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勇敢なる者

『隊長、私も援護します!』

「いや……止せ。カグヤを安全なところへ」


 フィレンの申し出を断りながら、接近する敵機へ集中する。クリミナルはお遊びのようにソードを構えていた。私もまるでじゃれるようにブレードの柄をレンジャースピリットの白い腕で握らせる。

 一閃。騎兵と騎兵が交差する。


『ハハハ、いいぞ。こんなに興奮したのは何百年ぶりだ?』

「お前の世迷言に付き合う暇はない!」

『と言いながらも君は、私の言葉へ感情的に反応しているな。ただの兵士が遺伝子の規範を超え、人間になった! これぞ長年待ち望んでいた変異だ! 君の母親もそうだったが、あの時は時代が悪かった』

「黙れ!」


 レンジャーに跨るレンジャースピリットと騎馬に乗るピースメーカーの距離が離れる。そしてまた交差し互いの得物を薙ぐ。銃器が誕生し、発展する前の基本的な戦闘。騎士は戦闘のエキスパートであり、馬に乗れない哀れな歩兵たちを蹂躙するのが仕事だった。

 騎士の敵は騎士だ。同じように馬に跨り、重い鎧を着て、高価な武器を扱う同類だ。

 

『お母さん……?』


 カグヤが唐突に出た母という単語に反応を示す。


『ああ、そうだとも。カグヤ君。君を産んだせいで悲惨な末路となったお母さんだよ』

「耳を傾けるな、カグ!」

『酷いな、シズク。家族の話は聞きたいだろう……? それとも君は、この世界でできた家族と、熱心に愛する妹さえいれば十分か?』

「何を言う!」


 ブレードとソードの決闘なので、一撃を与える度に離脱する羽目となる。通常戦闘では理に適った戦法だが、敵が説教師である場合は煩わしいことこの上なかった。その遅撃さは、まるで古めかしいリボルバーの装填速度にも匹敵する。


『感情的になるな、シズク』


 クリミナルは諭すように言いながら、それでもゆったりとした戦いに飽きをみせた。剣を鞘に戻し、リボルバーを取り出す。シングルアクションアーミーのリサイズ版である古めかしいリボルバーのローディングゲートを開き、本来ならゆっくりであるはずの再装填を目にも見張る速さで行った。

 私がピースメーカーに最接近する前にリロードを終えて、撃鉄を起こし早撃ちをする。弾道を読んで弾丸を切り裂く。彼の狙いは私だ。馬を狙い撃つことはない。

 一世一代の決闘だからというセンチメンタルな理由ではなく、単純に防御力が増強されたダンゴムシを銃撃で破壊することができないのだ。


「黙っていろ」


 私は銃撃を防ぐ。クリミナルは突然転身し、私から逃げ始めた。


『黙りはしないとも。命を燃やすこの瞬間を、寡黙に過ごすなど考えられんな。……クールに決めて罪なき大人子どもを平然と虐殺する奴よりは親しみやすいと思うがね』


 カキュン、という擬音語にすると間抜けに聞こえる音が反響する。


「…………」

『そんな怖い顔をするな。以前のデータと現在の君のデータを比べたら、きっと誰もが同一人物だとは思い当たらないだろうね。ただの社会の歯車が、これほど生き生きとした人間となった。自分で思考し、行動する。この誰の遺伝子にも埋め込められている低度なプログラムを、社会というインプラントで矯正されている者が一体どれだけいるか知っているか? ああ、知っているよな。そして、そのバカらしさを誰もが気付いているが、誰一人手が出せない。一部の、異端者を除いては』

「私をバリアントだと言いたいのか」

『ハハハ、白々しいな、シズク』


 そうする合間にも銃撃は続く。防御し、六発撃ち切ると鮮やかなリロードタイムが始まる。その瞬間、非常に賢い名馬でありドライバーであるミーナは、できるだけ距離を詰めるべく全速力で走る。

 木々が生える森、自然の中で繰り広げられる鬼ごっこ。これもカグヤが一度行いたいと憧れていた遊びの一つだ。場所もシチュエーションも彼女の想像とはかけ離れているのは明らかであるが。

 ブレードで邪魔な木を伐採する間にも、言葉と銃弾は一緒になって穿たれる。


『皆は誤解をしている。変異体……バリアントこそ、世界の希望だよ』


 反論しようと口を開き、閉ざす。単純にそう信じたかったという感情的理由と、クリミナルの声色が真実味を帯びていたからだ。

 どういう意味かと訊き質そうとする心を調律する。今は戦闘中だ。返事は言葉ではなく、行動で返す。


『ああ、シズク。知的好奇心に蓋をするな。まぁ、でもそれもいい。全てをただ与えられるようではそれこそ、管理される民衆と同じだ。君はホワイトベレーだ。自分で考え、歩みたまえ。何せ君は……』


 と彼が何かを言い淀んだ時に、私たちの騎兵がピースメーカーに追いついた。


『隊長さん!』

「グィアン、手を貸せ!」


 ブレードが光る。数多の自然の力を吸収する。ソードと何度か斬り合い、ミーナはレンジャーを騎馬の左側面へと貼り付かせた。縦、横、右、左、上、下。考えられる方向からブレードを薙ぎ、強化された力で戦争のルーツをねじ伏せる。

 ソードを弾き、ピースメーカーがバランスを崩した。直後、ミーナがダンゴムシを馬にぶつけ、その頭を私が刎ね飛ばす。


『おお……! なんということだ』


 クリミナルは嘆きながらも、やはりその表情は平然としていた。ピースメーカーは落馬と同時に体勢を立て直し、構えたライフルをダンゴムシの左後ろ足に命中させる。


『へ、あれ? コントロールが!?』

「ミーナ、機体を止めろ。後は任せろ」


 暴走状態になったレンジャーホースから私は飛び降りる。


『は、はい! 止まれ……!』


 コントロールを失ったミーナの騎馬が勢いを止まることなく離れていく。その姿を見送った私は、ブレードの切っ先をピースメーカーに向けた。

 開けた広場による一騎打ち。シャルリ・ハンマーとの戦闘が思い浮かぶ。

 彼女も、殺さない方法があったのではないか。今では、いや、今だからこそ強く思う。


『私はどっちにすればいいのだろうな』

「何……?」

『単純なスペックから、ライフルに拳銃は敵わないと豪語するメキシコの暴れん坊か。それとも、対策として金属板を胸元に仕込み、何度撃たれても復活する男のように振る舞うべきか』

「お前にはどちらもふさわしくない。もちろん、私もな」


 私たちは荒野の用心棒の主人公にも悪役にもなり得ない。ここは戦場だ。

 異世界の戦場だ。よそ様の土地でそれぞれの持論を翳し殺し合う、許されざる者による愚行だ。


「そうだな。では、我々らしく振舞おう」


 クリミナルの意志を反映したピースメーカーはライフルを投げ捨てた。代名詞であるリボルバーピースメーカーも放り捨てる。引き抜いたのは剣だ。騎乗しながらも歩兵を薙ぎ倒せる騎兵用のロングソード。

 私もたくさんのインディアンを殺したヴィブロブレードを構える。罪なきインディアンを殺した血も、このブレードには付着している。


『バトルキャバルリーピースメーカーが出現するまで、近接戦闘は過去の遺物だった。だが今や……銃弾を剣で切り落とせるようになった君たちは、違う。昔の人間たちから見れば、今の君たちは羨ましく思えるかもしれないな』

「だが、私は、昔の人間の方が羨ましいがな」

『隣の芝生は青く見える。ままならないのが人生だ。だが、自分で切り開ける部分も存在する。シズク……勇敢なる者(ドレッドノート)

「私は勇敢じゃない。だが、他人から見て勇敢だと思えるように、動く」

『では、示すがいい。その勇猛果敢さを』

「望むところだ」


 先に動いたのは私だった。近接武器での戦闘は、どうしても単調になりやすい。攻守がはっきりしているからだ。

 刃と刃を激突させ、反動で刀身が後退する。次なる斬撃をブレードで防御することもできたが、あえて無防備な左腕を差し出す。腕が切り落とされ、宙を舞う。敵がアクションを起こす前に操縦桿を動かし、斬打。ピースメーカーの体勢を崩す。そのまま好機到来とばかりにペダルを踏んで歩を詰める。肉薄した私へクリミナルがソードを操る。胴体に命中する前に受け止めたが、彼はそのまま左肩へと先端を突き刺した。流動装甲が抉られ、中のフレームが剥き出しになり、燃料が血のように流れ出る。そのダメージを俯瞰モニターでチェックしながら、冷静に切り返した。ピースメーカーの首元にブレードの刃が深く刺さる。

 このままでは負ける。同士討ちは有り得ない。

 レンジャーとピースメーカーでは後者の性能が高い。軍配が上がるのはピースメーカーだ。ホワイトベレーに支給された使い捨ての消耗品では、何度も繰り返し使用することを前提とした高級品には抗えない。

 そうとも。シャルリ・ハンマーの時と同じだ。あの時と。


「私では、勝てないか」


 後一歩のところで私とクリミナルは静止していた。後は操縦桿を横に引くだけで、クリミナルを始末することができるというのに。


『ああ、そのようだ。君では勝てない』

「道理だ。私は赦されない者。一人では、勝てないさ」


 そう、一人では。レンジャーが精霊術の力を再び授かる。

 グィアンと――この世界に生きる精霊たちの力を借りて、私は操縦桿を思いっきり引いた。ロングソードによって轟音が鳴り、機体が軋み、左側が不自然に盛り上がるのが端目に見える。だが、気にしない。敵に、クリミナルに集中する。操作のタイミングは同じだ。勝敗を分けるのは機体の性能と……自分と似た思考回路を持つ相棒の有無だ。

 スパークがコックピット内で起こる。左側面に穴が開いた。


『完敗だ、シズク』


 クリミナルの敗北宣言。俯瞰視点では、レンジャースピリットがピースメーカーの首と、ソードを持つ右肩を切断していた。

 対してピースメーカーの攻撃も、ぎりぎりのところまで迫っている。コックピット内の防護装甲が歪み、横を向けば銀色に輝くソードの刃を確認できた。


「勝ったのは私ではない」


 応じながら、ピースメーカーを観察する。優雅な機体はもはやその美しさのかけらもなく、どれだけ優美な装飾を施したとしても、結局はただの人殺しの兵器であるという現実を余すところなく伝えている。バトルキャバルリーの腹が割れて、中身が零れ落ちるようにクリミナルが姿を現した。両手を上げて、ハッチの淵へ立っている。


『降参するよ、シズク』

「降参……だと」


 その概念は理解できる。その言葉は既知である。

 だが、違和感は拭えない。今更、という想いも芽生えている。

 この男は……カグヤの身体を奪い、エミリーを殺したのに。

 全てが予定調和と言わんばかりの笑みを浮かべて、投降しようとしている。


「エミリー・コールを知っているな」


 質問が私の口を衝いていた。理性が喚いているが、私は感情赴くままに訊ねる。


『ああ、知っているとも』


 クリミナルは機体から飛び降りた。両手はしかと天に向けられたままだ。


『君を愛していた女性だ。同性愛者。……同性愛では子どもができない。遥か昔では悪魔狩りの対象となったマイノリティだ。皮肉なことに、現代では殺すための生贄としてエミリーは選ばれた。有能であり、優れた素質を持ち、さらには生殖行為を行ったところで欲求が満たされるだけに過ぎないというのに、社会は、政府は、いつの間にかできていたルールに従い、彼女を変異体と認定。ホワイトベレーに所属させ、そして最後が……実にロマンチックな姿だった。最後の最後まで、君のことを案じていたな。しかし哀れなのは、君に想い人がいたことだ。そして君は、全てを愛せる女性じゃない。愛する者と愛せない者を……取捨選択する。どれだけエミリーが君のことを思おうとも、君の眼中に彼女は映らない。献身的な彼女は、死ぬ間際まで忠実な部下だっただろう?』

「お前が殺した」


 右手に力が籠る。初期位置へ腕を戻すのに、何の躊躇いもなかった。


「そうだとも。抵抗してきたからな。もし攻撃してこなければ、殺さなかったが」

「……」

「ふざけるな、と糾弾しないのか。できないだろうな。何せ、君もそうだったから。そうやって自分のことを棚上げにするほど君は厚顔ではない。謙虚で、自分に厳しい。だから言葉は放たない。代わりに行動を選ぶんだ」

「カグヤの身体を奪ったな。脳だけにした」

「そしてなぜだ、とも訊かない。まぁ、答えは簡単だがな。君との試験に必要だった。ただそれだけだ。必要なことを必要な分だけ行っているだけに過ぎない。さて……君、質問だが、この行為は君にとって必要なものなのかね?」


 クリミナルは笑った。死地にいるというのに笑える。エミリーとは違う笑顔で。

 その笑顔の理由は、余裕の表れは、一体なぜなのか。考える暇も気もなかった。


「止せ、シズク!」


 追いついたグィアンが叫ぶ。警告をするように。

 しかし、聞くつもりはなかった。奴と私は似ているが、根本的な部分では異なっている。奴は無用な殺傷はしない。復讐という個人的理由を振りかざすこともない。

 だが、私は違う。自分のために、この男を殺す。

 自分を殺して、他人を生かすか。他人を殺して、自分が生きるか。

 悩みはなく、言い訳も必要ない。


「終わりだ」


 私はブレードを縦に振り落とした。クリミナルの身体が破裂する瞬間を想像して。

 直後に、結果がモニターへ反映される。割れた画面はブレードが生身の男に振り落とされる瞬間を表示して、


「ああ、酷いな。降参すると言ったのに」


 男が片腕でブレードを受け止める瞬間を鮮明に映した。


「何――!?」


 機体が何か強力な力に押し込まれて、体勢を崩す。ハッとした刹那、前方へ何かが飛来して画面の真ん中に穴が開いた。

 否、それは腕だった。青い服を纏った腕が、ひび割れた画面の中から生えてきている。俯瞰モニターを一瞥。男の腕力で流動装甲に風穴が空いた。


「バカな……」

「ああ、何度も言ったじゃないか。私はずっと君たちを見ていたと。そんな存在がただの人間だと思ったのか? ヒントはたくさんあったぞ」

「……ッ」


 理解は及ばないが、かといって有り得ないと一蹴すれば致命傷を負う。グィアンとの戦闘で学んだ教訓を生かし、緊急脱出コマンドを実行する。

 天井が開き、大空へと放出される――はずが、右足が手で掴まれて、私の身体は無理矢理地面へ引き戻された。物理法則を捻じ曲げたとしか思えない怪力で男は私の空中脱出を阻むと、私の身体をハンマーでも振るうかのように白い騎兵の装甲へ叩きつける。二、三度叩かれて、私は蹴りで拘束を抜けようとした。だが、蹴り程度ではクリミナルは私を手放さない。GMHの蹴りでさえも。明らかに人のそれではない。


「く、ぐ! う!」

「シズク、学びたまえ。君は復讐に我を忘れるべきではなかった。アラモは忘れるべきだった。確かに君は情熱的だが、時として人には耐えなければならない瞬間があるんだ。例え大事な人を殺されたとしても、堪えなければならない時が。独立し合衆国に編入したテキサスが南北戦争の南側に属してしまったように」

「が、あ!」


 視界が上下左右に揺れる。振り回されている。吐き気は催さないが、血は流れた。

 スリングに通していたMC33の安全装置を外し、クリミナルに向かって放つ。しかし跳弾し、彼の身体を抜けない。むしろ跳ねた弾で自分を傷つけかけた。


「バカな……うあッ!!」


 私は投げられる。地面を三度バウンドした後に止まった。


「冷静に対応すれば、こんな痛手を被ることはなかったはずだ。……本当に自分にとって何が大切なのかを考えたまえ。一時の欲求に従い、私を血祭りにあげることが、本当に君にとって必要なことだったのか?」


 血と土を吐き捨て、私は立ち上がる。が、激痛に身体を不自然に曲げることになった。痛み止めが切れて、副作用である倍の刺激が全身を襲う。息が止まりそうになるほどの痛みに、慣れた動作である銃の操作もおぼつかない。

 引き金が、引けない。自身の役目として産まれる前から定められていた行為でさえ。


「あぁ……ぁ……」

「もし復讐をせずに、距離を取り、仲間たちと私を拘束すれば、もっと安全に事態を収束できたはずだ。……見てて痛々しいぞ。身体は震え、顔は青ざめ……今にも倒れそうだ」

「うぅ……ッ!」


 もはやまともに反論すらできずに、身体だけを動かす。銃を脇に挟んで固定して、両指で引き金を引いたが、弾道は不規則になり終いには銃の反動を押さえきれずに仰向けに倒れる。サブマシンガンを捨てて、今度はハンドガンを取り出そうともがくが、ホルスターの拳銃を取り出すのに悪戦苦闘を強いられた。かちゃり、かちゃり、と掴めない。グリップを掴んでも、引き出せない。最低限の握力すら行使できない。


「ぐ、く……ぁ、あ」

「しかし君が美しいのは、例え愚かしい行動を取ったとしても、すぐに間違いを認めて改善しようと努力することだ。開き直り、さらに愚かな行為を取ったとしても咎める者は誰もいないというのに。原動力は良心の呵責かね?」

「――――!」


 歩み寄ったクリミナルは私の腹を踏んだ。ただ踏まれているだけだというのに、はらわたをぐちゃぐちゃにかき回されているように感じる。悲鳴しか上げられない。手は動かなくなり、身体は陸に打ち上げられた魚のようにびくびくとあらぬ方向へ動くだけだ。

 視界も灰色に染まっていく。しかし思考だけは不自然に行えている。

 何がそうさせるのかはわからない。生まれつきインストールされていた生存本能か。

 それとも、別の、もっと違うものか。


「喘ぐだけか? シズク。違うだろう。示せ」

「あああ、ああああああ!」

「示すべきだ。勇猛さを。早く!」


 クリミナルはつま先をみぞおちに食い込ませた。咳が漏れる。息が詰まる。

 呼吸が困難に陥るが、徹底的に追い詰められた最中、身体は痛覚を完全に押し殺した。

 手が動く。撃鉄は起きている。

 引き金を引く。発砲。


「そうとも!」


 クリミナルは回避しなかった。額に命中し、弾丸が潰れて私の顔の隣に落ちる。


「お前も……身体を、持たない、のか……」


 息継ぎをしながら、言葉を捻り出す。クリミナルは上機嫌になった。


「そうだ。とうの昔に脳をユニット化している。私には世界を観察することだけしかできないからな。だが君は……いや、言い間違えた。訂正しよう――君たちなら、もっと違うことができる。来るぞ、ほら!」


 虹色の矢が輝く。クリミナルは顔を傾けて矢を避けると、私を踏み台にして距離を取った。衝撃が身体を貫く。とてもじゃないが生身の人間の脚力ではない。あばらの骨が何本か折れて激痛が奔るが、その痛みによって全身の痛みが上書きされた。これでしばらくは戦える。


「グィアン……」

「すまない。遅れた」

「いや、いい。私が動けるようになるまで、待っていたんだろう?」


 私は彼に微笑んだ。そうでもしないととても立っていられそうにない。


「どうする。対策はあるのか?」

「お前の攻撃を、奴は避けた。銃弾は効果がないが……お前の攻撃なら、効くだろう。私が……囮になる」


 ハンドガンを仕舞い、サブマシンガンを拾う。マガジンを排出、リロード。先程よりは腕が動く。問題は、例え当てたとしてもダメージを与えられないこと。

 しかし、怯ませるぐらいの効力はあるはずだ。私はホロサイトを覗き込む。


「その身体でか。無理だろう」

「お前が、当てなければ勝機はない。どのみち、無理だ。なら、最善を尽くす」


 今までもそうだった。方針はこれからも不変だ。

 カグヤの愛しさが変わらないように。しかし新しく得たものもある。


「信頼してくれ……お前がいなければ、私は……」

「わかった」


 グィアンは二つ返事で了承した。弓を構えて引く。私は銃撃を加える前に、ポーチからスタングレネードを取り出して前へと投げた。閃光が場を包む。スモークグレネードも目隠しの選択肢としては存在していたが、奴に通用するとは思えなかった。

 呼応してグィアンは矢を放ったが、その射的はクリミナルも私も、射手であるグィアンでさえも当たるとは思っていなかったので、外れるのは想定内だ。

 案の定、クリミナルは避けた。ただし、グィアンの姿はロストしたようだ。


「君を見捨てて逃げた、などと言って揺さぶるのは何の効果ももたらさないだろうな」

「その、通りだ!」


 私は銃を撃つ。クリミナルは防御せず直進してきた。

 私の中で焦燥感が脈打つ。いくら銃撃が無効化されるとは言え、一切の防御を行わずに突撃を敢行するとは思わなかった。

 リングデバイスに内蔵されたアンカーを近くの木へ放つ。引力に引かれるようにして逃走を図るが、


「遅いぞ」


 クリミナルは驚異的な跳躍をして、私の目の前へ切迫した。


「ッ!!」


 反射的にサブマシンガンを盾に使ってしまう――最悪なことに、衝撃は緩和したが殺しきることはできなかった。吹き飛ばされ、木に激突してしまう。ぶつかった木がその威力を受けきれずにへし折れた。

 骨折個所もまた増えただろう。腹部の水分が急速に増えた。恐らく、何らかの臓器が潰れたのだ。身体の内側で出血が発生している。その内出血部位がいつ脳となってもおかしくない。私は二つに折れたサブマシンガンを投げて、ピストルとナイフを引き抜く。


「お友達の救援はまだか」

「このッ!」


 私の目の前へ着地したクリミナルへナイフの刺突を行ったが、彼はナイフの刃先を難なく掴んでぐにゃりとあらぬ方向へへし曲げた。瞠目する私へ軽くジャブ。視界が暗転しそうになったところへ足を踏みつける。骨が砕ける音。私は満身創痍だ。

 だが、五体不満足になったわけじゃない。相棒もいる。


「ああッ!」


 私は銃口をクリミナルの目へ合わせる。発射すると、流石の彼も避けた。感心したような声を漏らして、手刀を繰り出す。左手で右手を庇い、バキリと骨が折れる音を聞いた。苦悶に喘ぎながら、がむしゃらに引き金を引く。残弾など数えていられなかった。残弾計測機能を持つコンパクトモニターを無用の代物として外してしまったことが悔やまれる。

 クリミナルは回避に徹し、私の弾切れの瞬間を待った。だが、銃のスライドが開く前に精霊の矢が空を裂く。


「出てきたな。おっと、焦っているのは君だけではなかったな」

「シズク!」

「グィアン! 何を!」


 グィアンは矢を放ちながら落下し、近接戦闘を仕掛けた。普段の彼なら考えられない行動だ。明らかに今は遠距離戦に徹するべきだった。しかし彼は私を守るように手斧を取り出し、矢を布石とした接近戦を挑んだ。

 落下切りからの切り返し。斬、斬。しかし、虹色にコーティングされた斧は、寸前のところでクリミナルを捉えきれない。


「君も、素晴らしいよ。観察対象でなかったのが残念だ――」

「うッ――」

「グィアン!!」


 グィアンはクリミナルの拳をまともに食らった。血が宙を舞うのが見えた。彼の身体が吹き飛ばされるのも。

 グィアンは特殊な力を持っているとはいえ、人間だ。私たちのような遺伝子組み換え人間とは違う。スーパーヒューマンではないのだ。私が骨折で済む攻撃は、彼にとって致命傷を意味する。

 グィアンは森の中を跳ね飛んだ後、ぐったりとして動かなくなった。


「グィアン……あぁッ!」


 私が彼の変わり果てた姿に目を奪われた直後、クリミナルは右手で私の首を掴んで持ち上げた。


「呆けている暇はないぞ、シズク。例え愛する男が殺されたとしても」


 クリミナルは私の首を絞め始める。息を吸おうと足掻くがすぐに無駄であると理性は気が付いていた。しかし身体は現実よりも本能を優先し、じたばたと足や手を動かしている。拳銃のグリップで殴りつけたが、へこんだのは銃把の方だった。


「悲しいか。苦しいか。様々な感情を抱くだろう? それが人だ。学んだな、シズク」

「あぅ」

「……丈夫なのは不便だな。中途半端に丈夫なのは。君は抗うこともできず、しかし即死することも叶わない。身体が丈夫だからだ。だが、完璧ではない。……バランスが重要なんだよ、人は。変に行き過ぎると行き着く先は地獄だ。行かな過ぎても地獄。それをわかっていない人間が多すぎた。じっくりと時間を掛け、何が必要で何が不必要なのを選択し、適度な節制と享楽に身を投じていれば、このような事態にならずに済んだ。見えない隣人……同じ世界に住む人間を、自分とは違うという理由だけで殺すことには」

「か、は……」


 クリミナルの言葉は事実だ。人間が愚かなのは百も承知だ。

 世界に不平等は溢れているが、平等なものがたった二つだけ存在する。

 一つは死。もう一つは愚かであること。

 人間は単純で難しくないことを飾り、自らをとても優れた存在のように演出する。

 誰もが仮面をかぶり、真っ当な人間のふりをしている。本来の自分を押し殺し、そして自分が留めている本性を他人が曝け出しているのを目撃した時には、それを異端者として攻撃する。

 卑怯者。愚か者。哀れな者。

 だが、それでも私は人だ。

 間違いだらけの場所に生まれた、誤った存在だ。

 だから、私は。

 最後まで抗う。……諦めないことに決めた。

 勇猛果敢に。勇敢に。


「ぐか……はッ!」

「しぶといな、シズク。だがどうする? このままでは君の首を簡単にへし折れるぞ」


 身体を暴れさせ、拳銃を構える。クリミナルの眉間に照準を合わせる。

 クリミナルの言う通り、今のままではただ跳弾するだけだ。下手をすれば跳ね返った弾で自分の頭を撃ち抜くことになる。

 だが、私の予想通り……信頼の通り、このままでは終わらなかった。


「――何!」


 矢が瞬き、クリミナルの頭部外装が破壊される。剥き出しになった白い脳ユニットへ私は意識を集中した。

 撃鉄は起きている。生まれたときから。

 後は、引き金を引くだけだ。ただ宿命の通りに。

 自分の意志で。心で。


「――ああ、シズク。君は、君たちは、合格だ」


 クリミナルの生命の源が、火花を散らして爆発した。

 彼の身体の至る部分が操り人形のように弛緩し、倒れる。私は義体を蹴り飛ばして何とか着地すると、一気に息を吸い込んで肺に酸素を送った。


「グィ、グィアン!」


 そして、相棒の元へ走る。ふらつく足で。

 グィアンは頭から血を流し、倒れていた。先程の援護攻撃はまさに奇跡の一撃だったのだ。


「ダメだ……死ぬな!」


 彼に転がるようにして辿り着いた後、彼の身体を支える。膝の上において、呼吸を確かめる。

 息はない。彼の身体を横たわらせて胸骨圧迫を始める。片腕しか使えないので困難だった。


「グィアン……! お前には、まだやるべきことがあるだろう!」


 急いでくれ、と切望する。フィレンとミーナの到来を。彼女たちは医療キットを持っている。しかし、今の私にはない。機体の中に置いて来てしまった。この場から離れるべきなのか判断がつかない。

 私たちの身体なら即座に適切な処置を行うことができる。

 しかしグィアンの身体は違う。遺伝子は組み替えられていない。天然のままの身体だ。

 人工物の私とは違う。涙が彼の顔を濡らした。


「グィアン……グィアン!」


 顎を上げて、口から直接息を吹き込む。何度も同じ動作を繰り返す。胸部を圧迫し、息を吹き込む。彼が目覚めるまで辞める気はなかった。


「頼む、お前がいなければ私は……頼む、グィアン……お願いだ――」


 懇願する。願いながら、処置をする。

 周辺に不自然な光が集いつつあることにも意識を置かず、ただ蘇生措置だけを延々と続けた。無我夢中で、がむしゃらに。

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