6唯一の弱点?
ついに、この日がやって来てしまった。
私の唯一の弱点である魔術の授業の日だ。
この国の歴史は常に魔術と一体だったと言える。とても強い力を持った魔術師が小国の乱立していたこの土地をまとめ上げて一つの国にしたのだから。その魔術師というのが、もちろん現在の王家であるわけなのだが……。そんな訳で国の中枢に関わる人間は優秀な魔術師の家系である事が多いのだ。
私に魔術の才能が無い原因ははっきりしている。私の出身地であるノースダミアにはあまり強い魔力を宿した人間が生まれないからだった。なぜ地域差があるのかまでは解明されていない。
だが父も母も生粋のノースダミア人である私に才能が無いのはある意味当然なのだ。
人間は誰しも魔力が入る袋を体内に宿しているらしい。そして、その大きさは生涯変わらない……つまり魔術の才能は努力ではどうにもならないのだ。
ただし、持っている能力を全て出し切る事の出来る人間はほぼいないので、鍛錬する事でより強い魔術を使う事が出来るようになる。
もし、魔術の授業で単純に一定の魔術を使える事を単位習得の条件にしてしまうと、私やセドリック君のような才能の無い者は確実に落第する。
だから救済措置として「入学当初より上手に扱えるようになったらとりあえず単位だけはあげる」という制度が存在する。
普通なら心配する必要のない授業なのだが、私にとってはそうではない。
実は私は以前、魔術理論の本を読み漁り自分がどうして魔術の才能が無いのか、少ない魔力をどうしたら効率よく使用できるのか研究し尽くしてしまったのだ。
その結果、ほぼ十割近い効率で魔力を使う事に成功しているような気がしている。実際に魔力の袋が目視できる訳ではないので、あくまで「ような気がしている」なのだが……。
つまり、全くのびしろが無いので普通にやったら落第してしまうのだ。
そこで私は一つの作戦を考えた。作戦は単純、最初の授業で本気を出さないというものだ。
最初が大事。私は気合を入れてとりあえず朝の教室へと向かう。
少し用事があるというライラとは別行動で、一人で教室に入るとなぜか複数の女子生徒に囲まれてしまった。
「エリカ・バトーヤさん。ちょっとよろしいかしら?」
代表して声を掛けて来たのは金髪の美少女だ。
「貴女、あの実力試験の結果は何ですの? 田舎でお育ちになると遠慮や慎みというものが欠落してしまうのかしら? 殿下を差し置いて一位になるなんて……」
これは、なんというわかりやすい展開なのか。
王太子殿下はもちろんの事、武官の名門で文武両道、将来殿下を支える存在になることが決められているカーライル様、王家に次ぐ魔術師の家系であるローランズ家のライラ、この三人は学園の中でも特別な存在らしい。
たまたまライラと同室になったという理由で王太子殿下やカーライル様と一緒にいる機会が何かと多い私に対してやっかみがあるのは当然の流れかもしれない。
だが、彼女達は私の性格をわかっていない。私は嫌みを言われて黙っている性格ではないし、やるなら徹底的に叩きのめす派なのだ。
「まぁ、ごめんなさい。私ったらノースダミアから出た事が無かったので王都の方がどれくらいお出来になるのか知りませんでしたの。次回から手抜きしますわ! 教えて下さってありがとうございます。そうだ……ついでにあの方達にも言っておきましょうよ」
わざと大きな声で言ったので、なんとなく事態を察して逃げ出そうとしているセドリック君。太めの眉を盛大に歪めて「こっちに来るな」とアピールしてくるカーライル様の方に私はつかつかと笑顔で歩み寄る。
「おはようございます、お二人とも。……今、こちらの方々から教えて頂いたのですが、学園では王太子殿下よりいい成績を取るのは不敬にあたるそうですよ。特に、王太子殿下の実力をご存じで武官を目指してらっしゃるにも関わらず勉学にまでしゃしゃり出てくるカーライル様は一番罪が重いですわね? さあ、皆さんもこの無礼な方に言って差し上げてください」
笑顔で女子生徒の方へ向き直ると、そこにいたのは先程発言した金髪美少女だけになっていた。皆、たまたまそこに立っていただけで彼女の仲間ではないと言わんばかりだ。
さて、残る一人はどう出るのか? 私は最後の一人の様子を伺う。
「……ひ、ひどいですわ……、そんな意地悪しなくても……うっ、うっ……」
「……えっ?」
私は予想外の展開に言葉を失ってしまう。意地悪をされたのは私のはずだった気がするのだが……。なぜか金髪美少女が泣いているではないか。
しばらく思考停止していると、頭の両サイドに衝撃がはしる。
「お・ま・え・は・や・り・す・ぎ・だっ!」
「ぎゃゃゃゃぁ――――っ!」
どうやらカーライル様の拳が私のこめかみ付近でグリグリとめり込んでいるようだ。これは理不尽すぎる。私は被害者でしかも彼女達と同じ女の子だ。カーライル様はその事を完全に忘れているような気がする。
瞳を潤ませている金髪美少女に眼鏡の少年が近づく。そしてやや面倒くさそうな態度で何かを差し出した。
「どうぞ……。泣かれても面倒なだけです」
セドリック君が差し出したのは綺麗に畳まれたハンカチだった。
その眼差しには愛想の一つもなく、冷ややかで不機嫌そうなのだが……。
「……あ、ありがとうございます……ダリモア君」
彼女の涙はぴたりと止まる。
「さっさと席に戻ったらいかがですか? 予習の邪魔です」
それは、本当に愛想の欠片もない冷たい言葉だ。にも関わらず言われた女子生徒は顔を赤らめて喜んでいるように見えるから不思議……というか、私には全てが納得いかない。
「エリカ様、あまり問題を起こさないでください。僕の仕事が増えて迷惑です」
セドリック君がなぜか一人で株を上げている様子を私はポカンと見ていた。カーライル様も私の頭に拳を当てたまま呆気に取られていた。
「ディーン様! 馴れ馴れしくエリカにさわらないでください! 女の子なんですよ!」
教室に入って来たライラが私達の様子を見るなり頬を膨らませて怒りながら引き離す。
華奢な身体のどこにそんな力を秘めているのか、強い力で引っ張られ髪が少し乱れてしまった。
「ごめんなさい。乱れてしまいましたね……私が直してあげますね」
ライラに笑顔で言われたら、たとえ仕上がりが下手くそでもそれでいいやと思ってしまうから不思議だ。
実際、自分で直した方が早いし綺麗なのだが。
ライラに嗜められてカーライル様は反省したのか、バツの悪いといった表情を浮かべてこちらを見ている。本気で私が女の子だという事を忘れないでほしいものだ。
この事件の後、なぜかセドリック君の冷たい眼差しに射貫かれたいという変な女子生徒が続出し、女子生徒を敵に回したくないという理由から彼の身分について不満や、嫌みを言う男子生徒もいなくなった。