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9手紙と刺繍

 個人に与えられているロッカーを開けると、青い可愛らしい手紙が入っていた。

 ロッカーは木製で一応鍵が付けられているが、本体と扉の間に多少の隙間があるため、手紙程度なら誰でも入れる事が可能だ。

 恋文ラブレターだったら嬉しいが、私に限ってそれはない。


『放課後、中庭の女神像までいらしてください。大事なお話があります』


 綺麗な文字で書かれているその手紙には宛名も差出人の名前も無い。


「エリカに恋文ですか!?」

「まさか、多分女の子からの呼び出しよ。……はぁ、カーライル様と買い物なんてするんじゃなかった」

 ライラが熱を出して、カーライル様となりゆきで買い物に行ってお茶をしたのはつい先日の事だ。それを見た女子生徒からの呼び出しという可能性が一番高い。

 実際に翌日から何度も呼び出されたり、嫌みを言われたりしているのだ。全て返り討ちにしてあげたのだが、なぜ女子とはこんなにもしつこいのだろうか。

 カーライル様に責任を取って何とかしてほしいと頼んでみたが、「俺のせいではない」などと言って全く取り合ってくれない。

 女子生徒からドン引きされる行動を三回くらいしてくれれば、私が救われるのだと訴えてみたのだが、女子からドン引きされる行動を具体的にあげつらうとまたもやグリグリ拳攻撃をされてしまった。


 ライラが止めてくれなければ、危うく気絶していたところだ。


「そんな呼び出し、無視してしまえばいいんです!」

 私のために怒ってくれるライラは本当に優しい子だ。私の味方をしてくれるのは今のところライラだけだし、怒った顔がとにかく可愛い。

 ライラの言う通り、そんな呼び出しに応じる必要性は感じないのだが、女の子を中庭に待たせたまま放置するのもなんだか気が引ける。

 少し、考えて私はとても良い事を思い付いた。自分で行くのは面倒なので、おそらくこの呼び出しの原因となった人物に代りに行って貰おう。

 どうせ内容はカーライル様と何をしていたのだとか、二人の関係はとか、そんな事なのだ。彼だって説明くらいできるだろう。


 私は宛名の無い手紙をそのままカーライル様のロッカーの隙間に差し込んだ。



*****



 今日の授業は男女別々だ。男子は乗馬、女子は裁縫で最初の課題は刺繍だった。私はどちらかと言えば乗馬や剣術をやりたいのだが、裁縫が苦手という訳では決してない。上流階級の嗜みとして、それなりの腕前だと自負している。

 特に雪深いノースダミアでは冬に出来る事が限られている。暇を持て余して母と一緒に大作を作った事もあるのだ。


 授業が始まり、まずは白いハンカチが配られる。今日の課題は簡単に出来るワンポイントの刺繍で、複数用意されている図案の中から好きなものを選んでいいとの事だ。

 イニシャルなどの簡単な物から、少し複雑な草花の模様など見本となる図案は多種あって、おそらく生徒の実力を知る意図があるようだ。

 私はどうせなら複雑なものにしたいと蝶の図案を選ぶ。

 そのタイミングでライラが真っ青な顔をしている事に気が付く。


「ライラどうしたの? もしかして、また具合が悪いの?」

「……いいえ、違うんです。……実は、裁縫も刺繍もした事が無くて……まさか皆がこんなに普通できるとは思わなくて……」

「嘘だぁー!! 今まで何をしてたの?」

「魔術の訓練です……」

 ライラは真っ青な顔をしたまま、申し訳なさそうに呟いた。


 魔術師は変わった人が多いと聞いたことがあるが、ローランズ家の人間は魔術以外何も出来なくてもいいとでも思っているのだろうか。こんなに何も出来ない女の子が存在するとは。私自身、少々おてんばで規格外だという自覚はあるが、ライラは私とは真逆で……やはり規格外だ。


「とりあえず、針の穴に刺繍糸を通してみましょうか」

「はい! …………………………あの……入りません」

 私は卒倒してしまいたい気分だった。刺繍用の針は細い。それに対して糸は太めで入れづらいのは確かだが、まさかそれすら出来ない不器用な女の子が存在しているとは。


「とりあえず糸を爪で潰して平たくして……あと、もっと糸を短く持って! あっ、何で手が震えているの!!」

 毎日三時間の勉強の他、この勢いだと刺繍や裁縫、ダンスも教える必要があるかもしれない。さすがに溜息が出てしまう。


 ライラはなんとか下絵を写した後、布に針を刺し始める。そしてドジッ子の定番、指先血だらけ事件を引き起こす。

 血止めのテープだらけになりながらも、ライラの初めての刺繍はなんとか終了した。

 その出来栄えは先生が怒りを通り越して同情するというレベルだった。


 作った作品は先生に見せた後、持ち帰っていい事になった。

 他の生徒達は意中の男子生徒にプレゼントしたいだとか拒否されたら怖いだとか、そんな話で盛り上がっている。

 私にはまだ運命の人が現れていないので自分で使うしかないのだ。ライラも出来栄えからして王太子殿下に渡す事は考えていないだろう。

 仮に渡そうなどと思っていたとしたら私が阻止してあげよう。


「エリカ、そのハンカチ……私が貰ってもいいですか?」

「もちろん! じゃあ私もライラのハンカチを貰うわ!」

「……いえ、それは嫌です。練習してまともな刺繍ができるようになったら、一番にエリカにあげますから! それまでちょっと待っていてください」

「うん! わかったわ」


 こうしてライラの特訓に新たな項目が付け加えられた。



*****



 翌日、また私のロッカーに手紙が入っていた。今度は白い封筒に入れられた手紙だ。二日連続で手紙が入っているとは女子生徒というのは本当にしつこいものだ。もしくは別の女子生徒の仕業なのだろうか。

 白い飾り気のない封筒を開けると、中からやたらと力強い筆跡で書かれた手紙が出てくる。明らかに男性の文字だった事に私は驚いた。


「…………」

「どうしたのですか? また女子生徒からの呼び出しですか?」

 ライラが私を心配するような瞳で見上げる。

「いいえ、今回は男子生徒だったわ」

「ついに恋文が? 駄目です!! 絶対駄目!! 相手はきっとろくでもない男性ですー!!」

 ライラがあわあわと慌てている。仮に恋文だったとして、相手がろくでもない男性だったらきちんと断るのに。私はそんなに騙されやすい人間に見えるのだろうか。


「安心して! 恋文じゃないわ。……カーライル様からの果たし状よ!」


『エリカ・バトーヤ殿――

本日放課後、道具一式をご準備のうえ、武道場へ来られたし。

――ディーン・カーライル』


 力強い文字で書かれたその手紙はあきらかに友好的な呼び出しでは無かった。

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