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23再会

 軍船の出航を見送った私達はそのまま医務室へと向かった。エザリントン先輩の様子を確認するためだ。

 私とセドリック君、そしてニール様と青年の武官が同行し、医務室までたどり着くと、扉の両側に兵士が立っていて物々しい雰囲気だった。

 重要な証人となるかもしれない人物を保護しているのだから当然なのかもしれない。一礼をして扉の前を通りすぎると、警備をしている兵からビシッと敬礼されてしまい慣れない私は少しだけ動揺した。


「やぁ……バトーヤさん、セドリック。久しぶり……」

 先輩はベッドに寝かされたまま、視線だけこちらに向けてそう言った。真っ青な顔をしているが、先輩の意識が戻っていた事にひとまず安心する。

「カルヴィン兄さん……」


「本来なら話せるような状態でない事は承知しているが、今は緊急事態だ。この手紙に書かれていない事で知っている事があったら聞きたい」

 ニール様がそう言って、先輩にいくつかの質問をする。ニール様が聞きたがったのは別動隊――――つまり、王都で事件を起こそうとしている人物についての詳細だ。先輩の手紙には大まかな作戦内容と関係している人物やその役割についての詳細が記されていた。

 残念ながら、エザリントン先輩も全てを把握しているわけではないようで、目新しい事は聞けなかった。


「ニール様、差し出がましい発言をお許しいただけるのなら、私も確認しておきたい事があるのですが」

「かまわないよ」

「先輩は、というより先輩のお父様は……カーディナからの船の運航計画をご存じだったようですが、いつ知りましたか?」

「……正確には俺も知らないが、少なくとも一週間前にはわかっていたんじゃないかな? ローランズの子息が同乗する予定なのを知ったのは直前だったようだけど」

「そうですか……無理をさせてしまってごめんなさい。それと、知らせてくれた事に感謝を。……ありがとうございました」

 敵の計画がどうなったのか、まだわからないが先輩が知らせてくれなかったら助けに行くことすら出来なかったのだ。


「君から礼を言われるとはね。ふっ……俺からも、一つだけ、聞いてもいいかな?」

「なんですか?」

「君達、なぜあんな所にいたの?」

「セドリック君が、先輩の事が気になるから様子を見に行きたいと言うので、同行したんです。あそこで出会えてお互いに運が良かったのかもしれませんね」

「はははっ! それは運とは言わなっ……うっ、笑うと傷に響くね……君もセドリックも笑えるほどお人好しだ……」

 笑ったせいか、痛みのせいか先輩の目尻からは一筋の涙が零れ落ちた。その後、先輩は眠気がすると言って目を閉じてしまった。ニール様も私も聞きたい事を一応聞けたので、このまま先輩を休ませてあげる事になった。


 先輩との面会が終わった後、私達は領主屋敷に移動する事になった。ニール様が少しでもいいから体を休めるようにと言っていたが、とてもそんな気分ではなかった。そして、出来れば内密に話したい事があった。疑っている訳ではないが、よく知らない武官の前で話す事がはばかられたのだ。


「ニール様にお話ししたい事が……」

 領主屋敷に着いてから、私はニール様に話を切り出した。

「あぁ、先ほどカルヴィン・エザリントンに尋ねていた事かな? 察しが悪くてすまないが私は君がどういう意図で聞いたのかまるでわからなかった」

「私が気になったのは、機密であるはずの王族が乗っている船の運航計画がどこから漏れたのか、という事です」

「エリカ様、それは内通者がいるという事ですか?」

「そうなるわ。でも、かなり前から運航計画が漏れていたとすると、内通者はハーティアではなくカーディナ内にいると思うの」

 セドリック君の問いかけに私は自分の予測を述べる。

 サイアーズの港に着くまではカーディナで考えられた運航計画に従って行動する。だから、敵が詳細な計画を知っていたとするとカーディナ側に内通者がいたと考える方が自然だ。

「なるほど……。ところで私は何をすればいいのだろうか? 仮にカーディナ内に裏切り者がいたとして、他国ならどうしようもない。せいぜいカーディナに注意喚起する事しか出来ないと思うのだが」

 シリルが大変な目にあっているかもしれない時に、こんな事を考えてしまう私が嫌になりそうだ。けれど、出来る事をすると決めた以上、それに従って行動しよう。私はそう思って、ニール様の質問に答える。

「――もし被害が出た場合、襲撃犯がハーティアの人間である事が、外交上の問題になります。補償交渉をするにあたって、実は両国の不穏分子が関わっていたというシナリオの方が有利になりますので、その証拠集めを。それと王都の王太子殿下にこの事をお伝えいただきたいのです」


 これで、私が今出来る事は全てだ。あとはシリルの無事をただ祈るだけだった。



*****



 遥か地平線の彼方に海賊の襲来を告げる光の柱を確認した私達は、領主屋敷の見張り台から、ただ祈るような気持ちで海を見続けた。

 ニール様やセドリック君が体を休めるように勧めてくれたが、結局三人ともそこに留まってひたすら海を見続けた。

 そして、青い光の柱が現れる。ニール様が青い光の意味は『鎮圧成功、安全に航行できる』という意味だと教えてくれた。


 それは、カーライル将軍率いるハーティアの王国軍が勝利した事を告げるものだ。でも、海賊の襲来を告げる最初の光の柱が上がってから今まで、数時間が経過している。

 カーディナの船の被害状況やシリルの無事は青い光から読み取る事ができない。

 不安な気持ちは消えなかった。


 その時、消えかかった青い光の隣にもう一本の光が現れる。


「紫の光?」

 ニール様が疑問の表情を浮かべる。ハーティア王国軍が使う光の柱に紫は無いのだろう。でも、私にはそれがシリルからのメッセージだとすぐにわかった。


「シリル! 無事なんです、きっと!! よかった、よかったぁ……」


 まだシリルの事を『ライラ』と呼んでいた頃、この光の柱で王太子殿下達に居場所を伝えたのだ。

 きっとシリルが、自分が無事であると私に知らせるため紫に光る柱を出したのだ。

 私は安堵して一気に足の力が抜けてしまい、その場にしゃがみこんだ。

 もう、泣いても誰も悲しませないし、誰も咎めない。そう思ったら次から次へと涙が溢れる。


 ニール様とセドリック君は、私の子供みたいに泣く姿を見て相当困惑している様子だった。



*****



 遥か遠くに船影を望み、私は港へと急いだ。

 昨晩、光の柱が消えた後ニール様や屋敷の使用人達に無理やりベッドに押し込まれたのだ。絶対に眠れるはずがないと思っていたのだけれど、ニール様に額を少し触られたのを最後に全く記憶がない。おそらく魔術で私の事を眠らせたのだ。

 ニール様のお陰で、体を休める事は出来たけれど、目が覚めたら昼近くになっていた。急いで身支度を整えて海岸沿いの道を通って港まで行く途中、すでに船団の姿を望めるようになっていた。


 王国軍専用の桟橋までたどり着くと、すでにカーディナの第五王子殿下を出迎える準備が整っていて、施設内の兵たちが整列していた。私はサイアーズの領主として最前列で待ち受けるニール様の隣に立つ事が許され、急いでそこに向かう。

 タラップが掛けられ、まず降りて来たのはハーティアの武官に先導され、カーディナの護衛に守られた第五王子殿下だった。カーディナ独特の衣装に身を包み堂々と降りて来るバルトロメーウス殿下は、ニール様の前で立ち止まる。


「ニール! 久しいな……。今回はそなたの息子に助けられたぞ」

「バルト様、まずはご無事なご様子、安心いたしました」

「ふむ、まぁ……話は後だな、今はとにかく休みたい――――」


「ちょっと! ディーン様!! 嫌がらせですかっ!? 自分で歩けますから下ろしてくれませんか!?」

「遠慮するな、どうせフラフラで歩けねぇんだから!!」

「歩けます!! エリカに見られたらどうするんです!?」

「俺が知るか」


 会いたかった人物がタラップを降りて来る。正確にはディーン様に横抱きにされて。


(おおお、お姫様抱っこ……!?)


 何となく、感動の再開を想像していた私は唖然となる。着替えが無かったのか、サイズの合わないディーン様の上着に包まれて、大事そうに横抱きにされているシリルは、騎士に救出されたお姫様にしか見えない。『白百合の会』のお姉様達がよく言っている「もえますわー」の意味がわかった気がした。

 シリルが私の存在に気が付き、慌ててディーン様に早く下ろせと催促するようにその腕の中で暴れている。ディーン様は意地悪な笑みを浮かべて、私の前までわざとゆっくり歩いてくる。

 ジタバタとしながら私の前でやっと下ろされたシリルは、恥ずかしそうに顔を赤らめている。

 彼は最後に会った時より少し背が伸びて、私とほとんど変わらない高さで目が合うようになっていた。


「エリカ、心配かけてごめんなさい。ただいま帰りました」

 私の表情をうかがうようにして、シリルが私に帰還を告げる。

 緊張してぎゅっと握っていた手を取られて、広げるように彼の手の平が優しく包む。シリルの手がとても温かい事、そして前より硬くなっている事が伝わってくる。シリルのぬくもりを感じて急に彼が帰って来たのだと実感した私の胸は、何かが溢れてしまうのではないかと錯覚するくらい熱いものでいっぱいになる。

「お帰り、なさい……シリル……、うっ、うわぁぁぁぁん――っ!!」

 胸から溢れ出したものは、涙に変わるのだと、私は初めて知った。

「エ、エリカ? 泣かないでください……。ごめんなさい、僕はエリカの事を泣かせてばかりです」

「そうだよっ! シリルの馬鹿ぁ! うぅっ、私、シリル以外の人に、泣かされた事なんて無いんだからっ!! 私が泣くのは、いつもシリルのせい!!」


「ごめんなさい。……もう、泣かせたりしません! 心配掛けたりしません……だから泣かないでください」

「そんなの嘘。だってシリルの事だと、嬉しくても涙が出るし、少しの事でも心配してしまうものっ! 大切な人の事を想うとすぐ涙が出るもの!!」

「エリカ……」

 シリルが私の身体をそっと引き寄せる。前にそうされた時よりも少し逞しくなったのを感じる。そんな事をされたら、もっと胸が熱くなって余計に涙が出るではないか。言ったそばからもう誓いを破るのだから本当に困ってしまう。

 少しだけ触れ合う頬から私のものではない熱いしずくが伝う。シリルも泣いているのだ。

 シリルも私と同じ気持ちでいてくれるだろうか。以前、私はそんな事を考えた。

 今この瞬間、シリルと私は同じ気持ちを共有している。確かにそう思えて、私の心は満たされた。シリルが泣き止むまで私も彼の事をそっと抱きしめていた。




明日の朝7時に最終話とおまけSS集を投稿して完結とさせていただきます。

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