変異
『敵は想定通り展開しています。奴の力を借りずとも、制圧できるかと』
「そうか。では、攻撃を続けろ」
私はエミリーに応じながら、眼前……メインカメラの先に立つレンジャーに銃撃を加えていた。敵レンジャーはブレードで弾丸を切り裂きながら後退。その援護にショットガンを装備した機体が前進してくる。
散弾はブレードでの防御が難しい。拡散範囲が広すぎるからだ。
しかし、私はエミリーの所感の通り、グィアンの手助けを借りなかった。斜め後方へ動きながら、敵の射程外へと動き出す。敵の焦燥が手に取るようにわかった。追撃したいが、味方の援護もしなければならない。
だから、動くに動けない。そんな状況は誰だってもどかしい。私でさえも。
私は中途半端な位置に立つレンジャーへ射撃で応戦した。ブレードで防御してきたが、敵が中心的に防御するコックピットとメインカメラを避けて、脚部に狙いを集中。体勢を崩したところへ甘い狙いの銃撃をブレードで防ぎながら接近。至近距離で銃弾を浴びせた。
『うわああああ! ああああああッ!!』
パニックに陥る敵兵の悲鳴。今回はハンティングなので、騎兵はなるべく破壊しない。パイロットも殺さない。作戦のための鹵獲戦だ。パイロットを殺すとなると機体がより面倒な状態になるので、殺さないだけに過ぎない。しかし、叫ぶ敵兵の声を聞いていると、奇妙な想像が脳内を駆け巡る。
もし、このパイロットを殺すことで、ミーナのような変異体が発生することがあるのだろうか、と。
恐らく、それはない。ミーナはレアケースだ。普通、変異体に対して、特別な感情……親愛や友愛などを抱く健康体など極々少数に限られる。それこそ私やシャルリ・ハンマーは例外中の例外だ。
健康体と変異体。ヘルスとバリアント。その境目がより曖昧になっているように感じる。基準は社会に対して貢献できるかどうかという線引きしかない。
あなたは社会の役に立ちますか。であれば、健康体と認定しましょう。社会性コードから検索した適性職業への斡旋も致しましょう。
あなたは社会の役に立ちませんか。ならば、変異体という烙印を押されます。ああ、死んでくれて構いませんよ。もしくは、敵を殺してください。そうすることで、あなたの存在意義が証明されます。
この簡易な基準に照らし合わせれば私は変異体だ。それはわかっている。だが、しっくりこないというのが本音だ。
私はどうなっているのだ。私はなぜ裏切った?
そして、ミーナはどうして過食症になった? 心の迷宮に私は迷い込んでいる。
『こっちも問題ありません。ミーナさん、そっちは』
『大丈夫だよ。隊長さんに伝えてくれる?』
「聞こえているぞ、ミーナ」
『……そう、ですか』
ミーナの通信は好意的とは言い難い。その板挟みになったフィレンが委縮するような声を漏らす。
『あ、あのお二人とも、喧嘩は……』
「喧嘩などしていない」
『そうだよ、フィレンちゃん』
『うう……』
フィレンの居た堪れない声。その声を聞きながら私は操縦桿から離した自身の手を見つめる。
今の私はおかしい。昔の私ならこんな――こんな感情を抱くこともなかったはず。
妹の……私のためという目的方針は変わらない。だが、何かが……シャルリが指摘したように、私の内面に何か大きな変化が生じ始めている。歯車は軋むだけではなく、また別の動きに移行しようとしている……?
『こっちの敵も殲滅――うわッ!? 伏兵……!?』
「ミーナさん!?」
我に返ったのはミーナとフィレンの悲鳴を聞いた時だった。私の足は自然とアクセルペダルを踏む。ブースターも点火させていた。自然に。不自然に。
あの男の名前も叫ぶ。
「グィアン!」
『了解した』
一言返ってくる。その言葉に私は安心する。
……安心できる。レンジャーが特殊ペイントという名の受信機に従い、精霊の力をその身に宿す。後退していた敵機が、突然の発光に慄き動きが乱れた。
『な、なんだそれ――ひッ!?』
「邪魔だ」
私は敵機の両腕を切り裂く。レンジャーの右腕に自分の腕と相違ない動きをさせて。呆けるように固まった敵レンジャーに足蹴りを放ち、地面にダウンさせる。そのままミーナがいる座標へと機体を進ませた。
彼女の下へはすぐにたどり着けた。レンジャースピリットは、移動速度も強化されている。火力は言わずもがな。マシンガンを左手で構え、ミーナの機体と近接格闘を行う敵へ掃射する。
『ぐッ……この力は!』
「終わりだ」
まず右腕が飛んだ。ブレードが振り下ろされないよう敵機の右手首を掴んでいたミーナは即座に後退する。次に、迎撃しようと銃を構える左腕。右足。左足。
最後は、コックピット。肉薄し、ブレードを振り上げたレンジャーの腕をミーナが掴む。
「何をする!」
『こっちのセリフですよ! 敵は無力化されました!』
「……何」
今回はハンティング。敵の殲滅が目的ではない。
なのに、私の身体は……敵兵を殺そうとした。非効率な戦い方を行っていた。
いや、実行は身体だが……殺そうとしたのは心であり脳であり、私だ。
「……」
私は倒れた敵機を見下ろす。衝撃でコックピットが開いたのだろう、中にいたパイロットは酷く怯えていた。まともなパイロットスーツも支給されない政府の手駒となり、何の罪もないインディアンをただそこにいたからという理由で殺す哀れなホワイトベレー。
「エミリー、他に敵機は」
『確認できません』
「そうか。すまない、私は先に帰投させてもらう。後は頼む」
『隊長……? 了解、しました』
レンジャーを集落の方向へ向ける。私はベレー帽を脱いでコンソールの上に置いた。水滴を感じて頭に触れる。汗が出ている。
発汗が発生するような気温ではない。私は丈夫にできている。
だが、汗を掻いていた。肉体的不調ではなく、精神的不調によって。
※※※
「自発的に殺した私よりも、君の方がずっとマシだと思うが」
女は唐突に問いかけた。彼女は私用に用意された家の窓枠に行儀悪く座っている。窓から差し込んでいるのは月明かりだ。漆黒が光に塗り潰されて、巨大な影が蠢いているように見える。
「お前は選択肢がなかった」
「それは君も同じだ。そのような罪悪感に意味はない」
「わかっている」
ぶっきらぼうに言う。……言える。そんな私を見て彼女は笑った。
「言っただろう。君の精神変異は深刻だ、と。直に君は兵士ですらなくなる」
「私は兵士だ。兵士で、あるべきだ」
私は自身に言い聞かせる。だが、彼女の言葉は的を射ている。
私は、おかしい。後はミーナの問題を解決し、敵地に攻め入り、カグヤを手に入れればいいだけのはずだ。
だが……思い返せば奇妙だ。なぜ私はフィレンの治療のみではなくミーナの症状も部分的にだが、解決しようとしているのか。
ミーナの言葉通り、彼女は他人に危険が及ぶ場合は適正に任務をこなす。それだけできれば十分だ。アラモ砦攻略作戦も、カグヤ救出作戦もスピードが命。どのみち長引けば、ミーナの命もフィレンの命も、リムルやグィアン、カグヤの命も危うくなる。
いつまでも手をこまねいている場合ではない。シャルリのような切れ者がいつ現れるかもしれないのだ。
なのに、私は準備と称してミーナの精神問題を改善しようとしている。
「心配をしているんだ、君は」
「私の、か。作戦の」
「いいや、皆の命だ。元より、君はそういう性質の変異体だ。弱者を見捨てておけない。だから、君がホワイトベレーへの所属を決めた時、確実に狂うと私にはわかっていた」
「私の変異を予期していただと」
私は影に詰め寄る。影は笑った。先程と同じように。
「君は……君のことを完全に理解できていない。自分がどのような人間なのかを把握できていない。だから葛藤し、苦悩している。自分の中に、想定外の機構を発見したからだ」
「苦悩だと、私がか」
「以前の君なら瞬時に気付けた。だが、もう手遅れだ。しかし、悪いことばかりでもない」
「どういう意味だ」
影は窓枠から飛び降りる。そのまま私の横を素通りし、止まる。
振り返って、もう一度笑った。不敵な笑みだ。
「それは自分で考えるべきだな。幸運を祈ってる」
シャルリ・ハンマーの幻影は、出現時と同じく唐突に消えた。
※※※
「……っ」
「あ、シズク」
目を開くと同時にリムルの顔が認識される。彼女の不安そうな顔が飛び込んできた。手には湿らせた布を持っている。彼女はそれを私の額に当てた。
「何を、しているんだ」
「汗、すごかったから。うなされてました」
「汗、か」
確かに私の身体は汗で濡れている。衣服が身体に貼り付いている。ベッドから起き上がると、私は衣服が軍服とは違うことに気付いた。インディアンの衣装だ。
「ごめんなさい。勝手に服を変えました」
「グィアンがこの場にいたようだな」
私はシャルリ・ハンマーの幻影を思い出しながら訊ねる。
「はい。でも、大丈夫です。着替えさせたのは私ですから」
「そのような心配はしていない。が、そうだな。ありがとう」
「シズク……」
礼を言うとシズクが驚いたように目を見開く。そして、具合を確かめるように私の額へ手を置いた。不自然な感覚に……胸の中央部が疼く。
これは、恥ずかしいという情念なのだろうか。
「何だ、どうした」
「え、い、いや……熱でもあるのかなって。いつもと、様子が違うから」
「そうか。私は普段と様子が変わってるか……」
「はい……何か……弱ってるみたい」
「弱っている……」
カグヤを目の前にして、弱っている。焦ってもいる。
恐怖を感じているのかもしれない。
「本当に……兵士ではなくなっているのか……?」
それは困る、と呆然と考える。リムルも同じはずだ。
だが、彼女は心配の中に喜びを覆い隠している。兵士でなくなる私を歓迎している。
それはカグヤにも通ずる感情のはずだ。だからこそ、私は目を背けた。
「まだ、ダメだ。私は戦わなければ」
「辛い時は辛いって言うのも、間違いじゃないと思いますよ」
「ミーナ」
戸から現れた人物の名をリムルが呼ぶ。彼女は何か食べ物を持ってやってきた。また、食べ物だ。彼女は食事から逃れることができない。……本当に?
「ちょっと退いてもらえる? リムルちゃん」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
ミーナはベッドの横に座った。私は目を合わせるべきか迷い視線をあちこちに動かしている。結局、彼女から逃れるように壁側へと身体を向けた。
その様子を見て、ミーナが小さく笑う。
「ふふ」
「何がおかしい」
「だって、最初にあった頃の隊長さんだったら、絶対にそんな気まずそうにすることなんてなかったですから。私に従えっていう……独裁的? な感じの」
「アドルフ・ヒトラーやナポレオン・ボナパルトと同じだと言いたいのか」
「いや、悪口じゃないですよ。実際、隊長さんの判断は正しかった。たぶん、私を治そうとする考えも間違ってない。でもね、私が反発するのは……あなた自身がそれを実践できてないからですよ。人のためには動けるのに、自分の命を勘定に入れてないから」
「私は死ねない。カグヤを救うために」
「救った後は?」
「進んで死ぬ理由は見当たらない」
「嘘、ですね」
ミーナの鋭い指摘に、私の身体はぴくりと震えた。震えてしまった。
「ちょっと前の隊長さんの考えは、私、全くわかりませんでしたよ。でも、今の隊長さんの考えなら簡単に読み取れる。隊長さん、嘘を吐く時、よく無表情になるんですよ」
「そんなことはない」
「じゃあ、顔を見せてください」
私はゆっくりと振り返る。努めて不平を装った表情を見繕い、嘘を誤魔化した。
だが、ミーナはやっぱりですねぇ、と合点がいったように腕を組み、
「無理に表情を変えようとしてる。さっきの、嘘です。隊長さん、嘘つく時、無表情ばかりじゃありません」
「…………」
「シズクが騙された……」
リムルは私たちのやり取りを少し驚きながら眺めている。私もミーナにしてやられたのは初めてだった。
得意げなミーナは不服さを隠さない私の頬に手を置いた。
「隊長さん、私はあなたのこと、友達だと思ってますよ。フィレンちゃんやエミリーさんのように」
「私は……仲間、だと考えているが」
すると彼女は呆れたように肩を竦め、
「仲間だの友達だのっていう言葉遊びって、どうでもいいことだと思いませんか? 人ってどうして厳密なラインを引こうとするんですかね。ジェミーも言ってたなぁ。調べてますよね、ジェミーのこと。私の生きる理由……だった人」
「ああ、調べた。怒っているか?」
「全然。たぶん、プロファイルにも載ってるんでしょう? 私たちってのはほら、スーパーに売っている商品と同じなわけで、生産地から性質、品質保証まで全て一つのデータにまとめられちゃいますから。……実は私、スーパーってのが何かよくわからないんですけどねー。これもジェミーの受け売りだから」
「昔は食べ物を直接……スーパーマーケットという場所に行って売買していたんだ」
カグヤとの見た映画。スクリーンの内側のキャラクターたちは知った顔で、食料品や生活用品をスーパーマーケットで購入しており、そのプロセスをカグヤにかみ砕いて説明するため、私は古い文献を読み漁らなければならなかった。
かつてはお金……紙幣や硬貨などという物質的な引き換え品を用いて、好きな物を自由に買うことができた。規制もあったが今ほどではない。反面、私たちは社会に貢献し、貢献度という成果を手に入れ、それを生存権の取得や食料品の受給、各種権利の解放に用いる。カグヤのために手に入れた死んだ文化群は、通常よりも数倍のポイントを消費しなければならない。
「へぇー! 流石隊長さん、物知り! まぁ、とにかく、私たちは管理された物なんですよ。人である前に、消費物なんです。社会を動かすためのパーツ。社会って本当は、人を安全安心、簡単便利に生かすためのシステムだったんですよね。でも、今じゃあ立場は逆転して、社会を生かすために私たちを消費してる。……別に、良かったんですよ、それでも。それで生きられるなら。でも、ジェミーは処刑されました。ちょっと変わっていた。そんな理由で」
ミーナは辛そうな顔となり、息を吐く。膝の上に置かれる食べ物に目を移し、取ろうとしたが、耐えた。部屋に入ってから彼女は一口も食料を食べていない。
「……さっきは偉そうなこと言いましたけど、私も、隊長さんと同じでした。別に死んでもいいかなって。そりゃあ、進んで死ぬのは嫌ですよ。痛そうですし。でも、積極的に生きる理由もなかった。ただ自由にのびのびと生きて、その結果、死んじゃうのなら、それでいいかもって。でも、隊長さんやみんなといっしょに生活して、フロンティアでリムルちゃんたちと生きて……少し、欲が出たんです」
「欲だと?」
「はい。もうちょっと、生きること、続けようかなって。積極的に。そう考えていた時ですよ。隊長さんに自分の身をちゃんと守れって言われたの。最初は素直に同意しようと思いましたけど……隊長さん、自分じゃ絶対にできないこと、人に押し付けてくるから、少しだけいじわるしちゃいました。ごめんなさい」
ミーナは朗らかな表情になって、謝る。その顔を前にして、私は判断に迷った。当然だと素知らぬ顔をすればいいのか、しおらしくその手を取ればいいのか、それとも謝罪を述べればいいのか。
困る私にリムルがその手を掴んだ。ミーナとの橋渡しをしてくれた。
「仲直り、ですよ。シズク。こういう時は仲直りするんです」
「……ありがとう。いや、すまない……? ダメだ。こういう時は何て言えばいい」
カグヤなら即答するであろう質問だった。それに、リムルも素早く答える。
「ごめんなさい。これからも仲良くしてください。それで、いいんですよ」
「そうか……あ……すまなかった。これからもよろしく頼む……」
胸の奥が熱くなる。顔面の体感温度も高くなっている。
胸の奥に心はない。頭の中にあるのだ。だから、そこに何かがあると感じるのは錯覚だ。顔が熱くなるのもまた、脳の誤解に過ぎない。
だがそれでも身体中が熱い。不慣れなことをしたせいか、不可思議な感覚が私の身体を蝕んでいる。恥ずかしい。照れくさい。そのような単語を当てはめるべき感情が、私を侵食しハードウェアとソフトウェアにバグをもたらしている。
「あ、あ……隊長さん!」
「な、なにっ……!?」
突然のアクションに反応できない。ミーナは私の身体に抱き着いてきた。私がフィレンやカグヤにそうしたように。しかし、抱擁の目的は精神の安定ではなく、己の欲望を満たすためのものだ。ミーナは嬉しそうに私の身体を拘束する。膝の上に載っていたバスケットが床に落ちそうになったのを、危うくリムルがキャッチした。
「可愛い! こんな反応もできたんだ! もっと冷たい人だと思ってましたよ!」
「く……怒っているのか、お前は」
「これのどこがですか! 喜んでますよ! 生きててよかった……心からそう思える日が来るなんて」
ミーナはやっと私を解放した。私はふぅ、と小さく息を漏らす。肉体的な疲労は全く蓄積されていない。これもまた精神的なものだ。
「……赦して、くれるか……」
「むしろこっちが謝るべきですよ。でも、その前に」
ミーナはリムルからバスケットを受け取る。そして、中身を二つ取り出し、片方を私に差し出した。
「隊長さんが約束してくれるなら、私も食べるのをやめますよ。緊急時、自分の命と味方の命が脅かされる時って限定的ですけどね。どうします?」
「……約束しない理由はない」
「じゃあ、これで私と隊長さんは本当に友達ですね」
私はミーナから食べ物……パンを受け取る。ミーナが勢いよく食べ始めたのを見て、私も遠慮しながら頬張り出した。
とても美味しかった。これで、ミーナ・カーの問題は終結した。
後は作戦を決行するだけ……だが、その前に、私はリムルに訊ねる。
「リムル、グィアンはどこだ?」
「え? たぶん、いつも通り、周辺を警戒してると思いますけど……」
「そうか。少し出てくる」
パンを食べ終えた私はベッドから立つ。そして、宣言通り部屋を後にしようとして、ミーナの方へ振り返った。
「ヨークという若者は、お前と……」
「わ、シズク! 流石に!」
「……仲良くなりたがっているようだ。大事にしてやれ」
「あ、はい。了解です」
焦ったリムルが胸をなでおろす。ミーナは普段の調子に戻り、ぱくぱくと食べている。
微笑した後、私はグィアンを探しに村の中を探索した。彼はすぐに見つかった。
「もう平気なのか?」
案じながら、彼は大木の枝から飛び降りた。
「ああ、平気だ」
彼の隣へ並ぶ。夜空には月明かり。そして、満点の星。周囲には自然が満ちている。
「様子が変だな」
「そう……かもしれないな。私は、変だ」
正直に吐露する。私はグィアンの横顔を見上げる。
「一つ、訊いていいか?」
「何だ」
素っ気なくグィアンは言うが、そのペースがありがたかった。
「私が抱いてくれと頼んだら、お前は私を抱いてくれるか?」
「……なぜそのようなことを訊く?」
私は小さく笑うと、踵を返した。
「いや……気の迷いだ。私はどうかしていた」
不審に思うグィアンの視線を受けたまま、その場を去る。
私はおかしい。狂っている。
そして、その状態を愛しく思い始めていた。
※※※
不穏分子の排除に成功。準備は整ったので、後は計画を推し進めるだけでいい。
エミリーが逐次報告してくれるマップチャートによって、私たちは進行ルートを計算、確保に乗り出していた。進行方向の障害……敵兵の除去。使える騎兵は回収し、武器や弾薬も補充する。
道のり自体は一直線だった。散漫的に進撃する敵の裏を掻くことはとても簡単で、むしろ罠であるのではないかと疑ってしまうほどだ。しかし、罠に飛び込むことがないよう綿密に情報を精査し、不意の奇襲を受けないよう調整し、徐々にルートを開拓していった。
異世界を開拓していく。厳密には、敵が開拓した地域をさらに自分好みに塗り替える。
「ホワイトベレーは、指揮系統に混乱をきたしているようだな」
レンジャーに騎乗する私はサイドモニターのチャートを見ながら呟く。しかし、副官であるはずのエミリーはいつも通りの返答を行わなかった。
『隊長……』
「どうした、エミリー」
『昨日……あなたは、グィアンと……』
「……? 何だ」
私の追及にエミリーは黙す。何か気になる点がある、というのは誰でもわかるだろう。しかし、何が彼女の気がかりなのか、推察するには至らなかった。彼女はすぐに言葉をはぐらかしたからだ。
『いえ……。隊長のおっしゃる通りです。ホワイトベレーには統制を執る司令官はいません。ただ敵を倒す、貢献度を稼ぐという曖昧な目標では、部隊間の連携などもままならず、開拓もスムーズに進まないではずです。……進行度に進展がないことを鑑みるに、まだ軍部も本格的に参入はしていないでしょう。彼らは自分たちを脅かす存在がいるとは夢にも思っていません。奇襲するなら今が最適かと』
「そうだな」
相槌を打ちながらも、私は通信ウインドウに映るエミリーの顔を注視している。彼女は平気なのか。フィレンやミーナのような問題は起きていないか。
以前、元正規兵の変異体と戦ったことを思い出す。あの時、彼女は普段の冷静さを失い、感情的に行動して窮地に追い込まれていた。その原因を特定する必要があるのではないか。プライバシー保護の名目で閲覧しなかった、彼女の症状を把握する必要はないのか?
『隊長の危惧はわかりますが』
私の視線を見て察したであろうエミリーは私の隣をレンジャーで追従しながら告げた。
『私はミーナのように自発的な死を選びませんし、フィレンのように不安のせいで行動に支障をきたすこともありません。そして、前回の不徳を挽回するべく、感情を律しています。作戦は、問題なく遂行できるかと。……もし、それでも気になるのなら、この戦いが終わった後に、私を治療してください。……あなたの、手で』
「私が解決できる問題か?」
『……そう、認識しています。私は……』
エミリーは躊躇いを見せながらも、視線は私から逸らさなかった。その応答を聞いて私は首肯する。
不安よりも信頼の方が上回っていた。エミリーは私の仲間であり……友達だ。
友達、という概念はいまいち私の理解を超えている。
だが、悪くはない。そう思える。ならきっと、それはいいことなのだろう。
シャルリ・ハンマーや亡き父と母、そしてカグヤも祝福してくれるはずだ。
と思いながらも、一つだけ気にかかることがあった。厳密には、一人の男だ。
奴はどのような反応をするのだろう。今の私を見て。
「弱くなった私を、お前は歓迎するか……」
迂闊にも放った独り言を聞いて、エミリーが目を見開く。直後、通信が切断。エミリーのウインドウが真っ暗に染まった。
それでも私は進んでいく。カグヤのために。私の、ために。




