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22シリルとローランズの魔術師

※シリル視点です。



 僕の展開した防御壁は球体で船全体を取り囲むものだ。高度な防御壁であれば外側からの攻撃を防ぎ、内側から敵への攻撃は通すような壁を作る事も出来るのだが、そんな余裕は無かった。僕の展開した防御壁は空気や水も含め、球体の内側と外側の全ての物質の移動を遮断する物だった。三つ同時に展開するのはさすがに体に負担が大きく、僕は膝から崩れ落ちる。


「シリル!?」

 バルト様が僕に駆け寄り、僕の顔を覗き込む。

「大丈夫です……。維持するだけなら、そこまで魔力を使いませんっ、から……」

 そう言いながらも、早くも息が苦しい。この状態であと半日も持つだろうか。

 僕はローランズの魔術師として、将来魔術師の長になるための教育を受けている。だから当然、僕の行動が戦術的に間違っている事は十分承知している。

 僕が、この状況で守るべき人はバルト様ただ一人にするべきだった。だから、防御壁を展開するならこの船だけにするべきだった。

 きっと、本当に人々の上に立つ責任というものを理解している人間なら、そうするはずだ。

 正しい行動がわかっているのに、それが出来ないのは、僕が未熟で誰かを切り捨てる勇気が無い臆病者だから。

 わかっている。それでも見捨てる事がどうしても出来ない。


「エトさん……。僕が意識を失いそうになったら、叩いてでも、水を掛けても、何をしてもいいから起こしてくださいっ!」

「シリル様……、承知いたしました」

 エトさんが清潔な布で僕の額の汗をぬぐって寄りかかれる壁がある場所まで運んでくれる。


「そなた達! ここはローランズの魔術師が守護しておる。今のうちに出来る範囲でよい。船底に空いた穴を確認し、可能なら修復を!」

 バルト様が甲板に残る魔術師と兵士に指示を出す。僕はその様子を眺めながら防御壁の維持にひたすら意識を集中させる。


 僕の作った壁を壊そうと、敵の船から次々と炎の矢や石が飛んで来る。その度に防御壁と繋がっている僕の意識に軽い衝撃がはしる。

 そのまま、どれくらいの時間が経過したのだろう。僕の感覚では永遠に思えた。エトさんに時間を尋ねたら、まだ日の出まで三時間もあるという。

 朝になってやっと折り返し地点だ。それすらまだ三時間も先だというのに、僕の意識は段々と混濁し始める。


 魔術を使い続ける事がひどく苦しくて、いっそ全てを投げ出して楽になりたいという欲求が、皆を守りたい想いを上回りそうになる。

 エトさんやバルト様が濡れた布を額にあててくれたり、水を飲ませてくれたり、最終的には励ましながら僕の頬を強く叩き、懸命に意識を保つ手助けをしてくれる。

 でも、楽になりたい気持ちがさらに強くなり、僕は二人すら煩わしく感じた。


「しっかりしろ! シリル。……エリカとやらに会えなくてもいいのか!?」

「……エ、リカ……」

 もちろん、会いたい。エリカの笑顔をもう一度見るまでは死にたくない。彼女と再会した時に誇れる自分でいたい。僕に残されたものはくだらない見栄かもしれない。でも、まだ倒れたくなかった。


「あと、少しだけ持たせます! でも、多分朝までは無理です……。こ、小舟に移る……準備と、移ってから敵から逃げる、作戦を――――えっ!?」

 僕が息を切らせながらバルト様に船を放棄する準備をお願いするのとほぼ同時に、新たな閃光と水柱が上がる。

 でも、それは防御壁で囲まれている僕らの船からではない。


「ハーティアの軍船……?」


 それも十隻以上の巨大な船団だった。海賊の襲来を告げる光の柱を出してからまだ五時間しか経っていない。いくら速い軍船でも、サイアーズの港からこんなに早くここまでたどり着けるはずがないのに。

 理由はよくわからないが、僕達は助かったのだ。



*****



 戦況はあっという間に逆転した。いったいどれだけの魔術師を連れて来たのかわからないが、軍船からの集中攻撃で一瞬にして敵船が傾き始める。傾いた敵の船に軍船が強襲し、人影が乗り込む様子を僕は遠くから眺めていた。そして三十分もしないうちに、制圧を告げる信号弾が上げられた。


 防御壁を解いた僕らの船は段々と浸水し始めたが、その前にハーティアの軍船に移る事が出来た。


「バルトロメーウス第五王子殿下であらせられるか!?」

 黒髪の屈強な武人――――ディーン様の父上であるカーライル将軍が、最重要人物の無事を確認するためにこちらへやって来る。その後ろにはディーン様と、僕の母が一緒だった。

「いかにも。そなたは、蜂蜜熊――――ではなく、カーライル将軍か?」

 その異名は外国にまで浸透しているのかと、エトさんに支えられて何とか立っている状態でぼんやり考えてしまう。

「左様でございます! ご無事でなりよりでございました」

「将軍自らとは…………しかし、随分と対応が早いな」

 そう言って、バルト様はカーライル将軍に疑いの眼差しを向ける。軍船がたまたま演習していて駆け付けたという可能性もあったが、いくら何でも魔術師の数が多い。そして魔術師協会の会長である僕の母上は王宮に出仕している魔術師ではないし、王国軍に所属しているわけでもない。要請があれば協会として王国に協力はするが、一応民間人であるはずの母上がこの船に乗っているもの不自然すぎる。


「話は船内でいたしましょう。お初にお目に掛かります――――この子の母親、アレクシア・ローランズですわ」

 バルト様に挨拶をした母が僕の方に向き直る。

「母様……」

「シリル、随分と頑張ったようですわね?」

 ローランズの菫色の瞳がエトさんに支えられているボロボロな状態の僕をじっと見つめる。母は父よりも厳しいのだ。あの状況を見たら僕が三隻の船に防御壁を張ってしまった事は察しているだろう。

「カーライル将軍。わたくし、少々愚息に話がありますの。先に殿下のご案内をお願いいたしますわ」

 にっこりと完璧な笑顔で告げる母の美しさに皆は見とれているけれど、僕にはその笑顔が恐ろしい。


 皆が船内へと入った後、母と二人、甲板に残された僕はなんとか背筋を伸ばして立っていた。これ以上母の前で甘ったれた姿を見せるわけにはいかないのだ。

「シリル、よく耐えましたね……」

 母はそう言って僕の頬に手を当てて優しく撫でてくれる。てっきり叱られると思っていた僕は口を開けたまま言葉が出ない。

「たった半年しか経っていないのに、随分立派になりました。……あなたはわたくしの誇りですわ」

「母様、ですが……ですが、僕の判断はたぶん間違っていました。助けが早かったのは想定外で……、出来ない事をやろうとして一人も救えない可能性の方が高かったのにっ!」

「そうですわね。でも、あなたはまだ子供で人の上に立つ立場ではありません。子供のうちから危険性を回避するために平気で味方を切り捨てられる人間なんて、誰も信頼しませんわ」


「大人になったら、非情な判断を迫られる事があるでしょう。ですが、今日の事を反省するならもっと強くおなりなさい。強ければ味方を切り捨てる判断など不要です。――――ローランズの魔術師なら、そうするべきですわ」

「はい、母様……」

 その時、別の軍船から青い光の柱が上がった。魔術で作られた光の柱は狼煙の役割があって、青い光の意味は『鎮圧成功、安全に航行できる』だ。

「エリカ様が、あなたを心配して泣いていましたよ」

「エリカが……?」

「えぇ、そもそもエリカ様が知らせてくれなかったら、こんなに早く救助に駆け付ける事は不可能でしたわ。あの方はあなたの命を二度も救ってくださった事になりますわね」


 敵船の正体が夏の政変で粛清された者の一部である事、その一味にサイアーズの隣にあるグストリムのエザリントン家が関わっていた事、エザリントン家の息子がエリカやダリモアさんと個人的に親しく父親を裏切って情報提供をしてくれた事、簡単ではあるが僕は母からの話で一応状況を理解する事が出来た。

 本当にエリカには一生掛かっても返せないほどの恩がある。それなのに、今もエリカを心配させて悲しませている。僕はエリカに申し訳なくて泣きたいほどに胸が苦しくなった。


「早くエリカに僕の無事を伝えたいです……」

 いくら軍船でもサイアーズの港に着くのは昼前後だろう。こちらの勝利は光の柱で報告済みだが、詳しい被害までは伝えられない。きっとエリカは今この時も僕の心配をしてくれているのだろう。その時、ふと青い光の柱が目に留まった。


「あの、母様……お願いがあります!」


 早くエリカに会って、無事な姿を見せたい。そしたらもう二度と彼女に心配を掛けたりしない、泣かせたりしない、それが出来る強い男になりたかった。

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