エミリー・コール
推察するにグィアンは一度集落を離れていたのだろう。そのため、私が彼をようやく見つけた頃には日がすっかり暮れていた。
満天の星空。星。星の観察者。
もしや彼らは極秘裏に衛星を打ち上げているかもしれない。いや、元々、衛星は打ち上げられていたのだったか。記憶が曖昧だ。
「どうでもいい」
私は呟く。独り言。無意味。だが、それの何が悪い。
そして何が善いのだ。誰か私に教えてくれ。
グィアンは、都合のいいことに集落の端にある監視台の中に一人でいた。いや、他にいてもいいが……身体は、女としての私は奴を欲していることだけは確かだった。
ゆえに、梯子を上り、階段を上がるその一挙動に、期待が込められている。
私をチューニングしてくれるという期待。
私を完膚なきまで破壊してくれるという希望。
二つの矛盾を孕みながら、私はようやく探し求めていた相手の下へ辿り着いた。
「リムルがお前を心配していた。何をしていた」
グィアンの責めるような語句。その言葉に私は快感を覚える。
そうだ、それでいい。もっと私を責めろ。糾弾しろ。
壊せ、壊してくれ。お前の手で、壊しつくしてくれ。
「お前は男で、私は女だ。そうだな」
「今更何を言う」
グィアンは振り返らず、ずっと遠方を眺めている。が、注意は私に向いていた。
だから、私が服を脱ぎだしていることも彼は気付いているはずだ。異世界の服を、特に苦戦なく脱げるようになっていた。以前、祭事の時などはリムルに手伝ってもらったというのに。
そうとも、私は一人でできる。何でもできる。妹を救うこと以外は。
今からやる行為も、可能だ。私が女である限り。
私は一糸まとわぬ姿となった。以前は無意味な脂肪分と考えていた胸も、今は有用な代物だと思える。
この身体は遺伝子調整の結果、戦う以外にももう一つ、非常に強力な機能が搭載されている。
子を孕む機能だ。一度セックスすれば確実に妊娠する。そして、子孫を残すのだ。
病気に罹る不安はない。流産も有り得ない。危険視するべきは外部要因だ。単純に私が死ねば、子どもも死んでしまう……かもしれない。子の成長具合によって生存確率は変動する。
子を成す上で最適な肉体。それはきっと、男には魅力的に写るはずだ。
グィアンとて男だ。生殖機能に例外はない。それは何ら異常な行為ではなく、人類が生まれ持っていた機能の一つだ。
身体が熱を帯びている。火照っているのだ。彼を求めている。
グィアンを。
女が男を。
私はグィアンに歩み寄り、彼の背中に抱き着いた。
「グィアン……私は」
グィアンは何も言わない。振り返ることもない。
私は胸を背中に押し付ける。振り向いて欲しいという切実な願いのまま。
「私は、きっと、お前が好きだ」
狂った思考のまま、思い浮かんだ言葉を紡ぐ。
「だから、抱いてくれ。グィアン。抱いてくれ……私を犯してくれ」
しかし彼は反応しない。私は服の裾を強く掴んだ。
「グィアン! グィアン! 頼む! お願いだ!」
「それが、お前の望みなのか?」
ようやく言葉を返す。私は何度も頷く。
「そうだ……そう。私の、望みだ」
「では、望みには応えられない」
「なぜだっ!?」
私が詰問すると、やっと彼は私の方を振り向いた。しかし、瞳に宿るのは同情心。哀れみ。嘆き。私が求めるものは何一つ灯っていない。
「お前の本当の望みではないからだ」
「何を言っている! これが私だ! 私はこういう人間なんだ! 自己中心的な女だ! そうだ……あのホワイトベレーが言ってたのと同じだ! 私はセックスしたいからこの世界に来たんだ! あの将校と同じように! そういうクズなんだ! ……クズは抱けないか……なぜだ、私を犯すだけでいい……」
涙が溢れて止まらない。もはや、自身が何で悲しんでいるのかも定かではない。
「違うだろう。お前は妹を救いに来た」
「それで……そうだ。私は妹を殺した」
彼がなかなか抱いてくれないので、私はそのまま木の床に座る。お尻がひんやりする。肌を風が撫でるように吹き抜ける。が、風邪を引くことはない。そういう病気なのだ。
「いや、お前の妹を殺したのはスターゲイザーという組織だ」
「私は自分本位で、我が身の可愛さでカグヤを殺したんだ。もうわかってるだろう。私はお前に……恋をした。元々、そういう兆候はあったのかもしれない。いや、最初からそうだったのかもな。私はお前に一目惚れをした。安い女だろう?」
皮肉げな笑みをこぼす。だが、彼は笑わなかった。
「そうだ。お前とセックスしたいから、私は妹を殺した。本当に私は……どうしようもない女だ。……もしかすると妹を救いたいというこの想いも、無意識下で自分が抱き合いたいと思える相手を探すための方便だったのかもしれない。こういう思想があるのを知ってるか? 理性とは、感情が作り出す言い訳に過ぎない」
感情で何かをして、理性がそれっぽい理屈を並べ立てる。理性と感情は対等の存在ではない。理性が下で、感情が上なのだ。
「嗤え、グィアン。バカな女だと嘲笑え……」
妹を救う理性的かつ合理的な思考をしていると勘違いしていた私を笑え。
だが、グィアンは笑わなかった。ただ私を見ている。
「お前は罰を求めているに過ぎない」
「……なら、くれ。罰をくれ……」
「お前を罰する理由が見当たらない」
「私は無抵抗の親子を殺した! インディアンを、ホワイトベレーを……生きたがっていた人々を殺したんだ! 罰する理由がないなんて嘘だ……。罰してくれ。これがどれだけ辛いことなのかわかるだろう? 罰を得られない苦しみが、お前にはわかるはずだ」
「わかるとも。だが」
「だがじゃない……何でなんだ。頼む……」
「お前が何を言おうとも、俺の考えは変わらない。お前が何を言っても、俺の話を聞かないように」
グィアンは出会った時と似た文句を言って再び警戒を始めた。私は中腰の格好でその背中に抱き着く。
泣いた。泣き続けた。
涙が止まるまで、意識を失うまで、涙を流した。
※※※
目覚めると、服が肢体を隠すように覆いかぶさっていた。
白い服。兵士の服。ホワイトベレーの制服だ。
「お前の妹に、接触を試みた」
「精霊術を使って、か」
グィアンは昨日と同じ位置に座っている。恐らく、リムルが服を持ってきたのだろう。彼は私の着替える間、一度も振り向くことはなかった。
気遣われているのだろうか。気遣われているのだろうな。
「だが、接続できなかった。……向こうで射殺された弊害かもしれない」
「その可能性は高いな」
いつも通り会話できる自分に驚きつつも、冷静に対話に応じる。
「もしくは……いや」
「何だ。はぐらかすな」
「不確定な情報で物事を話したくはない」
「エミリーのようなことを言うんだな」
馴染み深い軍服に袖を通し、私に別れを告げた部下が急に心配になった。
「エミリーはまだこの集落に?」
「いや。姿が見えない」
私は集落の一角に停車しているトレーラーの方角を覗いた。そこには数機のレンジャーがキャバルリーモードのまま鎮座しているが、エミリーが自分用にセットアップした騎兵の姿がない。
「キャバルリーを持って行ったのか? 一体どこへ……」
と考えて、不意にエミリーとの思い出がよぎる。
エミリーは常に私のことを考えて行動してくれていた。だから信頼を置いていたのだ。士官学校でもそうだった。フロンティアでも同じだ。
もし。もし、昨日の宣告が私への失望から発せられたものではなく。
私を守るために放たれた言葉だったとしたら?
「しまった……!」
私はリング状デバイスでエミリーに通信を送る。だが、エミリーは応じず、代わりにフィレンとミーナへ連絡を取った。
二人は即座に応答してくれた。彼女たちも信頼のおける部下だ。
「エミリーを知らないか!?」
『どうしたんですか、隊長。血相を変えて――ああっ!!』
『何? フィレンちゃん』
『昨日整備を済ませたレンジャーがなくなってる……! 嘘、エミリーさん本当に……?』
「昨日エミリーのレンジャーを整備したのか!?」
私は下りる時間も惜しくなり、デバイスからワイヤーを射出してクモのように着地した。その横へグィアンが三点着地を決め、二人でトレーラーまで駆けていく。
『は、はい。移動に使うからと言われて……。でも、おかしいと思ったんです。装備に武装をたくさん申請して。スナイパーライフルも調整しろとか言われて……』
『それで昨日、私も相談を受けたんですよ。エミリーさん、もしかして一人で戦う気かもって……』
「それを、どうして……いや、すまない」
二人を一喝しようとして留まる。私にその資格はない。むしろ今回の件で一番迂闊だったのは私だろう。妹の死に甘えて、エミリーに重荷を背負わせてしまった。
いろんな人間に迷惑をかけている。一体私は何をしていたのだ。
グィアンは私を見るだけだ。トレーラーに到着するや否や、彼は私を追い抜いて先に森の中へと向かっていった。
「場所がわかるのか?」
「ついてこい!」
グィアンは木に登り、すいすいと枝と枝を渡って奥へと進む。
私はフィレンが準備してくれたレンジャーに騎乗した。レンジャースピリットだ。既に私の生体データを認証済みの騎兵は、私用にセットアップされている。メディカルキットも積んでくれていたようだ。
傍では、ミーナも騎兵に搭乗している。
「流動装甲をホースモードへ! 行くぞ!」
私の掛け声に合わせて騎兵から騎馬へとレンジャーが姿を変える。
そのまま馬という名のダンゴムシを丸くして、森の木々をへし折りながら転がり始めた。
※※※
士官学校の寮で私とエミリー・コールは初めて顔を合わせた。
第一印象は凛々しいというものだ。すらりとした長身の彼女は、部屋の片隅で持ち込んだラップトップコンピューターのセッティングをしていた。
「私はシズクだ。よろしく」
十二歳の私は握手を求める。エミリーはそのしぐさを不審そうに見上げた。
「それは?」
「軽い挨拶だ」
「私はエミリーです。お見知りおきを。……これで満足でしょうか」
エミリーは私の手を取らずに、言葉だけで挨拶を交わす。彼女を観察して、私はプロファイルデータをまとめていく。
今後の計画のために、有能な通信士を確保しておきたいというのが本音だった。無論、彼女はホワイトベレーではない。だが、彼女とコネクションを築いておけば、いつか良い出会いがあるかもしれない。
しかしエミリー・コールは必要最低限以上の会話を好まない性質のようだ。彼女は熱心にキーボードを叩いている。
「珍しいアンティークだな」
「いえ。これは新型です」
エミリーは私のことを見ずに答える。煩わしいとは思っているだろう。
しかし、言葉は返してくれる。ゆえに、私は躊躇わなかった。
「新型だと?」
「ええ。ホワイトベレーに支給されるものです。異世界では一部地域を除いてホロデバイスは使用できませんから」
「それをなぜお前が持っている」
「単純に興味があるから、ですね。それにホログラムよりも直感的に操作ができるんですよ」
口調こそ冷めているが、どうやら通信や機器に関する話題に興味があるらしい。
私はそこを突く。エミリーがどういう人間なのかを見定めていく。
「一般論では逆となりそうだが」
「それは否定しません。単純にこれは、私の性に合っているということでしょうね。……シズク、さん。シズク曹長」
「私はまだ正式に軍に所属していない。シズクでいい」
「では、シズク。……あなたとは多少、話ができそうですね。ですが、訓練生同士による必要以上の接触は推奨されていません」
エミリーが諳んじたのは士官学校内における取り決めだった。これでも同性同士なら緩い方だ。異性との接触は一定の貢献を行わない限り禁止されている。理由は簡単だ。男と女はセックスすれば子供ができる。だが、女と女が交わったところで子どもはできない。単純なロジックであり、政府は人間を所構わず子作りする獣か何かと勘違いしているようだ。
政府には、社会には、世界にはトラウマがある。人口爆発というトラウマが。
「だが、禁止されてはいないな。もちろん、そちらが不快だというのなら止めるが」
私が率直に述べるとエミリーは初めて笑顔を見せた。素直に、愛らしいという感想が口を衝きそうになる。
可愛らしい少女。しかし、その評価はこの世界においては普通だ。私もいわゆる不細工という概念を、カグヤの影響で閲覧したアーカイブの中でしか知らない。不細工は過去のものだ。しかし、美しいという印象は、未来においても健在だ。
「いい、笑顔だ」
「褒め言葉、と受け取りましょう」
「そうだとも。褒めている。……武器は何を使う?」
「通信士に、武器を訊ねますか」
「ああ、コールに武器を訊ねる。これは必要なコミュニケーションだと私は考える」
「同じ部隊に所属することになるから、ですか?」
察しの良いエミリーに私は上機嫌になる。子どもっぽさ。明確な隙だ。
カグヤからは常々……私が人間味を欠いていると指摘されていた。あの子のためなら機械になれる。無論、人間にもなれる。
そして素晴らしいことにエミリーは私の演技に気が付いていた。そのことがとても私をよい気分にさせる。
「私を懐柔したいようですね。いいでしょう。私は狙撃を好みます」
と言ってエミリーが見せた銃器はシンプルな作りのライフルだった。ボルトアクション式のライフル。今時のメカニカルな銃器ではなく、己の技量に結果が多分に左右される玄人の銃器。そこまではいい。問題は、きちんとその銃に見合う技量なのかどうかだ。
「自ら調整をしなければ撃てないタイプだな。扱う者を初めてみる」
「あなたを除いて、ですね。私以外にこの手の銃器を使う人を初めてみました」
「調べたのか」
「もちろん。私の優位性を奪いかねない敵は、事前調査がするべきでしょう」
「私はお前の敵か?」
「現状は」
エミリーは素知らぬ顔で告げて、両手に抱えるライフルを愛おしそうに撫でた。手入れは行き届いている。F・ツォラー実弾装填型単発ライフルはレーザー兵器には劣るものの、レーザーが不安定な環境で高い信頼性を発揮する銃であり、正規軍が常備しているお守りの一つだ。普通、兵士は高い攻撃力と素早い弾速、そして驚異的な命中率を誇るレーザー武器を選択しやすいが、実弾にもそれなりの利点がある。
まず、派手ではない。次に、敵の殺傷をコントロールできる。最後に、どこでも使える。ここが重要だ。敵はご丁寧にこちらの得意な戦場に出てきてはくれない。
向こうがこちらを引きずり込むのだ。最大限の実力が発揮できる場所へ。
だから、そのチョイスは良い。私の背中を預けるのに相応しい。
だが、まだ判断材料が足りない。もっと収集する必要があった。
「お前に俄然興味が湧いてきた。早速訓練に移るとしよう」
「良いでしょう。力関係をはっきりさせるべきでしょうね」
エミリーは鋭い視線を向ける。狙撃手らしい、凄みのある眼差しだ。
私はテーブルに置いてある灰色の学帽を被りながら応じた。
「望むところだ」
エミリーとの訓練は充実の一言だった。これほどの実力者に出会えるとは思ってもみなかった。それは彼女も同じだったようで、結果に不服を抱いてはいるものの、私に対する敵意自体は失せていた。向こうもこちらに興味を持ち始めたようだ。社交辞令とは別の、本心で。
訓練場の真ん中で膝をつくエミリーが、信じられないという顔で私を見ている。
「まさか私が敗北するとは」
「私は戦闘員だからな」
生まれついての戦闘員が、通信士としてこの世に生まれた人間に勝つのはさほど驚くべきことではない。
しかしエミリーは悔しさを滲ませている。スペック以上の実力を示すことが管理政府に私たちが行える最大限の貢献だ。通信士が純粋な兵士に勝利すれば、それだけでエミリー・コールという人物がコールという社会性コードを超越した存在になったことを社会に示せる。
だが、私には彼女が悔恨する理由が見当たらない。彼女の戦闘評価は私の目論見を大きく上回っている。それは社会にとっても同じはずだ。有能な通信士であり、戦闘員。私はますます彼女が欲しくなった。
「これで力関係がはっきりしたな、エミリー」
「くっ……」
エミリーは顔を伏せた。屈辱的に感じているのだろうか。
「どちらが上なのか。そして下なのか。……私の部下になれ、エミリー」
性能評価も実地試験も終えた。
後は、信頼のおける部下として彼女を迎え入れればいい。
憂慮すべき点は彼女が素直に応じるかだが……。
私は一抹の不安を覚えながら手を差し出す。
「いいでしょう。それが貢献する市民のあるべき姿ですから」
私の不安が杞憂であると、すぐに証明された。
エミリーが私の手を取り立ち上がる。
それから私はエミリーと共に士官学校を過ごすようになる。
エミリーは簡単に言えば事情通であり、噂の一つ一つを精査して、真実を見抜くのが得意だった。情報収集能力もさることながら、偽の情報の流布にも長けている。キャバルリーを使用した訓練でのことだ。反乱分子による対テロ訓練で施設内にある誘拐された政府の要人を救出するというシチュエーションでのこと。
私のチームは敵に後れを取っていた。訓練用のバトルキャバルリープロテクターの予期せぬ不調のせいだ。
不幸にも私の部隊には整備士がいなかった。足が動かない騎兵を使っての戦闘。
無論、通常作戦ならば私は迷わず機体から降り、各種ガジェットを用いて敵機を撃破した。しかし、今回は訓練であり、キャバルリーに騎乗したまま任務を達成せよという条件が設定されていた。
そがための窮地を、エミリーは難なく打開した。誤情報を流して、私の部隊の元に敵をおびき寄せたのだ。
「やるな、エミリー」
『この程度、当然です。シズク』
エミリーの声音は冷たい印象を与えるが、それでも段々彼女の喜怒哀楽を読み取れるようになっていた。彼女は管理政府が定義する優良市民の手本のような存在だった。何かに尽くすことに喜びを感じる当たり前の人間。
単純に私は彼女が出世するだろうと考えていた。彼女はお手本。そして、私はその皮を被った偽者だ。妹のために生きる私は、運よく政府の監視の目を誤魔化している不穏分子に過ぎない。
それでも、彼女は私に尽くしてくれていた。ある時、クラスメイトに変異体が発生した場合も同様に。
「バリアントが出た?」
私の質問にエミリーは首肯する。すぐに対象者の名前とその変異内容を伝えてくれた。
「訓練に耐えられなくなったようです。重圧に耐えかねた。不安障害ですね。よくあることです」
「なのに、誰も対策を実行しない。かつては存在していたが」
「よくご存じですね、シズク。ですが、そのような行為を取れば、このコロニーは切迫してしまうでしょう。現状でも、人口削減目標を達成できていないのですから」
エミリーが窓の外へ目を向ける。かつては美しい自然があったはずの訓練場は、あらゆるリソースが排除された白色の空間へと様変わりしていた。昔は、環境整備などを行っていたらしいが、そういう資源でさえももったいないとして排斥されたのだ。
もったいない。リデュース、リユース、リサイクル。昔の世界の人間は未来の人々がこれほどまでに徹底して3R政策を実行すると考えていただろうか。
「資源は再利用しても、人はしない。それが社会の方針だ。……どう思う?」
その問いが反乱分子と認定されてもおかしくないものであると知りながらも、私はエミリーに訊ねた。エミリーは少し黙考して、
「人類という尺度で計算すれば、それは正しい政策でしょう。壊れた人間よりも、健常の人間を優先する方が理に適っています。ですが……」
「納得し難い部分がある。そうか?」
「はい。精神的な問題を抱えているだけで、中には才能を持ったものもいるでしょう。最低限、彼らを査定し、治療すべき人間とそうでない人間を取捨選択すべきです」
エミリーの回答は私の望んだものではなかったが、合格ラインは通過していた。
私は彼女に伝えるべきか悩んだ。私の目的を。私が真なる意味で貢献する相手が誰なのかを。
ここ数週間共に任務を過ごして、私とエミリーには確かなる信頼が生まれている。が、そのようなものは脆いものだ。実際、訓練中にも味方を裏切り逃走を図った者を何名も目にしている。だが、エミリーは裏切らなかった。忠誠心の高い部下。
だが、その忠誠は一体いずこに向けられているのだろうか。私か。それとも私が奉仕していることになっている政府へか。
「シズク?」
黙考する私をエミリーが不審がる。私は決断し、全てを曝け出そうとした。
その時だ。エミリーのリングデバイスが鳴り響き、ワンテンポ遅れて私のデバイスが緊急連絡を知らせたのは。
「これは……クオリア165にまたデブリが……シズク?」
「くそ……除去作業には誰が向かった……」
私はホロウインドウをタップして、除去作業に出撃したはずのメンバーリストを表示させた。だが、お世辞にも……素晴らしいパイロットとは言えない。誰もが未経験者だ。中には七歳の子どもも混ざっていた。貢献度稼ぎに出たようだ。
「プロテクターを探しに向かう」
「……除去作業に向かうおつもりですか、シズク」
「止めるか?」
「ええ、止めます。非推奨行為です。政府の判断を信じるべきかと」
「政府の判断か……。もし私が政府だったら、こんな機会を見逃したりしないだろうな」
機会――増加の一途を辿る人口を削減できる好機。まともな支援など期待するべくもない。普段なら手慣れたパイロットが、一定周期で戻ってくるデブリを除去する。しかし、生憎そのようなパイロットは出払っているようだ。何を隠そう、その一員である私も士官学校がある宇宙ステーションに滞在中なのだから。
私は忙しく動き出した。エミリーが問う。
「何を焦っているのですか。確かにクオリア165は大打撃を受ける可能性は高いでしょう。通常の除外任務にあなたが志願していたことは知っています。ですが」
「ここからなら間に合う」
「とは到底思えません。プロテクターは流用品です。革命期、大戦時代の型落ち品ですよ」
「だが、バトルキャバルリーには変わりない」
私が格納庫に歩き出すと、エミリーもその背後をついてくる。
「どうした。なぜついてくる」
「私はあなたの部下ですので。しかし合点がいきません。あなたがそこまで焦燥する理由がわからない。冷静沈着なあなたが」
「あそこには私の妹がいる。邪魔をするな」
「妹のため、ですか」
エミリーは意表を突かれたように述べた。そうとも、このような小事で焦る人間は私くらいのものだろう。
「……聡明なお前ならわかっているはずだ。私はこれから非推奨行動を取る。上層部に睨まれるぞ。下手をすれば……」
「あなたはお優しい方ですね、シズク。ですが、禁止されてはいないようです。無論、あなたが不快だというのなら止めますが」
今度は私が驚かされる番だった。エミリーは私の前へ出て、先導し始める。
「こちらです、シズク。いえ、隊長」
「エミリー」
「時間はあまり残されていません。急いで」
エミリーは走り出す。私もすぐにその背中を追いかけた。




