表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/60

24夢見る乙女が結ぶ恋(最終話)

 シリルは魔術を使い過ぎた影響で、丸一日寝込んでいたが、翌日には起き上がれるようになっていた。

 皆からシリルの活躍を聞いた私はシリルの力に驚き、その強さや優しさを誇らしく思った。その一方で、命の危険を顧みず無理をしてしまった事について、とにかく二度とそんな事はしないでほしいと切実に感じた。皆を見捨てない優しい人だから私は彼の事が大好きなのだと思う。でも、皆を守って死んだりしてほしくない。矛盾しているが、本当にそう思う。


 シリルはディーン様にプディングを買いに行かせたり、それを私に食べさせてほしいなどと言って甘えていた。私がスプーンで運ぶプディングを頬張る姿と、今回の戦いの英雄の姿がどうしても結び付かない。


 今回の襲撃事件でバルトロメーウス殿下が日程を取り止めてカーディナへ帰国してしまう可能性もあった。

 ハーティアの人間が外国の王族を害そうとしたのだから、下手をしたら両国の友好関係を揺るがす事態だったのだ。

 けれども私の予想した通り、第五王子一行の運航計画が漏れたのはカーディナ側からである事が明るみになった。

 カーディナは貿易で潤う豊かな国だが、どこにでも国家転覆を企む人間はいるのだ。現カーディナ国王の最大の強みはハーティアとの友好関係と貿易による豊富な資金を基礎にした安定的な国の政策だ。

 逆に言えば、ハーティアとの関係が崩れれば国家の運営に隙が生じる。敵の狙いはそこにあったらしい。


 両国ともこの件を国家間の問題にする事をよしとせず、国を跨いだ不穏分子達の企みであるとして外交的には穏便に済ます考えのようだ。

 カーディナ側は三隻の船を失ったので補償についてはハーティアが何もしないという訳にはいかないだろうが、シリルのお陰で人的被害が無かった事や、バルトロメーウス殿下が特使としての職務続行を強く望まれた事が両国の関係悪化という最悪の事態を回避する事へ繋がった。


 バルトロメーウス殿下は救助された軍船の中で、今回の襲撃犯の正体がハーティアの人間であると知ったらしいが、同時にカーディナ内にも関わった人間がいるはずだとすぐに指摘され、港に到着後、調査を指示された。

 それより前にニール様や王都の王太子殿下が、外交ルートでやんわりとカーディナ側の内通者の可能性は伝えたはずだが、バルトロメーウス殿下が改めて自国内の不穏分子の存在を指摘した事でこの事件はあっという間に片付いたのだ。


 シリルの手紙に出て来る「バルト様」と言えば、無茶ばかりする面白い人物だと記されていたような気がするが、実際のバルトロメーウス殿下は十四歳とは思えないほど聡明な方のようだ。

 ただし、バルトロメーウス殿下はシリルの事を「親友」だと思っているらしく、私がシリルのお世話をしようとすると邪魔をする。私自身も親友の座を奪われて少し嫉妬している。シリルのお世話をしたい人物は他にもサミュエル君がいるので、三人でシリル争奪戦を繰り広げていると、ディーン様がやって来て私達をシリルの部屋から追い出した。

 そして、バルトロメーウス殿下とは気が合わないという結論に至ったので、訓練と称した果し合いでボコボコにして差し上げたのだった。


 サイアーズで二泊した後、私達は王都へ戻る事になった。

 エザリントン先輩の密告で、不穏分子を捕まえる事が出来たので、新年の行事は全て予定通りに行われる事になった。

 先輩も計画に加担していたのだから全くの無罪というわけにはいかないそうだが、そこまで重い罪には問われないとの事だ。セドリック君から願い出があって、先輩が望めばバトーヤ家で何か仕事を紹介するという話になった。



*****



 そして、ついに新しい年が明ける。私は兄に連れられてセドリック君と一緒に王宮へとやって来た。セドリック君は王太子殿下の学友として特別に招かれている。正装に合わないからと眼鏡をはずした彼は結構凛々しい。学園で同級生の女子にも眼鏡無しのセドリック君を見せてあげたいと言ったら、ごみでも見るような目で睨まれた。

 私の方はライラと選んだドレスにアメジストの首飾りを合わせ、髪は編み込んでアップにする。薄く化粧をして、踵の高い靴を履く。


「エリカは本当に美しくなったよ。ローランズにあげるのがもったいない。……その首飾り、本当にいいのか?」

「はい。迷いはありません」

 この首飾りを着ければ、私がシリルの婚約者だと宣伝して歩くようなものだとライラが言っていた。大人達にはそれぞれの都合があり、勝手に話を進めているようだが、私はそれとは別に自分の意志でシリルと一緒にいたい。シリルは首飾りをしている私を見て喜んでくれるだろうか。

「そうか。それならば、もしかしたら俺がエリカをエスコートするのは最初で最後かもしれないな。……では、行こうか」


 王宮の大広間では正装に身を包んだ多くの人々で賑わっていた。国王陛下や王族の方々が御出座しになるまではまだ時間がある。それぞれ新年の挨拶や談笑をしてその時を待っているようだ。

 その中に、銀髪の少年の姿を見つける。長めの髪をいつものリボンで束ねているところは変わらないが、今日は正装だ。紺に近い紫のジュストコールとキュロット、中のベストは白地に銀糸の刺繍がされている。黙っていると人形か彫刻ではないかと錯覚しそうなほど整った容姿の少年は、私の姿を見つけるとぱっと表情を明るくして近づいてくる。半年の間に背が伸びて、逞しくなったけれど私に向けてくれる笑顔はあまり変わらない。

 ライラやローランズ夫妻、バルトロメーウス殿下はそれぞれ役割があるのでシリルと一緒ではないようだ。


「エリカ!? どうして……?」

 シリルは首飾りを見て立ち止まり、顔をしかめる。喜んでくれるものだと思っていたのに、実際のシリルの反応が予想と真逆だった。

「アーロン様、申し訳ありませんが、少しエリカと話をさせてください。必ず陛下が御出座しになる時刻までには戻ります」

「いいけど、泣かせないでくれる?」

「も、もちろんです。……行きましょうエリカ!」


 大広間を出て、シリルと一緒に王宮内の庭園まで歩く。真冬だというのに、庭園の花壇には小ぶりながらも花が咲き誇る。花壇に植えられているのはスミレの一種で、冬でも可愛らしい花を楽しむ事が出来る。

 庭園を取り囲む回廊で、周囲に人がいない事を確認したシリルが立ち止まる。彼は明らかに怒っていた。いつものように頬を膨らませて可愛らしく怒るのではなく、真剣に。そして、私の正面に立ち、私とアメジストの首飾りをしばらく見つめた後に口を開く。


「その首飾りは僕が預かります」

「……どうして?」

「それを身に着けていたら、間違いなくローランズ家の跡取りである僕と、将来の約束をしている仲だと認識されます! 首元が寂しいならこれを……」

 シリルはそう言って銀の髪を束ねていたリボンをほどく。首飾りを外して、リボンをチョーカーのように巻けばいいという意味だろう。綺麗な銀色の髪がさらさらと流れるように彼の肩に落ちる。シリルが髪をきっちり結んでいない姿を見るのは久しぶりだ。きちんと男の子の恰好をしているせいもあるのかもしれないが、髪をおろしてもライラと間違える人はもういないかもしれない。

「シリル、あの……。これを渡された時、その話はライラからきちんと聞いているの」

「じゃあ! 大人が外堀を埋めようとしている事くらいわかりますよね!? エリカは運命の人と出会いたいのではなかったのですか!?」

 シリルの話を聞いていて、私は重大な間違いをしている事に気が付いた。港で再会した時に、シリルの事を『大切な人』だと言ったはずだが、全然伝わっていなかったのだ。

 私の気持ちをシリルはまだ知らない。怒っているのではなく私の気持ちを守ろうとしてくれているのだ。


「……あのね、私はシリルの事が好き」

「それは、前にも聞きました」

「そうじゃないの! シリルは私の『好き』とシリルの『好き』は違うと言ったけど、違ったら嫌なの! シリルも同じでいてほしい、特別でいてほしい……」

「えっ!?」

「どう言ったら、伝わるの? 『大切な人』って言ったのに!」

 もどかしくて涙が出そうだ。私の様子を見たシリルが慌てて言葉を紡ぐ。

「エリカ、泣かないでください! 伝わっています、伝わっていますから……。半年前はそんな事言っていなかったので、びっくりしてしまって」

「あの時だって、たぶんシリルは特別だったの。でも、私は初めてだったからわからなくて……。シリルと離れて、とても寂しかった! 私のいないところでシリルが変わってしまったらって思うと不安で、それで気が付いたの」


「あの……。少しだけ、抱きしめてもいいですか?」

 突然の申し出に、私が返答せずにいるとシリルがゆっくりと私を引き寄せる。この場合、即座に拒否しないのは肯定の意味なのだと後から気が付いた。

 踵の高い靴を履いているから、まだ私の方が少しだけ背が高い。抱きしめられると、すぐ近くに菫色の瞳があって、その瞳を見つめているだけで鼓動が速くなる。

「……その首飾りは、あなたの事を縛ります。それでもいいんですか?」

「うん……私は少し狡いのかもしれないわ。シリルはこれから色々な出会いがあるのに。私の方がシリルを縛るものが欲しかっただけなのかもしれない」

 シリルはまだ一年以上カーディナで過ごすのだ。その間、シリルを束縛する何かが欲しかったのかもしれない。たとえ、シリルが嫌がる『大人達の思惑』に乗る事になっても。


「何か絆になるものが欲しいのなら、僕からも差し上げます……目を閉じてください」

 シリルの言葉には魔力が宿っているのだろうか。何をされるのかわかっているのに、私は操られているような気分で彼の言葉に従う。目を閉じると自分自身の心臓の音だけが大きく響く。左の頬に優しく手を添えられたと感じ、少し遅れて私の唇に柔らかいものが軽く触れる。決して長い時間ではないし、浅く触れただけ。たったそれだけの事で私の全てがシリルに支配されているのではないかと感じた。


「これで、エリカは僕のものです。僕の心は最初からエリカのものですから心配しないでください」

 ゆっくり目を開くと、いつもの可愛らしい表情でシリルが嬉しそうに笑う。

「うん……」

「……さっきは言い忘れてしまいましたが、今日のエリカはとても可愛いですよ」

 一度離れたはずのシリルが再び顔を寄せて耳元で囁く。私はぞくりとして、一歩後ろに下がる。回廊の柱に背中を預ける形になっていた私をシリルが強い力でもう一度引き寄せる。

「シリル? あの……」

 心臓がザワザワとして、急に不安になる。今までシリルに対してそんな事を感じた事など一度もなかったのに、シリルが別の人になってしまったようで、どうすればいいのかわからない。

「僕の事、もしかして怖いですか?」

「そんな事……ない……」

 言い当てられた私は、動揺しながら何とか否定の言葉を絞り出す。なぜそう感じるのかわからないし、シリルを傷つけたくはなかった。

「いいんです。むしろ嬉しいですから! 僕の事をきちんと男だと思ってくれているから怖いんでしょう? 大丈夫ですよ…………皆が見ている(・・・・・・)のに、これ以上しませんから」

「え……?」


 シリルが私の後方に視線を向ける。私も回廊の柱の陰から覗くような形で、シリルの視線の指す方向――――隣接する建物の角を見る。

「悪趣味ですよ!」

 シリルがそう言うと、建物の陰からセドリック君、王太子殿下、ライラ、ディーン様が出て来る。

「シリルさん、僕にそんな趣味ありません。『思春期のガキが変な事をしないように見張れ』との命令で仕方なく。これ以上羽目を外すなら止めなければならないところでした。まったく……手間を掛けさせないでください」

「私達は大広間に向かうつもりだったのに、二人がいい雰囲気の時にここを通ったら野暮だと思って待っていてあげたんだ……。かなり前から気が付いていただろう? 君の方がよほど悪趣味だと思うが」

 白を基調としたきらびやかな衣装の王太子殿下が意地の悪そうな笑顔でそう言った。

「わかっていた? シリル、本当なのっ!?」

 私は羞恥心を怒りに変換してシリルの事をにらむ。

「だって、半年近くも会えなかったですし。……ごめんなさい、エリカ」

 可愛らしく反省するシリルは、本当は結構悪い男の子なのだと、さすがの私もわかっていた。でも、潤んだ瞳を向けられると許さないとは言えないのだ。


「エリカ……その首飾り、本当に似合っています。これからは家族同然ですね! 大変な事もあるかもしれませんけれど、二人で頑張りましょう」

 そう言ってくれたのは、ライラだ。ライラは薄紫色の豪華なドレスに前王妃様の形見だという首飾りを合わせて、髪は高い位置で結われている。きっちりとまとめられている髪は生花で飾られて可愛らしい印象だ。

「うん!」

 ライラと私は将来義理の姉妹になるのだ。ライラは王家、私はローランズ家、それぞれ生家を離れて違う場所で生きていく第一歩を踏み出す事になる。

 私とライラ、それに皆は学園を卒業したらそれぞれ別の生活が待っている。大人になってもその道は何度も交わるのだろうか。


「私達、きっとずっと一緒にいられるわよね? 殿下やディーン様、セドリック君も!」

「お前らがちゃんと文官になったらな。俺は卒業しても殿下の側にいる予定だ」

「僕は、そうなれるように次の試験こそはエリカ様に勝たないといけませんね」

「本当に私は友人に恵まれて、将来安泰だよ。……ありがとう、エリカ君。……そろそろ行こうか。皆を待たせては申し訳ない」


「そうですね。ちょっと待ってください。シリルの髪が……」

 シリルはさっき、結んでいたリボンをほどいてしまったのだ。シリルが慣れた手つきで銀糸のような髪を束ねリボンで結ぶ。学園の寮で初めて会った日、シリルは自分で髪を結ぶ事も出来なかったのに。頼もしく感じる一方、私のいないところで変わっていってしまうのが少し寂しい。

「シリル。少し曲がっているわ……久しぶりに私がやってあげる!」

 私はシリルの後ろに立ってリボンを結び直す。

 鏡が無いからわからないが、シリルは今どんな顔をしているのだろう。シリルが髪を長くしているのはきっと私と一緒に買ったこのリボンをつけていたいからだ。

 私達にとって、初めて一緒に買い物をした思い出の日。そしてお互いに自分の未熟さを思い知った日。楽しい思い出も後悔も、全て忘れてしまわないように。シリルはきっとそう思ってくれている。

 一緒に過ごした日々、いつも見せてくれた笑顔の面影が大人になっても失われない事を祈って、私はほどけないように強くそのリボンを結んだ。



(終)



応援ありがとうございました。

本編はこれにて完結です!


おまけのSS集を投稿して完結とさせていただきますが、一気にコメディ臭が漂いますので、時間をあけてから読むことをお奨めします。


次作はストック作成期間をいただいてから投稿いたします。

活動報告やTwitterにて新作の告知をいたしますので時々チェックしてくださいね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
離れてたからこそ育まれたお互いの想いを確かめ合って! 最高のエンディングでした〜涙涙 コメディなおまけ編も楽しみに大切に読ませていただきます♡
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ