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コネクション

 爆発が起きる。俯瞰モニターでは、起きる様から巻き込まれる様まで一時も漏らさずに眺められた。周辺状況を収集、瞬時に仮想現実へと変換して出力する俯瞰モニターでは、どこか他人事のように見えてしまう。

 別の誰かが爆発に巻き込まれたように。しかし、地雷を踏んだのは間違いなく私であり、シャルリ・ハンマーだった。

 客観視できたのは物の一瞬だけであり、すぐさま現実的な問題となって私に襲い掛かってくる。

 レンジャーのレッグパーツとの接続がロスト。下半身に重篤なダメージを検知。緊急脱出を推奨。実行しますか?

 その問いに私はノーと答える。まだ終わっていない。


『驚かされたぞ、シズク。君がそのように不合理的な判断を下すとは。やはり君は変わってしまった。外部因子に影響されて、内面を組み替えられた。これは立派な変異だ』

「だろうな」


 足がまともに動かなくなったという解析結果を速読しながら、私は返事をする。モニターにはシャルリの驚いた顔が写っている。しかしそれは、意表を突かれたという驚愕と、危機的状況ではないという安堵が交じり合った表情だ。

 確かに、シャルリの顔色通りだ。現状では勝ち目がなくなった。理性的なようで、やはりどこか狂っている。インディアンを虐殺していた私は間違いなくこのような方法は取らなかっただろう。

 いや、元々私の心という奴にはこういうプログラムが記述されていたのかもしれない。向こう見ず、無鉄砲。考えなしの愚かな女。


『どうする、シズク』


 問われて、私はコックピット内に収納されているランチャーを見つめた。緊急脱出し、ランチャーでフォルシュトレッカーを無力化、白兵戦でシャルリ・ハンマーと戦闘、これを抹殺する。

 理に適ってはいるものの、現実的とは思えない。白兵戦でのシャルリとの戦闘は問題ない。だが、そこに至るまでの手順に幻想が紛れ込んでいる。ランチャーでシャルリのフォルシュトレッカーは倒せない。単純に、命中しないからだ。今でこそ、私とシャルリは抱擁を交わすようにして、互いの出方を窺っている。シャルリには急ぐ事情がない。しかし、私にはある。シャルリは私の反応を待ち構えているのだ。


『このまま、二人で仲睦まじく帰還するのはどうか。やはり私は君を迎え入れたいのだ。仲間に』

「強情な女だ。何度断ればいい」

『何度でも、だ。君がそうであるように、私も欲しいものは絶対に逃したくない。君というリソースを失うのは非常に惜しい』

「だからわかり合えないと何度実践すれば学ぶ」

『それこそ、何度でも。事実、君に勝ち目はない。君、単独では』


 メインカメラはノイズ交じりの映像を出力して、黒色のフォルシュトレッカーを見据えている。至近距離で抱き合う姿は、まさにセックスの前準備のようだ。或いは、友と交わす抱擁。家族と別れを惜しんで行う抱き合い。

 カグヤの温もりを思い出す。彼女の言葉も。

 ――帰って来てね。お姉ちゃん――。私の身体は反射的に動く。


『正気か?』


 シャルリが訝しむ。私が右腕で剣を振るったからだ。壊れかけのキャバルリーが片腕で振るったブレードをシャルリは飛翔してあっさりと躱し、足が不自由なレンジャーを見下ろしている。頭部パーツは煤けた漆黒のままではあるが、なぜか感情をその眼光に載せているように感じる。憐れんでいるのだ。


『君は……ダメか。どうしても、ダメか。……アンノウンさえいなければ。そう思ってしまうな』


 フォルシュトレッカーが語り掛ける。コックピットに座るシャルリが話しかける。


『私は……君と仲間になれると思っていたんだが……どうやら読み違ったようだ』

「お前とて、万能ではない。間違いもある」


 私は視線を画面の片隅へ向けながら応じた。そこには一人の人影が写っている。


「万能ではないのは、私も同じだが。……お節介な奴め」

『何……?』


 シャルリが淡白に疑念を漏らす。すぐさまフォルシュトレッカーが反応した。その動きはまさに小動物に驚かされたフィレンのようだ。大昔のホームドラマで、びっくりさせられたキャラクターが跳ねるように飛び上がった姿に類似している。

 フォルシュトレッカーは避けた。私の見通し通り。シャルリには不可思議な精霊術を回避できる腕前がある。


「どうするつもりだ、グィアン」


 これまた私の予測通り――と言っても最悪なシナリオだが――グィアンは私の救援に駆け付けた。急務であるのは部下たちであるというのに、一体この男は何を考えているのか。

 しかし、援護動機はわからずとも、奴の思考には共感できる。私はブレードを地面に突き刺して支えにし、使い物にならない左腕をもいでフォルシュトレッカーへ投げつける。

 当然、彼女は反応する。猟奇的な攻撃は、それよりも苛烈でお上品なレーザーに消し炭にされた。


『共闘するのか、シズク。敵同士で。酷いな。私は仲間なのに』

「いいや、お前は仲間じゃない。敵だ。そしてあの男が味方だ」

『……だとしても、勝機は薄いぞ。すぐにでも私の仲間が駆けつける。君たちの仲間を殲滅した後でな。こうなっては本当に……殺すしかなくなる』

「殺せばいい。躊躇う理由はお前の個人的なものだろう。それを私に押し付けるな」

『そうだな。これは私のエゴだ。……では、正規の通り、君を殺そう』


 シャルリはレーザーを放つ。私は降り注ぐレーザーをブレードで対処しようとして、その必要性がないことを知る。不可思議な膜……フィールド型のシールドが展開し、レーザーをかき消している。厳かなほどに煌く虹色だ。精霊術でシールドを張ったのだ。

 シャルリは感心した声を漏らすと、射撃から格闘へと切り替えた。リスクは高いが、それでもボロボロのレンジャーを一斬で屠ることは難しくない。私も、逆の立場なら迷いなく選択するだろう。

 だから、驚きはなく、異常もなく、シャルリは滑空し、レーザーソードを振り上げた。

 そして私はブレードを構え……異常事態を目の当たりにする。


『何ッ!?』

「何だ……これは……」


 互いにその現象へ驚く。私は敵機と至近距離で剣と剣をぶつけ合いながらも、視線を脇に設置されている俯瞰モニターへ逸らす。

 虹色。精霊の色。レンジャーが精霊の力に覆われて、驚異的な力でフォルシュトレッカーのソードを受け止めている。

 遅れて、自動音声が警告を述べた。警告、不明のシステムが接続されています。


『くそ、計算が合わない――君は、君は一体……何をした!』


 シャルリは狼狽しているが、私も声に出さないだけで気持ちは同じだ。しかし立場は違うので然るべき行動を取る。ブレードを薙ぐ。フォルシュトレッカーはパワー負けし、上空へと退避する。その様子を見つめ、私は何となく可能だと考えた。

 フライトユニットを装備しない地上戦用のレンジャーが空高く飛び上がることが。

 すると、機体の足が自由を取り戻し、私を重力から解き放った。レンジャーが跳躍する。フォルシュトレッカーの、ペガサスの居場所へ。テントウムシは予期せぬ天敵の到来に戸惑い、判断を誤った。

 レーザーを穿つ。だが、その光線は謎のフィールドに阻まれる。全てが未知だった。実行する方もされる方も。

 だが、止まりはしない。お互いに。私はブレードを横に振るう。

 シャルリも、最善な迎撃方法として突きを放つ。マニュアルの動き。


「抜かったな、シャルリ」

『その、ようだ』


 フォルシュトレッカーの右腕が飛ぶ。次策としてシャルリは左腕を鈍器のように叩きつけたが、その動物的な反射運動は予想していたので滞りなく対処できる。

 両腕が飛んだ。テントウムシの。次はコックピットだ。だが、シャルリは斬撃を避けた。身代わりにバックパックを失ったフォルシュトレッカーは、太陽に近づき過ぎて翼を喪失したイカロスのように転落した。

 花が舞う。血……オイルが飛び散る。

 着地した私は、瞬間、機体が役目を終えたことを悟った。びくともしなくなった騎兵のコックピットからグィアンを探す。木々の間に隠れるようにして、彼は座禅を組み祈っていた。彼が繋げたのは間違いない。私のバトルキャバルリーと姿見えぬ精霊たちを。

 ハッチが開き、エアーが放出される音と共に、私は花畑の真ん中へ降り立った。右手には拳銃を持っている。同じようにシャルリも降りてきたが、彼女は血だらけで、転げ落ちるように地面へ崩れた。


「く……シズク……」

「望みは叶ったか?」

「何……」

「お前は対面して話し合いをしたかったのだろう」


 仰向けに倒れるシャルリは、忌々しそうに私を見上げた。生真面目で整った印象とは打って変わる。ようやく生の感情をシャルリはみせた。演技かかった仮面を無理矢理引き剝がしたのだ。不思議と、達成感のようなものは湧いてこなかった。

 むしろ、気持ちの悪い感覚が私の心を支配する。シャルリにではない。自分に対して、嫌悪を抱いている。


「この、裏切り者め……」

「そうだ」


 私は肯定しながらピストルを突きつける。シャルリも同じようにしたが、銃口が定まっていない。これでは急所を撃ち抜けるか怪しい。そもそも当たる前に私は避ける。遺伝子に記された運動機能と反射神経を用いて。

 シャルリは不安定に右腕を彷徨わせながら私の顔を見ていたが、突然我に返ったように銃口を下した。

 何かを見つけた顔。見出した顔だ。笑うように、諦めるように、彼女は私を見上げている。


「ふざけないでくれ、シズク」

「何が、だ」


 今度は私が意表を突かされる番だった。シャルリの発言の意味がわからず、彼女の真意を探るようにシャルリの瞳を覗き込む。しかし、読み解けなかった。私を置いてきぼりにして彼女は言葉と共に銃を持ち上げる。


「そんな顔をするんじゃない。恨めないじゃないか……」


 そうして、シャルリは自分の側頭部に銃口を突きつけると、躊躇うことなく引き金を引いた。そうしなければならない事情がある。そう切実に感じさせる顔で。

 そして、その答えが露出する。脳を銃弾が搔き乱した瞬間、身体はフロンティアで捕まえた魚が跳ねるようにびくんと動いた。その拍子に黒い制服のポケットから何かが落ちる。

 アンティークだった。電源が確保できないフロンティアで安定的に視認できるもの。

 写真。幼い少女といっしょに笑うシャルリ・ハンマー。少女は片足が不自由なようで、杖をついている。

 私は跪いて、写真を拾う。裏をめくって、文字を確認する。

 ――絶対帰ってきてね、お姉ちゃん。待っているから。

 直後、何ら異常がないはずの私の意識は暗転した。



 ※※※



「起きろ。起きろ、シズク」


 呼びかけられて、目を覚ます。私はベッドに寝ていた。

 そこへ、誰かが顔を覗き込んでいる。見覚えのある顔だ。黒い髪と白い肌。

 同い年である彼女は呆れたような笑みを作って、


「君が体内時計を設定できない人間だとは思わなかったよ」

「……寝ていたのか、私は」


 私は訊ねる。その少女は首肯し、ドアへと目をやった。


「カグヤ君が呼んでる。ずっと君の帰りを待っていたんだ」

「お前もか、シャルリ」


 彼女の名前を呼ぶ。シャルリは笑みを見せる。屈託のない笑み、という表現は当たっているだろうか。


「そうだ。私と君は友達だからね」


 彼女は屈んだせいでズレた黒いベレー帽を直す。そして、テーブルに置いてある同じベレー帽を持って、黒い制服を着込む私に手渡した。

 立ち上がろうとした私へ、シャルリは顔を近づけると耳元で囁いた。


「――最後の言葉を忘れるな。私は君を恨んでいない。死なないという選択肢は私にはなかったし、君のように勇敢にはなれなかった。私は勇敢な人間ではない。だが、君は……。グッドラックという言葉は、きっと今こそふさわしいのだろうな」


 シャルリ・ハンマーは微笑んで、その幻影が消える。光が、虹色が私を包む。

 黒い制服とベレー帽が変化した。まっさらな色合いへと。

 

 

 ※※※



「起きたか、シズク」

「……私に、何をした」


 私は傍で見守っていた男へ問う。詰問する。

 グィアンは怖じることなく私を見下ろしたまま、


「接続した。繋げただけだ」

「まやかしを。私に理想的な夢でも見せたのか」


 口調が荒くなる。息も荒い。体力的には万に一つも問題は生じていないはずなのに。


「いや、ただ事実を伝えただけだ。お前たちの世界ではどうだか知らないが、こちらでは、死者は常に俺たちを見守ってくれている。精霊は死者と俺たちを繋げてくれるんだ」

「嘘を吐くな。私を気遣ったつもりだろうが余計なお世話だ。真実を伝えろ。シャルリは私を憎み殺したがってた。そうだな」


 私は肯定を求めたが、グィアンは否定した。私は介抱していた彼の戦闘衣装の胸元を掴んだ。


「ふざけるな。私に優しさをみせるな。そんなものは無用だ。答えろ。言え! シャルリは私を憎悪しながら死んだ! 呪い殺してやると、そう思って死んだ。そうなんだろう!!」

「お前が何を望もうが、事実は変わらない。シャルリ・ハンマーという女性はお前もを恨むどころか同情していた。そして、お前の門出を祝福したんだ。社会に適応することしかできなかった自分とは違う、勇敢な者だとな」

「ふざ、けるな……」


 花畑の真ん中で、私は力なく糾弾する。遠くにはシャルリの遺体がある。倒れるフォルシュトレッカーとその前で力尽きたレンジャーも見える。

 戦場と日常のコントラスト。両者は別物のようで何の前触れもなく交差する。

 私はレンジャーのように膝をついた。視界がぐらぐらと揺れる。私の身体が、心が震えている。

 欲しているのだ。これはある種、禁断症状のようなものだ。身体は何の異常もないのに、あらゆる個所が悲鳴を上げている。


「大丈夫か?」


 グィアンが訊ねる。私は答える。


「気持ちが悪いんだ。何だ、この感覚は……」


 この世界に来てから薄々感じ始めていたもの。気持ちの悪さ。吐き気。

 誰かにではない。私自身に、私は気持ち悪さを感じる。自己嫌悪、というものかもしれない。

 私は私自身を嫌悪している。疎ましく思っている。

 殺したい、と考えている。この世からきれいさっぱり排除したい。

 だが、カグヤがいる。そう考えて、やはり私とシャルリは似ていると結論付けた。

 私は妹のために生きなければならない。

 シャルリは妹のために死んだのだ。ブラックベレーはホワイトベレーよりも裏切りは許されない。元より、裏切り者を駆除する部隊なのだ。ミイラ取りがミイラにならないよう、内部監査はホワイトベレーよりも厳しい。ほんの僅かでも兆しが見えれば調整か処分、降格が待っている。シャルリにはそこに一つ余分な項目が増えるのだ。

 妹が殺される。身体障碍者は通常殺処分だ。

 だからシャルリは自殺した。名誉の戦死であれば少なくとも当面は妹は生存できる。シャルリは有能だったので、いくらか恩賞も出るかもしれない。その可能性に賭けたのだ。

 そしてまた、世界を裏切れないとも考えていた。私と似ているが、明確に違う。

 だから私は私に吐き気を覚える。厚顔無恥な私自身に。


「くそ……くそ……。この感情を自力で処理できない。お前は私の求めるものを与えてくれるか。苦しみから解放してくれるか。私に……罰を与えてくれるか……」


 救いを求めるように、グィアンに訊く。しかし彼は首を振った。


「俺にはできない」

「なぜだ……なぜ……」

「お前が必要だからだ。世界を救うために」


 その言葉は不思議な力を持っていた。或いは効力か。麻酔が効いたかのように全身から脱力感が失せていく。


「そうだな。こんなことをしている暇はない」


 すっかり私は調子を取り戻して、立ち上がる。シャルリ・ハンマーの遺体が目に入る。


「エミリーたちは?」

「混乱した敵を撃破、拿捕したようだ。こちらに向かっている」

「そうか。次の作戦に移るぞ。時間は限られている」


 そう平然と応じながら、私は右手を強く握りしめる。あまりに強く握り過ぎて、爪が食い込み血が滴り落ちていたが。




 ブラックベレーの隊員が思いのほかあっさりと捕縛されたのは、シャルリ・ハンマーの死亡を確認して連携が乱れたせいだった。それだけ彼女たちは隊長に依存……忠誠を誓っていた。感情的になり、行動が乱れ、エミリーに狙撃されたり、隊長の死を自身の死と考えて無気力になったせいだ。

 隊員たちの表情はそれぞれ違かった。怒りに震える者、虚ろな瞳で地面をじっと見つめている者。部下の統制は取れていない。彼女たちは全員が変異体バリアントだ。自分が殺すはずだった予定の人間を部下にしていたのだ。貢献度を肩代わりすることで。

 その中の一人が、私を見つけて視線を研ぎ澄ます。鋭利な刃物のように。


「お前――裏切り者! 隊長を殺したな!」


 アスミという名前の隊員が私を糾弾する。エミリーが庇うように私の前を塞いだ。


「待ちなさい。シャルリ・ハンマーは自ら死を――」

「いや、いい。エミリー」


 私は後ろ越しに両手を縄で縛られ、地面に正座させられているアスミへ中腰になった。彼女の目を見る。じっと見つめる。

 しばらく睨み合いを続け……私は奇妙な安心感を持った。これでいい。


「そうだ。シャルリ・ハンマーは私を殺した。覚えておけ。絶対に忘れるな」

「隊長……?」


 訝しむエミリーを後目に、私はグィアンを手招きする。


「記憶を消せ。ただし、アスミに対するものは軽度にしろ。時限式に。エミリーたちやカグヤに対する情報は消去して、私への復讐心は残したままにしろ」

「俺が拒否したらどうする」

「いいや、拒否は許さない」


 今度はグィアンと視線を交える。拒否は許さない。拒絶は許容しない。アスミには絶対に私を殺す意志を携えてもらわなければならない。


「お前も本望だろう。誰かのためじゃない。自分のために、悪感情にケリをつけるために、私を殺しに来い。復讐心だけを持ってな」

「絶対に忘れないぞ、シズク・ヒキガネ。お前は私が殺す」

「ああ、必ず殺しに来い。そして、確実に殺せ」


 約束を結ぶかのように、私はアスミに言う。奇妙な絆で結ばれていた。

 彼女は一生その復讐心をその身に宿し、必ず私を殺しに来るはずだ。そうでなくては困る。絶対にそうなるべきだ。


「では、やれ」


 私は席を外す。後方では虹色が煌いて、ブラックベレーたちがこの世界で生きる上で最適な状態に調整されていく。私たちの世界のことは忘れて、自分たちが異世界人であることも適切に処理され、文化の違いも言葉の差異も再構築される。もちろん、シャルリ・ハンマーへの記憶も、恩も、忠誠も。だが、ひとりだけは。アスミだけは覚えている。私を殺したいという気持ちを。仇討ちを。

 その状態に安堵を覚えるのだ。自分を殺してくれる人間が傍にいるというのはこれほど安息をもたらすものなのか。

 確かに、シャルリは私をよく理解していた。他の誰よりも。

 そして私は理解できていなかったのだ。シャルリ・ハンマーという勇敢な女を。



 

 ※※※




 集落に帰還した私たちとグィアンは、勝利の歓声を一緒くたに受けた。ほとんどのインディアンにとって私たちは勝利を手にした導師のついでだが、今の私にとってそのついでは気持ちが悪すぎた。逃げるように人だかりの中から去る。保険を掛けたとはいえ、やはりこの気持ちはそう易々と対処できるものではない。

 エミリーは私について行くか悩んだ仕草を見せて、止めた。ミーナとフィレンにトレーラーに向かうように指示を出す。

 ブラックベレーの捕虜は他の者たちと同じように、少し離れた場所で自給自足の生活を過ごさせられる。それが幸福かどうかは当人たち次第だ。少なくとも、死が定められていたホワイトベレーたちは幸せそうに生きているらしい。殺すか死ねと極端な命令を下した管理政府のことを綺麗さっぱり忘れて、素敵な毎日を過ごしていると。

 しかし、ブラックベレーの面々がそうであるかはわからない。特にアスミは違うはずだ。そして、ある程度の時間が過ぎたあたりで彼女は己の殺意を自覚する。

 それが酷なのかどうかも、当人次第だ。私は知らないし知れない。

 一人になれる場所を探して、自然の音と色が広がる世界の中を進んでいく。この世界は様々な情報が溢れすぎている。私たちの世界では、貢献しなければ手に入らないものが満ち溢れている。

 騒々しい。落ち着ける場所がなかなか見つからず、私は集落の外へ出ようとする。


「シズク。どこへ?」

「リムル……」


 その背中を呼び掛けたのは、カグヤにそっくりなインディアンだった。私の中の何かが刺激されて、私は思わず胸元に手を当てる。なぜこの部分に触れたのかは定かではない。もしや心に触れようとしたのかもしれないが……感情を司る大脳辺縁系は頭の、脳の中にある。ここに触れたところで何の意味もない。


「苦しいの、シズク!? 病気!?」


 リムルが慌てて駆け寄ってくる。その気遣いを私は手で制した。


「問題ない。私たちの世代は心臓病のリスクも灰を患える可能性もゼロだ。あえて言うなら……病気に罹らないという病気を罹っている」


 皮肉が口を衝いて、私はリムルに向き直った。リムルの顔が見える。

 その顔が何かに怯えるような表情となり、私の存在を恐れたように思えた。

 しかし、すぐに違うことがわかる。リムルは私を抱きしめたのだ。いつも私がカグヤにそうしていたように。


「何を、する……」

「わからない。でも、こうしてないと、シズク、どこかに消えちゃいそうです……」

「私は消えない……カグヤを救い出すまでは」

「じゃあ、その後は、どうするんです!?」


 リムルの問いに対する答えが脳裏を掠めた。ワードは死だった。

 だからエサを撒いたのだ。自分を確実に殺してくれそうな候補を見繕い、時限爆弾を仕込んだ。

 無論、今目の前で私を抱擁するリムルやグィアン、カグヤやエミリーたちを巻き込ませるつもりはない。だから、私に対しての殺意だけを残させた。

 記憶を消去されたアスミはなぜだかわからないが、私を殺したいという欲求だけを保持している。種が植えられ、後は芽生える時を待つだけだ。その成長を終えた時、カグヤはこの世界に順応し、フロンティアと私たちの世界は切り離されて、後は私の望みが叶うだけとなる。

 アスミも私も了承済みの契約だ。他人のために殺す……彼女が敬意を払うシャルリ・ハンマーのために私を殺すなどという動機付けは他ならぬシャルリ当人に失礼だ。殺害理由を死者に押し付けてはならない。ただ自分が殺したいから殺す。仇討ちとは、死者のためではなく自分のためにするもの。

 しかしそんなことはおくびにも出さない。咄嗟に私は嘘を吐いた。


「そうだな……終わった後のことも考えるべきだな」

「シズク……」


 リムルは少しだけ安堵を顔に灯した。グィアンなら一目で見抜くであろう嘘に安心している。

 しかし罪悪感はあまり抱かないで済んだ。リムルのための嘘だ。


「後で教えてくれ。この世界で生きていく上で何が大切なのか。生きるためのコツを」

「うん……うん!」


 リムルは破顔すると、私から離れて上機嫌に去って行く。きっと私に処世術を教える光景を考えているのだろう。

 その背中を見送る。私は自然と肩を竦めた。不意に浮かんだのだ。私の嘘を簡単に見破る肉親の顔が。


「そんな顔をしないでくれ、カグ。必要なことなんだ」


 だが、カグヤの幻影は一言も話さずに消える。言いたいことだけ言って消失した、シャルリ・ハンマーとは異なって。

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