朝三暮四
「ねぇ、朝三暮四って知ってる?」
穏やかな春風を頬に受け、これから始まる新たな学園生活にため息をついていると、不意に前から声をかけられた。
新しい学校生活をより良くするため、取りあえず近くの人と仲良くなろうと思ってのことだろう。ただ、その声がどう聞いても女の声にしか聞こえないのが不思議だったが。
普通男は男と、女は女とまずはコミュニティを作ろうと行動するだろう。それが自然であるし、やりやすさも段違いだ。席に着く前に見た感じでは斜め前に女がいた気がする。
「ねぇ」
となると、わざわざ男の俺に声をかけてきた女は物好き、もしくは登校初日から根暗そうな男に話しかけてる私優しい~、なんて思ってるイタイ女に違いない。なお、周りに自分が優しいとアピールしているつもりなら大失敗だ。こんな初日に知らない人が知らない人に話しかけていても気にもとめないし、気づいたとしても『前の学校が同じだったのかな』程度にしか思わない。しかもそう思われることによって周りからの声のかけ辛さが倍増する。つまり俺に話しかけてきた女はどう転んでもただのイタイやつにしかならないわけだ。
「ねぇ、聞いてるの?」
「ん? お、おう、俺に話しかけていたのか」
すっかり返事を忘れていた俺はこういう状況だから使える『え、俺に話しかけていたとは思わなかった』作戦を決行した。
そして頬杖をついて斜め下を向いていた顔をゆったりと、気怠げに声の方へと向ける。全身から『嫌々向きますよ~』感を出しまくりながら。それにより前にいる女に『うわ、なんでこんなやつに話しかけたんだろう』と思わせ、すぐさま話を打ち切らせようとしているのだ。なんというクズ。この世から消えた方がいいんじゃないのだろうか。生きててすいません。
というより俺は普通にチキンである。女と話すなんて出来ません。願わくばこの嫌々オーラを出しながら顔を上げている間にどこかへ行ってほしいものだ。てか誰でもいいから男に話しかけられたい。開始早々ぼっちとか辛い。
だが、そんな俺の願望も虚しく前の女は立ち去る気配はなく、またここに割ってはいってくるような男もいない。仕方なく俺は、少しだけ、しかし相手に伝わる程度にしかめっ面をした顔を相手へと向けた。
「ふふっ、やっとこっちを見てくれたね」
「ぉ、ぅ、お?」
そして俺は大いに取り乱してしまう。
俺の視線の先にいたのは俺の語彙では言い表せないほどに美しさと可愛さを併せ持った、俗に言う美少女という者だったからだ。
そんな彼女が耳に心地よい、嬉しそうな声音で微笑む。全く持って心臓に悪い。というか心に悪い。何故こんなにも綺麗で可愛い女の子に話しかけられているのか、自分みたいな存在が彼女と関わっているのか、俺なんかと話すのは彼女にとって人生の損失なのではないか。
「それで、知ってるの?」
心をドギマギさせて挙動不審になっている俺はそれはそれは気持ちの悪い様子だっただろう。だがそんな俺を見ていても彼女は変わらず表情を笑みの形に固定したまま訪ねてきた。
俺はその問いに上手く働いてくれない頭に、何をやっているんだと文句を言いたいのを抑えて言葉を出そうと奮闘する。
「ぁ、ぇっと……」
しかし出てくるのは言葉にならないかすれ声。
やや前屈みになって俺との距離を縮めた彼女はそんな俺を見て、垂れてきた髪をさりげなく耳にかけながら小さく笑う。そんな彼女の一挙手一投足が俺の挙動不審さに歯車をかけることを彼女は知っているのだろうか。知っててやってるのだとしたらなんて悪い女なのだろう。きっと世渡りも上手いに違いない。
そうしてあたふたとみっともない姿を晒すこと八秒ほど。もしかしたらもっと長かったかもしれないがおそらくそれくらいだ。それだけの時間を要して、ようやく俺はいつも通りの落ち着きを取り戻し始めた。
そして落ち着いた頭で返答していないことに気づき、取りあえず声を出そうと息を吸う。
「っ……ぇ、えっと、朝三暮四を知ってるか、だっけ?」
「あははっ、そうよ、あなたはそれの意味を知ってる?」
俺がようやくまともに起動したことに彼女は弾けるようなニコっとした笑顔を浮かべて肯定した。やめろ、その可愛らしすぎる笑顔を見ていると死にたくなる。主に自分の矮小さと卑屈さを連想して。
落ち着いた頭で彼女が何故こんな質問をするのか、と無駄なことを考え始めるが、どうせ話題提供の一つだろう、と自己完結して俺は返答する。
「うん、知ってる。それがどうかした?」
「じゃあその意味は?」
予想通りだったのだろう、打てば響くように新たな質問が飛んできた。何がそんなに楽しいのか、彼女は質問をするときも俺の様子を見るときもずっとニコニコ笑顔だ。もしかしたら俺の痴態を見てあざ笑ってるのかもな。
「そう、だな……確か、目先の違いにとらわれて結果が同じになることに気づかないこと、だったか?」
すっかり落ち着いた心は俺を冷静にさせ、しっかりと受け答え出来るようにしていた。まあその落ち着いた心のせいで俺は彼女の顔をまともに見れなくなってしまったが。主に赤面してしまうため。ただ相手の顔を見ずに話をするのも失礼なので相手の顔を視界に入れつつ焦点をずらして話している。余計に変かもしれないが、まあそういう人だと思ってもらおう。なお、相手によって態度を変えるのは当たり前のことだ。
彼女は俺の返答にやっぱりとでもいいたげに手を合わせると、長く艶やかな黒髪をふわりと広げながら倒していた上体を起こした。あぁ、いいにほい……
「そうだよね、本来の意味ってそうだよね。じゃあさ、その意味になった原典って知ってる?」
彼女は話したい内容に入れたことが嬉しいらしく弾んだ声音で続ける。その声と微かに認識できる彼女の嬉しそうな顔に俺は再び自分の顔が熱くなっていくのを感じた。ホント、端から見たら滑稽だよな……
その考えがようやく出た俺は急に冷水を被ったかのように思考がクリアになっていく。まあ夢から目が覚めたとも言う。こんな美人が俺に話しかけてきて、これから仲良くなれるなんて幻想はないってことに気づいて。
「……あれだろ? 猿使いの人間が猿に朝に三つ、夜に四つ餌をあげると言ったら大ブーイングされたけど、朝に四つ、夜に三つあげるって言ったら喜んで了承されたってやつだろ?」
答えつつ、再び気怠げな雰囲気をまとった俺の様子に彼女は小さく首を傾げた。同時に、彼女の背中の中程まである手触りの良さそうな黒髪がサラサラと重力に従って流れる。
ほんの数秒、彼女は俺に答えを求めるように言外に訴え、黙っていたが、俺に答える気がないと知ると気を取り直して話を続けた。
「そうだよ、本来の意味はね」
「本来の意味?」
しまった、と俺は自分の行動を反芻する。ここは相手の意味深な発言に気づかないふりをしてやり過ごすのが正解だ。そうすることで話していても楽しくないと思わせ、すぐに話を終わらせることができる。既に冷静な俺はこのまま話していても大丈夫であるが、俺としては早く男友達を作りたい。適当に話せるくらいの友達がいないと学校生活が一気に辛くなるからな。
だが俺はもう失敗してしまった。俺の返答を聞いて彼女は再びニコニコ笑顔になり、嬉しそうに語り始めた。
「うん、この四字熟語にはもう一つ、裏の意味があるの」
聞きたい? ねぇ、聞きたい? とでも言わんばかりに顔を近づけてくる彼女に押され、あたふたしながら首を縦に動かす。
この子押しが強い……普通の男子にこんな美少女が顔を近づけてくるとかご褒美以前に恥ずかしさで爆発する。
「あのね! その裏の意味って言うのはね……」
この歳で『あのね』って痛いな~でも美少女だからそんなのでも可愛いな~、なんて思いながら、勿体ぶってジッと言葉を止める彼女の向こう側を見つめる。いや、まだ彼女を直視できないんですよ。俺は普通の男子だと自覚している。だからこそ、可愛くて綺麗な女の子とこんな近くで顔を合わせて話すなんて芸当が出来ないことも分かってる。今でこそ顔を直視してないからなんとか自分を保てているが、直視してしまえば彼女の可愛さっぷりを認識し、無意識に舞い上がり、結果とんでもなく滑ってクラス中から笑われることになるだろう。
ふふん、と得意げで、気になる? 気になるでしょ、という心の声が聞こえてきそうな可愛らしい顔をした彼女は、たっぷり十秒ほど焦らしてから、その笑みの形に歪んでいた小さな唇を動かした。
「んふふ、朝三暮四の裏の意味は、『未来が絶対あると考える愚か者』、なんだよ!」
「……は?」
そして俺は自らの耳を疑った。
今、彼女はなんと言った? 未来? 考える? 愚か者?
彼女のような美少女から出るとは考えられない言葉に俺は思わず素で返してしまった。
マズイ、と考えるのもつかの間、彼女は作戦が決まったとでも言いたげな顔で俺を真っ直ぐ見つめてくる。
これで俺の聞いたことはほぼ間違いないと断定できたわけだが、一応美少女への幻想とか、願望があった俺はもう一度だけ同じことを言ってもらうように頼んだ。
「…………もう一回、言ってくれないか?」
「『未来が絶対あると考える愚か者』、だよ。ちゃんと聞いてよ~」
だが予想通りというか結果は違わず、俺はガックシと肩を落とした。
全くもって予想外だ。こんな美少女がこんなことをいうなんてな。
となると今までの行動、言動による彼女の印象にも修正が必要となる。おそらくこの捻くれた残念な女は、一人ぽつんと周りに話しかけることも出来ずに座っている俺を見て今の言葉を言いたいがために話しかけてきたのだ。おおよそ、今朝方思いついた理論、というか意味を誰かに言いたかったのだろう。よく笑う清楚系美少女だと喜んでいた俺の純情を返せ。
そして、そのように結論付けた俺は自分の中の碌でもない幻想を捨てて、かなり軽くなった気持ちで彼女に相対した。
「…………変な奴だな」
「もう! 酷くない? それに私の考えだってあながち間違ってないでしょ?」
彼女は既に裏の意味という設定を忘れているようだ。ガッツリ『私の考え』って言っちゃってるよ。
そんな抜けたところに苦笑しつつ、確かに彼女の考えはあながち間違ってないなと思う。未来は絶対にあるとは限らない。今は確かにあるものだが、今から一日先、一時間先、一分先、一秒先、一瞬先に自分という存在がいる保証はないのだ。
だがそんな考えは人間だからこそ出来る考え方だ。猿にそのようなことを考える脳はない。つまり彼女の考え方は間違ってはいないが、朝三暮四という四字熟語の意味としては不適切である。まだまだ詰めが甘いな。
「今、私の考えは朝三暮四っていう四字熟語には不適切とか考えてたでしょ~」
そして心の中で、完全論破だぜドヤァ、なんて思っていると彼女が顔を近づけてきながらそんなことをいう。
美少女の顔が近くにあることと、自分の心の中がザル警備なことに俺は再び挙動不審になる。表情に出さない俺クールとか思ってたのは俺だけだったのか。全く、自分の評価というものは当てにならない典型的な例だな。
再び俺が挙動不審になって彼女がニコニコ笑う奇妙な空間を経て、俺たちは会話を再開する。
「……そう、だな。うん、そうだ、その考えは人間だからできるものであり――」
「――猿には出来ない考えである、でしょ?」
知ってるよ、とでも言いたげに首を傾げて笑う彼女を俺は鼻で笑う。何度も何度も首を傾げやがって、首ふり人形かよ。首ふり人形より可愛いけどな!
するとそれは彼女の御冠を頂いたのか、彼女は眉を顰めながらそれについて言及する。
「鼻で笑った! 今鼻で笑ったでしょ!」
「え? なんだって?」
このやり取りは絶対に不毛なものになると分かるので適当に受け流した。無駄は省きたいのだ。
「使い所違うよ! これじゃただの都合の良い耳だよ!」
「どういうわけか俺に都合の悪い話は耳を避けて行くんだ」
「それすごい未来技術だね! お金持ちになれるよ!」
中々に鋭いツッコミだ。そして変なところに注目する。てかあの難聴主人公のこと知ってたんだ。すぐに思い当たるところがすごい。
なんやかんやと話し楽しそうに笑う彼女につられ、俺も小さく笑う。笑うなんて久しぶりだな。いや嘘ですバラエティ番組を見ては爆笑してます。一人で。
「およよ? なんだか楽しそうに笑っていますな?」
俺が笑っていることに目ざとく気付いた彼女がしゃがんで、俺と目線を合わせながらそう言った。今までは彼女が机の向こう側に立ち、俺が椅子に座っていることから自然と視線が絡むことはなかったのだが、彼女が目線を合わせてきたことにより俺は彼女をしっかりと見なければいけなくなった。ここで目を逸らしたらなんというか、負ける気がするのだ。
目の前でによによと笑う彼女がなんとも憎たらしく、しかしそんな表情がさらに彼女の魅力を引き立て俺の体を熱くする。
「およよってなんだよ。あざとすぎ」
俺は顔が赤くなっていないか心配になりながら、そんな自分を誤魔化すように言った。
しかし彼女はそんな俺の心も分かっているとばかりにますます顔をにやけさせる。
「うひひ、美少女って得だよね、こんなあざとい言動でも可愛いから許されるんだもん」
「うわ、自分で言うとかひくわー。てかうひひって。今時そんなこというやついないぞ」
「ふふん、事実を言ってるだけだよーん。それに二次元ではよくあるでしょ? 私、美少女だし似合うと思ったの」
彼女はそう言って、緩く握った拳を口元に持ってくるともう一度『うひひ』っと笑う。
「……………………いや、似合ってねぇし」
「目を逸らしながら言っても説得力ないよ~」
くそ、何故俺は素直に可愛いと思ってしまうんだ。ここで捻くれるからこそ俺だろ。はぁ、結局俺も『達観してる俺カッケー』とか言ってるガキと同じか……イタイ。
「…………てか大分話が逸れたな」
これ以上自己嫌悪に陥る前にと、俺は話題の帰還をにおわせる。というよりこのセリフはほぼ強行と同じだろう。どうすればここから無理矢理話を継続出来るのか。
「ん? 別に良いんじゃない? そんなに大事なこと話してないし」
出来たよ、割と簡単に。
だが、俺としては話を戻したいので強行突破させてもらう。
「…………そう言えばなんであんなことを俺に話してきたんだ?」
しかしそう思って言った言葉はどう好意的に見ても喋り下手の人のそれだ。下手過ぎて泣きそう。
彼女もあまりな話題の変換に苦笑を堪えきれてない。だが、再び自己嫌悪に陥りかけた俺を見て可哀想に思ったのか、人差し指を頬に当てながら返事をしてくれる。
「そうだなー、たまたま、かな?」
「たまたま?」
「そこを繰り返すなんてへんたーい」
「………………」
「……ごめんなさい、美少女が言うことじゃなかったわね……」
彼女なりに気を使ってくれたのだろう。いや、ただ思いついたことを言っただけかもしれない。
ともあれ、彼女は今の発言が流石に頂けないものだと察したのか、素直に謝った。謝る内容が少し首を傾げてしまうものだったが。
しかしずっとニコニコ笑っていた彼女がしゅんと眉尻を落とし、悲しそうに俯く姿は、こう、心を、キュゥっと、締め付ける。
向こうは分かってやっているのだろう。まだ本性は表していないが。そして俺も彼女がそういうやつなのだと分かっていながらも罪悪感に苛まれている。分かっていても避けられないなんて、物凄い理不尽だ。
「…………ま、反省はこれくらいにして」
「自分で言うな」
「まあまあ、取り敢えず疑問に答えるね。そう、私があなたに話しかけたのはたまた……偶然なのよ」
「わざわざ言い直した意味」
「もう、美少女にそんなこと言わせるの?」
「そこは普通女の子に、だろうに……」
「話の腰を折らないでよ~。とにかく、私が君に話しかけたのは偶然、一人ぼっちで誰かに話しかけられたそうなオーラを放っていた君を見つけたからだよ~」
軽快なやり取りの後で彼女はとんでもない言葉のナイフを投擲してきた。やめろよ、俺のメンタルはシャボン玉レベルなんだぞ。つまり触っても割れるし、触らなくてもいつか割れる。なるほど、俺に人と触れ合う資格はない、と。
「…………それで、満足した?」
気がつくとすぐに自己嫌悪に走り出す自分を制するため、言葉を発する。それは存外に冷たい声音で、彼女を突き放すようなニュアンスになってしまった。
しまった、という思いを持つも同時に、さっさとどこか行け、とも思う。こんな美少女――残念ではあるが――と話せる機会なんてこれから先ほとんどないだろうし、一人の男子として素直に嬉しい。だが、この没個性な俺なんかがこんな美少女と話しててもなんともならないと分かっている。
なんてもどかしくて、面倒くさいのだろうか。自分のことながら、本当にそう思う。
しかし言ってしまったものは仕方ない。俺は若干視線を下へずらし、彼女の顔を見ないようにした。あ、慎ましい二つの山が。慎ましいというか、むしろ無……
「…………まだ満足してないよ。てか今変なこと考えたでしょ」
「…………………………いや……うん、頑張れ」
「胸だよね! 視線に気づいてたよ! てかあるからね! ちゃんとあるから! 美少女の私に欠点なんてないんだからぁ!」
取り乱しながら立ち上がり、胸を押さえる彼女はなんとも悔しそうな顔をしている。大丈夫だ、美少女なら胸くらい許されるよ。俺は大きいほうがいいけど。てかチラッとしか見てないのにバレてら。
まあ、ともあれこれで彼女はどこか行ってくれるだろう。ちょうど話し的にもキリがいいしな。
そう思うと俺は大分心が軽くなった。そして最後の見納めとして立ち上がった彼女の顔を見るべく視線を上へと上げる。
視線は平地を通過し、彼女の顔へと到着した。
綺麗さと可愛さを併せ持った彼女の顔は現在羞恥と怒りに染められ、赤くなっている。この顔もかなり、良い。
破壊力抜群の彼女の顔を見て満足した俺は赤くなっているであろう顔を見られないようにすぐさま顔を外へと向ける。これでもうあとは流れ解散となるだろう。いかな彼女といえどこの完全なる解散の流れはどうにもなるまい。
心の中で、勝ったな、などとほざきつつ、彼女が立ち去るのを待つ。そして数秒、不意に俺の視界に彼女が割って入ってきた。
ぴょんっと横に飛んだ勢いのまましゃがみ込み、俺の視界の真ん中に彼女は鎮座する。
「ねえ、まだ言いたい事が言えてないんだけどー」
そして彼女はそう言ってぷくーっと頬を膨らませる。流石にアニメのように風船とまではいかないが、大きめのイチゴ程度には膨らんでいる。しかもジト目だ。パーフェクトである。
そんな彼女を直視して、驚き困惑放心している俺はほぼ無意識のうちに、おう、と返事をした。
彼女は、よし、と頷くと半歩近付きつつ薄く、しかし薄すぎない程度に肉のついた唇を動かす。
「私はね、偶然あなたを見たの。だけどそれだけじゃ普通話しかけない」
「君は普通じゃ無い。よって俺に話しかけた。はいQ.E.D」
「話の腰を折らないの。で、何故私があなたに話しかけたのか。それはあなたがすっごく人間臭くて見ていて面白かったからよ」
彼女に幼子を諭すように諭された俺は黙って彼女の言葉に耳を傾ける。ついでに視線は外へと向ける。いつまでも俺の視界に居座るんじゃない。
しかしそんな俺の行いは虚しくもひょこっと移動した彼女に無駄にされた。ふふん、と得意げな顔がこれまた憎たらしいのに憎めない。
「でもその程度じゃまだ私は動かないわ。じゃあ何故動いたか。私は思い出したの。今朝思い付いた四字熟語のもう一つの意味を」
ここで俺の予想が当たっていたことが判明しました。本当に今朝思い付いたものだったのか……
めげずに視線を揺らす俺に対抗して、上下左右に頭を揺らしながら彼女は続ける。
「それはもちろん朝三暮四のことよ。私の思い付いた『未来が絶対にあると考える愚か者』という意味。それはつまり逆に言えば『今行動しなければ後悔する』ってことなの」
「えぇー……」
こじつけ感凄い。
「そういうことなの! それで、私はそんな面白そうなあなたに話しかけようと思ったわけ」
「………………終わり?」
「んなわけないでしょ!」
いや、終わり感出てたけど。
おそらくそんな思いが表情に出ていたのだろう、彼女は若干言葉に詰まりつつ再び話を再開した。
「ぅ、そ、それでね、実際話して本当にあなたのことが面白いって思ったのよ。だからね、またあなたと話したいなーって」
そう言って彼女は口をキュッと引き締めた。軽い言葉や声音の割に緊張しているようだ。
俺としてもまさかそんなことを言われるとは思っておらずジッと彼女を見る。だんだん自分の惨めさを認識し始めて嫌になってくるが我慢して。
「………………それだけ?」
そして数秒後、念のためといった風に俺は問うた。
「うん、それだけ」
そしてその問いに彼女は簡潔に答える。カクッと首を縦に振りながら。ファサッと広がった黒髪がサラサラと流れ落ちる。一部の髪は口元に引っ付いているが、彼女はそれを払うこともなく俺を真っ直ぐ見つめてくる。
本当に彼女は変な人だ。よく笑って、変にからかってきて、よくツッコミをして、変に真面目になる。
しかしそのおかしさが面白く、それでいて気を使う必要が感じられず、楽だ。
「あー、まあ、別にいいよ。特に断るものでもないだろう」
俺はそう言いつつソッと横を向く。真面目なことというのは何故こんなにも気恥ずかしいものなのか。真面目に、真剣にしているだけなのに。
そもそも話しかけて良いかなど、普通は聞くものではない。相手の様子や雰囲気を感じ取り、判断するものだ。それが出来ないものは基本的にハブられるだけ。
その程度のこと彼女は分かっているはずだ。ならばこのようなといかけをしたことには何かしら違う意味が――――
「――――ふふ、考えてるね」
思考の海の底へと沈んでいた俺は、彼女の一言で一気に陸へと引き上げられる。気圧差で気分が悪くなるように俺も突然切られた考え事に言いようのない気持ちの悪さを感じた。
彼女は顔をしかめているであろう俺を見て、笑う。楽しそうに、嬉しそうに、おかしそうに。
よくわらわれていた俺は彼女のその笑いに感情の表面上では怒りを感じた。しかし感情の奥底、そこでは今までと違うわらいに満更でもない感覚を感じていた。
「……まあ、考えていたな」
「そこがまた面白いの。私はただあなたの口から承諾を得たかっただけ。もっと言えばあなたから『いいよ』っていう言葉が聞きたかっただけなの」
「………………」
彼女はまた最初の清楚に微笑む美少女となるとそんなことをいう。その状態でその言葉は卑怯だろ。全く違う意味に聞こえる。
俺がなんとも言えなく、口をもにょもにょと動かしていると、チャイムが鳴り響いた。
中学で聞き慣れたメロディが耳朶を打ち、心なしか気持ちが引き締まるのを感じる。
「バイバイ」
そして、そのチャイムの音の中、彼女の声が聞こえたと思うと、彼女は自分の席へと戻っていった。
「…………」
呆気ないほどに終わった彼女との会話。終わりたいときには散々引き伸ばされてうんざりしていたのに、いざ終わると寂寥感が心を埋める。
寂しさを感じる程度には彼女のことを想っているのだろう。もちろんこんな短時間で恋に落ちたとか馬鹿げたことをいうつもりはない。ただ、俗に言う情というものが少しだけ彼女に対して沸いただけだ。
情……今俺の心を占めている情は言うなれば友情というものなのだろう。俺は彼女に対して友情を感じている。
それはつまり彼女のことを友だと考え、認識しているということ。
俺は、ツカツカと姿勢良く歩く彼女の背中を見ながら、友達というのはこのようにして出来るのかもしれない、と思う。
まあ、どうせ未来の俺は忘れているのだろうがね。
読了していただきありがとうございます。
適当に私の感想でもここにおいておきますね。いらねぇよ! って方は普通にブラバしてください。
あ、読者の感想もいただけると嬉しいかもしれません。ついでに評価も喜ぶでしょう。
さて、まず最後ですね。終わりがふわっとしててなんとなく残念感が漂います。何故どうにかしなかったのか? どうにかしたくなかったんだよ。めんどくさくて()
次に主人公ですね。ぶっちゃけ劣化八幡っぽくなってましたね。違ってたらすいません。適当にダラダラ書いてたらこんなめんどくさい主人公になりました。
最後に………………特になかったです。なんか「まず」と「最後」じゃ格好がつかなかったので一応三段落にしたんですけどね。思いつかなかったです。
このくらいですかね。
この他にも今ダラダラ執筆しています。昔の書きかけを掘り起こして続きを書いてたりします(異世界無双ですね。三万字も書いてたから勿体無くて……)
よかったらユーザーお気に入りでもして読んでやってください。めっちゃ喜びます。
雰囲気的には今までの異世界無双系が近いのかな? でも途中から現在の私が書いているので変わってるかもです。雰囲気って自分じゃ分かりづらいんですよね……実際昔の自分がそんな雰囲気を出していたので「ふ~ん」で終わるんですよ。
さて、無駄話が過ぎました。
これくらいで失礼しますね。
では!