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ブラックベレー

『隊長、配置に付きました』

「わかった」


 イヤーモニターから聞こえるエミリーの報告へ応答する。時刻は正午前。後はただ待機し、予定時刻にブラックベレーが現れるのを待つだけである。

 と、楽観するのは簡単だったが、そうならないと考えていた。


「エミリー、監視を続けろ」


 滝の上にある崖際で、吹き荒れる風を感じながら指示を出す。背後からは滝が流れ落ちる音が聞こえてくる。大自然。妹が欲しがったものがある場所へ私は立って、より現実的な方法で妹を救おうと提案してきた女を待ち構えている。

 シャルリの方法は一理ある。が、逆に言えば一理しかないのだ。シャルリに従うことは、結局のところ、罪なき妹を使えないからという理由で処分しようとした管理政府に命を預けることになる。

 それでは何も変わらない。何の意味もない。だから私はシャルリ・ハンマーを罠を張って待ち構え、


『敵です、隊長』

「来たな」


 予定時刻よりも早く現れた一機の騎兵と交戦を開始する。


『え、う、く、来るのが早い……』

「心配するな、フィレン。予想できていた。それに敵は単独だ。本体が現れる前に片づける」


 私は空中に浮かぶ黒い機体を見上げる。テントウムシ。私が思い浮かぶ第一印象はそれだ。見た目こそレンジャーと類似しているが、フライトユニットを装着したバトルキャバルリーフォルシュトレッカーは翼の生えた天使というよりも丸みを帯びた虫のように見える。

 かの騎兵は私を見つけると、ライフルの狙いを付けた。レーザーライフル。私がいた場所がジュッというバカバカしい音と共に焦げ溶ける。


『お前は隊長に仇を成す存在だ! ここで始末する!』

「やはり統制は取れていないな、シャルリ」


 シャルリが優れているとは認める。が、その部下の統率は完璧ではない。忠誠心が高すぎるからこその独断で、このブラックベレーは単独奇襲を仕掛けた。良い上司であるのもまた考え物だ。互いに部下には手を焼かされる。

 私は拳銃を抜き取ると、振り返って数発発射した。敵のコックピット内では、カンコンというふざけた擬音語が響いていることだろう。無論、拳銃弾で貫けるほど騎兵の装甲はやわではない。

 だが確実に効果があった――敵の中の、私を嬲り殺したいという嗜虐的欲求を膨らませる部分に関しては。


『ちょこまかと!』


 レーザーの着弾地点を予想し立て続けに回避する私に対し、敵パイロットは苛立った。油断もしている。敵は歩兵であり、さらには装備も対騎兵戦用装備ではなく、人間を殺す程度の威力しかない拳銃だ。

 そんな虫けらを、しかも自身が崇拝する存在を冒涜する異教徒を、残酷な方法で殺したいという欲望は私たちの中にきちんとインストールされている。開拓時代にインディアンを白人たちが虐殺したように。肌の色が違うというだけで黒人を奴隷認定したように。ナチスドイツと呼ばれる集団がユダヤ人を虐殺したように。

 だからこそ、敵は迂闊にも接近してきた。私を肉塊に変えるため、急降下したキャバルリーが拳を振るう。

 瞬間、私は崖から滝壺目掛けて飛び降りた。両手を広げて、天を舞うタカのように。

 そのまま左腕のワイヤーを滝の裏にある洞窟へと奔らせる。連動して開くコックピット内でターンして、シートに収まる。無防備で洞窟内に侵入した敵機へ私はカービンマシンガンを乱射した。


『うッ……! でも、予想――』

「――済みだ」


 反射的にシールドを構えるテントウムシ。左腕に装備された、ホワイトベレーには支給されない身を守る道具を使って防御をするフォルシュトレッカーは、接近する私から逃れようとブースターを吹かす。

 だが、遅い。モニターに映るテントウムシは拡大していく。


『しまッ!』

「遅い」


シールドに切れ込みが入る。バツの形に。バッテンを入れられたシールドはあっさりと崩れ落ちて、フォルシュトレッカーはレンジャーのように近接武器での防御を強いられる。レーザーソードが点灯した。懐中電灯のような形のそれは、しかし物質的な力を持ち、ヴィブロブレードと鍔迫り合いとなる。


『驚かされた……けどな』

「……」


 私は俯瞰モニターを一瞥。機体性能はフォルシュトレッカーの方が上だ。レンジャーは開拓用及び大した戦闘力を持たない先住民排除用の騎兵。対して、フォルシュトレッカーはその名の通り反乱分子を始末する執行者だ。言わばレンジャー殺しと言っていい。白を駆逐するために作られた黒い死神。

 実体剣と物質粒子マテリアルフォトンの塊とでは、後者の方に軍配が上がる。単なる力比べでは勝ち目はない。

 そう、単なる力比べでは。私はサイドペダルを踏んでブースターを噴射させる。


『うおッ!』


 テントウムシが前につんのめる――何か小さな石にでも足を取られたように。フォルシュトレッカーは油断して、力任せに私を切断しようとしていた。なら、ただ横にずれてそのバランスを崩すだけでいい。

 無論、それで終わるほど敵は弱くはない。シャルリは有能なスカウトであることがすぐに証明される。ホワイトベレーの変異体ではパニックを起こすはずの状況下でもこの隊員は即座に対策を講じてみせた。フライトユニットを稼働させ、洞窟の出口に向かって退却し、私の斬撃を躱してみせる。

 だが、洞窟に入ってしまったのが彼女の運の尽きだ。逃亡を企てたテントウムシは滝を突破した瞬間、背後にライフル弾が着弾しその飛行能力を喪失する。


『な、何ッ!?』

「私に気取られ過ぎた」

『予定通りですね、隊長』


 狙撃したエミリーが事務的に報告する。今はまだコンバットではなくハンティングだ。敵は敵を私だけだと見誤った。シャルリの言葉は本当らしい。この有能な隊員もまた何かしらの変異体バリアントなのだろう。

 社会の規範から外れた者。命令無視の単独行動など社会適性者がするはずはない。

 だから敵の戦力を見誤る。精神状態は万全ではない。ソフトウェアに不具合が生じている。


「敵機は?」

『滝壺には落ちてません。岩場で体勢を立て直そうとしています』

「見張っていろ」


 コマンドを送りながら私は騎兵を前進させる。滝というヴェール越しにメインカメラが索敵し、川に下半身を突っ込んだ状態となった敵機を確認した。

 しかし、相変わらずそれなりの賢さを持ったAIが場違いな文句を並べている。――ブラックベレーとの戦闘は禁止されています。ただちに投降し――。今更投降したところで、管理政府が私たちを処分しないとは思えない。

 私は敵の戦闘力を奪うべく、マシンガンを構える。滝越しとはいえ至近距離だ。動けない的を外しなどしない。

 敵もそれはわかっているので、僅かな悲鳴を漏らした。

 そしてそれに応えるように、発砲音が轟く。バシュンという間抜けた音。

 レーザーの銃声。


 ――隊長!


 それはエミリーの警句であり、敵の神の名を呼ぶ声だった。

 二人が同時に発した同じ語句は私ともう一人の人物に投げかけられた言葉。

 私はブレードでガードして、奴は銃を構えている。滝という壁では薄すぎた。

 即座に捉える。その姿を。機体こそフォルシュトレッカーでありレンジャーだが、私も恐らく奴もすぐに気付いた。騎乗するのが誰なのか。


『シズク、久しぶりだな』

「挨拶をするのか、シャルリ」

『君は挨拶を求める性質ではなかったのか? だとすれば失礼。一応私は話し合いに来たつもりだ。君が私を殺そうとしていてもな』


 滝の流れ落ちる音はBGMにもなり得ない。私はシャルリに集中し、シャルリもまた私だけを見ている。エミリーが狙撃したが、シャルリは予期して防御した。シールドを斜め後ろに向けて。回避行動を取らない。空中から滝の中腹に隠れている私を見下ろしている。

 神託を与えに来た神の使いのように。死者を選択する死神のように。


『部下とは急く者。そうだろう?』

「ああ、そうだな」


 私は音声ではなくハンドサインでエミリーに指示を送る。射撃停止。今、無闇に撃ったところで弾が無駄になり、居場所を露呈するだけだ。ミーナとフィレンと合流し、森の中で持久戦に移行するのが無難である。


『私の本意ではない。無論、責任は私にあるが……できれば、面と向かって話し合いをしたい』


 私は黙ってシャルリの言葉を聞き続ける。真っ先に反論を述べそうな、滝下のブラックベレーは無言を保っている。恐らく、シャルリが私と同じようにサインを送ったのだろう。

 シャルリは強敵で、彼女の発言には一理ある。

 ゆえに、私はペダルを踏み込んだ。ブースターを最大まで吹かして、滝を貫くように飛び出す。


『ダメか、シズク』


 シャルリは悲哀の感情を言葉に込めた。


『残念だ』


 次にレーザーを発射してくる。それを私は銃口を見て弾道を予測しブレードで切り裂く。シャルリは私の突撃への対応策を、オーソドックスな方法で避けた。ただ上に浮く。レンジャーとフォルシュトレッカーでは戦う場所が違う。レンジャーは地上を駆ける馬に跨った騎兵であり、フォルシュトレッカーはペガサスを駆る天空の覇者だ。

 単純な戦いでは勝ち目はない。そのことを私も理解できている。

 だからこその突撃だった。安全地帯に退避するための。滝の洞窟は敵を誘い込むベストポジションであると同時に、逃げ道が塞がれる危険地帯デンジャーゾーンでもあるのだ。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。虎児を得たなら、速やかに退却させてもらう。

 レンジャーのささやかなブースターを最大限に生かし、私は俯瞰モニターでシャルリの銃口を見ながら回避を続けて森の中へと入る。森は狩人の聖地だが、今回の戦いはコンバットだ。ハンティングは終わりを告げた。兵士としてシャルリと戦うべきだ。


『隊長さん、大丈夫ですか?』

「ああ、ミーナ。フィレンは近くか?」

『み、ミーナさんの隣に……』

「隣は近すぎる。近い方が危険だ。少し距離を取れ。エミリーと位置を合わせてトライアングルを作れ」


 木々を遮蔽物として利用しながら、私は森林の奥へと進んでいく。木の枝を折り、土を踏み固め、茂みを壊しながら。

 異世界の機械の進軍で、森の中は騒がしくなる。その騒々しさは不都合であると同時に好都合だった。

 私たちの居場所は明確となるが、奴の存在は希薄となる。いちいち指示を出さずとも、状況を見極め最適解を導き出せる男の。


『た、隊長はどういう配置に……?』


 フィレンがおずおずと訊く。私はダイヤモンドと答える。

 空中を舞う虫を撃ち落すための初歩的な配置だ。四方向からの集中攻撃。このフォーメーションの問題は、中心部分の警戒が疎かとなること。

 しかし今はテントウムシを撃ち落とすのが先決だ。こんな時でもカグヤの影が笑いかける。テントウムシってかわいいし、人間の役にも立ったんだって。作物に寄り付く害虫を食べてくれたらしいよ。けどね、ちょっと可哀想なんだけど、その性質を利用されて――飛べないように、人間に貢献するように、遺伝子改良されちゃった子もいるんだって。


「シャルリ・ハンマー……」


 私は木々が織り成す緑葉のカーテンから強敵の姿を捜索する。

 シャルリ。彼女の情報は非常に少ない。しかし、それは秘匿しているというわけではなく、単に彼女が任務に明け暮れているからだ。一見すると社会に貢献する勤勉な歯車のようにも見えるが、何も記されていないプロファイルテキストの空白ブランクに、情熱のようなものを見抜くことができる。

 彼女には目的があるのだ。社会貢献とは別の。その目的のために、彼女は社会を裏切らない。目的のために社会を裏切った私とは違う。


「お前は、テントウムシか?」


 害虫を駆除するために遺伝子改造されたテントウムシ。厳密には私たちのような遺伝子組み換えとは違うようだが、それでもカグヤが親近感を抱いたのは道理だ。私たちも遺伝子的に改造されている。核の冬を耐え忍ぶため、絶滅危惧種となってしまった人類を存続させるため。だが、遺伝子は牙を剥いた。その一端を私は図らずも担っている。

 しかしシャルリは番犬だ。遺伝子に忠実。社会に、忠誠を誓っている。

 レーザーが放たれた。赤い閃光は木々を燃やしながら突き進み、木の根が張られた大地を抉って小さな原生生物を燃やす。

 よそから来た奴が手前勝手な理由を述べて、無実の生命体を灰に帰す。


「反撃しろ」


 私は白々しく命令を飛ばした。エミリーのライフルが要だ。対騎兵用の狙撃銃は、元より裏切る可能性を想定し、様々な理由を付けて私が注文したものだ。そういう不審な情報の端々が、シャルリに私の裏切りを推測させる要因となった。

 果たして、気付いたのはシャルリだけだろうか。そんな思索を吹き飛ばすように、複数のレーザーが森を焼く。木を焼く葉を焼く命を焼く。


『敵部隊が集合しつつあります。単純な撃ち合いでは……』

「わかっている。敵を地上に降ろす」


 控えていたシャルリの部下が現れたことで、ダイヤモンドフォーメーションの解除を余儀なくされる。先程の迂闊な隊員のように敵が突撃してきてくれれば簡単に状況は終了するのだが、シャルリがいる限りそれは有り得ない。

 こちらの攻撃で叩き落とす必要がある。私は後退を指示した。


「下がれ。罠に誘導する」

『いつまで逃げるつもりだ、シズク。言っただろう。私の望みは話し合いだ。銃撃された今でも、君が武器を捨てて対話に応じるのなら、私も応えよう。わかるはずだ、君なら。私が嘘を吐いていないことを』


 わかっている。シャルリの言葉は真実だ。

 シャルリはいい奴なのだ。社会的にという意味だけで終わらない。

 もしかすると、人間の性格とやらでも彼女は良の評価だろう。

 だが、だからこそ、止まれないのだ。私は優しくなどない。シャルリがいくら優しくとも。


『罠があるのだろう? その先には』

『み、見切られて――』

「想定内だ。落ち着け」


 私はシャルリの通信を聞いて焦るフィレンを宥める。シャルリは有能だし、逆の立場でも私は同じことを考えるだろう。

 しかしその罠の種類までは予測できていないはずだ。私が油断したのと同じように。


『隊長、一気に決めましょう。どうせゴミクズですよ』

『アスミ、そのような物言いは』

『いえ、隊長。言わせてください。奴らは私と同じスクラップ野郎です。なのに、奴は、シズク・ヒキガネはその手を突っぱねた。ならゴミはゴミらしく、処分されるべきです』

『シズクには事情がある。そのように――』

『事情なんて誰にだってある。死にたくなくても死んでる奴はいっぱいいる。なのに奴は、妹の命を救うためとか言って、大勢の死にたくない奴を殺したんですよ。そりゃあ、彼女にとっては一大事でしょう。カグヤとかいう妹だって、確かに可哀想ですよ。でもそれじゃあ、死んでいったスクラップたちはどうするんです?』

『アスミの発言には一理あります。私も、奴は可及的速やかに始末するべきかと』

『シルビィ……』

『シズク・ヒキガネは、反乱分子です。あなたは変異体バリアントを幾人もスカウトしましたが……もう限界でしょう。そろそろ、獲物を狩る必要があるはずです。でなければ、あの方が……』

『それでも私は、シズクを……。苦いな、本当に』


 シャルリの苦々しい口調に、私はペダルを踏みながらオープンチャンネルを開いて話しかけた。


「気にすることはない、シャルリ。そういうものだ。私はお前を殺し、お前は私を殺しに来る。ただそれだけだ」

『シズク……聞け』

「いいや、聞かない。無駄な行為は止めることだ」

『無駄なのは貴様だ! ヒキガネ!!』


 部下の一人が発砲する。より注意が私たちに、生意気な口をきいた私に向いた。私は粛々と退避しながら、マップを確認する。その間にレーザー着弾地点から火が上がっている。超高温のマテリアルフォトンで構成されたレーザー兵器を、可燃性物質が存在する森林地帯で穿つなど通常ならご法度だ。だがそれは、環境に気心を加える場合に限る。気を配る必要がないのなら、むしろレーザー兵器は理想的な武器となるだろう。シャルリは火災が広がらないよう射撃間隔を調整しているが、部下にそのような配慮は一切窺えない。


『森が、燃えてく……精霊さんが……』

「今は戦闘に集中しろ、ミーナ。……そろそろか」


 マーキングされた地点に私たちと上空を舞うフォルシュトレッカーたちが到着する。瞬間、先程とは比べ物にならないほどの対空砲火が彼女たちを襲った。五機存在する執行者たちは全員シールドを構えて砲撃を防御する。


『大量のキャバルリーを確認! これは……これほどの裏切り者が!』

『焦るな。自動操縦だ』


 シャルリの推理は的中していた。今まで回収してきたレンジャーを配置して、武器を持たせ、オートパイロット設定を整えただけの簡易砲台だ。射撃精度も悪く、特に空中を自由に飛び回るテントウムシのウィークポイントなど撃ち抜けるはずもない。

 だが、防御は騎兵が配置してある丘へと集中する。下部からの数体の攻撃よりも、前方の十数体の攻撃に注意がいきがちだ。


「シャルリ以外を狙え。どうせ奴には当たらない」

『了解しました』

『了解でーす!』

『りょ、了解……』


 私の号令と共に部隊全員が銃口を上空に向ける。防御姿勢を維持していたフォルシュトレッカーの一機が気付いて反撃したが、反応が遅れた一機のレッグパーツに私の銃撃が命中。バランスを崩したところをエミリーが狙撃して、飛行能力を喪失した。


『い、嫌ッ! 墜落します!』

『アスミ、掴んでやれ。決して離すな。二機は前方の攻撃を防御。私がやる』

「フィレン、ミーナ、来るぞ。発砲を控えて木を盾にしろ」


 二人に警告を飛ばす。シャルリの狙いはわかっている。案の定、シャルリは精確な射撃をした私とエミリーではなく、弾道が不規則だったフィレンとエミリーの方角へレーザーを発射した。

 ミーナは対処できたが、フィレンは直撃したようで悲鳴がコックピット内をこだまする。


「フィレン、気を落ち着かせろ」

『当たり、あたっ、当たった!!』

「安心しろ。正確な位置は把握されていない。威嚇射撃だ。あまり激しく動くな。気付かれるぞ」

『手応えはあったぞ、名もなき君。シズクだとは思えない。エミリー隊員だとも。ミーナ隊員にしては反応が大きすぎる。……フィレン隊員か?』

『ひっ、あ……』


 名指しされてフィレンの顔が真っ青となる。シャルリの自信満々な通信は、自信不足のフィレンの精神を凍りつかせるには十分すぎた。私がエミリーに補佐の命令を出すと同時に警告音声が響く。俯瞰モニターに接近する敵機が表示。レーザーソードを突きの構えでホールドしてこちらに駆けてくる。最初に翼がもがれたテントウムシだ。


「さっきの生き残りか」

『うあああああッ!!』

「無策の突撃……という演技だろう? させるか」


 私は左腕の端末を操作する。名前を呼ぶだけで済んだ。


「グィアン」


 虹色の光が黒色を薙ぎ倒す。その光景を見ながら私はバックペダルを踏んでいる。私がいた位置にレーザーが着弾した。シャルリの通信に焦りの声色。


『何をした――シズク!』

「やっと焦ったな、シャルリ」


 私はほくそ笑んで、騎兵を皆とは逆方向へ走らせた。あえて銃撃を放つ。せっかくのカモフラージュが台無しだが、囮が目的のため何一つ問題はない。

 しかし、シャルリならこれほどわかりやすい手に乗りはしないだろう――未知なる力を目撃する前ならば。


『シズク……アスミ、ヒナを安全地帯まで護衛しろ。シルビィ、リリーと共に周辺の敵へ攻撃。まずは機械人形を黙らせろ。私はシズクを追撃する』

『すぐに合流します……!』

『油断するな。今のが例のアンノウンだとすれば……』


 シャルリの言葉からは苦々しさが失せている。戦士の声音だった。

 私はなぜか胸をなでおろしながら森の中を駆けていく。理由は定かではなかった。

 だが、今なら胸を張って殺せる。漠然とそう考えていた。



 ※※※



「シャルリ・ハンマーは強敵だ」


 私はブリーフィングで皆にそう説明した。事前情報から推測していたであろう皆は改めて放たれた警句を疑問視していたが、エミリーとグィアンは私を同意するように見つめた。


「単純な勝負では勝ち目がない。そう隊長はお考えなのですね」

「ああ。機体性能差で負ける」


 私は断言する。同じ機体を用いた対決形式ならば、勝ち目はあると自負できる。だが、レンジャーはブラックベレー標準運用機であるフォルシュトレッカーに性能で負けている。実力が拮抗しているのなら、そういう劣った部分が如実に結果に表れる。

 シミュレーターで幾度か計算してみたが、やはり何かしらの策を講じなければ勝てない。そのためのトラップではあるのだが、罠が仕掛けられていることなど戦う前から見抜かれているだろう。

 こちらのアドバンテージはグィアンの精霊術ただ一つのみ。さらにそれも、シャルリには通用しないはずだ。


「シャルリは用心深く、そして大胆に行動できる女だ」

「精霊術でも倒せない。そう思うのか」

「あれの威力はなかなかだが、単一的な矢では回避されるか防御されるのがせいぜいだ。一度目なら命中するだろうが、二度目は確実に外れる。お前の矢でシャルリは狙うべきではないな」


 シャルリは一撃で仕留めなければならないが、いくらグィアンの腕前をもってしても、シャルリを一撃必殺はできないだろう。騎兵乗りは機体を大切にしているが、放棄を躊躇しない。一つの機体に固執しないのだ。代わりはいつでも存在する。

 まさにホワイトベレーのように。シャルリを殺せずに機体だけ大破させても、シャルリは即座に撤退してしまうだろう。フォルシュトレッカーはペガサスだ。大地を這う騎馬とは違う。

 今回の戦いで、シャルリ及びブラックベレーを逃してはならない。敵に逃走の機会を与えずに、確殺する必要があるのだ。

 そして、それは非常に難易度が高い。正直なところ、私自身これほどの強敵と相対するのは初めてだった。


「えっと……それで?」


 スナックを頬張りながらミーナが訊ねる。フィレンは私の再三に渡る警告に緊張の色を見せている。


「私とシャルリだけ分離してくれ」

「で、でも隊長。機体の性能差は……」


 フィレンが恐る恐る口を開く。私はトレーラーに設置したボードに張られたマップを示した。


「先ほど言ったように、ブラックベレーは逃がさない。ここで始末する。そのためには、まず逃げられない状況を作ることが先決だ。ゆえに、まずは騎兵隊へとブラックベレーを誘導する」


 丘を指す。そこは私がリムルと見つけた場所に近い絶好のポイントだった。待ち合わせ地点に程よく近く、様々な生体ノイズのおかげで敵からは発見されにくい。


「それから……?」

「敵は混乱に陥る。そこへグィアンが一石を投じ、さらに混乱を煽る。その隙に私がシャルリを引き付けて一騎討ちに興じる」

「そんなにうまく……行きますかね?」

「私を信じろ、フィレン」


 心配性のフィレンを安心させるように呟いて、私は決闘場所となりそうなポイントへと目を走らせる。そこは花畑だ。綺麗な場所で、血みどろの戦闘を繰り広げることになる。


「その後は俺たちで敵部隊を撃破し、お前と合流する手筈か」

「そうだ。よくわかっているな」


 私はグィアンの回答に気を良くする。なぜかエミリーが一瞬だけ苛立ちのような情色をみせた。

 グィアンはマップを一瞥すると、腕を組みながら私を驚かせる。


「……俺は単独行動で構わないか?」

「構わないが、どうしてだ?」

「臨機応変にいく。状況に合わせて遊撃したい」

「私はあくまで時間稼ぎだ。わかっているな」


 私はグィアンと視線を交差させる。グィアンの言葉の裏に隠れた真意に気付いたからだ。そんな私の警戒を彼は受け流し、


「ああ、わかっている」


 トレーラーを後にする。私はその背中を不安に駆られながら見つめる。

 自身が不安になるという違和感に顔をしかめて。

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