当か? 自覚症状のない病気というものもある」

「でも、シズク、病気に罹らないんでしょ? 私は経験者ですから、大丈夫ですよ」

「病気を経験したのか? どういう類だ。症状などを細かく説明――」

「しないよ。しません。大丈夫だって、本当です」


 変な風に心配性の、困ったシズクです。

 でも、こういう部分は少し可愛かったりします。彼女が兄ではないからでしょうか。

 いや、たぶん、今のシズクが本当の姿、ありのままの彼女だからでしょう。いつもは難しい言葉と銃……という異世界の武器や、バトルキャバルリーって巨人を使って戦うことしか眼中にない戦士の目をしていますが、本当は穏やかな心の持ち主なのです。

 だから、残念に思う反面、嬉しくも思うのです。その、過保護っぷりを。


「本当に――」

「平気だって。ほら、つきました」


 私ならもっと時間が掛かるところを、シズクは簡単に物を運びます。倉庫の戸口を空けるぐらいの手伝いをしようとした瞬間、あっさりと彼女は片手で樽を担ぎ、開けてしまいます。私の役割を全て奪っちゃう。シズクはきっと私のことを大切に思ってくれているのでしょうが……やっぱり、少しもやもやします。


「仕舞ったぞ。次にすることはあるのか」

「ううん、これでおしまい。……っと、グィアンに声を掛けなきゃ」

「グィアンか」


 兄の名を聞いて、シズクの様子がほんの少しだけ、じっと観察していなきゃわからないぐらいだけど、変わります。顔の端に僅かな笑みが見えるのです。

 シズクはグィアンに、たぶん、きっと恋をしているのです。

 でも、本人は自分の恋心に気付いていない。ちょっとだけ優越に感じちゃいますし、嬉しくも思います。

 素直に、グィアンとシズクはお似合いだと思うのです。それに、二人がいっしょになれば、私に姉ができます。困った兄と困った姉。いっしょにすれば、困らない兄姉ぐらいになってくれるんじゃないかなぁって。

 だから、密かにいろいろ企てているのですが……シズクもグィアンも難敵です。どちらも鈍感。そもそもグィアンに至っては女に興味がないのです。

 戦い、戦い、戦いばかり。まだシズクの方が救いようがあります。

 でも、たぶんなんとかなる! グィアンも、シズクみたいな美しい女性の魅力を受ければ、きっと人間に戻ってくれます。そのはずです。……たぶん。

 とにかく、グィアンに伝言を伝えないと。私が兄を探そうと周囲に目を凝らした瞬間には、


「こっちだ。来い」


 とシズクが先導しています。むぅ。どうしてシズクの方がグィアンに詳しいんだろう。いい兆候ではあるのですが、なにか胸のあたりがむかむかします。

 シズクの白い背中について行くと、突然彼女は立ち止まり、まるで敵を見つけたかのように木の陰に隠れます。シズクが進んだのは森の中。何か危険な動物でも見つけたのかと私は緊張しながら訊ねます。


「どうしたの? 何かいました?」

「……グィアンがいる」


 ではなぜ隠れているのでしょう。私はそっとシズクの後ろから覗き込んで、


「あ、マリュ」


 と馴染みの顔を見つけます。優しげな女性である彼女は家族の中でも、男どもに群を抜いて人気の人です。以前、グィアンに求婚をして断られた可哀想な人でもあります。……せっかく縁結びの精霊様に導かれた良い人だったのに、と当時の私は一人で愚痴を吐いていました。

 そんな彼女と、グィアンは二人きりで話しています。森の中で。シズクと出会う前だったら、私も応援していたことでしょう。

 ですが、そうもいっていられません。あ、シズクが可哀想だから、という理由じゃなくて。

 シズクがホルスターという拳銃を仕舞う場所から白い銃を取り出して、向こうに狙いを付けようとしたからです。


「シズク! 何してるの!」


 小声で警告します。シズクは苛立ちを顔に薄く見せながら、


「注意を引く。話があるのだろう」

「そんな方法を使わなくてもいいじゃない。何でですか!」


 と問いながらも私はわかってます。彼女の顔にとてもわかりやすく書いてあります。

 シズクは嫉妬しているのです。マリュに。だから、私ぐらいにしかわからないけれど、とてもいらいらしているのです。普段の彼女なら、絶対に銃を使う局面じゃありません。何せ、ウィフィグトを拳で黙らせる人ですから。


「以前教えた通り、これは大きな音を発する。だから効率的――」

「単に声を掛ければいいだけじゃない。なんで、銃を使おうとするんですか」

「それは……」


 シズクの目が泳ぎます。気まずそうです、とても。

 妨害したいけど、普通の妨害方法はしたくない。というよりできない。そうシズクは思っているんでしょう。無意識的に。

 たぶん、普段の思考では、銃撃が非効率的だとはわかっています。そもそも銃に使う小さい矢みたいなものは、敵から奪っているのです。こちらでは入手できないし、作成しようにも材料が滅多に手に入らないからという理由で。

 それでもシズクが弾薬、というものを不足することはありません。何が必要で、何がいらないのか。すぐに判断して、節約しやりくりしています。

 シズクは頭がいいのです。でも、ちょっと、いや、かなり変。

 そして、女の子というよりも戦士の思考なのです。だから私は頼りに思う反面、いろいろ心配になってしまいます。あぁ……グィアンの時と同じ。

 今もこうして、自分が嫉妬しているという事実にも気付かない初心なシズク。いや、初心ですらありません。自覚できていないのですから。

 シズクは戦闘のことになるととても賢いけど、日常生活においては……なんというか、おまぬけさんになります。この前は調理した食事を私に食べさせてくれましたが……はっきり言うと、まずかったです。シズクは簡単な調理もできません。ただ焼くか煮る。味付けは一切しない。それでも全然平気な顔をして、ぱくぱくと食べます。曰く、食事とは栄養を摂取する行為であり、味を調える必要性は感じない、とか。でも、私の料理をおいしく食べてくれるので、味覚音痴というわけではなさそう。後々、私が教えてあげなくちゃいけないことリストの一番目です。


「どうする。呼ばないといけない」

「今はダメ。話が終わるまで待たないと」

「なぜだ。時間がもったいない」

「それだけ、の理由ですか?」

「そうだ」


 嘘です。シズクは真顔で嘘を吐いています。

 いや、自覚していないので、嘘ではないのかも。ああ、紛らわしい。

 とりあえずシズクは一刻も早くグィアンとマリュの会話を打ち切りたいようです。でも、事態はシズクの事情などおかまいなしに進んでいきます。


「本題はなんだ、マリュ」


 グィアンがマリュに訪ねると、マリュは迷うように逡巡します。

 そして、目を瞑ると意を決して告白しました。二回目です。


「グィアン、私、あなたのことが忘れられないの」

「そうだろう。俺もお前のことを忘れたことはない」

「っ!」


 シズクが一瞬だけ凄まじい形相をしました。私も息を呑みます。

 あの朴念仁が女のことを忘れていなかった! そう希望を見出したのも束の間、


「同じ村に住んでいるからな。導師として、俺はみんなに気を配る必要がある」


 私の希望はすっかり絶望色に染まりました。ああ、バカ兄。

 しかしシズクは上機嫌です。顔色こそ無表情のままですが、当然だな、とうんうん首を頷かせています。ああ、でも、今のシズクも可愛らしいかも。


「違うの、グィアン! 私は女として――」


 とマリュはグィアンに詰め寄ります。接吻――キスでもしかねない剣幕で。

 すると、シズクが珍しく焦ります――が、その焦り方に大きな問題が。拳銃を抜き取ったシズクは頭上に銃口を掲げたので、私は慌てて止めようとして、


「あれ……?」


 視界がぐるん、と回ります。身体もふらりと揺れて、まともに立っていられません。


「リムル、どうした」


 シズクが血相を変えて――兄が心配した時とそっくりな表情で、私に駆け寄ります。身体を抱えてくれますが、私はまともに反応できません。

 ああ……無理、してたかも。

 大丈夫、と言おうとして、私は。

 めのまえ……くらく……。



 ※※※



 ……………………。

 …………うぅ。

 ……冷たい。

 なんかとてつもなく冷たい。

 というか、寒い。さむ、寒い寒い寒い!


「うああああ冷たい!」


 私は飛び上がりそうになりました。大声を上げて身を起こそうとして、なんとかこの冷気から逃れようとします。

 一体どういうこと! と周囲を確認して。

 まず、ここがシズクのトレーラーとかいう乗り物に設置されたベッドの上であり。

 なぜか巨大な氷が私に密着するようにおいてあり。

 さらには私が裸で寝かされていた、ということを認識します。

 一体全体なんだこれ!!


「なにこれ!? どうして!」

「熱が出ていたから冷やした」


 と淡々と言うのはシズク。いやおかしいです、その対応は!

 しかし私は強く指摘することもできません。身体がかじかんでいて上手くしゃべれない……。


「ひ、冷やすのだ、ダメ……あった、あっためて……」

「熱くすればいいのか。エミリー、頼む」

『わかりました』


 言葉を話す手の飾りにシズクが話しかけると、今度は急激に部屋の温度が上がります。待って、と叫んだのも当然。

 今度は暑くて死にます。ダメです。一体何が起きているのでしょう。


「た、隊長。やはり、この方法は間違っているのでは……」

「熱があるのなら下げるべきだが、リムルは温かい状態を望んでいる」

「いや、そういうことではなく……」


 フィレンさんは困ったように言います。ミーナさんも部屋の中にいましたが、私が後で食べようと思っていたおやつをバクバク食べています。家から持ってきたのでしょうか。ああショック……。

 しかし今は他人ではなく自分が第一です。とりあえず敷かれていた毛布で裸を隠します。ここにいる皆さんは異世界人であると同時に同性なのですが、やはり、直で裸を見られるのはちょっとだけ恥ずかしい。

 でも、ものすごく暑い。私はシズクの過保護に殺されそうです……。


「し、シズク、適温。適温に……」


 ただでさえ外は暑いのに、無理……。


「適温……エミリー」

『了解しました』


 エミリーさんの即答で、部屋は丁度いい気温に保たれます。ああ、快適。

 と、言いたいところですが、寒気に襲われます。

 あ、と私は思い当たりました。サムウでたまに発生する悪い病。

 でも、実際は大したことはありません。シズクの世界の古い医療用語で、夏風邪、というものであると後で教わりました。


「服……服は、どこ……」


 なぜ私が裸であるのか、考えたくもありません。

 シズクは病気に罹らない病気だ、と以前自虐的に言っていたことがあります。私からすればそれはとっても便利なことなんだけど、シズクにとっては忌まわしい呪いのようなものなのでしょう。シズクの世界の人たちは、わかりやすく言えば、人間のダメなところを改善した結果、世界が滅びかけているのです。まさに神話のよう。

 でも、シズクから見れば私たちの方が神話の人々に見えるみたい。本当に不思議です。

 だからといって、裸を許容できたりはしません。たぶん……身体を冷やすために脱がせたのでしょうが。

 ああ、どうしてわかってしまうんだろう。本当は、もっと明確な異世界知識に照らし合わせた素晴らしい治療法だと思いたいのに、シズクのダメな部分が起因であるとしか思えないのです。


「隊長さんが身体を冷やすためには脱がすべきだって」


 ああやっぱり。ミーナさんが答え合わせをしてくれました。今度は食糧庫に保管されていた食料を食べながら。神様って傍若無人なのかな……。


「発熱はよくない兆候だ。だから措置を取った。対症療法だ」

『しかし隊長、差し支えなければ』

「何だ、エミリー」

『検索結果によれば、発熱とは体内に蔓延るウイルスに対処するための防衛機構であり、むしろ妨げるのは問題になるかと』

「……それは、迂闊だった……」


 シズクが悔やむように顔を俯かせます。ようやくわかってくれたの、と思ったのも束の間、


「となれば、室内温度を上昇させるべきだ。五十度くらいに」

「待って、シズク! 無理です! 寝ていれば治るから!」


 声を大にして止めるよう懇願しますが、今度は身体の力が抜けてベッドに倒れ込んでしまいます。するとシズクは慌てて私に駆け寄り、何か、鋭い針を持ったものを私に刺して来ようとします。

 後から聞いた話では、それは注射、というものらしいです。……異世界人用の。


「い、いやっ! 刺さないで! シズク!」

「落ち着け、これは薬だ。だから――」

『しかし隊長、その成分濃度は異世界人用に調整されていますか? 薬は摂取量を誤れば毒にもなりますよ』


 エミリーの言葉でシズクは固まります。またもや迂闊だったと反省の色を示して毒針らしきものを下げてくれました。ほっと一安心します。

 ああ、病人なのに気が休まらない。熱も上がってきた気がする……。


「大丈夫かリムル」


 シズクは私を不安な眼差しで見下ろしてきます。シズクなりの誠意であり気遣いであることはわかるんだけど、やっぱり、ちゃんとした知識を持った人に対応してほしいというのが本音です。

 せめて長老とかに、見てもらいたい。もしくは、ヤクリおばさんとか。

 そう思った時でした。自動で開くドアが開く独特の音がします。

 ああ、やっと誰か来てくれたの、と安心したのも束の間、


「平気か、リムル」

「グィアン……? っ!!」


 私は慌てて毛布の中に包まります。どうした? という兄の不思議がる声。

 どうしたもこうしたもないよ! 私は裸なの! 何で堂々とグィアンが入ってくるわけ! ありえないよ!

 という私の憤慨も彼には届きません。いや、シズクたちにも聞こえません。

 彼ら、彼女たちはどこかおかしいのです。ああ、なんてこと。妹どころか複雑な年頃であるはずの私の気持ちを全然察してくれません。

 まぁ、仕方なくはあるのです。シズクもグィアンも、私ぐらいの年齢の時……いや、その前からずっと戦い、働いてきたのですから。

 でもそれはそれ、これはこれです。私はグィアンから逃れようと毛布という鉄壁の防御でガードを続けますが、あろうことかグィアンは引っぺがそうとしてくるのです。嘘、いやだ。例え家族でも、兄でも、見られるのは嫌です。

 だから、でしょう。私は反射的に……。


「なぜ拒否する。見せてみろ」

「嫌だ、止めて! シズクもグィアンもいい加減にして!! もうほっといてよ!!」


 酷いことを、言ってしまいました。部屋がシンと静まります。慌てて謝ろうとした時にはもう遅い。

 毛布から顔をちょこっと出して、周囲の様子を伺います。フィレンはびっくりして固まって、ミーナがあーあ、とシズクとグィアンを咎めるような視線で見ています。

 違う。違うんです。今のは恥ずかしかったから大声を出してしまっただけで、本当は二人に……。

 傍に、いてほしいのは、確かで。


「そうか、すまない。どうやら私は……間違えていたようだ」


 シズクが呆然としながら言います。間違いなくショックを受けている、とわかります。グィアンも表情には出しませんが、ずっと黙ったままです。


「シズク……グィアン……い、今のは、違くて。あの、ちょっとした拍子に……」

「いいんだリムル。私は去ろう」

「安静にしていろ」


 シズクとグィアンは言葉を残して出て行ってしまいます。きっとこれも二人なりの気遣い。優しさであることはわかる。

 でも、心がとても切なくなります。二人は私の言うことを何でも聞いてくれて、何でもやってくれて。

 だけど、私が本当に、二人に、望むものは……。


「シズク、グィアン……」


 その日は最悪の一言でした。

 泣いてはいない、と言いたいけれど。

 やっぱり、泣いてしまいました。


 

 ※※※



 けれど、心配しないでください。私の取柄は元気の良さなんです。後は、辛抱強さ。シズクはぽじてぃぶな性格だと言っていました。

 これは、ずっとグィアンと離れ離れだった頃に自然と身に付いたものです。私は前回の不徳を挽回するべく料理に挑戦することにしました。

 ごめんなさいの、料理です。とは言え、困った問題が一つ。

 グィアンもシズクも何が好きなのかわからないのです。二人は私が作る料理を基本的においしいと言って食べます。

 嫌いな物は、わかります。何せ妹ですから。でも、問題は好きな物。

 妹特有の観察眼をもってしても、見抜けません。


「どうしよう……」


 たくさんの食材を目の前にして、悩みます。どうせなら本当のおいしいが見たい。いや、いつも心の底からおいしいと言ってくれているのはわかるけど、そうじゃなくて。

 好きな物を食べて、自然とこぼれるおいしいが、見たい。

 私は十三年の月日を経て育まれた知識をフル稼働させます。ああ、お母さんが生きていてくれたら。

 ……お母さん? そういえば。


「確か……」


 私は本を探しに行きます。本は部屋の本棚に整頓されていました。

 以前、シズクが不思議がっていたことを思い出します。こちらのインディアンは普通に文字を記すのか、と。ちょっとムッとしたのは事実ですが、こう付け加えてもいました。

 お前たちは賢い。文明を発展させられるだけの知恵を持ちながらも、自然と共存することを選んだ。科学の力で滅びかけている私たちの世界と比べてずっと賢い。

 ……私はこちらの世界しか知らないから、はっきりと思い描くことはできないけれど、シズクたちの世界は、バランスを保てなかった、らしいのです。

 全てができると思い込んで実際に全てを行ってしまった結果、滅びの一途をたどっていると。

 でも、おかしいのはグィアンが逆の意見を持っていることでした。もちろん、兵器を作れだの森を伐採しろだのという意味ではなく。

 少なくともシズクの世界のように、同族同士での殺し合いは避けるべきだと。

 シズクの世界では言葉は一つ。でも、こっちでは言葉がたくさんあります。きっと、それ自体は悪いことではないと思う。だけど、少なくとも全員で共有できる言葉を持つべきだ、とグィアンは考えています。

 言葉が違うから。文化が違うから。習慣が違うから。思想が違うから。そんな風に殺し合いのお題目を掲げて争っていたら、脇から機会を窺っている隣人に全てを奪われてしまう。だから――。

 ……と、今は料理。お料理です。私は母のレシピ本を取り出します。いつも母の記した日記や本を見て思うんだけど、とっても字が綺麗なんです。それに比べて私の字も、私自身も、たぶん、母親には敵わないんだろうなって。

 でも、妹の意地というものがあります。妹には、姉や兄を陥落させるほどの力があるはずなのです。

 だから、私は幼い頃、兄が無我夢中で食べていた料理のレシピを漁って、


「あ、材料が足りない……」


 肝心な食材の不足に気付きます。それは味付けに必要不可欠な、ヘシリィというキノコです。

 幸いなことに平原に生えていて、そこまでの距離があるわけじゃない。けど……自然は優しくもあり厳しくもある。できれば戦士か狩人にお使いを頼むべきですが……グィアンは頼りたくない。シズクも論外です。

 となると、ビヒスか、シズクの仲間たち。でも、ビヒスはああ見えて口が軽いところがあるし、フィレンはちょっと頼りないし土地勘もないし、ミーナはせっかく採ったキノコをそのまま頬張ってしまいそう。エミリーも……あまりいい気はしないと思います。エミリーはグィアンとあまり仲良くないのです。……シズクが好きなのでしょうか。


「うーん、となると」


 私は荷物をまとめながら考えますが、今の時間帯、狩人のほとんどは狩りにいそしんでいるはずだし、あまりいろいろ訊ね回るとグィアンたちに見つかってしまいます。

 となれば、方法は一つ。正直、危険はそんなに多くありません。慣れた道に、近い距離。太陽が輝く時間。

 滅多に危険な動物とも出会いません。だから、大丈夫です。


「よし、行こう!」


 私は荷物をポーチに入れて、こっそり村から抜け出しました。



 ※※※



 で、現在。私は泣きそうな心を懸命に押し留めています。


「ああ、なんでこんなことに……」


 私は巨大な巣を目にして憂鬱になります。枝や葉で作られた巣はローデンの巣。シズクの世界では鷲に該当する生き物で、獲物を攫って捕食します。が、シズクの世界の鷲とは違うところが一つあって。

 それは、とても大きいのです。人間を軽く攫えるぐらいには。

 迂闊でした。ああ、お腹が減ったからパンを食べようなんて思わなければ。


「ローデンって人間を食べたっけ……」


 私は必死に思い出そうとしますが、ローデンの習性が思い当たりません。肉食ではあったと思いますが、人を食べたかはおぼつかない。……自然の厳しさはわかっているつもりですが、やっぱり、もっといい死に方をしたいです。

 というか、絶対にダメ。だって、グィアンとシズクと仲直りしていない。


「急いで、逃げないと……」


 私はそっと下を覗き込みます。とても高い。それに崖です。

 ローデンは奇妙なところに巣を作っていました。断崖絶壁の途中に。

 でも、こうやって私は逃げられないし、敵にも襲われる心配がないのだから、効果的と言わざるを得ません。けれど、感心している場合じゃない。どうにかして逃げないと。

 まだ死ねないんです、私は。放っておけないお兄ちゃんやお姉ちゃんがいるんですから。

 と、覚悟を強めた時でした。ふさぁ、と羽根が羽ばたく音がして、ローデンの帰宅を知らせます。当然、逃げられる場所がないか立ち上がって探していた私はばっちり見られてしまい。

 威圧的な鳴き声が私の腰を抜かします。


「うわああ! ごめんなさい! 食べないでください!」


 私は驚きながらも謝ります。いや、交渉……? とにかく、グィアンは動物と会話することができるのです。ならその妹である私も少しくらいは……。

 返事はキュアー! でした。……何と言っているのでしょう。


「待って、待って! お願い!」


 しかしローデンは待ってくれません。ずんずんと大きな足で歩んできて、大きなくちばしを開きます。またキュアー! ダメです。理解できません。シズクはあっという間にこちらの言語を理解したのに。グィアンも、すぐに異世界言語をマスターしたのに。

 私には、何もできません。ただ、守られるだけ――。


「う、う……うわあああ!」


 私は叫びながらローデンに突進しました。キュアゥ! ローデンの声が変わった! ちょっと嫌そうな感じ! と喜んだのも束の間、ローデンは舞い上がり、私は勢い余って先にある巣の中に突っ込んでしまいました。

 で、起き上がったところ、ハッとします。巣の中には小さなローデンの子どもがいて、怪我をしていました。


「あれ……。そうか、もしかして」


 私はようやくローデンの習性を思い出しました。というより、このあたりのローデンという限定的な知識ですが。

 そう、確か、ここら辺に生息するローデンとグィアンはある種の契約を結んでいて。もしかすると、このローデンはグィアンと行動を共にする私を目撃していて。

 だからこそ、治療のために私をここに連れてきたのかもしれません。いや、そうに違いない。

 つまり、私はグィアンの代わりにお呼ばれしたのです。そう考えるとちょっと嬉しい。

 なら、この子の傷を治せば、ローデンは私を村に送り返してくれるはずです。私はポーチを漁って塗り薬を取り出すと、傷ついた翼に塗布しました。

 子どもが嬉しそうに泣きます。親鳥も喜んだようにキュアィ! です。


「これで帰れる……え?」


 唐突な爆音に私は驚きます。それは崖の上からでした。

 そして、何かが降ってきます。それは巨大な剣のようなものを振り上げて――。


「きゃあ!」


 轟音を立てながら、崖の壁面に突き刺してその巨体を固定しました。


「シズクのマッティカ!」


 レンジャーという名前のシズクの巨人マッティカです。ちなみに、バトルキャバルリーという種族名だそうです。

 でも今はそんなことどうでもよくて。シズクのマッティカがローデンに銃を突きつけようとしています。


『平気か、リムル! 今助ける』

「ま、待ってください! 待って! その子は別に害をなしているわけじゃ――」

「そうだ、シズク。銃を下ろせ」


 私に助け舟を出したのはマッティカの肩に掴まっていたグィアンでした。そんなところに掴まってて危ないんじゃないの、という思考はすぐに吹き飛びました。

 シズクとグィアンが協力して私を助けに来てくれた。そのことがとても嬉しくて。


『リムル――。やはり、何かされたのだろう』

「いや、それはないはずだ。だが――」


 シズクとグィアンが困惑しています。だから、どうにかしようと思うんだけど。

 でも、無理でした。結局私は泣いてしまったのです。

 けど、今度は違います。悲しくて泣いているんじゃありません。

 嬉しくて、泣いてしまったのでした。




 その後、私たちはローデンとお別れしましたが、その時に、こっそりローデンの巣から羽根をもらいました。親鳥は私が羽根を摂っているところを見ていましたが、別に構わないという風に黙認してくれました。お守りの材料に使えそうです。

 ありがとう、とお礼を言って、村へ帰る――前に、無理を言って寄り道をしてもらいます。キノコを採らないと、何しに村を出てきたのかわかりません。

 というより、ちょっと不満なのは、グィアンもシズクも自分たちのせいだと責任を感じて、私を叱らなかったことでした。

 たぶん、ここは兄として、また姉として……私を怒るべき場面だと思うのです。でも、二人は気まずそうに黙るか、口を開いても謝るか。なぜか私が怒ってしまいそうです。どうして妹を怒らないの、と。

 もちろん本末転倒なので黙っていますし、その挽回はすぐにでもしてみせますが。

 ヘシリィは簡単に見つかりました。ローデンの誘拐……というより救援要請? がなければ明るいうちに帰宅し準備を始めていたでしょう。

 ですが、もう空は薄暗い。なので、家に帰った私は早速支度を始めました。


「それはキノコか?」


 シズクが訊ねてきます。私はそうですよ、と答えて着実に料理を進めます。まずはヘシリィを刻んで、コロンドを捌いて、トードの柔らかい部分を丸めてこねて……。


「シズク? どうしたんですか?」

「いや……」


 シズクはずっと料理をする私を眺めてきます。そして私は問いを投げましたが、彼女がなぜこの場から離れないのかを知っています。

 また、カグヤです。シズクは私にカグヤを見出している。

 だから、ちょっぴり優しそうな目で。また、とても切なそうで。


「カグヤも料理、したんですよね」

「ああ。だが、私が直接料理を口にしたのは……こちらに向かう日だった。いつも咎めるだけで食べることはなかった。味には依存性がある。だから……味付きの食事は食すべきではないと戒めてきた。だが、間違いだったのかもしれないな」

「じゃあ、カグヤがこっちに来たら、今まで食べなかった分も、しっかり食べてあげてください」


 きっと寂しかったと思うんです。カグヤは。

 シズクの話では、カグヤは足が不自由のため、何も仕事ができなかった、らしいのです。足が不自由でもそれなりに働けるのではないか、という疑問はシズクの世界の社会……管理政府が封じてしまうらしいのです。

 工夫すれば働けるのかもしれないが、健常者はたくさんいる。わざわざ不出来な人間を使用する理由が見当たらない、とかで。

 それはとてもひどいことだと思いますが、シズクも、もしかしたらカグヤも達観しているのでしょう。

 そうしなければいけない理由がある。事情が存在している。

 漠然とですが、私もだんだん理解してきました。

 でも、だからこそ、シズクは痛感したのでしょう。

 カグヤは自分のためではなくシズクのために料理を作っていて。

 今までそれをないがしろにしてしまったから、後悔している。

 仕方なかった、という言い訳はシズクにとって矢と同じです。シズクは同情されるよりも、罰せられることを望みます。責任感の強い人なのです。歳も私とそんなに離れていないのに。

 だからこそ、時折、猛烈な不安に襲われます。

 と、感傷に浸っている場合ではありません。今はお料理。

 鍋に具材を投入し、後は煮込むだけです。シンプルな料理ですが、油断すると焦がしたり、味が変わってしまったりします。

 ゆえに、私は鍋とにらめっこを開始します――と思ったのも束の間、嗅覚が鋭いミーナが台所に侵入してきました。


「おいしそうな匂い!」

「わ、ミーナ! ダメ、今は!」


 私が防衛線を築こうとした刹那、シズクが割って入ってくれました。今はダメだ、ミーナ。そう説得するシズクはまるで部族のリーダーであるグィアンのよう。

 ですが、食欲旺盛なミーナは簡単には止まりません。フィレンが後ろで食い止めようと身体を掴んでいますが、私たちより力が数倍も上の彼女でさえもどうにか塞き止めている状態なんだから、きっと私が止めようと思っても吹き飛ばされてしまうでしょう。

 あわあわとしている私の傍で、シズクがミーナの肩に手を置きます。

 そして、告げました。魔法の言葉を。


「今は待て、ミーナ。最高においしい料理を食べたいだろう?」

「はーい! 食べたいでーす!」


 ミーナが手を上げて賛同し、動きを止めてくれました。後ろのフィレンは勢い余って彼女の背中に鼻をぶつけて痛そうにしています。ちょっと可哀想。


「何をしているのですか、ミーナ、フィレン。隊長の邪魔をしてはいけません」


 エミリーがやってきて、二人を退室させます。フィレンはちょっと居た堪れないですが。エミリーは私の方を見て、その後シズクを見ます。ほんのちょっとだけ幸せそうな笑みを浮かべると、部屋の奥へと移動していきました。


「まだかかるのか?」


 入れ違いで入ってきたグィアンが訊ねてきます。私がうん、と答えるとグィアンはいつも通り悪い、と詫びを入れてきました。

 直感します。グィアンは食べないで向かうつもりだ、と。いつも行っている導師、そして戦士としての職務に戻るつもりだ。


「周辺の偵察に向かう。お前たちだけで食べろ」

「そんな……」


 引き止めないといけないけど、引き止めていいのかわからない。

 私は言葉を失い、顔を俯かせます。すると。


「待て」


 シズクがグィアンに声を掛けました。しかし、ちょっと挙動不審。

 目が泳いでいます。たぶん悩んでいるのでしょう。その選択が正しい物なのか。


「リムルが料理を作ったんだ。食べていくべきだろう」

「だが、敵がいつ現れるかも知れない。相手はトレリアンだけではないからな」

「いや……それは」


 シズクが困惑します。きっと頷きかけたのでしょう。

 シズクはグィアンの行動が正しいと思っているはずです。何せ、逆の立場なら絶対にそうしたのですから。

 だけど、私のために、グィアンに食事を摂るべきだと言ってくれています。

 その姿を見たら、どうでもよくなっちゃいました。だから行っていいよ、と言おうとしたのですが。


「私が代行しましょう。不本意ではありますが」


 唐突に声が掛かります。エミリーが戻ってきていました。

 その瞳には、相反する二つの感情が映っています。シズクが休むのは嬉しいけれど、グィアンと共に過ごすのは好ましくない。そう考えているのでしょう。

 だけど、エミリーはシズクを第一優先に考えているようです。だから、例え不本意な形でも、シズクが幸せなのならばそれでいいと。

 その考え方は、ちょっと不安です。彼女も、自らの信念を貫き通して遠くに行ってしまいそうな。


「しかし、見極められるのか? 敵と味方を」

「私はコール。情報分析に長けています。インディアンについても既に十分なデータが揃いました。瞬時に判別し、適正な判断を下せます。あなたに言われずとも、役目は果たして見せましょう。……よろしいですか、隊長」

「ああ、頼む。ありがとう」


 シズクが感謝すると、彼女もまた薄く嬉しそうな笑みを作りました。

 そして、戸口へ向かいます。私も背中に感謝をぶつけました。


「ありがとう、エミリー!」

「構いません。それに、あなたには少し負い目もありますので」


 負い目……? とエミリーの発言に気を取られた私は、すっかり鍋から注意を逸らしていたことを思い出します。吹きこぼしそうになったので慌てて鍋を火から離し、グィアンが指を弾いて火を消してくれました。

 私は鍋をテーブルへと持ってきます。床には期待した眼差しをらんらんと輝かせているミーナと、疲れた様子でため息を吐くフィレンがいました。

 テーブルの中心に鍋を置き、木製の皿を並べます。フォークとスプーンも。


「座って、シズク、グィアン」

「いや」「しかし」


 二人揃って私の役目を奪おうとしたのでしょう。ですが、そうはさせません。二人が手伝う前に私はふたを開けて、湯立つスープをそれぞれのお皿に取り分けます。

 これがお母さんのレシピに載っていたコロンドとトードのスープです。ヘシリィの風味が食欲を引き立てる、栄養満点の一品です。


「はい、食べていいですよ」

「いただきます!!」


 と私が合図すると、うずうずしていたミーナががっついて、おいしいー! と本当に嬉しそうに感想を言ってくれます。隣のフィレンも一口コロンドのカットを食べて顔を綻ばせてくれました。

 けど、問題はシズクとグィアン。二人は困ったように顔を見合わせます。


「嫌いだった、ですか?」


 不安に苛まれた私は訊ねます。と、シズクが意を決して食べてくれました。

 そして――顔に笑みが。すぐに失態だと言わんばかりに顔を無表情に戻します。そのギャップがおかしくて、私は笑ってしまいそうになりました。

 最後に、グィアン。彼も黙々とスプーンでスープを口に運び、


「いい味が出てる。母さんのスープにそっくりだ」

「本当!?」


 最高の褒め言葉を受け取って、私もせかせかとスープを一口。

 ですが、まだ雑味があるように思えるのです。小さい頃の記憶では、もっと澄んでいたような。


「なんかちょっと違う気がする……」

「グィアンは味の違いがわからないんだろう」


 私に同意したシズクがグィアンに言います。シン、と部屋が静寂に包まれる。

 その後に、大きな笑い声が起きました。きょとんとするのはシズクとグィアンだけ。かくいう私もお腹を抱えるぐらい大笑いをしてしまいました。


「なぜ笑うんだ。私が何かおかしなことを言ったのか?」

「だ、だってシズク……! いつも味なしの食事……ぷくく」

「隊長さんに言われたくないって思いますよ! あはは!」

「た、確かにあの血抜きしただけのシカ肉を出した人のセリフじゃありませんね……ふふ」


 というわけで。

 その後も私たちは食事と会話を楽しみました。昨日は最悪な日だったけれど、今日は最高の日で。

 家族って、兄妹っていいなって、心から思ったのでした。



 ※※※



「ふふ……いっぱい話したいことある」


 書き溜めた日記帳を閉じて、私は思いを馳せます。

 自分とそっくりな……シズクの妹、カグヤに。

 きっと仲良くなれると思う。絶対に。

 だから、彼女がこっちに来た時には。

 いっぱい、いっぱい、話すんです。兄と、姉のことを。

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