ミーナ・カー
フィレン・リペアの経過観察は特に問題なかった。
フィレンは以前と同じように仕事に従事し、以前と変わらぬ態度でコミュニケーションを取っている。唯一の違いは、何度も確認することがなくなったことだ。自身の行動に自信と責任をもって、正しいと思える選択を常に行えている。
完全にとまでは言えないが、フィレンは段々と問題を克服しつつあった。戦闘にも適正参加が可能となり、明確な弱点も失せたと言っていい。
これで戦力の増強は済まされた。後は騎兵の回収。リソースの確保。
そして、ミーナに発生する問題点の改善が急務となる。
集落の中を進んでいく。場所の見当はついている。
案の定、そこに近づいてくるにつれて、ばりぼりという咀嚼音は大きくなっていった。私は戸を開く。食物を咀嚼するミーナの姿を捕捉。予想通りだ。
唯一予想と異なった点は、彼女に食べ物を進めるインディアンの男がいたことだ。
「ありがとーヨーク。あ、隊長さん。食べに来たんですか?」
「いや。お前は誰だ」
私の問いに男は困ったような声音となる。ミーナはクッキーのようなものを頬張りながら代わりに答えた。
「ヨークですよ。友達です」
友達、という単語を聞いたヨークの表情が少しだけ陰る。私はではヨーク、と彼の名前を言い直し、
「すまないが話がある。外で待っていてくれ」
「彼もいっしょじゃダメなんですか?」
「ダメだ。大切な話だ」
私が扉から退くと、ヨークは名残惜しそうにミーナを見返した。目線で促すと、諦めるように彼が出ていく。私は扉を閉じて、つまみ食いを続けるミーナの前へ移動した。かごの上に座るミーナを見下ろす。彼女は気にする様子もなく食べている。まるで、何かにとりつかれたように。そして、フィレンとは違い、その症状を改善するつもりは毛頭ない。そもそも異常が発生していると認識していないのだ。知識としては自分が変異体であり、その所以が過食であることを理解している。だが、その事象を病気だとは考えていない。
私も、普段ならとやかく言うつもりはなかった。フィレンに比べたら軽度なものだし、実際に彼女は任務をこなすことができている。
だが、やはり、失敗を誘発してしまうのだ。彼女は銃口に晒されても近くに食べ物があればそちらに集中するだろう。例外的に食事から気が逸れることはあるが、あくまでも例外だ。ミーナの例外は、危険が及ぶのが自分以外の場合に発生する。
それは、自身が危険である場合は食事を優先することと同義だ。せめて、その部分だけでも修正する必要がある。
「訊きたいことがある」
「どうぞ」
と言いながらも食事を中断することはない。私はその状態を観察しながら、
「お前は自身の変異が過食症であることを認識しているな」
「はい」
質疑応答に何の反論もなくミーナは従する。他者から見れば異常でも、現在の状態はミーナにとっての正常なのだ。焼き菓子をかみ砕いたミーナは、次は保存食に手を伸ばす。何らかの動物の胃袋で包まれたそれを、何の躊躇もなく口の中へ放り込む。
「それをどう思ってる?」
「どうって……どうです?」
「治したいか」
「んー……。治さないと困ります? フィレンちゃんみたいに」
「部分的にはな。どうだ」
少なくとも、命が脅かされた場合は、食事よりも自衛を優先できるようには。
しかし、ミーナは困ったような顔を浮かべる。私の指摘に眉根を寄せた。
「どうしても、ですか。困ったなぁ。具体的にどうするんですか? まさか……絶食とは言わないですよね」
「理論上、私たちは一年程、水分だけでも生存可能だが、そのような方法では逆効果だ」
一瞬ミーナは表情筋を引きつらせたが、彼女から見ておぞましいとも思える計略を私が実行しないと知り安堵の表情を浮かべる。その間も、常に何かは口に運ばれている。今は会話に不自由しないよう、比較的早く呑み込めるナッツの類だ。
「だが、一部分……食事をしないでも持たせて欲しいタイミングが存在する」
「どこです? みんなとの任務は私、ちゃんとこなせてると……」
「みんな以外の部分についてだ」
私は早々に本題へと持っていく。ミーナは呆けた表情をした。この時は手が止まる。やはり、ミーナは食欲をコントロールできるのだ。しようと考えていないだけだ。
私たちに発生する症状は、自前でコントロールできるものも多い。問題は、コントロールの仕方がわからないこと。そのためのカウンセリングだ。カウンセラーとは言わば、心というシステムの扱い方をレクチャーする教官のようなものだ。
しかしミーナは心外と言わんばかりの顔となり、
「で、でもみんなに迷惑はかけてないじゃないですか。なのに何で……」
「死なれたら困る」
「死にませんよ」
「死のうと思って死ぬ奴は少人数だ」
それこそ、神風特攻隊に志願した大日本帝国の軍人たちや、その類の決死隊に属した兵士群ぐらいだろう。自殺者は自殺以外の選択肢を失っている――少なくとも当人たちはそう考えている――ので、本当に死にたくて死ぬのではない。死ぬしかないと思い込んで死ぬのだ。
ゆえに、望んで死を選ぶものは限りなく少数となる。歴史上を踏まえても、そう多くはない。
私の前で自殺したシャルリ・ハンマーでさえ、望んで死んだわけではない。
だから、そのような口約束は何の意味もない。望んで死ぬ奴より、望まないで死ぬ奴の方が大多数だからだ。
「……どうしても、なんですか」
「そうだ。だから訊ねた」
「でも私に拒否権はない。そうですよね」
「ああ」
即答する。私は嘘を吐いていない。本心から言葉を述べた。
すると、ミーナが今まで見せたことのない反応をする。嫌がるような、怒ったような、嫌悪を感じさせる感色をみせて、小さく呟く。
「それじゃあ管理政府と同じだよ。あの子を殺した政府と」
「ミーナ?」
「ごめんなさい。ちょっと私、席を外しますね」
いつものなあなあとした具合ではなく、明確な意志を感じさせて、ミーナはかごから立ち上がる。そして、怒ったように冷たく言い放つと、そのまま小屋の外へと出ていった。
私はその背姿を見送ってため息を吐く。
どうやら認識違いをしていたらしい。フィレンに比べれば、ミーナの方が簡単だと思っていた節は否めない。
だが今はっきりとした。フィレンよりもミーナの方が、克服は困難だ。
「ええ、確かに。ミーナには友達がいたようです」
エミリーはホロモニターに浮かんだプロファイルを読み上げる。私はテキストを一瞥しながら、腕を組んで状況の改善策を模索していた。
「しかし、あまり素行が良い人間だとは言えませんでした。管理政府の目からは、そう見えたことでしょう。シャルリ・ハンマーのフォルシュトレッカーに残されていたファイルからは、ミーナに対しての監査資料も含まれていました」
「それは物質端末の中にか」
「その通りです。外部接続は不可能」
あの女はそこまで徹底していた。私の身の保障だけではなく、ミーナたちの分までも徹底的に救おうとしていた。
だが、シャルリ・ハンマーは死んだ。亡霊を取り払う。
「比較して、シャルリ・ハンマーのレポートの方が有用だと判断しましたので、そちらを引用させていただきます」
表示されるファイルが変わる。シャルリ・ハンマーの手書きレポート。
文章自体は硬質的な、事務的なものだ。しかし、ところどころに気遣いのような擁護文が散見される。とても政府には提出できない代物だ。あの女はブラックベレーに不適切な人材だったと改めて思う。
せめて兵士でなければ、殺し合うこともなかったはずだ。
「シャルリ曰く、ミーナの変異が深刻化したのは、友達の死を起因とするとのことです」
「処刑されたのか」
「ええ。盗みを働いた、と」
「窃盗だと? バカな……」
今時そのような幼稚な犯罪がまかり通るとは。そしてその驚愕は、シャルリも同様のものだったらしい。
「『食事は人体の稼働に必要不可欠なエネルギーの補給行為だが、ジェミー・スポットの窃盗量は摂取必要量を大幅に超えており、このことから彼女は生きるためではなく快楽目的のために窃盗を行ったと結論付けられる。恐らくは、彼女も味の依存性の虜になった変異体の一人だ。味付きの食事を定期摂取すると、無味タイプの栄養補給食品に拒否反応を示す症例はいくつも見られる』」
「ジェミー・スポット……偵察兵か」
「彼女はそのスキルを活かして、セキュリティを突破していたようです。ですが、ブラックベレーに捕捉され、処分されました」
「シャルリ……ではないな」
「……シャルリの報告では、ジェミーはどうやら泳がされていたようです。犯罪モデルケースの一つとして、データ収集をかねていた、と。部隊に一切の通達はなく、何者かによる独断のようですが」
「特権を持つ何者か、か。今はいい」
現在直面している問題はミーナについてだ。ジェミー・スポットのプロフィールを掘り下げる。几帳面なシャルリ・ハンマーは、ジェミー・スポットのプロファイリングも済ませていた。
ジェミー・スポットは、一言で言い表せば反社会的。だが、反乱分子と呼ぶ域までは達しておらず、実際、リソースに少量のダメージを与えただけであり、社会に深刻な影響を及ぼす行為はなされていない。
そのような分析が目に入る。恐らく、シャルリはジェミーを知れば知るほど、部下に加えたかったと悔恨したのだろう。彼女の死に、シャルリは一切関わっていないというのに。
「お節介な女だ」
「隊長?」
「続けろ」
私の催促にエミリーは従う。彼女も変異体だ。一体、彼女にどんな問題があると言うのだろう。社会に生きる上で何か特筆すべき問題が、彼女の精神構造に発生しているとは考えにくい。
そもそも、当初は正規兵として教練に参加していたのだ。なぜ変異したのか。その理由と時期を私は……。
……優先すべきはミーナ・カー。私は思考を戻す。
「ジェミーはミーナと出会う前から、素行に問題があったようです。持ち前のスキルを生かして進入禁止区域に何度も侵入を重ねています。無論……監視システムに記録は残っていました。ジェミーは消去してましたが、彼女の裏を掻いた探知システムを管理政府は運用しています。彼女はずっと、監視されていました」
無邪気に、政府のセキュリティを突破したと思いながら。私はブラックベレーの何者かに嫌悪を抱く。その人物は明らかにシャルリ・ハンマーとは違う人種だ。シャルリには友達になるという選択肢が存在した。結果として選択しなかったが。
だが、その何者かにそんな選択肢は発生しえない。当初から敵である。そんな予感がする。不意に脳裏をよぎったのはスーツの男だが、あの男はブラックベレーではない。そもそも、戦士や軍人というものに縁遠い存在であるとなぜか確信していた。なぜなのかは自分でもよくわからないが。
「ミーナとの接点は?」
「偶発的、ですね。たまたま忍び込んだ家にミーナがいたようです」
「ミーナは通報しなかった」
「ええ。図太い子ですから」
ジェミーが盗みに入った部屋で、ミーナは運命的な出会いをした。自分の人生を狂わせるほどの出会いを。
それまでのミーナは、特に熱中するものもない無味な人間だったようだ。何一つ、特徴を持たない社会の適性歯車。それが突然狂うことになる。外からの来訪者が彼女を変えた。
ジェミーはまず、ミーナに味を教えた。今まで体験したことのない新鮮な感覚に、彼女はすぐに虜になった。それからというもの、社会が貢献度を高く設定したものに、ミーナは触れるようになる。
非推奨物品。非推奨行動。非推奨記録。それらを全て堪能し、ミーナは徐々に変異していった。旧人類がウイルスに侵されていったように。
或いは、人らしく戻っていったのか。カグヤは依存性の高い味付きの食事をふつうのことだと笑って言っていた。味は人が感じる五感の一つだと。
だが、事実、ミーナ・カーは狂った。味付きの食べ物を常に食していないといけなくなった。
「データを見る限り、ミーナは味付きの食事を嗜みながらも、きちんと貢献をしていました。しかし、ある日を境に異常な量の食事を摂取するようになります」
「その日にジェミーが死んだ」
「はい。ジェミーの死を忘れるために、ミーナは食事に依存するようになったと……」
「逆だな」
私は分析を終えて席を立つ。エミリーは異論を挟まず従順に頷き返した。
「ミーナはジェミーを忘れるために過食に奔ったのではない。ジェミーとの思い出を忘れないために食べ続けているんだ」
つまり、今ミーナにするべき治療は食事の制限ではなく。
ジェミーとの繋がりを強固なものに……食事という符丁を使わなくても接続できるようにすることだ。
ようするに、またあの男の力が必要ということだ。しかし、あまり悪い気はしなかった。奴は協力的だ。私と思考法も似ている。唯一似通って欲しかった部分が致命的に似ていないものの。
「どうした、エミリー」
私の顔をじっとエミリーは視ていた。彼女は言葉をはぐらかす。
「いいえ、何でもありません……」
その表情は嘘を吐いていると証明していた。だが、優先すべきはミーナだ。腑に落ちないながらも、私は最優先事項を終了させるため動き出す。
「可能だが、好ましい方法ではないな」
「なぜだ」
私の提案を聞いたグィアンは難色を示した。
その理由を問う私に、グィアンは森を監視しながら応える。
「簡単に言えば、依存する。対象が変わるだけだ」
「……ジェミー・スポットの霊体に、か」
グィアンの言葉は正しい。少々、安直過ぎた方法だったかもしれない。
人間は様々なものに依存する……依存できる生き物だ。食事、薬物、環境、家族、道具、行為、社会。数えたら切りがない。
その中には当然、死者も含まれている。ミーナは食事を求めているのではない。食事を通じて現れるジェミーに依存しているのだ。だから、食べる。食べることで思い出せるから。彼女が確かに傍にいたと実感できるから。
私自身、彼女にとやかく言える立場ではないが、死人に引きずられて死なれても困るのだ。カグヤを救うために。他人のためではない。自分のために、ミーナには生きていてもらわなければならない。
「ただぶつけるだけでは、死者を冒涜するだけだ。そして、生者すらも弄ぶ結果に終わる」
「では、どうするのが一番いい」
気付くと私は自然にグィアンへ訊ねていた。そのことを不審がりつつも、嫌悪を覚えない自分の心に嫌悪を抱く。
「何か特別な手段を取らなくても、傍に死者はいると……彼女に学ばせればいい」
「だが、実際に死者は傍にいない」
「いる。ここにな」
グィアンは自分の頭を示した。死者は頭の、記憶の、心の中に眠っている。いつでも呼び覚ませるのだ。生きている限り。
そのことをミーナに自覚させれば、ミーナはジェミーとの邂逅に食事という媒体を使う必要がなくなる。完全に克服させるのは無理だろうが、少なくとも、緊急時には自身のすべき行動を優先することができるようになるだろう。
そのための方論。彼女に明示する処方箋は……。
「……難しいな」
私は正直に弱音を吐く。……弱音を吐ける。そのことに驚きつつ、死者というものの扱い方は私の手に余る事項であることを再確認する。身近な死人はシャルリ・ハンマー等の私が殺した者たちを除けば、二人だけしかいない。スウゼンは家族というカテゴリー内の他人だったので、省いておく。
身近な死人。血族の死者。母と父。ナミダ・ヒキガネとウィリアム・ヒキガネ。
両親との思い出はほとんどない。母親は私と同じ騎兵乗りで、父はフロンティア開拓計画に関わる科学者だった、と書類には記載されていた。直接その話をしたことはない。年齢が一桁の娘に話す内容ではないと判断したのかもしれない。
ただ、記憶に残っているのは、母親が自分とよく似ていたことだ。カグヤも母親の画像を眺めて驚いていた。
当時は容姿がそっくりだという程度の認識だった。だが今や、親子揃って咎人だ。母は法律を破ってカグヤを産み、私はカグヤのために政府を裏切った。
なぜなのかは思い出せない。
だが、カグヤの顔は思い出せる。悲しむ顔を。カグヤは会ったこともない両親に対して涙を流せる子だった。
「お父さんもお母さんも、私のために死んだんだね……」
それは違う、と答えた。それでもカグヤの表情は晴れなかった。
――みんな私のために、犠牲になってるんだね。どうして、私は生まれてきたんだろうね。私がいなきゃ……みんな幸せだったのにね。どうして私の足は動かないんだろう。動けば、社会に貢献できて、お姉ちゃんが大変な目に合わなくて済むのに。
なんで、私は変異体なんだろう。もし健康体だったら、二人は死なずに済んだのに。
「大丈夫か」
「……ああ、平気だ」
我に返る。記憶が私を蝕んでいる。
ミーナはこの状態に至るために、食事を行っているのだろうか。
それとも、弔いでもしているつもりなのだろうか。
「とにかく、現状では打つ手なしだ。……情報を集めた方がいい」
「基本だな。わかっている」
人の心は楽に解決できない。楽に解決できるのなら、とっくの昔に治っている。根気とやる気が必要だ。根性は無意味。気合も不適切。ただ治るまで、続けるしかないのだ。或いは、完治しなくても無事に生きていける方法を探す。
その方法とは何だろうか。どこに転がっているだろうか。
「フィレンは仲が良かった。彼女に話を聞きに行く」
「もう一人、リムルが言っていたが」
「ヨークのことか?」
「そうだ。詳しくはリムルに訊け」
グィアンはそう言い残すと、追跡犬である狼もどきと共に去って行く。私はその背中を複雑な心境で見送った後、まずはフィレンを探しに集落の中へと赴いた。
ミーナと出会うことはなかった。彼女はどこかに隠れているのだろう。食事の手を休めることなく。
フィレンはビヒスの手伝いをしていた。騎兵の整備は終わっているので、必然的にそうなるであろうことはわかっていた。
だが、やはり奇妙なものだ。殺す方と殺される方が手を取り合い、何か一つの物事に協力しているというものは。
もしや、私とグィアンも他人から見ればそのような関係性に見えるのだろうか。
「それ、それ。それ持ってきて」
「は、はい……。あまりこき使わないでください」
フィレンは不平を漏らしながらも、ビヒスに藁の束を運んでいる。ビヒスは帽子を編んでいた。リムルに訊いたところ、彼女は流れ者らしく、ゆえに彼女の帽子は独特だ。
私から見れば、インディアンは何か一つの塊のように見える。集合体のように。しかし、実際は一つ一つ違いがあり、文化も異なるのだ。ホワイトベレーのように全てがまっさらではない。
「あ、隊長。……また哨戒、ですか」
フィレンが警戒を濃くする。良い傾向がみられるとは言え、流石に危険を伴う偵察は好ましくないらしい。違う、と答えた私に彼女は安堵の息を吐く。
「じゃあ、私に用かな」
「いや、用があるのはフィレンだ。フィレン、いくつか訊ねたいことがある」
「ミーナさんのこと、ですか……」
「察しがいいな。何か吹き込まれたか」
フィレンは顔を俯かせる。
「ミーナさんが、隊長が変なことを訊いてくるかもしれないから、って……」
「何も言うなと言われた」
「いいえ。ただ、お節介は止めて欲しい、と。私はちゃんと任務をこなしてますからって……」
「何か気になることはあるか?」
「気になること……」
フィレンは籠をその場に置き、顎に手を当てた。
「そうだ。ミーナさん、よく昔の友達と遊んでいた時の話、してましたよ」
「どんな話だ」
「私の人生だった、って。何もなかった私に全てをくれた人」
――私を生かすカグヤのように。妹が死ねば私もミーナのようになるのだろうか。
いいや、それは有り得ない。起きてはならない事項だ。
私は質問を続ける。
「やはり、大切に思っていたのか」
「そうみたいですね。ジェミーって人のこと話す時のミーナさん、とても活き活きとしていました。……だから、泣いたんだと思いますよ。隊長がカグヤさんのこと、リムルさんや私たちに説明した時に」
「確か、あんたは妹を人質に取られてるんだっけ?」
ビヒスが会話に割り込んできた。厳密には違うが、その認識で相違ない。私の回答に、なるほどねぇ、と相槌を打つ。
「そりゃあ、裏切るわけだ。まぁ、人間、どこの世界もやること変わんないねぇ。こっちのインディアンもそれくらい過激な奴いるよ。まぁ、だからって……」
「何してもいいわけじゃない、ですよね。ビヒスさん」
「そ、私は静かに暮らしたいから。あんたもそのクチでしょ」
「かもしれないな。今はミーナだ」
「あ、ごめんなさい。そう、そう……ミーナさんが泣いたこと、覚えてますか」
「忘れてはいない。記憶障害は発生してないからな。私の記憶力は正常だ」
「いや、そういう意味で言ったわけでは……」
フィレンが困ったように眉根を寄せる。ビヒスは難儀な人だねぇ、と頭の後ろに手を回した。
「ミーナは友達のことを思い出して、と言っていた」
ミーナの泣き顔を思い出す。私の言葉に同情し、泣いた女の顔を。
ミーナにとっての生命線。それがジェミーだった。しかし、彼女はジェミーを失った後も動けている。克服しているのか。それとも、何か意図があるのか。
その部分を知る必要がある。何のために、食べるのか。
生きるためが理由ではない。生きるためならば、わざわざ無味タイプを忌避する理由にはならない。
それを探る必要があるが……フィレンからはこれ以上有益な情報は得られそうにない。
「それ以外には何もないか」
念のため私は訊ねる。フィレンの気難しい顔が返答だった。
「うーん……あまり深くはミーナさん、話したがらないので……あ、隊長」
「邪魔をした」
私は踵を返す。すると、背後から会話が聞こえてきた。
「はぁ……」
「よくわかんない女だね、あれは」
「なんていうか、男っぽい方ですけどね」
「いいや、ああいう奴が一番、女してるんだよ。私にはわかるね」
「そうかもしれません。隊長は、優しい方だから……」
フィレンの言葉に異論が思い浮かんだが、口には出さなかった。どうせ理解は得られないに違いない。私は優しくないというのに。
現在の目標はミーナ・カーの情報収集。次なる情報元を探す。
「あ、シーズク!」
「リムル」
リムルは私を見つけると、大きく手を振った。反応こそアクティブなものだが、やはりカグヤと多数の類似点が見られる。カグヤも私を見つけると嬉しそうな反応をした。車いすの上で微笑を浮かべて。
そうして、私が出ていく度に表情が陰るのだ。結局、私はその対応策を見つけることができなかった。
今回も、私の手で解決策を導けないものなのか。とりあえず今はリムルの話を聞く。
「どうしたんですか? 遊びに来てくれたの?」
「いいや、話を聞きに来た」
「グィアンの?」
「いや、ヨークだ。……なぜグィアンの名前が出てくる」
「え、違うの? そ、そうですか……って、え? ヨーク!?」
リムルの感情が目まぐるしく移り変わる。喜び、落胆し、驚愕している。
「ヨークに何か問題があるのか?」
「大ありですよ! 彼はダメです! 好きな人がいるんですから!」
「……何の話だ?」
リムルはどうやら誤解しているらしい。私は誤解を解くべく彼女を落ち着かせる。
「待て、リムル。お前は」
「ヨークはダメ、絶対にダメ! それじゃあ、結局、グィアンは……」
「この件にグィアンは関係ない。一度話を聞け」
「あります! せっかくいい人を見つけたんだから! この機会を逃したら、グィアンは一生――」
「待つんだリムル。私はヨークがミーナとどういう関係なのかを聞きに来ただけだ」
質問内容を伝えると、リムルは目を丸くして固まった。直後、照れくさそうに笑いながら言葉を濁す。カグヤにはなかった表情をみせる。
「あ、え、あはははっ、ごめんなさい。私、勘違いしてて。シズクはてっきり……」
「私が何だ」
「あ、う、ううん。何でも……。ヨークとミーナの関係、ですよね。うーん……ミーナには内緒にしてくれますか?」
「お前が望むなら」
「ありがとう、シズク。じゃあ、言いますけど……ヨークはミーナに恋をしてるんです」
「恋、だと?」
私の理解が及ばない概念がリムルの口から紡ぎ出される。私は瞬時に持ち前の知識と照らし合わせた。
――恋。恋愛。男女が子供を合意の上で作る場合の前準備。発情の前兆であり、生殖相手を見繕うための感情動作。
「ヨークはミーナとセックスするつもりなのか」
「いや、いやいや! そこまで一気に飛ばすつもりはないと思います! ……シズクも女の子なんだから、もう少し恥じらいを持ちましょうよ……」
「よくわからないな」
やはりよくわからない。もしくは、母親と父親も恋という段階を踏まえて私を作ったのだろうか。だから法を破ってまで、カグヤを産んだのだろうか。
とにかく、ヨークはミーナを好いている、と定義することにする。顔を朱色にするリムルにヨークの情報を述べさせる。
「それで、ヨークは」
「うん……好きなんですよ、彼は。ミーナに一目惚れした、とかで。ミーナは見た目も美人ですし、食べっぷりがいいのがまた良いらしくて……」
「生存確率が高く、丈夫な子を産める女性が多くの男性に求婚されやすくなる、とは知っている。そういう意味では確かに、ミーナは魅力的な生殖相手かもしれないが……」
「あの、そういう理屈ではなく……」
「続けてくれ」
リムルはなぜかため息を吐いた。本当、グィアンみたいと彼女は呆れる。
そして、ヨークについての情報を提供してくれた。
「ヨークはミーナにいいところを見せようと頑張っているみたいですよ。でも、ミーナは……いや、ミーナ“も”そういうのに疎くて。この前も友達だって言ってましたし」
「だから彼は落胆していたのか」
「そうです。何で異世界の皆さんってこんな感じなんですかね。まぁ、仕方ないのはわかりますけど」
「なぜ私をそんな目で見る」
「何ででしょうねー」
リムルはそっぽを向いた。むくれるように。初めてぶつけられる感情なので、上手い対処法が見つからない。
……この件は、私の手に余るのか。未知の領域なのだ。まさにこの世界のように。現実世界のフロンティアでさえ、私にとって未知の世界なのだ。なのに、どうして心のフロンティアを開拓できようなどと驕れるのだろうか。
「シズク?」
「いや……何もない」
不思議そうに覗き込んだリムルの目から逃れるように顔を逸らす。
ミーナの問題は私では対処できない。そう、結論付けるかと逡巡して。




