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一騎討ち

「お姉ちゃんはさ、シャルリさんと友達にならないの?」


 自宅のリビングにて。レポートをまとめる私へカグヤは唐突に訊ねてきた。私は彼女の気を悪くしない回答を導き出すのに苦戦しながら、何とか言葉を紡ぎ出した。


「奴とは……話が合わない。意見が食い違う」

「……友達って、別に意見が合うからなるものじゃないでしょ。仲間や同志だったら確かに……同じ意見を持ってないとだめだろうけど、友達は違うよ」

「そういう……ものなのか?」


 私は戸惑う。そもそも友達という概念がよくわからない。コミュニケーション項目に問題はなく、誰とでも必要な会話をこなすことは可能だが、友達などと呼称できる存在は今まで私の周りにいなかった。

 エミリーとは士官学校でいっしょになりよく行動を共にしたが、彼女は友達というより仲間であり、部下だ。エミリーは常に私の考えに同意してくれた。カグヤの基準では、私とエミリーは友達関係にない。

 では、シャルリ・ハンマーはどうなのか。彼女との関係性は敵だ。カグヤの好きな古い映画のフィクション群のように、敵を懐柔し友達になることなど有り得ない。それに、どちらかというと私の方が悪役であるような気がする。選択肢によっては社会に反抗することもあり得るのだ。

 もし本当に反乱分子となれば、私は典型的な悪役となるだろう。

 そして、正義の味方であるシャルリが私に鉄槌を下す。正義の執行者として。

 或いはリック・デッカードのように、レプリカントを連れて逃亡者となるか。


「いや、私はデッカードのようにはなれないな」

「ブレードランナー? 確かにお姉ちゃんはハリソン・フォードって感じはしないよね。ハン・ソロというよりは賞金稼ぎのボバ・フェット……じゃなくて」

「ボバよりも父親のジャンゴだな。私は首を刎ねられて死ぬ」

「だから、違うよ。シャルリさんと友達にならないのか聞いてるの。話をはぐらかさないで」


 カグヤは好きな映画の話をされても筋を通した。まだインディアナ・ジョーンズが残っているが、試すつもりにはならない。

 しぶしぶ話に応じる。それをカグは咎めるような視線で見上げた。


「で、どうなの」

「ならない。そうだ。なれない」

「向こうはお友達になりたそうだったよ」

「だからなれないと言い直した。相手が求めても、私が応じない」

「どうして?」


 その理由を無邪気に問う。私はどの語句が適切か少々判断に迷った。


「私はホワイトベレーだ。白と黒が友達というのも変だろう」

「本質的には同じものだと思うな。白と、黒は。どちらも純粋だよ」

「だとしても、答えは変わらない。私は……お前さえいてくれればいい」


 私が本意を呟くと、カグヤは一瞬暗い表情をする。その後に、ありがとう、お姉ちゃんと言って部屋を出ていく。

 その背姿に感情を見出せる。カグヤは罪悪感を感じている。

 それを払拭する手立ては私にはなかった。シャルリ・ハンマーならできたのかもしれないが。



 ※※※



 この世界は、私の世界と本質的に異なっている。という情報は聞いたし、見た。

 しかし実感は湧かない。何せ比較対象である私たちの世界を私はよく知らないのだ。わかっているのは人間は遺伝子レベルから管理され、出生も調整され、不要だと判断されれば処分されるという社会の仕組みだけだ。

 幸いにも私は私と……カグヤが関心を持つものに対してはそれなり知識を持っている。だから狼は狼もどきであり、クマはクマもどきであり、馬は馬もどき。そして人は異世界人だ。先住民インディアン。遺伝子が未調整であり、病気にかかり、身体スペックが私たちよりも劣っている種族だ。

 だからきっとこの光景も、私たちの世界とは異なっているはずだ。だが、何がどう違うのか……その細部が、デティールがわからない。


『これは、花畑。そう呼ぶべきか?』

「だろうな。ここは花畑だ」


 私はシャルリ・ハンマーの問いに応じた。メインカメラはフォルシュトレッカーを捉え見上げている。シャルリもまたモニターを通してレンジャーを見下ろしているはずだ。

 私は黒い執行者からそのバックに広がる空へと目を移す。空は青い。記録では地球の空も青かった。今は灰に覆われ、かつての原型を留めていないと聞く。

 この青は、地球とは違うのだろうか。知識としては違うと判断できる。だが、確信が得られない。確証は頭の中にインストールされているのに。


『君はこの世界に……そうだな、惚れたのか?』

「この世界は理想的だ。カグヤが生きる上で」

『惚れたのか』


 シャルリは断定した。私は肯定も否定もしない。正直なところ、どちらなのかわからないというのが本音だ。

 好ましいと感じてはいる。冷たい世界よりも。こちらの世界は温かい。


『私も好きだ。シズク。この世界はいい。文明レベルは私たちの世界のそれと違っているが……自由。そうだ。まさに、自由な世界だ。自分で決められる。私たちの世界は遺伝子と社会の規範に縛られている』

「選択の自由はあったはずだ。私と、お前は」

『いや、選択の余地はなかったはずだ。私と、君は』


 シャルリは機体のブースト量を調整し、ゆっくりと下降させた。花畑を荒らすことのない優雅な着地だった。シャルリは敬意を払っている。この世界に。

 理解を示している。フロンティアに。そして同時に決定的な違いを認識してもいる。


「どういう意味だ」


 私は問いかける。会話は無意味だと知っていたが、語り合うべきだと私の頭の一部が訴えかけている。或いは、これが心なのか。だからこそ、本来するべき戦闘を置いてきぼりにして、会話に興じている。


『私は誰よりも君を理解できている。そう、自負しているんだ。少々、気色悪い例えかもしれないが……』

「お前は私を知らない……」

『いや、少なくとも政府よりは。ホワイトベレーたちよりは、君を理解している。なぜ戦うのか、なぜ抗うのか、なぜ裏切ったのか。私は共感できる。……だから、この結果も勘付いてはいた。だが、試さずにはいられなかったんだ』

「その試行で、お前は部下を失った」

『そうだ……そうだ。私の我儘で、ツィラは死んだ。彼女はいい子だった。だが……そうだな。きっとインディアンたちの中にもいい者はいるだろうし、ホワイトベレーだってそうだ。そして、君もまた……いい者だ。だから、いい者だから死なないなんていう妄想を語るつもりはないし、いい者だから殺さないという甘い考えを披露する気もない。だが……苦いな、シズク。君の妹が用意してくれた緑茶ぐらいには、苦い』


 シャルリは心情を告白する。全てを出し切って、何かから……心から、逃げ出そうとしている。奇妙だった。奇天烈だった。彼女には罪悪感を抱く理由がない。

 なにせ私は社会を裏切ったのだから。私はシャルリ・ハンマーを再評価する。

 彼女は間違いなくいい奴だ。だからこそ。


「お前がいくら苦さを感じようとも、斃れるのはお前だ」

『どうして、戦意を放棄しない。私と君の実力が拮抗しているのは、戦う前からわかっているだろう。君の作戦も不安定だ。不確定要素が多すぎる』


 シャルリの疑問は素朴だった。私は彼女の理論を謳う。


「お前自身が言っただろう。いい奴だから死なないというのは妄想だと。そして、私は悪い奴(うらぎりもの)だ。お前はいい奴(しっこうしゃ)だ。だから私は生き残り、お前は死ぬんだ」


 私が結論を述べると、シャルリはおかしそうに笑った。小さな笑みだが、心の底から放ったもののように聞こえる。友達に笑いかけるとは、こういうものを指すのかもしれない。


『残念だが、シズク。君の考えは間違っているな。なぜなら君はいい者で、私が悪者だからだ』

「見解の相違だな、シャルリ・ハンマー」

『そうだな、シズク・ヒキガネ』


 シャルリの姿が画面の右上に移る。ブラックベレーを被り、漆黒の軍服に身を包む少女は、不敵な笑みを浮かべている。その顔はすぐに真顔へと戻った。もしくは、私も似たような情動変化を行っていたのかもしれない。


「意見が食い違うのなら、戦うしかないな」

『そうだ、そうとも。これが私たちの世界の在り方だ』


 睨み合う二つの騎兵のアイサイトが煌く。白と黒の巨人がそれぞれの武器を構えて、動き出す。

 私はアクセルペダルを踏み込んだ。恐らくシャルリもそうしている。

 シャルリはレーザーソードを、私はヴィブロブレードを構えて、一騎討ちへと参じた。

 実体剣と閃光剣の鍔迫り合いは、一見すると見事だが、当事者としてはたまったものではない。特に劣った武器を扱う側となっては。私は振動剣でマテリアルフォトンを受け止めながら、遠方で行われている戦闘へと目を配る。

 作戦通り、シャルリ・ハンマーは私と一騎打ちを行っている。後はグィアンとエミリーたちが彼女の配下を撃退し、こちらに合流すればチェックメイトだ。

 だがそう易々とはいかないと私の戦術予測が告げている。シャルリはブーストの出力を上げると、レンジャーを圧倒し始めた。いくらコックピット内で私がライトアームを強く前へと傾けても、俯瞰モニターに映る私の乗騎は押されている。

 そのため、私は左腕を動かしたが、シャルリは予測済みだ。難なく同じように動かしたであろう左腕の操縦桿と連動してフォルシュトレッカーはシールドを構える。銃撃が弾かれる音がしばらく響くと、私はあえて後退した。花弁が舞う。フォルシュトレッカーが迫る。彼女が上空へ飛翔しないのは、グィアンを恐れているからだ。未知の力はシャルリから大胆さを僅かに奪っている。だが、所詮は僅かだ。シャルリの行動は大胆不敵そのものだ。

 無計画な突撃のように見せかけて、その全てが計算されている。通常の反撃が無意味だと察した私は、防御するブレードの力を緩める。

 フォルシュトレッカーが前かがみとなる。しかし転倒するシャルリではない。

 そこへ私はブレードによるフェイントを仕掛けながら蹴りを放ち、反射的に展開されたシールドを蹴り上げてマシンガンを穿つ。ソードで銃弾を切り裂いたシャルリは、シールドを投げ捨ててレーザーライフルを放った。

 物理粒子が左肩を軽く焦がす。それでも敵は盾を失った。十分な成果だ。

 右へ機体を動かす。旧人類であれば嘔吐したであろう機動をして、私は次撃へと移る。

 ブレードとソード、ライフルとマシンガン。異なる弾丸と刀身を用いて、私はシャルリと斬り合った。騎兵の戦闘は直感的となる。さらに私は、そして恐らくシャルリもリアル映像を出力しているので、感覚はダイレクトに脳を刺激する。

 変異体バリアントなら心理障害を発生させてしまう反応を。

 健常体ヘルスでも下手をすれば変異してしまう恐れのある光景を。

 私たちは見て、実行する。どうすれば相手を殺せるかを思考して、実際に殺せるかどうかを確かめる。

 これもまた人間にインストールされたデフォルトシステムだった。人は人を殺せるようにできている。無論、だからと言ってわざわざ人殺しを選択するメリットはほとんどない。用意周到に計画を立てない限り、わざわざ殺人を犯す必要性はないに等しい。人の脳は人殺しの必要性を認めながら、同時に人殺しの不要性も理解している。矛盾した、バランスを保たないと崩れてしまう曖昧な情報機関だ。

 そして私は、己の均衡を崩さずにシャルリを殺せると判断し、シャルリもまた、私を殺しても脳内バランスは崩れないと判断した。


『本気となった君相手に、私は手加減できないぞ』

「それでいい。手を抜きたいならば抜いてくれても構わないが」


 まるでヴァーチャルゲームという遥か昔の遊び道具を使って対戦を楽しむように、私とシャルリは気さくな会話をしていた。意見は合わないが、シャルリ自身を恨んでいるわけではない。彼女の方も説明がくどくなるほどに、私に善意を向けていた。

 カグヤの言葉が脳裏を駆ける。悪くない者たちの戦い。

 私は自身が悪くないなどという吐き気を催す思考を抱いてはいないが、カグヤも、下手をすると戦っているシャルリもそう表するかもしれない。

 とはいえ、そんなことは歴史を考えても普通なことだ。遥か昔、日本という国はドイツという侵略国相手に同盟国と共に世界大戦を繰り広げた後、何を思ったのかそのドイツと同盟を組んでかつて仲間だった者たちと戦い、今度は自国に大量破壊兵器を落とした国に治安を守ってもらう約束を交わした。

 これが、百年足らずの間に起きた出来事だ。当時の事情を鑑みれば、上の文章は簡潔過ぎる説明文であり、実際にはその経緯は複雑だ。

 だがやはり、滑稽に思える。それは現代人が過去の時代を見て抱く当然の感想だろう。歴史とは、創意工夫に長けたストーリーなのだ。今ある私たちの文明も、まだ生まれていない未来人に言わせれば、自業自得のバカ物語なのだ。

 だが、それでも私は今を生きていて、シャルリ・ハンマーも現在にいる。

 だから、殺す。友達に語り掛けるような、軽い口調で会話を交わしながら。

 ブレードとレーザーソードが何度も火花を散らし、空気を振動させている。私は自機を動かしながらも状況を俯瞰的に見つめ、次なる一手を考える間もなく身体が最適解を導き出している。


『このままでは君は死ぬ』

「それはこちらのセリフだ」

『私の部下は優秀だ。いくらアンノウンが君の味方だとは言え、一度見切った不可思議な技に何度もやられるほど弱くはない。それにだ、シズク。我々の物量に抗えるか』

「抗えないな。真っ向勝負では」


 議題、シズク・ヒキガネが率いる反乱分子が政府軍に勝利する確率。

 ホロボードにデータを移して議論をしているような軽やかな口調だが、今しているのは通信セッションではなく戦闘だ。

 剣戟を鳴らし、銃撃を唸らす。他人事のように、自分で操縦する。

 シャルリの助言通り、私のレンジャーは全体的に悲鳴を上げ始めてきた。関節部の耐久性減少、流動装甲の防御率低下、ヴィブロブレードの振動率ダウン、残弾が残り僅か。オペレーティングシステムは思わず目を逸らしたくなる現実を逐一報告してくる。……このままではシャルリの言う通り、私が敗北してしまう。

 純粋な勝負では勝てない。それはわかり切っている。最初から。

 ゆえに、今はどうやって状況を覆すかではなく、どうやって予定通りに事態を進行させるかが重要だった。予定――作戦。フォルシュトレッカーをトラップに誘導する方法が、目下の思案事項だ。

 花畑が散っていく。その光景は幻想的で現実的だ。どれだけ美しいものも、想いも儚く散る。現実を突きつけられているように感じる。

 カグヤを救い出し、フロンティアで人間らしく生活する。そんなことは不可能だと。


『サレンダーにはいつでも応じる』

「嘘を吐くな」

『どうして嘘だと思う』

「お前を理解しているからだ」


 レーザーを掠めていた左腕が叫んだ。機械的な悲鳴を全力で放つ。

 ブーストで加速したキックを防ごうと止むを得ず左腕を差し出した当然の代償だ。どのみちマシンガンの弾薬は切れかけていたので気にしない。シャルリ相手に至近距離でリロードする術もない。

 さて、どうするか。どうやってシャルリを地雷が埋めてある場所へと誘導する?

 シャルリは罠があることに気付いているが、それがどんな種類かを完全に把握していない。ゆえに、彼女は安全地帯だと確証を得た場所に着地し、その付近を中心に陣取っている。彼女にはそこからわざわざこちらへ来るというリスクを冒す必要はない。何せ、敵が、私が彼女を殺そうと向かってくるのだから。シャルリに攻撃を仕掛けなければ、彼女はフライトユニットの性能を最大限に生かし、エミリーたちへ攻撃するべくこの場を去るだろう。

 そうすれば、私から勝機は完全に消え失せる。関心を引き続けなければならない。

 俯瞰モニターをチェック。シャルリの騎兵には目立った損傷はなく、私の騎兵は左腕がぐにゃりと変形している。いくら流動装甲とはいえ、失った分のリソースを補給しなければ修復はされない。片腕でシャルリの注意を引く。彼女に一歩を踏み込ませる方法。

 敵と戦う時に、思わず攻めすぎてしまう状況。そんなものは、シャルリ・ハンマーと言えども限られている。

 敵を殺せると確信した時だ。つまり、私が死に掛けている時。

 その時、うっかり、調子に乗って、人間というものは攻めすぎてしまう。

 しかし、シャルリがそれほど早計な女だとは思えないのも事実だ。シャルリは罠があることを把握している。そんな彼女が突撃してくるのは罠を踏んだとしても対処できると判断した時か、もしくは――私が罠の上に堂々と陣取っている時に他ならない。


「……戦況確認」


 私は小声で音声認識による指示を飛ばし、エミリーたちの戦闘状況をモニターの隅に移す。エミリーたちは苦戦を強いられている。ブラックベレーはフィレンが私たちの急所だと理解し、弱点に向けて攻撃を続けていた。

 当初の目論見は崩れそうである。しかし、気になる点が一つ。


「お前は、どこへ……」


 グィアンがいない。レーザーで遺体もろとも消滅したという可能性は、デッカードがレプリカントである可能性より明白だ。

 奴は考えて戦場から姿を消した。願わくば、私の予想が外れていて欲しいが。

 グィアンがいなくなったため、作戦の変更を余儀なくされる。シャルリ・ハンマーを先に始末し、敵部隊を掃討する。優先順位を変更。最適地点へと位置取りを開始。


『時間稼ぎは失敗したな、シズク。アンノウンに裏切られたか』

「何……?」


 シャルリが語り掛けるのは、ハン・ソロとボバ・フェットが親友同士であると言っているぐらいにおかしなことだった。

 シャルリは訝しむ私に流暢に続ける。


『君は彼らにとって仇だ。この世界の人間が私たちの世界のように統制されていないことは知っている。異世界人と一口に言っても一枚岩ではない……この表現が正しいと願う』


 レーザーが私の傍を掠め通る。私のレンジャーの横を。弾道予測で防いでいるが、光の速度で放たれるレーザー兵器をいつまでもしのぐことはできない。


『彼らは世界という尺度では計れない。国という縮図でもダメだ。集落という細かく小さなメモリで測定する他ない。彼らは言語も違う。文化も似ているようで異なっている。だが、それでも抵抗はあるだろうな。隣人を虐殺した君がのうのうと生きていることに』

「わかっている」


 そうとも、わかっている。そしてグィアンが世界平和のためなら復讐などという個人的動機に手を染めはしないことも。

 彼は現実を直視し、合理的に動く。フロンティアの防衛には私が必要だと彼は考えている。だから私は生きて、奴と協力しているのだ。

 世界を救うためだったら、部族の復讐で私を殺そうとする同胞すらも殺せる男だ。容赦はするし、同情もする。殺さない手法を選択し、最善を尽くすだろう。しかし実際に殺すしかないとなれば、彼は手に掛ける。なぜなら、世界を救うために。

 だから、私はシャルリの言葉を平然と受け流す。ブレードでレーザーを弾くように。そろそろブレードのアンチレーザーコーティングが剝がれかけている。その前に、フォルシュトレッカーに致命的なダメージを与えなければならない。

 味方が殺される前に、彼女を殺す。自分に手を差し伸べた女を。


『君は……そうか。君は優しいのだな』


 シャルリは後退する私に迫りながら応じる。レーザーの精度は上昇していく。私の防御率は低下していく。

 ――流動装甲に重度の損傷が発生。ダメージ蓄積中。回避及び防御行動を推奨。


「黙れ」


 私は今更言われたところでどうしようもない事項を放つ自動音声と、事実異なることを話すシャルリに向かって言い放った。

 シャルリは見透かしたように言う。割り込んでくるシャルリの映像が煩わしい。


『君は自分が殺されても仕方ないと思っているはずだ。だから、目的を済ませば自身を殺してくれるかもしれないあの男に安心感を抱いている。丁度、フィレン君が君のカリスマ性に安堵を抱くように』

「黙れ」


 同じ一言を続けて放つ。黙れ、黙れ、黙れ。しかしシャルリは言葉が理解できないかのように私の声を聞き流す。


『なぜそこまでしてそちらを選ぶ。妹のため、ということはわかっているが……』

「これは私のためだ。やはり、お前は私を誤解している」

『どうかな。私は君を誰よりも理解していると言ったはずだ。君が自分のためと言う場合は、誰かのためだ。贖罪の念を抱いているのか。だから、そちら側に付いた。自分のために、妹のために殺してしまった魂たちへ報いるために』

「違うな。黙っていろ」

『違うなら、聞き流せばいいだろう。しかし、君はリアクションを起こす。それすなわち、図星ということだ。君は優しいがゆえに、自身を不誠実と定義する。そして君はまた、殺したホワイトベレーに対しても罪悪感を持っているはずだ。全てを貯蔵するダムだ。知っているか、昔はダムという建造物が存在したそうだ。今でこそ水は生成物だが、かつては雨という自然現象で得られた水を貯蔵していたらしい』

「その話は知っている。カグヤから聞いた」


 私は思わずマップを見上げる。早々にこの会話を打ち切りたい衝動に駆られるが、残念なことにシャルリを引き付けながら地雷へと誘導するためにはもう少し距離を取る必要がある。すんなりと目的地へまっすぐはいけない。多数の寄り道をして、シャルリに違和感を持たせてはならない。疑念を抱かせず、共に地雷を踏み抜くのだ。


『君の妹は博識だな。身体障碍者でなければ、あんな世界でなければ、きっと素晴らしい人間となったに違いない』

「その点は同意だ」


 私はシートの斜め後ろへ振り返る。後方のモニターには、罠が仕掛けられている地点が見える。そこへ横軸を合わせて、自然に位置取りをする。ここまでは想定内。だが、いつでも予想を超えた事態は発生する。

 シャルリは、突然空へと舞った。そして、一気に加速して私の位置へと急降下してくる。ブレードを構えたが、威力も速度も向こうの方が上だ。

 単純な物理法則で、レンジャーが後方へと弾き飛ばされる。目的地と軸がズレた。しかし、修正は難しい。後退ならば自然だが、前身であると不自然になる。シャルリはどこに罠があるのかを知りたがっている。むざむざ情報を与えることになるのだ。


『悪いが、部下が心配なのは私も同じだ。……アンノウンが君を裏切ったと思いたいが、やはり、そう簡単にはいかないだろうな。……君たちは奇妙な絆で結ばれている。私たちが捨て去ったもの。捨てざるを得なかったもの。失ってしまったもの。それが全てここにある。シズク、率直に告げよう。私は君が羨ましい』

「ならばこちら側に来ればいい。サレンダーはいつでも受け付ける」

『嘘を吐かないで欲しいな』

「どうして嘘だと思うんだ」

『君を理解しているからね』


 レーザーが唸る。ブレードが轟音を立てる。決着は間もなくだ。私のキャバルリーが持たない。こうなっては、より危険な賭けに出るしかない。無理矢理フォルシュトレッカーを羽交い絞めにし、地雷原へと駆け抜ける。

 無論、ただでさえ危険な自爆行為だ。それをさらに危険度を上昇させる正真正銘の自殺となる。それでもやらねばならない。そう考えて、私は自身の不自然さに苦笑する。

 これでは、シャルリの言葉が正しいではないか。私が優しいかはさておいて、罪悪感を感じているという部分は。

 本当にカグヤを救うために動くのなら、こうなった時点で降伏するのが当然だ。いくら交渉が決裂したとはいえ、両手を上げて騎兵から降りれば、シャルリは私を殺さないだろう。むしろ、有用な戦闘資源として再利用してくれる。ホワイトベレーのほとんどが廃棄処分対象であるのに対し、幸運にも私はリサイクル対象だ。

 なのに、私は特攻を選択肢に入れている。不確実なルートを模索している。


『トドメだ、シズク』

「ああ……そうだな」


 またもや鍔迫り合いとなり、私はシャルリに応じる。

 罠がたっぷり詰まった地雷原……美しき花畑を一瞥すると、アクセルペダルを踏み込んだ。シャルリがそうするように。シャルリが言った通りに。

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