アラモの戦い
スピーカーから聞こえる通信には敵味方双方の音声が入り混じっている。そこに加わる爆撃、銃撃、剣戟音。私用のプログラムで最適化されたバトルキャバルリーは、想定していなかった同型機との戦闘に勤しんでいた。
味方同士の戦争。仲間割れ。傍から見ればそのように見えるだろう。
だが、私と彼らは敵だった。話し合いでは解決できないと認識するほどの、敵だった。
操縦桿を動かし、ブレードを操る。刃と刃をぶつけ合う。すかさず敵の巨人は左手に持つライフルを接射してこようとしたが、そこへ同じように構えたカービンマシンガンを激突させ、銃口を逸らした。相手がしようとした動きを、ワンテンポ遅れて行う。
それだけで、本来自分が放つはずだった破裂音を、全て相手に肩代わりさせることができた。
銃撃。爆音。悲鳴。ノイズ。
敵を、殺す。当たり前のことだ。人類がずっと昔からやってきた、当たり前のこと。
私が生まれてから既に運命づけられていた当然のこと。
なのに、想定していない機構が疼く。自身の中に隠されていたシステムが叫ぶ。
『隊長、横から砲撃です!』
「何?」
直後、振動を検知。俯瞰モニターにレンジャーが腕を失う映像が映る。
これが戦争。私が初めて体験する戦争。
アラモの戦い。異世界独立戦争だ。
※※※
アラモ砦と呼ばれる場所がある。元々インディアンの改宗施設……つまりは再教育施設としての用途があった場所であり、軍事要塞としての役割も持ち、伝道所と砦という二つの側面を持っていた。そこはテキサス独立戦争の舞台の一つであり、簡単に言えばフランスの英雄ジャンヌ・ダルクのような役割を担った。
その地での敗北が、味方の士気を向上させ、当時メキシコ領だったテキサスをアメリカの州とする原動力となった。
復讐を象徴する土地なのだ。アラモを忘れるな。その合言葉に従って、義勇軍は攻勢を強め、メキシコ軍を叩きのめした。
その砦を私は偵察している。恐らくは、人々を守るため志願した英雄たちを殺したメキシコ軍人と同じように。
「警備網には穴があります。士気も低下しているようです」
「彼らは義勇兵じゃないからな」
私はぼうっと森の方を見つめているホワイトベレーの少女を双眼鏡で観察する。無気力だ。夢も希望もない表情で、ただ闇雲に時間を浪費している。もしや、自分の存在意義について模索しているのかもしれなかった。
名前こそアラモ砦などとふざけているが、実態は私たちの世界にあったそれとはかけ離れていた。独立のための熱気も、義勇のための闘気もない。
ただそこにいて、ただ生きている。処分の猶予期間を延ばすために、本意ではない戦いに参加している。
「意外ですね。正規兵による警備も行われてると思いましたが」
「……敵の襲撃を想定していないのだろう」
これもまた、敵の襲撃に対して増援依頼を送った義勇軍とは異なっている。そしてその事実は好機だ。敵の数は少なければ少ないほどいい。
「問題は罠である可能性だ」
グィアンが私とエミリーの隣に並んだ。エミリーが反感を覚えたかのように睨む。
「私の情報が誤っているとでも?」
「そうは思えないが、軍事力……直接的な力とは別の罠が仕掛けられているようにも感じる」
「どういう意味だ?」
訊き返すが、グィアンも明確に危惧を表現することはできないようだ。黙し、ただ警戒の色を強めている。
「仮に、彼の言う通りだとしましょう。ですが、今を逃せばいつ機会が来るかわかりません。私の推測では、インディアンの全滅の方が先でしょう」
「わかっている。……ホワイトベレーの戦力を削ぎ過ぎた。恐らく、増援も近いうちに到着するだろう」
敵はまだ疑問視はしていないだろう。廃棄したゴミの処分効率が上がった程度の認識のはずだ。異世界投棄したはずのゴミが密かにリサイクルされていることも知らない。
エミリーの言葉通りなのは間違いない。例え罠でも、踏み越えるしかないのだ。
「攻撃するのか?」
「もちろんだ。フィレン、ミーナ、騎兵隊の準備を」
『了解です』『わかりましたー』
二人は従順に私の命令を実行してくれる。敵にはない熱気が、私たちには備わっている。
「では、私たちも向かいましょう。これを」
「ありがとう、エミリー」
エミリーから小さな黒色の長方形プレートを受け取る。この小型の携帯端末には彼女がプログラミングした機能がインストールされている。異世界との扉をこじ開けるアクセスキーを解読するシステムが。
「……礼には及びません」
エミリーの頬が朱色に染まる。彼女も何やら熱を秘めているようだが、恐らくは私のそれとはまた違うものだろう。
昂っている。どうしようもなく。この作戦の成功は、カグヤが自由を手にすることを意味する。
「落ち着け。冷静に行くぞ」
「言われなくとも」
私はグィアンに返事をする。単なる会話だ。そこに特別な意味合いはない。
なのに、悪い気はしない。むしろ、いい気分だ。ふと何気なく左腕のデバイスで自身の表情を確認する。
笑っている。これは勝利を確信した笑みだろうか。
それとも、何か別のものを表す情動か。
「カグヤを救い出す。行くぞ。全員、出撃せよ」
デバイスから号令を飛ばす。返答に、わざわざ注意を傾ける必要はなかった。
※※※
「いくらマニュアル通りの動きとは言え、多勢に無勢だな」
砲撃を喰らった私は、冷静に状況を分析した。
警備の数は少ないが、それでも私たちの部隊よりは遥かに多い。インディアンの部隊は近くに待機しているが、それは戦後処理を任せる後始末役に過ぎない。戦闘は私たちが行う手筈になっていた。もちろん、グィアンは特別だ。
俯瞰モニターと機体の状態をチェックする。右腕が失われている。集団戦では手数が重要だ。片腕のまま戦闘を続行するのは得策とは言えない。
「騎兵23をこちらへ」
『了解しました!』
フィレンの応答。声こそ緊張の色が滲み出ているが、任務は忠実に行えている。私は右方向から攻撃した敵へ注意を向ける。敵は歓喜しているようだ。そして、油断してもいる。
周囲では戦闘が続いている。アラモ砦が森林地帯に囲まれているおかげで、奇襲攻撃は難なく行えた。こちらには森のプロがいるのだ。世間知らずの素人が取って付けたような防衛網など、簡単に突破できる。
騎兵同士の殺し合いは苛烈を極めている――ように見えるが、実情のほとんどは違う。そもそも殺し合いではない。なぜなら片方の戦力のほとんどは生きていないのだから。
私たちの戦力はほぼ無人のバトルキャバルリーだ。フィレンとミーナがAI制御と遠隔操作を併用して動かしているに過ぎない。だからこれは大規模な殺し合いなどではなかった。むしろ、一方的な虐殺の色合いが強い。
『すみません、ちょっと遅れるかもしれないです!』
「大丈夫だ、ミーナ。損傷させるな」
困ったような声音のミーナを気遣いながら、私はランチャーを構えるホースモードのレンジャーを見据える。敵は慎重に砲身の狙いを定めている。敵は満身創痍だから問題ないとでも考えているのだろう。
私は左腕のカービンマシンガンの照準を敵機に合わせたが、どこかから飛来した銃撃に銃身を破壊されてしまった。どうやら流れ弾に命中したようだ。
「腕利きがいなければ問題ない」
例えば、シャルリ・ハンマーのような。そのような存在に狙い撃ちされたとあっては作戦に支障も出てくるが、ただのまぐれ当たりならば不都合はない。私は敵の砲身へ集中する。そして、動きに合わせて回避行動を取った。
避ける。焦った敵の連射。それも予期していたので躱す。
突如放たれた背後からの銃撃は、躱せそうにない。
「……」
私はあえて威力の低い銃弾に当たりに行く。レンジャーの装甲に穴が開き、背部スラスターに致命的な損傷が発生したと自動音声が告げる。私はモニターから状態を確認し、ここまでか、とひとりごちる。
「仕方ない。諦めるか」
そうして、私は戦闘コマンドE-43を音声入力した。騎兵が眠る。喜び、ブレードを構えるホワイトベレー。砲撃したダンゴムシが獲物を奪われまいと球状になり突撃してくる。口論がスピーカーから響いた。どちらの手柄なのか論議を重ねている。
戦場の真ん中で。私はほくそ笑んで二人のホワイトベレーに話しかけた。
「どちらの手柄でもない。なぜなら」
驚く騎兵と馬のレンジャーの前で、私の機体が再起動する。タイミングを合わせたように、鹵獲した23番目のレンジャーが現れた。
『緊急射出。パイロットは衝撃に備えてください』
「私は死んでいないからな」
自動音声を最後にレンジャーと別れを告げて、私は新しいレンジャーのコックピットハッチへと射出された。シートに座るや否や、私はアクセルを踏む。敵の砲弾を回避して、ブレードを横へ振るう。まずはダンゴムシの水平二連ランチャーを破壊。次に、ライフルを切り裂く。
咄嗟にブレードを振るった敵機だが、味方との距離を考えていなかったため、ダンゴムシの頭部を切りつける羽目になる。悲鳴と糾弾が叫ばれ、うろたえた敵の首を私はブレードで刎ねた。レンジャーの頭部パーツが落下し、敵機はデュラハンよろしくふらつくと、抵抗の意志が失せたかのように仰向けに倒れた。
「エミリー、そっちの調子は」
『何も問題ありません。数は多いですが、それだけです。騎兵隊によって、十分撹乱できています。……そろそろ進撃してもよいかと』
「そうだな。では、私一人で行く」
『……やはり、私も……』
「ダメだ。お前は騎兵隊を守護し、敵の注意を引き付けてくれ」
敵の狙いを外部に集中させるのが、この戦闘の目的でもある。なので、エミリーの同行は許可できるはずがなかった。私はアクセルを踏み、敵のビーコンを避けながら森の中を進むが、不意に飛び掛かってきた小さな生命体を避けることはできなかった。
その原住民は、肩へと回る。私は複雑な心境に駆られた。それに呼応して、画面が反射する私の表情も呆れるのか笑うのか定かではないものになる。
「グィアン……」
『俺が同行しよう』
「ダメだ。お前は目立つ」
『いいえ。彼の協力を仰ぎましょう……』
と言うエミリーの顔は初めて私の調理物を食したミーナの顔に類似する。まさに、苦虫を噛み潰したような顔。それでも彼女はグィアンの同行を進言した。
『彼の力は有用です。不本意ですが……仕方ありません』
「お前の症状にこの男は関係あるのか?」
『無関係ではない、とだけ。続きは帰ったら教えます』
「わかった。行くぞ、グィアン」
『ああ』
『隊長、ご無事で』
エミリーとの通信が終了する。私は丁度右隣に立つ形となっているグィアンに話しかけた。
「緊張しているか?」
『いいや。なぜそのようなことを訊く』
「気の迷い、と答えておく」
『お前は緊張しているのか』
「いや、興奮している。……後少しで、カグヤを救える」
不用品のレッテルを貼られたあの子を、自由にのびのびと生活させられる。
異世界は、フロンティアの大地は過酷かもしれない。両足が不自由というハンデを抱えたまま生きるには、厳しい環境かもしれない。だがそれでも、ここでは自由に生きられるのだ。生きることを選べるのだ。それがどれだけ素晴らしいことなのかを、私はこの身で学んだ。
余計なお世話だと言われるかもしれないが、だとしても私はカグヤを救う。
そうしてその後のことも……考えなくてはならない。
「お前も……リムルを大切にしろ」
『なぜだ。俺は妹を――』
「お前の思いやりは一方的すぎる。妹が望む形で行え」
『お互い様だと返しておこう』
「それは事実だが……だからわかることもある」
キャバルリーが歩を進める。ゴールへ向かって。
もしくは、スタートへ。この先に何があるのかは不透明だ。
だが、着実に前へ進んでいる。その歩みはゆったりとしたものへ変化した。
「ここで降りるぞ。白兵戦の準備をしろ」
私はハッチを開く。装備はスリングで身体に通してある。騎兵から飛び降りると、弓を構えるグィアンが傍に寄ってきた。
「準備はできている」
「そうだったな」
私はMC33を構える。サイレンサーを装着してあるので、銃声は無に近しい。だがやはり、銃器はなるべく不使用で済ませたかった。
「これが扉か?」
「そうだ。下がれ。お前たちの家のような取っ手はない」
アラモ砦の大自然とのギャップにより違和感溢れる鋼鉄製の扉へ、私はエミリーから託されたデバイスを向ける。すぐにアクセスコードが解析されて、扉が開いた。私はサブマシンガンを構えながら砦内に堂々と侵入する。
内部はサイレンが喧しく響いている……と思われたが、停止していた。時折喧騒が聞こえる程度だ。騒音のほとんどが外部からのもので、内部はまるで何事もなかったかのように静かだ。
「やはり罠か?」
「いや……生体反応もいくつかみられる」
リングデバイスでマップに映る敵の反応を確かめながら、音を立てずに進む。まず一つ目の生体反応へ近づいた。そこは無駄に豪華な装飾が施された部屋だった。ゆっくりと扉に近づく。中からは声が聞こえている。
「で、でも……規則違反……では……」
「それはどこの規則だ? 太陽系か? では、ここはどこだ。言ってみろ」
「フロンティア、です。でも……」
「なら、問題あるまい。大丈夫だ。監視システムはオフにしてある」
「え、でも、外では戦闘が」
「だからこそ、じゃないか。どうせ、襲ってきたのは取るに足らない反乱分子か何かだろう。すぐに鎮圧される。何せ、こちらの方が数が多いのだから。無能が反乱を起こしたところで、何事もなく治められる。それが現実というものだ。君が変異体などと呼ばれ、こちらに派遣されたようにな。だが……」
私はゆっくりと戸を動かし、室内を覗く。一人は将校。顔には見覚えがあった。こちらへホワイトベレーを派遣する際の演説時にいた将校の一人だ。実際には何の士気も取らない役立たず。
その男が……控えめな表現を使えば、ホワイトベレーの少女を口説いている。
「チャンスはいつも突然訪れるのだ。そうとも……。私たちの社会は不法な子作りを……忌み嫌う。奇妙なものだ。セックスは……子孫を残す手段とは別の意味合いもあるというのに。昔の人間は避妊具を使用して、行為自体を楽しんだものだ。それ自体に何も意味がない、とはわかるだろう? セックスとは子をなす生理現象。そこにゴムを被せて行ったら、何の結果を生まない過程のみしか残らないじゃないか。だがな……そういう無意味なものを楽しめるのが人間だよ。食事だってそうだ。別に味など必要ないじゃないか。まずさは、毒物とそうでないものを認識するために獲得したものだ。だが、美味しさは? 優れた栄養物を摂取するための指標? いやいや。核で地球がボロボロになる前、人々は味を調えてた。人工物を使って粗悪な代物を美味しくみせかけていたんだ。……何も意味ないだろう? 安全性が確保されているなら、味などどうだっていいんだ。わかるだろ? 無味でもいい。だが、人は味を求める。本能なのさ。遺伝子に記されたプログラムだよ。……君はこう考えているだろう? 今回の提案もまた、無意味だと。そうだ。産まれた子どもは殺すからね。避妊具の購入などという危ない橋を渡るつもりはないよ。だが……安心したまえ。君の命は保証される。私が保障する。それはつまり……意味ある行為にならないか? 君の生存権を獲得するという、有意義な行為に」
「……」
少女は俯いた。そして、服を脱ぎ始める。ただ生きるために。
私の肩をグィアンが叩いた。
「騒ぎを起こすのは得策ではないぞ」
「だが、起こしても構わないとお前は思っている。そうだな」
グィアンは答えない。その無言が答えだった。
私は扉を勢いよく開くと、将校の身体を銃撃でずたずたにした。怯える少女が座り込んで私を見上げる。私は立つように手で合図をし、扉へ向かうよう頭を動かした。
「あ、あの……私、は」
「もし生きたいのなら、今のような行動は得策じゃない」
私は彼女のリングデバイスと私のデバイスを接触させる。
「マーキングした。もし、本当に生きたいのならその座標に行け」
「は、はい……!」
少女が駆けていく。その背中を見送った私はグィアンに訊ねた。
「偽善だと思っているか? 散々ホワイトベレーを殺しておきながら」
「いいや。そうしたかったのなら、そうすればいい」
「ああ、そうだ。私がそうしたかった」
今更人助けをしたところで、罪が解消されるわけでもない。
私が撃ち殺した男が言うように、無駄な行為だ。だが、それを成すのが人間の本能だと彼は言っていた。
それが真実なのかは知らない。だが、無闇に敵を殺す気にはなれなかった。
矛盾している。だからこそ、私は人であると強く思える。
「進むぞ。――ッ!」
どうやら敵に勘付かれてしまったらしい。いくらサイレンサー付きの武器とは言え、弾丸が潰れる音までは消せない。
マズルフラッシュが遠方から煌く。私は反射的に避けて、敵に狙いを定め――足を撃った。白いベレー帽を被る少女が悲鳴を上げる。その脇に着いた敵は、同僚を放りながら銃撃を始めた。一発の弾丸で、一人の敵しか倒せない。いや、一人も倒せなかった。銃で撃たれた敵は歯を食いしばり、倒れながら銃の狙いをこちらに向けようとしている。
「仕方ない……か」
連中は怖じない。連中は恐れない。中にはショックを受け戦意を喪失する者もいるだろうが、インディアンのように完璧にコントロールすることは不可能だ。
そして助け合いもしない。自分のために銃を撃つ。他人は利用するだけのもの。
自分のため。自我のため。……私と何も変わらない。
私は引き金を引こうとしたが……寸前で躊躇する。代わりに、ポーチからスタングレネードを取り出すと、歯でピンを引き抜いた。そのまま放り投げる。
閃光と爆音、そして悲鳴。私はグィアンと共に脇の通路へ向けて走り出した。
「平気か?」
「問題ない」
と答えるが、戦術的観点から見れば大きな、そして致命的なバグが私と言うソフトウェアに発生している。殺人を忌避している。同類であるホワイトベレーへの。
インディアンなら殺さなくても動きを統制できたが、ホワイトベレーは無理だ。足を撃っても腕を撃ち抜いても、恐怖が他の敵兵に伝染しない。生きるために戦ってるからだ。守るためではない。だから、味方がやられても平然と応戦してくる。
指揮官と呼ぶべき存在もいない。シャルリ・ハンマーのようなカリスマがいれば話は別だが、ホワイトベレーにそのような中核を成す存在はいない。
「お前の言う通りだったな、グィアン。私は……」
もはや兵士ではない。ただの無力な人間に成り下がった。そんな私にグィアンは、
「案ずるな」
と一言だけ告げて、後方に向けて弓を構える。狙ったのは天井だ。私たちの世界では非常識的な物理法則を彼はいとも簡単に行い、天井を射抜き崩した。ホワイトベレーが足止めされる。私はホロマップを表示。
「そこを右折だ」
「わかった」
「幸い、警備は少ない。このまま交戦を避けながら進むこともできるが……」
問題はゲートの確保をしなければならないこと。アクセスキーの解読は、先程の扉のように簡単にはいかない。エミリーの見立てでは十分程度かかると言っていた。
……奇妙なことだ。実力的に実現可能な事象なのに、心のどこかで怯えのようなものが浮き沈みしている。独特のリズムは、私の精神に負荷をかけてくる。
「なら、囮が必要だな」
「お前が、行くのか? 単独で」
私は思わず発しそうになった言葉を呑み込みながら訊いた。なぜだ。なぜ今私は行かないでくれと頼もうとした。自問を続ける横で、グィアンは私を疑問視する。
「なぜそのように不安そうな顔をする」
「わからない。が、そうだな。これはきっと……作戦成功率の問題だ。スキャニングする間、私の護衛を頼みたい。切れ者がいないとも限らない、そうだろう?」
「……了承した。では、こうしよう」
グィアンは紋章が刻まれた右腕を翳す。すると、私たちそっくりの幻影が現れて、逆方向へと走り出した。並行してハッキングしていた監視ネットワークが幻影の存在を検知。幻影に向けてホワイトベレーが集合しつつあった。
「何もないよりはマシだろう。急ぐぞ」
「わかった。……感謝する」
私は礼を述べながら、目的地へ迷いなく進んでいく。グィアンが怪訝な顔で私を見たが、彼の気持ちと私の気持ちは同じだった。
私も私の心を訝しんでいるが、不思議と悪い気はしていない。
砦内は複雑で、迷路のようだった。エミリーの地図がなければ道に迷っていただろう。だが、彼女の地図のおかげで直進の通路のように迷いなく進める。右、左、また左、次に右。直進。階段を下りて地下へ。敵兵を避けるために小部屋へ退避。
「エミリー、外部の状況は?」
不健康に思えるほど健康的な白色の部屋の中で、私は戦況を確認した。エミリーはすぐに報告してくれる。敵との交戦は続いています。しかし、目立った問題は起きていません――。
『このまま行けば私たちだけで制圧も可能でしょう』
「そこまで順調にいくのか」
当初の作戦ではグィアンも戦闘に参加した状態での制圧を目指していた。……いくらなんでも都合よく事が運び過ぎている。
「周辺の敵部隊に不審な動きはないか?」
『いいえ』
「ブラックベレーもいないとは……。シャルリの捜索に誰も投入されていないのか? ……あいつは曲がりなりにも正規兵だ。ホワイトベレーじゃない」
『しかし、異端であったことは事実です。考えるに、邪魔者だと思われていたのではないかと』
「だから、放置した、と? 筋は通るが……」
だが、物事は筋道通りにいかない場合の方が多い。敵兵をやり過ごしながら、私たちは先に進み始める。
「……外が心配だ。お前はもういい。外に戻ってくれ」
「先程と言っていることが違うな。キーを解読する間、お前の護衛をする手筈だったはずだ」
「状況が変わった」
と言い合う間に目的の扉へと辿り着いた。時間が惜しいので、扉のロックの解除を始める。
「グズグズしている暇はない。砦が制圧できないと私たちは帰れなくなるんだ」
「制圧はする。が、お前の護衛も引き受ける」
「私に護衛は」
「必要だ」
扉のロックが解除された。私はどうにかグィアンを説得しようと口を開いて、
「何……?」
遠くから聞こえてきた声に耳を疑う。グィアンも薄暗い直線の通路の先を見る。遠くにはまた扉が設置されているが、今私たちが開いたような厳重なセキュリティが施されていない。いや、実際には搭載しているのだろうが、不用心にも開け放たれている。まるで、私たちの到来を待ち構えていたように。
現に、私の身体は吸い込まれる。その声の元に。
「待て、嫌な予感がする」
「いや……わかっているが……」
だがその声は無視できない。通路の先から聞こえるか細い声は。
「シズク!」
グィアンの呼びかけを無視して私の身体は進んでいく。不自由に、そして自由に。
足音が通路内を反射している。段々と部屋の中が見えてきた。
巨大なコンソールが見える。異世界の扉を制御する装置が。
部屋の中へと、私は磁石のように引き寄せられる。元よりそういう性質だ。
イコールなのだ。切っても切り離せない。
不変的な事実だ。その愛おしさは変わらない。
『あの、本当に……ですか?』
『そうとも。嘘なんか吐かないさ』
『でも……そんなこと、認められるんでしょうか。お姉ちゃん、言ってたんです。こっちに戻ってくるまでは会えない。連絡も取れないって』
『君のお姉さんは貢献度を使って、その権利を申請したんだ。まぁ、その前に私に応対させてくれるかな。私も彼女には……だいぶ前から目を掛けていたんだ』
制御盤の上に取り付けられたモニター。そこに映る少女を見違えるはずはない。
「カグヤ……?」
妹がいる。車いすに座って、白い部屋の中にいる。その前の椅子にはスーツを着た男が座っていた。あの時の男。モニターの向こう側から、私に笑いかけた男。
『ああ、丁度来たようだ。やぁ、シズク。久しぶりだな。と言っても、君は覚えていないかもしれないが』
男はモニターから私を見下ろす。そうして、笑いかけた。
親しみを込めた笑顔で、凍り付く私に。




