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21シリルと間違った選択

※シリル視点です。

※本日二話更新していますので、読み飛ばしにご注意ください。




 バルト様が特使としてハーティアに行きたいと言い出してから、僕は普段に増して忙しい日々を送る事になった。訓練や学院でも勉学についてはいつも通りに行って、余った時間はハーティアへの一時帰国の準備に追われていた。

 バルト様は自分勝手で気ままな性格だと思うが、なぜか憎めない人物だし不思議な魅力があって人望もある。そして外交的なセンスもあるのだと思う。彼からの申し出はハーティアにとっても利益になるものだった。

 一番の友好国であり、貿易相手国であるカーディナから特使が来るというのは、ハーティアや未来の国王となる王太子殿下にとって有り難い事なのだ。

 そして、もし特使となる人物がカーディナの第一王子であれば他国とのバランスを著しく欠く可能性があったのだが、幸いにしてバルト様は第五王子で、一年半後にはハーティアへの留学を希望されている。その微妙な立場が「カーディナだけが特別だ」という印象を他国に与えずにいてくれるのだ。


 バルト様がハーティアに行かれるという事になり、その調整で叔父の仕事が忙しくなった。僕はそれを補佐しながら、ついに出立の日がやって来た。


 この国に来た時は、ローランズの所有する貨物船に乗せてもらったのだが、今回はカーディナの王族専用船で行く。ハーティアの港までは護衛船二隻が同行する事になっている。丸二日とかなり長い時間の旅だが、さすがに王族専用船というだけあって船内は豪華で快適だ。

 バルト様が使っている一番広い客室を見せてもらったが、大きなベッドに浴室まで完備されていたので驚いてしまった。僕の部屋もかなりいい部屋で、一人で寝るなら十分な大きさのベッドや柔らかいソファが置いてある。


 船の旅も二日目の日が暮れて、バルト様やエトさんと一緒に夕食を食べていた時、それは大きな音とともに始まった。

 ドンという大きな音と少し遅れて不自然な波の音が聞こえる。

 僕達が急いで甲板へ向かうと、守備に就いていた魔術師が、照明弾と呼ばれる光の魔術を打ち上げている所だった。

「何事か!」

 エトさんの問いに、兵士が答える。

「海賊の襲撃と思われます! 王子殿下、ローランズ様は安全な場所に避難してくださいますよう!」

「ここでよい。シリル、客人を使ってすまないが防御壁を頼む。敵の攻撃で私に何かあったら、兵士の首が飛んでしまうからな」

「わかりました」

 照明弾が灯された事によって見えてきたのは一隻の船だった。暗闇の中、灯りを消して僕たちの船団に近づいたのだ。そして、右翼を担う護衛船に魔術で攻撃をしたようだ。護衛船は沈んではいなかったが、船首近くから煙が上がっている。

 左翼の味方の護衛船から光の柱が上がった。これは海賊の襲来を周囲の漁船や貨物船、海上の警備をしている軍船に伝えるためだ。サイアーズまでは後半日という比較的近い距離だから、陸地にも海賊の襲来は伝わるはずだ。

 もう隠れる必要が無いと判断した海賊船が、自らの船にも明かりを灯し始める。そして、敵の船上の複数の場所から陣と思われる円状の光が見えた。


「魔術師!? なんで……」

 僕は驚く。魔術が使える海賊はいるのだが、希少だ。魔術が使えれば、海賊なんかにならなくても仕事はいくらでもあるのだ。だから、複数の魔術師を乗せている海賊なんて聞いたこともない。全部で十人はいるだろう。出来上がった陣から炎の矢のような魔術が発動し、その全てが僕達の乗っている王族専用船に向かって放たれる。

 こちらも護衛として三人の魔術師が同行している。今、甲板にいるのは二人だが、カーディナの国に仕える優秀な魔術師達だ。その二人が防御壁で船を守ろうとする。しかし、全ての攻撃を防ぐ事は出来ない。甲板の二か所が燃え上がる。

「僕が消します! 皆さんは防御に集中を!」

 僕はこれでもローランズの魔術師だ。複数の魔術を同時に展開する力を持っている。ここには海水がたくさんあるので、水を生み出す魔術ではなく物を持ち上げる魔術で海水を運び、急いで消火する。

 その間にも敵の船から次々と炎が飛んで来る。僕の乗る船は、非番だった残りの魔術師も甲板に出て三人で守護する形になった。左右の護衛船から敵船に向けて攻撃の魔術が放たれるのが見えるが、僕らがしているのと同じように強固な防御壁が展開されて、こちらの攻撃は防がれてしまう。


「エト……。あれは海賊ではないのか?」

「その可能性が高いと思われます」

「ふむ、第五王子などを狙って何になるのか……? いずれにせよ、まずいな」

 相手は魔術のみが届く距離を保ったまま全く近づいて来ない。だから魔術師以外のこちらの戦力がまるで役に立たない状況だ。

 ハーティアとカーディナは友好国だから、この海域で偶発的な武力衝突が起こる事など想定されていなかった。

 海賊対策なら、魔術を主戦力にするような戦いは想定しない。この船に三人、残りの船に二人ずつの計七人の魔術師で敵の十人以上の魔術師に対処するのはかなり難しいと思われた。しかも、こちらは三隻分の防御壁が必要なのだ。


 その間にも、炎や雷撃、そして魔術による長距離の投石が僕らを襲う。この船の守りが堅いと判断した敵船は左右の護衛艦にも攻撃を加え、二人しか魔術師が乗っていない護衛艦は、すでに数か所から煙が上がっている状態だ。このままでは二隻とも沈没してしまう。


 当然の轟音と大きな衝撃と同時に巨大な水柱が上がり、僕が乗る王族専用船が傾き始める。

 三人の魔術師が展開している防御壁の無い場所――――船底に攻撃を受けたのだ。皆が状況を把握する間も無く、左右の護衛艦の付近からも同様の水柱が上がる。

「そんなっ! 海底からの攻撃なんて!!」

 空中に物を飛ばすのは比較的簡単だが、水には空気とは比べ物にならない抵抗がある。この距離で、水中で物体を高速で動かす魔術は明らかに上級の魔術で、国に仕える魔術師の中でも一握りの者にしか使えないはずだ。


「沈むな、これは……」


 バルト様があきらめに似た表情を浮かべて呟く。緊急脱出用の小舟はあるが、小舟に乗り換えたところでそこを今の魔術で攻撃されたら、間違いなく命を失うだろう。

 でも、僕はまだあきらめてはいなかった。もはや勝つ見込みは無いが時間を稼いで救助が来るのを待つ事は出来る。僕の魔術で船全体を取り囲む防御壁を築くのだ。もう船底に穴が開いている状態だから魔術で船全体の重量を支えなければならない。正直かなり負担が大きい。


 救助が来るのは早くても半日ほど先、僕らでさえ相手の戦力を知らなかったのだから救助に来た軍船が敵に勝てるかわからない。王族専用船だけならなんとか支えられるはずだ――――。

 自分のするべき事がわかっているはずなのに、僕はどうしても、ぐらりと傾く味方の船から目を背ける事が出来ない。


 自分の判断が間違っている事はわかっている。


――――それでも、僕は同時に三つの陣を展開した。

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