表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/70

精霊の儀

 リムルが用意したのは、いつもの不気味なほどに白い軍服とホワイトベレーではなく、インディアンが祭事に着込むという女物の衣装だった。

 女物。この衣装が厄介だった。肌の露出が多い面は構わないが、女性体特有の凹凸が邪魔をしてうまくフィットしないのだ。リムルが私の胸元に上着を通そうと躍起になっている。


「あれぇ? おかしいな。想定よりも大きい……」

「ウェットスーツを装着させてくれれば問題なくなるが」


 私に服を着せるリムルに要請する。いつもは伸縮式のウェットスーツを着ているので、胸部に煩わされることなく生活できている。これは社会の推奨下着だった。私たちの社会では性的差異を強調することは推奨されていない。男も女も平等だ。


「ダメですよ、シズク。あなたは女の子なんだし」

「女の兵士だ」

「その認識がダメなんですって。さっきもグィアンの前で着替えようとしてたし」

「時間短縮になる」


 グィアンも私も手早く着替えを済ませるため、二人揃って祭事用の衣服に早替えしようとしたところ、リムルはグィアンを蹴飛ばすように家から閉め出した。別に裸を見られたところで問題は生じない。それはグィアンも同じはずなのだが、当人よりも第三者であるリムルの意思が尊重された形となった。

 カグヤがこの状況を見たらどう反応するだろうか。

 怒るだろうか。笑うだろうか。悲しむだろうか。

 しかしリムルは嬉しそうに私に服を着せている。彼女の反応がカグヤと同一のそれであるかはわからない。とは言え、拒否する理由は見当たらない。

 コネクションの確保。人脈の構成及び関係強化のために、現地民の祭事に参加する。

 それ以外の理由はない。そう断言できるはずなのだが、リムルの四苦八苦する顔を見ていると、胸が締め付けられるような気がする。

 無論、これは物理的な意味合いではない。……私は何をしている。


「むぅ……まずい。いやらしい男たちが鼻の下を伸ばすかも。大事な祭事なのに。精霊の儀なのに」

「男とは不便だな」


 特に異世界の男というものは。性欲に思考を支配されるとは。


「でもグィアンはもう少し……そういう男どもを見習った方がいいかも、です。私もバカにされるの嫌だし」

「この世界では女を抱かないとバカにされるのか?」

「だ、抱くってそんな……そこまでは。でも、やっぱり年頃の男……戦士である前に人間ですし、ずっと戦いの中にいたらダメだと思うんです。もちろん、シズクも」

「私はダメになどならない。カグヤさえいれば」


 本心を呟くと、リムルが悲しい顔をする。その顔は卑怯だ。どうしようもなくカグヤに似ている。


「なぜ悲しむ。お前が」

「カグヤって子……その子が大切なのはわかりますし、そのことに文句を言うつもりはないです。でももっと……自分を大事にしてもいいんじゃないですか」

「カグヤが私の全てだ。彼女を救うことは自己保全にも繋がる」


 私とカグヤはイコールなのだ。運命共同体などと大げさに言うつもりはないが、カグヤのおかげで私は機能するし、私がいなくてはあの子は処分されてしまう。

 そして今はその糸が、接続が途切れた状態となっている。早急に復旧しなければならず、本来ならば一刻も休む暇はない。

 なのに、私は今インディアンの伝統衣装に袖を通している。

 妹の顔をした少女との付き合いで。私は正常に稼働しているのだろうか。


「よし……入った。まぁ、ちょっと刺激的かもしれないですけど」

「構わない。何をすればいい」

「踊りの練習を。ちょっと難しいから何回か練習しないと――」

「いや、問題ない。一度だけ手本をみせてくれ。それだけで完全にマスターできる」


 それが私の、私たちの機能いでんし。私たちの遺伝子は全てが優れている。一度使い方を学べば完全に覚えられる。一度殺し方を覚えれば完璧に殺せるし、特別な問題が起きない限り教わった通りに実行できる。

 そんな私たちの唯一の問題発生個所は心。精神だった。

 心は、心だけは遺伝子という基礎設計のみに左右されない。環境が大きく関わってくる。それに、今に至ってもカグヤのような先天的障碍者は現れるのだ。そんな不完全な遺伝子の一部である心が、完全無欠であろうはずがなかった。


「本当に?」


 リムルが疑うように聞き返す。私は首肯した。


「本当だ。今に証明して見せよう」



 ※※※



 美しき笛の音が響いている。思わず聞き惚れてしまうほどの甘美な演奏だ。そしてその奏者に私は見とれていた。正確には、その顔が再現してしまう少女の面影に。

 リムルが横笛を吹いている。木でできたフルートと表現するのが近しいか。

 引き継ぎの儀は導師の継承を宣告する儀式であり、その対象は人間相手のみではない。私たちには見ることができない精霊にも、彼らは呼びかける。

 リムルの心を惑わせるような演奏は、精霊に向けて放たれたものだった。しかし彼女の曲は私の心も迷わせている。


「――」


 私は言葉を失う。衣装に着替えたグィアンと共に待機小屋で出番を待っているが、時間は永遠のように感じられる。古い物が好きなカグヤはもちろん音楽にも興味を示していた。一時期は精神変異の処方箋として重宝された音楽も、今や大した効果が認められないとして死亡文化デッドアーカイブの仲間入りだ。それを私が貢献度で購入し、欲しい素振りを見せない妹へ渡す。

 そうしてカグヤは本音を漏らすのだ。いつか楽器を演奏してみたいな、と。

 それに私は反射的に応えた。いつか楽器を演奏させてやる、と。

 その夢は未だ叶っていない。主な部品がリサイクル可能なリソースで構成される楽器の入手は困難だったのだ。もはや再利用もできない本などのメディアとは違って。

 なのに私は幻視している。まるでカグヤが楽器を演奏しているように。


「リムルは笛の名人だ」

「……そうか」


 グィアンの一言で私は言葉を思い出し放った。

 我に返り、私と似通った衣装を着る彼を眺める。不思議と何かが込み上げてくる。

 これは笑いだった。おかしさに笑いそうになったのだ。

 どれだけ厳格な、戦とは無縁の装束を着込んでいても、グィアンは戦士だった。

 それは私も同じだ。彼は笑みこそ浮かべないが、私を見て同じ感慨を抱いているだろう。

 戦士が民間人の真似事をしても、戦士は戦士でしかない。私とグィアンは合わせ鏡のようであった。共にそれで構わないと思っているからだ。女か男か、異世界人かそうでないかの違いしかない。

 今はリムルを尊重してのままごとだ。兄であり姉は……妹の要求に逆らえない。

 リムルの演奏は続いている。音楽の知識がない私は、その演奏の感想を上手く表現することができない。

 だから、簡単で幼稚な、誰にでも伝わるありきたりなものへと収着する。


「綺麗だ」

「そうだな」


 グィアンは私と同じように相槌を打った。彼も同じように不器用だ。

 カグヤならもっと上手に彼女を褒め称えるのだろうか。

 彼の視線がリムルに注がれる。リムルを見つめる彼の顔は、いつも通りでありしかし愛情という密かな情動が見え隠れしている。愛という不可思議な心のプログラムは、恐らく私を狂わせた原因だ。

 それを間近で眺める。気付くと私の視線は彼の横顔にくぎ付けとなっていた。

 しばらく経つと幻想的な楽曲が終わった。感傷に浸る時間も終わりを告げる。

 今度はグィアンの番。そして私の番でもあった。緊張はしない。フィレンならしたかもしれないが、私は同胞を虐殺されて悲哀に浸る民族の前に堂々とその姿を晒し、あろうことかその大切な伝統文化にまで無作法に触れてしまうほど厚顔無恥であった。

 例えリムルの要望があったとしても、どれだけ恥を知らず、また無責任な所業なのか。主観的だからこそ無感情に振る舞えるが、客観的な立場から見たら失笑するか、憤慨するかのいずれかだろう。

 しかし、リムルの要求は断れない。私はグィアンと共に外へ出た。

 リムルが顔を綻ばせる。グィアンの姿は確かに目を引く。綺麗に着飾ればなおさらだ。横から見て、やはり二人は兄妹だと痛感させられる。グィアンとリムルはよく似ていたし、どちらも美しい。

 再認識する。リムルは私の妹ではない。だというのに、身体は動く。どうしようもなく動く。シャルリはああ言っていたが、やはり私の脳には機能障害が発生しているのではないかと思わざるを得ない。

 人の認識を司る複数のモジュールが破損しているのではないか。そのせいで、私はリムルとカグヤを同一視しているのではないか。

 そう思う自分もいるが、違うと否定できる自分も確かに存在していた。そんな理由で反抗したりなどしない。私は正常で狂っている。異常で正しく動いている。以前考えた時と同じ結論に帰結する。


今日こんにちより私が君たちを率いる導師だ」


 広場の真ん中でグィアンが畏まり、堂々と宣言する。が、その様子を見守る人々には親しみがこもった笑顔が散見された。彼らは家族であり、あくまでもこの儀式は形式的なものだ。昔は、もし導師足り得る人間が複数いた場合、何らかの審査をする必要があったらしい。だが、今はグィアン以上に導師に足る先住民はおらず、必然的に彼が部族を率いるリーダーとなった。

 そして、私たちがいた世界に反旗を翻す戦士の中心核でもある。


「……以上だ」


 グィアンの自己紹介は簡易なものだった。リムルが不満そうに眉根を釣り上げたが、多くの言葉を語らずとも村の皆は彼を信頼しているので、言葉というコミュニケーションツールにたくさんの情報を添付する必要性は見受けられない。

 リムルはすぐに笑顔を取り繕い、次に私を見た。グィアンが改めて私を紹介する。


「そして、私の隣に立つのが勇敢なる異世界人(グィアントレリアン)、シズク・ヒキガネだ」


 グィアンは完璧な発音で私の名前を呼んだ。リムルは私の名前のイントネーションを少し間違っているが、グィアンは正しい。

 視線が一斉に私へと集められ、皆の表情がこわばるのが窺える。グィアンの時とは対照的。いくら私がグィアンと類似しているなどと手前勝手に評価していても、周囲の人間は違うのだ。彼らは覚えている。彼らは知っている。私はこの集落の人間を一人も始末していないが、それでも家は破壊したし、怪我を負わせてもいる。

 それで敵意を向けられない以上の待遇を要求するのは贅沢というものだ。

 しかし、グィアンは私の処遇を贅沢なものへ向上させようとした。


「彼女は私の仲間であり、我々の家族だ。皆を守る戦士でもある」


 グィアンの言葉が聞こえる。その情報コードの羅列に、私はいわゆる気分を害した状態となる。これならばいっそのこと道具として利用するべく洗脳済みの、敵勢力を抹殺する破壊兵器だとでも説明してもらった方が気が楽だ。記憶をいじれるのだから、実際に私のことを精霊術で服従させることは可能なはずだ。

 だが、グィアンは私に手を出さない。むしろ同胞として迎え入れようと手を尽くす。

 ……その気遣いは毒だ。心を病ませる毒。優しくない私に優しくしようとするな。


「手を差し出せ」


 グィアンが小さな声で囁く。握手して、無害であることを知らしめようとするのだろう。その行為自体は正しい。後方支援体系を確立するためにも、私はこの集落の人間たちと、フロンティアの住人達と手を取り合っていかなければならない。

 だが、それは気持ちが悪いのだ。インディアンではない。私の在り方に吐き気を催してしまう。

 そんな私の逡巡を見抜いたのか、グィアンは強引に私の手を掴んだ。

 そして私は、結局抵抗しなかった。できなかったのではない。理論値ではできたのだから。

 やはり私は気色悪い女だった。そんな私を、現地人たちは見つめる。

 複雑な顔。そこへリムルが美しい音色を鳴り響かせる。

 私とグィアンは手を取って踊り始めた。動きは完全にマスターしている。

 精霊の舞踏。周囲に漂うとされる精霊たちに贈るのは、男女一組で行う舞だ。その動作は日常に溶け込んだ祭事の一部というよりは、戦いのように激しいものだ。元より、精霊術は戦うための力。敵から身を守るための術なのだ。それ以外は直接的に精霊の手を借りることは避けるという。

 必要に応じて、それに見合った力を精霊から借り受ける。それがこの地を生きる人々の生き方だった。自然を尊び、自然に尽くす。ゆえにこの世界は発展しない。無知ゆえではなく、意図的に。

 私はグィアンと共に回る。グィアンがいた場所に私が移り、私がいた場所へ彼が移動する。

 踊りは、舞踏は、知識として知っていたが、実践するのは初めてだ。不思議な感覚が全身を包む。多くの視線に晒されている。インディアンたち、精霊たち。リムルに、グィアン。

 そこへ私は踊りという方法を使って伝達する。何を願うか。何を語るか。

 僅かな逡巡はあったが、もはや踊ってしまったのだ。彼らの伝統へ無作法に足を踏み入れてしまった。だからせめて……償いの念を抱く。今更遅いと思われようとも、私の心だけは正直に、贖罪の念を持って精霊の舞を奏でた。

 その最中、片時も目を離さずグィアンは私を見つめている。

 私も、ずっと彼と視線を交わしていた。合わせ鏡のように。

 いつの間にか生じていた、幻想的な光の粒子に包まれながら。




 戦いは待ってくれない。そして、私の方も待つ気はない。

 むしろ私からこぞって戦火へ身を晒したい気分だった。そうした方が落ち着くのだ。そしてやはり、ここで落ち着くなどという感慨を持つということはあの精霊舞踏で多少の緊張感を抱いていた証なのだろうか。

 いや、緊張はしていない。気持ちが悪かったのだ。自身の精神動作に。

 あの踊りを心地よいと多少なりとも感じてしまった自分自身に。

 最低限の明かりが点灯するコックピットの中に閉じこもり、私はOSの設定を続けている。

 騎兵は私が最初に使用していた一番機から、別のものへと二度変更した。重要なのはシステムコーディネイトだ。機体はどれも性能が同じなので、ただ自身にフィットする設定へと変更するだけでいい。

 フィレンが準備すると手を上げたが、私は彼女の役目を奪い没頭していた。しなければ、自身の欠陥が致命的になるような気がしたからだ。

 設定項目をタップしながら、グィアンの顔を思い出す。一緒に舞った舞を思い出す。


「バカな」


 滑稽に踊る自分の姿を思い出す。

 そんな時間は存在してはいけなかった。強く再認識する。

 私はカグヤを救い出さなければならないのだ。なのに、なぜあんな行為をしてしまったのか。自分が虐殺してきた人々に混じって、その伝統文化を侵略して。

 リムルに頼まれたからか? それとも……。


『隊長』

「エミリー」


 その時ほど律儀なエミリーの通信に心を休めたことはない。エミリーは硬質的な、事務的な声で淡々と報告を述べる。


『騎兵配置を終えました。後は現地に向かうだけです』

「苦労を掛けた」

『いいえ。……隊長こそ、気疲れしているようですね』

「わかっているはずだ。あの程度で疲れるような体力では……」

『肉体的疲労と精神的疲労は別ベクトルだとわかっていますよね』

「お前も、グィアンと同じことを言うのか」


 私は画面端のウインドウに浮かぶエミリーの顔を注視する。エミリーは不本意と言わんばかりに顔をしかめた。


『彼といっしょにされるのは好みません』

「悪いな、エミリー」


 私はため息を吐いた。どうにも……奇妙だ。私という在り方が。

 矛盾しているとでも言うべきだろうか。バランスが崩れている。


『先日の舞踏は……僭越ながら、楽しまれているように感じましたが。その……あの男と』


 エミリーは言いづらそうに目線を逸らしている。


「だから、だろうな。私は」


 私は何をしている。ずっとそう思っているが、具体的な解決策を実行するわけでもない。問題を把握しながら放置している状態だ。それが心に一体どんな悪影響を及ぼすのか想像もつかない。

 私は、私の中に居座るウィルスを駆除するどころか迎え入れている。

 意味不明。支離滅裂。とにかく狂っていることしかわからない。


「お前は私の変異内容が何か、わかるか……」

『隊長の変異、ですか』


 エミリーはしばし黙考する。わからないというように首を振った。


『申し訳ありませんが、見当つきません。そもそも、私はあなたが正常だと思っていますので』

「……今の私は、異常だ」


 その原因、理由が思い当たらない。要因の節々はわかるが……。

 ここで私の欠点の一つが浮き彫りとなる。私は兵士だ。学者ではない。カグヤの知恵が少しでもあれば私も自身に発生した問題を解決できそうなものだが。

 それでも、私が兵士であることは有利に働くので、兵士である自分を否定しない。


「すまない。不必要な会話だったな。……作戦まで後六時間だ。休んでおけ」

『隊長は休まないのですか?』

「私にとって最適な休息チューニング場所はここだ」


 わかりました、という了承の言葉を残してエミリーが通信を切る。私はひたすら設定を行い続けた。キャバルリーの設定と並行して、自身を最適にカスタマイズするために。



 ※※※



 プロファイルデータ53642134シャルリ・ハンマー。

 年齢は十八歳。性別は女。ブラックベレー所属。撃鉄ハンマーの社会性コードを保有。戦闘評価は高く、既に反乱分子を数十人処刑済み。

 更新された情報によれば、彼女はその中から選りすぐりの反逆者を部下へ迎え入れているらしい。廃棄処分が決定された変異体バリアントも同様に。

 黒色のベレー帽を被る彼女を私は覚えている。彼女は一度だけ私の元へやってきた。勧誘スカウトしに。


『シズク・ヒキガネだな』

「ブラックベレーか。私に何の用だ」


 私は室内に表示されたホロウインドウに向かって応じる。来客はその女だけではなかった。背後には二人の部下がいる。が、あまり統制は取れていないようだ。

 何せ、後ろの二人はこの訪問を好ましく思っていない。なぜ自分たちがここにいるのか。そう疑問視している顔だ。


『中に入れてもらいたい』

「査察か?」

『おい、お前――素直に!』


 部下の一人が耐えかねて言葉を荒げると、隊長らしき女は片手を上げて制した。

 評価を訂正。統制は取れている。隊長の命令に忠実という部分に関しては。


『違う。簡潔に言えばスカウトだ』


 隊長は生真面目に応える。私の視線が後ろの二人へと注がれると、彼女は頷いて、


『部下は外で待機させる。構わないな?』

「了承しよう。今、ロックを解除させる」


 私は部屋から廊下に向かい、壁にかけて置いたハンドガンを手に持つと、隠しもせずにそのまま構えた。そして、ドアのロックを解除する。

 ドアが開く。瞬時に反射して隊長を庇おうとする部下二人も見えた。


「お前!」「お下がりを!」

「止せ。そうだな。ちゃんと認証を通していなかった」


 焦る部下二人を退けて、隊長は銃口に怖じることなく進んでくる。左腕の端末を差し出して、モニターをチェックさせた。ブラックベレーの部隊コードとシャルリ・ハンマーという名前を閲覧する。細工された痕跡はない。


「よし。入れ」

「どうしてお前が指示する!?」

「ここは彼女の家だからな。きちんとした段取りを行わず、アポイントも取らずに訪れたのは我々の方だ。彼女がブラックベレーを騙る反乱分子だと我々のことを誤解しても致し方ない」


 シャルリは部下に説明しながら、私の目を見て口元を緩ませた。


「もっとも、端から違うと気付いていたようだが」

「なぜ認証をしなかった」


 私は訊ねる。この訪問には正式な手続きは行われていない。非公式の来訪だ。記録には残らない類の。

 そうする必要があるからだよ。シャルリはきちんと回答する。


「君の待遇を改善するためにね。中に通してくれるか」

「そうだな。二人は内側に入るな」

「約束は違えないさ。シルビィ、アスミ、玄関で待機」


 二人は不快感を拭おうともせずぶっきらぼうに返答。奇妙な光景を見送りながら、リビングへと入る。

 して、私は下ろした拳銃のグリップを強く握りしめた。光景に目を疑ったからだ。

 別室で待機させていたカグヤがお茶を用意している。車いすを軋ませて。


「お姉ちゃん、お客さんなら言ってくれればいいのに」

「カグ……」


 シャルリはテーブルに健気に並べる私の妹を見て、


「珍しいな」


 と一言述べる。しかしそれは両足が不自由なカグヤに対してではなく、淹れられたお茶についてだった。


「君の購入履歴を見たが、やはり、君はこういうものを好むのか?」

「ああ、それ違います。私のために買ってきてくれるんですよ」

「君のため」

「はい。お姉ちゃん、頼んでないのにいろいろと……。嬉しいし、ありがたいんですけどね」

「なるほど。君たちの関係性がよくわかった。……掛けていいか?」

「そうだな。座れ」


 私は拳銃をカグヤに見られないよう後ろ越しに仕舞うと、シャルリとテーブル越しに向かい合った。シャルリはベレー帽をテーブルの端へと置き、慣れた手つきでお茶を嗜む。私は口に付けなかった。


「これは確か、日本茶、というものだったか。お茶には数種類あると聞く」

「そうですね。緑茶、です」

「豊かな味だ。無味タイプのものとは違う」

「ええ……!」


 カグヤは顔を綻ばせる。会話を、コミュニケーションを楽しんでいるようだ。

 私は悪いと思いながらも、そのやり取りを聞き続けられなかった。努めて優しい声でカグヤに退室を促す。


「すまない、カグ。これから私は彼女と大切な話をするんだ」

「あ、そ、そうだよね。ごめんね……邪魔しちゃって。ゆっくりしていってくださいね」


 カグヤはシャルリを気遣うと、両手で車いすを動かしながら部屋を後にした。

 カグヤが出ていくと、部屋の空気が一変する。私は腰に仕舞っていた拳銃をテーブルの上に置いた。銃口が丁度、シャルリが置いた黒いベレー帽に向けられる形となる。


「で、本題は?」

「本題は先程説明したはずだ。君のスカウト」

「……私は既にホワイトベレーへ所属申請をしている」


 公の記録に記載された正式な手続きで。だからこそ、それを見た彼女が家に訪れたであろうことはわかっている。

 だが、疑問は完全に解消されない。なぜ私をスカウトしに来た?

 その問いに答えるように、シャルリは先んじて呟いた。


「君は有能だ、シズク。君の成績ならいつでもブラックベレーになれた。ホワイトベレーよりも貢献度は高くなる。なのになぜ、フロンティア開拓に志願した」

「簡単な話だ。ブラックベレーでは稼げない」


 意見の食い違いが起こる。が、シャルリは冷静に同意を示した。


「貢献回数の違い、か」

「そうだ」


 私はシャルリを見据える。彼女の腹の内を暴こうとする。

 が、シャルリは悲しそうな……同情的な視線をこちらに向けるだけだった。


「ブラックベレーは一度の任務でかなりの貢献をすることができる。しかし、反乱分子の数は多くないので不安定となる。君一人なら十分やっていけるだろうが、妹の生存権を申請し続けるのは難しい。一度でも間隔が開けば、君の妹は処分されてしまう。対してホワイトベレーなら、一度の取得ポイント量は少ないものの仕事には困らない。そうだな」


 シャルリはお茶を一口含んだ。気難しい顔となる。


「苦い。ああ、苦いな」


 カップがテーブルに置かれる。シャルリは壁に貼られた写真を見つめた。写真という情報保存媒体も廃れて久しい。


「妹君の趣味は古いな。それとも、渋いという表現が合っているのだろうか。君はわかるか?」

「……合っているんじゃないか」


 私は適当に言葉を濁した。早急に帰ってもらいたいというのが本音だ。

 シャルリはそんな私の無礼な考えを見抜いている。なので、どうにかして考えを変えさせようと条件を提示した。


「……幸い、私は君よりも早く軍に所属していて……いくらか余裕がある」

「自分に妹の命を預けろ。そう言いたいのか」

「君の分でも構わない」

「無理だな。私とカグヤはイコールだ」


 シャルリの提案は論外だった。見ず知らずの、それも死神などと揶揄される適正者と不適正者の仕分け人に妹の命を預けるなど。

 シャルリは私の返事を予期していたように、お茶を最後まで呷った。


「どうしても、ダメか。君には才能がある。その形が嫌ならば、私から上層部に進言しよう。妹の処分に猶予を与えてくれと」

「私にとってはどちらも同じことだ。考えは変わらない。帰ってくれ。時間は貴重なんだ」

「待て。君には才能がある。こちら側に来るべきだ。君の個人的な問題についても、私が手を打とう。だから考え直してくれ、シズク」


 私が突き放つように言うと、シャルリは席から立って要求した。

 それはまるで願うような、縋るような口調だった。真面目な顔に哀の感情が灯る。


「――いや、無理だな。帰ってくれ。私は白く染まる」


 私は強く逆の要請をした。それがシャルリとの出会いであり、別れだった。



 ※※※



「調整、終了」


 モニターをオフにし、なじみ深いシートに背中を預ける。

 私は私のすべきことをし、実行できている。気など触れてはいない。

 これで私は最適化された。そのはずだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ