私の戦い
目の前には巨大なやぐらが組まれている。今回の葬儀は特別なものだ。
偉大な戦士を祭るための、盛大な儀式。その光景を私は無表情で眺めている。
私の前方では、たくさんのインディアンたちが祈りを捧げていた。しかし、私は見ているだけだ。何をしている、とは思うが、身体が動かない。理性では認識しているはずが、現実をどこかで認めたくないのだろうか。
いや、違う。必要ないと感じているからだ。そういう約束をした。
「シズク」
「……必要ない」
隣に立つリムルからハンカチを差し出されたが、受け取りを拒否した。すると、彼女は首を横に振って指摘する。
「必要です。だって、シズク泣いてる……」
「そのようだな。今、気が付いた」
言われて初めて泣いていることに気付く。この不覚は一体何度目だろうか。
一度目はグィアンかカグヤの選択を迫られた時だ。そして、二度目は――。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ハンカチをリムルに返し、様子を見守る。火は放たれていない。この場に精霊術を操れる者がいないからだ。代わりにたいまつに火をつけたビヒスが現れて、着火する時を待っている。このような重大な儀式によそ者であるはずのビヒスを選択したこの村の人々はとても深い懐を持っている。
まさに、この村の導師のように。しかし、彼はいない。
私は拳を強く握りしめる。
「悲しい……ですか、シズク」
「お前はどうなんだ、リムル」
「悲しいし、寂しい。もう一度会いたいって思います。本当は、泣きたいですよ。でも、私は導師の妹ですから。ちゃんとしないと」
「お前は泣いてもいい」
「はい。なので、後で、甘えさせてください……」
リムルは儚げな顔で笑顔をみせた。私は虚を突かれて揺れる。彼女を抱きしめて、永遠と子どものように声を上げて泣きたい衝動に駆られたが、堪えた。
そうとも、それは終わった後に、密かに行うべきだろう。
「では、始めます」
ビヒスが宣誓して、やぐらに火を灯す――瞬間、盛大な炎が燃え上がった。
虹色の、炎。精霊術の火。私は周囲を見渡し、発生源を特定する。
「グィアン……」
グィアンが手を翳して、炎を灯していた。絶対安静だというのに。
「全くもう、お兄ちゃん」
「あの男は……仕方ないな」
「シズク?」
私はリムルの傍を離れる。無論、あの男をベッドに寝かしつけるためだ。
「いいんですか? 最後まで見なくて」
「今はグィアンを家へ帰すのが急務だ。代わりに祈ってくれ。エミリーに」
「はい。……ふふ、困ったお兄ちゃんとお姉ちゃん」
リムルの笑顔からグィアンの憮然とした表情へと視線を切り替える。彼は無表情でやぐらの炎をその瞳に写していた。接近する私を一瞥しても顔色一つ変えずに、
「何をしている」
「それはこちらのセリフだ。お前こそ、何をしている」
同じ問いを返すと、彼は淡々と応じた。いつも通りだ。満身創痍でも。
「エミリー・コールは偉大な戦士だった。弔いには、俺も参加するべきだろう」
「彼女はあまりお前を好んではいなかったようだが」
「それはそうだが、だとしてもだ。彼女の本意ではなかったかもしれないが、それでも我々に協力してくれた」
「……そうだな」
私は今一度燃え盛る炎を見た。エミリーは私を助けたかったと言った。
私を愛していたから。恋してしまったから、私に尽くしたと。
その形は、その行為がもたらした結果は、彼女の本意だったのだろうか。
……いや、考えまい。彼女は言ったのだ。この道は正しいのだと。
「家へ戻るぞ。お前は重傷なんだ」
「同じく重体のお前に言われたくはない」
「私はいわゆるスーパーヒューマンだ。お前たちなら全治一か月でも、私なら一週間とかからない」
「俺には精霊がついている。だから、問題ない」
だから私は平然と歩き、グィアンも動きこそ鈍いが動けている。
折れた骨は修復されたし、潰れた臓器も再生した。
しかし、それはそれ。これはこれだ。いくら彼が他のインディアンと違うとはいえ、やはり私たちに比べれば脆いのだ。寝る必要があるのなら、寝るに越したことはない。
「家で休め。手を貸す」
「必要ない……」
「いや、必要だ。お前がそう言う時は。行くぞ」
彼に密着し、肩に手を回す。彼の足取りに合わせてゆっくり進む。
集落は静かだった。ゆえに、背後からの足音は善く響き、その会話内容も明瞭に聞こえた。
「あ、隊長さーん。ふぐ」
「ダメですよ、ミーナさん。今、いい雰囲気ですよ!」
「どういう意味、それ。隊長さんとグィアンが二人一緒にいるだけ――」
「だからですよ! 大した用事じゃないんだから後にしましょう!」
フィレンがミーナを引っ張ってどこかへと去って行く気配がする。お節介な奴らだ、と思う反面、猛烈に意識し始める。
この感覚は奇妙だった。身体中が熱くなるような。
あの時と……逃避しようとした時と似ているが、明確に違う。こちらの方がより純粋だ。
そう、私は純粋に、隣にいる男を求めている。
途端に鼓動が激しくなった。
「――っ」
「どうした」
「いや……。そういえば、私は……お前の蘇生処置をした時に……」
「感謝している。お前のおかげで俺は死なずに済んだ」
「そうではなくてだな……その」
言葉の選択に迷う。どうすればいいのかわからない。
これほど過程が……最終目的に至るまでの順序が難題だとは思いもしなかった。母も父相手にこのように苦悩し、迷ったのだろうか。
「何だ」
「……人工呼吸を、したんだ。後遺症などはないか。普段、そのような処置はしない。基礎知識として備えていただけで、士官学校ではそもそも蘇生術を本格的に習ったりはしない。他人とは見殺しにするべき存在だと教えられてきたからな」
話の内容が逸れる。しかし本題よりも副題の方が饒舌に話せてしまうのだから、このシークエンスはとても奇妙で難問だ。
グィアンもすっかり私の話に引っ張られ、生真面目な口調で応対してくる。
「しかしそれは」
「いや、いい。管理政府にも問題は確かにあるが……責任があるのは彼らだけじゃない。私も、いや、私の方がなお性質が悪い。そうしなくてもよいと知りながら、殺してきたのだから。だが、今話したいのはそういうことではなく――」
「前も言ったが、お前がどれだけ罪悪感を抱こうとも――」
「待ってくれ、違うんだ。私はただ」
「あの……」
私が話の方向性を修正しようと試みたタイミングで、不意に声を掛けられる。知り合いかと思って目を配った瞬間、無意識にホルスターへと手が伸びた。
白い軍服と、ベレー帽。ホワイトベレーの少女が前に立っている。
だが、グィアンが手で制した。よく視てみろ、と言われ彼女の顔を観察する。
知り合いだった。と言っても、ほぼ初対面だと言っていい。
「あの時の兵士か」
「はい。あなたに命を救われた兵士です」
背筋を伸ばしたショートカットの少女は私を畏敬の念で見上げている。アラモ砦で、将校相手に不本意な生存交渉を強いられかけていた少女だ。
彼女は希望を見出したような顔をしている。私はそんな目で見られるような人間ではないと答えそうになり、グィアンに遮られた。
「逃げてきたのか」
「ええ。それで、あなたに礼を申し上げたいと機会を窺っていたのですが、生憎、見つからず……」
「それで、今来たのか。今か……」
間が悪い、と素直に思う。以前の私なら思わなかっただろうが。
「不都合でしたか?」
「いや、構わない」
と言いながらも私は小さく嘆息した。そして、がっかりできる自分のおかしさに小さく笑みが込み上げる。
私の含み笑いを見て訝しんだ少女は、テンプレートのような敬礼を見せて、
「私はアウェル・ハックです」
「ハック……通信士か?」
「はい。通信士です」
私は堪えきれず大笑いをした。勢いよく笑い過ぎて咽てしまう。困惑するアウェルに私は笑みを止める努力をしながら大丈夫だと告げた。
「お前をバカにしたわけじゃない。しかし、ハハ……あの部下は、本当に――」
エミリーの火葬の日に都合よく必要な人材である通信士が現れる。
そんな奇跡があるだろうか。いや、有り得まい。精霊の神秘だろう。
あの忠実な部下は、最後の最後まで私に尽くしてくれている。
そして、少し咎めているのだろうか、とも思う。大切な葬儀に男へ関心を馳せた罰か。
「エミリー……すまない。ありがとう」
「……誰のことですか?」
「後で教える。……まず意志を確認しよう。お前は」
「私はあなたに感謝を述べ、そして恩を返すべくこちらを訪問しました。何なりと私を使ってください。もしあなた様が望むのなら、ですが」
「様はいらない。私のことは隊長、もしくはシズクと呼べ」
「では、隊長。これより私はあなたの部下です」
アウェルは恭しく首を垂れる。何か指示はありますか?
その問いに私は答える。隊長として。
「今はないが、すぐに働いてもらうことになる。……覚悟はあるか?」
「はい。例えどのような強敵相手でも恐れずに――」
「違う。アウェル。……人間になる覚悟だ」
「は、は……?」
「私はこの男を家へ連れて行かなければならない。また後でな、アウェル」
呆けるアウェルを残して、私たちはグィアンの家へと足を運んだ。
グィアンの家は、広いが質素だ。リムルの部屋が興味があるものや拾ってきたもので埋め尽くされているのとは対照的に必要最低限のものしか置かれていない。
ある意味無駄ではない。だが、別の意味では無駄だ。スペースの無駄遣いだ。
「もう少し物を置いたらどうだ」
「必要な物はある」
「不必要な物をだ」
「不必要な物をなぜ置く必要がある」
「その通りだ。確かに」
私は首肯する。彼の言葉は正しい。
そう、思っていた。昔の私なら。だが今は。
「しかし、他者とのコミュニケーションで有用になる場合もある」
「一理はある」
「だが一理しかないと思っているな」
「その通りだ」
というグィアンの返事は予期していた。全く、呆れた男だ。
私はグィアンをベッドに横たわらせ、しばらく彼を眺めていた。何をしている、と問われる。逆に訊ねた。私は何をしているように見えるか、と。
「看病だ」
「なら、そういうことだ。お前が寝るまで待つ。そうでもしないとお前は抜け出すだろう? 抜け出さない、などと言うな。事実なのだから」
私は先手を打って彼の反論を塞ぐ。実際に彼は押し黙り、目を瞑った。
まだ寝てはいない。一体この男はいつ寝るのだろうか。一切隙が無い。
だが、そういう男だからこそ私は惹かれるのだろう。また再発した動悸と感情に、目が泳いだ。頬が熱くなっているように感じる。例え錯覚だとしても。
「退き時か……」
私は立ち上がった。恐らく彼はまだ寝ていない。
しかし、その前に私が耐えられそうになかった。これは戦術的撤退だ。
そう考えて部屋から出ようとする。と、背中に声が掛けられた。
「寝るまで傍にいるんじゃなかったのか」
「予定が、変わった」
「そうか。またな」
「…………」
私は逡巡する。ここは勇気を出して残るべきではないだろうか。
そもそも、私はもっと過激な言葉を以前口にしているのだ。あの時は平然とできたことを、なぜ今になって声に出すことを躊躇うのだろうか。
進むべきか。引くべきか。悩む。苦悩する。
そして、結局、私は撤退を選んだ。無言で立ち去る。普段なら極力立てない足音と木の床が軋む音がやけにうるさく聞こえた。
その足で、自宅へと戻る。新しい我が家へと。私の部屋も、グィアンのことは言えないほどに何もない。だが、たった一つ。とても大切なものが、もはや自身の命と言っても差し支えないものがあった。
その前に座る。両手で抱えられるほどの大きさのポッドの表面を優しく撫でる。
「ただいま、カグヤ」
返事はない。まだコミュニケーション可能なモジュールと接続できていないのだ。
足が不自由だった妹は、身体を全て奪われ脳ユニットだけになってしまった。
それでも今、私の手元にいる。手放しでは喜べないが、まずは良しとする。
無論、これは終わりではない。これはハッピーエンドではない。
まだ、戦う必要がある。異世界と私たちの世界の戦争は始まったばかりだ。
フロンティアの独立は未達成。ポータルを破壊しなければ、戦いに終止符を打つことはできないだろう。人間味を帯びてきたと自負する私でさえ、話し合いで解決できる事態だとは思えない。生存が懸かっているのだ。
自分を生かして他人を殺すか。他人を生かして自分を殺すか。
幸いにもその天秤から私は外れたとクリミナルは言った。
やれることは限られるだろう。そう易々と目的は達成しえないだろう。
さらに、私は弱体化している。あの時よりも明らかに私は弱くなった。
それでも、私は戦う。私のために。
インディアンたち。私を隊長と呼ぶ仲間たち。
リムルとカグヤ、そしてグィアンのために。
「私は勇敢なる者らしいからな。勇敢さを示そう。……お前の身体も手に入れる」
カグヤは何を思っているのだろうか。まだわからない。
喜んでいるだろうか。悲しんでいるだろうか。怒っているだろうか。
でも、その感情はきっと、以前よりはましになっているはずだ。
「そうだ。お前のために。この世界で私と幸せに暮らすために、入手するんだ。だから、そんな顔はするな」
私はカグヤに語り掛ける。そして立ち上がると、窓へと近づいた。
外を見る。その先を見る。集落の、アラモ砦の、ポータルのその先へ。
「それに、もっと他にやるべきことがあるようだ」
勇敢なる者にしかできないことが。
私はそれを成す。自分のため、そしてまだ見ぬ者のために。
私は戦う。私の愛しい者たちのために。
歯車ではなく、兵士でもなく、人間として。
――第二部へ続く――




