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決断

 格納庫には整備士が数人残っていた。彼女たちのほとんどは訓練生ではない。整備の訓練はクオリア165の中でも可能なので、ここにいる整備兵はほとんどが正規兵だ。

 監視の目を潜り抜けてプロテクターを起動、発進しなければならない。流動装甲の変形は望むべくもないので、卵状ではない人型の機体を見つけなければならなかった。だが、目に写る場所に鎮座するプロテクターは全て孵化前の卵だ。歯嚙みする私の隣で、エミリーがラップトップデバイスを操作する。


「奥のバンカーへ向かいましょう。機体を遠隔操作で変形させておきます」

「それでは気付かれないか?」

「そのための魔法をかけますので」


 エミリーがエンターキーを叩く。すると格納庫全体に警報が鳴り響き、避難命令が全隊員に通達される。


「ハッキングしたのか」

「見ての通り、ですね。安心してください。学校のセキュリティは甘いんです。理由はわかりますよね」

「ああ、政府としては死んで欲しいからな」


 管理政府にとって子どもは貴重な財産でも未来の希望でもない。いつ処分しても構わない廃棄予備軍でしかない。

 直接的な人員削減政策を取らないのは、市民の反感を生まないためだ。全員を同じ状況に陥れることで異端者に対する猜疑心や敵対心を煽る。杭を打っても違和感がない状態に整えたのだ。力による恐怖政治は遠からず瓦解することを政府は過去の歴史から知っている。だから、じっくりと追い詰めて耐えきれなくなったものを殺し、空いたスペースに他の人員を放り込むのだ。

 これで私とエミリーは打ってもよい杭となってしまった。無論、まだ明確に一線を踏み越えたわけではないが、まさにこの制服のように灰色の状態であることは明白だ。

 教官に情報が洩れれば反乱分子扱いされる恐れも十二分にある。しかし、エミリーは平然としていた。いや、何か使命感のようなものを持っている。

 切実な理由があるのは私のはずなのに、彼女にもまた動くべき理由があるように感じられた。


「大丈夫なのか?」

「言ったでしょう。学校のセキュリティは甘いと。行きましょう」


 私はエミリーを追従し、彼女が起動しておいたプロテクターの前で立ち止まった。緑色の角ばった印象の機体。革命期以前の戦争を知る者。純粋に人間を殺すために生まれた兵器群の一つ。その名称が守る者(プロテクター)なのはなんという皮肉なのか。


「この機体はバトルキャバルリーながら人型のみにしか変形機構を搭載していません。なので、宇宙空間に出るためのブースターを接続しないといけませんが」

「わかっている。何度も訓練で聞いている」


 既に知っている知識を何度も聞かされたのはうんざりしたが。


「同感ですね、隊長。私も苦痛だったことは否めません」


 エミリーが僅かに笑みを覗かせる。私は早速ハッチからコックピット内へと入り、宇宙戦闘用のブースターとの接続を試みるが、


「くそっ、ダメか」


 モニターに表示されるエンプティの文字を見て私は叫んだ。宇宙空間での戦闘訓練は数日前に終えていたので推進剤を抜いてしまったのだろう。ブースターが使えなければ、宇宙に出れない。

 いや、出撃自体はできるが、クオリア165に到達することは到底叶わない。

 私は機体から飛び降りると、戦闘機を探しに始めた。流石に全ての航空機が使用不能にはしていないはずという考えからだった。


「お待ちを、隊長」


 だが、エミリーに制される。


「止めるなエミリー。武装を積んだ機体があるはずだ」

「訓練機ばかりです。非武装型しか残っていない場合も」

「ならぶつけてでも――」


 と覚悟を言い及んだ時だ。突然正面から抱きしめられて、私の思考能力が一瞬鈍る。呆けた表情で、意のわからぬ抱擁を行ったエミリーに訊ねた。


「何を……して」

「わかりません。何となく、こうすればあなたが落ち着いてくれるように感じたので」


 私は黙す。確かに驚き、愚策を取ろうとした思考は正常に戻りつつある。

 しかし、エミリー・コールが、あの他人とのコミュニケーションを避けていた彼女に抱かれるなど思ってもみなかった。私は彼女をずっと誤解していたようだ。


「エミリー……」

「すみません。このような……」

「いや、いい。精神状態は安定した。……やはり私は変異体バリアントなのかもしれないな」

「そんなことは」

「とにかく、今はデブリを排除しなければ。何か策はないか?」


 エミリーから離れた私は彼女に問う。不思議と、彼女なら解決策を導き出せる気がしたのだ。そして、その推測は正しかった。彼女はラップトップの画面を私に見せる。


「幸い、訓練用の高精密度マテリアルフォトンライフルが収納されています。ここからでも十分デブリを撃ち抜けるかと」

「……助かる」


 私は感謝して、再びプロテクターのハッチに飛び乗る。エミリーも準備していた機体に乗り込み、二人でライフルを取りに向かった。

 ライフルを装備して、ステーションのスペースエリアまで移動する。高精密度マテリアルフォトンライフルは圧倒的な破壊力と目を見張るほどの射程を有しているが、エネルギーの消費が激しい。通常はフォトンチャージャーと接続しエネルギー源を確保するのだが、生憎使えるチャージャーは見つからなかった。

 二機で大型のライフルを運び、最適位置へと設置する。エネルギーを確保するために私は機体をステーションの外壁に接触させようとするがエミリーに止められた。


「お待ちを。ステーションからエネルギーを確保すれば探知されてしまいます。お忘れなきように。あなたはこの密かな貢献が終わった後も真っ当な正規市民として、健康体ヘルスとして振る舞わなければなりません」

「だが、どうする。チャージャーがない」

「私のプロテクターから回収してください。今、銃身を固定しますので」


 エミリーのプロテクターがライフルを構える私のプロテクターの前に移動し、中腰になる。肩越しに銃身を構えて、片膝を白い装甲材の上についた。すぐそこには宇宙が広がっている。

 私たちはステーションの端に立っていた。機体搬入用のバンカーハッチの出入り口に。

 無重力と重力の境目に立つ私はライフルで数多の星が煌く宇宙をスコープのレンズ……モニター越しに眺める。宇宙は暗く、絶望的な世界だが、その中には希望の光に等しい惑星や、星々を照らす太陽が輝いている。希望と絶望の中で、私は目当てのものを探した。そして、見つける。クオリア165コロニー。そこから右に照準をずらすと、接近中のデブリを発見した。


「捕捉した」

「狙えますか?」

「……いや。このままでは難しい」


 弱音を吐く。プロテクターは元々地上戦闘用の機体を強引に宇宙戦闘も可能な仕様へ改造された機体だ。いくら私たちの能力が旧人類の倍以上であるとは言え、精確にデブリを狙い撃つのは難しい。

 と弱気になった瞬間、デブリの正確な位置が把握できるようになった。誰の仕業なのかは考えるまでもない。


「またハックしたのか」

「侮らないでください。私はコールですよ」


 クオリア165から送られた情報とステーションから観測できるデータを統合し、精密な射撃ができるようになる。エミリーは優秀な観測手スポッターであり、ハッカーであり、部下だった。


「……狙撃する」

「あなたなら、大丈夫です」

「当然だ、エミリー」


 私は引き金に指を掛ける。


「私はヒキガネだからな」


 ライフルの銃口が発光。流星のようにマテリアルフォトンレーザーは輝き、デブリを真っ二つに引き裂いた。上下に別れた戦術衛星の残骸はクオリア165の衝突コースから外れ、明後日の方向へと飛んでいく。


「命中ですね。流石です」

「お前のおかげだ。……行くぞ」


 私はライフルを手放し、エミリーのプロテクターのハッチへ右腕を動かした。だが、エミリーは出てこない。何をしている、という問いかけに対し、


「機体を処理しなくては。先に行ってください」

「何を言っている?」


 彼女の発言の意図が掴めなかった。いくら甘いセキュリティとは言え、ステーション内での発砲を勘付かれないはずはなかった。すぐにでも警備が駆けつける。運が良ければ軽い刑期で済むが、最悪の場合変異体(バリアント)扱いにされるか、反乱分子として射殺される。急いで逃げるべきだった。その後は素知らぬ顔で、また訓練を再開するのだ。


「大丈夫です、隊長。私に秘策があります。あなたはお先に。アリバイは立証済みですので」

「しかし」

「私を信用してください、隊長」

「わかった……待っているからな」


 エミリーは私に尽くしてくれた。その忠義に私も報いる必要がある。

 エミリーは何度も言うように優秀なので、本当に何らかの秘策があるのだろう。

 私はしぶしぶ彼女の要請に応え、騎兵を下がらせた。今はゴースト状態だ。エミリーの設定では私はまだ教室にいて、事の顛末を固唾を飲んで見守っていることになっている。一刻も早く戻らなければ、彼女の計らいも全て無に帰してしまう。


「後で会いましょう、隊長」

「ああ」


 私はエミリーと別れて、騎兵を格納庫へと戻しに向かった。

 それからしばらく経ってのことだ。今回の規則違反の責任をエミリーが一人で担ったと知ったのは。



 ※※※



「エミリー……」


 部下の名前を呼ぶ。白いレンジャーの上で。機体は両足を喪失し、コックピット周りの装甲は何かに強打されたように歪んでいた。インディアンとホワイトベレーの区別程度にしか用途を成さない生体認証を突破して、私はハッチを開く。


「隊長……正気を、取り戻されたのですね」


 エミリーは嬉しそうに笑った。彼女の身体を抱きかかえ、機体の外へ運ぶ。

 地面に寝かせ、血にまみれた彼女の顔を見下ろす。


「良かった。いつもの、あなたです」

「今治療する。しゃべるな」


 私はメディカルキットを開けて中身を取り出す。蘇生薬を注射器に注入。

 しかし、エミリーに制される。私が行き過ぎた行為をすると、彼女はそうやっていつも注意をするのだ。


「薬品が無駄になります。仲間のために取っておいてください」

「仲間のために使う」

「死にゆく仲間のため、ですか?」


 エミリーは呆れたような笑みを浮かべて、自身の身体……下半身へ目を向けた。腹部が横に裂けている。端で申し訳程度に繋がっているだけだ。臓器も露出している。それでも会話ができるのが私たちだ。下手に丈夫な分、苦しみは長く続く。


「まだ手はある」

「でも、あなたは手の施しようがないと気付いているでしょう? 例え縫合したとしても……助かりません」

「痛いか? エミリー……」

「たぶん痛いのでしょう。ですが、脳機能に障害が発生していて……痛みを実感することができていません。だからこうして平然とあなたと話せるんです。いや、あなただから、ですね」

「私だから。私のせいで、お前は……」

「言うと思いましたよ、その言葉。あなたのせいでは、ありません。なぜならこれは、全て自分のためなのですから」

「いや、お前は」

「ふふ……気が付きましたか。自分では当たり前のように思うでしょうが……他人の口から聞くと、その言葉がどれだけ……謙遜しているかわかるでしょう?」


 エミリーは穏やかな笑みで語る。笑えている。死に掛けているのに笑っている。


「……お前がバリアントになったのは、私の罪を被ったからだろう?」

「いえ。校内で再会した時も説明しましたが……むしろ評価されたぐらいですよ。不本意な形ではあるが、優秀さは示せた、と。どうやら上層部に賢い男がいたようです……皮肉なことに、その男が……彼、でしたが」

「スターゲイザーか」


 私は手を強く握りしめたが、その手をエミリーの手が優しく包み込んだ。


「不思議だったんですよ。どうして私と隊長が同じ部隊に所属できたのか。これもあの男の采配だったのです。私の変異内容を知りながら、いや、知ったからこそ、あの男は私をあなたの部隊に入れた」

「どういうことだ……」


 私の問いに、いつも通りエミリーは答える。変わり果てた姿で。


「私は、あなたが、好きでした。同性愛者なんですよ。それが私の変異です。だから言ったでしょう? 自分のためだと。あなたが思う以上に私は利己的な人間です。自身を追い詰めるほどの相手であるあなたと出会い……私は自分の変異を強く自覚した。あなたといると気分が高揚し、あなたがいないと切なくなる。嫌な女、ですよね。今まであなたのためにしてきた行いは、全て私のため。……あなたと同じ部隊に配属されて、フロンティアに来て、あなたの反乱に参加して……私は無邪気に喜んでいました。いつかあなたといっしょに暮らせる。あなたと……抱き合うことができるって。……軽蔑してください、隊長。嫌悪して、罵って、見下してください。はしたない女だと。自己中心的なクズだと……」


 エミリーは血を吐き出した。その血を私の白い制服が浴びる。


「どうして、打ち明けなかった。私は……」

「知ってます。知っていますよ。あなたは差別するような人間ではない。自分ではいろんな言葉で偽っていますが……あなたの心は穏やかで、純粋で……残虐な兵士のそれとはかけ離れている。ただの少女なんですよ……だから、私はあなたに恋い焦がれる一方で、自分をますます嫌いになっていった。あなたがグィアンに惹かれていることを知って、嫉妬していた」

「エミリー」


 私は彼女の名前を呼ぶことしかできない。右往左往する私を見て、エミリーは愛おしそうに、


「可愛いですね……隊長、シズク。……もっと別の道を……選択するべきだったかとも思いましたが……やはり、この道は正しいのでしょう」

「いや、私のミスだ。私が……」

「いえ、私はこの道を誇りに、思います。カグヤさんのことは……残念でしたが、悲観するまでもありません。ただ、道を踏み外さないで。あなたはあなたらしく、戦い、生きればいいんです。あなたは兵士ヒキガネですが……人間シズクでも、あるのですから」


 エミリーの表情はとても儚く、美しい。その顔に目を奪われながらも、私は謝罪を口に出した。それしか思いつかなかった。


「エミリー、すまな……」


 と言いかけた私の首にエミリーは手を回すと、口を口で塞いだ。

 直後、まるで恋人に不意打ちを仕掛けたイタズラ娘のような笑みが目の前に現れる。


「違いますよ、シズク、違います……」

「ああ、そうだな、エミリー。――ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう。シズ……ク」


 エミリーは事切れた。私の内面を代弁するように、雨が降り注いだ。



 ※※※



 エミリーの遺体は最低限の修復処置をしたのち、集落へと運ばれた。移動を終えた私はレンジャーのコックピット内に引きこもり、レポートを読みふけっていた。

 エミリーが残したレポート。私の敵、スターゲイザーについて記された彼女の遺品。


「アンノウン……」


 かつてグィアンに対する呼称だった単語を、今度はスターゲイザーへと向ける。

 エミリーが交戦した機体は、現存する戦闘騎兵のどのタイプでもなかった。オリジナルの機体、もしくは失われた騎兵(ロストキャバルリー)だろう。

 私は後者の可能性が高いと睨んでいる。敵の工作によって記録映像にエラーが生じていたが、それでも敵機のシルエットははっきりと撮影されていた。

 馬に跨る騎兵。初期のバトルキャバルリーは、まさに騎士と馬を組み合わせた騎兵だった。それが長い年月を経て、効率的観点から見直され、今のような人型と馬型の二形態を有するものへと変化していったのだ。キャバルリーという名前だけを残して。

 そのルーツである機体に、敵は乗っている。しかし、気になる点は敵の性能よりも数だ。


「敵は二機いた。なのに、片方の情報が一切ない……どういうことだ、エミリー」

『死者とコンタクトを取るか?』

「いや、いい」


 私の独り言を聞いていたのであろうグィアンが気を利かせたが、断った。今エミリーと邂逅してしまえば……せっかく抱いた覚悟も水泡に帰す。

 まだ、会えない。会うのは奴を倒した後だ。


「まだ、兵士でいなければ……。例え壊れているとしても」

『どこで戦う?』

「人気のない場所であることは確かだ。しかし、丁寧に罠を仕掛ける猶予もあるとは思えない」

『奴はお前を狙っている……』

「観察対象だからな。気を引きたいのだろう。反応を楽しみたいんだ。そういう意味では、私はまんまと奴の策略にはまったというわけだ。……軽蔑したか。私の本性を知って」

『わかり切っていることを何度も言わせるな。俺が奴の思惑に載せられる人間に思えるのか』

「すまない」

『謝る必要はない……』


 その言葉を最後に、しばらく気まずい沈黙が続く。初めての感覚、初めての体験ばかりだ。脳裏にもたげるのは、グィアンに裸で迫ったあの夜のことだ。私が彼の全てを手に入れ、そして妹のことを薄めようとしている最中も、エミリーは私のために……自分のためだと言葉を濁していたが……動き、戦い、そして死んだ。

 バカな女だ、と改めて思う。結局私は女で人間だったのだ。

 だが、まだ兵士である自分は残っている。まだ戦える。

 しかし、一人で奴に勝てるとは思えない……勝利のためには――。


「グィアン」

『何だ』

「お前の力が必要だ。手を貸してくれないか」

『わかり切っていることを訊くな』


 彼の即答は私に力を与えてくれる。早速練っていた計画を彼に打ち明けた。


「さっき言ったように、場所を設定している暇はないだろう。下手をすれば明日にでも奴らはこの集落を急襲する」

『ゆえに、集落から離れて先手を打つのか。しかし、奴はお前を知っているぞ』

「……そうだな。だから、そこまで距離は取らない。集落と敵側の最適位置に陣取って、敵を迎え撃つのが最善手だろう。この村には私の弱点が多すぎるからな」


 グィアンを撃ち殺せなかった私は、きっとこの村の人間たちが襲われても似たようなショックに見舞われるとは予期している。もはやその障害を抱えたまま奴と相対するしか道はない。

 とは言え、それを仲間たちに知られるのは論外だ。その部分はグィアンも同意しているはずだ。今の私には断言できる。


『出立は今日か。そして皆には黙っていく』

「そうだ。戦うのは私とお前だけだ」

『いい考えだ』

「そうだろう」


 私は笑みを浮かべる。これが私とグィアン。姉と兄。兵士と戦士だった。




 エミリーの遺体はインディアンの戦士の例に倣い、祭儀上の建物の中に安置された。木でできた棺の中に横たわっている。棺には花や果物など、様々な供え物がされていた。

 上半身と下半身を繋ぎ合わせ、はみ出ていた臓器も元の位置へと戻されたエミリーは今にも蘇りそうに見える。

 だが、生者になくてはならないもの……生気や魂とも呼べるものが欠けていた。だから、生き返るのではないかという淡い期待を抱かなくて済む。


「エミリーさん……」


 隣ではフィレンが泣いている。パニックには陥らなかった。生前、エミリーはフィレンの障害を危惧していたので、今の彼女の姿を見れば安心して任務を任せられると微笑むのではないだろうか。


「たくさんお世話になりました、エミリーさん」


 ミーナは泣いていないが、悲しみが明るい彼女を沈めさせている。彼女は好きな食べ物を棺の中に入れ、フィレンは摘んできた花を置く。

 ふと私は彼女の嗜好を何一つ知らないことに気付いた。士官学校で共に過ごし、フロンティアでも共に戦っていたのに、私はエミリー・コールについてほとんど何も知らない。

 結局、最後まで彼女の秘密を、苦しみを見抜けなかった。

 何を入れればいいのだろうか。私は。彼女に捧げられるものは何もない。

 自身が空っぽであると強く自覚する。私自身には何もないのだ。

 いや、私には、戦う才能がある……。彼女に私が唯一捧げられるものは……。


「これ……」

「リムル」


 私の背後に回ったリムルが、二つの飾り細工を手渡してくる。

 それは鳥の羽のお守りだった。


「これは」

「……自由の翼。これを身に着けると……どこでも行きたいところに行けるようになっていうおまじない」

「自分で捧げればいい」

「ううん。元々、みんなの分作ってたんです。でも……。私、エミリーがシズクのこと、よく見てるの気が付いてたんです。よくわからなかったけど、それでもエミリーはシズクのことが大切なんだって。だから、シズクが渡してあげるのがいいと思うんです。もう一つは、あなたが持っていてください」

「そうか……」


 私は羽根を象った二つのお守りの内、一つを自身の胸ポケットに仕舞い、もう一つをしかと握り、エミリーの胸の上に供える。

 そして、自分の手にキスをして、彼女の肩に手を触れた。


「今までありがとう、エミリー。後は任せろ」


 それ以上語る言葉が必要だとは思えない。私は彼女の棺へ背を向ける。

 必要なのは行動だ。それが私ができる最大限の贖罪となり得る。

 ミーナとフィレンはまだエミリーの遺体に付き添っていた。それでいいと私は満足する。エミリーはずっと働き尽くめだったのだ。死んだ後ぐらい、仲間とゆっくり語らうのは悪いことではないはずだ。

 それに好都合だった。密かに計略を進める上で。

 私はトレーラーに戻り、装備のチェックを始めた。


「怒るか、エミリー。非効率的だと。いや、効率など度外視して、怒るだろうな」


 もしこの場にエミリーがいれば咎められただろう。私に同行したに違いない。そして、私もしぶしぶ了承するのだ。彼女がいれば勝率が高まると。

 だが、エミリーは死んでしまった。死人に口なし。彼女には悪いと思うが……どうも私は他人にとって悪いと思われる行動しか取れないらしい。

 赦してくれるとは思えないが、あえて祈ろう。赦してくれ、エミリー。


「弾倉はありったけ持っていく。すまないな、フィレン」


 今度はフィレンに謝罪して、神経質な彼女が整理整頓した弾薬ボックスからポーチに入るだけマガジンを詰め込む。騎兵戦で決着がつく相手……だとは到底思えなかったので、念には念を入れるに越したことはない。

 兵士装束のための化粧道具一式を私は取り出し、格納エリアのレンジャースピリットへと運んでいく。その様はまさに棺に供物を投じるようだったので、私は皮肉を感じずにはいられなかった。エミリー相手には何を入れるか思いつかなかったのに、自分の棺桶には何を入れるか考えるまでもなく、必要な物をたくさん詰め込める。

 レンジャーの装備は見繕うまでもなく、オーソドックスな装備だ。私は私のままで、あの男を葬る。インディアンを殺しホワイトベレーを殺しブラックベレーを殺した銃と剣で、スターゲイザーも殺す。

 支度は順調だった。鼻歌でも歌いたくなる気分だ。

 だが、そこに……波一つない水面に滴が落ちる。


「シズク」


 リムルがいた。私はとっさに追い返そうとして、手遅れだということに気付く。

 リムルの表情は達観していた。彼女は知っている。気付いている。

 私がスターゲイザーを殺しに行くと、わかっている。


「一人で行く気ですね。……違う。二人で、行く気なんだ」


 リムルは鋭く見抜く。反論の余地は存在しなかった。


「どうして。復讐ですか」

「否定はできない」


 だから、正直に話す。自身の本音を。心の中身を曝け出す。


「復讐の果てに幸せはない。……わかってますよね」

「ああ。それを知った上で行く」


 前提として復讐は誤った行為だ。今、私は全力で間違いに向かっているのだ。

 一部の例外を除き復讐者は、己の行為が間違いだと知っている。その上でなお行く。正しい道から外れて、暗い情念に従う。


「エミリーは復讐を」

「ああ、彼女は望んでいない。カグヤもな。私の望みだ。私が殺したいから殺す。死者のせいにはしない」


 エミリーやカグヤを汚しなどしない。汚れるのは私だ。


「グィアンだって――」

「奴は私に復讐させるつもりはないだろうな。わかっている。それに、一応……復讐を重視しているわけじゃない。これは自衛も兼ねている。奴の狙いは私だ。だから」

「だから村を出ていくんですか。私を置いて行くの」

「……お前は戦士じゃない」

「そんなこと関係ないです! シズクはバカだ! 残された人の気持ちを全然考えてない! グィアンもです! 家族を、妹を、ただの保護対象としか見ていない!」

「リムル」


 リムルの迫力に私は押される。彼女の言葉には銃弾程度の威力が霞んでしまうほどの力があった。


「何で……なんでなんですか。私がどれだけ……辛いか知ってるの。私がどれだけ怖いか。悲しいか。そして怒っているのか、知ってるの……。待つのって辛いんですよ。怖いんですよ。カグヤもきっと同じ気持ちだったと思う。何で置いて行くの。何で、連れてってくれないのって。わかりますよ。あなたは理屈を言う。至極まっとうな理屈を。申し分ないくらい反論の余地のない説得を。けど、けどね。こういうのって理屈じゃないんです。頭の中で理解はできるけど、でも、でも、また頭の中で巡り巡って納得できないんです。嫌です、嫌なんです! どこにも行かないで!」


 リムルは両足で走って、私に抱き着いた。

 カグヤがしたかったこと。そして、できなかったこと。リムルが私を止めている。止められなかったカグヤの代わりに。


「シズクは女の子なんです! 私の、お姉ちゃんなんです! 兵士なんかじゃない! 人間なんですよ!」


 リムルの顔から涙が流れる。滴が床に落ちていく。


「狙われてるなら逃げよう! 森は私たちを隠してくれる! 精霊様だって、シズクを守ってくれる! 何でシズクがこんなに酷い目に遭わなきゃいけないの!」

「私が咎人だから……」

「だったら私もシズクの罪を担う!」

「リ、ム……」


 私の口からカグヤと同じ愛称がこぼれる。


「……何で、兄や姉って……勝手なんですか。もっと妹を頼ってください。信頼して。カグヤもきっと怒って、怖くて、泣いて、あなたの帰りを待ってた。グィアンも……シズクも……勘違いしてます。妹ってのは、兄や姉が気が付かないようなことも、目ざとく気づいちゃうんですよ……。平気そうな顔をしても、辛いのとか、苦しいの、全部全部、見抜けちゃう。シズク……あなたは、勝てるかどうかわからないって思ってる。今度の敵は、今までと違うって、顔に書いてある……いやだ。もう誰かが死ぬのは嫌。大切な人が、戦うのも嫌……」

「リムル……リム……」


 私は強くリムルを抱きしめた。カグヤのぬくもりを記憶したように、リムルのぬくもりを脳内に強くインプットする。


「どうしても、行こうとしてる……」

「いや、私は残る……」

「嘘。わかる。わかります。嘘で誤魔化そうとしないで……」

「なら、私の気を変えることだ。お前なら、私を変化させられる。最初にそうしたように。私がここに……グィアンと協力する道を選んだのは、カグヤのこともあるが、お前がいたことも大きい。言っただろう。お前は私の妹に似ている。そして、とうとう本当に私の妹と同じくらい大きな存在となった。お前がいなければ、私は死ぬだろう」

「私も、です。シズクがいない生活なんて考えられない……」

「なら、試せばいい」


 私は泣きじゃくるリムルの両肩に手を置き、微笑んだ。


「私をお前の姉へと変えろ。そうすれば、私は出撃しないだろう。出発は明日だ。試す価値はあると思うぞ」

「シズク……!」


 とリムルの顔に希望の花が咲いた瞬間、私は彼女の背後に忍び寄っていた人影に目配せした。

 彼はなれた手つきで毒針を突き刺す。不安はない。彼が失敗するはずはない。

 きっと、何一つ身体に影響を与えない量で、傷跡も残らず痛みすら感じないくらいに的確で完璧なのだろう。


「すまないな、リムル」

「あ、グィアン……ダ、メ……」


 リムルの身体がふらりと揺れる。睡眠薬を盛られたリムルは言うことを聞かない身体で抵抗を試みる。しかし、床に倒れる……前にグィアンが準備していた毛布に背中を載せられた。


「ダメ……ダメ……グィアン、シズク」

「リムル、お前の言う通りだ。兄は……姉という者は、どうしようもなく自分勝手らしい」

「行かないで……お兄ちゃん……お姉ちゃん……」


 リムルの苦しそうな、辛そうな、悲しそうな、怖がってそうな顔。

 その顔を見るのはとても辛い。悲しい。苦しい。

 だが、行くと決めた。いや、だからこそ行くのだ。

 姉として、妹を守るために。


「行くぞ、グィアン」

「ああ、シズク」


 私はバトルキャバルリーに乗り込む。グィアンが肩に乗った。

 妹の気持ち姉知らず。私は自分勝手に、私の信じる道を突き進む。

 それが私という一人の女であり、人間なのだ。

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